他人に囲まれて何が楽しいのか。口先だけの言葉の何が嬉しいのか。
それよりペットといる方が楽しい。こちらの愛情に打算も何もなく応えてくれるから。
いつもみんなに囲まれ、楽しげに話すバハムーン。いわゆるガキ大将。
目立たない方が好き。一人でいる方が好き。僕とは縁のない人。
僕をからかう奴に、そいつはこう言った。
「やめろよなー。そいつはじっとしてる方が好きなんだよ」
一瞬、視界が消える。次に見えたのは、鼻血を出して床にへたり込むバハムーン。
「勝手に決め付けんなぁ!」
「……んだよお前!?訳わかんねえよ!」
子供同士の殴り合い。殴って蹴って引っ掻いて、気付けば二人とも血だらけ。
怒りすぎて痛くない。痛みが全部怒りに変わる。そんな二人だったから、喧嘩が終わるわけもない。
だけど、いつしか疲れて止まって、気付けば二人とも半ベソかいて、だけど、あいつはニッと笑った。
「何だよお前、すげえ強えじゃねえかよー」
差し出された手を掴んだのはどれくらいだったか。そして気付けば、みんなが僕を見てた。
注目されるのが、こんなに楽しかったなんて。上辺だけの言葉でも、褒められるのがこんなに嬉しかったなんて。
こんなに楽しいなら、注目されるのも悪くない。
ある意味において、一行の中で最も胆の据わった人物はフェルパーである。
「フェ、フェアなんていっつもこんな恰好なんだからー!みんなだってこれぐらい、い、いいでしょー!?フェアのせいじゃないもんー!」
「……てめえ以外の誰のせいだってんだ…?」
「ち、違うもんー!フェアのせいじゃないもんー!」
フェアリーを睨みつける五人に、その中心で怯えきった表情のフェアリー。その全員が、普段の制服とは打って変わって、ほぼ裸といった
異常なまでに露出の高い装束を身につけている。
「だって、武の儀式なんて、この学校じゃ絶対スモーでしょー!?だから、そのっ……お、踊りの方がいいって…!」
魔女達の呪いによって生み出された岩戸を破壊するためには、ある儀式が必要だった。その儀式とは、神に武と舞いを捧げ、
その力を借りて呪いを解くというものである。武力に偏った編成である一行は躊躇うことなく武の儀式に参加しようとしたのだが、そこで
横からフェアリーが舞いの儀式を希望してしまい、あとはもうあれよあれよという間に舞いの装束を着せられ、校庭へと駆り出されたのだ。
周囲にはキルシュトルテやチューリップなど他校の先輩や、クシナにタンポポといった同級生もいるが、その全てが女子生徒である。
「……俺の踊りと裸を、一体どんな神が喜ぶってんだい?え?」
「うぅ〜……お、落ち着かない……帰りたい…」
「いくら神のためとはいえ……わたくしも、これは、ちょっと…」
「………」
とはいえ、このような反応は彼等だけでなく、他の女子生徒も大騒ぎをしている。が、級友が閉じ込められている者もおり、初めに幾人か、
やがて少しずつ舞いを始めるものが増えていく。
それでも踏ん切りがつかない一行だったが、唯一いつもとほとんど変わらぬ様子のフェルパーが口を開いた。
「アイドル学科の舞台度胸つけさせる訓練だと思えばいい。踊らないわけにはいかないし、エルフ、一緒に踊ろう」
「え?え!?ちょ、ちょっと待って!ぼくまだ心の準備がっ…!」
「踊ってるうちに気にならなくなる。手、貸して」
有無を言わさず、フェルパーはエルフの手を取って踊りだした。さすがにサブでアイドル学科を学んでいるだけあり、タカチホの舞いとは
違うものの、そのダンスはとても洗練されたものだった。最初はステップすら覚束なかったエルフも、だんだん彼の動きに
引き込まれたらしく、いつしかまともなダンスを踊っていた。
「……ドワーフさん」
「私はやだ。絶対踊らないから」
そう言うドワーフは、尻尾でしっかりと股間を隠し、両手で小さな胸をしっかりと覆い隠している。
「そうは言いましても、わたくし達だけ踊らないわけにはいかないでしょう?もし、わたくし達が踊らないことで儀式が失敗すれば、
校章をもらえないどころの騒ぎでは済まなくなりますよ。ドがつくほど恥ずかしいのはわたくしも同じですが、これも課題の一環だと
思って、一緒に踊りましょう?」
顔を赤くしながらも、セレスティアは優しく手を伸ばす。ドワーフは不機嫌そうにそれを睨んでいたが、やがて渋々といった感じで
手を取った。
「……踊りってわかんないから、セレスティアさん教えて」
「ええ、いいですよ。まず足はこう…」
いかにも不器用な感じで踊るドワーフに、それを優しくリードするセレスティア。踊り始めた四人を見つつ、バハムーンは口を開いた。
「……フェアリー」
「ひっ!?な、何!?」
「とりあえず、今は責任のことは置いておく。選んじまったもんはしょうがねえ、俺達も踊るぞ」
「え……ほ、本気?」
「俺達だけサボるわけにいかねえからな。ほれ、手ぇ貸せ」
そう言われ、フェアリーはおずおずと手を差し出す。その手をがっしりと掴むと、バハムーンはフェアリーを力強く引き寄せ、その耳元に
囁いた。
