かつてどこかで、あれほどの幸福を感じたことはあっただろうか。
その人はとても良い人だった、掛け値なしに良い人だった。
怖がりな私が皆と一緒に居られるように、友達として居られるすべをおしえてくれた人。
その人と一緒に居るのが楽しくて…。
その人と会えた日は一日中が幸せだった。
きっと、それは私にとっての初恋だったんだろう。
その人の事が大好きだったからずっと一緒に居たいと思っていた。
だけど…
ある日、彼は私に告げた。
「すまないが、もう会えなくなる…」
その人はそう言って私の頭を撫でた。
「なんで…?」
どこか寂しそうに笑うその人のことを見上げると、彼はどこか遠くを見ながら呟いた。
「友達と約束があってね…、それを果たさないといけないんだ…」
「もう会えないの?」
私の言葉に静かに彼がうなづいた。
「きっと、また長い旅になるからね…」
「大事な友達なの?」
「ああ、私の初めての友達だ…」
「…じゃあ、我慢する」
本当は、彼と離れたくなんて無かった。
だけど、彼を困らせたくなどなかったから、私は涙を堪えてそう言った。
「…すまないね」
「ううん…でも、一つ約束して?」
「何だい?」
私の言葉に彼が首をかしげる。
「いつか私がもっと大きくなってあなたに追いついたら、私をお嫁さんにして」
私の言葉にその人は少し驚いたような顔をして…笑った。
「良かろう…、全てが終わって君にまた会えたら。君を私の妻として迎えるよ…」
「うん、じゃあ約束…」
うなづいた彼に、私はそう言って自分の宝物の指輪を差し出した。
「これは…」
「目印、私がいつか追いつけるように」
私がそう言って笑うとその人が私の頭を撫でる。
「…大切にしよう、いつか君が見つけられるように。未来の妻が…私を見つけてくれるように…」
そういってその人が去っていく。
一度だけ私に振り返って手を振りながら…。
思い出した過去の光景に、あの人と彼の姿が重なる。
「…置いてかないでよ」
また、居なくなってしまう。
私が本当に大好きな人は、いつも勝手にどこか行ってしまう。
「どいて…!邪魔しないで!!」
私をさえぎるように現れた闇の精霊を鎌を振って切り捨てる。
自分がどうだとか、そんなのは関係ない。
彼を失ってしまう事の方が怖かったから。
「セレスティア!焦り過ぎだ、ちょっとは落ち着け!!」
「うるさい!!!」
勝手な行動を続ける私を止めようと、フェルパーさんが肩を掴むが私はそれを振り払って闇の精霊を切り捨てる。
「フェアリーさんが心配じゃないんですか!?フェルパーさんは!?」
そう叫んだ私をフェルパーさんが睨みつける。
「バカか!テメェが無理して倒れてみろ!それじゃあ何も意味ないだろうが!!」
「でも…!!」
間に合わなかったらどうすればいい、その気持ちだけがどうしても焦ってしまう。
だが、そんな私を見て、リーダーは静かに言った。
「フェルパーの言うとおりだぞ、セレスティア、アイツが勝手に先行してしまった以上。
俺達は何が何でも5人そろってアイツに追いつく必要がある」
「そうだね…バハムーンの言うとおりだ、だからこそ…アイツはさっさと片付けよう」
お面で顔を隠しながらそう言ってクラッズさんがスティクスの立つ場所を睨む。
「みんな…」
「お前だけじゃねぇんだよ…、だから焦んな」
「はい…」
フェルパーさんの言葉に私は静かにうなづいて鎌を握り直す。
「なんか気にいらないね、ボクを見てないってのがさ…」
苛立たしそうな目で私達を睨みながらスティクスが再び精霊を呼びだす。
「ちっ…まだ呼び出しやがるか…」
吐き捨てるようにフェルパーさんが呟く。
「…このまま時間をかけ過ぎても良くないね」
魔力でナイフを操りながらディアボロスさんがそう言ってクラッズさんのそばに立った。
「だが、このままではどうにもならんな…一体一体はそこまでの強さは持っていないが、
あいかわらず数が多い」
ディアボロスさんの言葉にリーダーが苦々しげに呟く。
「せめて…アイツを守ってる精霊だけでも片付けられると良いんだがな」
「…闇の精霊だから、私の魔法がほとんど効かないのがちょっと辛いね」
私達のチームは後衛と前衛でその役割がはっきりと分かれてしまっている分、ある程度ならばらばらになっても行動はできる。
ただし、相手が大群になってしまうと弱いのが欠点だった。
「急がないといけないのに…」
小さく私はそう呟く。
皆もそれに小さくうなづく。
―せめてフェアリーさんのように大勢の相手をどうにかできる魔法を使える人がいれば…―
そんなことを思っていながら、目の前の精霊を切り飛ばす。
「セレスティア!後ろ!」
「しまっ!?」
ディアボロスさんの言葉にあわてて振り返った先に闇の精霊の姿が見える。
―避けられない!―
そう感じて、私は思わず目を閉じる。
だが…
「オイオイ…この程度で苦戦してんなよ、だらしねぇな…」
どこか楽しそうな声と、銃声が辺りに響いた。
「え?」
私の目の前で闇の精霊が霧散する。
「だめだよ、ヒューマンそんなこと言っちゃ」
「はいはい…わかってるよフェアリー」
思わず声の聞こえる方向を振り返るとそこにはタカチホ義塾の制服を身にまとった6人がいた。
「おいロクデナシにドクター、どうやらノイズメーカーは急いでいるみたいだ、道作ってやれよ」
「了解」
リーダーである少年の言葉にそう答え、白衣を纏ったフェルパーと白髪のディアボロスがタバコをくわえながら前に出る。
「行くぜ…フェル合わせろよ」
「うん、任せて」
二人は揃ってタバコを捨てながら、静かに腰を落とし刀に手をかける。
「疾き太刀の…白刃で咲かす…赤花で…舞う白雪を…桜に変えん!!」
異なる二つの声が響き、辺りの空気がギシリと歪む。
「天剣絶刀!」
それとともに雨のように降り注いだ斬撃が私達の行く手を阻んでいた精霊を吹き飛ばした。
「なっ!?」
驚いたスティクスの声が辺りに響く。
そんなスティクスとは対照的な落ち着いた声で彼らが告げる。
「行けよ、急いでるんだろ?」
ネームレスのヒューマンがそう言って笑う。
「すまんな…恩に着る、いつかこの借りは返そう」
「借りパクで良い、さっさと行け…」
リーダーさんの言葉にヒューマンさんがそう言って笑う。
その言葉にリーダーさんも笑って私達に振り返った。
「行くぞ!」
「オーケー!」
皆がそう言って武器をしまう。
「ありがとうございます…」
最後にそう言ってお礼を言って、私も皆と一緒に走り出した。
「クソっ…行かせるか…」
ノイズメーカーが去っていった先をスティクスが睨む。
