ギルガメシュがクロスティーニ学園にやってきて、4日が過ぎた。  
 ガレノス先生曰く驚異的な回復力を見せた彼はようやく退院し、保健室から学生寮へと移り、そして…。  
「サイズはどう?」  
「ああ。丁度いい」  
 寮母のトレネッテの問いに、オレンジ、白、黒の三色を基調とする、クロスティーニ学園の制服を纏ったギルガメシュはそう頷いた。  
 元々着ていたパルタクスの制服はかなりボロボロになっていたので、せっかくだからとトレネッテが用意したのだ。  
 ただ、この制服は1つだけ他の制服と異なる点がある。  
 
 ギルガメシュもセレスティアなので羽がある為、半分ほど見えないが、それでも羽の隙間から背中に大きく描かれたそれは目立っていた。  
 天使の羽と月桂樹の葉に包まれた、一本の剣とその上に書かれた髑髏のモチーフ。  
 そんなマークの上には『我、最強なる者』と書かれ、マークの下にはGilgameshの名が描かれている。  
 そう、この制服はパーソナルマークを入れた制服なのである。もちろん、前例は無い。  
 
 姿見でマークの存在を確認したギルガメシュは再び満足そうに頷いた。  
「ありがとう。大した腕前だよ」  
「そう言ってもらえると嬉しいわ。…ああ、他にも何か要る?」  
 トレネッテの問いにギルガメシュは笑いながら答えた。  
 
「ああ。この近くの迷宮地図と、転移札をくれ。そうだな…迷宮は三種類ぐらい。転移札は6枚で」  
「あら、もう迷宮に潜るの? 病み上がりだから無理は禁物よ」  
「まぁ、大丈夫さ。それに…今回は、後輩どもを特訓してやらにゃなんねぇしな」  
 ギルガメシュはそう答えてニヤリと笑った。  
 
「おい見ろよ。また落ちこぼれコンビがいるぜ」  
「あいつら入試もギリギリだったんだろ? なんでまだいるのかが不思議だよな」  
「おまけにドワーフとディアボロスでしょ? 知性の欠片も無いわ」  
「アンちゃん可哀そうだよなー。特待生なのに、あんな奴らの相手させられて。エルフで、かわいいのに」  
 放課後。クロスティーニ学園の食堂にコッパ、ビネガー、アンの三人が入ってくると即座にそんな陰口が聞こえてきた。  
 コッパとビネガーへの悪口だけで、アンへの陰口は一つも無い。  
 だからアンは余計に気分が悪くなってしまう。自分ならまだしも、友達がいわれのない事を言われるのが。  
「………」  
「おーい、アン落ち着けって」  
「そーそー。俺達は慣れてるよ、あれぐらい」  
 コッパとビネガーはそんなアンの肩を優しく叩きながら席に座る。  
「でも、コッパ君もビネガー君も、嫌じゃないの? あんな事言われて…」  
 
「そりゃー嫌さ。けどさ、アイツらを見返す為に、特訓頼んだんだろ?」  
「そーそー。俺達皆強くなればたぶんアイツらも何も言わなくなるさ」  
 ビネガーの言葉に、コッパも「だよなー」と返す。  
 皆、という言葉にアンは少し嬉しくなる。  
 アンにとって、コッパとビネガーは本当にいい友達なのだ。  
 特待生入学したはいいけれど口下手で引っ込み思案、そんな彼女に声をかけたのがコッパとビネガー。  
 二人は頭は悪いし成績も悪いけれど、誰かに優しくすることや気を使うことは出来る。  
 だから、アンは二人の友達でいたいのだ。どれだけ馬鹿にされようが、どれだけ失敗しようが、コッパとビネガーの二人は信じている。  
 ヒーローになって、誰かに尊敬されるようなぐらい、立派な人になりたい。  
 そう願う二人の夢を、支える事が出来るのが、アンにとって本当に嬉しい事だから。  
「それにしても特訓って何をするんだろうな? オイラ、少し気になるぜ」  
「あ。俺もそう思う。案外、講義形式でやるかもな」  
「よう。何の話をしてるんだ?」  
「お、ルオーテ」「よう、ルオーテ」「こんにちは、ルオーテ君」  
 ルオーテは三人に「おう」と声を返した後、アンの隣に座った。  
 
