大きな力を持つ者は、不思議なことに単体で現れることは少なく、同時期に複数現れることが多い。  
この年、三つの冒険者養成学校では、それぞれ優秀な生徒が多く入学し、その中でも特に急速な成長を遂げるパーティがあった。  
それはドラッケン学園、プリシアナ学院、そしてタカチホ義塾でも、まったく時期を同じくして現れていた。  
ドラッケンのパーティは、前衛、後衛を基本通りに組み合わせ、個々がそれぞれの役割を果たし、手堅い冒険の仕方で知られている。  
戦闘ではリーダーの指示により、実に統率のとれた動きを見せ、それはもはや冒険者ではなく、訓練された軍隊の動きに近い。  
また、彼等は黙々と自身の単位取得のために動き、他校の課題も積極的に受けることから『フリーランサー』と呼ばれていた。  
プリシアナのパーティは、ある意味でその対極を成している。後衛が四人、前衛が二人であり、各自の判断で戦闘を行う。統率という  
ものは望むべくもないが、それぞれの力量は高く、また前衛二人がヒーロー学科とナイト学科ということもあり、これまでに危機らしい  
危機に陥ったことはない。何より特徴的なのは、その大半が女子生徒であり、また髪色も好き好きに染めているため、非常に目立つのだ。  
性格も良い者が多く、女子が多く、成績や言動に華のある者達。そんなところから、彼女達のパーティは『リトルブーケ』と呼ばれていた。  
タカチホのパーティは、独特の校風を持つタカチホらしく、一風変わった経緯がある。リーダーは普通科のヒューマンであり、  
入学生よりも一年ほど先輩である。それに加え、常に彼と一緒のフェアリーに、新入生四人が加わったのが、現在のパーティである。  
彼等はリーダーに絶対の信頼を置き、結果を焦ることなくコツコツと鍛錬を積み、今では『六傑衆』と呼ばれるほどになっている。  
さらに、その中でも普通科のリーダーに侍学科のクラッズ、くのいち学科のエルフはタカチホの誇る得物、刀を武器としていることもあり、  
特にその三人を指して『三本刀』と呼ばれることもあった。  
交流戦でも、彼等の活躍は群を抜いていた。当然、お互いの噂は耳にしており、興味を持つことはあった。しかし、他校の生徒と交流を  
持つことはあっても、普通ならばそれだけである。彼等も本来なら、単に他にも強いパーティがいる、というだけで終わるはずだった。  
ある日、彼等は全く偶然に、ローズガーデンの宿屋で出会った。そして全く偶然にも、出会ったのがリーダー同士であり、さらに彼等の  
種族は、クラッズにエルフにヒューマンだった。  
元々気の合いやすい種族である上、実際に彼等は気が合った。まして、お互いが他校にも名の響くパーティの一員となれば、  
なおさらである。瞬く間に旧来の親友の如き付き合いを始めた彼等だが、話題がそれぞれのパーティのことになり、自分達こそ一番だと  
主張し始め、しかし喧嘩になりかかった時、タカチホのヒューマンが言った。  
「潰し合うのは簡単だけど、それよりお互いの力を、一番近くで見てみないかい?つまり、僕達とあなた方と、それぞれの学校の  
混成班を作るというのはどうかな。きっと戦うよりも、色んなものが見えると思うよ」  
その案に、エルフはすぐ賛成の意を示したが、クラッズは返事を渋った。元々、彼女は卒業の単位獲得を主な目標としているため、  
単位取得に関わらないことには消極的なのだ。とはいえ、魅力がなかったわけでもないらしく、仲間と相談すると言って部屋へと戻った。  
その後、ヒューマンとエルフもそれぞれのパーティに戻り、事の経緯と現在の案を説明した。結果、プリシアナは全員一致で賛成。  
タカチホの面々は多少の反対意見もあったものの、最終的には全員賛成。そして問題のドラッケンは、かなり議論が紛糾したものの、  
一部の強い要望によって結局は賛成となった。  
 
夕食後、フリーランサー、リトルブーケ、六傑衆の面々は宿屋の入り口の広間に集合した。名前は聞いていても、実際にその姿を見るのは  
全員初めてであり、各々相手を観察したり、仲間と何か話していたりと反応は様々だった。  
「ふーん……プリシアナは特に、思い切った構成だね」  
「装備がすごいね、装備が。それに比べてタカチホ……特に後衛陣、大丈夫かあれ?」  
「逆に言えば、それで六傑衆なんて言われてるんだから、見た目で判断しないことね」  
そんなことを話すドラッケンとは別に、プリシアナの生徒は実に楽しそうだった。  
「うわー、あれがフリーランサーのみんなかあ!ねね、リーダー可愛いのにすごいね!」  
「三本刀もしっぶいなー。あそこだけ全然雰囲気違うね」  
「これから、あの皆さんの誰かと組むんですよね。わたくし、少し緊張してきちゃいました」  
タカチホはタカチホで、やはり他の二校とは多少雰囲気が異なっており、彼等は仲間の方に視線を向けていた。  
「これから、このうちの四人とは離れ離れになってしまうわけですが……皆さん、無茶はなさらないでくださいね」  
「ははは、相変わらずだねセレスティア。気持ちもわかるけどさ……班長、誰と組むことになっても、お達者で」  
「君達もね。そして、タカチホ義塾の名を誇れるよう、今まで以上に精進してくれ」  
一通りの話が済むと、それぞれの代表が前に出る。プリシアナのエルフが出ると、その背中にやたらと『リーダー』を強調した声がかかる。  
「……男は辛いね」  
「僕はリーダーじゃなくて、ブーケを束ねるリボンだよ、はは」  
「リボンがなきゃ、花束も作れないでしょ。ま、それはそうと……決め方はどうする?くじでも作る?」  
「いや、それだと時間かかるだろう。好きに決めたら?」  
「それも難しいと思うよ。希望が被ることもあるだろうし」  
「じゃ、グーとパー……とチョキで、二人ずつに分けようか。それが公平でしょ」  
話は決まり、各パーティからじゃんけんの掛け声が響く。ややあって、それぞれグーとパーとチョキを出した者達が集まる。  
「やぁーだぁー!!!やり直したいー!!!」  
早速響いた声に、全員がそちらに顔を向ける。そこには、本気で嫌そうな顔をしたドワーフと、困った笑顔を浮かべるバハムーンの  
女子がいた。どちらも、ドラッケンの制服である。  
「そんなこと言うなよー。せっかく一緒になれたのにー」  
「あんたと一緒だから嫌なのー!このくそトカゲー!やっと離れられると思ったのにぃー!」  
可愛らしい容姿と声からは想像もつかない言葉に、彼女を知らないものは苦笑いを浮かべるしかなかった。そこに、リーダーのクラッズが  
声を掛けた。  
「わふちゃん……どうなっても一回勝負。文句なしって約束でしょ?気持ちはわかるけど、文句言うな」  
彼女の顔は微笑みを湛えていたが、その目はどろどろと濁っている。というのも、彼女のパーティの構成がバランスの欠片もない、  
あまりにひどいものだったからだ。  
「うーん、ここまで被るとはね……でもリーダー、逆に死ぬことはないさ」  
 