だが、彼らを追いかけようとしたスティクスの前に赤い髪のバハムーンと薄いブルーの髪のノームが立ちふさがった。
「…行かせると思う?」
「残念だが、行きたいなら俺らを倒してからにしてもらおう」
「くそっ…」
吐き捨てるように呟いたスティクスが再び闇の精霊を呼びだす。
無数に現れた精霊に、ネームレスと呼ばれる彼らはどこか楽しそうに笑った。
「足りねぇなぁ…」
「足りないね…」
「あんまりつまらねぇと、後でフェアリーに迷惑かかるから楽しませてほしいんだがな…」
やれやれとヒューマンが笑うと少し恥ずかしそうにフェアリーが笑う。
「あはは…大丈夫、まだ予備の制服は2枚あるから」
「そうか…なら安心だな、俺も憂いなく戦える」
「…二人とも避妊はしようね、私がいうのもなんだけど…」
楽しそうに笑う二人を注意するかのようにノームも笑う。
「気が向いたらな…」
そう言いながらヒューマンは拳銃を構えて向き直る。
「タカチホ義塾所属…ネームレス…参る!!」
彼の言葉が辺りに響いた。
どこか離れた場所から戦いの音が聞こえてくる。
「…もしかしたら、彼らだろうか?」
―ゆっくりと行きすぎたかもしれないね…―
少しばかり急いだ方が良いだろう。
ここに来るまで妨害は全くなかった。
いくつかの罠はあったが、多くは床に設置されているものであったため、翼をもつ私にとっては関係ない。
「まさか、魔獣まで出てこないとは予想外だがね…」
たどり着くまで多少の戦闘は覚悟していた。
だが実施は闇の生徒会はおろか昨日は波のように襲いかかって来た魔獣達は気配すら感じられない。
「ずいぶんと歓迎してくれているようだ」
そう呟きながら、私は首に下げた小さな指輪を弄ぶ。
―これをもらったのはいつだっただろう?―
それはおもちゃの指輪だった。
いつだったか、とある少女がくれた指輪。
「彼女は、一体どうしているのだろうね…」
指輪をくれた少女と彼女の姿が瞼の裏で重なりあう。
「…そんなわけ、あるわけない…か」
余計なことを考えるのをやめ、私はたどり着いた扉に手をかける。
静かに扉を開く。
その先に広がった場所はどこか神殿に似ていた。
そして、学び舎にも似ていた。
「…どうだ?懐かしいだろう?」
「…ああ、実に腹立たしいほどにね」
闇の中から聞こえた声に私はそう答えて部屋に足を踏み入れる。
部屋に灯りがともり、中心に立つ一人のディアボロスの男の姿を映し出す。
「久しいな…一体どうやってこの時まで生き延びた?」
「…簡単さ、肉体の時間を止めたのさ」
歩みを進める。
ようやくだ、長い時を生き続け、ようやくこの場にたどり着いた。
「…ほう、そこまでしてあの男との約束を果たすか、円環の理から外れてまで…」
「俺は貴様と違って約束は果たすタチでね…」
私の言葉にその男、アガシオンが笑う。
「…なるほど、では今度こそ確実に滅ぼして、奴のもとに送ってやろう」
笑いながら杖を構えるアガシオンに向かって私も笑う。
半ば忘れかけていた感情が色を取り戻していく。
「ぬかせよ…お前ごときが俺を滅せるものか…ゆえに滅びろ、勝つのは俺だ!」
言葉と共に私は駆けだす。
「闇よ…我に従え…」
予想通りの言葉と共にアガシオンは予想通りの呪文を唱える。
「ククク…クハハハハハ!!!」
笑みが勝手にこぼれ出る。
「何がおかしい…」
呪文も唱えず笑う私をいぶかしげにアガシオンが睨む。
「別に、君を倒すのが楽しみで笑っていただけさ」
「ぬかせ!わが野望のために散るがいい!!」
アガシオンの呪文が完成する。
ゆえに私は唱える。
「起動を宣言、既知は…私を傷つけない」
闇が私を覆う、だがその闇が私を傷つける事はない。
なぜならば…
「私はその結末を知っている」
言葉と共にローブがはためき2匹の蛇が具現する。
「何!?」
それまで余裕の表情だったアガシオンの表情が驚愕へと変わる。
蛇は絡まり合いながら勝手にうごめき、襲いかかる闇をかみ砕く。
魔力の余波が風となって私の髪をなびかせる。
「実に…心地よい風だ」
私には傷一つ無い。
「校章だと…?」
あっけにとられたようなアガシオンが俺のことを見つめていた。
―その顔だ…その顔が見たかった―
「俺がこの数百年の間何もしていないとでも思ったか?
お前が力を取り戻すまでの時間、俺が胡坐をかいて暇をつぶしてたとでも思ったか?」
俺が昔のように笑うとアイツが目を細めて俺を睨む。
「貴様…」
半透明の蛇の文様は俺を守護するように取り囲む。
「過去の遺物とはすばらしい、俺のような存在でも、それを理解すれば力を貸してくれる」
俺の言葉にアイツは俺に向かって再び杖を構える。
ただし、そこに纏う気迫と気配は先ほどとは全くの別物だった。
「過去の遺物をもとに校章を人工的に作り出したか…」
「ああ…なかなか骨が折れたよ、俺のもともとの性格のせいか使い勝手が非常に悪くてね。
普段は全く使えない、だがそれでも、君を倒すぶんにはとりあえず問題はなさそうだ」
改めて俺は武器を構える。
「貴様を侮ったことを謝罪しようフェアリー…」
「そうかい…ではケリをつけよう、互いにな…」
俺は呪文を口にする。
同時にアガシオンも再び呪文を唱える。
「泣き叫べ劣等、今ここに…神は居ない」
「ぬかせ亡霊!わが野望のために花と散れ!!」
集めた魔力に意味を与え、アガシオンに向かって解き放つ。
「滅びろ!ビッグバム!!」
「滅しろ!ナイトメア!」
閃光と闇がぶつかり合い、衝撃が辺りに暴風となって吹き荒れる。
過去を振り切る戦いはそうして始まった。
塔が揺れていた。
上の階から振動と爆発音が聞こえてくる。
私達は走っていた。
ただひたすらに最上階を目指して。
「クソッ!いつになったら一番上までたどり着くんだ!!」
フェルパーさんがイライラした表情でそう叫ぶ。
私も多少は冷静で居るように努めては居るけど音と振動が響くたびに不安で泣きそうになってしまう。
だけど、ここで泣いて立ち止まってしまったらもう本当に彼に会えなくなってしまう気がしてひたすらに足を動かし階段を駆け上がる。
「ストップ!」
走り続ける私達をディアボロスさんが引きとめる。
そして落ちていた石を私達の前の道に向かって投げる。
その石が空中で何かに引っかかって地面に落ちた。
「…やっぱり」
ディアボロスさんが呟くとその言葉に呼び寄せられたように一人の少女が現れる。
「へぇ…私の糸が見えるんだ」
奇妙な人形を持ったフェルパーの少女はそう言って私達の前に立ちふさがる。
「あとちょっとだったのに…」
ぎりぎりと人形の首をひねりながら少女が私達を睨む。
「知ってるぞ…貴様、元プリシアナのベコニアか…」
