「綺麗な月…」  
静まり返った夜の校庭に立ちながら、私は空に浮かぶ銀色の月に向かって手を伸ばす。  
当然ながらその手が月に届くことなど無く、その手は空しく宙を掴んだ。  
「遠いなぁ…」  
すごく近くに感じるのに、絶対に届かない。  
目の届く場所にあるのに手に入ることが無い。  
まるで、私の中のあの人への思いのようで…私は少し寂しさを感じていた。  
あの人はもう寝ているのだろうか?それとも起きているのだろうか?  
そんなことを考えていると小さな音がなって闇の中から錬金術師学科の制服を着た白髪のノームの少女が現れる。  
「…人に練習手伝わせておきながら浸るとは良い御身分ね、銀」  
木製の杖で地面を削りながら、私のあだ名を呼んだ彼女は少し苛立ったような顔で私を見る。  
「あ、ごめん…鈴蘭」  
「そう思うならちゃんと練習しなさいよ」  
あわてて謝りながら杖を拾い上げると呆れたようにそう呟きながら彼女、鈴蘭は手じかな花壇の縁に腰かけた。  
「まずは簡単にアンタの術の流れを見る、通してやってみなさい」  
「うん、分かった」  
鈴蘭の言葉に促されるまま、中断していた練習を再開する。  
―こうして…こう―  
あの人の姿を脳裏に浮かべながら、あの人の動きをなぞって呪文を口にする。  
精霊魔法、今、私が練習しているのはそれだった。  
呼吸を落ちつけ、魔力を集める。  
イメージを描いてそれをかためる。  
そこまではあの人と変わらない。  
だけど…。  
肝心の精霊と交信し呼び出そうとしたところで、魔力が霧散して消えていく。  
「…また失敗」  
「そうね」  
顎に手を当てて鈴蘭は答えながら、真剣な目をして呟く。  
「もう一度」  
「うん」  
言われるままに繰り返す。  
あの人をなぞって、あの人の動きそのままに、だが何度おんなじことを繰り返しても。  
呼び出すところで集めていたはずの魔力は砂のようにこぼれていってしまう。  
「…」  
「また…駄目」  
何度目かの言葉を繰り返し、ため息をついて地面に座り込んだ。  
 
「…何が違うんだろ…」  
単位が足りなくて呼び出し方が分からないのならまだ分かる。  
だけど、呪文自体は知っている、単位だって頑張って取得した。  
高位の精霊を呼び出すことはできなくても低位の精霊ならば呼び出せておかしく無いはずだ。  
なのになんどやってもうまくいかない、何度呼びかけても答えてくれない。  
エルフという種族に生まれて、精霊使いという学科を選んでいるくせに。  
私は一度たりとも精霊を呼び出せたことがなかった。  
 
途中まではうまく行くのに、どうしても精霊を呼び出そうとするたびに魔力が霧散して失敗してしまう。  
「どうしてよ…どうして、来てくれないのよ…」  
 
あの人のようになりたいのに。  
あの人の役に立ちたいだけなのに。  
それすらも許されないとでも言うのだろうか。  
苛立ちをぶつけるように地面に杖を投げ捨てると、鈴蘭は静かに口を開いた。  
「今日はここまでね」  
「…まだ、できる」  
そう言って立ち上がろうとした私を見ると彼女は空を見上げて一言だけ言った。  
「いいえ、ここまでよ、空見てみなさい」  
彼女に言われるままに空を見上げると先ほどまで綺麗に姿を見せていたはずの月を分厚い雲が覆い隠していた。  
「いつの間に…」  
全然気付かなかった  
「雨の中で練習したい?貴方がどうあれ私は嫌だから帰るわ」  
鈴蘭は視線だけで私にそう告げると反論は認めないとでもいうかのように踵を返す。  
「…わかった」  
仕方なく頷きながら私はそれに従って、寮へと歩き出した彼女の後を追う。  
 
一人で練習をしても良いのだけれど、それでもし暴走などしてしまったら、ろくに精霊を呼び出すことも出来ない私が対処できるわけが無い。  
鈴蘭に私の練習を付き合ってもらっているのは、もし魔法が暴走してしまったときに彼女に止めてもらうためだ。  
その彼女が戻ると言った以上、万が一の時のことを考えても今日はあきらめるしかない。  
 
「また、今日も駄目だった」  
「そうね…」  
私の言葉を予想していたかのように、何の興味も持っていないという声で答えると、彼女は不意に何か思いついたように振り返る。  
「…ところで、銀、あんた何でそこまでして精霊使いになりたいの?  
別段今まで通りの通常の魔術であれば問題なく使えるじゃない」  
一瞬、何と言おうかためらいながら私は“用意していた方の答え”を彼女に告げる。  
「…精霊魔法がちゃんと使えるようになれば…皆をもっと守れるようになるから」  
「…ふぅん」  
私の言葉を聞いた彼女はどこかつまらなそうに私を一度だけみて告げる。  
「…まぁ、いいわ、とりあえず、私はそういうことにしておいてあげる」  
「…ありがと」  
「礼を言われても何の事かわからないわね」  
きっと本当の理由に気付いているのに、私の嘘を受け入れていつものように興味を持っていないという表情で呟く彼女に感謝する。  
「ただね…銀、今のアンタじゃきっと永遠に精霊魔法は使えないよ」  
「…どういうこと?」  
「さぁね、ヒントはもうあげたんだから、あとは自分で考えなさい」  
問いかけた私に、鈴蘭はピシャリとそう言いきる。  
無言のまましばらく歩き続けると寮の近くに来たところで鈴蘭は靴を掴んでふわりと浮きあがる。  
「それじゃあ、お休み」  
「…うん、お休み」  
なんとか絞り出すように、そう返すと鈴蘭は寮の壁をかけのぼり闇に紛れるように消えていく。  
その背中を見送りながら、私は彼女の言葉を反芻する。  
―何で精霊使いになりたいの?―  
もともと白魔術師学科だったのだから出来ないのならば戻れば良いだけなのかも知れない。  
だけど、私の目的のためにはもっと強い力が、必要だった。  
「…見てほしいんだもん」  
守ってもらうだけなんて嫌だ。  
あの人の事を私が守れるくらいじゃないと駄目なんだ…。  
 
