プリシアナ学院の学生寮。その日、そこの入り口は非常に賑やかだった。  
「セレちゃーん!何、何、そんな真っ黒な羽になっちゃってー!」  
「おー、堕天使だ堕天使だ。にゃん。セレスちゃんイメチェン?」  
「ふふ、そんなところですよ。わたくしのところ、術師ばっかりでしたから」  
「無事でよかったよ、そこのリーダー含めて。にゃ。これでも心配したからね。にゃにゃん」  
「おっとぉー、もうエルフがリーダーなんて言わせないよー!?軟弱風術師より、リーダーはナイトたるこの私だぁー!」  
「な、軟弱…」  
「………」  
プリシアナの精鋭、リトルブーケ。半数以上が女子で構成され、特にその中のヒューマン、フェルパー、セレスティアが姦しい。  
異常な無口のディアボロスに、冷たく辛辣なノームが在籍してなお、リトルブーケの空気はその三人が作っていた。  
「あー、じゃあこれから君がリーダーやるかい?僕は助かるけど……ああでも、じゃあ今回の挨拶だけは、僕にやらせてくれないかい」  
「お、いいよー。そしてその次が、新リーダー就任式!」  
「そんな暇ないって」  
そんな異常な賑やかさの中、唯一男らしい男であるところのエルフは、コホンと咳払いをして口を開いた。  
「それじゃあ、みんな。この中の四人は、長い間それぞれ分かれてたわけだけど、またこうして六人揃うことができてよかった。  
そこで、今回集まったのは、多分みんな知ってると思うけど、始原の学園へ向かうパーティとして、僕達は選ばれたわけだ。  
これには、大陸に伝わる伝説の他に、闇の生徒会の本拠地へ乗り込むという意味合いもある」  
そんなエルフの話を、ノームは退屈そうに聞いていた。  
「危険な旅になると思う。けど、僕達なら、それを乗り越えられると…」  
「少し、いい?」  
エルフの言葉を遮り、ノームが口を開いた。  
「ん、ノームかい。何だい?」  
「御高説賜ってるところ悪いけど、あたしは伝説にも、始原の学園にも、闇の生徒会にも……このパーティにも、興味ない」  
「え?」  
突然の言葉に、全員が驚いてノームを見つめる。  
「行くなら勝手に行って。元々、あたしはこのパーティじゃ浮いてる方でしょ?消えたところで、そう支障が出るわけでもないし、  
寂しいと思う奴がいるわけでもない。そういうわけで、あたしはこのパーティ抜ける」  
「えー、ノーム行っちゃうの?宝箱ぉ〜…」  
「代わりの誰かでも探せば。あるいは、誰か人形遣いでもやればいいでしょ」  
「せっかく元通りになったと思ったのに、また減るんだ。にゃ。まあ、無理に止めはしないけど」  
フェルパーの言葉を否定する者はいない。そこに寂しさなど微塵も感じず、ノームは彼女達に背を向ける。  
「じゃあね。もう二度と、会うこともないでしょ」  
冷たく言って、ノームは寮を出て行った。その背中を見送り、ドアが閉まるのを見届けてから、エルフは改めて口を開く。  
「えー、じゃあ一人減ったけど……とにかくそういうわけで、僕達はこれから…」  
「……すまない。俺も、行くことはできない」  
今度はディアボロスが、エルフの言葉を遮った。  
「ええええっ!?どうしてどうして!?ディア君なんでー!?」  
「いいお化粧とか毛繕いのしかたとか、聞きたいこといっぱいあったのにー!にゃー!」  
「……わ、わたくしは別にいいと思いますけど…」  
ノームと違い、ディアボロスの言葉にはかなり大きな反響があった。それら一つ一つを噛み締めるように、一つ大きく息をつくと、  
ディアボロスは再び口を開く。  
 
「放っておけない奴がいる。一人にできない奴がいる。それに、離れたくない奴も。それは……ここではない」  
「あうぅ〜、ダンス教えてもらおうと思ってたのにぃ〜…」  
「にゃん。女湯に引きずり込んで遊ぼうと思ってたのにぃ〜」  
「フェルパーさん、それはさすがにちょっと……わたくしはそれ止めますからね?」  
女三人とは別に、エルフはディアボロスに諦めの笑顔を向けた。  
「ノームと同じく、止めても聞く気はないんだろ?」  
「………」  
「いいさ。いい居場所が見つかったんなら、そこに行くことを止めはしないよ……男一人、寂しくなるけどね」  
「……すまない」  
謝るディアボロスに、エルフは笑いかけた。  
「気にしないでいいさ。ただ、いつかまた会うことがあれば……ゆっくり、お茶でも飲みながら愚痴を聞いてもらうよ」  
冗談めかして言うエルフに、ディアボロスは小さく笑う。そして、彼も四人に背を向ける。  
「……いつか、また」  
「絶対また会おうよー!?」  
「宿屋で見付けたら女湯に引きずり込んでやるからー!」  
「だからフェルパーさん、それは嫌ですってば!」  
騒がしく、華やかなリトルブーケの面々の声を聞きながら、ディアボロスは寮のドアを押し開けた。  
一歩外に出、一息つく。背後でドアの閉まる音がすると同時に、声が聞こえた。  
「やっぱりあんたも来たのね、悪魔」  
見れば、先に出たはずのノームが、壁を背に寄りかかっていた。  
「………」  
「意外そうね。どうせあんたも来るだろうと思ったから待ってたんだけど、何か悪かった?」  
「………」  
ディアボロスは黙って首を振る。そして二人は、微妙な距離を空けつつ並んで歩きだす。  
「一応、勘違いしないでほしいのは、仲間であることと、個人の感情は別ってこと。あたしは、あんたなんか大っ嫌い」  
それを聞くと、ディアボロスはフッと笑った。  
「……気が合うな。付き合えばうまくいったかもな」  
「冗談。考えただけでゾッとする。あんたと付き合うなら、死んだ方がマシよ」  
「俺もだ。やっぱり気が合うな」  
「ふ……あんたも、冗談言うくらいはできるのね」  
二人はお互いを睨み合う。しかし、その口元は楽しげに笑っていた。  
「まあ、どうでもいいけど。さあ、行くわよ悪魔」  
「………」  
かつて、新たなパーティに属するときに言った言葉。それを再びなぞりながら、二人はプリシアナから旅立って行った。  
 