「ああ。この前、違う学校の先輩が来たって話、しただろ? その先輩に特訓をつけてもらう事になってさ。それでどんな特訓だろうなーって」  
「へぇ。そりゃすごいな。…特訓っつーぐらいだから、チャンバラでもするんじゃないか?」  
 コッパの返事にルオーテがそう返した時、周りの生徒が何人か吹き出していた。  
「ぷっ、落ちこぼれコンビ特訓するだってさ」  
「どーせすぐ音を挙げるぜ。アイツらバカだしよ」  
「そーそー。こんなはずじゃねぇって叫ぶのが何時になるか賭けようぜ」  
「野郎…!」  
 ルオーテが椅子を蹴ってまさしく立ち上がろうとしたその時だった。  
 
 コッパ達の噂をしていたであろう男子生徒が首を捕まれ、そのまま持ちあげられていた。  
「わっ…! な、なんだ!?」  
「…おい。テメェら、コッパ達の何が解るんだ? ああ?」  
「せ、先輩!?」  
 ギルガメシュだった。ギルガメシュは何も答えずにただ口をパクパクする男子生徒に顔を近づけ、更に睨む。  
「で? なんだ? 言ってみろ? ん?」  
 この時になってようやく正気に戻ったのか、男子生徒のパーティ仲間たちがそれぞれ得物を手に立ち上がる。  
「おい、離せよ! ただ噂してただけだろ!」  
「そうだぞ、あんな…」  
「なんだ?」  
 
 じりっ、とギルガメシュが一歩近より、男子生徒は一瞬仰け反った。  
 そして気付いた。ギルガメシュの瞳が本気だという事を。  
 
「あなた達! なにしてるの!」  
 
 突如、鋭い声がぴしゃりと飛んで、生徒達は一斉にその方向を振り向いた。  
 ギルガメシュが男子生徒をつかんだままそちらの方向へと向くと、二人の方へつかつかと寄ってくる一人の女子生徒がいた。  
 種族は恐らくヒューマンであろう。歳は恐らくギルガメシュとさほど変わらないぐらい。メガネをかけており、可愛いというより凛々しい印象を与えていた。  
「せ、生徒会長!」  
 ギルガメシュに掴まれたままの男子生徒がそう声をあげた。  
「何をしているの! その子を放しなさい!」  
「……」  
 ギルガメシュは大人しく男子生徒を離すはずもなく、そのまま盛大に食堂の床へと叩きつけた。  
 当たり前のように男子生徒は気絶した。  
「…で、何が原因なの? それと、見かけない顔だけど…」  
「……そいつらがコッパとビネガーの悪口を言っていたからです。先輩は二人の為に怒ったんです。悪気はありません」  
 生徒会長の少女がギルガメシュに問いかけた直後、割って入ったルオーテがそう告げた。  
 
「……それは本当?」  
 ルオーテの言葉に、同じく席を立ってきたコッパとビネガーに彼女が視線を向けると、二人は頷く。  
「すいません、実はそうなんです」  
「ギルガメシュ先輩も悪気があったわけじゃないんです、ですので怒らないでやってください」  
「そう」  
 彼女は気絶している男子生徒の手を引っ張って起こしつつそう返すと、コッパとビネガーに視線を向けた。  
「あなた達も馬鹿にされないように、もう少し頑張りなさい」  
 そう言った後、彼女はギルガメシュに視線を戻した。  
「…どこから来たの? それと、背中の――――」  
「パーソナルマーク入れるぐらい目ぇ瞑れ。パルタクスじゃ普通にある」  
「ぱ、パルタクス?」  
「俺が元いた学校だ。ああ、自己紹介が遅れたな。パルタクス学園の副生徒会長、ギルガメシュだ」  
「……クロスティーニ学園生徒会長のエリーゼよ。クロスティーニへようこそ」  
 エリーゼはそう答えた後、もう一度言葉を続ける。  
「制服の改造は校則違反よ」  
「これは刺繍だ。改造には当たらねぇ。校長も寮母も了解済みだ」  
 ギルガメシュの返答にエリーゼは困った顔をしたが、じきにため息をついた。  
「…まぁいいわ。それと、あまり問題は起こさないようにね」  
「そのつもりはねぇからそこまで心配すんな」  
 ギルガメシュはひらひらと手を振ると、コッパ達へと向き直った。  
 
