「おい、フェルパー。飯だぞ」
後ろの道具袋に声を掛けるバハムーン。しかし、反応はない。すると、それを見ていたフェアリーが笑う。
「『めし』じゃ反応しないよ、フェルパーは。もっと丁寧に言わないと」
「………」
バハムーンは少し眉をひそめ、軽く咳払いをすると、ひどく重くなった口を開く。
「ご、ご飯だぞ」
「ごはん!」
途端に道具袋の口が開き、中からフェルパーが飛び出した。
「ごはん、なに?」
「おにぎり各種。中身は取ってのお楽しみだ。個数は一人二つまで」
「じゃあこれ」
「じゃあ俺これー!」
フェルパーは何の遠慮もなしに、さっさと自分のおにぎりを確保する。それに続いてヒューマンも取り、その後にバハムーン、
ドワーフと続いていく。
「……む〜」
早速一口齧ったフェルパーが、顔をしかめる。その中身は梅干しで、どうやら気に入らなかったらしい。
「これ嫌い」
「好き嫌いしねえで、黙って食え」
「お、僕のは野菜の漬け物か。これ、タカチホの食材使ってるのかな?」
「うおお!?おにぎりの中におにぎりが入ってるー!?」
「お、それは当たりだ。よかったな」
「え、何?これ君のお手製?」
「あ、私のはお魚だぁ」
言った瞬間、ドワーフは強烈な視線を感じた。そちらに顔を向けると、フェルパーが期待に輝く目でこちらを見ていた。
「……えっとぉ、交換するぅ?」
「する!」
フェルパーは梅干しおにぎりを文字通り投げてよこし、代わりにドワーフが差し出したおにぎりをひったくるように奪った。
早速一口齧ると、それまでの表情とは打って変わって、フェルパーの顔はとろんとした、幸せに満ち溢れたものに変わった。
「……ツナ」
一言呟き、フェルパーは緩みきった顔でゆっくりとおにぎりを食べ進める。
「相変わらず、君は幸せそうだね」
「しやわせ」
さほど大きくないおにぎりはすぐに小さくなり、最後の一口を名残惜しげに口に入れると、フェルパーはもう一つのおにぎりを齧った。
「……しゃけ」
より一層、フェルパーの顔は緩んだものになり、もはや蕩けきった顔と言えるほどにまでなっている。
「その程度でそこまで喜ぶか。幸せな奴だな」
「しゃーわせ」
もはや言葉も緩みきっており、フェルパーは食べながら喉をゴロゴロと鳴らしている。隣のセレスティアはそれがうるさいらしく、翼で
そちら側の耳を覆っている。
「よかったねぇ、フェルパーちゃん」
「よかった」
満面の笑みで食べるフェルパー。そんな彼女のおかげで、迷宮の中での食事という落ち着かない状況にもかかわらず、一行はそれなりに
ゆったりとした気分に浸れるのだった。
恐らく彼等の中で、周囲からも仲間内からも謎の多い人物として見られているのは、このフェルパーだろう。
一日の18時間は寝て過ごし、移動は道具袋に入って仲間に運んでもらう始末。戦闘と食事以外では、彼女が起きているところを見た者は
いない。その割には授業日数が足りていないという話も聞かず、また成績もさほど悪くないらしく、まさに謎だらけの人物である。
彼女の加入の経緯は、恐らくプリシアナ設立以来、後にも先にもこの一件だけというような、おかしな経緯だった。
その日、フェアリーはヒューマンと一緒に寮の中をぶらぶらと歩いていた。ヒューマンとドワーフに続き、セレスティア、
そしてバハムーンという強力な仲間を得たはいいが、規定ではあと一人パーティに入れられる。
だが、入学からそれなりに日が経っており、もう一人でいるような生徒は少ない。ドワーフのように、元のパーティから放逐される者も
いるとはいえ、そう都合よく目の前に現れてくれるわけもない。
「別に五人でもいいんじゃねえのー?問題はねえんだろー?」
「とはいえ、あと一人入れられるんだから、多いに越したことはないよ」
「けど、いねえんじゃしょうがねえだろー?」
「まあ、そこなんだけどねえ…」
溜め息混じりに言うと、フェアリーは冗談めかして言った。
「あ〜あ、どっかにいい仲間が落ちてたりしないか…」
