なぜこんな事態になってるのか、まったく理解できない。  
目の前で、誰かが木に縛りつけられ、それをドワーフとセレスティアが表情も変えずに殺してる。  
「な、何してるんだよ!?」  
そう叫んだ声は思いの外小さく、それでも二人はこっちを向いた。  
「ああ、大丈夫ですよエルフさん。神はお許しになっています」  
「そ、そんなことあるかぁ!大体それっ……同じ生徒で、仲間じゃ…!」  
「こいつは仲間じゃない。生徒なだけ」  
話が通じない。セレスティアまで、一体どうしたって言うんだ。  
「いえいえ、ドワーフさん。仲間であることには変わりないですよ」  
見つめるセレスティアの先にはぼくがいて、ぼくは木に縛り付けられてて、二人が武器を構えた。  
「な……何…!?なんでぼく…!?君達、何する気なんだよ!?」  
「ええ、ええ、ご安心を。そのうちあなたの方から、死を願うようになりますから。それまでの辛抱ですよ」  
ゾッとするほど優しい笑顔。狂った言葉。死の恐怖に、ぼくは思い切り彼の名を叫んだ。  
 
「うわあぁっ!?」  
悲鳴と共に、エルフはガバッと体を起こした。その全身は汗だくになっており、呼吸もまだ荒い。  
真っ暗な部屋の中、エルフは状況を理解できずにしばらく混乱していた。やがて、確かめるようにぽつんと呟く。  
「ゆ、夢……か…?」  
夢の中と違い、自分の声がはっきり聞こえる。同時に、悲鳴に驚いたペットがベッドに上がり、エルフの腕を心配そうにつつく。  
「ああ、フェネ……ありがとう、大丈夫だよ」  
ペットの頭を撫でながら、エルフは大きく息をついた。  
―――まったく、なんであんな夢……ドワーフはともかく、セレスティアはあんな人じゃないよなあ。  
とはいえ、状況によっては吐きかねない台詞だとも、エルフは考えていた。  
―――途中で起きたけど……助けに、来てくれたなあ。  
ぼやけた記憶ではあるが、確かに夢から覚める直前、彼はエルフを助けに来てくれた。  
心を落ち着けるため、もう一度深呼吸をする。そして再び寝ようとしたとき、エルフは気付きたくない事態に気付いてしまった。  
「……小さい時以来だ……今のうちに洗っちゃお…」  
悲しげに溜め息をつくと、エルフはズボンを脱ぎながら洗面所へと向かうのだった。  
 
四校交流の式典が、四校対抗の天空の宝珠争奪戦開幕式になってはや数日。ドラッケン学園の学食に、モーディアルの校章をつけた  
六人の生徒がいた。その中の一人であるフェルパーは、肩に乗せたペットに自分のステーキを分けてやっていた。  
「お前、ほんっとにペット好きだよな。つうかよ、あんだけタンポポちゃんにインサイト・ペッパー大量生産させたんだから、  
それ食わせりゃいいじゃねえか」  
「ん、これはこれで別。同じものを食べるって言うのは、親睦を深める手段の一つだ」  
「ペットに『飯』なんて名前付けてるんだし、太らせて食いたいだけじゃないのー?ひひ!」  
フェアリーの言葉に、フェルパーはうんざりした顔で向き直る。  
「もう情が移ってるから、食いはしない」  
「……元々は食う気満々かよ」  
「はは……でもほんと、ペットはいると心が休まるよね」  
そう言うのはエルフである。ペットを肩に乗せるフェルパーや、頭に乗せるセレスティアと違い、大きな耳を持つ狐のようなペットは、  
主人の足元で行儀よく待っている。  
「やっぱりそう思うよね!?」  
エルフの言葉に、フェルパーは実に嬉しそうに振り向いた。  
「いやまあさ、正直おいしそうに見えることもあるけど、やっぱりペットっているだけでいいものだよね!」  
「ああ、うん…」  
「君とはほんと、話が合うから嬉しいよ!」  
「そ、それはどうも…」  
あまりの変わりように、反応に困っているのか、エルフは少しうろたえたような口調で返事をする。が、フェルパーは気にする様子もない。  
そしてそんな仲間の様子を、ドワーフは一切構うことなく黙々と食事を続けており、セレスティアは話に参加はせず、ただ微笑みを湛えて  
彼等の様子を見つめている。  
「ま、とにかく、だ。水竜なんての相手にしなきゃいけねえみてえだし、長丁場になるだろうからな。全員しっかり食っとけよ。  
フェルパー、せっかくだしこれも食えよ」  
そう言って、バハムーンがスペアリブを彼の皿に移すと、フェルパーの動きが止まった。同時に、ペットが大慌てで彼の肩から飛び降り、  
エルフの後ろに隠れた。  
「……てめえで取ったんだろ、それ」  
それまでとは打って変わって、驚くほど低い声が聞こえた。同時に、バハムーンは『やってしまった』と言いたげな表情を浮かべる。  
「俺は俺の食いたい物を最初から選んでんだよ。食える分を食える量だけ取ってんだよ。なんでてめえのまで俺が食う必要があるんだ」  
「ああ……悪かった、ほんと悪かったよ。ただ、俺は単にお前が食うかなって…」  
「食わねえに決まってんだろ!」  
突然の大声に、周囲の生徒が驚いて彼の方を振り返る。  
「あー、だから悪かったって……今のどこに切れる要素が…」  
「ま、まあまあフェルパー。バハムーンだって、ただの親切だったんだよ」  
見かねて、エルフが宥めに入った。その後ろでは、狐と鼠のペットが居場所を巡って喧嘩を繰り広げている。  
「君の気に障るようなことだったのかもしれないけどさ、悪気があったわけじゃないし、そこまで怒ることは…」  
「悪気がないのが一番たち悪い。ま……わかった。あ、こらミール。フェネに迷惑かけてないで、帰ってこい」  
主人に呼ばれ、彼のペットは再びフェルパーの肩へと戻った。居場所を取られまいとしていたエルフのペットは、腰に手を当ててふんっと  
大きく息をついた。  
「お前等は仲いいのに、お前等のペットはそんなに仲良くねえよな」  
そんな様を見て、バハムーンがぽつりと呟く。  
「ご主人様取られそうで、そのペットまで嫌いなんじゃないのー?」  
「あ、あはは……そうかも、ね……はは…」  
フェアリーの言葉に、エルフは心底困ったような苦笑いを返すのだった。  
 