「ただし、あとで覚えてやがれ。今晩、俺の部屋に来い。しっかりお仕置きしてやる」
途端に、フェアリーの顔が真っ赤に染まった。
「あっ……ふ、ふん!絶対、い、行かないもんね…!」
そして踊り始めた二人の姿は、仕方ないといった感じで踊るバハムーンに対し、フェアリーの踊りにはなぜかほのかな艶が含まれて
いるのだった。ただ、それに気付く生徒もいなければ、そもそもそんな余裕がある者もいなかったのだが。
結局、儀式は成功し、岩戸に閉じ込められていた生徒達は全員無事に救出された。校章も無事受け取り、一行はさらにいくつかのクエストを
受け、イワナガ先生に休暇を取ってもらうために、モーディアルにいるヌラリとジャコツへ協力を仰ぎに向かった。
しかし、交渉がすんなりまとまるなどということはなく、彼等は力試しとして一行に戦いを挑んできた。
「うおっ、避けた!?あれをかよ!?」
「ちっ、当たらない…!」
同級生の中では、明らかに頭一つ抜けた力を持つ彼等だったが、その力を持ってすら、二人の動きを捉えることは難しかった。
「確かにやりおる……だが、まだまだ青いわ!」
瞬間、ヌラリの周囲に強大な魔力が集まった。それに気付き一行が身構えた瞬間、ヌラリが錫杖を振るう。
「イペリオン!」
「なっ……うわああぁぁ!!」
直後、辺り一面を凄まじい閃光が襲った。
「キャー!ヌラリンかっこいいー!」
「ジャコッチ……じゃない!ジャコツ、まだ気を抜くでないぞ!」
光が薄れ、生徒会室が元の明るさに戻る。そこにあったのは、巻き込まれすらしなかった机と椅子、床に倒れる五人に、ただ一人立っている
フェルパーの姿だった。
「ふむ、さすがに貴様は無傷のようだな。ヒーロー学科のすり替えか」
「……負けない、倒れない、諦めない。それがヒーローの条件だ」
魔曲の冠を被り直しながら、フェルパーは静かに身構える。
「でも、あなた一人で私とヌラリン相手にできるつもり?」
ジャコツの言葉に、フェルパーは僅かに微笑んだ。
「一人で相手するつもりなんて、まったくない」
その言葉に応えるように、小さな衣擦れが聞こえた。
「くっ……こいつらぁ…!」
「いっててて……イペリオンとか、容赦ねえなあ、先輩…!」
ひどく傷ついてはいたが、ドワーフとバハムーンがのそりと立ちあがった。
「ほう、貴様等も耐えていたか。これは驚い…」
ヌラリの言葉が終わる前に、さらにいくつかの物音が聞こえた。
「あつつつ……イペリオンなんて、見たのも初めてだよ……さすがに効くねえ…」
「さすが、ド級の威力ですね……ですが、倒れるわけには、いきません…!」
「いったぁ…!」
さらに、エルフとセレスティア、フェアリーまでもが立ちあがった。これには、さすがのヌラリとジャコツも目を見張った。
「なんとっ!?全員耐え抜くとは!」
「うそ!?ダーリンのイペリオン受けて立てるなんて!?」
「……こぉ〜のぉ〜…!」
一瞬、気が緩んだ瞬間を逃すほど、彼等も甘くはなかった。
「ハゲぇぇぇーーー!!!」
フェアリーの怒りに満ちた叫びが、反撃の合図となった。エルフが真っ先に魔法を詠唱し、即座に全員が攻撃に移る。
「今度はぼく達の番だ!フェニックス!」
エルフの叫びと共に、炎の鳥が二人に襲いかかる。二人はすぐに左右へ飛んで直撃を免れたが、同時にフェアリーが跳びかかっていた。
「死ねっ!」
「ぬっ!」
物騒な叫びと共に、手裏剣が投げつけられる。曲線を描いて飛ぶそれを、ヌラリはあっさりと叩き落とすが、そこへさらにフェルパーが
走っていた。
「ミール、行け!」
フェルパーの言葉に応え、小さな鼠がヌラリの顔に飛び付いた。
「ちっ、小癪な!」
鼻を齧られる直前に引き剥がし、机の上に放る。その隙にフェルパーは距離を詰め、足元を狙って白刃を振るった。手裏剣の防御に錫杖を
使い、もう片手は顔の鼠を剥がすのに使っていたため、ヌラリは咄嗟に跳び上がってそれをかわした。
「空中じゃさすがに、先輩でも動きはとれねえよなあ?」
薬室に弾を込め、バハムーンはヌラリに銃の照準を合わせた。
「しまっ…!」
「逃がさねえ!」
パァン!と乾いた音が響き、ヌラリの首が弾かれたように仰け反った。彼の弾丸は狙い違わず、ヌラリの眉間を捉えていた。
「ヌラリン!?」
それにジャコツが気を取られた瞬間、首元に冷たい感触が走った。それを悟ると、ジャコツは小さく息をついた。
「……一瞬気を抜いたとはいえ、やるじゃない?」
「お褒めに預かり、光栄ですよ」
いつの間にか背後に回り込んだセレスティアの鎌が、ジャコツの首元にあてがわれていた。彼が本気で殺しに来ていれば、彼女の首は
既に胴体から離れていただろう。
勝負あったかと全員が息をついた瞬間、ジャコツに向かってドワーフが走った。
「え!?ドワーフさん、ダメですよ!もう勝負はつきました!」
「まだ、殺してない!」
チェーンソーと大斧を構えて向かってくるドワーフに、ジャコツは一瞬驚いた顔をし、そしてニヤリと笑った。
首に鎌を突きつけられたジャコツ目掛け、武器が振り下ろされる。