ドラッケン学園、正門前。そこに、クラッズを中心とした一つのパーティが集まり、周囲の仲間は親しげに会話を交わしている。  
「ああリーダー、よく無事だったねえ!僕はもう、心配で心配で夜も眠れないくらいだったよ!」  
「あれだけ昼寝をすれば、誰だって夜は眠れないでしょうね」  
「……ノーム、野暮な突っ込みはなしで頼むよ?心配してたのは本当だったんだから」  
「エルフとノームは、相変わらずね。わふちゃん、そっちも変わりはなかった?」  
「もっちろん。わふっと元気だよ、私達は」  
「リーダーもフェアリーも、なんか強そうになったなー!お、フェアリー少し逞しくなったかー!?」  
「ちょっ、ギブ、ギブ!バハムーン、やめてくれ!死ぬ!君はもっと逞しくなってるんだから、締め殺す気かい!?」  
普段は、いかにも同年代の友人同士といった感じのフリーランサー。しかしそんな雰囲気も、リーダーであるクラッズが声を掛けると  
即座に変化する。  
「じゃあみんな、これからの話するからちょっと静かに」  
途端に、他の五人は口を閉じ、クラッズの言葉に耳を傾ける。  
「これから私達は、中央に現れるっていう大陸にある、始原の学園へ向かうことになる。それは同時に、闇の生徒会との戦いにも  
繋がる。他に向かう面子は、うちのキルシュとその取り巻きチーム、ジークチーム、及び他の学園の精鋭。まず、リトルブーケと  
六傑衆も来るだろうね」  
誰も口を挟むことなく、クラッズはさらに続ける。  
「で、ここからが本題。これは課題扱いで、これをこなせば卒業単位にはまず届く。各自、ここまでにもそれぞれのパーティで単位は  
稼いで来たとは思うけど、これは落とせない。そんなわけで、各人の働きに期待するよ。……で、ここまで言ったけど、何かある人?」  
「はーい」  
早速、ドワーフが手を上げた。  
「ん、わふちゃん。どうしたの?」  
「あのねえ、クーちゃんには悪いんだけど、私別に、最短での卒業とか、もうどうでもよくってさ。正直、今回の課題にもまったく  
興味ないんだよねー」  
その言葉に、一行は驚いたように彼女を見つめる。  
「だからさ、私はここで降りようかなーって思ってる」  
「……わふちゃん、本気?」  
「本気も本気。ね、トカゲー?」  
いきなり話題を振られたバハムーンは、困ったような表情になりながらも口を開いた。  
「……リーダー、ごめん……あの……私、も……ドワーフと、一緒に抜ける…」  
「おいおいおい〜?一気に女の子二人も減るとか、勘弁してくれないかい?」  
「エルフうるさい。でも……確かにねえ、困ったね」  
ドワーフとクラッズは、じっと見つめ合う。ドワーフはその顔に微笑みすら浮かべ、クラッズは全くの無表情である。  
「わふちゃんがいるから、フェアリーが攻撃役として活きる。バハムーンがいるから、硬い相手でも前衛が活きる。それが崩れると  
なると、全員に迷惑がかかるんだよねえ」  
「フリーランサーに入れるって言えば、私とトカゲの代わりなんかすぐ見つかるでしょ?」  
「本気で思ってる?わふちゃんと、ましてバハムーンほどの才能の持ち主なんか、一年に一人いるかいないか。これほどの逸材を、  
二人も同時に失うなんてなるとね……私としても、卒業が遠のくから歓迎しないんだよね」  
「元の才能も大切だけど、重要なのはその後の努力。混成組んで、実感しなかった?」  
「それも含めての、二人の評価のつもりだけど?」  
少しずつ、二人の間の緊張感が高まってくる。他の仲間も、その行く末を固唾を飲んで見守る。  
 
「わふちゃん。私は、わふちゃんを失いたくない。だから、わふちゃんの言うことは承認できない」  
「だろうね。でも、私もクーちゃんの言うことを大人しく聞くつもりはないよ」  
「なら、どうするか。わかってるよね?」  
「もちろん。覚悟の上だよ」  
快活に笑うと、ドワーフはキッと真面目な顔になった。  
「放したくないなら、力づくで止めてみれば?トカゲ!」  
ドワーフがその場を飛び退ると、その前にバハムーンが立ちはだかる。そんな二人に、クラッズ以外の仲間は動揺していた。  
「お、おいリーダー、どうするよ?あの子ら、本気みたいだぞ?」  
「……何も、迷うことなんてない」  
低い声で言うと、クラッズは二人を見据えた。その目は既に、それまでの彼女のものではない。  
「ノーム、フェアリー!後列より攻撃!エルフ、後列より銃撃支援!」  
「お、おいおい!僕に彼女達を撃てって!?」  
「エルフ、命令復唱!」  
「はいはいはい、後列より銃撃支援だよね。参ったなあ、こりゃ……やり辛いよ」  
「リ、リーダー、本当にいいのかい?」  
「……もちろん、殺すつもりはない。だから、古代魔法まではいらないけど、それぐらいのつもりで行くよ。」  
「……了解。ドワーフ、バハムーン、悪いけど、覚悟してくれよ!」  
一方のバハムーンとドワーフは、それぞれに得物を持ち、身構えていた。  
「トカゲ、昨日の打ち合わせ通りだよ。わかってるよね?」  
「わ、わかってる……頑張る」  
「よし、いい返事……頼りに、してるよ」  
両者はしばし、睨み合った。お互いに手の内を知り尽くしているだけに、迂闊には動けない。  
先に動いたのは、クラッズの方だった。  
「まずは小手調べ。ノーム、フェアリー、全体魔法を。エルフ、後列狙撃。行くよ!」  
クラッズが地を蹴った瞬間、ノームとフェアリーは詠唱に入り、すぐさまフェアリーの魔法が発動した。  
「悪く思うなよ、サンダガン!」  
巨大な雷が、二人に降り注ぐ。その直前、二人は素早く盾をかざした。  
「……魔法の盾、か。ちぇ、そんなに効いてないな、あれは」  
盾をかざすバハムーンに、クラッズが迫る。咄嗟に盾を下ろした瞬間、クラッズはその盾を持つ腕に斧を叩きつけた。  
「うっ……ぐああぁぁ!!」  
ざっくりと刃が食い込み、バハムーンの目に涙が浮かぶ。しかしそれでも、バハムーンはその場を動かず、右手のマカーナを振りあげた。  
咄嗟にその場を飛びのいた瞬間、目の前を鈍器が通り抜ける。その勢いは凄まじく速く、当たればクラッズといえど、ただでは済まない。  
一瞬遅れ、銃声が響いた。だがすぐに、ガギッと硬質な音が続く。  
「追撃、いきます。ウッドガン」  
二人の周囲に、ナイフのように高質化した葉がいくつも襲いかかる。  
「トカゲ!」  
「う、うん!」  
二人は咄嗟に背中を合わせ、腰を落として盾の陰に隠れた。魔力を帯びた盾は、小さな葉を容易く弾き返し、二人はほとんど傷を負わずに  
凌ぎきった。  
 