善悪という概念のないドワーフと、進んで悪行を行うフェアリーはともかく、他の四人の仲は良好なものである。また、ドワーフとは  
セレスティアが比較的良好な関係を築いており、フェアリーもその二人とは意外に仲がいい。そのため、小さな諍いは数多く起こるものの、  
全体としてみれば彼等の関係は良好と言えた。  
「ふ〜、食った食った。じゃ、ちっと小便行ってくる」  
「あ、じゃあ僕も」  
「連れションですか。わたくしもご一緒しますよ」  
洞窟内でのあまり落ち着かない食事を終えると、男子三人組は揃って迷宮の隅へと向かう。  
「エルフ、君はどう?」  
フェルパーが声を掛けると、エルフは心底困った表情を浮かべた。  
「あ〜、いや……ぼ、ぼくはいいよ」  
「君はいつも来ないね。ま、いいけど」  
「エルも行ってくればー?我慢は良くないよー、ひひ!」  
「い、いいってば!その、あの、えっと……は、恥ずかしいしさ…!」  
そんな五人とは距離を置くように、ドワーフは無言で斧に付いた返り血を洗っている。  
「……ふぅ。屋外で用を足すなんて、最初は抵抗ありましたけど、意外と慣れるものですよねえ」  
「お前は驚異的な勢いで馴染んだと思うけどな。つうか連れションっつーと必ず参加するなお前は」  
「親睦を深めるのに、連れションはいい機会だと思いますよ?」  
「場合によっては、溝を深めるけど。ははは」  
三人が元の場所に戻ると、ドワーフはのそりと立ち上がり、先程彼等が用を足した方へと向かう。  
「ドワーフさん、どちらへ?」  
「おしっこ」  
「ああ、空くまで待ってたんですか?」  
「セレスティア達は関係ない。ただ斧洗ってただけ」  
「あ、フェアもおしっこしたいー。ドワと一緒に行っていーい?」  
「じゃあお前が前行って」  
「はーい」  
ドワーフの言葉に驚くほど大人しく従い、フェアリーはドワーフの前へと出る。そこで、不意にエルフの方を振り返った。  
「あ、エルはどうー?フェア達と一緒ならいいんじゃないのー?」  
「い、いいってば!勝手に行って来てくれよ!」  
「あっそー、漏らしたりしないでねー?きひひ!」  
「フェアリー、邪魔」  
「ごめんなさーい」  
やはりドワーフの言葉には素直に従い、二人は隅の方で用を足し始めた。一応、年相応に異性への興味が強い男子連中ではあるが、  
さすがに斧を持ったドワーフの存在が危険すぎるため、大人しく待っている。  
「エルフ、本当に平気?我慢は良くないよ?」  
「平気だよ……まあ、なるべく早めに用事済ませたくはあるけどね」  
他の面子に比べ、エルフは少々人付き合いの悪い部分があった。食事などは一緒に取るのだが、トイレも風呂も決して誰かと一緒には  
行かず、一人で済ませているらしかった。また、宿屋での部屋割も一人を希望することが多く、パーティの財布を握っているフェルパーの  
意見と衝突することが多い。  
 
とはいえ、それを大きな問題と思っている者は、パーティにはいない。誰も彼も一癖ある人物であるため、むしろエルフのそういった  
気性など些事に分類される。それに、風呂やトイレの付き合いは悪いにしても、戦闘での動きは誰かに合わせるのが非常にうまい。  
基本的には、魔法を用いた多数との戦いを得意とするが、強敵相手には仲間との連撃を繰り出し、あるいは俊足を活かした援護に  
回ることもある。もちろん、勝負どころと見れば強力な魔法で一気に決めにかかることもある。  
彼等にとっては、もはや水竜すら敵ではなかった。多少は手間取ったものの、これまでの幾多の戦いと同じように、結局は危なげない  
勝利を収めていた。  
それからいくつかのクエストをこなし、彼等は次の校章を求め、プリシアナ学院に向かった。とはいえ、さすがに一日で着けるような  
距離ではなく、彼等はローズガーデンで宿を取った。  
到着は夜だったために気付かなかったが、太陽の下で見るローズガーデンは非常にきれいな場所だった。ここしばらく、戦いの連続で  
疲れていた彼等は、そこにもう一日滞在することに決めた。  
「いい匂い。適当にぶらぶらしてくる」  
「あ、わたくしもご一緒していいですか、ドワーフさん?」  
「なんでわざわざ私と一緒なの、セレスティアさん?」  
「一人で回るのも味気ないかと……それと、あなたがトラブルに巻き込まれないように、というところです」  
「……ま、別にいいよ」  
あくまでも、ドワーフが巻き込まれないように、という言い方をする辺り、セレスティアの対応も慣れたものである。  
エルフやフェルパーであれば、トラブルを起こさないように、という言い方をして、たちまち彼女の機嫌を損ねていただろう。  
「俺は交易所でも見てくっかな。何てったって、時代の最先端、プリシアナの隣だからな。面白えもんがあってもおかしくねえ」  
「フェアはどうしよっかなー。バハと一緒は嫌だしぃー」  
「ひでえな、お嬢ちゃん」  
「セレー、ドワー。フェアもついてっていーい?」  
「勝手にすれば」  
セレスティアと二人がいいとか、人数は少ない方がいいとかいった感情はまったくないらしく、ドワーフはそっけなく返事をする。  
「ローズガーデンで両手に花かよ。羨ましいぜ、まったくよぉ」  
割と本気な口調のバハムーンに苦笑いを返すと、セレスティアはさっさと歩きだした二人の後を慌てて追って行った。それを見送ると、  
バハムーンも交易所へと向かう。  
残ったフェルパーとエルフは、同時に顔を見合わせた。  
「さて、僕達はどうする?」  
「あー、そうだね、うん……じゃあ、その、い、一緒にその辺見て回らないかい?花とか……きれいだし」  
「じゃあ、そうしよう」  
あっさりした感じで言うと、フェルパーはのんびりと歩きだした。一歩遅れて、エルフもその隣に並ぶ。  
ローズガーデンというだけあり、そこには様々な花が咲き乱れている。名前の由来でもあるバラに限らず、季節の花はもちろんのこと、  
魔法によって温度管理されているのか、冬に咲くような花すら栽培されている。  
「花はよくわからないけど、これだけあると壮観だ。……こらミール、花食べるな」  
「ん、と、それはカーネーション。こっちはプリムローズ。そこにあるのはヒースだね。ちなみにプリムローズの花言葉は『青春の  
始まりと悲しみ』で、ヒースは『孤独』だよ」  
さらっと説明するエルフに、フェルパーは少し驚いたようだった。  
 