「…これ以上は行かせないから、私が苦しんだ分を他の奴にも味あわせてやるんだから…」
「くそ…こっちは急いでるというのに…」
ベコニアを見ながらリーダーさんが呟く。
「…なるほど、ではここは俺達が引き継ごう…」
私達の背後からそんな言葉が聞こえてきた。
何かがベコニアに向かって無数に降り注ぎあわてた様子で彼女が回避する。
「ちょっと…フェルパー、一本も当たってないじゃない」
「悪いバハムーン、君が気になって外した」
「…バカ」
そこに居たのは燕尾服を纏ったフェルパーの少年と剣と楯を構えたバハムーンの少女。
そして…
「イチャつくなら他でやって頂戴、あなた達がうるさいからファリエルの調教、これでも我慢してるのよ?」
小柄なディアボロスの少女が身の丈と同じ程の大剣を両手に構えながら二人の間に割って入る。
「糸かぁ…緊縛も良いなぁ…」
どこかうっとりした顔で呟きながらエルフの少女が小さく呟く。
「…まぁ、確かにエルフはそろそろどうにかしないと妄想だけで末期レベルが上昇しても困るしな、終わったら好きに遊べ、俺が許可してやる」
「まぁ、私達もあんま人の事は言えないしね」
チリンと鈴の音を響かせながらクラッズの少女と赤い鎌を背負ったセレスティアの少年が姿を現す。
「…アンノウン!?ヌラリ達は何してるのよ!!」
「久しぶりだなベコニア、ちなみにあのハゲ達は来る途中に倒して来たぜ?」
不敵な笑みを浮かべた少年はそう言って笑いながら真紅の鎌を投擲する。
「行けよノイズメーカー、身内のことだ、こっちで解決しておく」
「恩にきる…」
言葉と共にリーダーさんが走りだす。
だから私もそれに続いて走り出した。
背後で戦いの音が聞こえる、だけど私達は振り返らない。
アンノウン、彼らの事は知っている。
今年の3学園交流戦の優勝チーム。
唯一、ネームレスに黒星を飾ったチーム。
たとえ、相手が英雄と呼ばれたエデン先輩であっても負けたりしないだろう。
だから私達はつき進む。
ただひたすらに前を見て。
次第に音と振動が近づいていた。
「あとちょっと…あとちょっとだから…だからお願い…」
神様に祈りをささげながら私はひたすらに走る最上階の扉まであとほんの少しだった。
「…なかなかやるね」
戦いはまだ終わっていなかった。
「私にはやり遂げねばならぬことがある…!」
アガシオンはそう言って再び呪文を唱えた。
「貴様の校章の能力は理解した…用は、貴様が既知感を感じた場合、その攻撃を無効化するというものだろう…」
「…なかなか鋭いね…その通りだ、名を…未知の校章という…」
私にとって、想像できる既知の結末を否定するためだけに用意した、魔王の力を模しただけの歪な模造品魔王達の使うそれとよく似た、似て非なる防御結界。
「つまり…貴様が結末さえ想像できなければ、攻撃は無効かされることはない…」
「…一体、どうやって想像させぬつもりだね?」
問いかける俺にアガシオンは何も答えない、ただ、俺を見ながら薄く笑った。
「何…簡単だ…」
そう言って、アガシオンは部屋の扉に杖を向けた。
「何を…」
そこまで言って私は気付く…
部屋に迫る足音に…。
「くっ!?」
あわてて俺は走り出す。
結末は想像できる、あのまま魔力が放たれればあの向こうの誰かが死ぬ。
「クソったれ!」
だが、それはただの想像、私にとっての既知には程遠い。
頭の中に彼女の姿がよぎる。
―すまない…セレスティア…―
心の中で呟いて私は走り出した。
扉を開いた瞬間に闇が迫ってくるのが見えた。
「え…?」
何が起こっているのか分からない。
ただ体が恐怖で固まる。
「セレスティア!!」
誰かの叫び声が聞こえる…。
聞き覚えのある声なのに、私はそれが誰なのか分からない。
フェルパーさんか、それともリーダーさんか…。
ただ誰かが叫んだのが分かった。
「う…あ…」
死にたくない…怖い…
体が勝手に震えて…私の口から言葉が漏れる…
「助けて…フェアリー」
「…呼んだかね、わが女神…」
そう言って笑った彼と私を…闇が襲った。
目の前で彼が崩れ落ちるのを私は茫然と見つめていた。
私も一緒に巻き込まれたはずなのに、なぜか私に傷はない…
透明な蛇のようなものが…私のことを守っていた。
「フェアリー…さん?」
「やぁ…セレスティア…怪我は…無いかね?」
「何してるんですか…」
地面に倒れた彼の手を掴み、呟くと彼が苦しそうに血を吐いた。
「私にとって…大切な人を…守っているのさ…」
彼の言葉と共に私を守っていた蛇が霧散する。
「予想通り…貴様にこの言葉を返してやろう、フェアリー…」
部屋に聞き覚えのない声が響く。
「お前が…アガシオンだな…」
フェルパーさんがその男を睨み、前に出た。
その隣にバハムーンさんが並ぶ。
「いくら貴様でも…同時に二つの結末は分からんようだな」
「残念ながら…模造品だからね…」
アガシオンの言葉に彼がそう言って答える。
「数百年にわたった旅の、この結末まで貴様には予想できたか?」
「数百年…?」
思わずフェアリーさんを見ると、彼が苦しそうに笑う。
「やれやれ…年齢が…バレてしまったね…」
「こんなときに…何言ってるんですか…」
彼の体が重くなっていくような気がする。
まるでその命が今にも失われようとしているかのように…。
「すまないが…リーダー殿…獣殿…クラッズにディアボロス…あの男を…止めてくれ」
「…分かった」
リーダーさんがそう言って静かに剣を構え、皆と共に走り出す。
皆が戦っているのに、私は彼のもとから離れられない…。
今この場を離れてしまったら、もう彼には会えない気がしたから…。
「君に会えてよかったよ…セレスティア…」
「何言ってるの…まるでお別れみたいに…言わないでよ…」
涙があふれる。
演技なんかできるわけが無い。
気付いていた…彼が今、死にそうなのは私の事を守ったからだと…。
「今…治すから…私が治すから…死なないでよ…」
「泣かないでくれよ…セレスティア、君が泣くと…俺も悲しいんだ…」
そう言って彼が笑いながら私の頬を撫でる。
その時に、私の眼にあるものが入った。
彼が首から下げたおもちゃの指輪…それには見覚えがあった。
とても大切にしていたものだから…覚えていた。
「約束したじゃない…追いついたら…お嫁さんにしてくれるって…私のお願い…一つ聞いてくれるって…」
私の言葉に、彼が少し驚いた表情をする。
「そうか…どおりで…似てると思ったよ…」
「私も…ずっと思ってた…すごく似てるって…でも違うって…」
追いついた…ようやく彼に追いついたのに…彼がまたどこか遠くへ行ってしまう。
