「宜しくお願い仕る」  
 敷かれた夜具の上、着衣を解き、下着姿で二人は向かい合っていた。少女は膝を崩し、少年は  
正座したまま、普段以上の生真面目さで頭をさげてみせた。共に赤く染まった頬は、火皿に灯さ  
れた蝋燭の炎で照らされているから、というだけではあるまい。  
「おう、よろしく」  
 そう答えるカナエもまた、照れた表情で頬を掻いている。顔を上げたキリュウと、視線が重なった。  
じりじりと、短くなった蝋燭の燃える音が聞こえる。  
「ちょいとひとつだけ、謝っておかなければならないことがある」  
「は……」  
 しかし、カナエは口をもごもごとさせるばかりで後の言葉が続かない。忙しなく尾や耳を動かす姿が、  
キリュウの眼にひどく愛らしく映っていた。  
 ひとつ深呼吸すると、カナエは言った。  
「その、なんだな。誘っておいてなんだが、こういうときに、どうしていいもんだかまったく分からん」  
「そうなのですか?」  
 さも意外、といったふうでキリュウが聞きかえした。  
「だってそうだろ、こんな事やってるヒマなんて今までのどこにあったんだよ?」  
「言われてみれば、たしかに」  
「なあ、お前さん、春画とか艶本とか、そういうのを読んだことは」  
「いえ、自戒していたもので」  
「……ったく、しょうがねぇなぁ」  
「申し訳ありませぬ」  
 律儀に頭を下げるキリュウの姿に、カナエは苦笑する。  
「お前さんが謝るところじゃないだろ、そこは……こうしていても始まらない、か」  
「あまり無理をなさらずとも」  
「バカ言うなって。ここまできて、引っ込みがつかないだろ、お互い」  
 そうやって口にしてみれば、性根も座ったような気がしてくる。カナエは、布団の上に仰向けになった。  
「まあ、好きにしていい。任せるよ」  
 言いながらも、気恥ずかしげに視線は逸らされ、晒しに包まれた柔肉が上下している。キリュウは  
息を呑む。揺れる小さな灯りに照らされた肌が儚げに浮かび、ここに来て尚犯しがたいものにみえていた。  
「怖気ついてないで、せめて晒しくらいは解いてくれよ」  
 顔をこちらへ向けて笑いかけるカナエであったが、やはり羞恥心をこらえきれぬようで、所在なさ  
げに瞳をさ迷わせていた。  
「早くしとくれよ。それともあれか、女に恥ずかしい思いをさせて楽しむつもりかい?」  
 ようやくキリュウは晒しに手を伸ばす。端を胸の下で折り込み固定しているのだが、それを外そう  
とすると、どうしてもその奥の柔らかな感触が指に伝わってくる。昂ぶる鼓動を抑えることもできず、  
震える手で片側の晒しをを引っ張りだした。だが、きつく絞られたそれは寝そべられたままでは解  
けそうにもない。  
 一拍の逡巡ののち、キリュウはカナエの体を抱き起こす。わずかに体が強張ったような気がした。  
「少し、失礼します」  
 左手で腰を支えたまま、締め付けの硬い部分に手をを差し込んで解きほぐしてやると、内側に隠  
されたものが自ら押し出るように晒しが落ちた。強い女の汗の香が、鼻をつく。  
 
