自分より能力のない者が活躍したり、あるいは自分が不要とした物が誰かに有効活用されていたりして、それを不快だと思う者は
少なからず存在する。そして、ただ思うだけならまだしも、中にはそれを壊してやろうとする者も存在する。
掃溜めと呼ばれる彼等にとって不運だったのは、そんな者がかつての仲間の中にいたことだった。しかもそれは、最悪な形で
彼等を壊そうとしていた。
「そんなこと言わないでよぉ……神様はいるもん〜…」
「そうねぇー、捨てる神あれば拾う神ありとも言うし……ま、貧乏神拾っちゃった神様は、大変だろうけどねぇ」
「………」
心底困った顔のドワーフに、その隣で敵意を剥き出しにした表情のセレスティア。そんな二人を、ディアボロスの少女が挑発する。
「ああ、でも別にいいのかぁ。あんたら、使えない奴等の集まりだもんね」
「ディアボロスちゃん……ひどいよぅ…」
「間違っちゃいないでしょー?あんたら、掃溜めって呼ばれてんじゃん。隣の堕天使も、実は『駄天使』だったりねぇー?」
セレスティアは何も言い返さない。しかし、固く握られた拳が、彼女の怒りを表していた。
と、そこに明るい声がかかった。
「お、二人とも何してるんだい?ああ、それにディアボロスじゃないか!三人で何してるんだい?」
途端に、三人はそちらへ振り返った。
「フェアリー君〜、ディアボロスちゃんがぁ…」
「あらフェアリー。別に、ちょっとお話をね」
「旧交を温めるって奴かい?」
「ま、そんなとこ」
押しの弱いドワーフは、二人の会話に口を挟むことができず、しゅんとした表情でフェアリーを見つめている。セレスティアは、
そんな彼女を優しく抱き寄せてやった。
「ああ、そうだ。セレスティア、ドワーフ、装備の強化頼んどいていいかい?そろそろ僕のグローブじゃ、防御に不安があるからさ」
「………」
セレスティアは返事をせず、黙って踵を返す。ドワーフはまだ何か言いたそうだったが、セレスティアに促され、渋々従う。
「……フェアリー」
「ん、何だい?」
「仲間より大事なものが見つかってよかったわね」
吐き捨てるように言うと、セレスティアはドワーフを連れて去って行った。そんな彼女を、フェアリーはぽかんとした表情で見送る。
「僕、何か怒らせるようなこと言ったっけな…?」
「さあね?でも気難しそうな人だし、何かはあったんじゃない?」
「まあなー、確かに難しい子だしなあ。あとでとりあえず謝っとくか。それより、次の水術、一緒に受けてくれるって言ってたよね?」
「え?ああ、そういえば。じゃ、一緒に行こうかぁ」
現在の仲間が、かつて所属していたパーティ。それと繋がりを持つことは、自然な流れだろう。その仲間が、どんな人物なのか。
どんな行動を取っていたのか。そういったことを事前に聞けるということは、命がけの冒険をする者にとって非常に重要な要素となる。
まして、リーダーともなれば、その重要性は飛躍的に高まる。それ故に、フェアリーはかつて仲間達が所属したパーティのほぼ全てと
接触し、仲間達のことを詳しく聞き出していた。
その中の、ドワーフが所属したパーティとは、その後も接触することが多かった。そして現在、パーティの一員であるディアボロスと、
非常に仲良くなっている。
教室に着くと、二人は並んで席に座り、それぞれ筆記用具などを取り出す。だが、ディアボロスはノートとペンを取り出した後も、
しばらくごそごそと鞄を漁っていた。
「何してんだい?」
「あーっと、受講届忘れちゃったっぽい……水術、受ける気なかったから受講届出してないんだよねぇ」
「ああ、なんだ。僕、予備でいつも持ち歩いてるから……ほら、使いなよ」
言いながら、フェアリーは鞄を開け、中から受講届を取り出した。
「おお、用意いいね」
「これでもリーダーやってるからね。準備をこなすのも仕事のうちってね」
「さっすがぁ。で、これで……あ〜っと、現在の所属書いてない。風術……っと、完成!ん?あ、これ二枚重なってるよ」
「ありゃ、失礼。道理で一枚足りないと思ったよ」
一緒の授業を受け、教室移動も仲良く二人一緒。ここ半月ほどで、二人は異常なほどに接近していた。いつもは仲間と一緒に昼食をとる
フェアリーが、今では仲間達とではなく、彼女と一緒にとることがあるほどなのだ。
この日は、二人一緒に学食に向かうと、一度彼女のパーティの方へ顔を出した。しかし席には着かず、ばつが悪そうな顔で言う。
「ごめんよ、ディアボロス。ご一緒したいところなんだけど、さっきセレスティア怒らせてるから…」
「ああ、そういえばそうね。リーダーっていうのは大変ねぇ」
「リーダー不在のパーティっていうのも、間が抜けてる。仲いいのは結構だけど、自分とこを疎かにしないようにね」
そう言うのは、錬金術を学ぶノームである。ディアボロスを嫌わない人物という繋がりで、フェアリーは彼とも仲がいい。
「そりゃもちろん。僕はリーダーだからね」
「じゃ、残念だけど、また今度ね」
「ああ。それじゃ、また……っと、ノーム。課題の進捗はどうだい?」
「明日にはできるんじゃないかな。面倒で参っちゃうよ」
「はは、今度何かおごってあげるよ。それじゃ、今度こそまた!」
笑顔で彼等と別れ、フェアリーは自分のパーティの元へと向かう。が、席について早々、セレスティアの殺意まであと一歩という視線に
射竦められる羽目になった。
「な、何だよ…」
「……幸せね。頭の中身も、状況も」
「いや、今全然幸せじゃない…」
「なあフェアリー。お前、またあいつらのとこ行ってたのかー?」
ヒューマンの言葉に、フェアリーはこれ幸いと食いついた。
「ああ、そうだよ。どうしてだい?」
「いやなー、あいつらって、前ドワーフがいたパーティの奴等だろー?なんか、好きになれねえんだよなー」
その言葉に、ドワーフはまるで自分が怒られているかのように小さくなってしまう。そんな彼女を、セレスティアは優しく翼で抱き寄せる。
「あ〜、君は事情も知ってるしね……けど、あの人達自体は悪い人じゃないよ、ほんとに」
「そうかあ!?お前と一緒にいるディアボロス、お前といるときは大人しいけど、俺達と会ったときってほんっとにうぜえぞー!?」