言いかけた彼の口は、そのままあんぐりと開けられていた。隣のヒューマンも、訝しげな顔でそれを見ている。
廊下を曲がった先に、道具袋が落ちている。そこには張り紙があり『拾ってください』と書かれていた。
単純に考えれば、いらなくなった物を、誰かの再利用を願って捨てたか、あるいはそれを装ったいたずらの類いだろう。
しかし、その袋は規則正しく上下に動いていた。おまけに中からは、寝息のようなものまで聞こえている。
「……何、これ?」
「誰か、犬か猫でも捨てたのかー?」
「いや、まさかそんな……けど、それっぽく見えなくもないよね…」
「じゃ、確かめてみようぜー!」
「あ、ヒューマン待っ…!」
止める間もなく、ヒューマンはずかずかと近寄り、道具袋を開けた。そして彼は、そのまま固まってしまった。
一体何事かと覗きこんだフェアリーも、その場に固まってしまった。袋の中身は、彼等の想像を遥かに超えていた。
「す、捨て……猫?」
「まあ、確かに、近いものだけど……一体何がどう…」
中に入っていたのは、フェルパーの少女だった。捨てられた事にも気づいていないのか、彼女は道具袋の中で、安らかな寝息を立てている。
「お、何か紙切れ入ってるぞー?」
「どれどれ……ふーむ、元のパーティの人が書いたんだね。この子がどんな子か書いてある」
曰く、寝てばかり。食べることしか頭にない。誰かが運んでやらないと移動もしない。仲間と馴染む努力もしない、など、捨てるに至った
経緯が簡単に記してあった。ついでに、彼女の学科と寮の部屋まで丁寧に記載されている。
それをざっと読み終えると、フェアリーはしばらく何かを考えていた。少しの間をおいて、何かを決心した顔つきになると、
彼はヒューマンに言った。
「ヒューマン、悪いけどこの子持ってくれるかい?」
「え?何?どうするんだー?」
「決まってるだろ?六人目の仲間は、決定だよ」
「へーえ?誰だー?」
「この子だよ!話の流れからわかってくれよ!」
そんな経緯など本人はつゆ知らず、いつの間にか一変している仲間達を不思議に思うでもなく、別の意味ですっかり馴染んでいる。
他の仲間も、フェルパー運びは日替わり交代制を敷くなど、このおかしな仲間に馴染んでしまっている。
また、基本的には寝るか食べるかしかしていないとはいえ、戦闘では頼りになる仲間でもある。誰とも連携を取ろうとはしないが、
鋭い爪牙と強靭な筋力は十分な殺傷力を備え、時にはフェアリーをも凌ぐ速さで攻撃を仕掛けるため、前衛としての仕事は十二分に
果たしていると言える。
なので、彼等の間ではフェルパーを足手まといと思う者もおらず、不要だと言う者もいない。多少の手間があるとはいえ、必要な時に
必要な分だけしっかりと活躍しているのも事実であり、まして、そもそもがパーティから追い出された者達の集まりでもあり、それを
言い出すにはまず自身のことを振り返る必要がある。
そんなわけで、フェルパーはパーティの一員として定着している。周囲から本物の猫のような扱いを受けてはいるが、フェルパー自身、
それを不快にも思っていない。ただただ、食べて、寝て、食べて、戦って、寝て、食べて、という生活を満喫していた。
しかし、年中変わらないと思われた彼女の生活に、大きな変化が起きた日があった。
普通ならば、誰かが起こしに来ても寝続けているはずのフェルパー。その彼女が、朝になると不意に目を開けた。
「………」
眠そうな目を瞬かせ、腹に手を当てる。
―――おなか、ぽかぽか。
全身が、妙に火照る。特に下腹部を中心にその火照りと、疼きに似た感覚が湧き上がってくる。
―――ぽかぽか、治す。
のろのろと制服を身に着け、大あくびをしながらドアを開ける。
「うおっと」
すると、その後ろから声が聞こえた。見れば、ちょうどバハムーンが運びに来たところだったらしく、驚いた顔をして立っていた。
「珍しいな、お前が起きるなんて……ん?」
彼の言葉を完全無視し、フェルパーはバハムーンの匂いを嗅ぎ、全身を眺め、そしてまっすぐに目を見つめた。
「おなかぽかぽか」
「ぽかぽか?ぺこぺこ、じゃなくてか」