あの人は小さい頃からの憧れの人だった。  
とても優しくて、私を大事にしてくれて。  
両親が死んだときだって自分だって悲しいはずなのに泣き続ける私を優しく抱きしめてくれた。  
ずっと一緒だった。  
ずっと一緒に育ってきた。  
そして…  
これからもずっと一緒に居てほしいと、あの人のそばにずっといたいと思ってしまった。  
 
「…あれ?」  
自分の部屋に向かおうとした私は、屋上に見覚えのある影を見つけて静かに階段を上り続ける。  
そうして軋んだ音を立てるドアを開けると、暗い屋上の一角に小さな赤い光が漂っていた。  
「またタバコなんか吸って…」  
予想通りの人がそこに居た。」  
肩まで伸びた黒髪のポニーテール、片手に堂々とタバコを持ったエルフの少年は、私を見るといつものように笑った。  
「ようユエ、お疲れさん」  
ユエ、あだ名ではない私の本当の名前。  
両親が亡くなってから私をその名で呼ぶのは一人しかいない。  
「もしかしてみてたの?兄さん」  
私の言葉に兄さんはどこか楽しそうな笑みを浮かべながらタバコを口に咥えてその煙を吸い込んだ。  
「ちょっとだけな、タバコを吸いに来たらお前が鈴蘭と校庭で練習してるのが見えたからよ」  
「そっか…」  
情けない姿を見られていたということが悔しくて、精霊を未だにうまく呼び出せない自分に腹が立つ。  
そんな私の心を見透かしたかのように、兄さんは私のそばまで来ると、私の頭をくしゃりとなでた。  
「辛気臭い顔するな、ユエ」  
「…でも」  
このままじゃ、私は何の役にも立てない、そのことが悔しくて泣きそうになる私を兄さんは優しく抱きしめる。  
「ちょっとうまくいってないだけだ、お前ならきっと出来る、なんてったってお前は俺の自慢の妹だからな」  
「…ありがとう兄さん」  
でも…、と私は心の中で一人呟く。  
―妹じゃ、やだよ…―  
そんな枠に入れないで私自身を見てほしい。  
「それまでは素直に俺に守られとけ」  
「…うん」  
―貴方の隣に立てないと意味が無いの―  
貴方に私を見てもらえないから…  
だって…私は…。  
「私、兄さんのこと大好きだよ…」  
「はは!俺もだ、ユエ」  
笑う兄に抱きしめながら、私は心の中で再び呟く。  
 
―ううん、違うよ兄さん―  
貴方と私の好きはきっと違う。  
貴方は私を妹としか見ていないけど、私はちがうの…  
だって私は…  
 
貴方を異性として見てしまっている。  
貴方に抱かれたいと思ってしまっている。  
―私はね、兄さん…貴方を男性として好きなの…―  
決して口には出せない言葉を心の中で呟きながら、私を抱きしめる手にすがりつく。  
涙を流してはいけない、言葉を漏らしてもいけない。  
だってそうしないと、隠しているこの気持ちを抑えられなくなると、私自身が知っていた。  
 
「もう戻るね」  
だから私は別れを告げる。  
「そうか、まぁ、疲れてるだろ今日はゆっくり休め」  
「うん…」  
いつもと変わらない兄さんの笑顔を見ながら、秘めた思いを隠すように私はそっと屋上の扉を閉め、自分の部屋へ歩き出した。  
 
「うう…寒い…」  
呟く声に合わせて上がる吐く息が白く染まるのを見ながら私は体を震わせる。  
辺りは一面真っ白な雪原だった。  
「全くだな、さっさと見つけて宿に戻ろうぜ」  
今回のクエストの私の相棒はそう言ってタバコをくわえながら…いつも通り笑った。  
「うん…そうだね、兄さん」  
兄さんは何とも思ってないかもしれない、だけど今、彼と二人きりである、という事実に私の心の中で小さく悪魔が囁いて来る。  
―今なら何をしてもバレない…―  
「…何を…しても」  
「どうかしたか?ユエ」  
「な、なんでもない、早く探そう」  
「お、おい!」  
心の中で一瞬思ったことが口に出てしまいそうになり不思議そうに首をかしげる兄さんの手を引っ張って歩き出す。  
この顔が熱いのは、寒さのせいだと自分に言い聞かせて…。  
 