「トカゲ、まだいけるよね!?」  
「ま、任せろ…!絶対、負けないからな!」  
ドワーフのヒールを受け、バハムーンは再びドワーフの前で仁王立ちになる。  
そんな二人を見ながら、クラッズは一度自陣まで引いた。  
「悪いね、リーダー。この角度じゃ、バハムーンが邪魔で……おまけにドワーフ、盾でしっかり射線遮ってるんだ」  
「さすがわふちゃん。自分は戦闘苦手でも、戦い自体はうまいね」  
なぜか嬉しげに言って、クラッズは笑みを浮かべる。  
「補給線を断つことが、戦いの基本。となると、ここはわふちゃん狙いが定石…」  
「でも、その定石を、私が読んでないとは思わない」  
ドワーフは静かに呟いた。もちろん、お互いの声は聞こえていないのだが、二人は既にお互いの思考を読んでいた。  
「リーダー、こっちは数で勝る。いっそ包囲しては?」  
「それも考えたけど、わふちゃんはともかく、バハムーンの突撃……ノームとフェアリー、耐えられる?」  
「想像したくありませんね」  
「あ〜、確かに……一点突破されてもこっちの負けか」  
「でも、確かに数では勝る。消耗戦ならこっちが有利。ノーム、状況維持。エルフはバハムーンを集中攻撃。フェアリー、反撃を  
視野に入れて、遊撃よろしく」  
「了解。気は引けるけど、早めに済ませたいなら、手早く片づけるしかないか」  
直後、クラッズ達の猛攻が始まった。ノームが全体魔法で削りにかかり、他の三人が揃ってバハムーンを狙う。  
攻勢に出ることもできず、バハムーンはただひたすらに防御を続ける。ただでさえ学園きっての精鋭である彼等は、離れていた期間に  
ますます力を付け、二人の反撃を許さない。  
傷つくバハムーンを、ドワーフは必死に回復していた。自身もノームの魔法で傷つきはするが、元より体力のある彼女は、多少の傷など  
ものともしない。  
「トカゲ、まだいけるよね!?」  
「くっ……ま、負けないぞ…!みんな強いけど……絶対、負けない…!」  
「……ごめん、トカゲ……もう少し、もう少し頑張って…!」  
有利と踏んだ消耗戦ではあったが、クラッズは徐々に戦略的な失敗を感じ始めていた。  
二人はこの状況を読んでいたのか、その装備は完全に魔法への対策がなされていた。おかげでノームとフェアリーの魔法は効きが悪く、  
期待される削りの効果はあまりない。また、バハムーンにドワーフという、非常に体力のある相手に対し、こちらはクラッズにエルフ、  
フェアリーにノームと非力な種族の集まりである。おまけに、すぐに尽きると思われたドワーフの魔力は、いつまでも尽きる気配がない。  
さらに、この猛攻にあっては、いくら二人といえど、反撃の一つもできていない。そうなると、万一に備えてのフェアリーは役として  
死んでしまっている。  
「ちいっ、やっぱり攻めきれないか…!」  
クラッズの様子を見て取ると、ドワーフは懐を探った。  
「トカゲ、行くよ!」  
「う……い、いいよ!来い!」  
注射器を取り出し、手早くバハムーンに打ち込む。すると、バハムーンの筋肉が、目に見えて盛り上がった。  
ただでさえ攻撃力に優れた彼女に、強化注射が打たれた。その効果時間は短いため、相手がじっくり待つことはない。  
となれば、クラッズの取るべき手段もおのずと限られた。クラッズは仲間に向けて、声を張り上げる。  
「全員、集中攻撃行くよ。バハムーンさえ排除できれば、あとは容易い!」  
「リーダー、焦ってないかい?戦いに焦りは…」  
「短期決戦が妥当と踏んだ!これで満足!?タイミング合わせて行くよ、攻撃準備!」  
 
仕方ないというように、フェアリーは魔法詠唱の構えを見せる。それを見て、ドワーフとバハムーンは身構えた。  
「ここが正念場……バハムーン、耐えてよ!」  
「大丈夫!」  
たった一言で答えるバハムーン。しかしその言葉には、揺るぎない自信と、厚い信頼が篭っていた。  
「行けえ!」  
四人が攻撃の構えを見せ、バハムーンは身構えた。だが、予想とは裏腹に、ノームとフェアリーの魔法はドワーフ目掛けて襲いかかった。  
「えっ!?」  
完全に油断していた。突然の地震にバランスを崩し、倒れた彼女を闇の球が飲み込んだ。  
「ドワーフ!?」  
「もらったぁ!」  
クラッズの斧が襲いかかる。直前で気づき、バハムーンは何とかそれを叩き落とし、首への一撃をかわす。さらに一撃、エルフの銃弾が  
襲いかかったが、クラッズの一撃によろめいたため、それは肩を掠めたに過ぎなかった。  
「弾かれた!?うそ!?」  
「ちぃ、仕留め損なった!」  
闇が消え、中から傷だらけのドワーフが現れる。しかし、彼女の口はまだ動いており、顔を上げると、バハムーンに笑いかけた。  
「ちゃんと、見てるよね?」  
「う、うん!姉ちゃん、任せて!」  
「よし…!」  
倒れたまま、ドワーフは詠唱を続けた。高まる魔力に呼応し、パリパティが光を放ち、そして、魔法が発動した。  
「いくよ!シャイガン!」  
ドワーフの声と共に、巨大な光の球が現れ、四人目掛けて襲いかかった。  
「なっ……うわっ!」  
「ぐっ!?あ、あいつ、光術師取ってたのか!?」  
完全に意識の外の攻撃だった。ドクターであるドワーフと、パティシエであるバハムーンに、攻撃魔法などあり得ないもののはずだった。  
「う……武器が、パリパティの時点で疑うべきだった……え!?」  
辛くも耐え抜いたと思ったのも束の間。今度はバハムーンが、ドワーフの方を見ながら何か詠唱していた。  
「えっと、こうやって、こうで……いっくぞぉー!真似っこ、シャイガン!」  
「うわっ!?ちょっ……うあぁ!!」  
全く予想だにしない攻撃が、再び四人に襲いかかった。威力こそ、ドワーフのものと比べるべくもないが、ただでさえ動揺を  
受けたところへ、さらにもう一撃奇襲を食らっては、いかに歴戦の彼等といえど、そうそう耐えられるものではなかった。  
バハムーンに打った強化注射は、完全なフェイントだったのだ。  
「な、何が……がはっ!う、嘘だろ…?」  
「しまったぁ……バハムーン、妹学科取ってるって聞いてたのに…!」  
崩壊は一瞬だった。前衛であるクラッズとエルフも痛手を受け、ノームとフェアリーはかなりの重傷を負ってしまった。  
「油断……シましタね…」  
「リ……リーダー、どうする…!?がはっ!あ、相手は、どう出る…!?」  
「くっ…!」  
クラッズは素早く相手の状況を観察する。ドワーフは再び魔法詠唱の構えを見せ、バハムーンはそのドワーフを見つめている。  
再び魔法を受ければ、こちらの後衛が倒されてしまう。そして、こちらが全滅すれば、もはや彼女を止めることはできない。  
おまけに、あのドワーフの性格を考えれば、それを狙う可能性が最も高かった。  
 
「……フェアリー、エルフ、回復に回って!ノームは防御!全員、生き残りを最優先!」  
バタバタと体勢を整える相手を見て、ドワーフはにんまりと笑った。  
「バハムーン、行くよ」  
「おう!」  
ドワーフはクラッズを見つめ、笑顔を見せる。いよいよ攻撃が来るかと、クラッズが身構えた瞬間。  
突然、二人はくるりと背を向け、校門へ向かって走り出した。  
「なっ……逃げた!?何とまあ鮮やかな……惚れ惚れするね」  
「リーダー、どうする!?このままじゃ逃がすぞ!」  
ギリッと歯噛みをし、クラッズは叫んだ。  
「みんなは指示通り!私が止める!」  
「あ、おいリーダー!」  
止める間もなく、クラッズは走り出した。元々俊敏な種族だけに、足の速さではドワーフもバハムーンも勝てるわけがない。  
あっという間に校門の前に立つと、クラッズは身構えた。  
「トカゲ、右へ!その先は振り向かないで、とにかく走る!」  
「わかった!ドワーフ、絶対来いよ!」  
「あんたこそね!」  
二人は二手に分かれると、それぞれ校門を目指す。クラッズ一人では、そのどちらかしか止められない。  
迷うことなく、クラッズはドワーフの前に立ちはだかった。  
「わふちゃん、止まって!止まらないなら、殺してでも止める!」  
「やってみなよ、クーちゃん!私は止まらない!止めたいなら、殺してみなよ!」  
距離にして、約十歩。ドワーフはさらに地を蹴る。  
「わふちゃん、私、本気だよ!直前で止めてもらえるとか、期待しても無駄だよ!」  
「いいよ、私だって本気!クーちゃんに殺されるなら、悪くない!」  
二歩、三歩。二人の距離は急速に縮まる。そして、クラッズは斧を振り上げた。  
「最終通告だよ……止まらなきゃ、殺す!」  
「答えは変わらない……殺す以外に、私を止める手なんかない!」  
さらに一歩踏み込む。クラッズは振り上げた斧に力を込めた。  
「そう。なら……止めてやるっ!!!」  
筋肉が盛り上がり、斧がゆらりと揺れた。  
重撃の待つ死地へと、ドワーフは迷わず飛び込んでいく。そして、斧が加速する。  
さらに踏み込む。完全に間合いの中へと入り、二人の視線が交錯する。  
降りかかる刃には目もくれず、ドワーフはクラッズの顔を正面から見つめ、クラッズもまた、ドワーフの顔を見つめていた。  
フッと、ドワーフが笑う。その笑顔は、皮肉や含みのあるものではなった。ただ、クラッズの決定を、ありのままに受け入れるという、  
一種の覚悟と慈愛を帯びた笑顔だった。  
「……くっ!!」  
斧はもはや止まらない。軌道を曲げることすら不可能だった。  
だが、ただ一つ。方法があった。  
刃が真下へ向く直前、クラッズはすんでのところで斧から手を離した。  
「どわああぁぁ!?」  
間一髪、斧はドワーフへの直撃を避け、回復中の仲間達の元へと飛んで行った。しかし、急激に負荷のなくなったクラッズの体勢は、  
そこで完全に崩れてしまった。  
 
