南方の砂漠に位置するタカチホは、故に昼夜の寒暖の差が激しく、日が沈むと凍えてしまうほどだ。  
 そのタカチホに、味方の屍を幾重にも積み、実績を手にした女がいた。  
 魔法・科学ともに医療技術の発展著しい現代にあってなお、危険に望む若き冒険者たちにとって死は免れえぬもの  
であるが、彼女の周りにはそれが多すぎた。  
 取り返しのつかぬ危機からもただ一人生還してのける彼女に、良からぬ噂が生まれるのもそう遠い話ではなかった。  
「死神」とは彼女の呼び名であり、また同時に彼女の率いる精鋭の名である。  
 大層な肩書きを持ってはいるものの、彼女らは学生に過ぎず、住まう世界は学び舎である。知る者は死神の名が  
不運の積み重ねの末に生まれたことを理解しているとはいえ、向けられる悪意はあまりに若い。これには「死神」に  
加わる生徒の多くが何らかの理由で爪弾きにされた者達である事にも起因している。  
 行過ぎた事態を防ぐべく、タカチホ義塾は彼らに専用の隊舎を用意した。表向きには、その手柄に対しての褒章と  
いうことになる。  
 
 暗黒校舎での一件後、各校が隊の再編を終え、地下世界への進撃が決行されようかという前日。満月の銀光が映  
えるその夜も、やはり身を切るような寒さであった。  
 隊舎の一室にて、「死神」が文机に広げられた隊士の名簿を、火皿に灯された蝋燭の明かりを頼りに眺めていた。  
 紫を基調とした制服に身を包んだ猫人族である。名を、カナエという。医術と格闘術を始めとして、多くの技を身に  
付けた少女は、延べ20人を数える隊員を率いるに不相応な若さと、肩書きに恥じぬ風格を備えていた。  
 名簿から懐紙へと、名前に各員が身に付けた技を添えて書き出している。明日、敵地に乗り込む人員の選別を  
行っているのだが、書き捨てられた懐紙はとうに数十枚を越えていた。  
 亜麻色の髪間から天を突く、猫の耳が揺れた。障子の向う、中庭に面した縁側から小さなくしゃみが聞こえてきた  
のだ。  
「いい加減入りなよ」  
 名簿から目をそらさずに声を掛ける。逡巡を感じさせる衣擦れの音が聞こえ、一拍おいて静かに襖が開かれた。  
 雨戸を背に、長い青髪を高い位置で纏めた青年が正座していた。制服姿であるが、羽織は付けずに黒の胴着を晒  
している。名をキリュウといい、「死神」の副長を務める竜人族の若者である。  
 ようやく顔を見せたものの、不動の姿勢を貫くキリュウに、カナエは長い尻尾を立てて揺らしてみせる。苛立ってい  
るのだ。  
「いつからそうしてたっけ?」  
「さて、時を計れるものは持っておりませぬので」  
「そうかい」  
「それはそうと、キズナ殿から伺いましたが、この一週間ほとんどお休みになられてないとか」  
 身の回りを世話していた隊士が、心配してわざわざ副長へ告げたのだ。カナエは嘆息する。  
「こないだの一件で、腕利きの奴らも大分減ってしまったからねぇ。ミズキまで逝ってくれたのは困ったね。事務仕事  
は任せっきりだったから、どうにもコツが分からん」  
「細々としたことは我々に申し付けていただければ」  
「自分で見て回れない訓練の報告にも目を通さなきゃならんし、新入りたちの出来栄えも整理しなきゃならん。来週以  
降のこともあるから、こればっかりはね」  
「どうぞ、ご自愛下さい。体調に倒れられては隊が持ちませぬ」  
「お前が言うかね、さっきくしゃみしてただろ、副隊長殿?」  
「あれは……」  
 