なぜ、私達二人がこんな場所に居るのか、私は兄さんと共に雪原を歩きながら今朝の事を思い出す。  
それはいつものチームでの会議のこと。  
 
ドラッケン学園の寮のロビー  
その片隅には私達のチームのメンバーが座っていた。  
「困ったものだな」  
カソックを身にまとったディアボロスの少年がため息を吐きながら呟くと体面に座ったバハムーンの少女が明らかに肩を落とす。  
「すまない、団長」  
鎖が巻きついた刀を腰に下げたバハムーンの少女がそういうと団長は苦笑してうなだれている彼女に笑いかけた。  
「気にするな鎖、あくまで期限の確認を怠った俺の問題だ、お前が気に病むことじゃない」  
「だけど、実際問題どうするのさ、間に合わないんでしょ期間」  
そんな二人を見ながら右目を眼帯で覆った男子制服のヒューマンがビーフジャーキーを齧りながら呟くと、ヒューマンの隣で爪をやすりで整えていた鈴蘭も軽く頷く。  
「まぁわけるしかないだろうな、チームを」  
さも当然のように団長はそう答えると、異なる二枚の依頼書を見比べながら皆を見渡す。  
「幸い、採取の方は危険度も少ないようだし、人数も少なめで問題ないだろう」  
「人選はどうする?」  
「そうだな…」  
鎖の言葉に団長は全員を見渡すと不意に私を見て止まる。  
「銀、頼めるか?」  
「うん、大丈夫、それなら今の私でも役に立てるしね」  
私は…精霊使いなのに、精霊が使えない。  
そんな私が討伐依頼に参加したところで足を引っ張るだけなのは目に見えている。  
だったら戦闘以外で皆の役に立とう…。  
だからと思って私が頷くと隣に座った兄さんが、不意に私の頭に手を置いた。  
「兄さん?」  
「団長、俺も採取で、別段俺がいなくても戦力的には問題ないだろ?」  
何だろう?そう思って問いただすよりも前に兄さんは団長にそう告げる。  
「そうだな…では、頼むぞ黒」  
「了解、団長」  
そうして、私達は二人で依頼を果たすために雪原へとやってきたのだった。  
 
「んで、目的の花ってのは分かりやすいもんなのか?」  
「少なくとも花弁が水晶みたいって言う話だからみればすぐわかると思うよ?」  
二人で雪原を歩きながら、辺りに生えている草の上に積もった雪をどけて確認しながら先に進む。  
「ホントにそんな花あんのかね?」  
「なかったら依頼になんてならないでしょ」  
タバコをくわえながらそう呟く兄さんにそう言うと、それもそうかと呟きながら、兄さん鞘をつけたままの剣で草の上の雪を払っていく。  
 
「…ねぇ兄さん、何で一緒に来てくれたの?」  
探索を続けながら、何度目かの魔獣を倒し、剣についた血を拭っていた兄さんに、私は不意に問いかけた。  
「…またなんだ藪から棒に」  
「…兄さん、こういう地味な感じの事、嫌いじゃない」  
私の言葉に兄さんは少し困惑したようにしながらもしばらく何か考えながら不意に呟く。  
「別に…たまには兄妹水入らずってのも良いかと思っただけだ」  
「…嘘つき」  
私の漏らした言葉に兄さんは一瞬だけ顔を引きつらせ困ったような表情を浮かべる。  
私には分かっている、何で兄さんが自分からあまり好きでもないこの依頼についてきてくれたのか。  
「私…そんなに頼りない?」  
…私に力が無いから、兄さんにこんなことを強いてしまっている。  
「んなことねぇよ」  
そう言いながら兄さんが私の頭を撫でてくるけど、一度思ってしまったことはなかなか消えてなんかくれない。  
それどころか大好きな兄さんにそんなことを言わせてしまう自分自身に悔しさがこみ上げてくる。  
 
「ユエ…泣くな」  
「やだよ…私だって兄さんの役に立ちたいよ…」  
今までずっと抑えてたのに、二人きりであるという状況に少しずつ気持ちがこぼれ出す。  
「…ユエ?」  
兄さんが困惑した表情で私を見ている。  
当然だろう、私がどうして泣きだしたのか分からないから…。  
涙がこぼれるのと同時に今まで抑えてたものがこらえられずにこぼれ出す。  
「ねぇ兄さん…私はいつまで妹なの?どうしたらホントの私を見てくれるの?」  
「落ちつけユエ、お前なんかおかしいぞ?」  
少し強い口調の兄さんの声についに私はこらえられなくなって叫んでしまう。  
「おかしい?私をおかしくしたのは兄さんでしょ…」  
優しくするからいけないんだ。  
ずっとずっとそばに居て優しくしてくれるから勘違いしてしまって。  
分かっているはずなのに、もうこの感情は抑えきれない。  
それ以上言ってはいけないと分かっているのに、私はその勢いのままに、兄さんに向けその言葉を告げた。  
「私は兄妹なんかじゃなくて…異性として貴方が好きなの…」  
その言葉を告げた瞬間、辺りの空気が静まりかえる。  
驚いたような兄さんがタバコを取り落としたのを見た瞬間、今私は自分が何を言ってしまったのかを思い出す。  
「あ…」  
「ユ…エ、今なんて?」  
驚いたままの兄さんがそう言って立ち上がる。  
言ってしまった。  
恐る恐る顔を上げると真剣な表情の兄さんと目が合う。  
「ユエ…俺は…」  
嫌だ…聞きたくない  
脳裏に拒絶の言葉を続ける兄さんの姿が浮かんで胸が締め付けられる。  
「…っ!」  
だから、兄さんが何かを告げようとした瞬間、私は思わず逃げ出した。  
 
言ってしまった、壊してしまった。  
この世でたった一つしかない居場所を私自身で壊してしまった。  
あんなことを受け入れてくれるはずがない。  
ボロボロとこぼれる涙が冷気にさらされ凍っていく。  
自分がもはやどこを走っているのかも分からない。  
ようやく立ち止まった私は自分がしてしまった事の後悔にとらわれる。  
「ふ…ぐっ…」  
どうして言ってしまったんだろう、あんなこと言えばもう居られなくなると分かっていたのに…。  
兄さんは絶対に気持ち悪いと思ったはずだ、実の兄にそんな感情を抱いていたなんて知りもしないはずなのだから…。  
苦しい、悲しい、いろんな感情が混ざり合いすぎて、もう何が何だか分からない。  
それでもふらふらとした足取りで休む場所を探していると、不意に視界の端にきらきらと光るものが目に入る。  
「あれは…」  
雪で覆われた大きな木、その麓にひっそりと生えた水晶のような花弁の花がただ一つ、ぽつんと咲いている。  
「…遅いよ」  
もう少し早く見つかれば、今までどおりでいられたのに。  
それでもその花を取るためにゆっくりと近づいていく。  
依頼はこれで完了、だけど達成感など何もない。  
「兄さん…」  
あの人はどう思うんだろうか、これからどうやっていれば良いのかもう何もかもが分からない。  
 
