「好きは力だ!」
これは彼女の昔からの主張であり、信念である。曰く、好きであれば努力を努力とも思わず、自然とその技能が身に着く。
従って下手の横好きなどというものは存在せず、好きであればある程それに特化できるというのが彼女の考え方である。
これだけ聞けば、誰もが彼女を気のいい優しい人間であると思うだろう。
しかし、彼女の言う『好き』とは、ありとあらゆるものに向けられており、またそれは自分への言葉でもある。
逆に言うならば、彼女は『好き』以外の物をすべて排除しようとする。冒険者養成学校という、時に命すら賭けるこの学校においては、
彼女はその好き嫌いを如何なく発揮し、優しさとは程遠い、むしろ冷徹な人間として評価されていた。
『好き』なパーティを組むため、彼女は何人もの生徒と出会い、別れた。
無抵抗の生き物を、顔色一つ変えずに殺したセレスティア。殺しに疲れ、探索を嫌がるようになったフェルパー。勉強を嫌い、背中を
預けるにはあまりに不安のあったクラッズなど、数えればきりがない。
それらを排除し、時には自身がパーティから抜け、彼女は理想のパーティを求め続けた。おかげで彼女が本格的な探索に出られるように
なったのはかなり後の方だったが、理想が現実となった時、力をつけるのは早かった。
「よっしゃあ!オレから行くぜー!」
「あいあーい、みんなの防御はお任せくださいねー」
「そんじゃあ僕も!いけぇ、砂嵐!」
驚くほどの俊敏さで攻撃を仕掛けるドワーフに、魔法壁を展開するバハムーン。直後にはクラッズが魔法を使い、牽制を仕掛ける。
「行くよ、ディアボロス!援護、よろしく!」
「は、はい!頑張ります!」
両手に拳銃を持ち、彼女は真っ直ぐに敵を見据えた。その体が、不意にぐらりとよろめく。
パパパパン!と火薬が爆ぜる音が響き、辺りに硝煙の匂いが立ち込める。同時に、敵の前列が一斉に倒れた。しかしまだ敵は多く、
さらに中列と後列が控えている。
「後列から行きます!シャイガン!」
ディアボロスが叫ぶと同時に、巨大な閃光が襲い掛かり、敵後列を飲み込んでいく。そして、手の回らなかった中列のモンスターからの
反撃が始まる。
初めに仕掛けてきたモンスターの体当たりで、魔法壁にひびが入る。続けて襲ってきた攻撃で、魔法壁は音を立てて砕けた。
「ありゃー、やっぱり強いですねー。二発でおしまいですかー」
顔には制服のように張り付いた笑みを浮かべつつ、バハムーンが呑気な声を出す。
「じゃーご主人様、あとはよろしくお願いしますねー」
三匹のモンスターが、一斉にヒューマン目掛けて襲い掛かった。
直後、ガギンと硬質な音が響き、モンスターが弾き飛ばされた。
「傷つけさせるもんか。どんな攻撃だろうと、止めてやる」
ヒューマンの前に立つ、もはや鉄塊とでも呼べそうな人物。異形のグレートヘルムから覗く青い瞳と、地面を滑るような動きだけが、
辛うじて彼がノームなのだと示している。
「さっすがノーム!よぉし、次で終わりだぁー!」
楽しげなクラッズの叫びと共に、最後の攻撃が始まる。ほとんど攻撃らしい攻撃も受けず、彼等はあっという間に殲滅を終えた。
「へっ!本戦っつってもこの程度なら、楽勝だな!」
「この程度ならそうですねー。入り口でこの程度だから、奥はもっと強いとか思わないんですかねー」
「い、いちいちうるせえな!」
「あ、あの……バハムーンさんも、お兄ちゃんも、喧嘩はやめて…」
ディアボロスの言葉に、ドワーフとバハムーンは同時に振り向いた。
「……お、おう」
「あいあーい、でも喧嘩なんかしてないですよーディアちゃん。だって喧嘩は、同レベルの相手じゃないと起こらないんですからー」
「お前はほんとオレに何の恨みがあるんだよ!?」
「そ、そう突っかからないで…」
兄、と呼んではいるものの、別にドワーフがディアボロスの実の兄であるというわけではない。単に妹学科に所属するディアボロスに対し、
ドワーフが兄学科を取っているというだけの話である。
「仲いいよねーあの三人。ヒューマン、行けそうかな?」
「この程度なら、まだまだねー」
クラッズに対し、明るい笑顔を見せるヒューマン。そんな彼女に、ノームがそっと近づく。
「君を危険な目には遭わせない。安心して」
「あっ……う、うん!き、期待してる……からねっ!」
途端にヒューマンの歯切れが悪くなり、その顔もやや赤く染まっている。すると不意にカシャッというシャッター音が響いた。
「あっ!ちょっとバハムーン、何撮ってんの!?」
「何ってー、冒険の記念写真ですよー。私達が一位になったら、この写真も校内新聞に載るかもしれませんよー?」
「ほ、ほんとにそれだけでしょうね…?まあ、それなら、いいけどさ」
メイド学科に加えてジャーナリスト学科という一風変わった履修の仕方をするバハムーンは、事あるごとに写真を撮っている。多くの場合、
それは不穏な予感のする写真なのだが、彼女の魔法壁と攻撃力、チェックスキルに盗賊技能にいざという時の庇う技能は非常に役立つ。
そんなところが、ヒューマンが彼女を『好き』になった所以である。
他にも、ドワーフはその瞬発力と攻撃力が『好き』になり、クラッズは彼の持つスキル、幸運の鐘の効果が『好き』だった。
その三人はヒューマンが直接探し出した仲間だが、ディアボロスは以前彼女が『嫌い』だから追放したセレスティアから紹介を受けて
仲間になったという経緯がある。当初は非常に頼りなかったが、根が真面目なため、今では安心して背中を預けられる存在である。
そして、肌の露出がほとんどないほどに防具を着込んだノーム。彼に関しては、聞いた誰もが驚くような逸話がある。
一月ほど前、ヒューマンが学食で夕食を取っていると、不意に彼が近づいてきた。そして開口一番、こう言ったのだ。
「あなたに一目惚れしました。好きです。どうかあなたのパーティに入れてください」
一緒にいた仲間達は全員呆気に取られ、周囲の生徒も言葉を失い、ヒューマン自身も思考が完全に止まってしまった。そしてようやく
絞り出した答えは。
「あ、あっ、あっ、い、いいよ!?べ、別にいいよねみんな!?そんなっ、えっと、よろしっ……だっ、じゃっ……えっとっ、も、もし、
力なかったらごめんするかもだけどっ……と、とにかく、えっと、よ、よろしくっ!」