どうやらヒューマンも、ドワーフやセレスティアと似たような目に遭ったらしく、その口調はだんだんと荒くなる。しかし、フェアリーは
そんなヒューマンに対し、不思議そうな顔をしている。
「え、ディアボロスが?そんなことないと思うけど……何か、すれ違いがあったんじゃなくってかい?」
「すれ違いって、ただすれ違おうとしただけでも、色々言ってくるんだぞあいつー!お前が仲良くなきゃ、俺もう殴ってるぞほんとにー!」
「ん〜、まあ君の言葉を疑うわけじゃないけど……彼女には、一応言っとくよ」
「嘘なんか言ってねえからな俺ー!」
そんな彼等の会話を、ディアボロスは喧騒の中から拾い上げ、しっかりと聞いていた。その顔にはニヤリとした、邪な笑みが浮かんでいた。
ディアボロスが狙う相手は、主にドワーフとセレスティアだった。ドワーフはかつて仲間だったこともあり、性格も把握している。
その彼女にべったりのセレスティアは、本人を攻撃するまでもなく、ドワーフを攻撃すれば勝手に怒りを蓄積させてくれる。
あとは手さえ出してくれれば、それは明らかな問題行為となり、何かしらの処分が下されるはずである。そして、もしそんな事態になれば、
彼女の怒りの矛先は、リーダーであるにもかかわらず、何もしなかったフェアリーに向く。そこまでいけば、パーティの崩壊はそれこそ
あっという間だろう。
そのためには、フェアリーに気付かれては困る。ディアボロスはまず彼を誘惑し、完全に手中に収めたところで仲間への攻撃を開始した。
彼の前では、大人しく人懐こい女を演じ、仲間に対しては辛辣な皮肉や嫌味で攻撃する。彼女の思惑は、面白いほどにうまくいっていた。
多少、不満があるとすれば、バハムーンが思った以上に傲岸不遜で、嫌味や皮肉に対して一切反応しなかったことと、フェルパーはそもそも
寝てばかりいるため、攻撃のしようがなかったことぐらいである。
だが、それは大した問題でもなかった。少なくとも現状、事態は彼女の思惑通りに進んでいるのだ。
もう一つ、些か予想外だったのは、フェアリーが彼女のパーティ全体と仲良くなっていることだった。知らない者が見れば、彼もパーティの
一員だと思われるほどに馴染んでおり、仲間の方も、成績優秀かつ実戦経験豊富な彼のことを歓迎しているようだった。ディアボロスは
最初、この事態に少し戸惑ったが、結果として彼の仲間の不信を煽る結果となったため、これはこれで満足している。
昼食を終えた後、ディアボロスは購買へと向かった。予想通り、フェアリーはここに来ており、彼女の仲間のヒューマンと会話をしていた。
「ああ、やっぱりか。君も苦労するね」
「や、悪気があるわけじゃないと思うけど……気難しいんだよね、きっと」
「ハイ、フェアリーにヒューマン。仲良くお話?」
彼女の声に、二人は揃って振り向いた。
「ああ、ディアボロス!君も来たのかい」
「フェアリーがいるかと思って。ヒューマンもいたのは予想外だけど」
「はは、俺はお邪魔虫か?」
「まあ、別にいいよいても」
「うーわ、超邪魔くせえって感じだな。ま、お若い二人の邪魔する気はねえさ。午後の授業もあるし、この辺で失礼するぜ」
冗談めかして言うと、ヒューマンは肩越しに手を振りながら去って行った。
「フェアリーは?午後も何か授業ある?」
「ん?あー、賢者だから術師系は一通りね。火術と闇術が残ってるけど、君はどうする?」
「うーん、悪いけど、その辺はパスかなぁ。朝の水術と風術だけでもうお腹いっぱい」
ディアボロスが言うと、フェアリーはあからさまに残念そうな顔をした。
「はぁ、そうかぁ…」
「あ〜、そんな顔されても……あ、じゃあ何か埋め合わせっていうんでもないけど、何か付き合おうか?」
「おお、いいのかい?それじゃあ…」
フェアリーはいたずらっ子のように笑うと、ディアボロスの耳元に口を近づける。そして何事かを囁くと、彼女は苦笑いを浮かべた。
「そうきたかぁ……ま、いいよ〜。私から言ったことだしねぇ」
「よぉっし!!それじゃ、約束だぜ!?楽しみにしてるから!」
「はいはい。じゃ、午後の授業も頑張ってらっしゃ〜い」
非常に上機嫌で購買を出ていくフェアリー。そんな彼を、ディアボロスは笑顔で見送る。
だが、その笑顔は無邪気なものとは程遠い、嘲笑の多分に混じった笑みだった。
授業が終わり、食事を終え、消灯までの自由時間となった頃、フェアリーは購買付近を飛んでいた。どうやらまだまだ上機嫌なようで、
その顔には一日中笑顔が張り付いていた。
そこに、道具袋を担いだバハムーンが通りかかった。その道具袋はやはりフェルパー入りらしく、僅かに寝息が聞こえている。
バハムーンにやや遅れて、フェアリーが気付く。仲間に気付くと、フェアリーは手を挙げて挨拶した。
「おー、バハムーン。またヒューマンと手合わせしてたのかい?」
そんな彼に、バハムーンは沈黙で応える。しばしの間をおいて、バハムーンは重い口を開いた。
「お前、わかってるのか?」
「何をだい?」
変わらぬ笑顔のまま、フェアリーは聞き返した。その顔をじっと見つめ、やがてバハムーンは目を逸らした。
「………」
それ以上は何も言わず、バハムーンは再び歩き出した。彼の背中を、フェアリーも黙ったままでじっと見送る。その顔には、変わらぬ笑みが
張り付いたままだった。
「幸運よねぇ〜。あんたみたいな役立たずが、お隣の優等生様みたいのと組めるなんてさぁ〜。その分、そっちは大変そうだけどねぇ」
「………」
「ディアボロスちゃん〜、私、何かしたぁ…?何かしたなら、謝るよぉ……だからもう、ひどいこと言わないでよぉ…」
「本当のこと言ってるだけだけどぉ?事実に、ひどいも何もないでしょ〜?」
翌日も、ディアボロスの攻撃は続いていた。もはやセレスティアの顔からは表情が消え、固く握られた拳は真っ白になっている。
一方のドワーフも、さすがにこうも続くとだいぶ参っているらしく、その顔は今にも泣きそうになっていた。
「ま、『掃き溜め』に『役立たず』なら、割と合ってると思うけど……公共の場所は、きれいにするべきよねぇ」
「えっと…?こ、こーきょーの場所…?」
「掃き溜めだか吹き溜まりだか知らないけど、ゴミはゴミ箱にあるべきって、そう思わない?」
セレスティアの翼が、勢いをつけるように揺らいだ。しかし、それが空気を打つ直前、後ろから仲間の声が飛び込んだ。