分かっていたのだ、他の人達とは違う…。  
私と兄さんは兄妹、受け入れてもらえなければ、これからもそのことを引きずって生きていかなくてはならない。  
だから隠していたのに…。  
ぐるぐると回る思考のまま私は無造作にその花に手を伸ばす。  
グルル…  
「何…?」  
突然聞こえた泣き声に私は思わず身構える。  
ズシャリ…と重量感のある足音と共に現れたのは全身を氷で覆った竜だった。  
その眼は明らかに花を取ろうとした私に向いている。  
「団長の嘘つき…危険性は少ないって言ってたじゃない…」  
ただでさえ、今は私一人しかいないのにこんな相手に勝てるとは思えない…。  
「それでも…」  
やるしかない、相手はすでに臨戦態勢に入っている、簡単には逃がしてくれないだろう。  
「…足りるかな?」  
腰のポーチに手をかけてその中に入った呪符を確かめる。  
私は足手まといに何かなりたくない…。  
取りだした呪符を片手に走り出す。  
同時に竜も動きだし、鋭い爪を私に向かって振り下ろす。  
何とかそれを回避しながら私は複数の呪符を投擲する。  
火、水、土、風、それぞれの魔法がはじけ竜の体をほんの少しだけ傷つける。  
―水は無意味、風も効果なし―  
当たった瞬間のリアクションを元に頭の中で効果の低いものを選択肢から切り捨てる。  
戦う力が無い代わりに私が何とか編みだした分析技能、その全てを活用し、効果のある攻撃の身を繰り返す。  
だけどもともとの火力に乏しい私では攻撃を回避し、時折呪符による攻撃をするのが関の山だった。  
 
戦いが長引けばそれだけ、私の体力も削れていく。  
「くっ!」  
振り下ろされる爪を転がって回避し、もっとも効果の高かった火属性の呪符を投擲する。  
「燃えろ!!」  
私の言葉に反応して呪符は竜の顔ではじけて炎を発するが、水晶のようなもので出来た外殻をわずかに焼いただけ。  
むしろそれに憤った竜の攻撃はさらなる鋭さを増して襲いかかってくる。  
「きゃぁ!」  
何とか攻撃を回避しながら私は現在の状況を分析する。  
残存の火属性呪符枚数13枚、これまでに使用したのは17枚。  
攻撃の手は緩むどころか加速し始めていることから相手はまだ余力を残しているに違いない。  
「足りない…」  
勝てない、それを冷静に理解する。  
この程度の火力では押し切られてしまう。  
相手を怯ませられるぐらいの火力でないと、攻撃を回避しながらでは無理がある。  
どうすればいいのだろう?  
気持ちは焦っても、力の無さはどうにもならない。  
必死で攻撃を回避しながら反撃を重ねるがそれが効果を発揮しているようには思えない。  
「しまっ!!」  
余計なことを考えていたせいか、回避に失敗し私はそのまま転んでしまう。  
命を失うには十分すぎる隙  
見開いた眼に竜の尻尾が迫る。  
―ごめんね…兄さん―  
心の中で呟いて私は静かに目を閉じた。  
 
ガキィィン  
けたたましい金属音に驚いて私は目を開く。  
「…っ!間に合った!!」  
それは聞き覚えのある声だった。  
黒い髪、エルフには不釣り合いな大剣、私に振り下ろされるはずだった竜の尻尾は大剣によって振り下ろされる直前の空中で止められている。  
「邪魔…くせぇ!!」  
気合の言葉にその人が剣を振るって尻尾の一撃を受け流す。  
「兄…さん?」  
ぽつりとつぶやいた私の言葉にその人は振り返っていつもの笑みを浮かべて言った。  
「よぉ、ユエ、こんなのと遊んでんなよ、バカ野郎…」  
「何で…」  
どうして来たのか、どうしてそうやって笑えるのか、言いたいことがあり過ぎて何を言えば良いのか分からない。  
そんな私を置いて兄さんは、竜に向かってきりかかる。  
連続の斬撃は怯ませるまではいかないがある程度の攻撃を抑える事に成功してはいる。  
だけど…やっぱり足りない。  
「セイッ!」  
ビシリ、気愛の掛け声とともに振り下ろした剣は水晶のような外殻にヒビを作る。  
「もう一回!!」  
そのヒビをめがけて兄さんは再び剣を構えるが、そこからこぼれる音を聞いた私は思わず叫び声をあげた。  
「駄目!兄さん逃げて!!」  
「!?」  
私の言葉に兄さんが剣を振り下ろすのをやめあわてて飛び退る。  
その瞬間にヒビは一気に広がり内側から砕け、まるで弾丸のようにその破片が飛び散った。  
「今のは何だ?」  
くるくると大剣を片手で器用に操り水晶の塊のような弾丸を撃ち落とした兄さんが背中を向けたまま私に問う。  
「外殻と本体の間にガスみたいのでスペースを作って、本体に衝撃を伝えないようにしてるんだと思う…あれをどうにかしないと、倒せない」  
私の言葉を聞いた兄さんは竜に向き直ったまま再び剣を構える。  
「ならとりあえず撤退だな、ユエ…一瞬で良い、アイツの視界を奪え!」  
「う、うん!!」  
言われるままに残り少ない呪符をかき集めまとめて竜に向かって投擲する。  
防御の事は考えない、ただ正確に目標に向かって投げつける。  
私に向かって振り下ろされた爪の攻撃を兄さんが剣で受け止める。  
そうして竜の視界を奪うために私は再び呪符に命じる、  
「燃えろ!!」  
遅れて爆音、まとめて投げつけた5枚の呪符は狙い通り竜の目のすぐ近くで爆発する。  
怒り狂った竜が尻尾を振りまわして暴れるのを回避しながら兄さんが私を抱きかかえて口に咥えた呪符を引きちぎる。  
「壁の中に飛ばないでくれよ!」  
兄さんが何を使ったのかを理解した瞬間、私達の体は光に包まれた。  
 