「やばっ…!」  
そこに、ドワーフが飛び込んでくる。右手に光るパリパティを見つけ、クラッズは思わず顔面を腕で庇おうとした。  
その腕を、ドワーフが弾く。そしてドワーフは、クラッズの首を掻き抱いた。  
「んうっ…!?」  
ドワーフの唇が、クラッズの唇と重なった。強引に舌がねじ込まれ、驚くクラッズの舌に絡む。  
まるで味わうように、ドワーフはクラッズの口内を舐り尽くす。頬をなぞり、舌をつつき、歯茎を撫でる。最後にもう一度、舌全体を  
ねっとりと舐めながら、ドワーフはクラッズを抱き締めたまま、体勢を入れ替える。  
そっと唇を離す。二人の間に唾液が白く糸を引き、切れた。  
「ばいばい…」  
静かに囁くと、ドワーフはさっと背を向け、学園の外へと駆けて行った。クラッズは、それをただ呆然と見送る。  
「……リーダー、追わなくていいのかい!?」  
そこへ、ようやく回復を終えた仲間達が駆け寄ってきた。しかし、クラッズは手を上げてそれを押し留める。  
「……ま、しょうがないよー。あんなにはっきりフラれちゃあねー」  
妙にさばさばした口調で言うと、クラッズは溜め息をついた。  
「て言うか、何?リーダー、ドワーフとマジもんの関係だったの?」  
「ん、そうだけど。前から、いちごミルク連発してたでしょ?」  
「いやぁ〜、それでもマジもんだとは思わないって……キルシュ王女みたいのもいるのは知ってるけど、こんな身近にいるとはさ…」  
「別に隠したつもりもないけど、わざわざ教えてもいないし、まあそれが普通かな。何にしろ……フラれちゃったねー」  
もはや、ドワーフもバハムーンも、後ろ姿すら見えない。クラッズは校門に背を向け、先程投げてしまった斧を回収する。  
「きっと、私よりいい人見付けたんだね、わふちゃんは。なら、無理に留めることもないでしょ。バハムーンもわふちゃんも惜しいけど、  
しょうがない、よ…」  
最後だけ、僅かに声が震えた。それに対してフェアリーが口を開こうとすると、先にクラッズが言葉を続けた。  
「……リーダー命令。全員、耳塞いで後ろ向いて」  
「……了解」  
三人は大人しく、クラッズに背を向けた。  
「……ぐすっ……わふちゃんの、ばか…」  
ぽたりと、涙がこぼれた。クラッズはすぐにそれを拭うと、ハンカチを出して思いっきり鼻をかんだ。  
くるりと、クラッズが振り返る。そこにはもう、悲しみの色など欠片もなかった。  
「よし、命令解除!それじゃ、四人になったけど、それでもドラッケンとフリーランサーが一番だって、世界に教えてやろう!」  
「おおー!」  
全員が、それに応える。そして四人は、揃って普段の表情に戻った。  
「さてリーダー、次の恋人候補に僕なんかどうだい?僕と二人で、蜜のように甘い時間を…」  
「あなたのように軽佻浮薄な者の言葉は、一番信用ならないと思いますが」  
「ノーム、いくら僕だってリーダーに嘘つくわけないだろう?君は僕を過小評価しすぎだよ」  
「で、それについてリーダーはどうだい?」  
「あー、全力でお断りだから安心して。私も君の人間性に関しては過小評価だから」  
「ぐはっ!き、厳しい……だけど、そんな辛辣でお堅いリーダーは大好きだよ?」  
「まったく……ま、気遣いだけはありがたく受け取っておくよ、気遣いだけは。だけは」  
大切な仲間との別れ。恋人との別れ。しかしそれでも、彼女達が足を止めることはない。  
自身の目標と、仲間との絆と、由緒正しき学園の誇りを胸に、フリーランサーは激戦の地へと旅立って行った。  
 
移民の文化を色濃く残す、タカチホ義塾。そこからいくらも離れていない飢渇之土俵に、精鋭と知られる六傑衆は集まっていた。  
「さて、みんなこうして、また集まれたわけだけど……まずは、お疲れ様。各々、何かしら得るものはあったかい?」  
その班長であるヒューマンを前に、五人は並んでいた。  
「わたくしは、不屈の精神というものがいかに重要か、この目でしかと見てきましたよ」  
「ああ……君とフェアリーのところはひどい構成だったね。あのフリーランサーの班長は、尊敬すべき人物だね」  
「指示もうまいよー、あの子!それに弱音絶対に吐かないし、班長としてすっごく理想的だった!」  
「はは、僕も見たかったなそれは」  
元々落ち着いた雰囲気のヒューマンだが、今はさらに物腰穏やかで、洗練された動きになっていた。一番変わったのは彼だというのが、  
班長を除く全員の共通意見である。  
「班長は、何か学科を習ってきたんですか?」  
「ん、ああ、執事って学科をね。プリシアナの学科だけど、刀を主要武器として教えてたんだ。三本刀としては、いつまでも普通科じゃ  
格好が付かないだろう?それに、タカチホ以外で刀を教えてるなんて、つい嬉しくてね」  
「侍に、くのいちに、執事。なんか、一人だけ異彩を放ってますね。ははは」  
一年先輩でもあるため、後輩四人は敬語で話す。そのため、彼等の雰囲気はドラッケンやプリシアナのものより落ち着いている。  
「得るものがなかった、なんて人はいなさそうだね。大変結構。それじゃあ、できるならもっと話したいところだけど、ここからは  
大切な話だから、みんな静かに聞いてくれ」  
ヒューマンの言葉に、五人は居住まいを正す。  
「これより、僕達は始原の学園へ向かう。また、闇の生徒会と一戦……いや、何度も刃を交えることになるだろう。その道のりは、  
辛く険しいものとなる。だけど、行くのは僕達だけじゃない。プリシアナ、ドラッケン、各学校の精鋭達が、そこに向かう。  
フリーランサー、リトルブーケ、彼等の強さは、君達も間近で見ただろう?素質に限って言うなら、君達を大きく上回る人達も、  
たくさんいただろう。だけど、君達はそれに負けない力を持っている」  
そこで一度言葉を切ると、ヒューマンは一同の顔を見回した。  
「君達は、元々の素質としては褒められたものじゃない。だけど、君達には何より大切な才能……努力できるという才能を持っている。  
それを一心不乱に続けた結果、君達は素質で上回る者達に、勝るとも劣らない実力を付けている。僕は、その力を信じている。  
そして君達も、自身の力を信じていい。恐れず進めば、必ず道は開ける。いいね」  
その言葉を噛み締め、一同は頷いた。  
「よし、僕からは以上だけど……誰か、何か喋りたいって人はいるかい?」  
「……では、失礼して」  
セレスティアが、静かに手を上げる。意外な人物の行動に、一行は少し驚いていた。  
「セレスティア?どうしたんだい?」  
「……皆さん、一番変わった方は、誰だと思いますか?」  
突然の質問に、仲間達は首を傾げた。どうにも、その質問の意図は測りかねる。  
「班長は、確かに変わりましたよね。より落ち着いた雰囲気になって……ですが、わたくしは、もっと変わった人がいると思います」  
そう言うと、セレスティアはフェルパーに目を向けた。  
「フェルパーさん」  
「ん、何だよ?」  
「わたくしは、光術師の他に牧師という学科を学びました。その学科では、光も闇も教えてくれたのです」  
「………」  
不穏な空気を察し、フェルパーの雰囲気が変わる。  
 