 耳元でカナエが囁いた。  
「どうだい、中々立派なもんだろ……ほら」  
 顔を交わした姿勢のまま、カナエの手に導かれてキリュウはその乳房に触れた。長く覆われてい  
た肌は汗に濡れ、手からやや零れるほどのそれは掌にしっとりと吸い付くような弾力を返してきた。  
男の本能であろうか、我知らず、キリュウはあてがった手を動かしていた。  
「ん……」  
「痛みますか」  
 カナエの口から漏れた切なげな声に、キリュウは手を止め問いかける。カナエを首を横に振って  
笑った。  
「いや、悪くないよ。続けて」  
 促されるままに、また手を動かし始める。愛撫とも呼べぬような、勘任せの荒々しい戯れであった  
が、なお感じるところがあるようで、カナエの吐息に色艶がさし始めてきた。堪えきれぬ昂ぶりを含  
んだその吐息が耳をくすぐり、キリュウの官能を甘く刺激する。  
 ふと首に、重みを持った温かみを覚えた。気がつけば手が廻され、目の前に、熱っぽい色を湛  
えたカナエの顔があった。半身がもたれ掛けさせるように預けられていて、太ももから胸まで、心地  
よい柔らかさがある。  
 閉じられた瞳の下、濡れた唇は赤く、誘うように舌が蠢いているのが覗いて見える。こみ上げて来  
る情動に逆らわず、キリュウは唇を重ねた。ほのかに酒の香が嗅ぎ取れたが、それを不快と思うこ  
ともなかった。  
 如何程そうしていたものか、甘美な感触に名残惜しみながらも顔を離すと、眼を開いたカナエの  
表情は不満げであった。  
「……これだけ?」  
「と、いいますと」  
「……いや、お前さんにこっちの知識を期待したアタシがバカだった」  
 何かひどい言われようの気がしたが、事実、彼女の気に召さぬところが有ったようだから仕方な  
いのだろう。ため息を付きながら、カナエは自らの下帯を解く。  
「さて、次は……・こっち、だな」  
 カナエは再び、キリュウの手を取った。冷たい手だ、とキリュウが思うまもなく、その部分へと導か  
れる。指先にに強わごわとした飾り毛が触れた。  
「もうちょっと下……だ、な……と……」  
 キリュウの指が、一際柔らかい部分に触れる。一番外側に触れただけだったが、カナエの体が大  
きな反応を見せる。感じているのか、とも思ったが、そうというわけでもないらしい。  
「……あはは、続けて……ってもやり方とか分からねぇよな、うん……」  
 笑って見せるが覇気はなく、続く声もかすかに震えていた。  
「割れ目の部分は、見えてるよな? そう、そこに指を使って……」  
 言われるままに指を動かす。その愛撫にカナエは身体を震わせるが、キリュウは何か、胸への  
愛撫とはまた違う、艶めいたものの少ない反応であると直感した。  
 キリュウの指が奥まった部分へと触れたときである。カナエは突き飛ばすかのような勢いでキリュ  
ウから身を引いた。  
 胸元を押さえ、ひどく荒れた息遣いをしている。暗がりの中分かりづらいが、耳まで朱に染まって  
いるようだった。  
「……」  
「……」  
 言葉少なに肌を合わせていた二人だが、心地よかった静寂が、ひどく重いもののように感じられた。  
 
 先に口を開いたのは、カナエだった。  
「……いや、すまん。そっちにすりゃ訳わかんねぇよな、クソ」  
 胡坐をかいて、頭を抱えたカナエはぼやくように語り始めた。  
「別に、急に嫌になったとか、そういうことじゃねぇんだよ」  
 キリュウは神妙な面持ちで沈黙を保っている。  
「いや、そういうことなのかな? さっきも言ったろ、こういうのは初めてだって」  
「……はい」  
「アタシの操なんざ大したもんじゃねぇやなんて、誘ったときは思ってたんだけどさ、その、アソコ  
触られたとたん、妙に強くなってきてさ。らしくねぇことしてるっつうか。、何か間違えたっつうか……」  
「……」  
「いやもうホント、我ながら情けねぇなぁ……大体よ、お前だって男の癖になんでそんな受身なんだよ……」  
「申し訳ありませぬ」  
「謝るところじゃないっつの」  
 苦笑しなながら、カナエは膝をつめた。  
「仕切りなおし、ってのもおかしな話だが、ここまで来て投げ出すってのもアタシの名が廃る」  
「隊長、俺は……」  
「隊長じゃない、今ここにいるのは、アンタに惚れて惚れて仕方ない一人の女だ」  
「よろしく頼む……カナエ」  
「上出来だ」  
 不意に、押し倒された。先のような抵抗はとらない。  
 
 

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