今度こそ手の届かない場所に行ってしまう。
「やだよ!置いてかないでよ!私を一人にしないでよ…」
「すまない…」
「嘘つき…」
謝る彼にそう告げる。
「ごめん…セレスティア…愛してるよ…」
「フェアリー…私も…」
それなのに…彼は息をしていなかった。
彼の手が力なく垂れ下がる。
「やだよ…」
彼の体を抱きしめて…呟く。
「一人にしないで…」
彼は答えない…。
「大好きなんだよ…」
眼を閉じたまま目覚めない…。
彼が…死んでしまう…。
「やだ…嫌だよ…絶対に嫌…」
私は自分勝手だから…貴方を絶対に失いたくない。
「死なせてなんか、あげないから…絶対にお嫁さんにしてもらうんだから…」
だから…私は神に願う…皆のためなんかじゃなくて…自分のためだけの願いを口にする。
「彼を奪わないで…」
光が魔法陣を作っていく…。
「大切な人なの…」
彼と私を包みながら魔法陣が広がっていく。
普段、祈りをささげるときのように、心の底から…神に願う。
「お願いだから…助けてよ…!!」
彼が助かるのなら…この翼を捧げよう…。
彼の事を救えるのなら…どれだけの対価も払うから…。
だから私はその言葉を口にする。
「天にまします我らが父よ…願わくば…わが願いを聞き届けたまえ」
この羽根は確かに黒く染まっているけど、彼への想いは純粋だから、この願いを聞き届けてほしい。
彼の命を救ってほしい。
天を仰ぎながら私は願いの言葉を口にする。
「ラグナロク…今こそ奇跡を…」
私の言葉と共に、魔法陣が光を放ち、辺りを明るく照らした…。
「くっ!」
狂犬とも呼ばれたフェルパーの拳をかろうじてアガシオンは回避する。
だが、彼女は一切攻撃の手を緩めることなくアガシオンに襲いかかった。
「てめぇだけはゆるさねぇ…」
怒りを抑える事すらせず、狂犬と呼ばれた時代に戻りながらフェルパーは連続して攻撃を放つ。
攻撃を続けるのはフェルパーだけではなかった。
「はぁっ!」
気合の掛け声とともにバハムーンが斬撃を放つ、ただの斬撃ではない神速の6連撃
絶え間ない攻撃の嵐にアガシオンは思わず膝をつく。
だが、それでも攻撃の手は止むことが無かった。
「…こんなに頭に来るのは久しぶりだよ…」
狐の面を纏いながらクラッズが至近距離で銃と剣による攻撃をたたき込む。
「ぐ…が…」
アガシオンが苦しそうにうめく。
「クソッ…フェアリーめ…なんという置き土産を…」
アガシオンは歯噛みした。
彼の唱えた呪文が瞬時に手の中で霧散する。
全ての魔法が届かない、魔法による攻撃の全てが無効化される。
「神は居ないなどと、うたいおって、自らはそれを置き土産にのこすとは…」
襲いかかるディアボロスのナイフをよけながら苦々しげにアガシオンが呟く。
その瞬間、部屋を白い光が染め上げた。
「…ここは、どこだ?」
気付くと私は川のほとりに立っていた。
確か私はアガシオンと戦っていて…
「…そうか、私は死んだのか」
彼女を守るため、模造品の校章を使い彼女の死を否定した。
ゆえに自分は死んだのだ。
友との約束も果たせぬままに…。
ならばここは地獄だろうか?
ただ無限に広がる川があるだけで、そこには誰もいなかった。
「ずいぶんとさみしいところだ」
「…ええ、そうですね」
私の呟きに聞き覚えのある声が聞こえてくる。
思わず私は声の方向を振り返った。
「君は…」
そこには、予想通りの顔があった。
「お久しぶりです…」
光のセレスティア、そう呼ばれた友が、いつの間にか私のそばに立っていた。
「…すまないね」
約束を果たせなかった。
そのことを彼に謝ると彼が静かに首を振った。
「違うでしょう…フェアリー、貴方が謝るとしたら、謝るべきはそれじゃない」
彼の視線が私を射抜く。
「怒っているのかね?」
私の言葉に彼がうなづいた。
「私は…貴方に後世に伝えてほしいと言いました…。ですがそれは…貴方に罪を背負ってほしいと言ったわけではない…」
「そうか…」
私は思い違いをしていた、彼は、自分の成せなかったことを私に頼んだわけではなかったのだ。
私が勝手に思い込んで、勝手に自分の時を止めたことを彼は怒っているのだと、理解する。
「すまない…」
私が頭を下げると、彼がやれやれと首を振った。
「謝る相手も…違うでしょう?」
彼の言葉に、一人の少女の姿が思い浮かぶ。
「彼女に…貴方と同じ業を背負わせるつもりですか?」
彼の問いかけに私は首を振る。
「彼女に、そんな重い物は背負わせられないよ…」
「では…フェアリー、約束をしましょう…」
彼はそう言って笑った。
「…なに?」
突然の彼の言葉に、私は首をかしげる。
「貴方は彼女を幸せにして、今まで無視してきた時を、これから彼女と共に生きてください…」
彼がそう言って私を見る。
「…承知したよ…わが友よ…」
「…では、もうそれはいりませんね…」
彼が私に手を向けると、私の中から静かに小さな魔石が転がり出る。
私の時間を止めていた、小さな魔石が…。
「これは没収します、勝手に終わることも、終わらないことも許しません」
彼がそう言って笑う。
「止まってしまった時間をこれからきちんと歩んでください…。
貴方がこれ以上罪を背負うことはないのです…、ちゃんと人として貴方が思う幸せをつかみなさい」
「…ありがとう、友よ」
私の中から無限の時は失われた。
だが、それが喜ばしいことに私には思える。
そんな私を見ながら彼も満足そうに笑った。
「いつかまた…真に貴方が天に召される時…その時再び逢いましょう…」
彼の言葉に静かにうなづく。
どこか遠くで、彼女が私の名前を呼んでいる。
だから…帰らなければ…。
彼女を泣かせるわけにはいかないから…。
「さらばだ…友よ」
「…ええ、行ってらっしゃい」
そう言って過去を振り切って私は歩き出す。
川ではなく、陸に向かって。
私が、変えるべき場所に向かって歩き出した。
光が消える。
だが、彼は目を覚まさない…。
自分の祈りが足りなかったのか、それが悔しくて私は彼の胸に顔をうずめて涙を流す。
「嫌だ!嫌だよ!一人にしないでよ!!」
彼の胸をたたきながら神に呪いの言葉を吐く。
「返して!私の大切な人を返してよ」
私は一人泣きじゃくる。
誰も私を慰めてくれないから…大切な人が失われてしまったから…。
自分の力の無さが恨めしくて涙を流す。
「嘘つき…お嫁さんにしてくれるって言ったのに…お願い聞いてくれるって言ったのに…」
そう言いながら彼の胸をたたく。
もう彼は笑ってくれない、私を笑わせてくれない。
そのことが悲しくて涙を流す。
「フェアリー…フェアリー」