「へえ、詳しいね」  
彼の言葉に、エルフは得意げな笑みを見せた。  
「精霊使いだし、自然と生きる種族だからねぼくらは」  
「なるほど。はは、一番いい相手と一緒になったかな、これは」  
「っ…」  
フェルパーが言うと、エルフは言葉に詰まったようだった。が、フェルパーは気づかない。  
「エルフ、これは何?」  
「え、あ、それはスノードロップ。真冬の花だね」  
「スノードロップ?じゃ、あそこも花の名前なんだ?」  
「そうだね。この花は、面白い言い伝えがあってね。ぼくは結構好きだよ」  
「言い伝え?どんな?」  
「それはね、この花は昔、色がなかったらしいんだ。それで…」  
花の名やその由来、花言葉などを話しながら、二人はのんびりとローズガーデンを歩く。博識なエルフに、フェルパーはひたすらに  
感心するばかりであり、そんな仲のいい二人の様子が気に入らないのか、エルフのペットはフェルパーのペットを威嚇し続けている。  
「や、花言葉は一つじゃないよ。ものによっては色で変わったり……こらフェネ、ミールをいじめない。あー、たとえばバラなんかはさ、  
それ自体に『愛、美』っていう二つの花言葉があるんだけど、ピンクだと『一時の感銘』、赤だと『愛情、情熱、熱烈な恋』なんて  
三つもあったりするんだ」  
「へーえ、そんなのよく覚えられるね」  
「ぼくとしては、バハムーンが武器の名前とか特徴とか覚えてる方がすごいと思うな」  
「はは、それも確かにそうだ」  
その時ふと、フェルパーが足を止めた。視線の先には、ギザギザの花弁を持った、縁だけ白い赤い花が咲いている。  
「あの花、面白い感じ。君に似合いそうだな」  
「そ、そうかい?あれが、ね…」  
引きつったエルフの顔を、フェルパーは不思議そうに覗きこんだ。  
「どうしたんだ?」  
「あ〜……いや、他意はないんだろうね。ただね、あれはセキチク……花言葉は『あなたが嫌いです』っていうんだ…」  
「え、そうなのか!?べ、別にそんなつもりはっ…!」  
「いやいや、花言葉知らないっていうのはわかってるから、別に気にしないよ。あんまりピンポイントで選ばれたから、ちょっとびっくり  
したけどね」  
「……ごめん」  
ばつが悪そうに謝るフェルパーに、エルフは笑顔を向けた。  
「いいっていいって。わざとじゃないのはわかってるから。とにかく、もうちょっと色々見ないかい?ぼくとしては、こんなにいっぱい  
花が咲いてるのは珍しいから、もうちょっと見て回りたいんだけどな」  
「ああ、いいよ。僕もせっかくだし、色々聞いてみたい」  
それからしばらくの間、二人は花を見て回った。途中、カフェで寛ぐセレスティア達三人を見かけたり、交易所から出てきたバハムーンに  
捕まりかけたりしつつ、久々にのんびりとした空気を満喫していた。  
やがて、少しずつ日が傾き、辺りが赤く染まり始める頃、二人は宿屋へと戻った。他の仲間はまだ外にいるらしく、部屋に戻っている  
気配はない。  
 