ガラガラと音を立てて私達は地面に着地する。  
「っ!…何とか、成功か」  
「そう…だね」  
戦闘中テレポル、どこに飛ぶかは分からないが、あの状況ならそうでもしないと逃げられなかったのだから、兄さんの行動は正しい。  
きょろきょろとあたりを見回すとそこは外よりもほんの少しだけ温かい。  
「洞窟か…ちょうど良いな、とりあえずしばらくは休めるだろう」  
「うん…もう、外も暗いし宿に帰るのも無理があるもんね…」  
「だな…今日はここで野宿だ」  
兄さんはすぐに適当な木切れを拾い集めるとそのままライターで火をつける。  
洞窟にほのかな明かりがともったところでようやく私は、言葉を紡ぐ。  
「…助けてくれてありがと…」  
「ああ、気にすんな…」  
言葉は少ない、会話も続かない。  
すぐに無言になってしまって何とも言えない空気に満ちている。  
何をしゃべれば良いのか分からない。  
何と言えば良いのか分からない。  
不安な思いだけが募ってだんだん苦しくなってくる。  
しばらくして洞窟の中が温まってくるとようやく兄さんが呟いた。  
「…何で逃げた」  
「…!」  
ビクン、と思わず体が震える。  
「それは…私…」  
「兄妹のくせに気持ち悪い…」  
予想していた言葉に思わず耳をふさごうとする私に、兄さんは更に言葉を告げる。  
「と、言うとでも思ったか?」  
「え?」  
 
予想外の言葉に思わず兄さんを見上げると、兄さんはいつもの表情で笑っていた。  
「そんな不安そうな顔してんな、俺がそんなこと言うわけないだろ?」  
「どういう…こと?」  
―兄さんはいつも通りのはずなのに私はその言葉がうまく理解できない―  
「どういうことも何も…言葉通りの意味だよ」  
―それではまるで…―  
「え?おかしいと思わないの?だって私達兄妹なのに…それなのに私…」  
―貴方を異性として好きだと告げたのに…―  
それなのに兄さんはいつも通りの表情で笑う。  
「俺は嬉しかった」  
「え?」  
兄さんの言葉に私は耳を疑う、そんな私を抱き寄せながら兄さんは私の耳元でその言葉を告げる。  
「俺もお前を好きだった。兄妹なんかじゃなくて、一人の女として…な」  
「嘘だよ…」  
予想外の言葉にそれが真実と信じられず、私は兄さんの胸を押して思わず距離を取ってしまう。  
「嘘じゃねぇよ…真実だ」  
「嘘でしょ…兄さん優しいから私を傷つけないように、ってそんな…」  
何が何だか良くわからない、ただ…そんな夢みたいなことあるはずないと、素直じゃない言葉が出てしまう。  
そんな私を見ながら兄さんはやれやれと肩をすくめる。  
「お前って、昔からそうだよな…」  
「え…?」  
言葉と共に兄さんは私を抱き寄せるとそのまま体勢を入れ替えて私を押し倒す。  
「兄さ…」  
何をするの…、そう問いただそうとした私の口が温かい感触にふさがれる。  
「んむ…」  
「…甘いな、俺好みの良い味だ」  
キスをされた、その事実に困惑する私を尻目に兄さんの手は私の制服のボタンを一つ一つ丁寧に外していく。  
「兄さん何を…」  
「言葉じゃ…どれだけ言ってもお前は納得しないだろ?」  
 
そこにあった兄さんの眼はとても真剣で、それでいて優しさを感じさせてくれる光が宿っている。  
「だから…お前の体に直接教えてやる」  
パチンと小さな音を立てて最後のボタンが外されて、兄さんに私の下着がさらされる。  
―体に直接教える―  
それが何を意味しているか、分からない私ではない。  
だから私はその眼を見つめながら静かに頷く。  
「嫌だったら言えよ?」  
嫌なわけがない、ずっとこうする事をこうなる日をずっとずっと夢見てきたのだから…。  
だから、私は兄さんの手を取って耳元で小さくその言葉をささやく。  
「初めてだから…優しくしてね」  
私の言葉に応えるように、兄さんは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながら、再び私の唇に優しくキスをした。  
 