「お前達、ここにいたのか。ご飯の時間をきっちり守るお前が、珍しいな」
「……バハムーン」
余計な目撃者が来たためか、セレスティアは静かに翼を戻した。
「バハムーン君〜…!」
「……ドワーフ、とりあえずご飯だ。他の奴等は、もう学食に行ってるぞ」
言いたいことはわかっているというように、バハムーンはドワーフの肩を優しく叩いてやる。すると、セレスティアが即座にその手を
払い落とし、代わりに自分でドワーフの肩を抱いた。
「変な臭い付けないで」
「ステーキの匂いでもついたか?」
バハムーンが言うと、ドワーフの顔がパッと輝いた。
「え、ステーキあるのぉ?」
「ああ、まだいくつかあったはずだ。急げば間に合うだろう」
「わぁ〜、ステーキおいしいんだよねぇ。セレスティアちゃん、行こぉー」
「あ、うん」
珍しくドワーフに引っ張られるようにして、二人は学食へと走って行った。それを見届けると、バハムーンはディアボロスを一瞥した。
「うちのリーダーが、世話になってるようだな。礼ぐらいは言ってやる」
「あんたも大変ねぇ。周り、お荷物だらけでしょう」
「そうだな」
「ああ、それとも天才様は、それぐらい何ともないのかなぁ?」
「そうだな」
「……それにしても、その図体で『ご飯』なんて、似合わない」
「俺もそう思う」
いかにも面倒臭そうに言ってから、バハムーンは踵を返した。
「うちのリーダーは、お前を気に入ってるようだ。世話は任せる」
「いいの?リーダーをそんなぞんざいに扱って」
だが、バハムーンは彼女の質問には答えず、黙って去って行った。
多少判断に困ったものの、恐らくは言い返せなかったのだろう。計画は着実に進んでいると、ディアボロスはその顔に悪魔のような笑みを
浮かべるのだった。
いつもは和気藹々としている昼食の時間だが、ここ最近はその雰囲気が少し硬い。フェルパーとバハムーンは普段と変わらないが、やはり
セレスティアとヒューマンはフェアリーにかなりの不信を持っているようだった。最も激しく攻撃されているドワーフはと言うと、
根が素直すぎるせいで誰かに不満を抱くということがないらしい。
「フェアリーよぉー、お前があいつと仲いいのはいいけどなー、ほんっとあいつうぜえんだぞー!」
その日も、ヒューマンは唇を尖らせ、フェアリーに食ってかかっていた。
「放っておけ。構ってやるから調子に乗るんだ」
そんな彼に、バハムーンがそっけなく答えた。その隣では、珍しく道具袋なしのフェルパーがデザートを食べている。
「あっちから構ってくるんだから、しょうがねえだろー!?」
「だから、向こうが話しかけようと無視すればいい。そのうち飽きてやめるだろう」
「あっちが喧嘩売って来てんのに、どうしてこっちが逃げなきゃいけねえんだよー!?」
フェルパーはデザートを食べ終えると、辺りをきょろきょろと見回し始めた。
「それは逃げとは言わねえ。相手はお前を不快な目にあわせてえんだから、構っちまえば負けも同然だぞ」
「えっと…?な、何?あいつが〜…?」
「だからな、あいつはお前を嫌な気分にさせてえわけだ。それで、お前が反論するってことは、嫌な気分になってるって証拠に…」
不安げに辺りを見回すフェルパーに気付くと、バハムーンは制服の上着を脱ぎ始める。
「……なるってわけだ。ここまではいいか?」
「なんで俺が嫌な気分だとかわかるんだよー?」
「不機嫌そうに言い返したり、怒ったように言い返せば、誰だってわかるだろう?」
言いながら、バハムーンはフェルパーに上着を被せた。すると全身を覆う布の感触に落ち着いたらしく、彼女は椅子の上で丸くなった。
「あー、なるほどなー」
「嫌な気分にさせてえ奴の思い通りに、わざわざなってやる必要はねえだろう。それこそ負けも同然だ」
「だけどよー!ほんっとに腹立つんだぞあいつー!」
「……まあ、お前に感情を抑えろと言う方が無理か」
会話の間中、フェアリーはセレスティアの殺気を帯びた視線に射竦められており、会話に参加することができない。
「あ、あ〜、えっと、ドワーフ。君も、その、なんだ。ディアボロスに、まだ何か言われるのかい?」
「ん…」
フェアリーが尋ねると、ステーキを齧ろうとしていたドワーフはしょんぼりと耳を垂らし、持っていたそれを皿に戻す。
「……ディアボロスちゃん、何かあっただけだと思うんだけど……だけど…」
涙を堪えているのか、ドワーフは僅かに吐息を震わせ、くすんと鼻を鳴らした。
「ちょっと……辛いよ…」
最後の一言は、はっきりと声が震えた。途端に、セレスティアの殺気が鋭くなったかと思うと、彼女は突然立ち上がった。
「うわっ!?」
「……ドワーフ、帰りましょう。ステーキはわたくしが持つから」
ドワーフは黙って頷き、席を立った。セレスティアはステーキを皿ごと持つと、フェアリーに冷ややかな視線を向ける。
「仲間割れなんてしたら、それこそあの売女の思うつぼ。そうでなければ、お前を生かしてはおかないところよ」
冗談も誇張も一切含まれない声で言うと、彼女はドワーフを連れて去って行った。それを見送ると、ヒューマンも席を立った。
「俺も帰るかなー。何か今日は、もうお前と一緒にいたくねえし」
フェアリーを正面から見つめつつ、ヒューマンは言った。
「お前があいつと仲いいのはわかるけどよー……仲間よりあいつ信じるとか、お前、最低だぞ」
「………」
その言葉に、フェアリーは答えない。食器を下げ、そのままヒューマンが消えてしまうと、バハムーンも席を立った。
「俺はこいつを部屋に届けてくる。お前は、好きにしろ」
上着に包まったフェルパーを抱き上げ、バハムーンは食器を下げに向かう。
「え、あれ、人攫い……ね、猫攫い…?」
「そこの、こいつは俺達の仲間だ。俺を犯罪者に仕立て上げるな」
そんな会話を幾度か繰り返しつつ、バハムーンは寮へと去って行く。仲間達の去った食卓で、フェアリーは小さく溜め息をついた。
「はぁ、やれやれ。そんなこと、するわけないのにねえ」
一人呟き、フェアリーも席を立つ。そこには、仲間からの言葉を気にするような素振りは、一切なかった。
その夜、フェアリーは消灯時間直前に部屋を抜け出た。廊下を素早く飛び抜け、目的の部屋の前に立つと、ドアをノックする。