「どうしようか?ご飯、先に食べちゃうかい?」  
「ドワーフ達は外で済ませそうだし、それもいいね。バハムーンはどうだか知らないけど」  
とはいえ、バハムーンは一度交易所に行くと、それこそ一日中でも張り付いている男である。どうせしばらくは戻らないだろうと判断し、  
二人は宿の中にある食堂へと向かった。  
プリシアナの近くであるだけに、宿泊客はその制服が目立つ。幾人かの生徒とすれ違い、また正面にはディアボロスの生徒がこちらへと  
歩いてきている。その生徒に、二人は何となく目を引かれた。  
ただ歩いているだけなのだが、周囲に気を張っているのがはっきりとわかる。いかにも女性らしい、艶を感じさせる歩き方は、恐らく  
踊り子学科に所属しているからだろう。それら一つ一つが、彼女がかなりの腕を持つ冒険者なのだと示している。  
そのまま何事もなく通り過ぎるかと思った瞬間、後ろから大きな声が響いた。  
「あーっ!ディア君、にゃ!見つけたぁー!」  
途端に、ディアボロスはビクリと身を震わせ、声の主に視線を送る。フェルパーとエルフも驚き、振り返った。  
そこにいたのは、同じくプリシアナの制服に身を包んだ、フェルパーの女子生徒だった。彼女は手をわきわきと動かし、ディアボロスを  
狩人のような目で見つめている。  
「ふっふっふ〜、ディア君、にゃ。言ったよねぇ〜?今度会ったら、女湯に引きずり込むって〜」  
「っ…!」  
「さぁ〜てぇ〜……覚悟、してもらうよ〜?」  
今にも襲いかからんばかりの彼女を前に、ディアボロスは一つ息をつくと、懐に手を突っ込んだ。そして腕をふわりと広げたかと思うと、  
真っ赤なマントが翻った。  
「んにゃ?」  
それこそ踊るような仕草で、ディアボロスはそれを背中へと回し、流れるような手つきで身につける。内側から腕を張ってそれを広げ、  
中に何もないことを見せると、次にばさりと大きく翻した。  
一瞬、ディアボロスの体がマントに包まれた。不思議なことに、マントはそのまま空中でくるくると回り、それどころかだんだんと  
小さくなり始め、やがて異次元に吸い込まれたかのように消え失せてしまった。もちろん、ディアボロスの姿も一緒に消えている。  
「なっ……トリックスター…!?」  
「す、すごい……あんなの、初めて見た…」  
思わず囁き合う二人を無視し、フェルパーの女子生徒は辺りの匂いをふんふんと嗅ぎ始めた。  
「さすがディア君……だけどぉ〜…!」  
耳と尻尾をピンと立てると、彼女は廊下の奥を睨んだ。  
「この私から、逃げられると思うなぁ〜!」  
ダン、と大きく床を踏み鳴らし、彼女は驚くべき速さで走り去っていった。その後ろ姿を、二人は呆然と見送る。  
「……先輩達って、やっぱりすごいんだね」  
「うん……僕も、もっと頑張らなきゃって思った。ていうか、ディア『君』って……あの人、男だったんだ」  
「え、あ、そうだね……まあ、そういう人も、いるよね」  
気を取り直し、再び歩き始めた瞬間、目の前のドアがガチャリと音を立て、中からドラッケンの制服を着たドワーフの生徒が顔を覗かせた。  
「ん…?あ、そこの君達、ちょっといい?」  
左右を見回し、フェルパーとエルフを見つけると、その生徒は気さくに声を掛けてきた。  
「はい、何でしょう?」  
「今さ、プリシアナの制服着た、ディアボロスの……女の子にしか見えないけど、男の子の生徒見てない?」  
「その人なら今、僕と同族のプリシアナの女子生徒に追いかけられて、どっか消えました」  
フェルパーが言うと、ドワーフはふんふんと匂いを嗅ぎ、納得したような表情を見せた。  
 
「あー、わふっと面倒な子に見つかっちゃったんだねー。教えてくれてありがと」  
言ってから、彼女はフェルパーとエルフをまじまじと見つめた。  
「君達、モーディアルの子なんだね」  
「ええ、そうです。この間入学したばっかりで…」  
「ふぅん?じゃあ後輩だねー。それにしてはなかなか……いい体してるね」  
舐めるように全身を眺め、やがてその視線はフェルパーとエルフの顔を交互に見つめるようになり、かと思うと、表情が妙に  
だらしないものに変わっていく。  
「そ、それで……二人で、お風呂にでも、い、行くんですか…?」  
「な、なんで急に丁寧語になるんですか……食事に行くだけですよ」  
「あっ、まず食事なんですね…!二人で……口いっぱいに……頬張って…!」  
独り言のように続ける彼女に、フェルパーとエルフは思わず一歩後ずさった。  
「……フェルパー、ドワーフの人ってこう、変な人しかいないのかな…?」  
「モミジ先生とタンポポに失礼。この先輩が変なだけだと思う」  
そんな二人の話が聞こえたのか、ドワーフはハッと我に返ったようだった。  
「あっ、あっ、何でもないんですよ!?ただ、仲いいのはいいですよね!?」  
「……はあ」  
「えーっととにかく、ディアボロスのこと教えてくれてありがとね。あの子に見つかる前に探しに行かないと……ん?」  
部屋から出ると、ドワーフはふんふんと鼻を鳴らし始めた。そしてエルフを見つめると、にまーっとした笑みを浮かべる。  
「な、何なんですか…!?」  
「ん〜、ちょお〜っと耳貸してくれる?」  
一体何なのかと思いつつも、エルフは大人しく屈んでやった。その耳に、ドワーフが何事かをぼそりと囁くと、エルフの表情が変わった。  
「えっ!?なっ…!」  
さらに、ドワーフはぼそぼそと続ける。エルフの顔は真っ赤に染まっており、たまらずフェルパーが声をかけようとしか瞬間、エルフが  
勢いよく立ちあがった。  
「ふふふ〜、これでも先輩だし、ドクターだからねー。患者のちょっとの変化だって見逃さないんだから」  
「っ…!」  
「ま、頑張ってねー。結果が出なかったら、いつでも来ていいからね」  
「だ、だ、誰がっ、そんなっ…!」  
「あはは、またねー!」  
楽しそうに言って、彼女は走って行ってしまった。まだ顔の赤いエルフに、フェルパーは心配そうに声を掛けた。  
「だ、大丈夫?何言われた?」  
「え!?あ、いや……ちょっと、まあ、その、からかわれた感じ……別に、大したことじゃないよ、ははは…」  
結局、エルフは何度聞いても曖昧に答えるばかりで、一体何を言われたのかは謎のままだった。  
 