ただひたすらに彼を呼ぶ。
「…どうか、したかね?セレスティア…」
初めは幻聴かと思った。
彼を失ってしまったことを受け入れられなくて、自分は幻を見ているのだと…。
だけど、彼は体を起して、私の涙を拭いとった。
「君には涙より笑顔のほうがよく似合う…」
彼の唇が手に触れる。
温かい熱が伝わってくる。
「フェア…リー」
彼の頬に手を触れる。
彼に触れた手から彼のぬくもりが伝わってくる。
「心配かけてすまなかったね…」
彼がそう言って笑った。
「これは…夢?」
「いや、夢などではないさ…」
私の言葉に彼が笑って私の唇を奪う。
温かい彼の舌が私の中を蹂躙する。
「ん…」
「これでもまだ夢だと思うかい?わが女神」
いつものように彼が笑った。
「…ううん」
彼の言葉に私は首を振る。
夢なんかじゃない。
それは現実だった。
彼はちゃんと生きていて、私の事を抱きしめてくれる。
それがとてもうれしくて思わず彼に抱きついた。
「フェアリーの馬鹿…心配させないでよ!」
私の言葉に彼が笑う。
「すまんね、ちょっと昔の友人に会いに行って来たんだ」
「馬鹿…勝手に居なくならないでよ…もう…一人にしないでよ」
「…悪かった」
「お嫁さんにしてくれるんでしょ?」
「ずいぶん歳が離れているが良いのかい?」
からかうようにそう言って彼が立ち上がる。
「良いの、愛があれば年の差なんて関係ないんだよ」
「そうか…では…」
彼が私に手を差し伸べる。
「行こうか、わが妻よ…いつまでも彼らにばかり任せておけんだろう?」
戦い続けるフェルパーさん達を見ながら、彼が笑う。
だから私は彼の手を取って立ち上がる。
「はい…行きましょうフェアリー…私の旦那様」
私の言葉に彼が笑って私達は手を取って走りだした。
戦い続ける仲間に向かって。
「何だ今のは…!」
アガシオンがくらんだ目をこすりながら光の見えた方向を睨む。
そして、気付いた。
「何?」
フェアリーが居ない、死んだはずのその男が居ないことにアガシオンの心に動揺が走る。
「誰か…お探しかね?」
どこか芝居がかった声が部屋に響いた。
「な…に…?」
アガシオンが驚いた表情で声の主を見る。
「やぁ、数分ぶり、あの世で友に追い返されてしまったよ」
クスクスと笑いながらフェアリーとセレスティアは仲間のもとに合流する。
「遅いぞ、フェアリー」
バハムーンの言葉に、フェアリーは笑う。
「すまない、少し道に迷ってしまってね、我が妻がいなければ、たどり着けないところだったよ」
「本当に困った旦那様です…」
くすくすとフェアリーの言葉にセレスティアが笑う。
彼らを見ながら仲間たちも笑って各々の武器を構える。
「さて…アガシオン…第二ラウンドだ決着をつけよう…」
フェアリーの言葉にアガシオンが笑う。
「くはは…くはははは!それで良いそうでなくてはな!!」
杖を両手に構えるアガシオンを見ながらフェアリーが笑う。
「さてアガシオン、案ずることはない…rest in piace 安らかに眠りたまえ」
言葉と共にフェアリーは呪文を完成させる。
それを見ながらノイズメーカと呼ばれる彼らは笑った。
「行くぞフェルパー!」
「任せろ彼氏様!」
剣を構えたバハムーンの隣にフェルパーが拳を握って前に立つ。
「行くよ…ディアボロス」
「うん…」
仮面を纏ったクラッズの背後にディアボロスがたつ。
そしてフェアリーの隣に漆黒の羽根のセレスティアが立つ。
彼と手を結びながら…。
「もう離しませんからね…」
「分かっているさ」
彼は自分勝手で、私も自分勝手で…ようやくたどり着いたから、もうこの人の手を離したりなんかしたくない。
彼の手を強く握り、目の前の敵に立ち向かう。
やっぱりまだ怖いけど、でも私の隣には彼がいるから、今度こそ私は戦える。
アガシオンの張った防御結界を獣殿が粉砕する。
リーダー殿の攻撃にアガシオンの杖が宙を舞い、クラッズの攻撃でアガシオンの体が大きく傾ぐ。
私はその中へ飛び込んで、終わらせるための呪文を唱えた。
とっさにアガシオンが回避しようとするがその体をディアボロスのナイフが縫いとめる。
「終わりだ…」
私の言葉にアガシオンが笑う。
「いや、これでは終わらんさ、もう計画はほぼ完遂しているこの私が滅びても別の私が引き継ぐだけだ」
「そうか…ならば…」
俺はそう言って魔法を解き放つ。
「その計画すらも俺が止めてやる…」
「貴様の力でそれができるか?」
俺を見ながらあざ笑うかのようにアガシオンが笑う。
「できますよ…私だって居ますし、皆だっているんですから」
そう言って、彼女が私と手を重ねる。
「こういうときに行ってみたいセリフあるんですよね」
「奇遇だね私もだ…」
「言ってみましょうか夫婦の初めての共同作業ということで」
「そうしよう」
俺と彼女は共に口の端だけ上げて笑う。
『あばよ…くたばっちまいな』
ビッグバム…閃光が辺りを白く染め上げた。
「やれやれ、完全には止め切れなかったね…」
「でも、すぐに追い付けますよ、私達ですから…」
私の言葉に彼女がそう答えて笑った。
「皆も随分とひどいものだ、生き返ったばかりの人間をあそこまで寄ってたかって殴ることもないだろう」
「それだけ皆も心配してたんですよ」
闇の生徒会達との戦いは勝利などと呼べるものではなかった。
計画の全ては止められず、我々を守るために校長たちは石となった。
また、次の戦いが待っている。
今度こそ、世界の命運を決めるような戦いが…。
「怖いかね…」
「ちょっとだけ…怖いです」
「そうか…」
ドラッケンの静まり返った屋上から見える空には無数の星がきらめいている。
校長たちが自らの命をとして守ってくれたからこそ、まだ見る事の出来る景色に感謝する。
彼女と共に居られることを感謝する。
「そうだ…フェアリー」
「何だね、セレスティア」
「なんでもお願いごと聞いてくれるんだよね?」
どこか楽しそうに彼女が笑う。
そう言えば、この戦いの前に彼女とそんな約束をしたことを思い出す。
「何か思いついたかい?」
「うん…」
恥ずかしそうに彼女がうなづく。
「…フェアリーと朝まで一緒に居たい…貴方と一緒に目覚めたい」
「…それは…」
「…駄目?」
「いや…」
彼女の手をとり立ち上がる。
「光栄だよ…」
私の言葉に彼女は笑った。
彼の部屋に案内された私は思わずきょろきょろと部屋を見回す。
そこはとても綺麗に片付いていて、本棚には大きめの本と漫画の本。
そして机には書き途中の原稿のようなものが置かれている。
「どうかしたかね?」
私の視線が気になったのか彼がそう言って私を見た。