「……ふふっ、頼もしい後輩じゃない」
楽しげなジャコツの声が響く。彼女は一瞬のうちにセレスティアの鎌から逃れ、ドワーフの攻撃すらかわしていた。
そして彼女の背後に、武器を振り下ろした姿のままでドワーフが立ち尽くしている。その体には蛇が巻き付き、彼女の首に鋭い牙を
突きつけ、今にも食いつこうとしていた。
「うむ…」
ジャコツの言葉に、ヌラリが静かに答える。その額には、ゴム弾の真っ赤な痕が残っていた。
「あ……あ〜、それで、先輩、イワナガ先生の代わりの依頼は〜…」
威嚇されつつ蛇を必死に宥めるセレスティアと、まったく動けずにいるドワーフを気にしつつも、バハムーンは話を進める。
最終的には、ドワーフは何とか無事に解放され、イワナガ先生の休暇も確保できることとなった。課題の成果としては上々だったが、
最後の最後で完膚なきまでに叩きのめされたドワーフはずっと不機嫌そうだった。
誰とも口を聞かず、いつも以上に不穏な雰囲気を纏っている。当然、そんな彼女に近づこうとする者はほとんどいなかったが、夕飯を
食べ終えた頃、隣に座ったセレスティアがドワーフに話しかける。
「先輩達は、強かったですねえ」
「………」
さすがにショックだったらしく、彼の言葉にもドワーフは何ら反応しない。
「ですが、仕方のないことですよ。あなたの強みが、あの方々には通用しませんでしたから」
「………」
「生き物は全て、死を恐れます。それゆえに、死に連なる悪意、殺意、そういったものも恐れます。あなたが叩きつける殺意は、相手を
怯えさせるのに十分なものです。そういったものに不慣れな相手なら、特にそうでしょう」
「……だから、何」
およそ数時間ぶりに、一行はドワーフの声を聞いた。
「ですが、彼女は違いました。彼女は、命の奪い合いに慣れています。奪う側も、奪われる側も、幾度となく経験した目をしていました。
ですから、本来であれば相手を怯えさせられるはずのあなたの殺意も、彼女には通じなかった。そうなっては、あとは純粋な技量の
勝負です。入学して数ヶ月のわたくし達が、三年間通った先輩に勝てる道理はありません」
「……セレスティア、うるさい」
その言葉は危険信号の一つだったが、セレスティアは構わず彼女に笑いかけた。
「強くなりましょう、ドワーフさん。今は勝てなくとも、わたくし達はここまで誰よりも早く駆け上がってきたでしょう?であれば、
あと一月、二月、あるいはもっとかもしれませんが、訓練を怠らなければ勝てない道理もありません。神は、自ら助くる者を助く。
努力を続ければ、神も必ずお力添えをしてくれますよ」
その言葉をつまらなそうに聞いていたドワーフだったが、やがて小さく息をつくと、静かに立ち上がった。
「神なんかに頼るより、セレスティアさんが強くなればいいだけじゃないの?」
皮肉っぽい口調ではあったが、少なくとも機嫌は幾分か直ったようで、他の四人の仲間は内心ホッと安堵の息をついていた。
「あのお嬢ちゃんの機嫌直ってよかったぜ……隣にいる身としては、生きた心地がしなかったからな」
立ち去るドワーフとそれを追いかけるセレスティアを眺めつつ、バハムーンが小声で言う。
「僕も、一撃なら何でも耐えられるけど、ドワーフを相手にしたくはないね」
「ねー、それより明日どこ行くのー?フェア、またすぐタカチホ戻るのやなんだけどー」
フェアリーの言葉に、三人は顔を見合わせた。
「確かに、あそこは暑いからねえ。訓練がてら、ドラッケンから回っていくかい?」
「いや、むしろさっさとあっち行って用事済ませて、ドラッケン回ってまた帰ってくりゃいいだろ?」
「ええー!?フェア、暑いのやだー!」
「だからって、報告後回しにするわけにもいかねえだろ。報告さえ終わりゃ、あとは氷原だろうがどこだろうが回ってやるよ」
「むぅ〜……暑いのやなのにぃ…」
フェアリーはぶつぶつと文句を言っていたが、結局はバハムーンの意見に従うこととなった。
久しぶりに母校の自室に戻り、一行はそれぞれ冒険の疲れを癒す。やはり自室は落ち着くもので、彼等は部屋に戻ると翌日の準備を
済ませ、その後すぐに眠ってしまった。
翌朝、珍しく寝坊気味のドワーフとセレスティアを待つ間、フェアリーとエルフ、フェルパーは学食で朝食を取っており、バハムーンは
モミジ先生にタカチホ土産の大温泉まんじゅうを渡していた。
「ああ、でもこんなに食べたら太っちゃうかしら」
「多少ふくよかぐらいな方が、先生はきれいですよ。それこそお付き合いを申し込みたいぐらいです」
いかにも軽そうな笑顔で言うバハムーンに、モミジ先生もちょっと困ったような笑顔を返す。
「わふ〜ん、先生をからかっちゃいけませんよ」
その言葉を聞くと、バハムーンの顔が不意に真面目なものに変わった。
「本気で言ってたんですけど……じゃ、真面目に言えばいいですか?」
「わふん!もっとダメです!」
慌てて言う彼女に、バハムーンは楽しげな笑顔を浮かべた。
「ははは、さすがに生徒と先生とじゃ釣り合いませんからね。真面目に言うのは卒業までとっときますよ」