「元々、あなたとクラッズさんには、大きな闇が存在しているのは知っていました。そして、わたくしが牧師として見てきた者達と、  
あなたを見比べてみたところ、気付いてしまったんです」  
一度言葉を切り、フェルパーとセレスティアは正面から見つめあった。  
「消えるどころか、さらに膨れ上がった闇。あなたは……人を殺しましたね」  
「えっ!?」  
フェアリーが驚いてフェルパーを見つめる。それを意に介さず、フェルパーは頷いた。  
「ああ、殺した」  
その場の空気が、はっきりと変わった。  
「その目つき……人を殺した者は、目つきが変わるんですよ。そう、あなたもです、クラッズさん」  
「すごいなあ、セレスティアは……よくわかったね」  
フェルパーとクラッズは目配せを交わし、余計な手間がなくなったとでも言いたげに笑った。  
「クラッズ、フェルパー。その話、本当なんだね?」  
「ええ、班長。確かに、殺しました」  
「どうしてですか!?どうして、そんな…!」  
言いかけたセレスティアを手で制し、ヒューマンは口を開く。  
「僕は言ったはずだよ。復讐など、するべきではない。人として、もっと強くあるべきだ、と」  
「班長……つまりそれは、泣き寝入りをしろってことですよね?」  
フェルパーではなく、クラッズが口を開く。  
「違う。復讐などしても、あとに何が残る。また一つ、この世に怨念を増やすだけだ」  
「お言葉ですが、僕はとても清々しい気分です。妹を殺した奴を、この手で殺せたのでね」  
「そうか……これは、僕の失敗だな。君達から、目を離すべきではなかった。元より、君達二人は、セレスティアとエルフとは、  
質の違う才能の持ち主だった。ある目標に向かって、全てを犠牲にできる……というね。それを良い方へ導ければと思ってたが、  
どうやらもう、それは叶わぬ願いらしい」  
悲しげに言うと、ヒューマンは首を振った。  
「ですから班長、僕達はもう、この班を抜けようと思います」  
「ああ、僕も君達を、班に留めることはできない。そして……君達を、野放しにもできない」  
突如放たれた殺気に、クラッズとフェルパーは身構えた。  
「班長!?」  
「セレスティア、フェアリー、下がっていてくれ。班長として、僕は責任を取る義務がある。この二人は、危険だ。殺しに、何の抵抗も  
抱いていない」  
「……だってさ。フェルパー、どうする」  
「どうするもこうするも……既に、戦闘は始まってるらしいぞ」  
構えを解かずにフェルパーが言う。さっきまで隣にいたはずのエルフが、いつの間にか姿を消しているのだ。  
「あの時と同じだ、クラッズ。こっちは任せろ」  
「そんな、フェルパーさん!」  
思わず叫んだセレスティアに、フェルパーは耳だけを向けた。  
「悪いね、セレスティア。別に、君に迷惑かけるつもりはなかったんだけど……君が言わずとも、なったこと。仕方ない」  
「フェルパーさん…!」  
 
周囲を警戒し、エルフの姿がないことを確認すると、フェルパーはクラッズから距離を取った。  
確かに、近くにはいるはずだった。しかし、くのいち学科であるエルフは姿を見せず、気配も悟らせない。  
注意深く、辺りを見回す。フェアリーとセレスティアは少し離れた所にいるが、セレスティアが不自然に翼を開いているのが気になる。  
普通に考えるなら、エルフはその後ろにいるのだろう。だが、相手はそれまで旅を続けた仲間であり、また裏をかくことが得意な  
忍の者である。そうなると、セレスティアに協力を仰ぎ、そちらに意識を向けさせるための偽装ともとれる。  
―――怪しすぎるせいで、素直に疑えないってのも……厄介なもんだな。  
その時、フェアリーが弓を持ち、矢を番えた。直後、矢が気の抜けたような軌道を描き、フェルパーのすぐ脇を飛び抜けた。  
それに目を奪われそうになりつつ、フェルパーはその衝動に抗う。その行動は、明らかに陽動のためのものだったからだ。  
サクッと、背後で矢の刺さる音がする。その時、フェルパーはその音を隠れ蓑に、エルフが攻撃を仕掛ける可能性に気付いた。  
背後に首を巡らせる。だが、直前まで目を離さなかったのが幸いした。  
視界の隅で、何かが飛び出すのが見えた。瞬間、フェルパーは自分の足元に巨大な火柱を召喚し、その場を飛びのいた。  
咄嗟に弁天丸をかざし、エルフは顔を庇う。水の力を持つ刃は、僅かながらも炎から主人を守った。  
「やっぱり、君の後ろだったか。いくらエルフでも、ここに隠れる場所なんて、そう無いもんな」  
「……私達は、もう手出ししないから。エルフも仲間だけど、君達も、仲間だから…」  
「十分ですよ、フェアリーさん。この状況で、一騎打ちさせてもらえるんですから」  
「………」  
体勢を整え、エルフが冷たい殺気を放つ。弱い者なら、それだけで戦意を失うほどの殺気を真っ向から受け止めつつ、フェルパーは  
首を傾げた。  
「……?」  
しかし、その疑問を問い質すことはできない。エルフが左手を振り払うと、そこに隠されていた手裏剣が飛び出した。  
杖で打ち払う。その時既に、エルフは自分の間合いに踏み込んでいた。  
逆手に振られた刀をかわし、戻りを利用して杖を振り払う。瞬間、エルフは足元の砂を蹴り上げ、飛びのいた。  
咄嗟に目を細めて防ぎ、飛び込もうとしたエルフへ火球を放つ。彼女は大人しくそれを避け、再び構え直した。  
さらに強まる殺気。背筋に冷たい汗が流れる。だがやはり、フェルパーは大きな疑問を感じ続けていた。  
 