その構成とは、戦士のクラッズ、風術師のエルフ、賢者と盗賊のフェアリー男女、光術師のセレスティア男女である。前衛は見事に  
彼女ただ一人である。  
「そうですよ。危なくなったら、わたくしがヒールしますから」  
「わたくしも同じく」  
「僕もいけるよ」  
「僕もヒールエアーなら」  
「……っは…」  
目だけが笑わない笑みのまま、彼女は首を振った。  
そんな彼女に言われては、もはや文句も不平も言えず、ドワーフは渋々自分のパーティへと向かう。  
プリシアナの生徒達は、ほぼ全員が楽しげに騒いでいたが、その中で二人だけがはしゃぎもせず、喋りもせずにいた。そしてその二人が、  
奇しくも同じパーティになることが決まった。  
「……あんたと一緒ね」  
「………」  
「まあ、どうでもいい。誰だってどうせ同じ。このパーティも……今度のパーティもね」  
「………」  
「いつものだんまりね。まあ、どうでもいいけど。行くわよ、悪魔」  
ノームらしく、感情の篭らない声ではあったが、その口調からは端々に悪意が見て取れた。だが、悪魔と呼ばれたディアボロスは何も  
言わず、黙って彼女のあとについて行く。  
彼女達の向かった先には、二人の男子生徒がいた。どちらもタカチホの制服であり、その二人が残る仲間なのだろう。  
「お、君達チョキの人?これからしばらくの間、よろしく」  
人懐っこい笑みを浮かべ、頭を下げるクラッズ。それに続き、隣のフェルパーも頭を下げる。  
「みんな、初めまして。こっちのクラッズは、知っての通り三本刀の一人、侍学科。自分は炎術師を学んでる。よろしく」  
「なーんか、堅っ苦しいなあ。挨拶なんか適当でいいよー」  
「そうは言っても、初対面だから。みんなが良くても、自分が落ち着かないんでね」  
「ま、学科だけ言っておこっか。私はドクターだよ。まだ勉強中だから、あんまり大怪我されると困るけど、回復は任せて」  
そう言うと、ドワーフは隣のバハムーンに視線を移す。  
「……小さいのと、猫かぁ……可愛いなあ…」  
「くそトカゲ、自分の学科ぐらい言ってよ。うざい上にきもいんだからー」  
「わかったよー。私はパティシエ!よろしくな!」  
「……ぱてぃしえ?」  
聞き慣れない名前らしく、クラッズが聞き返す。  
「そ、パティシエ!お菓子作りの専門家なんだぞー!甘いものなら任せろ!」  
その、一体何の役に立つのかわからない学科に一同が戸惑っていると、ドワーフが口を開いた。  
「あー、お菓子作りって言っても、材料は自力調達だから。下手な戦士より強いし、あと……認めたくないけど、このトカゲ優秀だから」  
優秀と言われたのに気を良くしたのか、バハムーンは誇らしげに胸を張る。  
「……で、そっちの二人は?」  
プリシアナの二人に目を向けると、ノームがやれやれといった感じで口を開いた。  
「あたしは盗賊。これが終わったら錬金術師学科に進む予定。で、これは」  
隣のディアボロスを指さし、ノームは『これ』と言い放った。  
「ダンサーね。これ、ほとんど喋らないから」  
「へー、さすがリトルブーケ。女の子多いんだなー」  
「ああ、それと」  
バハムーンの言葉で気づいたらしく、ノームは再びディアボロスを指さした。  
 
