始原の学園跡に程近い、忘れられた荒野。そこに美しい歌声と、激しい戦闘の音が響き渡る。
魔侯爵キサッズドの魔曲砲を受け、プリシアナの生徒達が吹っ飛ぶ。だが、彼女達は即座に受け身を取り、その一撃を耐え抜いていた。
「いったぁーい!こんの、ぐるぐる頭ぁ!倍返ししてやるー!」
「ヒュムちゃん!うにゃにゃ!いちごミルクいく!?」
「今度は、わたくし達の番ですよ!あの縦ロール、ぶった切ってやりましょう!」
「……じゃ、回復は任せてくれ」
暗い闇の世界でも、変わらず華やかで騒がしいリトルブーケ。勝手気ままに戦っている彼女達だが、ふとヒューマンが寂しげな表情を
浮かべる。
「にしても……ディア君とノームいてくれたら、少しは楽だったかな…」
その呟きに、エルフが小さく笑った。
「いや……今でも、十分楽になってるさ」
しかし、そこに思いを馳せる暇はない。四人はそれぞれに戦闘態勢を整え、再び自由気ままに戦闘を開始した。
背中は、仲間の誰かが守る。そんな好き勝手な、しかし厚い信頼を胸に秘めながら。
灼熱の溶岩が流れる、礼節を灼く洞窟。そこの最奥では、大地を揺らすほどの衝撃と轟音が響いていた。
魔男爵ゴフォメドーが腕を振り回し、タカチホの生徒を狙う。エルフはその腕を蹴って空中に飛び上がり、後方に宙返りしつつ
仲間の元へと戻った。
「エルフさん、大丈夫ですか!?」
「……強い」
「お腹壊しててあれでしょ!?調子良かったら、どれだけの力…!」
「まったく。でも、力では負けても、今の君達は十分に対抗できる力を持ってる。自分と仲間を、信じるんだ」
顔に付いた大きな傷。それは、六傑衆が四天王に、三本刀が二本刀へと減った時に付いた傷だった。そこへ無意識に手をやりながら、
ヒューマンは仲間を励ます。そこから連想されたのか、セレスティアが暗い声で呟いた。
「回復は任せてください。ですが……隣が少し、寂しいですね」
「ああ……隣は、ね」
含みある声で言うと、ヒューマンは笑みを浮かべた。そして再び、彼等は強大な相手に正面から向かって行く。
信頼する班長の言葉に、信頼できる仲間達。その繋がりがある限り、彼等は決して負けないと信じていた。
入るものを全て凍りつかせる冷気を纏う、信義も凍る氷窟。その氷すら溶かしかねないほどの、戦闘の熱気。そしていくつもの魔法が
炸裂する。
守護防壁を展開していたにもかかわらず、魔王エリカンテットの魔法は、ドラッケンの生徒達を確実に追い込んでいた。
「うあっ……ふーっ、きれいな花には棘があるとは聞くけれど、この冷たさ、苛烈さ、美しさ!たまらないね!」
「黙ってください。気が散ります」
「ああもう、君達は……リーダー、どうする!?」
「あと一回、守護防壁は機能する。ノーム、マジカシードを。フェアリーは回復、エルフは真面目に戦って」
リーダーの指示に、彼等は忠実に従う。フリーランサーの強さの元である連携は、どこにいようと崩れはしない。
「了解。攻め手は減るけど……回復はドワーフの役目だったのになあ。バハムーンも真面目だったしさ」
思わずフェアリーがそう漏らすと、クラッズは一瞬、動きを止めた。
「わふちゃん達は、今自分が為すべきことをしてる……離れてても、変わんないよ」
再び魔法が襲い掛かり、それを受け止めた瞬間、守護防壁は消えた。しかし、彼等は決して焦らず、個々の為すべき役割をこなす。
仲間をまとめるリーダーへの信頼。それに必ず応えるという仲間への信頼。相手が魔王であろうと、それは決して揺らぐことがなかった。
阻止すべき災厄、アゴラモートの復活。始原の学園へ乗り込んだ生徒達の目的はそこに集約し、そのために全員が力を合わせてきた。
しかし、それは為されてしまった。結果で言うならば、彼等の努力は徒労に終わっていた。
この世の終わりすらもたらす、圧倒的な滅びの力。彼等だけであれば、あるいは諦めていたかもしれない。
だが、そこにいた誰もが諦めなかった。ドラッケン、プリシアナ、タカチホ、そして闇の生徒会までもが力を合わせ、彼等はその強大な
力へ立ち向かった。
「ヒュムちゃん、エルフ!ここは任せて!にゃん!」
「現リーダーに、元リーダー、頼みますよ!」
他の生徒達に混じり、リトルブーケのフェルパーとセレスティアは無数に生み出されるモンスターと対峙した。するとそこに、
タカチホの生徒が並ぶ。
「わたくし達も、ご一緒しますよ」
「ヒューマン、エルフ、頑張ってよ!」