一方のクラッズは、ヒューマンにも負けないほどの殺気を放ち、刀へと手をやっていた。  
「班長、考え直してくれませんか?いくら僕だって、仲間を、まして恩義ある方を斬りたくはないですよ」  
「それは僕も同じだ。だけど、今ここで君を斬らねば、何人の者が斬られるか」  
元より、説得などお互いに諦めている。クラッズは村雨を抜き放つと、鞘を地面に放り投げた。  
「どうやら、君は生きて帰るつもりがないようだね。鞘を捨てるなんて」  
「動きを阻害する物を付けたまま戦う方が、よっぽど勝つ気がないと思いますがね。鞘はあなたを殺してから、ゆっくり拾いますよ」  
対するヒューマンは鬼丸国亡。それを下段に構え、クラッズを見据える。  
「戦う前に、一つ聞いておく。君にとっての、剣の道とは何だい」  
妖刀を逆脇構えに構えながら、クラッズは嘲笑じみた微笑を浮かべる。  
「剣術は殺しのための技術。刀は人斬り包丁。勝つことにこそ意味がある」  
「なるほど、よくわかった。やはり君は、斬らねばならないようだ」  
ヒューマンが飛び込む。首への突きを開いてかわし、流れるように変化した袈裟斬りを屈んでかわす。同時に、クラッズは思い切り  
横へ跳び、逆胴を狙う。  
間一髪、ヒューマンは下がってそれを避ける。振り向いた瞬間、下から白刃がせり上がった。咄嗟に体を反らすと、鼻先を白刃が  
飛び抜けて行った。そしてクラッズの頭上で、刃と峰の向きが入れ換わる。  
金属のぶつかり合う音と、激しい火花が散った。辛うじて剣を受けたヒューマンは、それを押し返すように力を込める。クラッズも  
それに応え、刀を強く押し返す。  
瞬間、ヒューマンは刀を流した。体勢の崩れたクラッズに、刀が風を斬りながら襲い掛かる。  
ガツッと、硬質な音が響く。ヒューマンの目が、驚きに見開かれた。  
「柄止め…!?」  
「せりゃあ!」  
柄に食い込んだ刃を、今度はクラッズが投げるように流す。そのまま得意の逆脇構えに直ると、ヒューマンの首を狙う。  
しかし、その刀が振られることはなかった。ヒューマンは崩した体勢を立て直そうとせず、そのまま転んだのだ。そして転がって距離を  
取り、即座に片膝をつく。そこに追撃しようとした瞬間、ヒューマンは懐に手を突っ込んだ。  
「飛び道具、失礼」  
ヒューマンの手には、次元銃が握られていた。途端に、クラッズの表情が変わった。  
パン、と乾いた音が鳴る。だが、撃ち出された銃弾はクラッズの刀の上を滑り、あらぬ方向へと軌道を変えられていた。  
即座に銃を戻し、刀をかざす。それに構わず、クラッズは振り上げた刀を思い切り振り下ろした。  
普通の刀ならば、即座に折れるほどの衝撃。ヒューマンは辛うじてそれに耐えたが、クラッズは自分の刀の峰に左肩をぶつけた。  
「ぐあっ!?」  
「ヒューマン!?」  
辛くも寸前で止めていた刃が、ヒューマンの額に食い込む。流れ出す血を見ながら、クラッズは狂気じみた笑顔を浮かべた。  
「ははははぁ〜。班長、冗談が過ぎますよぉ?そんな物使われたら、本気で殺したくなるじゃないですかぁ」  
「くっ…!な、なんて力だっ…!」  
本来ならば、力比べでヒューマンが負けるということはあり得ない。しかし、今のクラッズの力は、まるでバハムーンを相手に  
しているような錯覚を覚えるほどのものだった。  
分が悪いと判断し、ヒューマンは咄嗟にその場を飛びのくと、真っ向から刀を振り下ろす。それに対し、クラッズは左手を峰に当て、  
正面から受け止める構えを見せた。  
 
刃と刃が触れあう。しかし、音はほとんどなかった。  
触れた瞬間から刃を引いて衝撃を弱め、勢いが死んだ瞬間、左手を押して自身の刃を覆い被せる。まるで大波が打つように刀が動き、  
ヒューマンは容易く体勢を崩された。峰に添えられた左手が動き、ヒューマンの脇腹に刃先が導かれる。そして、クラッズは腕に  
力を込めた。  
瞬間、ヒューマンは崩れた体勢のまま、クラッズに体当たりを仕掛けた。予想外の攻撃に、今度はクラッズが体勢を崩し、そこに  
反撃の刃が迫る。咄嗟に顔を逸らすと、目の前を冷たい殺意が飛び過ぎて行く。  
上段からの振り下ろし。それは、クラッズの刀より遥かに速いはずだった。だが、クラッズは片手で刀を振り回し、それを下から  
跳ね上げた。ヒューマンは体重を掛け、それを封じ込めにかかる。するとクラッズも力を込め、上下での鍔迫り合いが始まった。  
力を抜けば、その瞬間に斬られる。お互いの刀に篭った殺意は、もはやそれが刀に宿ったものではなく、殺意そのものが刃を  
象った物であるかのようになっていた。しかし、二人の目は刀ではなく、相手の目を正面から見つめていた。  
「狂気に溺れれば、隙も見せるかと思ったが……狂えば狂うほど、動きが洗練されるとはね」  
「言ったでしょ?剣術は人殺しの道具、勝ってこその剣術。殺したい相手に、技術を忘れるわけがない」  
二人の刀から、力が抜けることはない。互いに隙を窺いつつも、二人は言葉を交わす。  
「復讐者は、いつか同じ復讐の刃に倒れる。狂気の刃は、狂気の刃に倒れる。どうしてそれがわからない」  
「ご心配なく。それはよくわかってるよ。ただし、狂気の刃も復讐の刃も、倒れるのは相手の方。勝つのは常に僕だ」  
「復讐の連鎖は終わらない。君如きが、それを断ち切れるとでも言うのか」  
「どっちかが諦めれば終わるよね。なら、向こうに諦めてもらうまでさ」  
「それまでに、何人斬るつもりだい」  
「さあね。来るなら、何人でも」  
ヒューマンが口を開こうとした瞬間、クラッズが蹴りを放つ。咄嗟に金的への直撃を避けると、クラッズの追撃を突きで封じる。  
「……憎しみなんて、空しいものだ。それが君に何を与えた?」  
二人は距離を取り、それぞれ下段と逆脇構えという、得意の構えに戻った。  
「憎しみは、何も生み出しはしない」  
「お言葉ですが、あなたの額に付いてる傷は何でしょうね?僕は、その空しい憎しみのおかげで、ここまでの力を手に入れた」  
「目的のない強さに、何の意味がある」  
「意味なんか必要なのかい?目的がなきゃ、弱者でいなきゃいけないのかい?何より、いくらでも後付けで作れる理由に、意味なんか  
あるのかい」  
「君は既に復讐を遂げた。それでなぜ、なおも力を求める」  
「奪われる側は、もうまっぴらなんでね……禅問答は、そろそろ終いでいいかい?」  
クラッズの構えに気迫が篭る。それに対し、ヒューマンも気迫で応じる。  
次の一太刀が決着の時だと、お互い口にせずとも、そう感じていた。  
 