 からかい半分に言ってやると、案の定キリュウは口ごもる。笑いながらカナエは続けた。  
「まあいいさ。まあ、心配してくれるなら、だ。ひとつ頼みがある」  
「は、何なりと」  
 うむ、と一拍挟んで、重々しく告げる。  
「頼みと、言うのは、だ」  
「は……」  
 板間に両の拳を突き、真剣な面持ちでキリュウは聞き入る。手火鉢の炭が熾り、甲高い音を立てて爆ぜた。  
「いい加減中に入れ」  
「……は?」  
 キリュウの目が点になった。  
「雨戸出してるとはいえ、やっぱり冷えが差してくるからさ。そこ、閉めて欲しいんだよ」  
「これは失礼を。では、私はこれにて」  
 一度頭を下げ、障子に手を掛けたキリュウに、カナエは手元にあった文鎮を投げ付ける。昇竜を象った縁起物は重  
く、綺麗な放物線を描いて飛び、見事障子を閉める手を遮った。  
「入れっつってんだろうがよ」  
「いや、しかしこのような夜更けに」  
 カナエは立ち上がり、部屋に散らかった諸々を足で寄せる。  
「夜更けになんだってんだよ。隊長と副長殿が語り合うのになんか遠慮する必要あるか? ええと、座布団は……と」  
 寄せた山の中から、座布団を一枚、引っ張り出した。軽く払ってみると、埃が舞う、舞う。軽くむせながら、カナエは  
眉をしかめた。  
「……客に出せるもんじゃないな。ほれ、お前さんはこっち」  
 それまで使っていた座布団を部屋の中ほどまで引っ張り出して指し示す。  
「……失礼します」  
 観念したキリュウが、渋々といった風で入ってくるのを背中越しに見ながら、そこだけは整理されている棚を漁りだした。  
「なにか呑むか?あ、足はくつろげといて良いよ」  
 カナエの体温が残っている座布団がどうにもむず痒く、落ち着かない様子のキリュウに声を掛ける。  
「は、では林檎で」  
「洒落たもん頼むね。だけど生憎とタカチホの酒しか備えてなくてさ。軽めのがいいなら想星恋慕なんかでいいか?」  
「……え?」  
「……え?」  
 見合う。  
 
「……竜人族って、いかにもウワバミでございって面構えなのになぁ」  
「不覚……」  
 学生の身分である以上はと、渋るキリュウにカナエが面白がって無理やり一口だけ飲ませてみたのだが。  
「まさか新月酒の一口で潰れるとはね。いや、アタシが悪かった」  
 洒落た名の酒だが、その味、その酒精の薄さに皮肉られて付けられた銘である。  
「しばらく横になって寛いでな。しかし前に普通に飲んでた気が……ああ、アギトの方か」  
「……おそらくは」  
 双子の弟である。素行が荒れているとはキリュウの弁で、瓜二つの外見とはちがい兄とは正反対の性質に見える  
が、両の根元に見える一本気質はやはりお互いが兄弟であることを感じさせる。  
 目を閉じたまま、キリュウは寝返りをうつ。頬に触れる枕の、少し冷たい感触が心地いい。  
「良い枕ですね、隊長」  
「そりゃ良かった。自分じゃ使った事は無いんだけどね」  
「なんと勿体無い。この枕であれば、例え一刻しか眠れずとも疲れが吹き飛びますよ」  
「でもなぁ、少し硬くないか? スジばっかりだろ?」  
「とんでもない、特にこの辺りの絶妙な柔らかさは……」  
「あら、いやん」  
 珍妙な声に、キリュウは目を開けた。滲む視界に移るのは、白く、長い枕。もう一度寝返りを打つ。背の翼を痛めぬ  
よう、回転は下向きに。紫色の布地。布地から生える枕。  
 首を擡げる。双丘の奥、嫣然と微笑む、カナエの顔。唇が動く。  
「おはよう」  
 首を下ろす。適度な弾力が頭を支えてくれる。  
「つまり、だ」  
「おう」  
「この枕は」  
 撫でる。親指で押し込んでみる。  
「凝っていますね、隊長」  
「もう少し優しくやってくれた方が気持ちいいかもね」  
「こうですか」  
「もうちょっと下の方も」  
 言われるままに指を動かす。  
「らしくない事をしている気がします」  
「酔ってるからさ。お互いにね……そこから、内側に頼むよ」  
「承知」  
 力を掛けるのは親指で、凝り固まった筋を解すように残りの指で揉みこむ。  
「中々上手いじゃないか。気持ちいいよ」  
「祖父に良くやらされていましたからね」  
 良いながら、按摩の手を動かし続ける。丁寧に揉み解しながら、付け根の方へ。  
「スカートは邪魔かい?」  
「寄せて頂いた方がやり易いのは確かです」  
「あいよ」  
 躊躇い無く摺りあげられ、隠されていたものが露になる。枕の付け根に見える、白い布に目を奪われる。収まりきら  
ない飾り毛が覗いている。  
「折角だし、こっちまで頼むよ」  
「承……ち……」  
 手を伸ばしかけて、ふと気がつく。俺は何をしているんだ?  
 ここは隊長の自室である。働き詰めの姿勢を諌めに来たのだ。それが何故かもてなされ、半ば強制される形で酒  
を呷り……  
 