するとすぐにドアが開き、フェアリーは即座に中へと飛び込んだ。
「こんばんは、フェアリー。もう来ないかと思った」
「その割には、出迎え早かったよね」
「ふふ。まあ私だって、期待してないわけじゃないし」
妖艶に微笑むディアボロスに、フェアリーはいつもの笑顔を見せる。そして後ろ手に鍵を掛けると、早速ディアボロスを抱き寄せる。
「あん、いきなり?」
「ダメだったかい?」
「ん、ダメではないけど……ちょっとびっくりかな」
「そうか。じゃ、もうちょっとびっくりしてもらおうかな」
言うが早いか、フェアリーは彼女の胸に手を伸ばし、ゆっくりと撫で始めた。
「ちょ、ちょ!早い早い!展開早いってば!」
慌ててその手を押さえると、フェアリーはいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。
「いつも同じだと、飽きるだろ?」
「むう〜、そういうのも嫌いじゃないけど……もうちょっとムードとか考えてほしいなぁ」
「はは、そうかい。そんじゃ、とりあえずベッド行こうか」
反省のない顔で言うと、フェアリーはディアボロスの肩を抱き、ベッドへと促す。その縁に並んで腰かけると、フェアリーは改めて
彼女を抱き寄せた。
「それにしても、どうしてわざわざ私の部屋でなの?」
「ん、気分の問題だよ。女の子の部屋に来るってのは、男子にとって憧れだよ?」
「あ〜、何となくわかるかな。それ、男女が逆でも通じるよねぇ」
「わかってくれて何より。じゃ、早速」
フェアリーはディアボロスの後ろに回り込むと、大きな胸を両手で包みこんだ。同時にピクリと、ディアボロスの体が跳ねる。
「んっ……なんか、今日は……あくっ……ずいぶん、がっつくじゃない…?」
「そりゃあね。僕だって、したくてたまらない時ぐらいあるさ」
言いながら、軽く耳を噛む。ディアボロスの体が仰け反り、全身が強張った。
「あっ……くっ…!」
ディアボロスは腕を上げ、肩越しにフェアリーの頭を押そうとする。しかしそれは、彼の手が突然服の中に入ってきたことで止められた。
「あっ!?やっ、ちょっ…!」
フェアリーの手が大きな乳房を包み、やんわりと刺激する。全体を優しく捏ねつつ、指先では尖り始めた乳首をこりこりと刺激し、
その度にディアボロスは熱い息を吐き、体を震わせる。
「ちょ、ちょっとフェアリっ……やっ!い、いきなりそんなっ……んあっ!?」
片手が離れたと思った瞬間、それはスカートの中へ滑り込み、さらにショーツの中へと侵入した。くち、と小さく湿った音が聞こえ、
ディアボロスの体がビクンと震えた。
「くぅっ…!あっ、あっ……んああっ…!」
もはや喋ることもできず、ディアボロスはフェアリーの愛撫を受け入れることしかできない。フェアリーの指が秘裂をなぞり、開き、
中へと侵入する。膣内を掻き回すように動き回り、その動きが急に止まったかと思うと、最も敏感な突起を撫でながら抜け出ていく。
「あぐぅっ!ま、待って!もう無理!もう無理ぃ!!」
必死に叫ぶと、ディアボロスは何とかフェアリーの腕を振り払い、彼を押しのけた。そんな彼女に、フェアリーは実にいい笑顔を向けた。
「はは、どうだい?結構良かっただろ?」
「はぁ、はぁ、はぁ……も、もう〜、いきなり飛ばしすぎだって言うのにぃ…!」
かなり追い込まれていたらしく、ディアボロスの目つきはとろんとしたものになっており、呼吸は荒い。かと思うと、その真っ赤に
染まった顔に、反抗的な笑みが浮かぶ。
「……よぉ〜し、君がそのつもりなら私だって…!覚悟しろぉ!」
「うわ!?」
ディアボロスはフェアリーを押し倒すと、ズボンを下着ごと剥ぎ取った。そしてすっかり硬くなった彼のモノを取り出すと、根元から
ねっとりと舌で舐め上げる。
「くっ…!」
「ふふ、さっきの仕返しー!」
楽しそうに言って、ディアボロスは彼のモノを丁寧に舐め始める。先端を舌でつつき、捏ねるように舐め、一度口を離すと、半ばまでを
口の中に収める。
「うぅ…!」
彼女の口内は温かく、中で動く舌の感触が心地いい。ともすれば果ててしまいそうになり、フェアリーはシーツをぎゅっと握って
その刺激に耐える。
そんな彼を上目遣いに見上げ、ディアボロスは妖艶に微笑むと、口の中のモノを強く吸い上げた。さらに唇を窄め、舌で先端を
撫でるように刺激すると、たまらずフェアリーは彼女の頭を押しのけた。
「もっ、もう無理無理!それ以上されたら出ちゃうって!」
「ぷはっ!ふふーん、いきなり激しくされる気持ち、わかったぁ?」
「ああ、わかった。十分わかったよ。でもまあ、これでお相子だね」
言いながら、フェアリーはディアボロスの手を引き、体を入れ替えて押し倒す。
「ほんと、がっつくね今日は」
「そんな日もあるんだって」
互いに笑顔で言うと、フェアリーは彼女の足を広げ、その間に体を割り込ませた。割れ目に自身のモノを押し当て、確認するように
彼女の顔を見ると、ディアボロスは恥ずかしげに頷いた。
ゆっくりと、腰を突き出す。秘裂が開かれ、彼のモノが少しずつ入り込んでいくと、ディアボロスは僅かに顔をしかめた。
「あうっ……く、うっ…!」
「ごめん、痛いかい?」
「へ、平気……大、丈夫…!」
一つ息をつくと、ディアボロスは少し恥ずかしげに笑った。
「気持ち、いいだけだから…」
「そうか。じゃあ、遠慮はいらないね」
奥まで一気に突き入れる。さすがに多少痛かったのか、ディアボロスの体がビクンと跳ねた。
「うあっ!?ちょっ……ほんと、激しいね…!」
「君も、嫌いじゃないだろ?」
フェアリーはゆっくりと腰を引き、再び強く突き入れる。その刺激にディアボロスが快感の声をあげると、そのままリズミカルに腰を
動かし始めた。
パン、パンと腰のぶつかり合う音が響き、それに混じってくちくちと粘膜の擦れ合う音が響く。フェアリーが腰を動かす度に、
ディアボロスは小さな嬌声を上げ、彼のモノを強く締め付ける。
「んっ!あっ!フェアリっ……気持ちいい、よぉっ…!」
可愛らしく鼻にかかった声で言うと、フェアリーの動きが僅かに強まる。二人の体には玉のような汗が浮かび、フェアリーの体を伝って
