「ギルギル、起きて。ここまで来ればもうすぐブルスケッタ学院に着くよ」
ドリィの上で横になって寝ていたギルガメシュを、アスティがそう言って起こすとギルガメシュはようやく眼を覚ました。
「ん……ああ、背中に載せてもらって悪ぃな」
「ううん、気にしないで」
ギルガメシュは大きく伸びをすると、視界の下の方に幾らかの建物が見える。
あれがブルスケッタ学院か、と思う。確かに歴史が長いように見える。まぁ、ギルガメシュがいたパルタクスは比較的若い学校だったが。
「…じゃあ、私はこれで。ギルギル、また会おうね」
「おう。あんがとな」
ギルガメシュはそう答えてひらひらと手を振り、ドリィの背中から飛び降りた後、翼を器用に使って滑空する。空を自由に、とまでは行かずとも滑空ぐらいなら出来る。
そして文字通り滑空した状態のまま―――――ブルスケッタ学院の校門をくぐった。
「ようこそ! ブルスケッタ学院へ!」
見学に来た、とやってきたギルガメシュに対してブルスケッタ学院は信じられない事に、文字通りその歓迎の言葉と案内役の生徒をつけてきた。
クロスティーニ学園もまだ全部見て回ったわけではないが、パルタクスやランツレート、マシュレニアといった各校に比べると外部者にフレンドリーな気がする。
「今日の案内役を任されました! なんでも聞いて下さい!」
メガネをかけたクラッズの少女は嬉しそうにそう言うと、ギルガメシュを先導して歩き出す。
「ブルスケッタは魔法をメインに学んでるって聞いたが……資料とか多いのか?」
「はい、とても多いですよ! 古くから炎・水・雷・土の四大属性に加え、光・闇、味方に力を与える補助魔法に回復魔法、精霊魔法から死霊魔法、風水魔法……ありとあらゆる魔法の資料が蔵書として所在します。他校の生徒も感心するぐらいなんですよ! すごいです」
まぁ、ギルガメシュとて武術一辺倒ではない。君主学科は回復魔法や光属性魔法も扱うので、それへの参考になるかも知れない。
「見に行ってもいいか?」
「はい、どうぞ! 今はちょうど、他校の生徒さんが閲覧してますよ」
クラッズの少女に先導されつつ図書館へと向かうと、図書館だというのに何故か奥の方で何人かの生徒達が盛り上がっていた。
「えー、絶対こう来て、こう書いてこうの方が効率的だべー?」
「無茶苦茶言うな。効率的ではあっても、この構築式は明らかに見づらいだろう! これが俺流構築式だ。美化委員副委員長が言うには間違いない!」
「えー、フランはこの方がいいと思うよなー?」
「ごめん、リモン。こっちの方が見やすいし分かりやすい……で、でもリモンはこんな構築式書けるんだから大したものよ! うん!」
「それは言えている。こっち側の錬金術はノームしか扱えないなんて、実に興味深いな。ヒューマンはどう……」
「…………」
「ヒューマンさんは先程からずっと蔵書を読んでらっしゃいますわね。よほど気に入ったのでしょうか」
「まぁこんな凄い蔵書に触れられる機会なんてそうそうないからな」
「……イベリオン!」
「待て!? 図書館内で試すなー!!!!」
「あの声は…」
ブルスケッタの制服を着ている生徒と錬金術について話すディアボロス、魔導書を読んでいる間に魔法を試したヒューマン、そしてその隣にいるセレスティア。
全員、見覚えのある制服。
「お前ら無事だったのか」
「あれ、ギルガメシュ君? 無事だったのね…」
セレスティアが慌てて顔を挙げ、それにディアボロスとヒューマンも振り向く。
「先輩! 生きてたんですね」
「どうにかな。お前らも無事で何よりだ」
「ああ、そうだ。先に紹介しておきますよ、先輩。こちらはブルスケッタ学院の…」
「リモンだべ」
「フラン。よろしく」
先程ディアボロス達と話していたノームの少年とディアボロスの少女はそう名乗ると、ギルガメシュと一度握手を交わす。