あまりにも直球すぎる好意と言葉を受け、ヒューマンは完全に混乱していた。当然、バハムーンはそれをしっかりと写真に収めていた。
好き嫌いの激しい性格だけに、彼女は人に好かれることがほとんどなかった。そこに彼の言葉を受け、最初は混乱するばかりだったが、
幾日も経たぬうちに彼の鉄壁の防御と、それを活かした庇う能力を『好き』になっていた。そして、自身に好意を抱いてくれるところも
『好き』になり、いつしか彼の全てが好きになっていた。
とはいえ、現状、彼女はパーティのリーダーである。仲間をまとめる者が誰か一人を好きになるなど許されないことだと必死に言い聞かせ、
彼女はその気持ちを隠しつつ、仲間の前ではいつものように振る舞っている。
無論、隠せていると思っているのは本人だけであり、他の仲間は全員二人の関係を知っている。
彼女達は順調に奥へと進んでいき、やがて大量のワープゾーンのあるエリアへと踏み込んだ。
「うおっと!?まぁたかよぉー?ほんっと、うぜえなあここ」
「あいあーい、ちゃんとメモは取りましたよー。このワープゾーン、たぶん外れと正解とがありますねー」
「じゃ、外れを避けながら正解探せばいいわけね?はぁ〜、虱潰しに行くしかないか…」
一見しただけではわからないワープゾーンは、厄介な罠の一つである。しかも、今回のようにそれを利用しなければ突破できない場合も
あり、多くの者が嫌うものでもある。
「ま、いいじゃない?ノームのおかげで消耗は少な…」
クラッズが言いかけた瞬間、突然横からモンスターが飛び出してきた。
「きゃあ!?て、敵っ…!」
咄嗟にその場を飛び退き、体勢を立て直そうとしたディアボロスの姿がフッと消滅した。一瞬遅れ、仲間達はその意味に気付いた。
「馬っ鹿野郎!逃げる先ぐらい考えろ!」
「あいあい、いきなりならしょうがないですねー。助けに行きますよー」
続いてドワーフとバハムーンが、ディアボロスの消えた方へと飛び込んで行った。
「ちょ、ちょっとドワーフ!バハムーン!そんな勝手に…!」
「クラッズ、話は後!敵が来てる!」
目標を見失ったモンスターは、ヒューマン達へと狙いを定めていた。さらに、その後ろから仲間のモンスターが現れる。
「うへぇ、これ僕達だけで戦うのぉ?やっだなぁ…」
「仕方ないよ。大丈夫、君達に手出しはさせない」
「ノーム、よろしくね!」
仲間が減ったとはいえ、ノーム以外の二人は後列であり、さらにヒューマンは相手が集団でも単体でも十分に戦えるため、それほどの
危機には陥っていない。多少時間はかかったものの、三人はモンスターの殲滅を済ませると、近くのワープゾーンへと飛び込んだ。
ところが、その先はまだ見たことのない場所であり、当然ながらディアボロス達の姿はなかった。
「えええ!?ここで正解引くぅ!?まったくもぉ〜、私達ついてるんだかついてないんだか…」
「……しょうがないよ、ヒューマン。とりあえず、先に進もう。今までの流れからすると、この周囲にもワープゾーンが張り巡らされてる
はずで、しかもそこに入ってもディアボロス達のところには行けない。道を探しつつ、無事でいてくれることを祈るしかないよ」
「ふぅ……それしかないよねえ」
他に案があるはずもなく、三人は探索を再開した。人数が減っても、ヒューマン達には優秀な盾要員がおり、ディアボロス達は後衛と
前衛、それに加えてどちらもこなせる万能学科がいる。どちらにしろ致命的な危機にはなるまいと、それほどの心配はしていなかった。
何度か戦闘をこなしつつしばらく進むと、前方から何やら戦闘の音が聞こえてきた。
「ヒューマン、あの音聞こえるかい」
「うん、でもディアボロス達じゃなさそう……何にしろ、行ってみようか」
同じ生徒が苦戦しているのであれば、手助けをするのもやぶさかではない。果たしてそこに駆けつけてみると、三人の生徒が十匹を超える
数のモンスターの群れと戦っていた。
「おいフェルパー!魔法いけるか!?」
「ちょっときつい。ミール、援護しろ!」
「邪魔!」
銃と剣を持つバハムーンに、剣とマイクを使うフェルパー、そして巨大な斧とチェーンソーを振り回すドワーフ。明らかに前衛のみで
組まれており、しかも対集団戦を不得手としているパーティのようだった。
「きつそうだね、あれ。ヒューマン、助ける?」
「うん、行こう。あんな群れじゃ、私達だってきついしね」
話はすぐにまとまった。彼女達は彼等に走り寄ると、ノームは前衛に、クラッズとヒューマンは後衛に収まった。
「君達、大丈夫!?援護するよ!」
「おっと、誰だか知らねえが助かるぜ!それに、あんたみてえなお嬢さんとあっちゃ、見学でも大歓迎だぜ!」
「そ、そう、あはは…」
いきなりの反応に、ヒューマンは苦笑いを返した。するとすぐにフェルパーが振り返る。
「バハムーンがごめん。でも、助かる」
「皆さんは攻撃をお願いします。防御は僕に任せてください」
「邪魔はしないでよ!」
いかにも邪魔そうに言うと、ドワーフは猛然と敵に突進していく。奇妙なことに、フェルパーとバハムーンはそれに続かず、まったく別の
敵を狙って攻撃を仕掛け始めた。
「お?お嬢さんはガンナーか。さすが、俺よか銃の扱いは心得てるな。銃も嬉しそうだ」
「ああ、うん……ありがと」
銃が喜ぶ、という変わった表現に、ヒューマンは少し興味を引かれた。軽い男のようだったが、彼も銃を使い、またその射撃は正確である。
しかも、左手では剣の柄を握っており、倒し損ねたモンスターが迫るとそれを抜刀して斬り捨てていた。
バランスは悪くとも、彼等は全員が相当な腕前を持っていた。彼女達が加勢したことであっという間に殲滅を終えると、ヒューマンは
バハムーンに話しかけた。
「君こそ、いい腕してるじゃない?学科は海賊?」
「おっと、ガンナーに褒めてもらえるのは光栄だな。その通り、海賊とサブでマニアを取ってる」
その時、ヒューマン達は強い殺気を感じた。一体何事かと身構えると、彼等の仲間のドワーフがこちらをじっと睨みつけている。すると、
フェルパーがすぐそれに気付き、彼女とヒューマン達の間に割って入った。
「さっきから仲間がごめん。おかげで助かった。これ、お礼にでもなれば」