「もう、何言ってるんですか……先生をからかうより、他に報告とか残ってるんじゃないですか?」
「あ〜、またタカチホに戻らなきゃいけないんですよねえ。先生に会えなくなるのは寂しいですよ」
「聞かない子ですね、わふ〜ん」
するとそこに、ようやく起きてきたセレスティアとドワーフが通りかかった。
「おや、バハムーンさん。おはようございます」
「ん?おう、セレスティアとドワーフか。おはよう……てか、ちょっと遅いな」
「ふぁからあに?……んふぁ〜…」
大欠伸をしつつ、ドワーフがまだ寝ぼけているような声で言う。
「大丈夫かお前?」
「ん」
「そうか……あ、じゃあモミジ先生、俺はこの辺で失礼します」
「気をつけて行って来てくださいね」
口の周りの毛についた餡子を舐め取りながら、モミジ先生は三人を送り出す。寮を出ると、ドワーフはまた大きな欠伸をした。
「眠そうだな」
「眠い」
「最近よく寝ますねえ。ドワーフさんも、さすがに疲れが溜まってるんじゃないですか?」
「ん」
受け答えも面倒らしく、ドワーフは最低限の返事しかしない。しかしそれも珍しいことではないので、セレスティアもバハムーンも
今更気にはしない。
非常に眠そうではあるものの、学食に着くとドワーフはすぐさま朝食を取りに行き、両手に山のような料理を持って帰ってきた。
「ドワおはよー。いっつもいっつも、よくそんな食べれるよねー」
「体の大きさが違う」
「体っつーより、胃袋の大きさじゃねえのか…」
バハムーンの言葉を無視し、ドワーフはフェルパーに視線を移した。
「フェルパー、アイドルってこう、頭の上に本載せて歩くとかやるの?」
「え、僕?あー、本じゃなくて水入れたカップでやった。ほとんど遊びみたいなものだったけど」
「それ今度教えて」
「あ、うん、別にいいけど…」
あまり絡むことのない相手からの意外な申し出にフェルパーは困惑していたが、断る理由もなかったために承諾した。
「それは、何か強くなるためのトレーニングですか?」
「別に」
セレスティアの言葉に、ドワーフはそっけなく答える。しかしその場にいたほぼ全員が、足運びや重心の落とし方などの基礎を
鍛え直すのだろうと思っていた。
「フェアも似てるのたまにやってるよー。忍者学科って遊びみたいのいっぱいで面白いよー」
「お嬢ちゃんもいつの間にか転科してたよな。そんなにその学科魅力あったのか?」
「だってさー、隠れて襲ったりとか、気配消したりとか、悪戯い〜っぱいできそうじゃない?ひひ!」
「なるほど、お嬢ちゃんらしいな」
そんな他愛もない話もしつつ、一行は準備を整えるとタカチホ義塾へと戻った。そこで報告を済ませると、今度はプリシアナ方面へと
足を向ける。
実力的には、そこに至るまでのダンジョンを軽く踏破できるほどだが、あまり時間を掛けても本戦開始の期日までにモーディアルへ
戻れなくなってしまう。そのため、いくつかのダンジョンはテレポルでさっさと抜けてしまい、一行はプリシアナで昼食を取ると、
今度はスノードロップへと向かった。
「すっずしーい!っていうか、寒ーい!」
「元気だね、君は。みんなは大丈夫かい?」
これまで砂漠にいたため、スノードロップの雪景色は天国のようでもあり、また地獄の寒さでもある。
「俺は、ちっと、寒い、な」
「わたくしも、さすがに少々。ドワーフさん、大丈夫ですか?」
「ん……寒い」
見た目こそ暖かそうなドワーフだが、彼女は体を抱くようにして、背中を丸めて縮こまっており、相当に寒いようだった。
「ドワ、あったかそうなのにねー」
「冬毛じゃないし、お前みたいに脂肪ない……ハ、ハ……ックシュン!」
「探索はやめておきますか?体も慣れていないのに無理に探索に出ては、体調を崩しかねませんし」
ドワーフの体を翼で包みつつ、セレスティアが言う。フェアリーはそれを見ると、いそいそと彼のもう片方の翼に潜り込んだ。
「それもそうだ。バハムーンも密かに死にかけてるし」
「本戦で、ここ、なしだ、と、いいな」
結局、一行は探索を諦め、そのまま宿に向かった。しかし折悪しく、プリシアナの校章をもらいに来た生徒達が多くいたため、
部屋に空きがない。いくつかある宿のどこも満員であり、一行は途方に暮れた。
「で、どうすんのー!?フェア、こんなとこで野宿とかやだよー!?」
「わたくしも遠慮したいところですが……生憎と、魔力も尽きかけてますし、転移札もありませんし、交易所も閉まっている時間ですしね」
「お風呂もないしね……体だけ洗わせてもらおうかなあ」
「無理なものはしょうがない。何とかここで一晩過ごす策を考えよう」
バハムーンとドワーフは会話に参加する元気もなくなってきたらしく、二人とも毛布に包まって震えている。そんな二人に、ペットを
連れている三人は彼等を湯たんぽ代わりに貸していた。
「一応、防水断熱のマットは持ってますよ。それと燃料と、毛布が一人数枚分」
「テント置いてきたのは完全に失敗だったねえ。いっそ広間でもどこでもいいから間借りするかい?」