夕食を終える頃には、他の仲間も宿屋に戻り始めており、セレスティアとバハムーンが一緒にいる姿は確認できた。バハムーンはいかにも  
興奮気味に、交易所にどんな武器があったかを語っており、セレスティアは少し困ったような表情ながら、それを大人しく聞いている。  
恐らくフェアリーとドワーフは、彼にバハムーンを押し付けて部屋に戻ったのだろう。  
フェルパーとエルフも例に漏れず、バハムーンに見つからないようにその場を離れた。そこで、本来なら別々の部屋に戻るはずだったが、  
あれ以来やや無口だったエルフが突然口を開いた。  
「あ、あの、フェルパー。よかったらぼくの部屋で、少し話でもしないかい?」  
「え、いいけど。いきなりどうした?」  
「ちょっと、まあ、ね。色々、話したくてさ」  
そんなエルフのズボンを、ペットは不満げにぐいぐい引っ張っている。  
「君の子には、あまり歓迎されてないけど…」  
「フェネ、そう言わない。それより、ミールとちょっと遊んでやっててくれないかな」  
名前を呼ばれ、フェルパーのペットは彼の肩から飛び降りた。が、即座にエルフのペットに飛びかかられ、慌てて主人の肩に戻る。  
「こらフェネ、いじめない……そう言わない、仲間なんだから」  
結局、ペットには歓迎されなかったものの、フェルパーはエルフの部屋にお邪魔することにした。意見が聞き入れられなかったのが  
ショックだったのか、エルフのペットは部屋に戻るとベッドの下に入り、一匹で丸くなってしまった。  
「……フェネ、大丈夫かあれ?」  
「あー、まあしょうがないよ。そっとしといてあげれば、その内機嫌も直るよ……たぶん」  
それでもフェルパーは少し気になったらしく、自身のペットを側へ行かせた。普段なら威嚇や攻撃の一つでももらうところなのだが、  
今回はそれもなく、黙って二匹寄り添っている。  
「……相当ショックだね、あれ」  
「そ、そうみたいだね……あとで何かおいしいものでもあげようかな……じゃなくって!」  
急な大声に、フェルパーの尻尾がビクンと跳ねた。  
「えっと……その……じ、実はさ、君に、言いたいこと……っていうか、話したいことがあって…」  
「ああ、うん。何?」  
「ええっと……それは、その…」  
言い辛いことなのか、エルフは言葉に詰まっているようだった。そんな姿を、フェルパーは不思議そうに見つめている。  
「ええっとぉ……じ、実は……その…」  
「……だから、何?」  
フェルパーとしては、単に先の言葉を促しただけだったのだが、彼の言葉にエルフは焦ってしまった。  
「だ、だからっ……ぼくは、そのっ……こ、こういうことだよっ!」  
叫ぶように言うと、エルフはガバッと上着を捲りあげた。いかにもエルフらしく、また術師らしい白くきれいな肌を見つめ、フェルパーは  
しばらく固まっていた。  
やがて、その薄い胸板と真っ赤な顔を交互に見つめ、耳が困ったように横向きになる。  
「……えー、っと、胸が何?」  
「えっ…!?あっ……ああ…………ああぁ…」  
思いの外ショックだったらしく、エルフの顔は一瞬引きつり、すぐに悄然としたものに変わっていった。  
「……?」  
「そ、そうだよね……わかるわけないか…」  
「その、だから話を…」  
「じゃ、じゃあこっちだったらわかってくれるよねっ!?」  
 
なぜか怒ったように叫ぶと、今度は立ち上がり、ベルトを外したかと思うとズボンとパンツを一気に引き下ろした。  
「うわっ!?ちょっ、何をっ…!?」  
「うぅぅ…!み、見ればわかるだろっ…!」  
「そんなの、別に見たく…!」  
言いつつも違和感を覚え、フェルパーはエルフの股間を見つめた。そしてすぐに、違和感の正体に気付く。  
「……え?ちょっと……え!?」  
そこに、あるべきものはなかった。フェルパーは混乱する頭を必死に整理し、エルフに掛けるべき言葉を探す。  
「……エルフ、女?」  
「………」  
エルフは顔を真っ赤にしたまま、こくんと頷く。  
「なんで男装なんか…」  
「それは、えっと……こういう学校の人って、血の気の多い人が多いから、女の子の格好だと危ないって…」  
それを聞いた瞬間、フェルパーの顔から表情が消えた。  
「つまり、俺達全員信用してなかったってことかよ?」  
「ちょっ、ち、違うっ!だってほらっ、セレスティアの話だって聞いただろ!?実際そういうことあったじゃないか!」  
「……ああ、確かに」  
それを聞いて納得したらしく、フェルパーの表情が戻る。  
「それに、今更告白するタイミングも掴めなくて……そ、そもそもね、ぼくのうちは男兄弟ばっかりで、この格好の方が落ち着くって  
いうのもあって、自分のことも『ぼく』って言った方がしっくりきて……だから、その、ずっと男装続けてたんだ…」  
「ふぅん…」  
未だにズボンも何も戻さないエルフから微妙に視線を逸らしつつ、フェルパーは先程から気になっていることを尋ねた。  
「それで、どうして急に、そんなの僕に話す気になった?」  
「そ、それは…」  
エルフは耳まで真っ赤にしつつ、恥ずかしげに視線を逸らした。  
「だから、それは……こ、これ…」  
もはやズボンのことなど頭にないらしく、エルフは懐からピンク色のカーネーションを差し出した。フェルパーはそれを受け取ったものの、  
それが何を意味するのかはまったくわからない。  
「……花?」  
「ああぁぁ……そうだよね、そうだったよね。君がわかるわけないよね。そ、その花言葉は、『あなたを熱愛します』って…!つ、つまり、  
好きになった相手なんだから、性別明かさないとどうしようもないだろっ!?」  
最後はもはや怒っているような言い方だったが、フェルパーが驚いたのはその口ぶりではない。  
「え……い、いつから…?」  
「……君達と会って、少ししてから…」  
「しかし、なんでまた今…?」  
「あの、廊下で会った先輩にさ、言われたんだ。見てるだけで満足なのかって……好きな人に、気持ちすら伝えないで満足なのかって。  
ていうか、女だって一瞬でバレてた…」  
「ああ、それで君あの時…」  
「も、もしダメだったら慰めてあげるとか言われたけど、な、何だろうねあの先輩」  
そう言ってぎこちなく笑うエルフ。その視線はフェルパーの方へと向き、同時に開きかけた口が止まった。  
 