そう言って、フェルパーは女神のレイピアを差し出してきた。意外な高級品に驚きつつも、ヒューマンは有難く受け取った。
「ノーム、これどう?」
「うん、よさそうだね。使わせてもらうよ、ありがとう」
「ところでお嬢さん、あんたらは三人で組んでるのか?」
バハムーンの質問に、ヒューマンは首を振る。
「ううん、ほんとは六人なんだけど、さっき不意打ち食らってワープゾーンに飛び込んじゃって…」
「ありゃ、俺達とまったく一緒じゃねえか。いやぁしかし、おかげでこんな可愛らしくて強えお嬢さんと一緒になれるなんて、
これはこれでついてるな、はははは」
「……ど、どうも」
時に冷徹とも言われるヒューマンは、相手から褒められることに慣れていなかった。恨み言や捨て台詞などは聞き飽きるほどに
聞いてきたが、ノームのように直球の愛の言葉や、バハムーンのようにやたらと褒められることに耐性が全くない。
「あ、えと……そ、それで、君達も本戦でここに来てるんだよね?じゃあせっかくだし、お互いの仲間が見つかるまで、パーティ組んで
みない?君達かなり強いみたいだし、状況的にはありだと思うんだけど」
「ちょ、ちょっとヒューマン」
そこで、クラッズが慌てて囁く。
「あのドワーフの子とか、なんか怖いんだけど……大丈夫なの?こんな人達と一緒で…」
「まあ、あの子はともかく、男子二人は問題ないでしょ。それに、負担は分散できた方がいいし…」
「いざとなれば、僕が守る。心配いらないよ」
「……う、うんっ!よ、よろしくねっ!」
顔を真っ赤にしつつも、ヒューマンは頷いた。
「そっちの話はまとまったかい?」
「えっ!?あっ、ま、まとまったよ!う、うん、しばらくよろしくね!」
「こちらこそよろしく、お嬢さん……と、あんたらもな」
「……ええ、よろしく」
こうして、彼等は即席のパーティを組み、さらに奥へと歩いて行った。新たな仲間への若干の期待と、多大な不安とを抱えつつ。
その頃、ディアボロス達はかなりの苦戦を強いられていた。学科的なバランスはいいのだが、全体攻撃の手段はディアボロスの魔法のみで
あり、しかもそのディアボロスはひとたび狙われるとすぐに危機に陥ってしまう。単体攻撃ならばバハムーンが庇えばいいのだが、
全体魔法などを受けてはひとたまりもない。
「きゃあ!お、お兄ちゃんー!」
「てっめぇ!このぉ!おわっ……あつつつ…!」
「あいあいあーい!ディアちゃんはこっちに任せて、そこのお兄ちゃんは殲滅だけ考えてー!」
「うう……ま、魔力が…!バフォ、お願い!」
ディアボロスが声をかけると、小さな山羊が小さな槍を振りかざし、一声鳴き声を上げた。その鳴き声は魔力を帯び、ディアボロスの体に
吸収されていく。
「こ、これでシャイガン一発分には…!バハムーンさん、大丈夫でしゅか!?」」
「あいあい、まだ何とかねー。でも、ここで敵さん減らさないと厳しいかもですよー」
「う、うん、頑張りゅ!」
「ディアちゃん、落ち着いてねー。さっきから噛んでますよー」
「オレもやるだけやるけどよ……少し……いや、何でもねえ!やるぞ!」
これまでに大きな群れとの戦闘が、かれこれ三回ほども続いている。もはやディアボロスの魔力は心許なく、バハムーンの魔力は
魔法壁一枚すら張れないほどになっていた。それでも決して諦めず、三人は敵の群れを睨み、武器を握り直した。
そこに、ふわりと一陣の風が舞いこんだ。
「苦戦しているようですね」
「え…?」
聞き覚えのある、柔らかく優しい声。ディアボロスが振り返るのと、彼が隣に降り立つのはほぼ同時だった。
「助太刀しますよ、ディアボロスさん」
「ああっ!!シェレスティアしゃん!!」
「噛んでる噛んでる、噛みまくりだよーディアちゃん」
純白の翼に暖かな声、そして顔に浮かぶ優しげな微笑みは、彼女の記憶とまったく変わらなかった。さすがに手に持つ武器は堕天使らしい
禍々しい鎌になり、左腕にはほぼ武器である盾、アダーガが握られていたものの、それでも彼を見間違うわけがない。
「セレー、それ知り合いー?すっごい弱そうなんだけど、なんでこんなとこいんのー?ひひ!」
様々な思いを一気に吹き飛ばすような不快な台詞。思わずムッとして視線を向けると、そこには楽しげに笑うフェアリーと、ばつの悪そうな
表情を浮かべるエルフがいた。
「き、君はいきなりそういうこと言わない!ごめん、言いたいこと色々あるかもしれないけど、今はとにかく敵を倒そう!」
「なんだお前等…!?ま、助太刀はありがてえけど、ディアボロス危ない目に遭わせんなよ!」
「おー?何、何ー?自分ができもしないこと、フェア達に強制する気ー?」
「んなっ!?て、てめっ…!」
「ひひっ!前衛がよそ見してたんじゃ、危ないんじゃないのー?」
「……あ、あとで覚えてやがれてめえ!」
「フェアリーさん……今はとにかく、殲滅を優先しましょう。エルフさん、先手はお願いします」
困り切った笑顔を浮かべつつ言うと、セレスティアはディアボロスへと視線を向けた。
「ヒューマンさんのところは…」
「あっ、あっ、ち、違うでしゅ!わちゃし……わた、し、達!ワープゾーンのせいで逸れちゃって…!」
「ああ、なるほど。と、いうことは、あれからずっと彼女と一緒にいたということですか」
そこで一度言葉を切ると、セレスティアはディアボロスに優しく微笑みかけた。
「頑張りましたね、ディアボロスさん」
「っ……は、はいっ!」
目に涙すら浮かべ、ディアボロスは勢いよく頭を下げた。そんな様を、バハムーンはポケットに忍ばせたピンホールカメラでちゃっかりと
撮っていた。
「さて、とにかく今は……この戦い、終わらせるとしましょうか」
「はいっ!」
セレスティア達の会話が終わったのを見計らい、エルフが真っ先に動いた。
「みんな、取りこぼしは頼むよ。ベヒーモス、出番だ!」
エルフの声と共に、巨大な獣が実体を取り、激しく地面を揺らした。それだけでも多くのモンスターが倒れたが、残った敵にフェアリーが
手裏剣を投擲し、さらにドワーフが殴りかかった。
「うらぁ!これで一匹ぃ!」
「ん、速い……でもフェアの方が速いもんねーだ、ひひ!」
「わたくしも、負けてはいられませんね。メア、行きますよ!」
セレスティアの言葉に応え、黒い翼を持った羊は大きな鳴き声を上げた。その声を受けたセレスティアの鎌は、モンスターの首を一瞬の