「それ、ドラッケンの生徒がやってた。他にいい案…」
言いかけたフェルパーの尻尾が、ピンと立った。
「あ、そうだ。雪洞作ろう。あれならテント並の機能がある」
「なるほど、遭難した時の定番ですね。では、町外れの一角をお借りするとしましょうか」
「わーい、ゆっきあそびーゆきあそびー!」
「……真面目に作ってね?」
話が決まったところで、一行は町外れに雪洞を作り始めた。疲れと寒さのため、最初は適当に穴を掘って済ませようと考えていたのだが。
「ねー、穴掘るだけじゃつまんなくないー?」
「そうですねえ……この気温ですと、氷の家でも作れそうですね」
「本格的なのに越したことはないよね。えーっと、確かあれは一部を半地下にして…」
知識と好奇心と遊び心、そして普段は見ない大量の雪が、彼等の行動をどんどん捻じ曲げていく。
「ふーっ!雪切るの疲れるねー!」
「エルフ、通路はこんなもん?」
「うん、それでいいよ!あ、バハムーン、中で押さえて!」
「結局俺まで……あいよっと!」
「いきますよドワーフさん、せーのっ!」
「ふっ!……はぁ、暑。あとブロックいくつ?」
雪洞を作りだしておよそ二時間、一行の目の前にある物は、誰がどう見ても本格的すぎる氷のドーム状住居であった。
「……家作っちゃったね」
「ドがつくほど気合の入った出来ですね……おかげで全身汗だくですよ。フォルティ先生なら死ぬところです」
「えっへへー、楽しかったぁ!ねね、早く中入ろうよー!」
「そうだね、このままじゃ風邪ひきそうだし、早く入ろう」
半地下となっている通路を通り、ドーム内部に入ってみると、思ったより暖かいという感じはしない。しかし時間が経つにつれ、一行の
体温によって中の空気がだんだんと暖かくなり始めた。おかげで気温に関しては心配なくなったが、構造故に別の問題が生じた。
「……汗臭い」
「通気性は最悪ですしねえ。おまけに、全員汗だくになりましたし」
臭いが中に篭るのだ。もっとも、嗅覚に優れたドワーフやフェルパーはさほど気にしていないようだったが、年頃の女の子である
エルフとフェアリーはさすがに気になるようだった。
「ん〜、フェアもお風呂入りたくなってきちゃったよぉ…」
「だよねえ……でも、こんな時間に押し掛けるわけにもいかないし」
「お湯でも沸かしましょうか?体を拭くぐらいなら…」
「セレのエッチー!みんないるのにそんなことできるわけないでしょー!」
「あ、ああ、それもそうでしたね。ですが、フェアリーさんの場合は普段の服装…」
「う、うるさいなー!言わないでよー!気にしないようにしてるんだからー!」
「フェアリーうるさい。寝らんない」
「ごめんなさーい」
ドワーフは何ら気にすることなく、既に一番奥の壁を背にできる部分を確保して寝転んでいる。しかし言葉とは裏腹にまだ寝る気は
ないようで、他の仲間の動向を注意深く見守っている。
さすがに外に出る気もせず、男連中を出すこともできず、結局はフェアリーとエルフもそのまま寝ることにした。持ってきたマットの
都合上、六人はかなり密集することになり、ドワーフの隣にセレスティア、その隣にバハムーン、そしてそれぞれと頭を突き合わせるように
してフェアリー、エルフ、フェルパーと並んで寝ることとなった。
「みんなで寝るの初めてだねー。エル、早く寝ていいからねー?ひひ!」
「頼むからここで悪戯はやめてくれよ?」
「明日もあるんだし、お前も早く寝ろよ。んじゃ、おやすみ」
付けていたランプを消すと、辺りは一瞬にして真っ暗になる。それから数分と経たぬうちに、一番元気そうだったフェアリーの寝息が
聞こえ始め、続いてセレスティア、バハムーンと増えていく。
エルフはどうにも体が気持ち悪く、なかなか寝付けないでいたが、寝れば気にならなくなるかと思い、じっと目を瞑っていた。
ごろりと、隣のフェルパーが寝返りを打ち、エルフの体を後ろから抱き締めた。
「っ…!?」
一瞬驚いたものの、単に寝相が悪いだけかと思い、エルフは再び目を瞑る。
が、直後にうなじへかかる吐息に気付き、ぎょっとして振り向いた。
「ちょ、ちょっとフェルパー…!何してるんだよ…!?」
「……エルフの匂いする」
一瞬遅れて匂いを嗅がれていることに気付き、たちまちエルフの顔が真っ赤に染まった。
「ばっ……何考えてるんだよ…!?」
「いい匂い。エルフ、普段あんまり匂いないから」
元々匂いに敏感な種族だけあり、フェルパーとしては個々の体臭もその人固有の個性として見ている。しかしエルフはそれを嫌い、
毎日しっかりと体を洗うため、あまり匂いがなかったのだ。
それが今、彼女から非常に強い匂いが感じられる。その匂いはとても女の子らしく、また彼女らしい匂いだった。
「こ、こらっ、何盛ってるんだよ…!?やめろっ…!」
「ごめん、我慢できない」
後ろからエルフの体をぎゅっと抱きしめ、うなじに舌を這わせる。途端に、エルフの体がビクッと震えた。
「んっ……や、やめて…!み、みんな起きちゃうし、フェネも起きる…!」