「お前ら。特訓の時間だぞ」  
「へ? オイラ達まだなにも準備してないですけど…」  
「道具は要らねぇし武器もいらねぇ。ただ生徒手帳持って制服だけ着てりゃいい。ああ、それと」  
 ギルガメシュは思い出したように立ち上がると、ハンカチを三枚取り出す。  
「目的地まで秘密なんでな。これで目隠しをするぞ。いいか? 嫌なら、オレがいいって言うまで眼を瞑っていろ」  
「気をつけてけよ。しっかりな」  
 ギルガメシュの先導で目隠しをした三人が食堂を出ていくのを、ルオーテはそう声をかけて見送った。  
 
「よーし、目隠しをとれ」  
 ギルガメシュの声が聞こえ、コッパ達はようやく目隠しを外した。  
 そこは、見慣れぬ迷宮の中。今にも崩れそうな壁、荒れ果てた通路。  
 そして遠くから響くモンスターの唸り声…。  
 特に歩いた感覚は無いから転移札を使ったのだろうが、クロスティーニ周辺にこんな構造の迷宮は無い。  
「ずいぶん遠くまで来たんだね」  
 アンが震える声でつぶやき、ビネガーも「そうだな」と呟く。  
 丸腰でアイテム無しで迷宮に入るというのもずいぶんと違うものだな、とも思う。  
「先輩。ここはどこですか? それと、どんな特訓を…」  
「簡単だ。これから転移札も帰還札も一切使わず、クロスティーニまで歩いて帰ってこい」  
 
 コッパの問に、ギルガメシュはそう答えた。  
 コッパはなら、それなら時間はかかるけど大した――――と思いかけてふと、ここが見知らぬ迷宮であること、そして今、武器もアイテムも何も持ってない丸腰である事に気付いた。  
「…正気ですか? 今、生徒手帳しか持ってないですよ?」  
 ビネガーも震える声で問いかける。  
「よく言うだろ。習うより慣れろってな。アイテム・武器は全部お前らが自分で調達するんだ。食料もな。はっきりいうが、これぐらいをこなせなきゃ冒険者として強くなるのは難しいぞ」  
「「「………」」」  
 ギルガメシュの言葉に三人は息を飲む。  
 アンはともかく、コッパとビネガーの二人は落ちこぼれと言われまくっているのだ。  
 そんなヤツらを見返すには、人とは違うことをどうにかなさないといけないだろう。  
「これをこなして帰ってきたら、次の特訓をしてやる。だから頑張れ。テメェらが死んだら――――その時はその時だ」  
 ギルガメシュはそう告げると、くるりと背を向け、そして三人が口を開くより先に転移札を使って消えてしまった。  
 取り残されたのは、三人である。  
「………なぁ、どうする?」  
 最初に口を開いたのはビネガーだった。  
「と、とにかく行くっきゃないだろ。このままここにいたって、オイラ達死ぬだけだしな」  
「だよな。アン。行こう」  
「う、うん」  
 
 武器も無い。アイテムも無いし食料も無い。全てが現地調達という壮絶なサバイバルを、彼らはその身を持って体験しようとしていた。  
 ギルガメシュが一年の頃は、一人だったとはいえアイテムや武器は持ち込んでいた。  
 でも、ギルガメシュは、コッパ達に仲間がいるという点を除けば更に過酷な条件を課したのだった。  
 それは彼らは知らない。彼らは、生き延びる為に前進するしかないのだから。  
 
「………」  
 コッパ達を迷宮の中に置いてきたはいいが、もしかすると迷宮のレベルが高すぎたかも知れない。  
 ギルガメシュは出てきた迷宮を見ながらそう思った。  
 出るまでに何度かモンスターと遭遇し、当たり前のようにギルガメシュの敵ではなく容赦なく切り捨ててきたが、コッパ達の実力を考慮すると、少し強すぎるかも知れない。  
「ま、いいか」  
 まぁ、それぐらいでもいいのかも知れない。  
 自分のレベルより多少上の相手と戦えば、その分だけ早くレベルも上がるというものだ。  
 ギルガメシュもそうして強くなったのだから。  
「…けど、あんな風に目ェキラキラ輝かせて強くなりたいっていうのも、珍しいぜまったくよぉ…」  
 少なくともただ純粋に強くなりたいと考えていたギルガメシュとは違う。  
 コッパもビネガーも、強くなりたいと言っていたがただ強くなりたいというだけじゃない。  
 
 もっともっと、本当に目的があって強くなることを目指しているような…そんな感じで。  
 アイツらが上手く生き残ってくれればいいのだが、とギルガメシュが思ったその時だった。  
 