躊躇いもなく刈り飛ばした。
「あいあーい、それじゃあ私も攻撃に出ますよー。ご主人様達には近づけませんよー!」
ビュン、と鞭が唸りを上げ、モンスターに直撃する瞬間、パァン!と激しい音が鳴った。それに弾かれるように、モンスターは吹っ飛んで
動かなくなった。
「あとは私が…!シャイガン!」
ディアボロスが叫んだ瞬間、強烈な閃光が走り、残っていたモンスターは全てその光に呑まれ、消えていった。
殲滅を終え、一行は大きく息をついた。すると、ドワーフがセレスティアを睨む。
「……で、助かったけどよ、お前誰なんだ?ディアボロスと知り合いなのかよ?」
「あ、ええ。以前に…」
「お兄ちゃん!」
言いかけたセレスティアの言葉を遮るように、ディアボロスが強い口調で言った。
「そんな言い方しないで!いくらお兄ちゃんでも怒るよ!」
「えっ、あっ……い、いや、オレは、その……わ、悪かったよ」
「『お兄ちゃん』ということは、兄学科を取っているのですね。でしたら、『妹』であるあなたを気遣うのは当然のことです。
そう責めないであげてください」
「……セレスティアさんが言うなら…」
カシャッと、シャッター音が響く。そちらに顔を向けると、バハムーンが笑顔でカメラを構えていた。
「あいあーい、いい写真撮れましたよー。現像が楽しみですねー」
「……変わった人だね」
エルフが率直な感想を述べると、ディアボロスはおかしそうに笑った。
「でも、すっごくいい人なんですよ。あ、えっと、お兄ちゃんは格闘家と兄学科で、バハムーンさんはメイドとジャーナリスト学科で…」
「あのさー、そんなことより何かお礼でもないのー?せっかく助けてあげたのにさー」
「フェアリーさん…」
セレスティアが窘めようとするが、その前にバハムーンが口を開いた。
「あいあい。助けてもらったんですからお礼は当然ですねー。と言っても、ろくなのないんで、こんなのでもいいですかー?」
そう言ってバハムーンが差し出したのは、キャットテイルだった。確かにこの迷宮では、力不足となってしまう武器である。
「えー?こんなしょぼ…」
「大切なのは気持ちですから、何でも結構ですよ」
フェアリーの口を塞ぎつつ、セレスティアが穏やかな笑みを浮かべて言う。
「えーと、それで、ちょっと話をまとめたいのですが……ディアボロスさん達は、パーティからはぐれてしまったんですね?」
「あ、はい。すみません…」
「いえ、責めているわけではありません。それはわたくし達も同じですので」
「え?そ、そうなんですか?」
「ええ。理由は恐らく同じかと思われますが、不意打ちを受けてワープゾーンにうっかり飛び込んでしまいまして」
苦笑いを浮かべるセレスティアに、頭を掻くエルフ。しかしフェアリーのみ、その表情はどこか緊張しているようだった。
「ですので、よろしければこの先しばらく、一緒に行動しませんか?あなた達がよろしければ、の話ですが」
「も、もちろんそれはっ…!」
「あいあーい、ちょっといいですかー?」
二つ返事で了解しかけたディアボロスをやんわりと遮り、バハムーンが口を開いた。
「どうしたんだ?オレ達だけじゃ、ここはきつ…」
「あいあい、今だけじゃなくて先も読んでくださいねーお兄ちゃん。で、ですねー、一緒に行動するっていうのはいいんですけど、
もしも大天使の羽根を見つけた場合、それはどっちが所有するんですかー?」
「……なるほど、そんな問題もありましたか」
とは言いつつも、セレスティアは既にその質問を予想していたようだった。
「でしたら、お互いに元のパーティに戻り次第、その所有権を賭けて戦う、ということでどうでしょうか?」
「やっぱりそれが妥当ですかねー。じゃあ、その方向でいきましょうかー」
「た……戦うんですか……そう、ですか…」
ディアボロスは気乗りしないようだったが、これが本戦であり、なおかつ迂闊に渡せない物である以上、了承せざるを得なかった。
「それでは皆さん、しばらくの間、よろしくお願いしますね」
「あいあいー、こちらこそよろしくお願いしますよー」
「よ、よろしくおにぇがいしましゅ!」
「……ディアちゃん噛んでるよー」
かくして、彼らもまたパーティを組み、再び迷宮を歩き出した。実は逸れた仲間達も、自分達と同じようにパーティを組んでいるとは、
当然知るべくもない。
「ねえ、ノーム。あの人、すごいねえ」
「そうですね」
前を歩くノームにそっと近づき、クラッズが囁く。それに対し、ノームは静かに頷いた。
「私はブルパップ式だねー。ちょっとうるさいけど、小型で命中良好。それにあのフォルムが好きだなー」
「ブルパップ式か、いいとこ突いてくるな。けど、俺はちょっとマグチェンジしにくくて苦手なんだよなあれ。あと照準器にスコープとか
使わねえと信頼性が薄いところも怖いな」
「うーん、そこは確かに言えるかも。でも逆に言えば、それさえクリアすれば文句なしにいい武器だよね」
「そりゃもちろん!バレルの長さに対してあれだけ切り詰められる全長、そこからくる取り回しの良さ、軽さ!今はまだ試行錯誤が
必要な技術だが、いつかあれがスタンダードになるんじゃねえかな」
「あ、ちなみにハンドガンはどういうのが好き?私はオートマチックの小型のが好きなんだけど」
「あ〜、難しいところだな。実用性無視なら中折れ式の一発もんが好きだが、中継地点に戻らねえで長く戦うならやっぱりリボルバーだな。
けど、俺のスタイルだともっぱらオートマチックの大口径ってとこか」
「銃と剣のスタイルだもんねー。あ、それスライドストップ切り詰めてある?」
「おお、よく気付いたな!さすがガンナー!俺の手のでかさなら、これでも余裕で届くしな。取り回しがいいのが一番だ」
ヒューマンがガンナーになった理由は、もちろん学科の戦闘能力や盗賊技能などが『好き』だったからでもあるが、同時に銃が好きだった
からでもある。そのため、時々銃について熱く語りだし、知識のない他の仲間をうんざりさせることがあったのだが、このバハムーンは
そんな彼女の話に難なくついて行き、それどころか活き活きと語り合っている。
彼と話す彼女は実に楽しげで、元々パーティを組んでいる仲間としては、少し寂しいような、妬ましいような、そんな感情を覚える。