「うん。だから声出さないで」
「こ、この馬鹿ぁっ……んんっ…!」
声が出そうになり、エルフは咄嗟に両手で口を覆った。誰か起きてはいないかと耳を動かしてみるが、寝息の数に変化はなかった。
「やめ……ほ、ほんとにやめてくれよ…!なんで君いっつも……こんなのやだ……っ…!」
エルフの弱々しい懇願など聞きもせず、フェルパーの舌がうなじから耳へと移る。エルフは必死に口を覆い、声を漏らさないように
我慢している。
それをいいことに、フェルパーは彼女の耳にゆっくりと舌を這わせ、さらには片手を胸元へと滑りこませる。
「んっ……く、う…!」
声を出せば、誰かが起きてしまうかもしれない。その恐怖から、エルフは初めての時より緊張していた。だが、フェルパーの愛撫を
受けるうちに、身体の方は正直に反応してしまう。
上気し、再び汗ばんできたエルフの体。それを肌で感じつつ、フェルパーは彼女の薄い胸を優しく撫でる。気を張っているからか、
エルフはその刺激一つ一つに敏感に反応し、熱い吐息を漏らしている。
「んう……うっ、く…!」
声を抑え、刺激に耐え、しかしそれは結果としてフェルパーの行為を強く感じることとなってしまう。いつしか頭の中に靄がかかり、
快感に流されてしまおうかとエルフが思い始めた瞬間、不意にフェルパーの動きが止まった。
「んっ……ん、フェル、パー…?」
多少の不満が篭った声で呼ぶと、フェルパーは小さく笑った。
「エルフ、辛そうだからさ。やっぱりやめようかなって」
「え……い、今更そんな…!」
言いかけて、ハッと口を押さえる。肩越しに振り返れば、実に楽しげなフェルパーの顔が見え、少々ムッとしたものの、それでもエルフは
続く言葉を止められなかった。
「……こ、ここまで、した……ん、だから……その……さ、最後……まで…」
「ほんとにいいの?」
「き、君のせいだろ…!」
好きな相手に優しく愛撫され、無反応でいることなどできるはずもない。まして、それを途中で止められるなど拷問に等しい。
羞恥心が消えたわけではない。それでもエルフは、その快感に流されることを選んだ。
「せ、責任……は、取ってくれよ…」
消え入りそうな声で、しかしエルフは確かに言った。
フェルパーはにんまりと笑い、再びエルフの体を抱いた。そして優しく引き寄せ、体をぴったりとくっつける。
「力、抜いてて」
そう耳元に囁くと、いつの間に脱いでいたのか、フェルパーは自身のモノをエルフの股間に押し当てた。
「あっ…!?ん……ん…!」
手探りで位置を直し、秘裂に先端を押し付けると、フェルパーはゆっくりと腰を突き出した。
「ふぅっ…!んんん〜…!」
緊張から、いつも以上にきついエルフの膣内。しかし中はねっとりと濡れており、ぬるぬるとした肉を押し広げる感触が、フェルパーに
強い快感をもたらす。また、エルフからしてもいつも以上にフェルパーのモノが感じられ、それが強い快感となっていた。
ゆっくりと押し進み、腰と腰が密着するまで入れると、フェルパーはエルフの耳元に囁いた。
「エルフ、平気?」
「ん…」
口を開けば声が出てしまいそうで、エルフは両手で口を覆ったままこくんと頷いた。
「動くよ」
「ん……んっ…!んうぅ…!」
フェルパーがゆっくりと腰を動かし始める。激しい動きはできず、それは実にゆっくりとした動きだったが、だからといって快感が
弱いわけではない。むしろ、普段は感じられないような小さな刺激すらはっきりと感じられ、それが動きの少なさを十分補うほどの
快感を生む。
「く、ふ……んっ……ふぅぅ…!」
声だけは出さないように、エルフは必死に口を押さえる。今の彼女には、声を出すことは自殺にも等しい行為だった。
音に意識が行く余り、毛布の中に響くくぐもった水音すらはっきりと聞こえる。それどころか、自身の呼吸音、心音ですら大きく聞こえ、
ましてや時折漏れる喘ぎ声など、その度にエルフの体がビクリと震えるほどだった。
そんな中で、突然聞こえたバサリという音は、二人を驚かせるのに十二分の効果があった。
「っ…!?」
一瞬、二人の動きが止まる。どうやらフェアリーが寝返りを打ったようで、毛布の中に丸まった状態になっている。しばらく経っても
特に他の動きはなく、二人はホッと安堵の息をついた。同時に、フェルパーは少し意地悪そうに笑うと、エルフの耳元に囁きかける。
「さっきエルフの中、すごく締まった」
「っ……しょ、しょうがないだろ…!いちいち、そ、そんなこと言……んうっ!?」
突然フェルパーが動き、エルフは思わず声を出してしまった。途端に、エルフは大慌てで口元を押さえ、同時にフェルパーのモノが
ぎゅうっと締めつけられた。
「こ、この馬鹿ぁっ……んんんっ…!」
間隔を開けて、不規則に突き上げる。予測できない動きに、エルフは快感に身構えることもできず、ただひたすらに口を押さえて
耐えようとする。そんな彼女をいたぶるように、フェルパーは動きを変え、強さを変え、彼女の体内を突き上げる。