「まあでもフェル……あっ……と……えっと…」  
フェルパーのズボンの中心が、はっきりと盛り上がっている。それが自分の体を見たためだとわかると、エルフは急に恥ずかしくなり、  
慌ててズボンを上げようとした。  
それとほぼ同時に、フェルパーが立ち上がり、エルフの体を抱き寄せた。  
「えっ、えっ!?ちょ、ちょっ……フェルパー!?」  
「……えーと」  
まだ気持ちの整理は終わっていないらしく、フェルパーは妙に気の抜けた声で話しかける。  
「正直、まだちょっと混乱してる……けど、僕のこと好きって言われて、そんな姿見せられて……それに、少なくとも君のことは  
嫌いじゃないし、最近あれだし……ちょっと、我慢できそうにない」  
その意味を一瞬遅れて理解すると、エルフは途端に慌てだした。  
「ふええぇぇ!?ちょ、ちょっと待って待って!だ、だっていきなりそんなっ!?好きは好きだけど、こここ、心の準備がっ…!」  
耳をせわしなく上下させ、エルフはフェルパーの腕から逃れようともがく。そんな彼女を見つめながら、フェルパーはぼそりと呟いた。  
「……うん、やっぱり我慢できない。エルフ、ごめん」  
「やっ、ちょっ……はう!」  
薄い胸に、そっと手を這わせる。エルフの体がビクッと震え、直後にその手を押さえてしまう。  
「ま、待って……こんな、は、恥ずかしいよ…!」  
「じゃあこっち」  
言うが早いか、今度は股間に手を伸ばす。しかしその手が触れる直前に、エルフはしっかりと手で防御してしまった。  
「だ、ダメだよ!絶対ダメ!大体、その、お風呂だって入ってな…!」  
「別に気にしないし、君の匂いは嫌いじゃない」  
「そういう問題じゃないー!と、とにかく絶対にダメ!やだってば!」  
右手で胸を、左手で股間をしっかりと防御されてしまい、フェルパーは不満げに彼女を見つめる。しかし、すぐにいたずらっぽい笑みを  
浮かべると、素早く後ろに回り込んだ。  
「ちょ、何……ひゃっ!?」  
耳に、ざらりとした感触。途端にエルフの体がビクンと跳ね、刺激から逃れるように耳が垂れる。  
「み、耳ダメっ……ダメ、ダメだってば!やっ……ああっ!」  
耳朶を舌全体でなぞり、途端に下がったそれを唇で挟む。今度はその刺激に耳が跳ね上がり、先端が口内に入り込む。それを甘噛みすると、  
エルフは切なげな声を上げ、力なく身を捩る。  
「うあっ……フェルパー、ダメ…!はうっ……やめ、て…!」  
「耳、弱いんだ」  
エルフの声を無視し、フェルパーは執拗に耳を責める。やめさせようにも、エルフの両手は塞がっており、できることと言えば頭と耳を  
動かして逃げるぐらいしかない。  
逃げ回る耳を追い、優しく噛んで捕える。  
「いっ!?つぅ…!」  
相当に敏感らしく、できる限り軽く噛んでいるのだが、エルフは時折苦悶の悲鳴を上げる。するとそれを詫びるかのように、フェルパーは  
柔らかな舌先でそっと噛んだ部分を舐めてやる。  
「や、め……フェルパー、もう、やめて……お、おね……がい……だからぁ…!」  
上ずった声でエルフが哀願する。もはや身を捩ることもなく、弓なりに強張った体をぶるぶると震わせるばかりになっている。  
そんな彼女の姿は、フェルパーにとってむしろ扇情的に映っていた。熱く火照った体をさらに強く抱きしめ、彼女の声など  
聞こえていないかのように行為を続ける。  
 
耳たぶを噛み、その部分を撫でるように舐め、たまらずエルフが耳を下げると、上からかぶりつくように甘噛みする。  
「あぅ…!やっ、やっ…!フェルパ……フェル、やめっ……はっ、くっ…!もっ、だ、ダメっ…!ほんと、ダメっ…!」  
経験はなくとも、切れ切れの声からは彼女が相当に追い詰められていることが見て取れた。  
とどめとばかりに、フェルパーは耳たぶから内側へ、さらに耳孔をほじるように舌を這わせた。  
「あっ!?やっ、フェル、それっ……ぐっ!!ああっ!!」  
ビクンと一際大きく体を震わせ、エルフの体が折れんばかりに仰け反った。そのまましばらく固まっていたと思うと、エルフの体から  
突然ガクンと力が抜けた。  
「おっと!?エルフ、大丈夫?」  
驚いて尋ねると、エルフは蕩けたような目でフェルパーを見つめる。  
「あ……あたま、まっしろで……めのまえ、ちかちかする…」  
普段の喋りからは想像もつかない舌足らずな口調で、エルフが答える。もはや隠す気力も、隠そうという意思もないのか、体を隠していた  
両手は耳と同じくぐったりと垂れ下がっている。  
その姿に加え、エルフから感じられる匂いにはすっかり発情した雌の匂いが混じっている。フェルパーは片手でエルフを抱きつつ、  
下に穿いていたものを脱ぎ捨てた。  
エルフを抱く腕を腰の辺りまで下げ、覆い被さるように上半身を折る。彼女に抵抗する力があるはずもなく、そのまま机に押し付けられる。  
「あう……フェルパー、なに…?」  
「………」  
何も言わず、すっかり濡れそぼったエルフの割れ目を押し開くようにして、先端を押し付ける。そこでようやく、エルフはフェルパーが  
何をしているのかを悟った。  
「ふえ……ま、待って…!フェル…!」  
エルフが言い終える前に、フェルパーは彼女の腰をしっかりと掴み、腰を突き出した。  
「あくっ…!う、あああっ!」  
太股を雫が伝うほどに濡れており、しかも一度達した直後だったため、痛みは意外なほどになかった。むしろ、体内に感じる熱いものの  
感触は、エルフに弱いながらも快感を与えていた。  
「はあっ、く…!フェル、パぁ…!」  
「うう……エルフの中、すごく気持ちいい…!」  
耳にフェルパーの吐息がかかり、エルフはぶるっと身を震わせる。彼の声に答えようとした瞬間、フェルパーは不意に腰を動かし始めた。  
奥まで刺し込み、中の感触を楽しみながらゆっくりと引き抜く。かと思うと獣のように激しく動き、たまらずエルフが苦悶の声を上げると、  
一転して気遣うような動きに変わる。  
その変化に富んだ刺激は、エルフが感じていた苦痛を快感へと変えていく。まして、一度達して蕩けた頭には、獣の如く求められる刺激も、  
気遣われるような優しい刺激も、等しく快感と喜びに変わっていく。  
「うあぅ…!フェルパー……フェルパぁぁ…!」  
「エルフ……エルフっ…!」  
 