かといって、彼女の話についていけるようになりたいとは、二人とも全く思わないのだが。
「……ノーム、焼きもち焼いたりとかしてない?」
「いえ、別に」
そうは言うものの、声は無表情であり、表情も全く見えないため、その言葉の真偽は不明である。
「と、一旦話は中断だ、お嬢さん。敵さん来てるぜ」
「みたいだね。それじゃ、さっさと片付けようか!」
非常に、というより異常に攻撃的な編成でありながら、彼等は何ら問題なく探索を進めている。それはバハムーンら三人が、相当な実力を
持っていたというのも大きい。
「奥は私が!君は真ん中のあいつを!」
「おう、さっさと片付けてやろうぜ!」
即座に武器を構える仲間達とは別に、フェルパーがノームに話しかける。
「今回はどうする?今度は僕が庇ってもいい」
「いや、僕は動きが鈍いし、攻撃力も君達に劣る。だから攻撃を頼むよ」
「わかった。それにしても、君はすごい。そんな鉄塊みたいになるまで防御を追求するなんて、僕には真似できない」
「僕も、君のことは興味深く思うよ。すりかえと魔力の回復を組み合わせて使うなんて、僕は考え付かなかった」
ヒーローとアイドルというおかしな学科の取り方をするフェルパーは、魔曲の冠を愛用し、クロスアーマーを使いながらも鉄壁の守備を
持っている。ノームとはまた違った守りの堅さに、ヒューマン達は感心していた。
戦闘は彼等の圧勝で終わり、戦利品を漁っていると、ドワーフが首を傾げていた。
「……いつもより、お金とか多いね。そのネズミ動いてたっけ?」
「あー、それ僕の幸運の鐘の効果だよ」
思わず答えてから、クラッズはしまったと思った。というのも、彼女は戦闘中まったく連携を取ろうとせず、それどころか一度は彼女を
庇ったノームごと敵を切り倒そうとしたのだ。フェルパーやバハムーンも彼女のことは得意ではないらしく、あまり積極的に関わろうと
しない。普段接点のないヒューマン達など、言わずもがなである。
「ふーん」
しかし予想に反して、ドワーフは気のないように答えてから、ほんの少し笑ったようだった。
「便利だね」
「あ、ああ……どうも」
自分の技能を褒められて悪い気はしない。ましてクラッズ自身、その技能のために風水師を選んでいたため、ついつい口元が緩んでしまう。
会って十数分の仲間とはいえ、それぞれに興味の持てる部分、または気の合う部分があり、彼等はそれぞれこの出会いに満足していた。
特にヒューマンとバハムーンは、なかなか全力で語り合える仲間がいないため、暇さえあればお喋りを楽しんでいた。
そんな二人を黙って見ていたノームだが、幾つ目かの外れのワープゾーンを引いたとき、ヒューマンに話しかけた。
「ヒューマン、大丈夫かい。疲れてないかい」
途端に、ヒューマンは目に見えて挙動不審になってしまった。
「えっ、あっ、大丈夫だよ!大丈夫!まだまだ全然っ……大丈夫だからね!」
「そうか。でも無理はしないでくれよ」
その会話を聞いていたバハムーンは、しばらくしてニヤリと笑った。
「……そうかぁ、お嬢さんはその動く鎧と付き合ってんのかぁ」
「ええっ!?い、いやそんな付き合うとかっ……いや、だってっ、私リーダーだしっ…!」
「いいんじゃねえの?特定の誰かと仲良くしちゃいけねえなんてこともねえし」
そう言うと、バハムーンはちらりとノームを見、意味深に笑った。
「けど、お嬢さんが気になるってんなら、俺なんかどうだ?俺としちゃあ歓迎だが?」
「君?あはは、いやそれは…」
「冗談と思ってるかもしれねえが、本気だぞ」
それまでと違う口調に、ヒューマンは思わず足を止め、それに気付いた他の仲間も足を止めた。
「邪魔」
「こらドワーフ……少しは待とう」
「あいつらだけでやってればいいでしょ」
「こっちのも関わってる以上、そうは…」
「うぜえ」
「……割と大ごとかもしれないから、あっちは動かないだろ。そうなったら、君一人では行けないだろ」
フェルパーがドワーフを説得しているのを横目で見つつ、バハムーンは言葉を続けた。
「こんだけ銃の話で盛り上がれる奴なんて、今まで見たことはねえ。実力も申し分ねえ。顔もいい。お付き合いしてえと思わねえ奴なんか
いねえだろ?こんだけ条件そろってりゃあよ」
「だ、いや……でも、えっと…」
「付き合えねえんだろ?特定の仲間とは」
その言葉に、ヒューマンは胸を接射で撃ち抜かれたような気分になった。
「その点、幸い俺はパーティも違う。腕も見ての通りだ。そこの鉄塊より退屈させねえと思うぞ」
「………」
「ちょ、ちょっと君…!」
「あー、悪い。外野の口出しはなしで頼むぜ?」
たまらず諌めようとしたクラッズを軽くあしらい、バハムーンはヒューマンを見つめる。
「どうだ?横に並んで同じ得物を扱うってのも、なかなかいいと思わねえか?」
「……わた、しは…」
「ちょっといいかい」
そこに、ノームがそっと近づき、さりげなく二人の間に割って入った。
「おう、何だよ?」
「僕は、ヒューマンのことが好きだ。一目惚れだ」
「なっ!?ちょっ!?」
「彼女の立場もわかるけど、僕は付き合ってると思ってる。確かに君はいい人だと思うし、もしかしたら僕より退屈させないかも
しれないけど、君より僕の方が、彼女を愛してる」
堂々と言い切るノームに、バハムーンは冷ややかな笑みを送った。
「思うのはそりゃご自由に。けど、計れもしねえ、見えもしねえもん、口では何とでも言えらぁな」
「僕はずっと彼女と一緒にいる。これから先も、ずっといる」
「そりゃあただの呪縛じゃねえのかー?お嬢さんがあんたに飽きた時、うざってえことこの上ねえぞ」
バハムーンの言葉に、ヒューマンの心がざわりと騒いだ。
「その時は、身を引くまでだ。好きだっていうのは、相手を全力で思いやることだろう」
「ん〜、聞こえはいいな。でも、また振り向かせる努力もなしで身を引くってのは、ただの逃げじゃねえのか?それとも、あんたの言う
『好き』って感情は、その程度ってことかねえ?」
ざわざわと、ヒューマンの心が騒ぐ。
「まったく君は……ありとあらゆる状況を指して答えられる訳なんてないだろう」
「それでも、その答えが真っ先に出たってことは、それがあんたの最初の選択なんじゃねえのかあ?そんな野郎よりは、俺の方が…」