「セックスする」
「む…」
バハムーンはふんふんと鼻を鳴らし、フェルパーに一体何が起こっているのかを悟った。
「なるほど、盛りか」
「盛り」
その言葉の意味を考えるように、フェルパーは一瞬上を向いて考える仕草をした。
「盛り」
確認するように、もう一度繰り返す。それに対し、バハムーンは溜め息を返した。
「お前には残念だが、俺は異種姦に興味がない。一人で処理するか、ヒューマンかフェアリーを当たれ」
「ダメ。するの」
「俺は根っからの同種好きだ。お前がしたくとも、俺が反応しねえんじゃしょうがないだろう」
「……ケチ」
「何と言われようと、無理なものは無理だ。フェアリーなら、購買部付近で見かけたぞ。行けばまだいるだろう。幸い、今日は休みだ。
何とかして処理しとけよ」
宥めるように頭をぽんぽんと叩き、バハムーンは行ってしまった。それを不機嫌そうな目で見送り、やがて見えなくなると、フェルパーは
購買に向かって歩き出した。
ほどなく、目的の人物が見つかる。また消耗品を買い込んだらしいフェアリーを見つけ、フェルパーはトコトコと近寄る。
「あれ、フェルパー?珍しいね、君が出歩いてるなんて」
「………」
彼の言葉を無視し、フェルパーは品定めするようにフェアリーの全身を眺める。
「ん、何だい?何かついてる?」
それが終わると、フェルパーは小さく溜め息をついた。
「小さすぎ、ダメ」
「はい?」
やはり彼の言葉は無視し、フェルパーはくるりと踵を返し、さっさと行ってしまった。
「……何か今、ものすごく傷つく言葉を投げかけられた気がする…」
最後の最後まで彼を無視し続け、フェルパーは学食に向かって歩き出す。途中、幾人かの同種の生徒と出会ったが、相手が男だった場合は
距離を置いて立ち止まり、まず様子を見る。大抵は相手も立ち止まり、意思のないことを示すため、顔を背ける。それを確認すると、
お互いに合図を送り、一気に駆け抜け、すれ違う。匂いで刺激を受けるため、不要な暴行及び傷害事件を防ぐための、彼等なりの努力である。
そうやって何人かをやり過ごした時、不意に後ろから声がかかった。
「お、お前フェルパーじゃねえかー!?すごいなー、一人で起きたのかー!」
途端に耳がピクンと動き、フェルパーはそちらを振り返る。
「朝飯食うんだろー!?一緒に行こうぜー!」
いつも変らぬ騒がしさのヒューマン。それに対し、フェルパーは口を開く。
「おなか、ぽかぽか」
「だよなー!俺も腹減ったぜー!」
「セックスする」
「ん?誰がだー?」
「盛り」
「食べざかりってことかー?てか、さっきから何……どあ!?」
ヒューマンにとって不運だったのは、フェルパーにとっての気を許せる知り合いが、もういなかったこと。彼女の断片的な言葉だけで
状況を理解できるほど、頭が回らなかったこと。そして、その受け答えにフェルパーがイラッときてしまったことだった。
フェルパーは突如ヒューマンの腰を抱え、そこにぶら下がった。慌てて踏みとどまったはよかったが、フェルパーは柔軟な身体を
最大に使い、背中側から勢いをつけて延髄を蹴り上げた。
いくら格闘家として優れた資質を持っているとはいえ、動きもタイミングも不意打ちとあっては、避けることなどできなかった。
そのまま宙返りするように股間から身体を通し、うつ伏せに倒れるヒューマンの背中に乗る。そこで一度大きな欠伸をしてから、
フェルパーは彼の背を降り、担ぎ上げた。
気絶したヒューマンを肩に、フェルパーはやや上気した、楽しい玩具を手に入れた子供のような顔をしている。学食へは行かず、
元来た道を戻って自分の部屋に入ると、普段は掛けもしない鍵をしっかりと掛ける。
ヒューマンをベッドに投げる。ぞんざいな扱いを受けても、完全に気絶しているヒューマンは起きる気配もない。
「……むふー」
鼻息荒くそれを見つめ、フェルパーは穿いていたショーツを脱ぎ捨てた。期待に満ちた笑顔を浮かべ、ヒューマンのズボンに手を掛けると、
一気に引き下ろす。
「……大きくない」