剣の道とは何か、クラッズが答えた時、エルフはほんの僅かに口角を持ち上げて笑った。だがすぐに、その笑みは消える。  
次々に襲いかかる火球を、エルフは驚くべき俊敏さでかわしていく。詠唱の一瞬の隙を突き、糸を引いて手裏剣を回収すると、  
即座にフェルパー目掛けて投げつける。  
手裏剣は曲線を描き、フェルパーの首に襲い掛かる。飛んでくる方へ一歩進んで避けた瞬間、エルフが突っ込んでくるのが見えた。  
左腕への一閃。杖から手を離してかわし、片手での突きを繰り出す。エルフは体を開いてかわし、目潰しを放った。それを左手で  
打ち払い、不意打ちで蹴りを入れるも、エルフはそれを肘で叩き落とした。  
「うあっつ!このっ…!」  
「あっ…」  
打ち落とされた足で、フェルパーは膝目掛けて前蹴りを繰り出した。それは予測できなかったらしく、エルフは慌てて飛び退いた。  
おかげで威力は殺されていたが、そうでなければ膝を折られていたところだった。  
距離を取り、しばし睨み合う。エルフは既に手裏剣を引き戻しており、フェルパーはいつでも詠唱できる準備を整えている。  
互いに、距離があることの優位性はない。そのまま相手の出方を窺うかと思われたエルフだが、突然彼女は視線を外した。  
自然な動作で懐に手を入れ、財布を掴み出す。そして、その中身を無造作に掴むと、空中へとばら撒いた。  
貨幣に目が引き付けられそうになり、フェルパーはその危険性に気付いた。  
意識を集中し、視覚と聴覚以外の感覚を全て遮断する。  
エルフはじっと、こちらを見つめている。打ち上げられた硬貨が、放物線を描いて落下を始めた。  
まだ動きはない。ぱす、ぱすんと砂地に硬貨が落ちる音が聞こえ始めた。  
いくつもの硬貨が、辺りに降り注ぐ。その内の数枚が、フェルパーの頭を叩き、落ちる。チャリンと、硬貨同士がぶつかる音が響く。  
上から、一枚の硬貨が降ってくる。エルフは動かない。目の前を硬貨が通過し、エルフの姿を一瞬隠す。  
ザッと、砂を蹴る音。エルフの姿が消えている。落ちる硬貨の陰から、エルフの足が覗いた。  
再び、砂を蹴る音。思ったよりも近い。だが今動けば、確実に追撃を受ける。  
全神経を聴覚に集中する。荒い息遣い。既に間合いに入られていた。殺気が迫る。全身に鳥肌が立つ。  
風を斬る音が聞こえた。ほぼそれと同時に、フェルパーは思い切り体を反らした。  
目の前の空気を切り裂き、白刃が通過する。即座に左足を引いて体勢を立て直すと、フェルパーはエルフの顔に右手で棒尻を突き出した。  
思わぬ反撃にも、エルフは咄嗟に左へ打ち払い、その突きをかわした。  
直後、棒先が唸りを上げて襲い掛かった。エルフが打ち払った力がそのまま攻撃力となり、彼女の側頭部に迫る。  
ガツッと鈍い音が鳴り、エルフが吹っ飛んだ。しかし、フェルパーの顔には苦々しい表情が浮かんでいる。  
「ちっ、あれをかわすかよ…!」  
吹っ飛んだエルフは受け身を取り、即座に体勢を立て直す。攻撃を避けきれないと判断し、彼女は自分から飛んで衝撃を和らげたのだ。  
一瞬、気を抜いた瞬間を、エルフは逃さなかった。手裏剣を投擲し、それを杖で受けた瞬間、既にエルフは目の前に立っていた。  
 
鼻先が触れ合いそうな、異常な近距離。そこから振られた刀を杖で受けると、エルフが左手の指先を揃えた。その意図に気付き、  
フェルパーはエルフの胸の谷間に拳を押し当てた。  
「ふっ!」  
「ぜあぁ!」  
一瞬、二人の体が捩じれたように見えた。直後、エルフが激しく後方に吹っ飛ばされた。  
「くっ…!」  
「ぐぅおっ…!」  
地面を転がり、ばねのように体を跳ねあげて立ち上がるエルフ。しかし、そこに追撃はない。  
一方のフェルパーは、拳を突き出した姿勢で荒い息をついていた。脇腹には血が滲み出し、その傷が浅くはないことを物語っている。  
エルフの貫き手は、もう少しで内臓まで達するところだった。ほんの一瞬の差で、フェルパーの至近からの正拳が、エルフを  
吹っ飛ばしたのだ。互いに、打ち込む距離は全くなかったが、己の体を武器とする二人にとって、それは大した問題ではなかった。  
血を流し、それでも呼吸を整えるフェルパー。普通ならば、獲物を狩る狩人が如く、エルフは即座にとどめを刺しただろう。  
それをしないのは、フェルパーによって胸骨を砕かれていたためだった。表情こそいつもと変わらぬ無表情だが、その肉体が受けた傷は  
決して浅くない。とどめを刺さないのではなく、刺せないのだ。  
「……強いな」  
「………」  
フェルパーの言葉に、エルフは答えない。ただ、その身に漲らせる殺気を、さらに鋭く発するのみだった。それが再び、フェルパーに  
大きな疑問を抱かせる。  
別に、仲間を本気で殺しに来ていることには、何の疑問もない。くのいちである彼女にとって、殺しとは日常生活の一部のような  
ものである。これといって、特別な行動ではない。  
だからこそ、この鋭い殺気には疑問が残った。まるで呼吸するように相手を殺せるエルフが、なぜこうも殺しに特別な感情を抱くのか。  
だが、それを考えている余裕はない。胸骨が砕けているにもかかわらず、エルフは再び戦いの構えを取った。  
エルフが地を蹴る。それを近づけまいとするように、フェルパーは紅蓮の炎で迎え撃った。  
 
構え、相手を見据えたまま、両者は睨み合っていた。その永遠に続くかと思われる時間を破ったのは、硬貨のぶつかり合う音だった。  
瞬間、二人は地を蹴った。神速の刃は風すら斬り裂き、両者の眼前で激しく火花を散らした。  
そのまま鍔迫り合いに移りながら、二人は互いを睨みつける。  
「殺しへの抵抗は、ないみたいだね」  
ヒューマンの言葉に、クラッズは笑みを浮かべる。  
「殺しに来てる相手に、殺しを迷ってどうするのさ」  
「戦闘不能に追い込めれば、それで済む話じゃないのかい」  
「殺しに来てる相手を、どうしてわざわざ生かす必要があるのさ。相手が殺しに来る以上、こっちも殺しにかかるよ」  
「それが、君にとって正しい剣の道か!?」  
「理想の押し付けは鬱陶しいんだよ!清く正しく美しく、なんて、一体何の役に立つんだい!?モノノケが自重してくれるとでも!?」  
「人とモノノケは違う!」  
「だから何だって言うんだよ!僕は、班長の言うことには賛同できない!僕の妹を殺して、逃げて、今までのうのうと生きてた奴等を  
許すなんて、絶対にごめんだね!」  
結局のところ、根底はそこにあった。復讐を認めないヒューマンと、そのために生きてきたクラッズの間には、埋まることのない溝が  
存在していた。  
「それとて、不幸な事故だろう!?殺す必要がどこにあった!?」  
「不幸な事故、ね……暴発が事故にしろ、あいつらが逃げなきゃ妹は死ななかった!己可愛さにそこから逃げて、妹を死なせるような  
奴を、許せるもんか!班長は、フェアリーさんを誰かに殺されても、不幸な事故だ、復讐なんて馬鹿げてるって、許せるのかい!?」  
その言葉に、ヒューマンではなくフェアリーがうろたえた。もし、彼が肯定すれば、それはあまりに悲しい。だが否定すれば、  
主張が一貫性を欠くことになってしまう。そうなれば、自分のせいでヒューマンに迷惑をかけたように感じてしまう。  
「うぅ……ヒュ、ヒューマン、私はっ…!」  
「いい。言わないでくれ、フェアリー」  
クラッズから目を離さず、強まる力にやや押されつつも、ヒューマンはそう声を掛けた。  
「……卑怯だな、君は」  
「卑怯?あんたがその主張を続けるなら、いずれ直面する可能性のある問題でしょ?そこから目を逸らし続けて、ただただ机上の空論を  
振りかざす方が、よっぽど臆病で卑劣だと思うけどね」  
「フェアリーを巻き込むことがだよ。君は、侍としての心も忘れてしまったのか…!?」  
「冒険者に、武士道なんて似合わない……不要なものは、全部捨てるよ。それがたとえ、かけがえのない大きな恩義でもねっ!」  
クラッズが左手を離した。ヒューマンの刀を片手で抑え、その手は脇差へと伸びる。  
シュッと鞘走る音が響き、同時にヒューマンの悲鳴が上がった。  
「ぐああっ!!」  
「ヒューマン!」  
逆手で抜き打ちに斬り上げた脇差は、ヒューマンの右頬から目を通り、眉にかけてを斬り裂いた。辛うじて目を瞑り、失明は  
免れたものの、そこに大きな隙ができた。それを逃すはずもなく、クラッズは右手の刀を振り上げた。  
「ぐぅぅ……でやぁ!」  
「うあっ!?」  
怯みながらも、ヒューマンは迫るクラッズに向け、思い切り刀を振り回した。思わぬ反撃に反応が間に合わず、クラッズの左の頬が  
ざっくりと斬り裂かれた。  
両者は一歩下がり、お互いの様子を探る。深手こそ負ったものの、その気迫も殺意も、全く衰えてはいない。  
 