「いい加減にしてっ!!」
突然の大声に、ドワーフ以外の全員が驚いて振り返った。仲間の注目を集めたまま、ヒューマンは大股でバハムーンとノームの間に割って
入ると、バハムーンをキッと睨みつけた。
「……確かにね、君はいい相手だと思うよ。楽しいしね。でもね、人の仲間……ううん」
そこで一度息をつくと、ヒューマンはバハムーンの目をまっすぐに見据えて言った。
「人の恋人をそうやって悪く言う人、私は『嫌い』!」
「………」
バハムーンは表情を変えず、じっとヒューマンを見つめた。ヒューマンも負けじとバハムーンを睨み返す。
不意に、バハムーンはニッと笑った。
「そうかい。ちぇ、お嬢さんがそう言うんじゃ仕方ねえなあ」
予想以上にあっさり引かれ、ヒューマンは些か拍子抜けしてしまった。
「……君こそ、随分あっさり引き下がるんじゃない?」
「『嫌い』まで言われちゃあなー。それに嫌われるにしたって、これ以じょ…」
ドルン!とエンジンの音が響き、一行は驚いてそちらを振り返った。視線の先ではチェーンソーを構えたドワーフと、完全に腰の引けた
フェルパーの姿があった。
「ちょっ、待っ……ドワーフ、待て!話終わった!今終わっただろ!?もう動くから、僕に八つ当たりするな!」
「うおぉい、お嬢さん!その辺にしとけ!な!?ここで俺等殺したって、お前も先に進めねえだろ!?」
「帰還すれば問題ない。生徒同士の争いも認められてる」
「そ、そりゃそうだが……ああくそ、セレスティアの重要性がよくわかるぜ…」
どうやらこのドワーフは、人もモンスターも殺すことに何の感情も抱いていないようだった。あまりすっきりしない形ではあったものの、
これ以上の会話は無理だと判断し、一行は先に進むことにした。
さらに何度かワープゾーンにかかり、苦労しつつも何とかそこを抜けだし、いよいよ最奥かと思ったその時、奥から戦闘の音と聞き慣れた
声が聞こえてきた。
「くうっ!ま、待ち伏せとはなかなか…!」
「……よくも……よくも、セレスティアさんをぉ!!」
「あーっと!そこのお兄ちゃん、今すぐ引いてー!妹さんブチ切れてますよー!」
「ちょっ、待て待て待てぇ!!お、お前等も引けぇー!」
「死ね!イペリオン!!!」
直後、ダンジョンを揺るがす大音響と、レオノチスらの悲鳴が辺りに響いた。
「今の声…!?」
「お?お嬢さんも聞き覚えあったのか?こっちも何だか、聞いた声がした気がするんだよなあ」
一行は急いでその場に駆けつける。すると、そこには逸れてしまった面々が集まっており、ちょうどディアボロスがセレスティアの治療を
しているところだった。
「ディアボロス!?それに……君、セレスティア!?」
「あ、ヒューマンさん!それにみんなも!」
「おや、皆さん……これはこれは、ドがつくほどの奇遇ですねえ」
「おー、お前等もお嬢さんとこのパーティと組んでたのか。大した偶然だぜ、ははは。にしても、お前らどうやって先に?」
「わたくし達は、テレポルが使えま…」
その瞬間、チェーンソーのエンジン音が響き、一同はぎょっとして振り返った。それと同時に、フェアリーが慌ててセレスティアの後ろに
隠れ、涙目になってドワーフを見つめていた。
「ふ、ふえぇぇ……セレ、助けてぇ…!」
「セレスティア、そいつ渡して」
断れば彼もろとも殺しかねないほどの殺気を放ってはいたが、セレスティアは落ち着いて彼女を宥める。
「ドワーフさん、許してあげてください。確かにフェアリーさんは後方警戒を任されていますが、その彼女も、そしてわたくし達も
直前まで気付けなかったではありませんか。ですがそれまでは、わたくし達が気付かない襲撃にも、彼女は気付きました。であれば、
今ここで彼女を殺してしまうのは、得策とは言えませんよ。どうかもう一度、考えてみてくれませんか」
「………」
ドワーフはしばらくセレスティアを見つめていたが、やがてチェーンソーのエンジンを切った。
「ふん。代わりもいないなら、しょうがないか」
あれほど扱い難いドワーフに、あっさり言うことを聞かせるセレスティアに対し、ヒューマン達は心の底から感心した。
「久しぶりだね、セレスティア。みんながお世話になったみたいだね」
「こちらこそ、お久しぶりです。わたくし達もお世話になっているので、お互い様ですよ」
「人当たりの良さも相変わらず……生き物を躊躇いなく殺すのも、相変わらずかな」
「神が許していますからね。わたくし自身は、何も殺してはいませんよ」
「ほんっと、相変わらずだね」
「あいあーい、ちょっといいですかー?」
そこに、なぜかカメラを片手にバハムーンが割って入った。
「あのですねー、今ナイトタイタンを倒して、大天使の羽根見付けたんですよー。で、ですねー、混成パーティである以上、戻るとなったら
所有権がどっちか決めなきゃいけませんよねー?」
「あ〜、それもそうか。けど…」
ヒューマンはざっと、周囲の顔を見回した。ディアボロスは明らかに乗り気ではなく、傍らのドワーフは彼女を見ている。バハムーンは
どうにも読めないが、戦うこと自体は何とも思っていないだろう。クラッズはいつ戦闘になってもいいように身構え、ノームは動かぬ
鎧状態でまったく状況が読めない。
対する相手は、セレスティア、フェアリーが気を張っており、ドワーフに至っては既に殺気を放っている。エルフ、バハムーン、
フェルパーは状況を見ているようで、しかし臨戦態勢に入っている。
これまでの流れや周囲の状況。それらを思い返し、ヒューマンは大きく息をついた。
「……ま、一枚ぐらいいいでしょ」
「え!?ちょ、ちょっとヒューマン!?」
「一緒にいてわかったけど、少なくともこっちにいた三人は恐ろしく攻撃的。セレスティアは相手が死んでもお構いなしの攻撃仕掛けるのは
わかってる。他の二人はわからないけど、そんなパーティの仲間である以上、実力は負けず劣らずってとこでしょ。そんなのと戦うのは
危なすぎるし、それに…」
ちらりと、相手側のバハムーンを見る。
「……こっちは、少し借りがあるしね。これで、貸し借りなしってところでどう?」
「借りがあるって、それはどっちも同…」
「そ、それでいいと思います!戦うのは、ちょっと……い、嫌です…」