四天王のフェアリーにセレスティア。アゴラモートとの戦いを二本の刀に託し、二人は手下の掃討に回った。
「リーダー、フェアリー、僕達も援護に回ります」
「ああ、できることならリーダーと一緒にいたいよ……どうして君なんかと」
それはフリーランサーも同じだった。彼等の行動は、決してリーダーの指示ではない。しかしそれが最善だということは、長い付き合いの
中で、自然と把握できていた。
増え続ける手下達。見る間に力を取り戻すアゴラモート。そして、未来を自分達に託し、モンスターと戦う仲間達。
それらを見ながら、フリーランサー、リトルブーケ、二本刀の六人は武器を構えた。
「ははは。これじゃまるで、混成パーティ作ったときみたいだな、リーダー」
「実際、知った顔も二人。でも今度こそ、三本……いや、二本刀の実力、この目で見られるね」
「あなたの話は、セレスティアとフェアリーから聞いたよ。その実力、僕も楽しみにしてる」
「……負けない」
「おっとぉー、私達だって負けないからねー!君達全員、まとめて守ってやるんだからー!」
「負けない相手は、アゴラモートか隣の仲間か。主役は任せる、援護は任せてくれ!」
これまでにない強大な相手に、さすがの彼等も、絶対に勝てるという確証は持てなかった。だからと言って、逃げることはできない。
「もう少し……手数が、あればなあ」
思わずフェアリーが呟く。それは戦いを前に脱退してしまった仲間達に対する言葉だったが、各パーティのリーダーは、小さく笑った。
「いや、これで十分さ」
「むしろ、助かってるかもね」
「僕達は、それに応えなければね」
リーダー達は仲間の顔を見回し、そして同時に叫んだ。
「この戦い、勝つぞ!」
その言葉を合図に、彼等はアゴラモートに向かって突進した。後に、伝説に残る戦いの火蓋が、切って落とされた。
それに気付いていたのは、僅かな者達。リーダー達に加え、幾人かが気付いていたにすぎない。
そこに至るまでの間に、既にモンスターは大量に生まれており、それらはアゴラモートを死守することを使命としていた。それがなぜ、
戦いが始まったというのに、一匹として部屋へ侵入しないのか。
彼等の戦いが始まるのと、ほぼ時を同じくして、部屋の前では激しい戦いの音がこだましていた。
一気に扉へ迫ったモンスター達が、一瞬にして両断される。辛うじて耐え抜いたモンスターも、続く脇差での一撃に、首を落とされた。
「これでも、タカチホ義塾の元六傑衆にして三本刀が一人。仲間に、手出しはさせない」
頬の傷を誇らしげに見せ、部屋の前に立ち塞がるクラッズ。そこに新たなモンスターが迫るが、突然閃光が走ったかと思うと、
モンスター達は凄まじい業火にその身を焼かれていた。
「後ろに控えまするは、同じく元六傑衆の炎術師にして格闘家。この扉、そう簡単には開けさせないぜ」
両側からモンスターが迫る。すると右手に、大きな影が立ち塞がった。
「行かせないぞー!お前等なんか、叩き潰して伸ばして捏ねて、ケーキの材料にしてやるー!」
どちらかというと仲間にとって物騒な台詞を述べ、バハムーンは手に持った棒でモンスターを片っ端から弾き飛ばす。そこに、遠距離から
モンスターが魔法を放つ。バハムーンはそれを盾で防ぐが、モンスターは更なる詠唱に入った。
瞬間、闇に光が閃いた。
「ここを切れば、杖は持てない。ここを切れば、立ち上がれない。そしてここを切れば…」
腕の腱、足の腱と続けざまに斬られ、モンスターは転倒した。その首筋に、ドワーフはナイフを押し当て、にやりと笑った。
「出血は、死ぬまで止まらない!」
ナイフが一閃し、血が噴き上がる。その返り血を浴びながら、ドワーフはバハムーンにヒールを唱える。
「ドワーフ、助かったぞー!」
「手間掛けさせないでよ、このトカゲ。ま、気ぃ引いてくれたおかげで、接近楽だったけどね」
「これこそ、フリーランサーの戦い方だな!」
まだまだ敵は多い。折しも扉の左手側から、大量のモンスターが突進してくるのが見えたが、その足元にいくつもの丸いものが転がった。
直後、凄まじい爆発音が響き、先頭にいたモンスター達は跡形もなく吹き飛ばされていた。さらにその一団の後方から、いくつかの
悲鳴が上がる。
「不用心もいいところね。前だけ見てちゃ、足をすくわれるどころか、背中を斬られるっていうのに」
いつの間にか、そこにはノームが回り込んでいた。慌ててそちらに向き直った瞬間、鋭く風を切る音が辺りに響いた。