「んふぅ…」  
薪の灯りに照らされたほの暗い洞窟内に私の声が反響する。  
「気持ち良いか?」  
「兄さん…触り方いやらしい」  
「いやらしい事してるからな…」  
クスクスと笑いながら兄さんが私の胸を優しく揉みほぐす。  
丁寧に、優しく繊細に…。  
まるで壊れモノを扱うかのような優しい力加減で兄さんの手が私の胸をこねまわして形を変える。  
「ふぅ…くっ…」  
言ってしまえばたったそれだけ、たったそれだけの事なのにそれがとても気持ち良い。  
刺激が加えられるたびに皮膚の下にピクピクと電流が走って体の熱をどんどん上げていく。  
「胸、結構敏感なんだな」  
「う…ん」  
「こんなに汗かいて…」  
「ふぁぁ!!」  
言葉と共に突然訪れた今までと違う刺激に大きな声を上げてしまうと兄さんがにやりと顔をゆがめる。  
「今…何したの?」  
「何って…こうだよ…」  
私の問いかけに応えるように今度はゆっくりと、まるでスローモーションのように胸に舌を這わせそろそろと円を描いていく。  
「あ…あ…ああ…」  
兄さんの舌が円を描くたびにゾワゾワと背筋に今まで感じたことない刺激が走り、体中から汗が噴き出すような錯覚を覚える。  
そしてそのまま固くなったそこへたどり着くと兄さんは何の躊躇もなく、その中心に吸いついた。  
 
「ふくぅぅ!!」  
ビリビリと、先ほど感じた強い刺激が背筋を一気に駆け上がる。  
―もっと欲しい…もっとして欲しい…―  
そんな思いが顔に出ていたのか兄さんは目を細めて吸いついたままのそこをカリカリと噛む。  
「ひひゃ!くふぅん!」  
そうして胸を弄びながら兄さんの手が私の大事なところへ伸びていく。  
ぐちゅり…  
「くはぁっ!」  
覚悟はとっくにしていたはずなのに兄さんの予想外の行動と大きく響いた水音に思わず大きな声を再び上げる。  
そんな私を楽しそうに見ながら兄さんは耳元で囁いた。  
「ずいぶんたっぷり濡れてるな…ユエ」  
恥ずかしい事を言われている、それが分かっているのに私は何も反応出来なかった。  
なぜなら…  
「兄さん…まって!ゆび…指がはいってぇ…」  
自分の中、浅い場所ではあるけれどそこに確かに自分のものではない熱が入っている。  
兄さんの指はまだ狭い私の中をほぐそうとするかのように、浅い場所でゆっくりと円を描く。  
自分の中に自分のものではない異物がある、それなのにそれすらも気持ち良い。  
「にい…さ…」  
グチュグチュと続けられる愛撫に頭の中が溶けて来て次第に一つの事しか考えられなくなっていく。  
「限界か?」  
「うん…早く、兄さんと一つになりたい…」  
私がその言葉を口にすると、兄さんはごくりと唾を飲み込んで熱に浮かされたような声で呟く。  
「体勢…変えるぞ」  
「うん…」  
兄さんに言われるがままに四つん這いになって腰を兄さんに向ける形をとる。  
ショーツはまだつけてはいたが、もはやそれは完全に濡れてしまって下着越しでも兄さんには私の形がはっきりと見えてしまっているだろう。  
恥ずかしい、死んでしまいそうなほど恥ずかしい。  
カチャカチャと兄さんがズボンを下ろすまでの時間を私は腰を上げたまま必死で耐える。  
「準備…いいか?」  
「う…ん」  
背中越しに見える兄さんのモノはとても大きくてあんなものが本当に入るのかと怖くなる。  
だけど勇気を出して私は自らショーツを引き下ろす。  
もはや隠すものは何もない、素肌をさらしたその部分にドクドクと脈打つ兄さんのモノが押しあてられる。  
 
はぁ、と熱い吐息が勝手にこぼれ、期待と恐怖で体が震える。  
そんな私を心配したのか兄さんが優しげな眼で私を見つめる。  
「ユエ…これがラストのチャンスだ、やっぱり嫌だっていうなら今言ってくれ」  
―兄さんはやっぱり優しい…―  
本当なら今すぐにでも入れてしまいたいだろうに、それでも私を心配してくれる。  
だから私はそんな兄さんに、一番の笑顔を浮かべながら答える。  
「今更…やめてなんて言わないよ、最後までしよう、…ルーク」  
兄さんではなく…彼の本当の名前を呼ぶ。  
今から兄妹の垣根を越えようと言う私なりの意志表示。  
「分かった、行くぞユエ…」  
私の言葉に覚悟を決めたように兄さんは私の腰を掴んで押し当てたそれを埋没させていく。  
「んくっ!」  
「くっ!」  
ミシミシと私の膣内を割り開くように兄さんのモノが入っていく。  
「ユエ…力抜け」  
「う…うん…!」  
すごく痛くて、泣きだしそうで、額には汗が浮かぶけれど着実にその時が近づいているのが分かる。  
はぁはぁ、と互いに荒い息をしながら私の純潔の証についに兄さんがたどり着く。  
「怖いよな…」  
「ううん…」  
兄さんの呟いた言葉に私は首を振ってそう答える。  
「ルークが一緒だから怖くない、だけど…」  
「ん?」  
「キスしてほしい」  
「はいよ…」  
触れ合うだけのキスではなくて絡み合う様なキスをして、ゆっくりと離れながら私は頷く。  
それに合わせて兄さんも頷いてからゆっくりと腰を推し進める。  
「う…あ…ああ…」  
プチプチと自分の中で何かがちぎれていく音と激しい痛みがやってくる。  
―あと少し、あと少し…―  
少しでも体の緊張を和らげるために深呼吸を繰り返す。  
そして…  
 