「これ、こう見えて男だから」  
「ええっ!?」  
その場にいた全員が、思わず声に出してしまった。それというのも、ディアボロスの顔つきは女にしか見えず、おまけに彼はスカートを  
穿いているのだ。誰が見たところで、男だと思うわけがない。  
「え……え〜と……ほ、本当に男…?」  
「………」  
ディアボロスは黙ったまま、こっくりと頷いた。  
「どうしてスカート……そ、そう言う趣味なのか?」  
「………」  
やはり黙ったまま、彼はふるふると首を振った。  
「この方が、ダンスが映えるらしいけど。趣味だったとしても、そう言えば言い訳にはなるから、実際はどうだか」  
「………」  
ディアボロスは無言で、ノームを見つめた。喋りこそしないものの、その目は少し不快そうだった。  
そんな彼女達を見て、フェルパーはそっとクラッズに耳打ちする。  
「なあ……この子達、仲悪い同士が組んじゃったんじゃないか、これ…」  
「ぽいよねー、僕も思った……まあ、何とかなるでしょ」  
とりあえずの自己紹介も終わり、何か雑談でもしようかと思った時、ノームが口を開いた。  
「先に言っておくけど、あたしはあんた達を信じる気はない。その辺よろしく」  
突然の物言いに、一瞬時間が止まった。それに対して、クラッズが苦笑いを浮かべて話しかける。  
「いきなりだなあ。でもさ、僕達これから仲間になるんだし、少しぐらい信じてよ」  
すると、ノームは明らかな嘲笑を浮かべ、クラッズを見つめた。  
「自分で『信じて』なんて言わないと、相手を信用させられない奴を、どう信じればいいの。そういう奴が、一番信用できない」  
「う…」  
クラッズも、これには参ってしまった。だが、それに言い返す前にフェルパーが口を開いた。  
「ははは、一本取られたなクラッズ。まあ……自分は、それでもいいと思うよ。そもそも、初対面の相手をいきなり信じるなんて、  
無理な話だろうしね。信じられないなら、それでいいよ。信じる信じないは、君次第なんだから」  
そんな彼を、ノームは黙って見つめていたが、やがてクラッズに向けたものと同じ笑みをフェルパーに向ける。  
「ふん。失敗を目の前で見てると、次が楽でいいわね」  
「ははは、まったくもって。クラッズ、ありがとな!」  
「フェルパー……それ、ちょっとひどいよー」  
そう言いつつも笑顔のクラッズに、楽しげに笑うフェルパー。この二人は、どうやら旧来の親友らしかった。  
「いいなー、あの二人……ドワーフ、私達もあれぐら…!」  
「うざい!このくそトカゲー!いい加減、私に構うのやめてよね!」  
「………」  
五人を見つめながら、ディアボロスは一人、小さなため息をついていた。  
こうして、彼等の冒険は幕を開けた。  
 
彼等が最初に目指したところは、タカチホ義塾だった。別に学校紹介というわけではなく、単にクラッズとフェルパーが寮に置いてある  
荷物を回収したいから、という理由である。  
編成は、少し変わった構成になった。というのも、ディアボロスはタルワールを持ち、ノームは毒のナイフしか持っていない。本来の  
前衛であるバハムーンは、ウォーピックを持っていたために後列から攻撃が可能であり、無駄に被害を出すこともないだろうと、彼女は  
後列に控えることとなった。  
「ねえフェルパー、私こいつの隣やだ。真ん中入って」  
編成が決まるなり、ドワーフはそう言った。  
「え、いいけど…」  
「ええー!?私真ん中じゃないのかー!?」  
「ぜぇったい、嫌!!!あんたはそっち行って!私に近づかないで!」  
「むぅ〜、まあいいけど……うん、まあいいか!」  
バハムーンは満面の笑みを浮かべると、不意にフェルパーに近づいた。何をするのかと訝る間もなく、彼女はフェルパーを思いっきり  
抱き締めた。  
「うわっ!?」  
「ちっちゃくはないけど、お前も可愛いなー!ああっ、耳ピコピコしてるっ!!」  
「ちょっ、ちょっ……は、放してくれよ!!」  
必死にもがき、やっとの思いで彼女の腕から逃れると、ドワーフが笑っているのが見えた。  
「わかるでしょ?私がそいつのこと『くそトカゲ』って言ってるの」  
「………」  
肯定も否定もしなかったものの、彼の耳は戦闘中のようにべったりと寝ており、見る者が見れば、彼がドワーフの言葉を全力で肯定して  
いるのはすぐにわかった。  
「ちょっと抱っこしてるだけだろー?なのにそんな言い方…」  
「うるさい、くそトカゲ」  
そんな後衛達を、前の三人は何とも言えない目で見つめていた。  
「……バハムーン、こっち来てもらおっか?」  
「で、あたしとそれと、どっちが置物になればいいの。それとも、無駄に回復の手間増やすの」  
「……わかったよ」  
第一印象のせいもあり、クラッズはこのノームがひどく苦手だった。ディアボロスも種族自体好きではなく、しかも極度の無口で、  
その上女装している男だということもあり、こちらもひどく近づき難い相手だった。  
「ま、まあとにかく……みんな、これからよろしく!」  
新しいパーティの、記念すべき第一歩。それを心底楽しんでいるのは、能天気なバハムーンただ一人だった。  
 
プリシアナ学院を抜け、ヨモツヒラサカに向かう頃には、少しずつ固さも取れ始めていた。前衛は相変わらず無言だが、後衛の三人は  
多少なりとも会話を始めている。  
「それにしても、君の髪の色は珍しいね。元々白いの?」  
「白じゃなくって銀ですー。君とこのトカゲは、よく見る色だよね」  
「前の奴等も、そんなに変わってないよなー。あ、でもノームは他の奴より青味が深いし、ディアボロスはフェルパーと同じ色かな?」  
クラッズとしては、楽しげなその会話に参加したくてたまらなかったのだが、先頭を歩く者としては後ろを向くわけにもいかず、  
ただじっとその衝動を堪えていた。  
「それにしても、なんか、いいなー!こう、色んな奴等入り乱れてさ、こうやってパーティ組むのって」  
「はは、君は本当に楽しそうだな」  
「………」  
ドワーフはそれには答えず、どこかボーっとした顔で正面を見つめていた。  
「……入り乱れて……パーティ……乱…」  
「ん?おいドワーフ、どうした?」  
フェルパーが尋ねると、ドワーフはハッとしたように顔を向けた。  
「えっ!?な、何でもないですよ!?わふっと元気ですよ!」  
「そうか?ならいいけど」  
「ん、敵。フェルパー、みんな、いくよ!」  
クラッズの言葉に、全員が戦闘態勢を取る。現れたのは、残虐ピクシーと一つ目魔道の群れだった。さほど強い相手ではないが、  
油断はできない。  
「クラッズ、前列は任せる。後列は任せろ」  
「承知!」  
だが、そのクラッズが動く前に、ノームが素早く攻撃を仕掛けていた。さすが盗賊学科を学ぶだけあり、素早さは群を抜いている。  
「うわ、速いなあ。僕も、負けてられないや!」  
ノームが引くのに合わせ、クラッズが刀を一閃する。風切り音がしたかと思うと、敵の前列は一斉に体を切り裂かれ、倒れた。  
「とどめいくぞ!ファイガン!」  
直後、フェルパーが魔法を詠唱し、後ろに控えていた敵を焼き尽くした。ドワーフとバハムーンが動く間もなく、敵は既に全滅していた。  
 