当たり前のことなのだが、失神させられたヒューマンのモノは全く反応していない。そもそも嗅覚もあまりないため、相手が発情期でも
匂いで気づくということはないのだ。
仕方ないというように息をつくと、フェルパーは髪を掻き上げ、ヒューマンの股間に顔を近づける。そして彼のモノを開いている手で
掴むと、先端を舌先でつつくように舐める。
「う…」
ヒューマンが微かに呻き声を上げ、そこが僅かに動く。その反応に気を良くし、フェルパーは飴でも舐めるようにペロペロと舐め始めた。
「ん〜……んむ……ふ〜」
棘が当たらないよう、使われるのは舌先のみだったが、やや硬い舌先での刺激は割と強く、ヒューマンのモノは見る間に大きくなり始めた。
唾液をたっぷりと絡め、伸ばした舌先で鈴口をつつき、ほじるように舌を動かす。さらにキスをするように唇をつけ、軽く吸ってやると、
粘り気のある液体が滲みだしてくる。フェルパーが口を離すと、舌とヒューマンのそこにねっとりとした糸が引かれた。
舌舐めずりをし、軽く息を吐いて口の中に残る味と匂いを楽しむ。それだけでも、発情期のフェルパーにとっては十分すぎるほどの
興奮剤となる。
「もう十分」
興奮気味に言うと、フェルパーはいそいそとヒューマンに跨り、彼のモノを無造作に掴む。そして腰を動かし、秘裂にあてがうと、
少しずつ腰を落としていく。
ゆっくりと割れ目が押し開かれ、ヒューマンのモノが沈み込んでいく。微かな痛みと粘膜の擦れる快感に、フェルパーは尻尾を震わせ、
顔には苦しげにも見える恍惚の表情が浮かんでいた。
「んにっ…!ん……にゃあぁう…!」
発情期の猫そのものの鳴き声を発し、フェルパーは深く息をついた。それと同時に、フェルパーの尻がヒューマンの腰にぶつかる。
「んあ……あ、あ…!き、気持ちいい…!気持ちいい!」
興奮した声で叫び、フェルパーは激しく腰を動かし始めた。
半ばまで抜き、一気に腰を落とす。奥深くを突かれる衝撃が快感となって頭まで突き抜け、何度も何度もそれを繰り返す。少し疲れると、
今度は奥まで咥え込んだまま腰を前後に動かし、身体の奥をこりこりと刺激しつつ、時折ヒューマンのモノをぎゅっと締め付けてみる。
「うっ…」
「ん〜!おなか、入ってるっ…!」
力を入れる度、体内にあるものがはっきりと感じられ、それがまた大きな快感となってフェルパーを襲う。
「んな〜あ!もっと、もっと!」
湧き上がる疼きと快感に突き動かされ、フェルパーはより激しく動きだす。結合部からは愛液がとめどなく滴り落ち、ヒューマンの腰を
伝ってシーツにまでこぼれ、黒い染みを作っている。
踊るように腰を振り、荒い息をつくフェルパー。その肌は赤く染まり、玉のような汗が浮かんでいる。動く度にそれが流れ落ち、
ヒューマンの身体にぽたぽたと落ちる。部屋の中には、ベッドが激しく軋む音とフェルパーの嬌声が響き、汗と愛液の匂いが彩りを添える。
それらの刺激に、気を失っていたヒューマンの意識は、徐々に覚醒を始めた。
「う……な、なん、だ…?あれ……フェル…?」
「気持ちいいの!いっぱい気持ちいいの!」
上ずった声で叫び、フェルパーは腰を動かしやすいよう前傾になり、ヒューマンの体に手をつこうとした。
「ぐえっ!?」
だが、それは狙いを外れ、ヒューマンの首に両手が添えられた。おまけに、なお運の悪いことに、彼女の指は頸動脈をしっかりと
押さえつけていた。
「がっ……あっ…!」
「いいの!いいの!おなかぐりぐり、気持ちいい!」
体重を掛けて首を極められ、ヒューマンの意識はあっという間に闇の中へと逆戻りする。だがフェルパーは、その一連の出来事に
全く気付いていなかった。
腰を密着させたまま、前後に腰を振る。奥がヒューマンのモノで捏ねられ、さらに前傾したことで最も敏感な突起が擦れ、フェルパーの
快感は一気に跳ね上がった。
「うなあああ!!こすれるの好き!ぐりぐり好き!ふわふわする!ふわふわするぅ!」
あまりに興奮が高まったためか、いつの間にか尻尾は二股に分かれ、鋭く伸びた爪がヒューマンの首に食い込んでいる。