「大変なご無礼をっ!」  
 身を起こしたキリュウは、形振り構わずの勢いで土下座してみせた。苦笑を浮かべ、カナエはキリュウを見下ろして  
いる。  
「アタシは別に最後までしてくれたって構わないんだけどね。それより、顔上げとくれよ」  
「……出来ませぬ」  
「どうしてさ」  
「……その、足を、お隠し下さい」  
「足だね、よし分かった」  
 ごそごそと、何かを漁る音。  
「……これがいいかな」  
 続いて聞こえる、衣擦れの音。着衣を正してくれたのだろう。  
「あいよ、これで満足かい」  
「は、ありがとうございま……」  
 安堵の溜息とともに顔を上げたキリュウは、絶句してしまう。  
 確かに、足を隠していた。長い足袋を履いている。膝の少し上まである白足袋だった。それはいい。  
 腰を覆うものがなくなっている。 先ほどまでは刷り上げられた状態で、露出しているのは片側で、その奥を隠すも  
のも僅かに見えていただけだった筈なのに。上も、袖を外しており、引き締まった腕が露になっている。  
「こういう趣味が男にはあるとドラッケンのお姫様から聞いたことがあるが、まさか堅物で鳴らしたお前さんもそうだっ  
たとはねぇ。いや、人は見かけによらないね、ホント」  
「……おたわ……むれを……」  
 掠れた声で、なんとかそう漏らすのが精一杯だった。目は逸らせずにいる。こみ上げる若い情欲を、キリュウは臨  
界寸前で押し留めていた。  
「まだ言うかい。どうせだからこっちも脱いじまうか」  
 金縛りにあったかのように身動きの取れぬキリュウの前で、カナエは帯の留め具を外す。褌の隙間から外に出さ  
れた、髪と同じ色の毛に包まれた尾が、ふわふわと揺れている。制服の上着は落とし、黒の半襦袢まで寛げ、  
胸元を曝け出す。晒しに押しつぶされた胸の谷間を見せ付けるように、カナエは身を屈めた。  
「全部脱ぐより、こんな感じのほうが好きなんだろ? ん?」  
 限界だった。 キリュウは小さな唸り声を上げ、カナエに挑み掛かる。両手を捕らえ、一息に押し倒す。語気を荒げて  
告げる。  
「いい加減にしてくださいよ、隊長。俺だって男です」  
「しないと、どうだってんだい」  
 いつもの調子でおどけるカナエであるが、いささか硬い声に感じるのは気のせいだろうか。抑えこんだ手も、震えて  
いる様に感じる。  
「……強姦(おか)します」  
 躊躇いながらも、言い放った時である。抑えていた両の手が、こちらのそれを跳ね除けるかのように力が込められ  
た。そうはさせぬと、体重を乗せて押さえ込んだ。つもりだったのだが。  
 キリュウが腹にカナエの膝を当てられたと思った次の瞬間、勢い良く世界が回る。巴投げに近い形で投げられたの  
だとは、気付けなかった。受身を取り損ねた翼の付け根が痛む。  
「十年はやいよ」  
 混乱ているキリュウに、体勢を入れ替えたカナエはそう言って笑ってみせるが、やはりその表情は硬い。だけど、と  
カナエは続ける。  
「大体こっちから誘ってんのに『強姦します』はないだろ?」  
 呆れ口調で告げながら、カナエは戒めを解き立ち上がる。火鉢の炭を灰の中に埋めたカナエは、卓の火皿を取り上げて襖に手をかける。  
「向こうに布団があるからさ。万年床だけど、こんな所でするよりはいいだろ」  
 
 

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