「うーん、さすがリトルブーケと六傑衆。このトカゲとかいらないんじゃない?」  
「ひどいこと言うなよー!動く前に倒されてただけなんだからー!」  
「……あれ?」  
不意に、戦利品を漁っていたクラッズが間の抜けた声を出した。  
「お金……いつもより多くない?」  
「ああ、それはあれ」  
宝箱と格闘しつつ、ノームはディアボロスを指さした。そこには、踊りを終えて一息つくディアボロスの姿があった。  
「強欲の踊り。相手の持ってる金をさらに引き寄せる踊り……ちっ、修士の靴だけか」  
「へ、へえー、そういえば踊ってるのは見えたけど……魔法の一種なのかな」  
「踊り魔法かあ。そういえば、アイドルにも歌魔法とかあっ…」  
そこまで言った瞬間、全員が一斉に後ろを向いた。その瞬間、隠れていたモンスターが襲いかかってきた。  
「やばいっ、バックアタックか!」  
「ちいっ、相手が上手だったか!?」  
残虐ピクシーの群れが、フェルパーに襲いかかった。  
「けどな……お前等ができるのは、そこまでだ!」  
振られた斧を、まさに紙一重でかわす。瞬間、頭上で杖が回転し、フェルパーは引きながらそれを相手に叩きつけた。倒れた仲間の仇を  
討とうとするかのように、残虐ピクシー達はさらに襲ってくる。フェルパーはその攻撃全てを苦も無くかわし、さらに二匹ほどを  
叩き伏せてしまった。  
「おお……何、今の動き!?」  
杖をぐるぐると回し、相手が来ないのを見てから腋に挟んで止めると、フェルパーは目だけをドワーフに向けた。  
「実は、サブ学科は格闘家。元々はそっちが本職だったんだ」  
「ええー!?じゃあお前、もう格闘家の単位全部取っちゃったのか!?」  
驚くバハムーンに、フェルパーは笑って頷いた。そこで初めて、他の面々は六傑衆と呼ばれる彼等の強さを知った。  
「なるほどねー。装備とかにこだわらないで、ひたすら馬鹿みたいに訓練積んだんだ。強いわけだよー」  
その後、彼は他の仲間が隊形を整える前に、再びファイガンを唱えて敵を殲滅してしまった。そしてやはり、獲得金額はいつもより  
ほんの少しだけ増えていた。  
 
ヨモツヒラサカに着いたとき、外は既に暗くなっていた。一行はそこで宿を取ることに決めたが、部屋割で再び揉めた。  
「やだっ!私、このトカゲとは絶対やだからね!」  
「ええー、一緒でいいじゃないかぁ…」  
「い・や・な・の!!」  
「参ったなー。それぞれの学校でいいかと思ったけど……よく考えたら、そうなるとディアボロスとノームもまずいのか」  
一人部屋が取れればよかったのだが、生憎とこの日は一人部屋がいっぱいであり、二人部屋しかないらしい。  
「ねえ、ディアボロス。このトカゲと一緒でいい?」  
「え!?ちょっ、待て!!そ、それは私がちょっと……あっ、フェルパーかクラッズなら!」  
「や、フェルパーとはなるべく一緒にいたいんだよね」  
「俺は別に、他の人でも構わないけど?」  
「僕が構わなくないんだ。でも、そうも言ってられないか〜…」  
「じゃ、私ディアボロスとでもいいよ。トカゲはノームと一緒にいれば?」  
すると、バハムーンの顔が明らかに曇った。  
「……あいつ、怖い」  
「あーもう、このままじゃ決まらないから、僕がバハムーンと一緒。で、ディアボロスとフェルパー、ノームとドワーフでいい?」  
「いいよ!!」  
即答したのはバハムーンである。他の仲間からも、特に反対意見は出なかった。  
「よし、じゃあこれで確定。みんな、今日はゆっくり休んでね」  
各自、部屋の鍵を受け取り、部屋に向かう。途中、ディアボロスの背中に声がかかった。  
「あ、ちょっとディアボロス……いいかな?」  
「……?」  
首を傾げつつも立ち止まる彼に、クラッズは少し重い口を開いた。  
「あのー、ね。寝起きのフェルパーには、気をつけて」  
「……??」  
「あいつさ、寝起きだけは本当にただの猫になるんだ……知らない人が近づいたりすると、怪我する可能性もあるから、起きたと思っても  
数分は近づかないでね」  
ディアボロスは何も言わなかったが、こっくりと頷いた。これまでに彼の声を聞いたのは、戦闘での掛け声だけである。  
「手に負えなかったら、呼んでくれれば行くからさ。それだけ、頭に留めといてね。それじゃ、また明日」  
去っていくクラッズを見送ると、ディアボロスは部屋へと歩き出した。結局、彼はこの日一日、一言も会話を交わすことはなかった。  
 
