「さっき触った場所は、覚えてる?」  
「ああ」  
 キリュウは首肯し、もう一度その部分に手を伸ばした。また、カナエの体に力が入る。カナエは笑った。  
「大丈夫、もう逃げないさ」  
「分かっている」  
 指を沈める。男を招いたことのないその穴は狭く、中指を半ばまで呑み込んだところで侵入を阻んだ。  
(こんな場所に、俺のものが納まるのか……)  
 湿り、甘く締め付けてくる肉の感触に、そんな感慨が浮かぶ。指でこれだけの抵抗があるならば、  
あるいは逸物の挿入では彼女の身体を壊してしまうのではないかと思ったのだ。その怖気に似た  
感覚のうちに、なにか黒々とした衝動が混じっていることに、キリュウは気づいていない。  
 そのまま指に受ける感触を味わっていたキリュウを、カナエが促す。  
「上の方を撫でるつもりでさ、指を動かしてみて……」  
 言われるままに愛撫する。はじめはきつく、その場で指を揉むように動かしていただけだったが、  
少しずつ肉がほぐれ、やがて中指が根元まで納まるほどになった。  
 指を動かしながら、カナエの顔を盗み見る。目はきつく閉じられ、いかにも切なげな表情で途切  
れ途切れの吐息を漏らしていたが、ここで苦痛を問うのは流石に違うと思えた。  
 だから、というのでもないのだが、キリュウは唇を重ねてやった。  
 一瞬、驚いたようにカナエの眼が開かれたが、次には安堵の表情へと変えてまた瞳を閉ざした。  
背に回された腕の力は強いものの、身体からも緊張が解かれた気がした。  
 無意識のうちに、愛撫する指を日本へと増やしていた。未だ抵抗はあるものの少しずつほぐれは  
じめた穴から、だんだんと水音が大きくなる。やがて愛撫を堪えきれなくなったものか、身を離したカナエが囁いた。  
「そろそろ……いいだろ?」  
 なにが、とは問わない。キリュウは身を起こし、指を引き抜いた。褌をほどき、取り出した己のそれ  
はきつくそそり立ち、先走りにひどく濡れていた。  
 ぬらりと照る先端を、入り口にあてがうと、吸い付かれるような愉悦に襲われた。堪え、声を掛ける。  
「……参ります」  
 返事を待たず、キリュウは腰を押し付ける。  
「……っ、はっ」  
 剛直は七分までを打ち込まれた。文字通り、肉を裂くような感触ののち、痛みすらともなうほどの  
締め付けが自身にかかる。カナエに破瓜の血はなかったが、それでも歯を食いしばり苦痛を堪え  
ているのが分かった。猫人族の爪が背中に食い込むのを感じていたが、相手の感じてい る痛み  
はその比ではないだろうと、知識のないキリュウにも直感できた。  
「……今しばらく、ご容赦を」  
「……っ最初に、いっ、たなっ……『好きにしろ』、ってさ……」  
 息も絶え絶えながらに強がるカナエの言葉に、キリュウは己の中で何かが外れる音を聞いた。  
 ただ、己が快楽を貪るためだけに、きつく締め付ける秘奥を蹂躙する。痛みを堪えるくぐもったカ  
ナエの声も、もはや男の欲望を煽るだけであった。  
「……カナエっ」  
「……出しちまえ、全部」  
 苦痛を堪えながらも笑みを浮かべてみせるカナエ。今のキリュウに堪えるものなどありはしない。  
限界までの昂ぶりを覚えたとき、そのまま全てをカナエの内側へと吐き出していた。  
 