「うっくぅぅぅぅぅ!」  
ブツリと何かがはじける音が響いて、兄さんのモノが私の奥深くまで埋まっていく。  
「るー…く」  
こつんと私の一番深いところに何かがぶつかる。  
確認のために振り返ると兄さんは私の頭を撫で優しく笑う。  
「全部入ったぞ」  
「うん…わかる」  
初めて男の人を受け入れたそこはまだズキズキとした痛みを伝えてくるけど、同時に繋がった部分で兄さんの鼓動も伝えてくれる。  
「ルークのあつくておっきぃね…」  
「お前の中が狭いんだよ」  
「…気持ちよくない?」  
不安になって問いかけると兄さんはクスクス笑いながら何度も背中にキスをする。  
「バカ、んなわけないだろ、良すぎるぐらいだっての」  
「…良かった」  
しばらくそのままの体勢で待っているとちょっとずつ兄さんが腰を動かし始める。  
「ん…っ、うっ…」  
「まだ、痛いか?」  
「…大丈夫、気持ち良いよ」  
心配そうに私を見ていた兄さんにそう笑いかけると兄さんは表情を柔らかくして笑う。  
「めちゃくちゃ痛ぇくせに…」  
「痛いけど…それだけルークが私の事を好きって思ってくれてるってことでしょ?」  
痛みをこらえながら笑うと兄さんが優しく頭を撫でる。  
「バカ…」  
「うん…そうだね」  
ゆっくりと浅く短いストロークで兄さんが腰を動かしていく。  
兄さんの言うとおりまだ痛みは強いけどそれは決して耐えられないものではない。  
それに少しずつ、じくじくと滲みだすように気持ち良いという感覚が芽生えているのも本当だった。  
「ちょっと強くするぞ」  
「うん…」  
言葉と共にズルズルと兄さんが自分を引き抜いて一番深いところまでたたきつける。  
「あう…」  
触れ合った体の体温が、許されない事をしているという背徳感が、私の興奮を一気にあおり、痛みを急速に奪っていく。  
 
「ふ…はぁ…きもち…良い」  
ついに私は堪え切れずその言葉を口にする。  
「良くなってきたか」  
「うん、気持ち良くて頭が溶けちゃいそう…」  
「なら、もう少し早くするぞ」  
兄さんの言葉にうなづくと、言葉通りにペースが速くなり、より強い快感の波が襲ってくる。  
「待ってぇ…やっぱこれ以上速くされたら…私、我慢が…」  
パチパチと目の前で火花がはじけて頭がぼんやりとして一つのことしか考えられなくなっていく。  
そんな私の顔を見た兄さんは満足そうにしながらより深いところを抉るように私を強く抱きしめる。  
「るーく…るーくぅ…」  
「ユエ…ユエ…」  
もはや洞窟には私と兄さんが互いに呼び合う声と濡れた音色しか響かない。  
もやもやとした感覚は破裂しそうなほどに高まって今か今かとその時を待っている。  
「ルーク、もう駄目…私、わたし…」  
「俺ももう…」  
言葉と共に兄さんは私の腰を強く掴み、ラストスパートをかける。  
パンパンと大きな音が響き渡り、ただひたすらに貪られるような突き上げにブレーキが壊れてしまったように快感が加速する。  
そして…  
「ぐ…ぁぁぁ!」  
「ふぁぁぁ!」  
2人分の叫び声とともに私の中を火傷しそうなほどの熱が染め上げる。  
「大好き…兄さん」  
「俺もだ…ユエ」  
初めての行為で荒くなった呼吸を整えながら私達はもう一度深いキスをした。  
 
「どうしようか?」  
「何がだ?」  
兄さんの胸の上に頭を載せて呟くと、私の頭を撫でながら兄さんが私を見る。  
「依頼、花は見つけたけど、あの竜を倒さないと…」  
「その話か、もう少し色っぽい話かと思ったんだがな」  
「…だって、他の話しないと恥ずかしくて兄さんの顔見れないんだもん」  
お腹の中ではまだ兄さんの熱が残っていて、先ほどまでの行為を思い出すだけで体が火照ってくるのが分かる。  
「そうか」  
クスクスと楽しそうに笑いながら兄さんは私の背中をなであげる。  
「しいて言うなら、あの外殻さえ何とかなりゃ、何とでもなると思うんだがな…」  
「そうだね…」  
呪符よりももっと強力な…強い炎があれば、何とかなりそうではあるけれど…  
ヒーロー学科である兄さんの魔法でも壊せるかは分からない。  
精霊魔法を使えればそんな問題も解決できるはずなのに、それも私は使えな…  
―とりあえず、私はそういうことにしておいてあげる―  
「…あれ?」  
「どうした、ユエ?」  
突然身を起こした私を兄さんが驚いた眼で見つめる。  
「兄さん!もしかしたら、私なんでいままで使えなかったか分かったかも!!」  
「へぇ…」  
何でこんな簡単な事に気付かなかったのかと思ってしまうぐらいだけど、きっと間違いない。  
「兄さんのおかげだね」  
「なんか良くわからないが…今まで、ってことはつまり、もう使えるってことか?」  
「うん!」  
間違いない、今の私なら間違いなく呼び出せる。  
だって、隠す必要なんかないだから、偽る必要だって無い。  
だからきっと呼び出せる、間違いなく呼び出せると確信する。  
その事が嬉しくてはしゃいでいると不意に兄さんが私の腕を引いた。  
「なら、明日はリベンジって事になるよな」  
「え…うん?」  
どこか楽しそうな兄さんにそう答えると、兄さんは再びキスをしてくる。  
「だったら、明日に備えて、英気養わせてくれよ…ユエ」  
「…うん、そうだね兄さんにはしっかり守ってもらわないといけないもんね」  
クスクスと笑う兄さんに合わせて笑うと、兄さんは再び私を押し倒した。  
 