その頃、ノームとドワーフの部屋は沈黙に包まれていた。とはいえ気まずい沈黙ではなく、それぞれに本を読んでいるだけである。  
二人とも、分厚い本を黙々とめくっていたが、不意にノームが顔をあげた。  
「そこの毛だらけの」  
「……あ、はい!?何ですか!?」  
「何をそんなに焦ってるの。まあいいわ、辞書持ってないかな」  
「辞書?あるけど、そんなの何に使うの?」  
「あたしは錬金術師目指してる。そのために今から勉強してるけど、こういうのは言葉の解釈一つとっても疎かにできない。これで満足」  
「あー、勉強してるんだー。私と一緒だね。あるけど、ちょっと待ってね……っと、これでいい?」  
ドワーフが鞄から取り出したものは、辞書というより百科事典といった方がいいような、恐ろしく分厚い物だった。  
「……何、それ」  
「辞書だって、いい物使わなきゃ!それにさ、普通の辞書だと医学書の言葉にまで対応してないんだよねー。じゃ、投げるよー」  
ひょいっと投げ渡されたそれを受け取ると、ノームはあまりの重さにつんのめった。これを頭にでも落とせば、フェアリーやクラッズなら  
殺せるかもしれないほどの重さである。それを片手で軽そうに投げる辺り、彼女もやはりドワーフなのだと実感できた。  
「……ありがとう」  
「どういたしましてー」  
そしてまた、ドワーフは医学書を読み始めた。ノームは早速辞書を開こうとして、ところどころに飛びだしている折目に顔をしかめた。  
「……汚い使い方」  
文句を言いつつ、ノームは辞書を開き、錬金術の本と見比べながら、自身の本に注釈を書き足していく。  
その後もちょくちょく辞書を使ったが、やはり折り目が付いているため扱いにくい。しかもやたらに重いので、探したい言葉を  
探すのも一苦労である。そのせいで、別の言葉を引こうとした時、誤って折り目のついたページが開いてしまった。  
舌打ちをしてページをめくろうとした時、不意にノームの目に止まった項目があった。それには、丁寧にペンで印が付けられている。  
その項目には、こうあった。  
『手淫:しゅいん 手などで自分の性器を刺激して性的快感を得る行為』  
「………」  
それにはさらに、手書きで『自慰、自涜、オナニー』と書き加えられ、それらのページ数までもが記してある。  
まさかと思い、ノームは他の折り目が付いたページをめくって見た。  
「フェラチオ、男性の性器を舌や唇で愛撫する性技……関連はイラマチオ、ね…」  
ノームはゆっくりと後ろを振り返った。ドワーフは医学書を熟読しているようだが、その目はどこか遠くを見つめているようでもあった。  
さらに、よく耳を澄ましてみると、彼女は何やらぶつぶつと呟いていた。  
 
「ポルチオ……中イキ……同時に中出し……どんなんだろうなぁ…」  
にまーっとした笑みを浮かべるドワーフ。ノームは再び、ゆっくりと首を戻す。  
「……極めて残念な子なのね」  
何も見なかったことにして、再び錬金術の本をめくる。しかし、ふと辞書に目を戻すと、パラパラとページをめくり始めた。  
「か……き……くら、くり……ここは押さえてるか。じゃあ、くろ、くわ、くん……へえ、これ見落としてるんだ」  
ノームは新たな項目に印を付け、さらに折り目も付けて辞書を閉じた。  
「毛むくじゃら」  
「………」  
「毛むくじゃら」  
「……はいっ!?何かありました!?」  
「辞書返す。ありがと」  
「あ、なんだ。もういいの?」  
「もういいの」  
辞書を手渡すと、ドワーフはそれを傍らに置いて再び医学書に目を落とした。それを見届けると、ノームは錬金術の本をしまい、  
寝ることに決めた。その時彼女の胸には、何だか一仕事終えたような、そんな達成感があるのだった。  
 
翌朝、クラッズはバハムーンに思い切り抱き締められたせいで、背中を痛めた上に寝不足に陥っていた。しかし、そんな様子はおくびにも  
出さず、普段と変わらない様子で歯磨きに向かった。  
共通の洗面所では、数人の生徒が歯磨きをしている。見覚えのある人物はいないので、近場の適当なところを使うことにする。  
背中の痛みは多少強いが、支障が出るほどでもない。それでも、あとで一応ドワーフに診てもらおうかと考えていると、不意に隣の  
生徒がちょんちょんと肩を叩いてきた。  
「ん…?何?」  
見上げた先にいるのは、ディアボロスの男子生徒だった。特に見覚えはなく、肩を叩かれる覚えもない。  
が、よくよく顔を見ると、その顔つきは女性のようでもあり、何とも中性的な顔立ちだった。男物のパジャマを着ているが、クラッズは  
もしやと思い、脳内でその服装をプリシアナの女子生徒のものに変換してみた。  
「……あ、ああ、ディアボロス!ごめん、気付かなくって……制服じゃなかったからさ」  
そう言い繕うと、彼は注意しないとわからないぐらいの微笑みを浮かべた。どうやら気にしてはいないらしい。  
「それで、どうしたの?あ……もしかして、フェルパー?」  
やはり返事はなく、ディアボロスはこくんと頷く。  
「やっぱり……ごめんね、迷惑かけて」  
ディアボロスは気にしていない、と言うように首を振った。  
口を漱いで歯ブラシを水で流すと、クラッズは改めて彼の方に向き直る。  
「じゃ、起こしに行こっか。ほんと、ごめんね」  
もう一度首を振ると、ディアボロスは黙ってクラッズの後をついてきた。その途中、なぜか異様に仲の良さそうなノームとドワーフ、  
そしてドワーフを前にそわそわしているバハムーンに出会った。  
「ノームぅー、このトカゲ何とかしてよー。私、ほんとこいつ嫌いなんだけど」  
「なんでそう嫌うんだよー。別にいじめてるわけでもないのに…」  
「いじめっ子はみんなそう言う。……ん、悪魔と小さいの」  
徹底的に人をまともに呼ばないノームに苦笑いしつつ、クラッズは手をあげて挨拶する。  
 
