たいそうなしどけない彼女はなりになっていた、  
  庭の大樹は無遠慮に  
  葉の先で、窓の硝子を撫でていた  
  思わせぶりに、しげしげと。  
 
 ちょっとした下心でしかなかった。  
 セレスティアがその場に居合わせたのは。  
 ここしばらく居ついている漁村で、彼はクラッズの女と密会を重ねていた。  
 その夜は、彼女の寝姿を覗きたかっただけだ。  
 カーテンが閉まっていなければ、彼は彼女の面影を抱いて、甘美な夢を見られるはずだ。  
 1,2割程度の期待をしながら、小さな恋人の寝室の窓を覗き込む。  
 開いたカーテンの向こうで、ベッドに背を預けた彼女が、思いつめた様子で、眉間に銃  
口を押し当てていた。  
 セレスティアは激しく窓を揺さぶった。  
 それに驚いた彼女が引き金を引いてしまうかもしれなかったが、彼にそんな冷静な判断  
力はなかった。  
 
 ちょっとした下心が功を奏したようだ。  
 セレスティアはどうにか、オフィーリアの悲恋の詩を謡う羽目にはならなかった。  
 クラッズはその手から銃を取り落とし、焦点の合わない目を濡らしながら、喘ぐような  
手で、覗き犯の体を探していた。  
 自殺未遂の場で不謹慎にも、セレスティアは平静を失いつつあった。  
 クラッズの身なりは、彼女には少々大きすぎる、白いワンピース一枚。  
 薄い生地は汗で濡れ、張り付いた肌が、微かに透けて見える。  
 ほっそりとした体のラインがくっきりと浮かび上がっている。  
 セレスティアは恥じて目をそらした。  
 クラッズのただでさえ目立つ胸が、サイズの合わない服のせいで、露出しすぎていたからだ。  
 小人のイメージの割りに深い谷間が、肌の色をむき出しにしている。  
 白い布地の下の先端(今にもこぼれ出そうだ)が、微かに透けているように見えるのは  
気のせいか。  
 彼女の指が、セレスティアの胸を探り当てた。  
 指先がその上を不安げになぞっていく。  
 目は開いていた。合わせる焦点のない、虚ろなゼラチン玉。  
 止め処なく涙をこぼしながら、姿も知らない恋人を、暗闇だけの瞳に映そうとでもいうのか。  
 
 
  僕の大きな椅子により、  
  半裸体、彼女は両手を組んでいた。  
  床の上、可愛い彼女の足先は  
  気安げにわなないていた、ぴくぴくと。  
 
 セレスティアは、ゆっくりとクラッズの額をなでた。  
 馴染みのその合図に、クラッズは目を瞑った。  
 そしてセレスティアは、クラッズの濡れたまぶたに唇をあてがう。  
 乾いた唇を、彼女の涙で潤すようにする。  
 密かに会ったときにいつもすることだ。  
 そうしながらセレスティアは、クラッズの小さな背中に腕を回し、その体を抱き上げて  
から、彼女のベッドに倒れこんだ。  
 接吻は目から鼻、頬へと下りていく。流れ落ちた涙を舐めとるように。  
 体同様に熱くなっていく吐息が、彼の首筋に絶えずかかっている。  
 クラッズの唇を舐めてやる。彼女の体に、僅かな震えが走った。  
 そうして濡らした唇に、そっと自分の唇を重ねる。  
 食み、吸うようにその表面を濡らし、温めた後、表面を一舐めしてから、内側に侵入する。  
 ふさがれた恋人の喉から、時折吐息と共に、甘く濁った声が漏れ出ている。  
 密着した肌と布団で、互いの体温が上がっていく。  
 離した口から糸を引きながら、セレスティアはまたクラッズを抱え上げた。  
 そうしてその体を、ベッドに寄りかかって座らせるようにした。  
 彼女は両手を組んで、胸を覆うようにした。  
 肌にぴったりと張り付いた薄いワンピースは、その内の肌をろくに隠していなかった。  
 足が僅かに震えているのは、足が上ほどに温まっていないからか。  
 彼女は羞恥心を隠そうとしなかった。  
 それが、セレスティアに対して最も有効な誘惑だということも、恐らく分かっている。  
 
 
  蝋ほど血の気を失って、僕は見つめた。  
  ひと筋の木漏れ日が、ばらの木の蜂さながらに  
  彼女の微笑から乳房へと  
  ちらちら飛び移るのを!  
 