クラッズの言葉を遮り、ディアボロスが言った。それを聞くと、ヒューマンは少しホッとしたような表情を浮かべた。
「ってわけで、こっちは降り。バハムーン、その羽根あっちにあげて」
「あいあい、かしこまりましたご主人様ー。そんなわけで、それは持ってってくださいねー」
「いいんですか?決勝に出るなら…」
「ここで一つ逃したところで、まだあるでしょ。その機会を逃すほど、私達弱くないよ」
セレスティアはしばらくヒューマンを見つめ、やがて穏やかな笑みを浮かべた。
「そういうことでしたら、いただいておきましょう。決勝で会えることを、祈っていますよ」
それで話はまとまった。ダンジョンにあった大天使の羽根も全てなくなったということで、彼等は元のパーティに戻ると、それぞれ学園へと
帰って行った。
セレスティア達はドラッケンに泊まるらしかったが、ヒューマン達はモーディアルへと帰った。母校の方が落ち着けるというのもあるが、
ディアボロスがスポットを使えるため、移動に不自由しないというのも理由の一つである。
学園に戻ると、彼女達は揃って学食へと足を運んだ。特に大きな課題をこなした後などは、こうして全員で食事をすることが多い。
「いやー、それにしても大変でしたねー。逸れちゃった時は死を覚悟しましたよー」
「ご……ごめんなさい、私のせいで…」
「そうですよー、ディアちゃん。追ったのはお兄ちゃんと私も同罪ですけど、原因はディアちゃんですからねー」
いつも通りの笑顔を浮かべつつ、バハムーンは言い切った。
「お、おいおい。お前そんな…」
「失敗は失敗ですよーお兄ちゃん。認めなきゃいけないところは認めなきゃいけませんよー」
「まあ……そりゃ…」
「ま、おかげでいい写真いっぱい撮れましたけどねー。あとディアちゃん、いくら切れたからって、魔力の配分を考えなくなるのも
ダメですよー」
「は、はい……ほんと、ごめんなさい…」
泣きそうになっているディアボロスに、クラッズが取り繕うように口を開いた。
「ま、まあまあ。確かに大変な目には遭ったけど、全員無事だったんだから、あんまり責めなくてもいいじゃない。大天使の羽根は
逃しちゃったけどさ」
「あ、そだ。羽根と言えばさ」
クラッズの言葉で思い出したらしく、ドワーフはヒューマンの方へと視線を向けた。
「あの羽根、どうしてあいつらにやっちまったんだ?オレ達ももらう権利はあったと思うんだけどよー」
「ん……まあ、言っとかないとダメかなあ」
心を落ち着けるように深呼吸すると、ヒューマンはゆっくりと口を開いた。
「私……あ、えっと、別にみんなが好きじゃないってわけじゃないんだけど……みんなそれぞれ好きなとこはあるんだけどさ…」
「ご主人様ー、要点だけでいいですよー」
「あ、うん……じゃあとにかく!私、ノームが好き」
知ってる、と全員が思ったが、誰も口には出さなかった。
「誰か一人、特別扱いはダメだってずっと思ってたけど……でも、無理。私、ノームが好き」
「僕としては、嬉しい言葉だよ」
ノームが言うと、ボッと音でも出そうな勢いでヒューマンの顔が赤くなった。
「そっ、そっ、そうかな!?そうだといいけどね!と、とにかくそういうことだからっ……ま、また明日ねっ!」
つっかえつっかえ言うと、ヒューマンはノームの手を引いて学食から出ていってしまった。残された仲間は、呆然とそれを見送る。
「いや……だから、なんでそれが羽根をあいつらにやったのと…」
「ニブチンですねーお兄ちゃんは。あのご主人様が、ああはっきり言うなんて、今までなかったじゃないですかー。つまり、理由は
そこですよ」
去っていくヒューマンとノームの後ろ姿を写真に収めつつ、バハムーンが言う。
「そういえば、僕達と一緒にいた方の、あの海賊のバハムーン、ヒューマンのこと口説いてたなあ。結局フラれてたけど」
「……いいなあ」
ぼそっと、ディアボロスが呟いた。
「ほんと、羨ましいよなあ、あんなはっきり言えるのって……はぁ〜あ」
「あいあい、お兄ちゃんもディアちゃんもお疲れみたいですねー。私もちょっと疲れましたし、そろそろ休みましょうかー」
かくして、リーダーがいなくなってしまった彼等は、その後いなくなった二人の分の食器も片づけつつ、各々部屋へと戻っていくのだった。
寮に戻ったヒューマンは、そのままノームを部屋に連れ込んだ。そして鎧を着たままの彼の胸に勢いよく顔を埋める。
「う〜、言っちゃった、言っちゃったぁ…!みんなに言っちゃったよぉ…!」
ゴォン、と音をたてたヒューマンの額を撫でてやりつつ、ノームは彼女に優しげな視線を向けた。
「やっと正式に認められたみたいで、嬉し…」
「だぁーっ、言わないで!恥ずかしいのそれ!でも…」
そこで一瞬言葉に詰まり、ヒューマンは上目遣いにノームを見つめた。
「わ……私も、そう言ってくれると嬉しいけど…」
仲間の前では、少なくとも最低限の威厳を保つヒューマンが見せる、年頃の少女らしい表情。自然にノームの腕が伸び、彼女のうなじに
添えられる。そのまま軽く力を加え、彼女を抱き寄せると、僅かに震える唇に自身の唇を重ねようとした。
その直前で、ヒューマンがノームの肩を突っ張った。
「ちょっと待った。今気付いたけど、ノーム結構汗臭い」
「……まあ、この格好だと蒸れるからね」
「じゃあさ、先お風呂入っちゃって。そしたら、その後で……ね?」
ノーム自身も少し気になっていたため、大人しくヒューマンを放し、朝からずっと着ていた鎧を脱ぐ。そして持っていた荷物から着替えを
取り出すと、浴室へと向かう。
浮遊能力があるとはいえ、重い鎧を着続けるのは決して楽ではない。シャワーを浴びて簡単に汗を流すと、浴槽に湯を張り、そこに身を
沈める。温かい湯の感覚が全身に染み渡り、ノームは大きく息をついた。
ともすれば居眠りでもしそうな倦怠感と安堵感の中、ノームの耳に小さな足音が聞こえ、やがて浴室のドアが開く音が聞こえた。
「やっほー」
「ヒューマン……何を…」
「へへ、来ちゃった」
タオルすら持たず、一糸まとわぬ姿でヒューマンが笑う。思わず浴槽から出ようとしたところへ、上からヒューマンが跨るようにして
入ってきた。
ザパッと音が響き、湯が波打つ。その揺れが少しずつ収まり、やがて平穏を取り戻したところで、ノームが口を開いた。
「随分積極的だね」