「いえ、思ったよりも今風でしたので…」
「盆栽でも飾られているとでも思っていたかね?」
「…ちょっとだけ、ちなみに何歳ですか?」
「覚えてないね、少なくとも君の10倍以上は生きているよ」
彼が静かに苦笑する。
「辛くなかったんですか…?」
ベッドに腰をかけながら彼に問いかけた。
そんなに長く生きて来ていたのなら、彼が味わったはずの喪失は1度や2度ではないはずだから。
「そうだね…辛かったよ、だが自業自得と言えばそれまでだ…」
悲しげに彼が笑う。
だから私はその体を抱きしめる。
「でも、そうじゃなければ私は貴方に追いつけなかった」
「そうだね…、もう私には無限の時間はないけれど…残された時間を、君と共にあるために使おう…」
首から下げたおもちゃの指輪を彼が鎖から外す。
私は静かに彼に向け、左の手を差し出した。
彼は黙って、差し出した手をよって薬指にその指輪をはめる。
「サイズ、あってませんね」
もともと子供のサイズであるそれは私の指には小さくて、完全にはまることはなかった。
「ずいぶん、大きくなったものだね」
どこか昔を懐かしむように彼が私の髪を撫でた。
「あんなに幼かった君がこんなに美しくなるとは思わなかった」
「恋する乙女はみんな美しくなれるんですよ、フェルパーさんやディアボロスさんも綺麗でしょ?」
私の言葉に彼が笑いながら私の服のボタンをはずす。
「だが、君の美しさには及ばない…」
「それは、当り前でしょう。だって…」
彼のローブを脱がしながら彼に向って笑いかける。
「だって、私はあなたのお嫁さんになるために生まれたんだから…」
大切な場所を覆う布1枚を残しほとんど生まれたままの姿となった彼女がベッドに横になる。
白く透き通った彼女の肢体が私の目の前にさらされていた。
「恥ずかしい…」
「普段はあんなに皆をからかっているというのにね…
獣殿に知られたら今度は君がからかわれてしまうよ?」
私の言葉に彼女が恥ずかしそうに顔をそめたまま胸をたたいた。
「だって…知識はあるけど…実際するのは初めてだから」
彼女の言葉に一瞬、罪悪感を感じる。
「…私も言った方がいいかね?」
「…言わなくて良いです、私よりも何倍も生きてる、って聞いてたから予想はしてました」
その割に彼女の顔には明らかな不満の色があった。
「スネないでくれよ…」
「スネてないもん…」
唇をへの字に曲げ、可愛らしく彼女は顔をそむける。
そうしたら彼女が期限を直してくれるのか考えていると静かに彼女が口を開いた。
「フェアリー…」
「なんだい?」
「私の事…好き?」
「無論だ…」
「私だけを見てくれる?」
「ああ、当然だろう?」
その言葉にウソや偽りなどない。
私は彼女を愛している。
本当は臆病な彼女を、誰かをからかうことが好きな彼女も。
とても愛おしい、それこそ自分の命よりも彼女の事が大切だった。
彼女の眼が私の眼を見て、笑った。
「じゃあ、いいや許してあげる」
そう言って彼女が何かを求めるように目を閉じた。
「ありがとう…セレスティア…」
彼女が求めているものを察し、私はそう言って彼女の唇に自らの唇を重ね合わせる。
「ん…」
彼女の中に舌を差し入れるとおずおずと彼女も舌を伸ばして私の舌と絡みあう。
「んふ…」
ぴくぴくと彼女の体がそのたびに震える。
ゆっくりと唇を離すと、彼女はベッドに横になり笑った。
「ねぇ…しよ?」
「ああ…」
彼女はすぐそこに居た。
いままでずっといろいろなものに追い越されてきたのに、追いついた彼女が私を待ってそこに居てくれる。
無限だった私はもういない、彼女と同じように老いて死んでいく私。
彼女はやっと追いついたと言っていたが、私にとってそれはちがう。
ずっといろいろなものに追い越されてきた私が、ようやく彼女と言う刹那の存在に追いついたのだと信じたい。
だから私は彼女にその言葉を告げる。
「愛しているよ…セレスティア」
偽りのない彼女への愛を…。
彼の手が私の胸に触れると体が勝手にピクンと震えた。
「ん…」
「痛かったかね?」
「ううん驚いただけ…」
心配そうに見つめる彼に私はそう言って笑いかける。
「あんまり大きくなくて…ごめんなさい」
私の胸は他の皆に比べると小さい。
特に前にお風呂に入った時に知ったフェルパーさんとの差には愕然としたものを感じた。
だが、彼はそんな私を見ながら笑う。
「気にすることはないよ…すぐに大きくなる、むしろ私が大きくしてあげよう」
力自体は優しく彼が私の胸を揉む。
「きゃっ!」
彼の手の動きに合わせて、私の胸が形を変える。
「…気持ち良い…」
やわやわと彼が私の胸を揉むたびに刺激が電流になって皮膚の下をかけぬける。
今まで感じた事のない刺激に、私はぷるぷると体を震わせることしかできなかった。
「ずいぶんと敏感だね」
くすくすと彼が笑いながら胸を丹念に揉む。
「フェアリーが…上手…だから…きゃふ…!!」
胸の中心をつままれて思わず甘い声が口から洩れる。
「ああ…美しい声だ…まるで夢の様だよ…君とこうしているなんて」
彼が嬉しそうに笑いながら私の胸を弄ぶ。
ピリピリした刺激が私を断続的に襲って、与えられる快感に私は何もできずに震えていた。
怖いのではない、気持ち良すぎて、何をして良いのかが分からない。
大切な場所がムズムズして足をすり合わせると、彼がそっと私の脚に触れた。
「おやおや…セレスティアどうかしたかい?そんなに足をすり合わせて…」
「ムズムズして…切なくて…どうしていいかわからないよ…」
自分が変になってしまったような不安が私を覆い隠す。
「フェアリー、私変だよ…」
彼の匂いがまるで麻薬のように私の頭を溶かしていく。
「それは大変だ…私が確認してあげよう…」
楽しそうに笑いながら彼がそっと私の下着に手をかけた。
「あ…そこは…!」
スルスルと彼の手が腰にあるひもをほどき私の下着を取り去ってしまう。
冷たい空気が直接その場所に触れ、恥ずかしさで思わず私は顔を手で覆った。
「ほぅ…」
見られている…彼に見られてしまってる。
「見ないでぇ…そんなにじっくり見ないでぇ…」
自分では見えないけど、彼が持っている私の下着を見たせいでそこがどうなってしまっているのか私は分かってしまっていた。
「恥じること等無い…とても綺麗だよ…」
言葉と共に彼が触れると、刺激とともにそこが水音を立てた。
「ひゃん!!」
胸とは違う刺激に思わず叫び声を上げる。
「フェアリー…苛めないで…」
くちゅくちゅとわざと水音を立たせるように彼が私のそこを弄ぶのに耐えられなくなって、私は彼に懇願する。