二本の鞭が、モンスターへ襲い掛かる。その動きはまるで生きているようであり、激しく振り回されているにもかかわらず、鞭同士が
絡むこともない。
「………」
ディアボロスが鞭を引くと、それはあっという間に手元へ戻る。それを輪のようにして持ち、ディアボロスは更なるステップを踏む。
疾風の踊りを踊ると、ディアボロスは再び身構えた。その効果を受けた仲間達も、攻撃の構えを見せる。
誰が言うともなく、彼等はこの地に来ていた。誰の目にも留まらず、ほとんどの者に気付かれず、それでも彼等は、元の仲間達を
陰でずっと助けてきたのだ。
「ノーム、左翼を殲滅する!手伝ってくれ!」
「うん。フェルパー、行くよ!」
フェルパーが意識を集中する間、ノームはその隣でありとあらゆる道具を駆使し、敵の接近を妨げる。
「いっくぞぉ…!吹き飛べ、ノヴァ!!」
凄まじい爆発の起こる中、バハムーンはクラッズの隣に駆け寄った。
「兄ちゃん、ここは私達で守ろう!」
「よし!バハムーン、頼むよ!」
仲間達の目の届かないところから扉に迫るモンスター。それらを、二人は全力で排除する。
「と、ずいぶん来たな……バハムーン!」
「任せろー!しっかり真似してやるー!」
「行っくよー!白刃一閃!」
数え切れないほどの敵の群れ。いくら彼等でも、それを無傷で捌き切ることは不可能だった。
そんな仲間達を、ディアボロスとドワーフがしっかりと支える。
「メタヒーラス!みんな、わふっと気合入れてー!」
「……行け」
ドワーフが回復を一手に引き受け、仲間の傷を癒す。ディアボロスは活力の踊りで、仲間の減った魔力を回復する。もちろん、
それだけではなく、戦闘となれば二人とも必要十分な実力を示す。
「それにしても、中のみんなは大丈夫かなー?できれば手伝いたいところだけど…」
「大丈夫だよ、班長達なら。それに今更、どの面下げて会えばいいんだか」
「ははは、それもそうだよな。俺達はこうやって、陰で支えてるのが合ってるよ」
「そうだよなー。誰にも見てもらえなくったって、ちゃんと頑張ればそれでいいよなー」
「力を付けるにも、この状況は最高。まだまだ、殺す相手は尽きないしね」
「……守るべきものを、守る。それだけだ」
そして再び、彼等は果てなき戦いへと身を投じる。その顔に、笑みすら浮かべながら。
世界を救った、三校の英雄達。彼等の戦いは、その後もずっと語り継がれる。
だが、その陰で戦い続けた、もう一つの三校の英雄達は、誰にもその活躍を知られることはない。
実際、彼等は英雄かと言われれば、疑問符がつく。自身のためだけに力を振るい、他者や世界より自分達だけに重点を置き、
欲望に忠実な者達。彼等の脱退の理由を知る者であれば、その評価はなおさら揺るぎないものとなる。
それでも、彼等を英雄と評する者はいる。それは皮肉にも、世界を救った英雄達の中の、さらに一握りの者達。
復讐者たるクラッズとフェルパー。時に目的のため、手段を選ばないドワーフ。悪魔のように歪んだ善意を持つディアボロス。
他者を冷酷に突き離すノーム。唯一、子供のように純粋な心を持つバハムーン。
そんな六人が英雄であるとは、誰も思わないだろう。それでも、その一握りの者達は、彼等を英雄と称する。
「彼等は、元のパーティよりも強い結束を持ってしまった。ただ、それだけのこと」
それが、彼等の共通意見だった。そして彼等は、言葉を続ける。
「本当は彼等こそ、最も早くに学校を超えた結束を育んだ者達なのかもしれないね」
今日も彼等は、どこかで迷宮探索を続けている。ただ強くなるため、ただ知的好奇心を満たすため、ただ知識を深めるため、
ただ愛する者といたいがため。
どこにいるかは気分次第。何をするかも気分次第。足の向くまま気の向くまま、突然どこかに現れる。
各校の代表と称されながら、その地位を捨てた者達。そんな彼等を、落伍者と称する者もいる。利己主義だと言う者もいる。あるいは、
冒険者とは元々そんなものだと語る者もいる。だが、そんな日陰者だということは、本人達が一番知っている。
圧倒的な技量と力を持ち、しかし表だって動くことはなく、常に日陰を行く者達。後ろ指を指されようと、間違っていると言われようと、
信じた道だけを、仲間と共に歩き続ける。その果てに見えるものは、果たして光か、浮かぶことのない闇か。
彼等は今も闇の中、道を見失わずに歩き続けている。