「……あんた強いね」
フランは少しぞっとしたような声でそう言った後、席へと戻る。
「仮にも学園最強でしたものね」
セレスティアが笑いながら答える。確かに、今は過去になってしまったかも知れない、最強の名。
「何時だって取り戻すさ」
そう答えた後、ふと思いだしたようにギルガメシュは口を開く。
「そういやエルフはどうした?」
「ジュースを買いに行ったよ」
「すんません、おまたせして…って先輩!?」
「エルフ。図書室では静かにな」
どうやらこの世界での日々も、色々と面倒くさい事になりそうだな、とギルガメシュは思った。
迷宮の中を、3つの影がさまよっていた。
「おい、出口はこっちで合ってるのか?」
戦闘を歩くビネガーがそう後ろに声をかけると、次を歩くコッパは首を横に振る。
「オイラが知るかよ…ほら、よく言うだろ? 右の壁に沿って歩き続ければ出られるって」
「一向に進んでる気がしないけどな!」
コッパの言葉にビネガーは苛立たしげに返す。
「うるせぇよ! オイラだって別にそれが正しいとは…」
「でもやってんじゃん」
「わかんねぇからやってんだろ」
「無駄足だったらどうすんだよ」
「だからそれもまだわかんねぇだろ」
二人が言い争いを始めた時、近くでがさりという音が聞こえた。
「「!」」
「も、モンスター…!」
コッパとビネガーが凍りつく中、その後ろでアンが恐ろしげに声をあげる。
エリマキゾンビと食われかけミイラ、更にツインヘッドとなかなか強力なモンスターが、三人を囲んでいた。
だがしかし、それに対抗する手段が無い。何故なら三人とも今素手なのだ。
「…どうする? 逃げるか?」
「逃げるが勝ち…だよな! アン、逃げるぞ!」
「う、うん!」
三人が尻尾を巻いて逃げ出そうとした時、エリマキゾンビが突進してきた。
先頭を走ろうとしていたコッパは見事に体当たりを食らってバランスを崩す。
「いでぇ!」
「バカっ、倒れんな!」
続いてビネガーもそれにつまずき、更に後続のアンもビネガーの背中に当たる。
そしてそのまま三人は倒れこみ、そこへ次々とモンスターが文字通り襲いかかる。
ツインヘッドの一撃がビネガーを襲う。
背中から文字通り強烈な一撃を食らったビネガーは飛びそうになる意識を痛みが強引に引き戻すという苦しみを味わった。
「ぐっ……」
立ち上がろうと慌てて手を振り回すが、その腕を食われかけミイラが引っ掻き攻撃を加える。
鮮血が飛び散る。
更に食われかけミイラはビネガーの背中へと襲いかかるがビネガーは慌てて横へと転がった。
それ自体は責められたものではないが、それは下にいたコッパを無防備に晒してしまった。
「ぎゃあああああああ!!!!」
コッパは腹を大きく抉られ、悲鳴をあげた。
ビネガーが慌てて顔を挙げようとした時、エリマキゾンビが再び体当たりを浴びせた。
「やめて、やめてぇぇぇっ」
そして別の後続はアンへと襲いかかろうとしていた。
食われかけミイラとエリマキゾンビによって壁に抑えつけられたアンは肩や手足に噛み付きや引っ掻き攻撃を何度も食らっていた。
殺される、とアンは思いかけた。
コッパは腹を抉った食われかけミイラの腕に噛み付いていた。
強引に攻撃を止めると、手が数回迷宮の床を彷徨い、落ちていた石を掴んで盛大に殴りつける。
そして食われかけミイラが崩れ落ちると同時に、石をそのまま近くで床に倒れかかっていたビネガーへと投げ渡す。
ビネガーは受け取るやいなや、夢中で反撃を開始した。
コッパも素手でそれに続き、鮮血を垂らしながらも彼らは戦いを始める。そしてそれを見ていたアンは少しだけ勇気を取り戻した。
やれるだけの事はやろうとばかりに、自身を押さえつけていたエリマキゾンビの顔を掴み、ありったけの力を集めてファイアの魔法をぶつける。