お互いを呼び合う声が、二人の快感をさらに高めていく。フェルパーの動きは少しずつ乱暴なものとなり、それに伴ってエルフの腰を抱く  
腕にも力が入る。  
「エルフっ……僕、もうっ…!」  
呻くように言うと、フェルパーはエルフの腰を抱え上げるように掴み、奥へと強く突き入れる。それが幾度か繰り返され、さすがにエルフも  
痛みを感じ始めた時、フェルパーが一際強く突き入れた。  
「くぅぅ!」  
「う……ああぁぁ…!」  
彼のモノがビクンビクンと体内で跳ね、同時にじわりと温かい感触が広がる。もはやエルフの頭は思考を失っており、それが何を  
意味するのかはわからなかったが、その感覚は妙な安心感と満足感を与えてくれた。  
最後まで注ぎ込んでも、フェルパーは動こうとせず、エルフもまた無理に動こうとはしなかった。ただ、強い快感の余韻と、  
大きな満足感に、二人はじっと浸っていた。  
一体どれほどそうしていたのか、太股を何かが伝う感触に、エルフはようやく腰を引こうとし始めた。それに気付き、フェルパーも  
ゆっくりと彼女の中から引き抜いた。  
「んっ…!あう……フェルパーの、あふれてる……ぼくの中、いっぱい…」  
陶然と呟くエルフに、フェルパーはそっと顔を寄せる。それに気付き、エルフが顔を上げると、フェルパーはそっと唇を重ねた。  
「ん…」  
労わり合うような、唇だけの優しいキス。飛ばしてしまった段階を踏み直すかのように、二人はずっとじゃれ合っていた。  
 
昂っていた気持ちも落ち着き、火照った体も熱を失ってから、二人は体を洗い、仲良くベッドの中にいた。まだ行為の余韻が多少  
残っているらしく、二人ともどこかぼんやりした目をしている。  
「……ねえ、エルフ」  
「……んー?」  
疲れから気だるさもかなりあるらしく、二人の言葉は一拍ずつ間が空いている。  
「……明日さ、みんなに性別のこと、話そう。バハムーンもセレスティアも、君が言うような人じゃない」  
「……うん、そうだね」  
それだけ言えば会話は十分と思ったらしく、二人は目を瞑ろうとした。が、クスンクスンと鼻をすするような音に、二人の耳が同時に  
動いた。  
「あ……フェネ、何も泣くこと……いや、そんなことない、そんなことないってば」  
どうやらずっとベッドの下にいたペットが、いよいよ主人が離れてしまうと思って、寂しさから泣いているらしかった。  
「はぁ……じゃあフェネ、君もおいで。みんな一緒に寝よう。それならいいだろ?」  
「みんな、か。じゃあミール、君も来るといい。こんな機会、滅多にない」  
二人が声を掛けると、ベッドの下からそれぞれのペットが這い出し、ぴょんと飛び乗ってきた。エルフのペットは彼女の脇の下に陣取り、  
フェルパーのペットは枕元で丸くなる。  
「ふふ。やっぱり、ペットがいるっていうのはいいね」  
そう言ってエルフが笑いかけると、フェルパーも笑顔を返す。  
「そうだよね。やっぱり君とは、話が合うよ」  
布団の中、そっと手を伸ばし、手を握り合う。一度恥ずかしそうに笑みを交わすと、二人は今度こそ目を瞑った。  
可愛いペットと恋人とで寝るベッドの上、二人の寝顔はとても幸せそうだった。  
 