落ちたそれがディアボロスのものと混じり、シーツに染み込んでいく。
「うああっ!フェアリーっ……今日、すごくっ…!」
「くぅ…!君も、なかなか……激しいね…!」
お互いに前戯で追い込まれていたからか、二人の声は既にかなり追い込まれたものになっている。そして、フェアリーは一気に
追いこもうとするかのように、ディアボロスの腰をしっかりと掴むと、激しく腰を振り始めた。
「うあああっ!?そ、それ強すぎるぅ!!だ、ダメ!もうダメぇ!!!」
ディアボロスは彼の腕を掴み、必死に止めようとするが、フェアリーは構わず腰を動かし続ける。
「もう少し我慢してっ……僕も、もうっ……出る!」
最後に一際強く突き入れ、フェアリーの動きが止まった。ディアボロスの中で彼のモノが脈打ち、それと共にじわりと温かい感覚が
広がっていく。
「うあ……出て、る……中に、出されてるぅ…」
呆けたような表情で、ディアボロスが呟く。それを心地よく聞きながら、フェアリーは彼女の中に精を注ぐ。
やがて、フェアリーがゆっくりと腰を引いた。腰に愛液が糸を引き、彼のモノが抜け出ると同時に、彼女の中から出されたばかりの精液が
溢れ出た。
「あうっ!はっ……はっ……い、いっぱい出たね…」
「ああ……ごめんよ、最後ちょっと乱暴で」
言いながら、フェアリーは彼女の股間を拭いてやり、自身のモノも軽く拭くと、ディアボロスの隣に身を横たえた。
「でも、乱暴なのもいいかも……なんてね」
「君、そっちの趣味があるのかい?」
冗談めかして言うと、二人は笑顔を交わした。しかし、そこでふとフェアリーの表情が変わった。
「あ、話いきなり変わるんだけどさあ」
「ん、なぁに?」
「君、うちのドワーフとかヒューマンに何か言ってるのかい?なんか、喧嘩売られたーなんて話聞いたんだけど」
彼の言葉に、ディアボロスはまったく悪びれることもなく答えた。
「するわけないでしょー、そんなこと。そんなことして、何の得があるの」
「それもそうか」
あっさりと答えるフェアリーに、ディアボロスは心の中で嘲笑した。しかしそれは、すぐに消えることになる。
「……でも、あの二人が嘘言うとも思えないんだけど、ほんとに何も言ってない?」
「だーかーらー、何もないってばぁ。大方そっちが、私の言葉何か取り違えたんじゃないのー?」
「あの二人なら、あり得なくもないかなあ……でも、はっきり馬鹿にされたとか聞いたんだけど」
ごまかせたかと思うと、妙にしつこく食い下がるフェアリーに、ディアボロスはイライラし始めていた。それに従い、口調も自然と
きつくなる。
「だから何もないって言ってるでしょ?あんたさ、私よりそっち信じるわけ?」
「いやぁ、もちろん君は信じてるさ。でも、僕はパーティのリーダーでもあるからさ…」
ここまで、全てうまくいっていた。それが突然思い通りにいかなくなり、ディアボロスの苛立ちはとうとう限界に達した。
「……あーっ!うるっさいなあんたは!!馬鹿共を馬鹿にして、何か悪いわけ!?」
突然、本性を曝け出したように叫ぶディアボロスに、フェアリーは驚きの目を向ける。
「え……な、何言って…?」
「ああそうよ!喧嘩売ってますよ!あんな屑どもが、私達より成績いいとか許せるわけないでしょ!?」
「……君は、初めからそのつもりで僕に…?」
「それ以外、あんたみたいな奴とどうして付き合うってのよ?思い上がってんじゃねえよ、このチビが!」
彼女の暴言にも、フェアリーはあまり表情を変えない。
「全部、演技だったってわけかい…」
「ああそうですよ。あっさり騙されてくれたおかげで、楽しませてもらいましたよ。あんたさ、もうあんたのパーティに、居場所なんか
ないんでしょ?仲間より私の方信じて、そんなリーダー、誰も信じないもんねえ」
勝ち誇った顔で言うディアボロスに、フェアリーは暗い溜め息をついた。
「そう、か……騙されたのか…」
「男って、ほんっと馬鹿だよね。ちょっと股開いてやりゃあさ、もうそいつ疑うなんてしないもんねえ」
「………」
フェアリーは黙ってベッドから降りると、のろのろと服を身につけ始めた。それを、ディアボロスは会心の笑みを浮かべたまま見守る。
「……さすがに、一緒にいる気には、なれないね……部屋に帰るよ…」
「ああそう、バイバイ」
フェアリーの背中に、ディアボロスの勝ち誇ったような声が突き刺さる。
「負け犬」
パタンと、ドアが閉まる。それを見届けると、ディアボロスは声をあげて笑い始めた。それは悪意と優越感に満ちた、不快な笑い声だった。
翌日、フェアリーは朝から授業にも学食にも姿を見せなかった。しかし、彼のパーティでそれを気にするのはドワーフ一人であり、
ディアボロスもまた、既に終わった男のことなど何の興味もなかった。
しかし、午後の授業も残り一コマとなったところで、ディアボロスの前に突如フェアリーが現れた。
「やあ、ディアボロス。昨夜はどうも」
「何よ?何か用?」
「ん、ちょっと大事な話があるからさ……夕食後、寮の屋上で。待ってるよ」
それだけ言うと、フェアリーは返事を待たずに飛んで行ってしまった。一体何の話なのかは気になったが、どうせ形だけの別れ話だろうと、
ディアボロスは考えていた。
それから残りの授業を終え、夕食を終えると、ディアボロスは一旦部屋に戻った。とはいえ、別に何か用意や考えがあったわけではなく、
単にフェアリーの言葉を忘れていたからにすぎない。
それを思い出して屋上に向かう頃には、消灯時間はあと一時間にまで迫っていた。屋上のドアを開けると、微かな月明かりに照らされ、
フェアリーの羽が煌めいた。
「お待たせ。で、話って何…」
言いかけた瞬間、彼女の耳に信じられない声が飛び込んできた。
『ああそうよ!喧嘩売ってますよ!あんな屑どもが、私達より成績いいとか許せるわけないでしょ!?……君は、初めからそのつもりで…』
「なっ…!?」
それは確かに彼女とフェアリーの声であり、会話の内容は昨夜のものと一言一句違わぬものだった。
パツッと音がし、声が止まる。フェアリーは屋上の手すりに座ったまま、笑みを浮かべた。
「いや〜、べらべらべらべら、あっさり喋ってくれたおかげで助かったよ。ま、付き合ってる子の性格ぐらい、男は知っておかなきゃね」