突かれる度にエルフは小さく声を上げ、フェルパーのモノをぎゅうっと締めつける。動きこそ小さいものの、それは確実にフェルパーを
追い込んでいく。
「くぅ…!エ、エルフ、そろそろ、もう…!」
歯を食いしばり、囁くフェルパー。その言葉を証明するように、エルフを抱く腕にぎゅっと力が入り、動きも大きく、強くなっていく。
「んあっ…!ぼ、ぼくも、もうっ…!」
エルフの中が痙攣するように締めつけ、その刺激にとうとうフェルパーも限界に来た。
「エルフっ……出る…!」
「んんんっ……んぅぅ〜っ…!」
フェルパーのモノが跳ねるように動き、エルフの体内にじわりとした温かみが広がっていく。エルフは必死に口を押さえつつも、膣内は
射精をねだるかのように収縮を繰り返し、フェルパーのモノを何度も何度も締めつける。
やがて、動きが静まっていき、フェルパーが大きく息をつくと、エルフもぐったりと体を横たえた。
「んんっ……はぁ……はぁ…」
快感の余韻に浸りつつ、エルフはぼんやりと目を開けている。その視界には、セレスティアの頭とドワーフの肘が映っている。
「はぁ……はぁ…………え?」
そこで、エルフは異常に気付いた。ドワーフの肘は、床についている。そして、こちらからは小指が見えている。
慌てて視線を上げると、うつ伏せになった状態で両肘をつき、そこに顎を乗せているドワーフの姿が映った。
「うわぁっ、ド、ド、ドワーフ!?」
「ふーん、もう終わり?なんか、地味」
そこでフェルパーも事態に気付き、大慌てでエルフから体を離した。
「なっ、ちょっ……い、いつから君…!?」
「……やぁっと終わったかよ。いつからも何も、起きねえ奴がいるとでも思ってんのか?」
頭の方から低い声が聞こえ、フェルパーはぎょっとして視線を上げる。同時に、すっかり呆れかえった顔のバハムーンと目が合った。
「うええ!?バ、バハムーンまでっ…!?ちょ、いや、ぼ、ぼく、そのっ…!」
「お、起きてるなら最初から…!」
「起きてるんじゃねえ、起こされたんだよ。まったくてめえらこんな狭いとこで盛りやがって」
呆れと怒りの入り混じった声のバハムーンに、フェルパーもエルフも言葉を失う。
「風呂入りてえとか何とか言っときながら、その体はどうするつもりなんだ?ええ?」
「あう……そ、それ、は…」
「そのままってわけにはいかねえよな、まさかよぉ。おーいセレスティア、こいつらに湯沸かしてやってくれ」
「そうなりますよねえ。わかりましたよ」
背中を向けたままで、セレスティアが答えた。その声ははっきりとしており、既にだいぶ前から起きていたことがうかがえた。
「セ……セレスティア、まで…」
「途中から、声が抑えきれていませんでしたし、おかしな気配があれば警戒するのは、冒険者の性ですよ」
ややうんざりした口調で言いながら、セレスティアは仰向けになり、その体勢のままで小さな鍋に水を入れ始める。
「……ドワーフさん、今だけ少しどいていただけませんか?」
「やだ。羽根布団どかしちゃダメ」
「そうですか」
元々期待していなかったのか、セレスティアは仰向けのままで器用に火を起こす。もはやエルフもフェルパーも完全に固まっており、
エルフに至っては耳まで真っ赤な顔になってしまっている。
ふと、そこでドワーフの視線が動き、フェルパー達からその隣の毛布へと移る。そしてやおら手を伸ばすと、その毛布をぺろんとめくった。
「聞いてない……聞いてない…!聞こえないもん……何もないもん…!」
小さな声で繰り返しながら、耳を塞いでブルブル震えるフェアリー。どうやら目もぎゅっと瞑っているらしく、ドワーフが毛布を
めくったことすら気付いていないらしい。
「……おーい、お嬢ちゃん」
「わーっ!?わーっ!何も聞いてないもんーっ!フェア何も聞いてないーっ!」
バハムーンが声をかけると同時に、フェアリーは大声で叫び出した。
「素だと下系苦手なのかこいつ…」
それはつまり、二人の行為のせいでフェアリーも起きていたということだった。半分開き直り始めたフェルパーと違って、混乱の真っ只中に
いたエルフの頭に、自身の行為を全員に気付かれていたという事実が染み渡っていく。
「……う……うぅ〜…!」
「ちょっ……エ、エルフ!?」
「ふえぇぇ〜ん!!」
とうとう、エルフは泣きだしてしまった。彼女にとっては、フェルパーとの交わりを全員に聞かれていたなど、とても耐えられるような
辱めではなかった。
「お、落ち着いてエルフ!別にそんな、泣くような……痛ってええぇぇっ!」
言いかけた瞬間、フェルパーが悲鳴を上げた。慌てて毛布を跳ね上げると、主人を泣かされたペットがフェルパーの尻尾に本気で
噛みついていた。
「痛い痛い痛い!!フェネ、悪かった!!僕が悪……痛ぃっててて!!!」
「ふえぇ〜!もうやだぁ〜!ぼくもう帰るぅ〜!」
ペットに襲われ、尻尾を振り回すフェルパーに、恥ずかしさのあまり幼児退行を起こしているエルフ。それを見ながら、バハムーンは
全身がしぼむような溜め息をついた。
「……フェルパー、そこまでして注目浴びて、楽しいか?ん?」