 遠くの方で誰かの叫び声が聞こえた、ような気がした。  
 
「………?」  
 気のせいか、と思いかけた時、再び声が聞こえた。上空からだ。  
「!」  
 上を見上げる。  
 するとそこには六頭、いいや、上に小さな影が乗ったダークドラゴンがひたすら逃げまわり、それを五頭のスカイドラゴンが追いかけていた。  
「……ぃ…誰かー!」  
 ダークドラゴンの上に乗っている小さな影が悲鳴をあげているがスカイドラゴンはためらうことなくブレスでダークドラゴンを攻撃しようとしている。  
 ダークドラゴンは逃げようとしているが、背中に人を載せているせいで、上手く速度がでない。  
「……チッ!」  
 おおかた竜騎士気取りのガキンチョがダークドラゴンに乗って遊んでいるうちにスカイドラゴンにちょっかいでも出したのだろう。  
 スカイドラゴンは群れで生きる生き物だ。一頭にちょっかいを出すと何頭も襲いかかってくる。  
 
 だが、リハビリ代わりにスカイドラゴンを狩るのも悪くない。  
 ギルガメシュは地面を強く蹴り、近くの岩へと飛び乗ると上空を飛び回るスカイドラゴンへと全身の力を込めて、グレネードを投げつけた。  
 スカイドラゴンの一頭が炎に包まれ、直後、片羽を失ったスカイドラゴンが墜落していく。  
 そして、残りの四頭がギルガメシュへと牙を剥いた。  
「来いよ、相手してやる!」  
 デュランダルを抜いたギルガメシュはまず岩から飛び降りて急降下してきたスカイドラゴンの体当たりをかわし、そのまま背中を見せた一頭へと斬りかかる。  
 鮮血が飛び散り、斬られた一頭が悲鳴をあげながら全身をひねって攻撃しようとするが、ギルガメシュには遅く見え過ぎた。  
 そのスカイドラゴンの背中を蹴って、そのまま首を切り落とす。  
 二頭目を倒した直後、残りの三頭が一斉に火炎弾を放った。だがギルガメシュはその場からサイコビームを三発放ち、火炎弾を迎撃。そして第二派の三発を連続で放った。  
 三発のサイコビームを受けたスカイドラゴンが地面へと激突し、動かなくなった。残り二頭。  
 スカイドラゴンは咆哮をあげて、前後からギルガメシュを押しつぶすべく二方向から急降下してくる。だが、やはり隙だらけだ。ギルガメシュは少しだけ笑うと、デュランダルを下に向けたまま、身構える。  
 そして、二頭が急降下して、ギリギリまで迫ってきた時。  
 
 強烈な斬撃で、二頭の首が飛んだ。  
 目にも留まらぬ早業。ドラゴンの首すら切り落とす力を、その信じられない速度で振り回す。  
 それがギルガメシュの強さ。圧倒的な力と圧倒的な攻撃速度。それが彼の強さなのだから。  
「大したコトねぇな」  
 剣を収めつつそう呟いた時、追われていたダークドラゴンが旋回しつつ、ギルガメシュの前へと降りてきた。  
 そしてその背中に載っていたのは――――片羽のセレスティアの少女。羽を後天的に失ったのか、それとも元々無いのかはわからないが、セレスティアにとって羽が片方しかないのは、忌むべきものとされている。  
 もっとも、それだけで人を見る程、ギルガメシュも狂ってはいない。  
「ありがとう! ドリィ、お腹が空いてて振りきれなかったんだ」  
 少女はダークドラゴンをいとおしそうに撫でつつそう口を開いた。  
「礼はいらねぇよ。……ソイツ、ずいぶんおとなしいんだな」  
 ダークドラゴンが人に慣れるなんて聞いたことは無いが、少女は平然と撫でていた。  
「ドリィは私の友達だから」  
「……そうかい」  
 ギルガメシュはダークドラゴンを注意深く観察していると、色々な事に気付いた。  
 
 結構な歳を生きているであろうダークドラゴンだが、強烈なまでに痩せていた。体色も良くなく、あまり良いものを食べてないようにも見える。  
 幾つも傷があるが、それは表向きふさがっているようだが、薄い膜が覆っているようなだけでいつ開いてもおかしくない。  
「…………」  
 永くないな、と思った。  
「それにしても、あのスカイドラゴンを五頭を簡単に倒しちゃうなんて、すごいんだね」  
「まぁな」  
「名前、なんていうの? 私はアスティ」  
「…ギルガメシュだ」  
「いい、名前だね」  
「…そうか。あんがとな」  
 誰かにいい名前と言われるのは、初めてだった気がした。  
 
 

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