いつもの軽そうな笑顔。ディアボロスは咄嗟に魔法を詠唱しようとしたが、フェアリーは不敵に笑う。
「あ〜、やめた方がいいよ。空際線ってのは目立つからね。魔法なんか使ったら、一発で知れ渡るよ」
「くっ…!」
ならば直接攻撃を仕掛けるかと考えたが、すぐにそれも不可能だと知る。もし不穏な動きをすれば、フェアリーは屋上から飛び降り、
飛んで逃げるつもりだろう。
「い、いつの間にそんなのっ…!?」
「や〜、君のとこのノーム、いい腕だよねえ。君の喘ぎ声を録音しておかずにしたいって言ったら、『この変態め』とか言いながら
しっかり仕込んでくれたよ。デザートいくつか奢る羽目にはなったけどね」
その時ディアボロスは、いつだかフェアリーとノームが『課題』について話していたのを思い出した。
「ま、『たまたま』こんなのが録れちゃったけど、こんなに明瞭に録音できてるなんてね。技術の進歩はすごいねえ」
「ふ、ふざけるな!あんた、脅すつもり!?」
「いや、別に?僕はこんなのもあるよって教えてるだけさ」
「くそっ……お前、あとでお前のやったこと、みんなに話して…!」
「……あのさー、君、そんなに自分がパーティで信用されてると思ってる?」
心底呆れたというように、フェアリーは大袈裟に嘆息して見せる。
「ヒューマンも言ってたよ。君はわがままなところがあるし、嫉妬深いとこがあるから、付き合ってる僕は苦労するな、ってさ。
もしも手に負えなくなったら、是非相談してくれとまで言われたぜ?」
「う、嘘だっ!」
「そう思うならそう思ってればいいさ。僕は事実を述べてるだけだ」
ここでようやく、ディアボロスはなぜ彼がこちらのパーティとも異様に仲良くしていたのかを悟った。
「君ねえ、僕達を攻撃するのはいいけど、自分のとこをまずは見直しなよ。それに、君はうまく立ち回ってたつもりかもしれないけど、
君の仲間はみんなこのことを知ってる。なのに、誰一人君を止めなかった訳は、僕が何とかするから手を出さないでくれって、みんなに
言ったからだよ?」
「い……いつから、気付いてた…!?」
にんまりと、フェアリーは実に無邪気そうな笑みを浮かべた。
「君が僕に接近して、二日目ぐらいかな。僕はリーダーだ。仲間のことは、誰より把握する義務がある」
これは勝てそうもないと、ディアボロスは悟った。小さく溜め息をつき、しかしすぐにフェアリーを睨む。
「……今回は、負けてあげる。でも…」
「今回は、だって?君、次があると思ってるのかい?」
心底驚いたというように、フェアリーはまたも大袈裟に驚いて見せる。
「まあ、やりたいならやればいいけど……この学校、直筆のものさえあれば、代行で退学届出しても受理されるんだよねえ。仮に、
その人が死んでてもさ」
「私を殺して、退学届偽造しようってこと?」
「いやあ、まさか。僕だって人殺しはしたくないよ。それに、君がそんなもの用意してるわけはないし、僕にもできることと
できないことがあるさ」
言いながら、フェアリーはぴょんと手すりから飛び降り、ディアボロスの横を悠々と通り抜ける。彼女が手出しをしなかった理由は、
フェアリーがまるで迷宮探索の最中のように、警戒した視線を彼女に送っていたからだった。
屋上のドアに手を掛けると、ふとフェアリーはディアボロスの方に向き直った。
「あ、そうだ。君、コインとかを誰でもものすっごくリアルに模写する方法、知ってるかい?」
「……は?」
思わず聞き返すと、フェアリーは懐から小さな紙とペンを取り出し、カリカリと擦り始めた。やがて、動いていた手が止まり、
彼は持っていた紙を紙飛行機にして投げてよこした。それを拾い上げてみると、そこには1G硬貨の模様がくっきりと浮かんでいた。
「紙を重ねてさ、上から擦るだけ。凹凸がある物なら、何でもリアルに模写できるんだよねえ」
何気なくその紙を裏返した瞬間、ディアボロスの背筋にぞくりと冷たいものが走った。
「……だから、授業に誘ったっていうの…!?」
「さてさて、何の事だかね?ま、それはあげるよ。受講届なら、いつも数枚常備してるからさ」
楽しげに笑って、フェアリーは今度こそドアを開けた。そして体を滑り込ませると同時に、立ち尽くすディアボロスを肩越しに振り返る。
「これ以上、仲間を傷つけるなら……僕も、本気でお相手するよ」
「………」
背後でドアが閉まると同時に、フェアリーは軽く息をついた。そして、ほんの少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべる。
「体の相性は、割と良かったと思うんだけどなあ……は〜ぁ」
溜め息をつきつつ、階段を降りる。最後に滑り込みで購買でも見ようかと考えていると、不意に意外な人物が目に入った。
廊下の向こうから歩いて来るバハムーン。フェアリーが手を挙げて挨拶すると、彼も軽く手を挙げてそれに応える。
そのまますれ違い、フェアリーがやはり部屋に戻るかと思った瞬間、後ろから声がかかった。
「能ある鷹は」
「……?」
「爪を隠す。だが、隠しっぱなしなら能無しも同然だ」
「………」
二人は振り向かず、バハムーンは背中越しに喋り続ける。
「お前は、爪を出すべき時を知っていたようだな」
「……やだなあ。君、人が悪いぜ?いつからわかってたんだい?」
「お前に、わかっているか聞いたときに確信を持った」
「あ〜……さすがだね」
「俺がそれを悟ると、理解した上での行動じゃないのか?」
「……いやあ、さすがさすが。やっぱり君には、どうやってもかなわないな」
極端に省略された会話を交わし、二人はそこでようやくお互いの方へ向き直った。
「ドワーフかヒューマンくらいなら、騙せるかもだけどねー」
「あいつら以外で、『わかっているのか』というだけの問いに笑顔で聞き返す奴が、何もわかってねえなんて思う奴はいねえだろう」
「セレスティアだと、逆上して殺しにかかってきそうだけどね」
冗談めかして言うと、バハムーンは少しだけ笑った。
「それだけの才覚があって、どうして隠し続けた?」
バハムーンの問いに、フェアリーは困ったような笑みを浮かべる。
「僕は言葉のイメージ通りの小物だからね。君のように才覚を誇ることもできず、セレスティアのような純粋さもない。隠して、少しずつ