ややあって、不意にヒューマンが殺気を消した。  
「ん…?」  
構えを解き、ヒューマンは刀を鞘に収めた。予想もしない行動に、クラッズは出方を悩んでいた。  
「……行け」  
「え?」  
「この傷は、君の免許皆伝の証。その傷は、僕からの破門の証。もう僕は、君の行く手を遮ったりはしない……エルフ!」  
呼ばれたエルフは、即座に戦闘を中止し、ヒューマンの隣へと駆け戻った。突然のことに、フェルパーも呆気に取られてそれを見ている。  
「班長……一体、どういう風の吹き回しです?」  
「僕は、君の言葉を認めることはできない。だが、そこに一理ないわけでもない。それに君の剣は、思ったほど分別を知らぬわけでも  
なさそうだからね」  
戦闘は終わったと判断し、セレスティアが遠慮がちにエルフに近づき、ヒールを唱える。  
「君が、その道を正しいと信じるなら、行ってみるといい。ただし、君の選んだ道は……誰一人、歩ききった者はいない」  
フェルパーも戦闘終了とみなし、自身の傷にヒールを唱えた。  
「それでも君は、その道を進むかい?」  
「ええ……引き返す気は、ありませんよ」  
投げ捨てられた鞘を拾い、フェルパーはそれをクラッズに渡す。納まるものを得た村雨は、ようやく彼の腰に落ち着いた。  
「餞別もないが、ここでお別れだ。フェルパー、クラッズ、達者でな」  
二人は一度、互いに目配せを交わした。そして二人並ぶと、揃って頭を下げる。  
「班長……お世話に、なりました」  
声を揃えて言い、顔を上げる。続いて、二人はそれぞれ話すべき相手へと顔を向けた。  
「セレスティア、後衛を君一人にしちゃうけど……悪いな」  
「いえ……ついこの前まで、前衛一人の班にいましたからね。むしろ、気楽なものですよ」  
クラッズは、ずっと黙っているエルフに顔を向けた。  
「エルフ、入学した時から一緒だったけど、お別れだね。刀が一本減るけど、普通は三本も差さないから、ちょうどいいよね。はは」  
「………」  
「君は相変わらず無口だなあ……みんなと、仲良くね」  
言い終えると、クラッズはフェルパーに視線を送る。フェルパーは黙って頷くと、杖を掲げ、意識を集中した。  
「それでは、これにて」  
クラッズの言葉だけを残し、二人はどこかへ転移して行った。それを見送ると、セレスティアがおずおずと口を開いた。  
「あの、班長……本当に、クラッズさんは大丈夫でしょうか?」  
「不安かい?これでも僕は、名伯楽って呼ばれてるんだ。それなりに人を見る目はあるつもりだよ」  
「あ、いえ、疑うわけではないのですが…」  
言い淀むセレスティアに、ヒューマンは優しく微笑んだ。  
「善と悪……僕は彼等を、善に導きたかった。それは、善というのが易しい道だからだよ。この世に、悪の栄えたためしはない。  
でもそれは、互いの善と善がぶつかりあい、負けた相手を悪としていたからだよ。つまり、悪とは少数派、苦難の道。だけど、  
彼等ならきっと、その道も歩いて行ける」  
「で、でもヒューマン、闇の生徒会とか、勧誘されたら…」  
フェアリーが言うと、ヒューマンは笑った。  
 
「ははは、それはないよ。あの二人は、光が眩しすぎて闇に行ったわけじゃない。自らの意思で光を拒絶し、闇に染まっていったんだ。  
闇から光への道は易しい。そこに至る道筋が見えるから。だけど、光から闇へは、難しい。光に慣れた目では、道が見えなくなるから。  
でも、あの二人は外道に堕ちてはいない。危ういところではあったろうけど、邪道は邪道なりに、きちんと道を歩んでる。だから、  
あの二人は心配ないさ」  
その時、ヒューマンはエルフが悲しげな表情をしていることに気付いた。彼女が表情を表に出したのは、狩人からくのいちに  
転科して以来のことだった。  
「……どうしたんだい、エルフ?」  
「……此方は、あの方の刃と、闇と、なるつもりだったのです」  
声だけは無表情のまま、エルフはぽつりぽつりと語りだした  
「心に闇を潜め、一途に気高く、美しく……あの方のためなればこそ、此方は殺しの技を磨き、並び称される者となり……けれど、  
僅か離れている間に、あの方のほうから近づいてくれたと思ったら、もう二度と、手の届かぬ所へ行ってしまわれた…」  
そこでようやく、彼等はエルフの本心に気付いた。  
「そうか……君は、クラッズが…」  
ヒューマンが言いかけると、エルフは静かに首を振った。  
「闇に生きる者なれば、同じ闇より、影をより濃く映し出す炎の方が、似合い……これで此方も、晴れてまことのくのいちとして、  
修行に励むことができます」  
言い終えた時、既にエルフの顔は無表情に戻っていた。  
「討ち取るは、闇の生徒会。目指すは、敵の本丸。相違、ありませぬね?」  
「ああ。それを成し遂げるのが、僕達の務め。さあ、行こうか。伝統あるドラッケン、新進気鋭のプリシアナ、それらも参戦するんだ。  
誇りあるタカチホの生徒として、後れを取るわけにはいかないぞ!」  
刃を交え、語り合い、互いに否定しつつも、認め合った関係。大切な友、入学以来の盟友、想い人との別れ。  
大切なものを失えど、彼等が歩みを止めることはない。己が信じる道の上、彼等は強い意志の元、力強く一歩を踏み出した。  
 
その日、各校の代表とも言えるパーティから、二人ずつの欠員が出た。フリーランサー、リトルブーケ、六傑衆改め、四天王が中央の  
大陸に向かう中、彼等はその時々、あらゆる場所で見かけられた。しかしその動きを掴むことは、各校混成のパーティであるだけに、  
容易ではない。  
ただ、気の赴くままに各所を巡り、探索し、そして今、彼等の行方は杳として知れない。  
 
 

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