ザクザクと雪を踏みしめて昨日の場所に向かうと私達を待っていたかのように竜が咆哮する。  
右の目は酷く焼けただれたままで、残った眼は私達を強く睨んでいる。  
「ユエ、熱い視線送られてるぜ?」  
大剣を引き抜きながら笑う兄さんに、私も笑って杖を構える。  
「困るなぁ…私もう、兄さんのものだから、そんな熱い目で見られても答えられないのに」  
「そういうことだ、俺の女に手を出す気なら、まずは俺を倒してみろよ、トカゲ野郎」  
兄さんの挑発が効いたのか竜は再び咆哮を上げ兄さんに向けて爪を振り下ろす。  
「ユエ!手筈通りに行くぞ!」  
「了解!!」  
竜の爪を大剣で受け流しながら走り出す兄さんに応え、私は術を編んでいく。  
昨日の戦いの時のように呪符を使うのではなく、使うのは今までずっと使えなかった精霊魔法。  
昔、兄さんが見せてくれたときのように。  
兄さんが使っていた時のように、正確に術を編んでいく。  
それまでは今までと何ら変わりない。  
だけど私は、今回は失敗しないというのを確信していた。  
「…今までごめんなさい」  
術を組み上げながら、私は精霊に語りかける。  
「ホントの事を隠して力を借してほしいなんて言って、かしてくれるわけないよね」  
鈴蘭の言葉を思い出す。  
―とりあえず、私はそういうことにしておいてあげる―  
それはあくまで、鈴蘭が私がどうして本当の理由を告げないのか、それに気付いていたからこそ、出た言葉だ。  
仲間として、私を知っているから、私を信頼しているからこそ、そういうことにしておくと言う言葉で済ませてくれた。  
だけど、力を貸してほしいと頼む相手に、本当の事は言えないけど力を借してほしいと言って、力を貸してくれるわけがない。  
「大好きな人がいるの、その人の事を守りたいから、そのための力を貸してほしい」  
皆のため、綺麗な言葉で飾ってたけど、結局私が力を欲した理由はただ一つ。  
 
兄さんの事が大好きだから、兄さんを守れるような力が欲しい。  
今まではそのうちに秘めたもう一つの思いを兄さんに知られてしまうのが怖くて、隠し続けてきたけど、もはや隠す必要なんかどこにもない。  
だって、私と兄さんは愛し合ってるんだから。  
 
目をあけると、兄さんは竜の攻撃をいなしながら竜から私を守ってくれていた。  
その背中に向けて私はたった一言だけ告げる。  
「下がって!兄さん!!」  
「おうよ!!」  
言葉と共に兄さんが飛び退り、竜が無防備な私めがけて襲いかかってくる。  
だけど…  
「遅い…!!」  
既に魔法は完成している。  
手の中の光は白から赤へと変色し、こぼれる熱気が辺りの雪を溶かし始める。  
そして私は、その力を目の前の敵に向かって解き放つ。  
「来い…!フェニックス!」  
私の言葉に応えるように手の中の光がはじけ空中に赤い魔法陣を描き出す。  
「出来…た」  
魔法陣から現れた火の鳥は呼び出した私を守護するように旋回し、竜に向かって突撃する。  
遅れて爆音。  
「ガァァァ!!」  
爆風が収まった中心に居たのは外殻を失い、全身を焼かれた竜。  
絶叫を上げながら苦しげにのたうちまわる竜に向けて待っていたかのように兄さんが駆ける。  
「さすがに、外殻が全部無くなっちまえば、あの攻撃もできねぇよなぁ!!」  
獰猛な笑みを浮かべた兄さんはそう叫びながら剣を振り下ろす。  
「グガァァ!!」  
突き立てた剣が体を引き裂くたびに竜が絶叫を上げる。  
「入魂…」  
静かに息を整えながら兄さんは剣を構える。  
竜はそれに気づき苦痛から逃れるために、兄さんを睨んで爪を振り下ろす。  
だが…  
「なんてな…」  
連続の6連撃をたたき込むはずだった兄さんは、軽く笑って構えを崩し、爪での攻撃を受け流す。  
「わりぃな、俺はただの囮だよ」  
爪をはじいた剣を回転させながら兄さんはその場から飛び退る。  
そして、私を見ながら告げる。  
「やれ、ユエ」  
「…了解」  
作り出した魔法陣は1つではなく二2つ。  
二重に展開された魔法陣はひきあうように重なってその威力を増幅する。  
「1回じゃ外殻だけだったけど2倍ならどう?」  
倍加魔法で呼び出したフェニックスは先ほどとは比べものにならない熱量を放ちながら悠然とその姿を現して漂い始める。  
その姿に竜は恐怖したのか私を排除しようと爪を振るう。  
だけどその攻撃は届かない。  
「ありがとね、兄さん」  
「気にすんな、自分の女を守ってるだけだからな」  
「学園帰ったら、またしようね」  
「そうだな」  
互いに笑いあいながら私は竜を睨んで呼び出したフェニックスに命令を送る。  
先ほどとは比べものにならない爆音が辺りに大きく鳴り響いた。  
 
私と兄さんの関係は許されるものじゃないかもしれない。  
「ねぇ兄さん」  
「なんだ?」  
「皆になんて言おうか?」  
「普通に言えば良いんじゃねぇか?今後、俺とユエは宿一緒の部屋で構わないってな」  
「皆にバレちゃいそうだけどね」  
「どうせ隠してもすぐバレるだろ?鼻の効くワンコロもいるしな」  
だけど、私はこの人とずっと居たいと、いつかこの人と誰の目もはばかることなく居られるようになりたいと願う。  
「ルーク」  
「何だユエ?」  
「愛してる」  
「…俺もだ」  
学園への帰り道、長いようで短い道のりを私達は手をつないだまま、二人並んで歩きだした。  
 
 
 

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