だが、彼はそんな私を見ながらサディスティックな微笑みを浮かべた。
「苛めてなどいないさ…君は初めてだと言うからね…優しくしてあげようと思っているんだよ」
言葉と共に水音が更に大きくなる。
「やだぁ…!そんなに音立てないでぇ…!」
耳をふさいでも音が私に聞こえてくる。
気持ち良いのに恥ずかしくて、彼の顔をまともに見れない。
だけど、目を閉じると余計に感覚が鋭くなって、自分のそこが立てている水音と、彼の与える刺激が強くなる。
閉じた瞼の裏でパチパチと火花がはじけた。
「…くすっ…」
「ひぃ!」
彼の笑い声と共に私のそこを生温かい感触が撫でる。
プツプツとした何かで大切な場所をなぞりあげられ、思わず私は目を見開いた。
「駄目!そんなとこなめちゃだめ!汚いから、それ以上なめちゃ駄目!!」
必死で彼の頭を押しのけようとするが、体に力が入らず、彼のされるがままになってしまう。
そして、ついに、彼の舌が私の中に入ってきた。
「くふっ!」
ビクンと体が大きく震える、糸が切れてしまったように体が全く言うことを聞かなくなり、彼への抵抗が完全に止んでしまう。
「ふぅぅ…くふぅぅ…」
だが、彼の責めは止まらず、胸を執拗に揉みながら、私の中をなめあげていく。
「変になっちゃう…変になっちゃうよぉ…」
もやもやとした感覚が広がっていくにつれ、自分が壊れてしまいそうな感覚に私はおびえて体を震わせた。
彼のしてくれることが気持ち良くて、何も考えられなくなってしまいそうで、目を伏せ、必死で声を抑えようとする私の手を彼が掴む。
「どうしたんだい?セレスティア…もっと君の美しい声を私に聞かせてくれ…」
「怖くて…気持ち良すぎて怖いんだもん…」
今までからかい続けていたフェルパーさんに心の中で謝罪する。
こんな快感を毎日のように与えられながら、それでも形ばかりの平静を保っていられる彼女に嘆息する。
「怖いなら…その恐怖の全てを火にくべてしまえば良い…」
悪魔のように彼が囁く。
「ふぁ…!」
彼の手が敏感な部分に触れた。
「駄目…それ以上は…私が…私が壊れちゃう…」
限界だった。
膨らみ過ぎた快感が私の中でわだかまっている。
これ以上の刺激を受ければ、それが破裂してしまうのが分かっていた。
未知の恐怖に震える私を彼の手が優しく撫でる。
「大丈夫だ…セレスティア…それは自然なことなのだから…」
「フェアリー…」
彼の優しい声に、私は覚悟を決め彼を抱きしめた。
「お願い…私を壊して…」
「ああ…」
言葉と共に彼が私の大事な部分をつまむ。
頭の中で、ついにそれが音を立てはじけた。
「きゃふぅぅぅ!!」
ビクンビクンと体が激しく震える。
「ふあぁぁぁぁ!」
筋肉が勝手に収縮し、背中が大きくのけぞった。
頭が真っ白に染まってふわふわと漂うような感触に、不安になって彼を強く抱く。
今度は体から全ての力が抜け、そのままベッドに倒れ込んだ。
「はぁ…はぁ…」
「…イッタようだね」
「…はい、イッちゃいました」
体がひどく敏感になって、彼の手が私に触れるたびに体が震える。
「すごく…気持ちよかったです…」
彼にそう言うと満足そうに彼が笑った。
「それは何よりだ…」
だけど、これだけで終わりではないことを私は知っている。
「次は…フェアリーさんが気持ちよくなる番ですよね?」
私がそう言うと、彼が笑った。
「ああ…出来るだけ優しくしよう…」
そう言いながら、彼がローブを脱ぎ棄て、ズボンを脱ぎ去る。
そこにはまるで蛇のように、彼の腰で彼自身がそそり立っていた。
「そ…そんなの入るんですか!?」
予想外の大きさに思わず腰が引ける。
どう見ても彼の腕と同じぐらいの大きさに、わたしは恐怖を隠せない。
「怖いならやめておこうか?」
そう言って彼が私の頬を撫でる。
「やだ…」
声が勝手に口から洩れた。
「折角追いつけたんだから…今日こそあなたの物になるんです」
逃げてばかりでは居られない…だから私は、体を起こす。
「フェアリーさんは、そこに横になってください」
「…きっと痛いよ?」
ベッドに横になりながら彼が呟く。
「あなたに置いて行かれた時の方がよっぽど痛かったです」
「…すまない」
あの時は本当に苦しくて、もし彼が居なくなってしまったら、そのことで怖くて仕方なかった。
その時に比べれば、初めての恐怖など大したことではない…。
だから私は寝そべった彼の腰にまたがって彼の物を私に合わせる。
その切っ先はしっかりと私を狙っていた。
「…行きますよ…」
「無理はしないでくれ、痛かったらまた今度にすれば良い…」
優しくそう告げた彼に首を振って、私は一気に腰を落とした。
「ん…くっ!?」
メリメリと彼が私を引き裂いて私の中にのみ込まれていく。
「うぁぁ…」
体が二つに裂けてしまいそうな痛みで涙がぽろぽろとこぼれた。
だけど、私は腰を落とすのをやめない。
ゆっくりと自分の意志で彼の事を受け入れていく。
「大好きですフェアリーさん…」
私がそう言うと、彼が私の背中を撫でながら、優しく囁いた。
「私もだよ、セレスティア…」
半分ほど彼が私に埋まったところで、彼のモノが何かにぶつかって止まった。
「はぁ…はぁ…」
荒い呼吸を繰り返しながら何度も腰を落とそうとするが、未知の恐怖に体が震えてままならない。
「あとちょっと…あとちょっとなのに…」
ほんの少しのきっかけがあれば踏み出せるのに、それ以上が怖くて踏み出せない。
これ以上は自分の力だけではどうしようもなかった。
だから私は彼に懇願する。
「フェアリー…私を大人にして…」
そんな私を抱きしめて彼が言った。
「分かった…」
言葉と共に彼が私の腰を引き寄せる。
「あ…あ…」
思わず逃げようとする私の腰を彼がしっかりと固定したまま引き寄せる。
そして…。
ブツリと、何かがはじける音が私の中に確かに響いた。
「いったぁぁぁ!!」
あまりの痛みに絶叫する。
体から力が抜けたせいで体重が一か所にかかって彼のモノがズルズルと私の中を押し開いて一番深くまで埋没する。
そしてそのまま、ぴったりと私と彼の腰がくっついた。
「あ…かはっ…」
肺から押し出された空気を吐き出して彼の上で荒い呼吸を繰り返す。
心配そうに見つめる彼をみて、私は痛みをこらえながら笑う。
「…入ったんですね…」
「ああ…」
自分のそこを見ると、限界まで広がった場所に彼が埋まって、トロトロとした血が流れ落ちているのが見えた。
「…貴方のものになったんですね…」
「ああ…」
私の言葉に彼がうなづいた。
みっしりと、彼のモノが私の中を埋め尽くしているのが分かる。
私の中で彼が脈打っているのが感じられる。