発揮して、受け入れられなければまた隠す。一人で生きる力も度胸もないのさ、僕には」
「相手に合わせて力量を調節するのは、それも一つの才能だと思うがな」
「だから言ったろ?買い被りすぎさ」
「本当に、食えない男だ」
「お互い様だろ」
二人は笑顔を交わすと、同時に背を向けた。
「仲間の不満、抑えてくれてありがとう」
「気付かれてたか。だが礼を言われる筋合いはない。お前のパーティは、お前だけのパーティじゃないんだからな」
「僕が嬉しく、ありがたいと思った。お礼の理由には十分だろ?」
「……確かに、な」
それだけ言って、二人は再び歩き出した。遠ざかる背中の気配が、頼れる最高の仲間だという思いを、胸に秘めながら。
掃き溜めと呼ばれる彼等は、パーティとしてはそれなりに優れているという程度の成績を取り続けた。
極めて優れているわけではないが、どちらかと言えば優秀という部類。個々で見るなら、何でもそつなくこなすフェアリーを筆頭に、
格闘だけ見れば優秀なヒューマン、聖術の実施試験だけは優れたドワーフ、堕天使学科と、タカチホの巫女学科という変わった履修の
仕方ながら、そのどちらも優秀な成績を収めたセレスティア、いつも寝ている割になぜか点数のいいフェルパー、そして様々な学科、
特にツンデレ学科において類い稀な成績を収めたバハムーンと、それなりの逸材が揃っていた。
初年度こそ色々と問題が起こったものの、彼等はその後順調に授業をこなし、大きな問題が起こることもなかった。
月日はあっという間に過ぎ去り、一年経ち、二年経ち、やがて彼等は森羅万象の理という、最難関とされる迷宮すらも突破してみせた。
もはや、彼等はこれ以上教わることはなかった。ここまで生き延び、走り通した同期達と、躓き、それでも歩き続けた元先輩達と共に、
彼等は来るべき日、卒業を迎えた。
世話になった恩師達の言葉。仲間として、あるいはライバルとして共に歩んだ者達の言葉。それらを胸に、彼等はプリシアナを去る時を
迎えていた。
「みんな……もう、ほんとに、お別れなんだねぇ…」
鼻をぐすぐす鳴らしつつ、ドワーフが言う。彼女は卒業式の間中も、ずっと泣き続けていた。
「早かったねえ、ここまで。まあ、あの二人は、なんかいつも通りだけど…」
彼等は今、揃って体育館に来ていた。卒業前に手合わせしろと、ヒューマンがバハムーンに食い下がって聞かなかったためである。
「今日こそ、今日こそ叩きのめしてやるからなー!最後に勝つのは、俺だー!」
「ずっと、そう言い続けてたなお前は。そして結果は、いつも変わらなかった。それは今日という日だろうと、変わらんぞ」
「なめるなー!これまでずっと、頑張ってきたんだからなー!今日こそ絶対、勝ってやる!」
ヒューマンが床を蹴り、バハムーンが身構えた。
顔への突きをかわし、反撃の拳を繰り出す。ヒューマンはそれを軽く捌き、蹴りを繰り出そうと足を上げた。
その軌道の先に、バハムーンが膝を突き出した。そこで防がれては、いかなる格闘家であろうと、戦闘続行は困難となる。
蹴りのために上げた足が、そのまま踏み込みへと変化した。一気に懐へ迫ったヒューマンに、バハムーンは目を見開いた。
「がっ!?」
渾身の突きが、バハムーンの腹にめり込んだ。途端に嘔吐しかかり、バハムーンは頬を膨らませ、口元を咄嗟に手で押さえた。
「これで終わりだぁー!」
そこへ、ヒューマンが追撃の蹴りを放った。だが、バハムーンの目は既に闘志を取り戻していた。
咄嗟に体を開き、不用意に上がった足を肘で叩き落とす。たまらずヒューマンが呻いた瞬間、バハムーンは口の中の物を飲み下し、
思い切り体を捻った。
「はっ!!」
「ぐあっ!」
掌底が、ヒューマンの胸に直撃した。それなりにいい体格のヒューマンが軽々と吹っ飛ばされ、彼はそのまま何度も床を転がり、体育館の
壁にぶつかってようやく動きを止めた。
「ヒューマン君!大丈夫ぅ!?」
「いや待てドワーフ!それより先にバハムーンを頼む!」
「え…?」
気付けば、バハムーンの顔は真っ青になっていた。そして腹を押さえたかと思うと、その顔が苦しげに歪んだ。
「ぐ……ぐっ…!がはぁ!」
バハムーンの口から、大量の血が床へと撒き散らされた。途端にドワーフは悲鳴を上げ、その場に跪いて手を合わせた。
「神様……お願い、二人とも助けて…!怪我、治してあげてください…!」
彼女の祈りは抜群の効果を見せた。バハムーンの顔はたちまち赤味を取り戻し、倒れたままピクリとも動かなかったヒューマンは、
呻き声をあげて立ち上がった。
「う……あれ……なんで、俺…?ま、また……負けたのかよぉ…?」
「……最後まで立っていたのは、俺だ」
口元を拭い、バハムーンははっきりと言った。
「く……くっそぉー!!あれが決まって、それでもまだっ……くそぉー!」
悔しげに叫び、床を殴るヒューマン。彼に駆け寄るドワーフを横目で見ながら、フェアリーはバハムーンに近づく。
「危なかったね」
「ああ……だが、負けるわけにはいかねえだろう。俺は、上に立つ人間になる。ああいう奴の、目標であり続ける義務がある」
そう言うバハムーンの顔は、実に楽しげだった。
「しかし……一対一の立ち合いで、あんなにまともに攻撃を受けたのは、生涯で初めてだ。あんな奴でも、ただ一つの目標に邁進すれば、
ここまで化けることもあるんだな」
「そんなの相手に勝ち続けなきゃいけないってのも、大変だね」
「そうでもねえ。これでやっと、俺も人生で楽しみを見つけられたからな」
最後の一大イベントも終わり、彼等は住み慣れた寮を引き払う準備を終え、荷物を持って正門前に集まった。
これまで、ずっと一緒だった六人。仲間達の顔を見回し、リーダーであるフェアリーが口を開いた。
「まあ、その……みんな一緒に、今日を迎えられて良かったよ。僕はこれで、故郷に帰るつもりだけど、みんなは?」
「私も、おうちに帰るよぉ」
ようやく落ち着いたドワーフが、いつも通りのおっとりした口調で答えた。
「お金もね、いっぱいもらえたし、お父さんに楽させてあげるんだぁ」
「ほんと、君はいい子だなあ……セレスティアは?」
ドワーフにずっとべったりだった彼女がどうするのか気になり、そう問いかけると、仲間の誰もが予想しなかった答えが返ってきた。