「……謝ったら、全力でひっぱたくぜ」  
「……は」  
 事を終え、二人はひとつの夜具の中で横になっていた。ひとつしかない枕を使っているのはキ  
リュウの方で、カナエは彼の伸ばした腕を枕にしていた。 処女を失ったばかりの身体が落ちつか  
ぬようで、腕の上で度々寝返りを打たれるのはどうにもむず痒かったが、悪い気はしなかった。  
「さっきも言ったが誘ったのはアタシなんだから、気に病むことなんてないのさ」  
「……そのことですが」  
 口調が戻ってるな、と思いながらカナエは尋ね返した。  
「なんだよ」  
「何故、今この大事なときに俺を?」  
「理由はいるか?」  
「貴方の言葉を借りれば、余りに『らしくない』」  
「……だよなぁ」  
 呟いて、カナエはまた寝返りを繰り返しだす。  
「……答えないと駄目か?」  
「是非にも」  
「なんだよ、えらく強気じゃないか」  
 苦笑しながら向き直り、カナエは観念したようにぽつぽつと語り始めた。  
「お前さ、最近死にたがってるだろ」  
「……」  
「いや、最近じゃねえな、多分、アタシの下に来る前からずっとだと思うんだけど」  
「……分かりませぬ」  
「自分じゃ分からないかもな。だけどさ、ここ最近は特にだな。お前のうちでの役目は、若いのの稽  
古付けるのと、実戦じゃ敵を引き付けて隊の被害を抑えることだ」  
「心得ています」  
「だが、上手くいっていない。実力及ばず、幾らかの死者を出してしまっている」  
「……いかにも」  
「そこで無駄に責任を感じちまうのがお前さんだな。実際のところお前にほとんど咎はない」  
「しかし」  
「責められるならアタシだな。アタシの甘え、油断が戦術の過ちを招く。それが皆死んでく一番の理由だ」  
「……」  
「納得できなくてもそういう事にしとけって。『死神』がアタシの名だ」  
 キリュウの腑に落ちたわけではないが、カナエが自分の背負っていたものを預かるつもりでいると  
いうことは理解できた。だが、  
「それがどうこれと繋がるのです」  
「……女でも知れば、よ」  
「……は?」  
「堅物のお前さんだが、守る女が居れば、少しは生き汚くなるんじゃねぇかな、と思ってさ」  
「……侮られていますか」  
「まあ、怒んなよ、アタシだってちょいと安直だったかもなぁ、なんて反省してんだから」  
「……事は、いざという時にならねば分かりませぬ」  
「まぁな、だけど、そういう相手がいるのに、、てめえが満足するためだけに死んでけるような奴じゃ  
ない、くらいは期待してみてもいいだろ?」  
「……」  
「……なんてな、やっぱりらしくねぇや」  
 そこで言葉が途切れた。カナエは逃げるように背を向けた。  
 
 いかほどばかり、そうしていたか。不意に、キリュウは咳払いをひとつした。我ながらわざとらしい、  
と思いながら言葉を続ける。  
「そういえば隊長」  
 カナエは背を向けたまま、なんだよ、と聞き返した。  
「いえ、先ほど『惚れていて』とかなんとか言っていましたが、あれは……」  
 ぴんと、カナエの耳が跳ねた。  
「あ〜、あれはだな……」  
 掛布の下で尻尾がせわしなく暴れ、身体をくすぐる。  
「そう、あれはあれだ、酒だ。ちょいと前まで飲んでただろ、酒がいらん本音を漏らさせたのだ」  
「……本音?」  
「だ、大体だな、お前もさっき言ったろ、今は大事なときでアタシ達がそういう話にうつつを抜かしてるときじゃない」  
 今日限りだ、と続けて口を閉ざした。が、  
「……今のところはな」  
「……は」  
「ああもう、ホント、らしくねぇ……」  
 ボヤキながらカナエは丸くなる。  その背中に、キリュウは手を伸ばした。  
「……んだよ」  
「いや、今日限りらしいので、折角だから俺も、もう少し『らしくない』振りを」  
「……このムッツリめ、今度は一人だけ楽しんでんじゃないぞ?」  
 夜具の隙間から差し込む寒さを覚え、カナエはキリュウへと身を寄せる。月はまだ高々と砂漠を  
照らしている。夜明けにはもうしばらく、時間がかかりそうだった。   
 
(嫌な夢を見た……)  
 明り取りの窓から差し込む日の光を顔に受けながら、まどろみの中でカナエは思った。  
 ありきたりの悪夢、と言ってしまえばそうなのかもしれない。死んでいったものたちがその時の凄  
惨な姿で呻き声をあげ、少女に群がってくる夢だった。決戦を前に、  
(弱気になっている……)  
 そう思えば、隣に感じる男の体温が、妙に憎たらしいものに感じてくるのだった。  
「こういう時は、大概誰か逝っちまうもんだけど、さ……」  
 夜具から半身を起こす。予想よりも痛みは残っていない。だがあの後、三度精を受けた胎内は何  
か大事なものをそぎ落とされたような、腹の奥に欠けた感覚が有って、剥き出しになった自分の体が  
妙に頼りなく感じられた。  
 隣で動く気配がした。起こしたか、とも思ったが、キリュウは寝返りをひとつ打っただけで、間抜け  
な寝息を響かせ続けている。  
「いい加減、アタシの番なのかもね……」  
 苦笑しながらカナエは床に戻った。日の傾き方からすれば、出立まではまだ余裕がありそうだった。  
 目を閉じたカナエの耳へ、夢に見た死者達の呻き声が蘇る。思わず身を縮め、男の体へ温もりを求める。  
(ひとりは、嫌だ……)  
 それは、幾度となく味方の死を見取った少女に一隊を組織させた、秘められた本音の部分だった。  
 
 <了>  
 
 

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