「そういうわけで……ごめん。君達を騙してたことになるけど、ぼく、本当は女なんだ」  
翌朝、宿の食堂に集まった仲間達に、エルフは自身の性別を告白していた。それに対し、フェルパーを除く四人は言葉を失っていた。  
「……えっ……と…」  
「………」  
四人は唖然とした顔でエルフとフェルパーを見つめ、次にそれぞれの顔を見回し、誰かが口を開こうとすると絶妙なタイミングで別の誰かが  
口を開き、それを同時に察知して口を閉じる、という行為を繰り返していた。  
しかしそれでは埒が明かないと思ったのか、四人は奇しくもまったく同時に口を開いた。  
「隠してたつもりだったんですか?」  
「今更かよ」  
「気付いてないと思ってたの!?」  
「知ってるけど」  
同時に聞こえた四つの声が、どれも既に知っていたという内容であったことを知ると、今度はエルフとフェルパーが驚いた顔をする。  
「えっ!?な、なんで!?」  
「なぜって……あなたの声は、どう聞いても男性の声ではないですし」  
「生理の時は、血の臭いぷんぷんしてた」  
「フェアはねー、エルがトイレ行くとこ見たからだよー」  
「お前のフェルパーに対する態度、どっからどう見ても恋する乙女じゃねえかよ」  
今度は四人が順番に答え、その内容からエルフは割とあっさりバレていたことを知る。  
そこで、不意にフェルパーが口を開いた。  
「ちょっと待て。じゃあお前等、知ってて俺にだけ教えてくれなかったのかよ」  
その声には明らかに怒りが含まれ、一種の迫力の籠った声だったが、今回ばかりは誰一人怯まなかった。  
「まさか気付いてないとは思いませんよ」  
「気付かない方がおかしいでしょー」  
「お前が鈍すぎるだけだ。お前以外は全員気付いてるじゃねえかよ」  
「馬鹿じゃないの」  
そう言われてしまうと、フェルパーは何も言えなかった。  
「……ごめん」  
「おお、かつてないほど早いな、お前が怒り鎮めるの。この先、最短記録は破れそうにねえな」  
「け、けど……バハムーン、君、完全にエルフのこと男扱いしてただろ?女の子だったら即行口説こうとする癖に、なんで今回は…」  
フェルパーの質問に、バハムーンはむしろなぜそんな質問をするんだというような目で彼を見つめる。  
「そりゃ、当の本人が女扱いされたくなさそうだったからな。女の子には優しくするもんだ。となると、口説いたり何したりで  
女扱いするわけにはいかねえだろ?それに、割とすぐお前に惚れちまったしな」  
「ええっ!?そ、そこまでバレてたのかい!?」  
「それも気づいてなかったんですか!?」  
思わず口走って、セレスティアはあっと口を押さえた。  
「とと、失礼」  
「なぁんだ。エル、隠してるつもりだったんだー。じゃあからかい方変えればよかったなー、ひひ!」  
言われてみると、フェアリーはよく二人のペットの仲が悪いことについて、主人が取られそうで嫌なんだろう、という言い方をしていた。  
そしてそのことから、二人はさらなる恥ずかしい事実に気付く。  
 
「フェ、フェネ。もしかして君、ぼくのそういうの…」  
「……ミール、正直に答えろ。お前、エルフの性別とか、そういうのとか…」  
ペットに話しかけた二人は、一瞬の間を置いて同時に両手で顔を覆った。  
「ペット以下のヒーローと、ペット以下の精霊使い。似合いなんじゃないの」  
「うう……正直泣きたい…」  
ドワーフの悪意に満ちた言葉にも、二人はもはや反論すらできなかった。そしてなお悪いことに、これまでの流れはフェアリーに  
二人をからかう格好の材料を与えてしまっていた。  
「……でさー、エルとフェルが揃ってそんなこと話しに来たなんてさぁー……それにぃー、フェルは昨日までエルの性別、  
知らなかったんだよねー?どうやって教えたのか、フェア興味あるなぁー、ひひひ!」  
「なっ!?そっ、そんなのどうだっていいだろ!?き、君達に今話したみたいな感じだったよ!」  
「うっそだぁー!今、ごまかそうとしてたもんねー!」  
「お嬢ちゃん、やめてやれ。こいつらもう相当恥ずかしい思いしてるんだからよ」  
バハムーンの言葉に、フェアリーは実に楽しげな笑みで答えた。  
「やめれるわけないでしょー?こんな面白いことー。フェア悪くないもーんだ。で、エルとフェルは昨日何してたのかなー?」  
「頼む……ほんと頼む、もう僕達のことは放っておいてくれ……言いたくない」  
「言いたくないようなことしてたんだぁー?へーえ、ヒーローなのに悪いことしてたんだー」  
「べ、別に悪いことじゃっ…!」  
「じゃあどんなことー?悪いことじゃないんなら言えるよねー?ひひ!」  
そんなやりとりを、バハムーンはもはや止めようともせずに見つめていた。  
「……なあ、セレスティア」  
「何です?」  
「この場合、黙ってたエルフが悪いのか、気付かなかったあいつが悪いのか、それとも言わなかった俺等が悪いのか、どれだと思う?」  
その質問に、セレスティアはにっこりと笑って答えた。  
「わたくし達が悪い、ということはないでしょうね。あちらのお二人に関しても、神はお許しになられているようですが」  
「自業自得とでもいうとこか……あとは、運が悪かったってとこか?」  
「そうですね。フェアリーさんにとっては、むしろ運が良かったようですけれど」  
「ま、別に関係にひびが入ったわけでもなし。隠し事もなくなったことだし、エルフの恋は成就したみてえだしな。からかわれるぐらいは  
ご愛敬ってとこだろ」  
「……実は、少し嫉妬してません?」  
セレスティアの言葉に、バハムーンは悪戯っぽく笑って視線を外した。  
「……ちょっとな」  
「やっぱり」  
「けどまあ、幼馴染が幸せになって腹が立つなんてことはねえよ。俺もいつかは、欲しいもんは手に入れてやるさ」  
まだまだ解放されそうにないエルフとフェルパーを見ながら、バハムーンは楽しげにそう言った。  
この日以来、フェルパーとエルフの関係は少しだけ変わった。ただの気の合う友人から、恋人へ。そして、最も守りたいものへ。  
それに伴い、ペットも主人の変化を察知し、お互いのペットとも少しだけ仲良くなった。  
その代わり、両者とも意外な鈍さや抜け具合を、仲間にからかわれるようになったのは言うまでもない。  
二人の仲は進展したものの、それ以外の仲間には妙な弱味を握られてしまったと思う二人であった。  
 

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