「どうしたの二人してー?変わった組み合わせだけど……ふ、二人でどこか……行くんですか…?」  
「どうしていきなり丁寧語なの?フェルパー起こしに行く途中なんだ」  
バハムーンの腕の中で答えるクラッズ。バハムーンは気前よく抱っこさせてくれる彼に、既に懐き始めている。  
せっかく会ったからということで、一行はそのまま全員でフェルパーを起こしに向かう。道すがら、クラッズはフェルパーの寝起きの  
危険さを説明したが、ディアボロスを除いて誰一人信じられない様子だった。  
「フェルパー、入るよ」  
一応声を掛けてからドアを開けると、ベッドの上で寝ているフェルパーと、入口間際に畳んである布団が目に入った。  
「……ごめん……ほんとごめん、ディアボロス……あの距離でもダメだったんだね…」  
「………」  
「にしても、完全に猫化かあ……うひひ、ちょっと実験してみよっと!」  
「きゃあ!?」  
バハムーンは一瞬の隙を突いてドワーフを抱きかかえると、ずんずんフェルパーに近づいて行く。  
「あっ、ちょっとダメだって!危ないから!」  
「やめてよ馬鹿トカゲ!!きもいから触んないで!!下ろしてよ!!」  
「ああ、寝顔可愛いなぁー!猫化って、どんな風に…」  
目の前まで近づいたとき、フェルパーの耳がピクンと動き、その目が開いた。そしてバハムーンとドワーフの姿を認めた瞬間、  
フェルパーの耳がべたりと後ろに倒れた。  
「フシャアァー!!!」  
「うわっ!?」  
凄まじい威嚇の声と共に、フェルパーは全身の毛を逆立てた。そこには、もはや人間らしさなど微塵も存在していない。  
「きゃっ!?ちょ、ちょっとこの馬鹿トカゲ!!私巻き込まないでよ!!」  
「うわ、すごいなぁ……ほんとに猫みたいだぁ…」  
それでもめげずにバハムーンが手を出すと、フェルパーの右手、というより右前脚が一閃した。  
「危なっ!!」  
「タッ!!フヴァー!!!」  
「はいはいはい、フェルパーどうどう!大丈夫だから、僕ここにいるから!」  
そこに慌ててクラッズが割り込む。手を出してやると、フェルパーはまだ低く唸りながらもその匂いを嗅ぎ、やがて少しずつ尻尾の毛が  
元通りになっていく。それに従い、耳もゆっくりと立ちあがり、目は再び閉じられていった。  
「あ、ちょっと、二度寝する気じゃ…?」  
「や、大丈夫。このまま少し待ってね。この人、猫からフェルパーに進化するまで少し時間かかるから」  
フェルパーは目を閉じると、膝をかくんと折って座り込んだ。目をつぶり、静かな呼吸を繰り返す姿は寝ているようにも見えるが、  
一同はそのまま彼を見守る。その隙に、ドワーフはバハムーンの腕を脱出し、ノームの隣に逃げ込んだ。  
二分ほど経った時、ゆっくりとフェルパーの目が開いた。そして続けざまに大きな欠伸をし、腕を大きく広げて伸びをする。  
「んんっ……ふあ〜〜〜〜〜ぁ……おう、クラッズおはよ……って、なんでみんないるんだ?」  
不思議そうに尋ねるフェルパー。どうやら彼は、さっきまでのことは全く記憶にないらしかった。  
 
「なんでって……お前、ほんと猫みたいになってて…」  
「あー、またクラッズか。お前さあ、会う人全員に変なこと吹き込むのやめろよなー」  
「……興味深いなあ、この症例。今度調べてみよっと」  
ドワーフが、後ろでぽつんと呟いた。  
「あ、あはは……まあ、とにかく、おはようフェルパー。君、あんまり起きるの遅いからさ」  
「え……あ、ああ、そうか!悪い!もうみんな起きてるんだもんな!ごめん、すぐ支度する!」  
一大イベントも終わり、フェルパーとディアボロスを除く一行は部屋の外へ出る。バハムーンは早速ドワーフを抱き上げようとしたが、  
ドワーフはすぐに逃げてしまった。  
「ちぇ……それにしても、あのフェルパーすごかったな。ほんと、完全に猫だった」  
「フェルパーの割に人見知りしないなーって思ってたけど、実際はそうでもないんだねー」  
ドワーフが言うと、クラッズは笑った。  
「あはは、実際に人見知りしない方ではあるけどね。でも、寝起きはもう本能のままだから……しかも、本人はそのこと覚えてないし。  
だからフェルパーは、僕がいなきゃダメなんだよねー」  
「君とフェルパーは、昔からの知り合い?」  
「そうそう、幼馴染。地元でもここでも、ずーっと一緒だから、腐れ縁とも呼べるかもね、あはは」  
そう笑うクラッズに対し、ドワーフは微笑みを湛えたまま遠くを見つめる。  
「……幼馴染……いっつも一緒……一緒にお風呂で洗いっこ…」  
「……ふさふさの、勝手にどこか行かないの」  
「ふえ!?だ、大丈夫ですよ!ここにいますよ!……にしても、ノーム昨日はありがとねぇ〜。あんなの見落としてたなんて…」  
「見た瞬間、折り目増えてんのに気付くあんたもあんたね。さすがとしか言い様がない」  
「そりゃあ持ち主だもん。ふふふ〜、私とノームって、髪型も似てるし、タイプも似てるのかなぁ?」  
「……あんたには負ける。ていうか、勝ちたくない」  
「……?」  
ノームとドワーフのやりとりはよくわからなかったが、なぜか二人がたった一日で仲良くなっているのは、もっとわからなかった。  
しかし、悪いことではないため、クラッズはあえてその疑問を口にはしなかった。  
 