 実際には、クラッズはセレスティアの椅子でなく、彼女のベッドによっている。  
 彼女の肌を照らすのも木漏れ日ではなく、窓から差しこむ月明かりだ。  
 だが、それらに大した違いなどない。  
 クラッズは、明かりの差さない目をなおも濡らしながら、身をよじるようにして、その  
身を震わせている。  
 羞恥に悶える彼女の体は、恋人の無遠慮な視線の気配に過敏になっていた。  
 焼いたマシュマロのような視線を感じた肌は桜色に染まり、激しくなっていく心臓は、  
声を漏らさずに呼吸することを許さなかった。  
 セレスティアは、自分の息が苦しくなっていくのを感じていた。  
 今のようなクラッズの姿を、何かの弾みで拝んだときから、彼はこの村を離れられなくなった。  
 
 
  僕は接吻したものだ、彼女の華奢な足頸に。  
  不自然に、彼女はしばらく笑ってた、  
  甲高い顫音(せんおん、トリロ)になって散るような  
  水晶の笑い声だった。  
 
 敏感な足指をくわえられながら、クラッズは奇妙な表情を浮かべていた。  
 恥ずかしい刺激に顔を歪めながら、口元だけは、くすぐったさに笑っている。  
 恥ずかしそうな、くすぐったそうな声を震わせて、喘ぐようにセレスティアの名を呼んでいる。  
 
 
  可憐な足は逃げ込んだ、シュミーズ(胸から腿までを覆う女性用下着)の裾の中へと、  
  「よしてようお!」どうやらこれで  
  最初の無躾は赦されたわけ  
  笑いが罰すと見せかけた  
 
 彼女は何も言わない。  
 胸を覆い、足を引っ込めながら、泣き笑いのような表情を浮かべている。  
 以前から、不安の晴れない人ではあった。  
 何があったかは知らないが、その臨界が来てしまったのだろうか。  
 はあはあと息をつきながら、何も映さない目が泳いでいる。  
 傍にあって欲しいものが、離れていっていないかと。  
   
 
  わななく足から唇をはなすと見せて、  
  今度はそっとこの人の瞼の上に接吻した。  
  可愛い顔をうしろへ引いて  
  「あら、こんなこと、なおいけないわ!  
 
 銃まで持ち出すほどだ。相当大きな不安に取り付かれているのは間違いない。  
 ほんの一時でも離れれば、彼女は視覚以外の感覚も、虚無の暗闇に墜としてしまうだろう。  
 足を離したぐらいで冷めはしないと、セレスティアは、クラッズの額に唇を這わせる。  
 そこにくるとは思っていなかったのか、クラッズは、んっ、と甘く呻き、小さな体を震わせた。  
 そして逃げるように、体を横にそらしてベッドに寄りかかる。  
 セレスティアは口元がにやけるのを止められなかった。  
 彼女の反応は、彼にとっていちいち理想的だった。  
 
 
  あなたっていけない方ね、叱っておくわ、あたくしが……」  
  後は僕一切を、大きな接吻にまとめあげ、  
  彼女の胸ぐらへおんまけた、  
  すると彼女が笑ったものだ、合意を告げてにこやかに……。  
 
 無駄な遠慮はここまでにしよう。  
 今の彼女は、恐らく理性的なものを求めてなどいない。  
 せめて今ばかりは、溺れさせてやるとしよう。  
 そして落ち着いてから、じっくり聞き出せばいいのだ。  
 今必要なのは、安心させること。  
 自分がまだ、彼女から離れる心配がないと。  
 セレスティアは、半端に残った理性を捨て去った。  
 ワンピースの裾をいくらか破りとり、その布切れで、クラッズの両手首を交差させ、ベ  
ッドの柱の一本に縛りつけた。  
 両手を挙げた状態で縛られた彼女は、いやぁと喘いで身をよじった。  
 こうされると、もう笑みを浮かべる余裕もないようだった。  
 汗に塗れた肌が月に照らされ、剥き出しの上半身を光らせている。  
 セレスティアの腕が、ぜえぜえと弾む体を抱き上げた。  
 左手で、背中だけを持ち上げて抱き寄せる。  
 突き出すようにされた露な胸に視線を感じてか、クラッズは息も絶え絶えになっていた。  
 誇示するように突き出されたふくらみが、深い呼吸で大きく前後している。  
 どうせ死ぬなら、心を許す人に、いいようにされて死ぬがいい。  
 羞恥心で、人は殺せるだろうか。  
 そんなことを思いながら、セレスティアはしばらく腕の中の恋人を、視線でなぶっていた。  
 次第に彼女の顔から、羞恥という理性の影が消えていった。  
 締りのなくなった口からは、何もしていないのに小さな喘ぎが漏れ出し、熱くなった股  
間を、セレスティアの腹にこすり付けている。  
 腰をゆっくりと回転させる動きで、反らしてさらされた上半身が、妖しく揺らめいている。  
 もう限界だった。セレスティアは力任せに、小さな体をベッドに叩きつけた。  
 ベッドのスプリングの反動で、クラッズの体は前後に激しく揺さぶられた。  
 胸の上で膨らみが荒れ狂い、熱く濡れた腰が何度も跳ね上げられた。  
 突き出される股間は様々な体液で濡れ、ぴったりと張り付いた布地は完全に透けていた。  
 セレスティアは、クラッズの大きく露出した胸元に顔を埋め、肌を濡らす汗やら何やら  
を丹念に舐め取った。  
 恥ずかしそうな、そのくせどこか悦んでいるような吐息と共に、背が浮き上がる。  
 いったん顔を離したセレスティアは、突起のようになって透けた布地を突き上げている  
乳首を眺めながら、クラッズの顔を窺ってみた。  
 見えていないはずの目が合った。  
 泣き続ける目が訴えている。……  
 