「私達…一つになったんですね…」
「明日は赤飯でも炊いてあげようか?」
からかうような彼の言葉に私は笑って彼の唇を奪う。
自分が満たされている感覚が、とてもうれしかった。
痛いのに、とっても嬉しい。
ズキズキとした痛みは止まないのに、彼と一つになったことが嬉しい。
「おなか一杯に、フェアリーさんを感じます」
裂けてしまいそうなほど限界まで広げられているのに、彼の鼓動が伝わってきて自分の鼓動と一体化するような感覚が心地いい。
彼のものになってしまってたのだと思うと、たまらなく心が震えた。
「痛いだろう?」
優しく彼がそう告げるが、私は静かに首を振る。
「痛いけど…おなか一杯で…それ以上なにも考えられないです…」
確かに、お腹は痛かった、裂けてしまいそうで、圧迫感で呼吸が辛い。
でもそれなのに、嬉しい気持ちが一杯で、何も考えられない。
ゆっくり腰を動かすと、ざわざわとした刺激が駆け抜けた。
「きゃうん!」
思わず悲鳴を上げると、彼が静かに私の腰を掴む。
「気持ち良いのかい?」
彼の言葉に私は静かにうなづいた。
「痛いのに…気持ち良いよ…フェアリーでお腹いっぱいで嬉しいよ…」
私の言葉に彼が笑ってゆっくりと腰を動かし始める。
背中を快感が駆けあがって腰が震えた。
「くはぁ…」
痛みはある、だけどその中に混じった怪しい快感がゾクゾクと背中を駆け上がる。
ゆっくりとした抜き差しが繰り返されるたびに次第に痛みが溶けていく。
次第に私の体は意志を無視して勝手に腰をくねらせ始める。
「おやおや…?」
フェアリーがそれに気付いて、楽しそうに笑った。
彼に嫌われてしまうのではないかという思いでふたたび心が不安に覆われる。
「う…ち、違うのフェアリー!…体が勝手に動いちゃって」
だが、不安にかられる私の頭を彼は優しく撫でて笑った。
「良かった…君が感じてくれて…俺だけ気持ち良いなんて、不公平だからな」
いつもの芝居めいた口調ではない彼の口調に胸がときめく。
本当の彼が知りたいから、私は彼を求めて淫らな願いを口にした。
「もっと…もっと頂戴、フェアリー、もっと気持ちよくして…」
「分かってるよ、俺の女神、もっともっと気持ちよくしてやる」
彼が笑って私に自分を突き立てる。
私を激しく突き上げながら彼が私の胸を揉む。
「駄目…もう駄目…イッちゃう…」
ぶるぶると体を震わせると、彼も体を震わせた。
「俺も…イク…」
「来て…来てフェアリー…」
痛む腰を無理やり動かして、貪欲に彼を求めて腰を振る。
「行くぞセレスティア…!」
彼がそう言ってスピードを速めた。
「ふあぁぁ…くはぁぁ…!!」
まるでおもちゃの振り子のようにに揺らめきながら彼の与える快感に震える。
そして、彼が力強くもっとも深いところをたたいた瞬間、私の中で彼がはじけた。
「きゃぁぁぁ!」
「くぅぅぅ!」
火傷しそうな熱さが私の中を焼いていく、その感覚に酔いしれながら静かに私は彼の胸に倒れ込む。
「では…第2ラウンドに行こうか」
快感に震える私を組み敷きながら耳元で彼が囁く。
「待って…待って…」
私のか弱い抵抗を彼が笑って振り払う。
「ふぁぁ!!」
私の上げた嬌声が、彼の部屋に大きく響いた。
「…フェアリーさん意地悪でした」
毛布で体を覆った彼女が非難交じりに私を睨む。
「…否定はしないよ、震える君をいたぶるのも中々面白かった」
私がそう言って笑うと、彼女が頬を赤くして体を覆う毛布を強くつかんだ。
「いっぱい、いっぱい膣内に出されちゃいました…」
「君の中がとても気持ち良かったからね…」
私の言葉に恥ずかしそうに頬を染めるだろうと思っていた彼女の顔が、イタズラが成功したかのように楽しげに歪む。
「…セレスティア」
「これで…もう、言い逃れできませんよね?」
くすくすと、彼女が楽しげに笑う。
その瞬間、あることに気付いて思わず私は彼女に問いかけた。
「…つかぬことを伺うが…セレスティア危険日はいつだね?」
「いつだと思います?」
私の言葉に、彼女が笑う。
なんとなく、わかってしまった。
「…今日だね」
「大正解」
彼女が満面の笑みで笑う。
「…未婚の女性がなんてことを…」
そもそも、私も私だ、そこまで自分ががっついて彼女を求めていたことを思わず恥じる。
確かに確認すらもせず、2ラウンド目に突入したのは私自身だ。
自分の愚かさを呪いたくなる。
頭を抱える私を見ながら彼女は笑った。
「今は未婚でもすぐ既婚になるもん」
おもちゃの指輪を指にはめながら彼女が笑う。
「確かに、そうだがね…」
「なら良いでしょ?」
そう言って彼女が笑う。
どうせ、結果が分かっているなら、我慢するのも馬鹿らしい。
彼女の毛布をはぎ取って再び彼女を押し倒す。
「きゃっ!」
可愛らしく、彼女が悲鳴を上げた。
「フェアリー?」
「どうせ父親になるんだったら、間違いなく出来るまでやってやる」
俺がそう言って笑うと、彼女が頬を真っ赤に染めた。
「う…今度は苛めないでね…」
「努力する…」
彼女の言葉にそう答え、俺は再び彼女に自分を突き立てる。
今まで隠してきた想いを、彼女に全て伝える為に…。
眠い、とっても眠かった。
「…大丈夫かセレスティア?」
食事をとりながら眠りかけている私の顔を覗き込みフェルパーさんがそう告げる。
「…らいりょうふれす」
「よし…ぜんぜん駄目だな」
舌が全く回らない、普段なら彼女をからかっていられるのに、それ以上に激しい眠気に私はふらふらと揺れていた。
「…ちょっとばかりやり過ぎたね…」
「…まぁみれば分かるな」
フェアリーさんの言葉にリーダーさんがそう言って笑った。
「…どれだけヤッタらこいつがこうなるんだよ?」
「獣殿、それは野暮だよ、聞かないでくれ」
フェルパーさんの言葉にフェアリーさんが頭を掻いて答える。
「ねぇクラッズ、ご飯食べたらデザートにいこう」
「…なんでそこで張り合おうとするかな君は…」
私を見て、ご飯を口にしながらディアボロスさんの言葉にクラッズさんが笑って答える。
「たとえ状況がどうなろうが変らんな、俺達は、どんな状況だろうがいつも通り、自分勝手だ」
リーダーさんがそう言って笑う。
「あたりまえじゃないですか…」
おもちゃの指輪を手にはめて、私はフェアリーさんの手を取る。
「だね…」
そんな私の頭を撫でながら彼も笑った。
「我々はノイズメーカーだ、自分勝手で喧しくない我らなど、私たちではないだろう?」
彼の言葉に皆が笑う。
「…だな」
「うん」
「だね」
そう…私達はノイズメーカー。
皆、自分勝手で喧しくて、仲が良い。
それが…私達だった。