フェルパーとディアボロスの準備が整ったところで、一行は宿を出た。しかし、母校に戻るというのにフェルパーの顔は浮かない。  
というのも、そこに至るまでに炎熱櫓という火山地帯と、飢渇之土俵という砂漠地帯を越えなければならないからだ。当然のことながら、  
どちらもひどく暑く、温度変化にあまり強くないフェルパーには厳しい環境なのだ。  
「大丈夫だってー。熱中症になっても私がいるし、わふっと気合入れていけば平気だよ!」  
出発前にそう語ったドワーフは、トコヨに着いた時にはフェルパーと並んでぐったりしていた。二人ともすっかり汗だくになり、  
見ているこちらが暑くなるほど、ぜえぜえ、はあはあと荒い息をついている。  
「あ……あつい〜……タカチホ行くの、また今度にしようよぉ〜…」  
「だ……だから、言ったろ……しかもこの次……さ、砂漠だぜ…?」  
「……獣は大変ね」  
二人を見つめ、そう吐き捨てるノーム。バハムーンはチャンスとばかりに二人を抱き上げようとしていたが、見かねたクラッズに  
止められている。  
「……きついな、君は…」  
「きゅ、休憩きぼ〜……もうやだー、歩きたくないー…」  
「うーん、特にドワーフは暑そうだよねえ……帰るのはまた今度にして、蹲踞御殿にでも行く?」  
「い、いずれにしろ、ちょっと休ませてくれ……ほんと、きつい…」  
あまりに辛そうなため、結局一行はここで少し休むことになった。ノームは交易所を見に行き、バハムーンはあちらこちらを物珍しげに  
見回っている。放っておくと、そのまま迷宮にでも行ってしまいそうなため、一応クラッズが彼女について行った。  
残ったドワーフとフェルパーは、宿屋の陰でぐったりしていたが、不意に誰かが目の前に立った。見上げると、ディアボロスが  
アイスクリームとかき氷を持ち、二人に差し出していた。  
「あ、ありがとう……いいのか…?」  
「ありがとっ!気が利くねー!」  
ドワーフは素早くかき氷を奪うと、しゃくしゃくと賑やかな音を立てて食べ始めた。フェルパーも少し躊躇ったものの、素直に受け取る  
ことにする。二人が受け取ると、ディアボロスは目だけで笑いかけた。  
「助かるよ……でも、君はいいのか?」  
「………」  
小さく頷くと、ディアボロスは二人から少し離れ、空を仰いだ。一体何をするのかと思うと、息を大きく吸いこみ、いきなり空に向かって  
一発、豪快なブレスを放った。それが済むと、今度は二人の隣に腰を下ろした。  
「……ああやると気分的に涼しいとか、そんな感じか?」  
ディアボロスは頷いた。外見からは想像もつかないが、どうやら相応の茶目っ気もある人物らしかった。  
「ははっ、君面白いなあ」  
「あうっ……頭いたぁ…!ふー、ごちそうさま!」  
かき氷を食べ終えたドワーフは、一息つくとフェルパーの持つアイスクリームに視線を注ぐ。それに気付いたフェルパーは、さりげなく  
体の陰にアイスクリームを隠した。  
「それにしても、蹲踞御殿とか言ってたけど……それはそれできついよなあ。炎熱櫓歩いた直後なのに」  
「んー、砂漠も嫌だけどね。でもさ、君ってタカチホ出身でしょ?なのに暑いのダメなの?」  
「いやー、しばらくいると慣れるんだけどさ。自分もちょっと前まで雪原行ったりしてたから…」  
「あー、それじゃきついよねー。抜け毛もすごくなるしさ」  
 
そんな話をしていると、向こうからバハムーンとクラッズが歩いてくるのが見えた。  
「たっだいまー!お前達、そんなところで何してるんだー?」  
「うるさいなあトカゲ。暑いから休んでるのに決まってるでしょー」  
「えー、暑いのいいだろー。私は好きだけどなー、元気になるし」  
「あんたはね、この変温動物」  
「ただいまフェルパー。ノームはまだ?」  
その時ちょうど、二人と反対側からノームが姿を現した。  
「お、おかえり。何かいい物でもあったかい?」  
そう尋ねるフェルパーに、ノームは冷たい視線を向ける。  
「報告の義務でもあるわけ」  
「気になったからさ。別に義務なんかないよ」  
彼女の物言いにも、フェルパーは気にする素振り一つない。ノームはしばらく彼を見つめてから、ぷいっと視線を逸らした。  
「みんな揃ったとこで、どうしようか?」  
「飛竜召喚札……は、高いんだよな〜。お金も全員で分けちゃったし……やっぱり路銀稼ぎがてら、蹲踞御殿行こうか?」  
「それでいいよー。私も毛が抜け変わるまで、砂漠行きたくないもん」  
「他のみんなはどう?それでもいい?」  
特に反対もなく、話はそれで決まった。一行はすぐに蹲踞御殿へと足を運ぶ。  
迷宮内部は地下だということもあり、ひんやりとしている。今までの暑さから比べれば、天国だとも言えた。  
だが、ここに初めて来たドラッケンとプリシアナの四人とは違い、クラッズとフェルパーの表情はやや硬い。その変化に、バハムーンが  
真っ先に気付いた。  
「あれ?二人ともどうしたー?そんな怖い顔してさー」  
「あー、ちょっとね。君達に会う前、ここで修練してたんだけど……ここ、出てくるモノノケが結構強いんだ」  
「モノノケ?ああ、モンスターか。大丈夫だって、私達だって強いんだからなー!」  
そんな会話があって、最初の一戦。出会ったモンスターは、イナズマホースとお化け猫魔の群れだった。そのどちらも厄介な部類であり、  
ましてまだパーティを組んで間もない一行は、思わぬ苦戦を強いられた。  
「くそー、なんで倒れないんだこいつー!」  
「おー、トカゲの一撃耐える相手なんて、久しぶりに見たなー」  
「くっ……か、体が…」  
「大丈夫かノーム!?ちっ、おいクラッズ!」  
麻痺を受け、倒れるノーム。クラッズは後ろを一瞥すると、刀を逆脇構えに変えた。  
「承知!そりゃあ!」  
刀が一閃する。その刃は確かに相手を捉えたが、生命力の高いイナズマホースは辛うじて耐え抜いた。  
そこに、フェルパーが走っていた。  
「はぁー!!」  
フェルパーの杖が頭を殴り付ける。さすがにその連撃は耐えきれず、イナズマホースは倒れた。フェルパーはそのまま標的をお化け猫魔に  
変更し、今度は棒尻を使って相手を殴り付ける。  
「そりゃあぁー!!」  
そこへ、クラッズが追い打ちをかける。フェルパーに気を取られたところを斬られ、お化け猫魔はその身を両断され、倒れた。  
 