「わ、わざとじゃなっ……あだだだっ!!だ、誰かこの子取ってくれぇぇ!!」
「……やっぱり馬鹿だね、こいつら」
そんな様子を楽しげに眺めながら、ドワーフが呟く。それに対し、セレスティアは否定とも肯定ともとれない笑みを浮かべた。
「まあ……若いというのは、いいことですよ。ははは…」
結局、彼等はその後エルフとそのペットを宥めるのにかなりの時間を要し、またフェアリーを落ち着かせるのにも相当な苦労を要した。
そして、全ての元凶であるフェルパーは、ただひたすら縮こまっているのだった。
モーディアル学園に戻って数日。本戦開始を明日に控え、一行はそれぞれに英気を養っていた。
全ての学園の校章を集められたパーティはそれほど多くなく、本戦に参加できるということは、それだけで相応の実力を持つパーティだと
言える。その自信と誇りを胸に、本戦に挑もうと決意を新たにする生徒も多くいる中で、一行はまったくもって緊張感のない様子である。
「ドワーフ……一つ持ってやろうか?」
「グルルル…!」
「わかった、わかったよ。手は出さねえって」
両手に料理満載のトレイを持ち、さらに頭の上にまで同じようなトレイを乗せているドワーフ。既にコツはだいぶ掴んだらしく、
その状態でも危なげなく歩いている。
「にしても、フェルパーに聞いてたのってそのためかよ…」
「それ以外、こんな技術何に使うの」
「その技術自体じゃなくて……いや、いいか。さっさと戻って食おうぜ」
ドワーフには負けるものの、これまた料理満載のトレイを持ち、バハムーンは仲間達の元へと戻る。
「おかえりなさい。ドワーフさんのそれ、便利そうですねえ」
「セレスティアさんも習ってみたら。そんなに難しくなかったよ」
「いえ、わたくしは結構ですよ。そこまでたくさん食べられませんしね」
「それにさー、ドワとかフェルだと耳でも押さえれるから簡単なんだよー。フェア、それすごい苦手ー」
フェアリーはすっかりいつも通りの様子であり、ドワーフやセレスティアと仲良く喋っている。
その正面には、フェルパーとエルフが座っている。両者の間に、会話はない。
「よう、フェルパー。少しは傷良くなったかよ?」
「少ししか良くなっちゃいけねえのかよ…?」
「だからおま……一体どこで切れるんだかほんとわけわかんねえんだよ昔っから!傷が良くなったか聞いただけだろ!」
「……まあ、それなりに」
フェルパーの顔には、大きな青あざがいくつも付けられていた。
「サブとはいえ、アイドルがまあ……自業自得だけどな」
「………」
その傷は、スノードロップからモーディアルに帰ってきてから、羞恥が怒りに変換されたエルフに付けられた傷である。文字通りに
張り倒され、これまでに見たことがないような怒りを見せるエルフに、あの時は本気で死ぬかと思ったと、本人は後に語っている。
「エルフ、お前も気持ちはわかるけどな、やりすぎだ。いい加減、機嫌直せよな」
「……でも、ぼく…!」
「流されたお前も、自業自得なんだからな」
「あぅ…」
そう言われてしまうと何も言い返せず、エルフはへなっと耳を垂らした。そんな様子を、フェアリーはニヤニヤしながら見つめている。
「ひっひひ!エルもフェルも、一緒にビースト学科に転科しちゃえばー?」
「ぼくがどうやってビースト学科に…」
「獣みたいに、すーぐその気になっちゃうんだからさー。いけるんじゃないのー?ひひひ!」
「っ……う、うるさいなっ!そんなっ、ぼく、別にっ……うぅ〜、もう言うなぁ…!」
「やぁ〜だよぉ〜だっ。ねー、フェルもその方がいいって思うでしょー?」
「思わない。大体君…」
「うっそだぁー!ぜぇ〜ったいそう思ってるくせにー!」
いつものように言い合いを始める三人を眺めつつ、バハムーンは溜め息をつく。
「こいつら、仲良いんだか悪いんだかわかんねえよなあ」
「悪くはないでしょうね。良くもないようには見えますが」
「フェルパーもエルフも、こう見えて問題児なのにはほんと参るよな」
「はは……ま、まあ、誰しも欠点はあるものですよ」
緊張感など微塵もなく、いつも通りの一行。彼等が数日後に、天空の宝珠争奪戦の本戦に参加するなどとは、誰も思えないだろう。
これほどまでに呑気でいられる訳は、彼等が自身の力に絶対の信頼を持っているからに他ならない。それに加え、仲間の力にも信頼を
置いている。焦ったり緊張したりする理由など、彼等には何一つなかった。
ただ一つ、彼等の気にかかる事態があったとするならば、未だにフェルパーと話さないエルフと、そのペットにすっかり嫌われて
意気消沈しているフェルパーをどうしたものかという程度である。
もっとも、それすらフェアリーにはちょっかいをかけるいい口実であり、セレスティアはさほど気にしておらず、ドワーフなど完全な
無関心である。バハムーンに至っては、あと二日もすれば仲直りするだろうと、既に幼馴染の行動を予測済みである。
結局、行為の発覚が大きな事件だったのは当事者である二人だけで、他の仲間には極めてどうでもいい事件なのだった。