「……ドワーフと結婚する」
「はぁ!?」
「ええっ!?」
「え……あ、あの、私とぉ…?」
ヒューマンやフェアリーとは違い、ドワーフは思ったよりも反応が薄い。あるいは、驚きすぎて反応できなかったのかもしれないが。
「えっと、女の子同士だけど……できるのかなぁ…?」
「シスターの信仰するものとは違うけど、そのためにわたくしも、タカチホの神について学んだ」
「あ……そのために、巫女学科入ったんだぁ」
「それに愛があれば、そんなの関係ない」
「ん〜……わ、私も、ね。セレスティアちゃんのこと、大好きだからぁ……お父さんも、お話すればわかってくれるかなぁ、えへへ」
本当に嬉しそうに笑うセレスティアと、恥ずかしげに笑うドワーフを見ながら、フェアリーはぽつりと呟いた。
「……こりゃ、お父さんは大変だな…」
「本人達がいいなら、他人が口を出せることでもねえだろう」
「それでバハムーン、君は?」
フェアリーの問いに、バハムーンは当たり前のように答えた。
「俺はさらに上を目指す。モーディアル学園に入学するつもりだ」
「君もさすがだねえ。ヒューマン、君は?」
「こいつ、モーディ……モーディア学園?に行くんだろ?まだ、勝ってねえからな!俺も行くに決まってんだろー!」
ヒューマンが言うと、バハムーンは少し嬉しげに笑った。
「どこに行こうと、お前が俺に勝てるわけはねえだろう」
「ふざけんなー!いつか絶対!絶対絶対、勝ってやるんだからなー!」
入学当初から変わらない関係に、フェアリーは笑いながら二人を見つめていた。
そこでふと、バハムーンは担いでいた袋に目を移す。
「おい、フェルパー。起きろ。大事な話だ。お前も寝てないで参加しろ」
「……おはなし?」
もそもそと、袋の中からフェルパーが這い出る。この飼い猫化した仲間がどうするつもりなのかは、全員が気になるところだった。
「俺達は、今日で卒業だ。これからは別々の道を歩むことになる」
「……ダメ」
ぼそりと、フェルパーは言った。
「こればかりは、お前の都合に合わせられない」
「ダメ」
さっきよりもはっきりと、フェルパーは言った。その顔は無表情だが、声には怒りとも悲しみともつかない表情が篭っていた。
「お前に家があるように、こいつらにも、俺にも、帰る場所がある。俺達は、ずっと一緒というわけにはいかねえんだ」
「……やだぁ…!」
表情を変えぬまま、フェルパーはぽろぽろと涙を流し始めた。思わぬ人物の思わぬ行動に、誰もが言葉を失ってしまった。
そんな彼女を見つめ、バハムーンは一つ溜め息をつくと、静かに話しかけた。
「フェアリーと、ドワーフとセレスティアは故郷に帰る。だが、俺とヒューマンは、モーディアル学園とやらに行くつもりだ」
その言葉に、フェルパーはバハムーンの顔をじっと見つめた。バハムーンも彼女の顔を正面から見つめ、やがてフッと笑いかけた。
「お前も、来るか?」
「行くっ!!」
嬉しげに叫ぶフェルパー。バハムーンが道具袋の口を開けてやると、フェルパーは早速その中に飛び込んだ。それを肩に担ぐと、中から
にゅっと腕が突き出し、フェルパーがちょこんと顔を出した。
「そうか、君達はまた別の学校かあ。頑張るね」
「上を見れば、果てがない。どんなに努力しようと、しすぎるなんてことはねえ」
全員が進む道を把握し、フェアリーは改めて全員の顔を見回した。
「……それじゃあ、みんな。ここでお別れだけど、元気で…」
「ちょっと待てよー!」
その言葉を、ヒューマンが遮った。一体何事かと思っていると、ヒューマンは意外な言葉を口にした。
「俺な、お前に言いてえことあるんだよー!あのなー、お前が俺拾ってくれなかったら、その、なんだー?そう!こんなに楽しくなかったと
思うんだよなー!だから、ありがとなー!」
「あ、じゃあ私もぉ。あのね、私のこと、仲間に入れてくれて、ありがとねぇ。おかげで、セレスティアちゃんにも会えたし、
すっごく楽しかったよぉ」
そう語るドワーフを見つめ、セレスティアはフェアリーから目を逸らしつつ、ぼそっと呟いた。
「……ドワーフに会えたことに関しては、感謝してる」
「楽しかった。この二人はまだ一緒。まだ楽しい」
バハムーンの肩から、フェルパーまでもがそう口にした。そしてバハムーンも、少し迷いつつ口を開いた。
「少し、入らなければよかったと思う部分もある。お前のおかげで、二番手の気楽さ、動きやすさを知ってしまったからな。だが、
これまで何でも思い通りになって、人生の何一つ面白いと思えなかったが、お前のおかげでこいつらに会えた。お前には、いくら
感謝しても足りないな」
そんな仲間達を、フェアリーは呆気に取られたように見つめていた。が、やがて表情が崩れたかと思うと、慌てて後ろを向いた。
「や、やだなあ君達!笑って別れようと思ったのに、できなくなるじゃんかー。そ、そういうことは最初に言ってくれよなあ」
「三年間の集大成を、会った瞬間抱く奴がいるか」
バハムーンの言葉に、セレスティアとフェルパーはクスリと笑った。ドワーフとヒューマンは、その意味を理解できていない。
「……それに、感謝なら僕だってしてる。陳腐で使い古された言葉しか出ないけど、君達と過ごした今までは、僕の中で最も輝いてる
時間だよ。この先、もしかしたら二度と会わない人もいるかもしれない。だけど……絶対に、忘れない」
六人はそれぞれの顔を見回し、校舎を見上げ、そして正門に目を向けた。
「それじゃあ、みんな……今まで、ありがとう!」
拳を作って突き出すと、全員がそれに倣い、拳を突き合わせた。そして最後に、六人揃って正門を抜け、校外へと踏み出した。
ここから先は、もうパーティの仲間同士ではなく、それぞれの道へと進んでゆく。当然、寂しくもあり、悲しくもある。
三年間を共に過ごし、喧嘩や仲直りを、何度も繰り返した。それでも助け合い、共に歩んだ仲間は、もういない。
しかし、傍らにはいなくとも、目を閉じればすぐにその姿が思い浮かぶ。共にあらゆる困難を乗り越えた仲間達の記憶が、自信となり、
力となり、勇気を与えてくれる。
夢と希望、危険と困難、それらに溢れた青春を共に駆け抜けた仲間達。
共通するその記憶を持ち続ける限り、彼等はずっと一緒に歩き続けている。