「ふー、辛勝ってとこか。こりゃ鍛え直しにもちょうどいいな」  
「うーん、まだみんなとの連携が取れてないからねえ。ぼちぼちやってこうよ」  
クラッズが刀を納めると同時に、フェルパーはドワーフの処置を受けるノームに近づいた。  
「大丈夫か?あ、ドワーフ、回復は自分が」  
「ん、じゃあお願いねー」  
麻痺が取れ、回復も受けたところで、ノームが立ちあがる。そんな彼女に、フェルパーは真面目な顔を向けた。  
「ここ、君が前だとちょっときついみたいだな。自分変わるよ」  
「……あたしじゃ、脆すぎて不安ってわけね」  
「悪い言い方すると、な。あ、武器はこれでよかったら使って。打根っていうんだけど、投げ物は得意だろ?」  
フェルパーが渡したのは、大型の投げ矢に紐の付いた武器だった。これならば、後列からでも攻撃できるだろう。  
「ふーん……どこでこんなの」  
「前にうちのフェアリーが使ってたやつなんだけど、自分が預かりっぱなしだったみたいでさ」  
「ふーん、そう」  
気のない風に言うと、ノームは打根を受け取った。紐を腕に巻いている最中、クラッズはディアボロスの使うタルワールを見ていた。  
「うわ、これ結構な業物じゃない?どれだけ鍛えてるの、これ」  
「………」  
「……まあ、いいけど……ノームのナイフも、よく見たらすごいなあ。これなら、大抵のモノノケとは渡り合えるね」  
「それは皮肉のつもり」  
「い、いや……はは、ほんときついなあ…」  
「冒険家なら、武器を強化するのは当然でしょ。なまくらで戦いに出るなんて、死にに行くのと同じよ」  
リトルブーケの強さの一つは、そこにあるようだった。彼女達は全員、武器や防具を徹底的に鍛え、その上で冒険に出ているのだ。  
「うーん、僕達は武器に頼るより、まず自分が強くなれって言われたなあ…」  
「強くなる前に死ねば、何の意味もないわね。道具に頼るのが恥とでも考えてるなら、見上げた馬鹿としか言いようがない」  
「………」  
「まあまあノーム、そこは各々の考え方なんだから、そう責めてくれるな。それにほら、武器に頼らないで強くなった結果が、  
そいつなんだぜ。そういう考えもあるんだ、くらいに考えてくれ」  
「……ま、確かに強い人ではあるわね。信用はできないけど」  
そんな彼等を、バハムーンは何となくつまらなそうに見ていた。  
「なあドワーフ、私達のとこって、何かアピールできるのないかな?」  
「ないねー。武器も普通だし、クーちゃんいないし。でも、別にいいんじゃないの?」  
「そっかー、なんかつまんないなー」  
「面白いこと求めてるんなら、他行っていいよ。うん、それがいいよ。さ、他行って馬鹿トカゲ」  
「ひどいなー!嫌だよ、こんなとこに一人なんてー!」  
一行は完全に油断していた。話に夢中になりすぎ、幾人かがおかしな羽音に気付いた時には、敵はもう目前に迫っていた。  
「うわあっ!?や、やばい!敵だ!」  
現れたのは、殺人バチの大群だった。二桁を超える数のモンスターに囲まれ、一行は完全に浮足立った。  
その隙を逃してくれるわけもない。たちまちクラッズが重傷を負い、隊形が整っていなかったためにフェルパーとノームも傷を負った。  
バハムーンは多少の傷を負ったものの、さほど深くはなく、ディアボロスは相手の攻撃をゆらりゆらりとかわしきっていた。  
 
「ぐっ……ふ、不覚…!こんなところで…!」  
「クラッズ、大丈夫か!?すぐに回復……いや、それより殲滅か!?くっ、どうしたら…!?」  
「ここは、みんな一度回復に回った方が……でも、敵が多すぎる…」  
慌てふためく仲間を、ドワーフは呆れた目で見つめていた。やがて、彼女は大きく息を吸い込んだ。  
「いい加減落ち着いてよっ!!情けないなあっ!!!」  
迷宮を揺るがすほどの大声に、一行は驚いて彼女に目を向けた。  
「焦ってどうなるもんでもないでしょ。それに、前衛が回復に回るなんて、そこまでのピンチだと思ってんの?いい、本分を忘れないで。  
後衛は後衛の、前衛は前衛のできることをやる。それが助かるための道でしょ?……トカゲ、前衛の指示!後衛は私がやる!」  
「おう!じゃあクラッズ、お前は防御に専念な!ディアボロスは右側を引きつけろ!私は左側の相手してやる!」  
バハムーンが指示を出すのを確認すると、ドワーフはフェルパーとノームに目を向けた。  
「フェルパー、ここはクラッズにヒール。ノーム、すぐに下がって。攻撃は忘れていい。私は回復の準備して待ってる。いい?」  
「わ、わかった!」  
「了解」  
「よし、いい返事」  
二人に笑いかけてから、ドワーフはもう一度声を張り上げた。  
「各自、できることをやる!大丈夫、私はドクターなんだから、誰も死なせない!!」  
「おう!!」  
各自がやるべきことを自覚し、落ち着きを取り戻していく。そこに檄が飛び、一行は完全に士気を取り戻した。  
本人達の自覚は全くないのだが、これこそがフリーランサーの強さだった。どんな危機であろうと、決して各自が本分を忘れず、  
また士気を盛り上げ、的確な指示を下す指揮官がいる。リーダーであるクラッズを近くで見続けた結果、二人ともそれを自然と  
会得していたのだ。  
「さあ、反撃いくよ!!」  
その言葉を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。  
 
 

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