十数匹のモンスターは彼らの反撃に驚いたのか、少し尻込みしかけていた。だが、三人はどうにか体勢を整えていた。
そして気付いたのだ。
武器がなくても、己の体を、今まで覚えた魔法を、或いは自分の脳から思いつく戦略を武器に戦う事は出来るのだと。
三人は再び身構え、今度はしっかりとした足取りで敵へと襲いかかる。
コッパはその力強いドワーフとしての拳で。
ビネガーはディアボロスが持つ、強靭な肉体とブレスを武器に。
アンは自らが持ちうる魔法を最大限に使って。
鮮血が飛び散り、悲鳴が上がり、その中を、三人は進む。
そして数分後、全てが終わった後で、三人は。
倒れこんだ。
「…死ぬ…」
「ぁぁ……いでぇ…手ぇ、いだい…」
「こ、怖かったァ…」
コッパ、ビネガー、アンはそれぞれの感想をもらしつつ、床で倒れこんだまま、それぞれ伸びをする。
「動けねぇ…アン、ヒールかけて…」
「俺にも…」
「少し待ってお願い…」
アンはしばらく床に倒れこんで息を整えていると、ビネガーはふと喉が乾いている事に気付いた。
そりゃそうだ。何せ食料も何も無く放り出されたのだ。あれだけ動けば喉も渇く。
「お……」
視線を彷徨わせていると、少し離れた場所にディープゾーンがあり、暗くてよく見えないけれどとにかく水がある事は確かだった。
ビネガーは文字通りそこまで這って行くと少しだけすくって飲む。
冷たい。
続いて顔を突っ込んだ時、コッパとアンもビネガーが水を飲んでいる事に気づき、慌てて側へと寄ってきた。
「畜生、オイラにも飲ませ…」
「コッパ君?」
「んー?」
急に言葉を止めたコッパに、ビネガーも既に飲み始めていたアンも怪訝そうに聞く。
「いや…なんでもない」
コッパもそのまま飲み始めた。
二人に奥が見えないようにわざと身を乗り出してがぶがぶ飲む。
「言えないよなぁ」
コッパは口の中だけで呟く。
「奥に死体が浸かってたなんてさ」
「……ぁぁっ……ぁぁん…っ…」
淫らな水の音と、断続的に響く嬌声。
打ち捨てられた廃墟の中で、クロスティーニ学園の制服を纏った女子生徒達が―――陵辱された後だった。
六人のうち、五人は既に力なく床に横たわり、最後の一人は四つん這いにされて背後から責められていた。
武器はとっくのとうに遠くに蹴飛ばされていて手が届かず、頼りにすべき仲間たちも返事どころか生きてるのかすら解らない。
陵辱されている少女はただ、歯を食いしばりながらも、快楽と苦痛の狭間で、声を出す。
「チッ……もっといい声で啼けねーのかよ」
だが、無常にも彼女を陵辱するディアボロスの青年は嫌そうにそう声を出し、自分から少女を突き放した。
まだ白い液体を吐き出していた自身のモノを軽く振ってからズボンにしまう。
「弱すぎて殺す気にもならなかったけどよ……やっぱ殺すか。つまんねーし」
「…………殺すなら、早く殺して…」
「あ? なんだよ、まだそんな事言える気力残ってたのか?」
青年のつぶやきに少女がそう返答し、彼は興を削がれたような顔をする。
「チッ、だったらテメェだけ殺さねぇで周りの奴らだけ殺しまうか」
「……や、やめて…それは…」
「俺に反抗するんじゃねぇよ」
青年がそう言って刀を振り上げようとした時、彼は背後に気配を感じて振り向いた。
青年と同じ、黒とベージュを基本とした制服を身にまとうフェアリーの青年が小さく手をあげた後、口を開く。
「遊びはそこまでにするんだ、ガラハッド」
「なんだよ、ガウェイン。退屈でしょうがねぇからこうしてるんだぞ?」
「その少女が必要だからだよ。殺す事も壊す事も許さない」
「……ちっ」
ガラハッドが興味なさげに立ち上がった後、ガウェインは入れ替わりに片膝をついて少女の前に座る。
「さて……君のことが必要なんでね。悪いが拒否権は無いと思ってくれ」
そう言ったガウェインの顔は、奇妙なまでに歪んでいた。