幸か不幸か、当のヒューマンはそれに気付くこともなく、ただ肉体に与えられる刺激に、理性の介在しない反応を返していた。
さらに快感を貪ろうと、フェルパーがより強く彼のモノを締めつけた瞬間、それがビクンと脈打ち、フェルパーの中に熱い液体が
注ぎ込まれた。
「ひあっ!?」
途端に、フェルパーは身体を仰け反らせる。
「うっ、あ、ああああ!!熱いの来た!!おなかに熱いの!!熱いのっ……あ、あ、ああああぁぁぁ!!!」
悲鳴のような叫びを上げ、フェルパーの体がガクガクと震える。彼女の意思とは関係なく、膣内は精液を絞り取ろうとするかのように
蠢動し、締めつけ、それによって彼のモノがより大きく感じられ、フェルパーの快感を跳ね上げる。
「あぁ……あ……おなか……いっぱい…………いっぱいぃ…」
精が流れ込む度、身体の奥が満たされていく。疼きが消え、渇望が薄れ、後には大きな満足感と疲労感が残っていく。
何度か彼のモノが動き、やがて止まると、フェルパーはがっくりと首を落とした。
「はぁ……はぁ……はぁ……ぽかぽか、なおった…」
満足げに言うと、またしばらく余韻に浸り、腰を上げる。途端に秘部から精液が溢れ、フェルパーはそれを慌てて手で受け止める。
「もったいない……んく…」
手に取ったそれを、愛おしげに舐め取り、飲み込む。飲み下すと同時に、再びフェルパーの体と尻尾がぶるんと震えた。
「疲れた……寝る」
溜め息をつくように言い、フェルパーはばったりとベッドに倒れた。そして目を瞑ると、大きく息をつく。
が、その目が不意に開かれる。
「……じゃま」
そう言うと、フェルパーはヒューマンの体を拭きもせず、ズボンなども一切穿かせないまま担ぎ上げ、部屋のドアを開けると、まるで
ゴミでも捨てるかのように、廊下に放り投げた。
それが済むとドアを閉め、鍵も掛けず再びベッドに倒れ込む。そして今度こそ目を瞑ると、数秒後には安らかな眠りについているのだった。
その夜、一行は揃って学食へと来ていた。ほぼ全員、いつもと変わらぬ様子だったが、ヒューマンだけはしきりに首を捻っている。
「う〜〜〜ん……フェルパーとは会った気がするんだけどなあ〜……全っ然、思い出せねえ…」
「二人とも、朝ご飯食べに来なかったよねぇ?一緒に何かしてたのかなぁ?」
「う〜〜〜ん……わかんねえなあ〜…」
「フェルパーちゃんは、何か覚えてるぅ?」
ドワーフの問いに、フェルパーは焼き魚を口いっぱいに頬張りながら顔を向けた。
「……ぽかぽか、治してた」
「ぽかぽか?……あ、調子悪かったんだぁ」
「そう」
それだけ言うと、答えるのが面倒臭いと言うように、フェルパーはすぐさま食事に戻る。例によってセレスティアは、黙々と食事を
続けている。
「そういえば、僕も朝会ったなあ、フェルパー。珍しく出歩いてたよね」
「あれぇ?調子悪かったんだよねぇ?」
ドワーフが言うと、フェルパーの代わりにバハムーンが口を開いた。
「調子が良ければ、いつも通り寝てるだろうなこいつは」
「……調子いいのにぃ?」
「出歩いてるってことは、いつもの調子じゃなかったってことだろう。普段こいつは、そんな真似しねえんだからな」
「……あ〜、そっかぁ」
「いや、それ納得できる説明かい…?」
「う〜〜〜ん……でもなんで、俺部屋で寝てたんだろ…?なんか、フェルパーが俺の上に乗って暴れてた夢見た気も……体もなんか
妙にすっきりしてるし…」
ヒューマンが言うと、バハムーンは嘲笑を浮かべた。
「俺に勝てねえから、満たされない欲求がそんな夢になったんだろう。何なら、一度くらいわざと負けてやろうか?」
すると途端に、ヒューマンはいつもの表情に戻った。
「何をー!?なめるなよお前ー!今度は絶対勝ってやるんだからなー!これ食い終わったら勝負しやがれー!」
「また満たされない欲求が溜まるぞ。それで構わないというなら、やってやるがな」
「何か、うまくうやむやにされてるような……それにしてもフェルパー、一人で起きられるんなら、今度からちゃんと起きてくれよ。