 もう情け無用だ。  
 セレスティアはワンピースの裾を引き裂き、剥き出しになった下半身を持ち上げ、胸よ  
り下を逆さまにした。  
 クラッズの両足は蛙のように開かざるを得ず、腿に引っ張られていっぱいに開いた割れ  
目は、待ちきれないとばかりに開閉している。  
 どろどろしたもので濡れたそこを、セレスティアは容赦なく舐めあげた。  
 
 
  たいそうなしどけない彼女はなりになっていた、  
  庭の大樹は無遠慮に  
  葉の先で窓の硝子を撫でていた  
  思わせぶりに、しげしげと。  
 
 セレスティアの羽根は、すでに白くなかった。  
 だが、どうせクラッズには見えていない。  
 見えていたところで、何の意味があろうか。  
 落ち着いたら、絶対聞き出さなければ。何があったのか。  
 だが今は、そのときではない。  
 現実逃避も本気でやれば、気力を取り戻すきっかけにもなるだろう。  
 喘げ。喚け。泣け。叫べ。そうだ、もっとだ。  
 壊れそうなほどに貪りつくして、お前は一度死ぬのだ。  
 次に起きたとき、お前の意識は、緩やかに覚醒する。呆けたように。  
 そしてそこから、再始動するのだ。  
 以前の悩みが、他人事であったかのように。  
 冷静になったお前に対して、俺は誠実でなければならない。  
 真剣なお前に、相応しい応対をしなければ。  
 
 そして晴れて、俺の助けによって、  
 お前の苦悩が去ったなら、今度はお前に聞いてもらおう。  
 だから俺よ。今言うんじゃない。  
 そう、今じゃないんだ。  
 俺はあくまでアドバイザー。介護者じゃない。  
 彼女がそう望んだし、俺もそうであるべきだと思っている。  
 
 いい声で泣くな、お前は。  
 嫌とかやめてとか恥ずかしいとか。  
 これほど俺好みなよがり声もない。分かってんだろ?  
 こんなに上半身を揺らして。  
 揉んで欲しいか。それとも舐めるか。  
 ぶるんぶるんしてるのを、ただ見てたほうがいいか。  
 クラッズにしとくのが勿体無いよ、お前は。  
 そんなに嬉しいのか?  
 誰かに求められるのが。期待されるのが。  
 期待は失望と表裏一体だってのに。  
 ……まあ、お互い様か。  
 ……何だ?舐めるだけじゃ嫌か?  
 この態勢、好きなんだけどな。わかったよ。  
 濡れてても、きついのには違いないんだ。痛くなっても知らないぞ。  
 
 人は俺を堕天使と恐れる。  
 ……俺が真性の堕天使ならば、それを喜んだだろう。  
 こんな不安定気味な女に、こだわることもなかったはずだ。  
 ……所詮俺も、他者の承認を求めずにいられない、軟弱な人間でしかなかった。  
 その翼は、白でも黒でもない、灰色。  
 汚れてくすんだ、ネズミの毛皮みたいな灰色だ。  
 無頼を気取りながら、自己満足だけに生きられず、  
 白を保つことも、黒に墜ちることもできなかった、半端者。  
 俺には似合いの色だ。  
 そんな俺でも、こいつを励ますことぐらいは出来ると思いたい。  
 まさに共依存関係。危険な状態だ。  
 ……まあいい。クラッズの寿命など、大したことない。  
 こいつを円満に看取る。  
 それを、今の目標にしよう。  
 
 
 注:二文字空けて引用した詩は、『三度接吻のある喜劇』。  
   『ランボー詩集』ランボー著 堀口大學訳 新潮文庫 より。  
 
 

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