君を運ぶの、それなりに手間なんだぜ?まあ、僕は運んでないけど……どうしてみんな、君のこと運んでると思ってるんだよ」
フェアリーが言うと、フェルパーは『何を言ってるんだろう』とでも言いたげな目で彼を見つめた。
「えらいから」
「……は?」
「えらいから」
「………」
つまり彼女は、自分が偉いから、全員が自分のために何かしていると思っているのだろう。あまりの答えに、フェアリーが言葉に
詰まっていると、横からバハムーンの手が伸びた。
「そうだな、戦闘もやる時はやってるからな。偉い偉い」
そう言ってわしゃわしゃと頭を撫でてやると、フェルパーはゴロゴロと喉を鳴らした。その姿はどう見ても、飼い猫を可愛がる主人と
ペットという構図だった。
「うん、えらい」
「でも、みんな戦ってるよぉ?」
「だがこいつは、普段寝てて、戦闘の時は頑張って起きてるだろう」
「あ、そっかぁー。だから偉いんだねぇ」
ドワーフの場合は、本当に偉いと思っているのだろう。その言葉は、何の含みもない純粋な響きを持っていた。
すると、そろそろ苛立ち始めた表情で食事をしていたセレスティアが顔を上げた。そしておもむろに手を伸ばすと、ドワーフの頭を
わしわしと撫で始める。
「ん……なぁにー?」
「……あなたも偉い子」
「そぅおー?えへへ〜」
「……なぁんか、ごまかされた気がするなあ…」
フェアリーの呟きは誰に拾われることもなく、一行の夕食の時間はいつもと変わらず過ぎて行くのだった。
その後、フェアリーはどうにもヒューマンとフェルパーのことが気になり、明日の探索の準備を終えると、事情を知っていそうな
バハムーンを探してあちこち飛び回っていた。やがて、寮の休憩室でフェルパーを膝に乗せて座る彼を見つけ、そっと近寄ってみる。
「それにしてもお前、後片付けぐらいはしっかりしろ。あの体液塗れのあいつを洗って部屋に届けるのは、お前を運ぶよりよっぽど面倒だ」
「……くぅ〜…」
やはり、フェルパーは眠っており、バハムーンの言葉は彼女に向けられているというより、独り言に近いのだろう。
「おまけに、首に傷まで付けて……俺が光術師も履修してたからよかったものの、お前の爪は十分な凶器だぞ」
「……ふああぁぁふ……くふ〜…」
「しかし、ヒューマン相手か。お前、子供が出来たらどうするつもりだったんだ?って聞いても、何も考えてないんだろうな。
お前みたいな奴等は、やっぱり誰かが上に立って導いてやらなきゃ、どうしようもないんだろうな、まったく。次からは道具でも使って、
俺が鎮めてやるか」
そこまで聞いて、フェアリーは彼女とヒューマンに何があったかをあらかた察した。また、夕食での行動から、恐らくバハムーンは
直接尋ねても答えないだろうと判断し、フェアリーはさっさとその場を離れた。
「まったく……あいつも面倒な男だなあ」
笑いながら呟き、フェアリーは部屋へと戻る。他人を見下している男ではあるが、ただ傲慢なだけでなく、色々と世話を焼く男なのだ。
もしも本当に、これでフェルパーとヒューマンの間に子供ができていれば大ごとだが、今それをパーティの仲間と、自分の意思なく
犯されたヒューマンに知らせたところで、どうなるものでもない。むしろ、ヒューマンには重荷になってしまう可能性が高い。
そう考えた上で、彼は適当に話をごまかしたのだろう。だが実際に、彼女が妊娠してしまったらどうするつもりなのか。
そこまで考えて、さっきのバハムーンの台詞を思い出す。
「そういえばあいつ、ドクター学科にも手出ししてたっけな……まあ、世話焼いてくれるなら任せとくか」
恐らくはその心配も消えているであろうことに気付き、フェアリーはホッとした笑みを浮かべた。そしてしみじみと、悪くないパーティだと
実感する。
問題児の集まりでも、全員が何かしら光るものを持っている。むしろ、掃き溜めであるからこそ、それが活きているとも言える。
それは『掃き溜めに鶴』と言うより、むしろ『鶴の掃き溜め』とでも言った方が近いな、などと、彼は思うのだった。