「んー、何か、今日はね」
言われると少し恥ずかしくなったのか、ヒューマンの頬がほんのりと赤らんだ。
「前から、ね。好きだとは思ってたんだけど、その、改めて言ってみたら……ほんとに、好きだなって」
喋りながら、ヒューマンは身を乗り出し、互いの吐息がかかるほどまで顔を寄せた。
「だからノーム……今日は、思いっきり…!」
そこで言葉を切り、ヒューマンは貪るようにノームの唇を奪った。それに応え、ノームも彼女を抱き寄せる。
「んんっ……んふ、んっ…!」
唇を吸い、舌を絡め、熱い息を吐き出す。荒々しいキスをしつつ、ヒューマンは右手でノームの股間をまさぐり、彼のモノを掴んだ。
既にある程度の大きさになっていたそれを一度愛おしげに擦ると、自身の秘裂へとあてがい、ヒューマンは腰を落とした。
「んっ!んんんっ!!」
「くっ…!」
湯の中とはまた違う熱さが伝わり、ノームが小さく呻く。やや滑りは悪かったものの、ぬるぬるとした粘膜に少しずつ包まれていく感覚は、
十分に大きな快感を伴っていた。
半分ほどで一度動きを止め、ヒューマンはノームの顔を見つめる。目が合うと嬉しげに笑い、そして一気に腰を落とした。
「はぅ……あああ…!ノーム、ノームぅ…!」
甘えるような声を出し、ヒューマンが縋りつく。その体を抱き寄せてやると、彼女は腰を動かし始めた。
浴槽の湯が大きく揺れ、バシャバシャと外に飛ぶ。それに構わず、ヒューマンは激しく腰を動かす。いつもよりも熱く感じる彼女の中は
ノームに強い快感を与え、時折腰を動かすと、ヒューマンがそれに応えるように喘ぐ。
「ふあっ……ノーム、好き……好き、好きぃ…!」
「……僕も好きだ、ヒューマン」
証を求めるように、ヒューマンが激しくキスを求め、ノームもそれに応える。相手の舌を味わうように深く舌を絡め合い、時には軽く
歯が当たることもあったが、それでもなお求め合う。
息継ぎをするように、二人は同時に唇を離し、ヒューマンが上体を起こす。それによって目の前に来た乳房に、ノームが吸い付く。
「んあっ!?そ、そこ、はっ……あはぁ!」
ノームの頭を抱き締め、ヒューマンは快感に身を震わせる。多少の息苦しさを覚えつつも、ノームは彼女の乳首を転がすように舐め、
さらに軽く腰を突き上げる。
「いいっ……いいよ、ノームぅ……気持ちいい…!」
それに対抗しようとするかのように、ヒューマンもゆっくりと腰を動かす。浴室には流したはずの汗の匂いが篭っていたが、もはや二人とも
そんなものは気にしていなかった。
何もかもノームに任せてしまいたい衝動を何とか堪え、ヒューマンは彼のモノを必死に締めつける。そんな彼女の努力を愛らしく思いつつ、
ノームは胸を優しく舐め、腰を突き上げる。
「いい、よぉ……ノーム……好きぃ…!」
荒い呼吸の合間に、ヒューマンが陶然と呟く。その目は既に蕩けきっており、顔は暑さと興奮故に、真っ赤に染まっている。
だんだんとヒューマンの腕に力が入り、さすがに苦しくなってきたため、ノームはヒューマンの胸から口を離した。代わりに彼女の腰を
抱くと、それまでより強く突き上げる。
「やっ!?あっ、い、いきなり強っ……くぅぅ、ああ…!ノ、ノームぅ!」
突然強くなった刺激に、ヒューマンの体がビクンと仰け反る。その反応を楽しむように、ノームは一回一回を強く突き上げる。
「あっ、ぐっ、うっ!ノームっ……す、少し、強すぎっ……ああうっ!」
刺激から逃れようとするように身を捩り、体を支えようとあちこちに手をつく。その度に浴槽の湯が跳ね、ヒューマンの体を濡らしていく。
汗と湯で艶めかしく光るヒューマンの肌。苦悶にも似た快感の表情。それら全てが愛おしく、ノームは彼女の腰から背中へと腕を滑らせ、
強く抱きしめた。
「ノームっ……も、私……ちょ、やばい…!」
「いいよ、我慢しないで。正直、僕も結構、きてるし」
口調こそ落ち着いているが、ノームも呼吸は荒く、かなり追い込まれてきているようだった。
「くぅぅ……じゃ、じゃあ、ノームっ……も、もう一回っ…!」
迷っていたヒューマンの腕が動き、ノームの顔を抱く。そして彼が顔を上げると同時に、ヒューマンは再び貪るようなキスを仕掛ける。
「んっ……んんんっ!」
入ってきた舌を唇と舌とで愛撫し、相手が舌を引くと今度はこちらが舌を入れる。苦しくなると唇を離し、その度に白い唾液が糸を引く。
突き上げるたびに漏れるヒューマンの吐息が、ノームの頬を心地よくくすぐる。少しでも長くそれを感じていたかったが、耐えるのも
そろそろ限界だった。
「ヒューマンっ……もう、出そうだ…!」
「だ、出してぇ…!中に、中にぃ…!」
「ヒューマン…!」
お互いの唇を吸い、一際強く突き上げる。同時に、ヒューマンの中で彼のモノがビクビクと脈打つのを感じた。
「んんんんっ……ん、くっ……はあっ……はあっ…!」
荒い息をつき、ヒューマンが唇を離す。
「あぁ、あ……出て、るぅ……出してるぅ…」
小さな声で呟くヒューマン。彼女の中は痙攣するように震え、ノームのモノが精液を吐き出す度にきゅうっと収縮していた。
二人はしばらく繋がったまま、呼吸が治まるのを待った。しかしいつもなら比較的すぐに治まるのだが、今回は射精が終わっても、
呼吸はまったく治まらない。それどころか、ヒューマンの方は眩暈すら感じ始めた。
「あぅ……な、なんか、へん……とりあえず、そとでて……あうっ!」
彼のモノを抜き、何とか立ち上がろうとした瞬間、ヒューマンはひどい立ち眩みを起こし、壁に頭をぶつけた。
「大丈夫かい?ちょっと、のぼせたみたいだね」
そう言うノームも、全身すっかり真っ赤に染まっており、だらだらと汗を流していた。
「ご、ごめん……おふろのなか、は、だめだね…」
「次からは、やめとくことにしようか」
その後、二人は何とか風呂を出ると、体を拭くのもそこそこに、裸のままベッドに倒れこんだ。あとは疲れのせいもあり、二人は
あっという間に安らかな寝息を立て始めていた。
「う〜、喉痛い……けほっ!」
翌日、ヒューマンは湯冷めが祟り、風邪をひいてしまっていた。幸い症状は軽く、少し休めばすぐ治りそうなのが不幸中の幸いだった。
「大丈夫かい、ヒューマン」
「うん、いちお…」
「ダメですよー、ちゃんと寝るときはお布団かけなきゃー。じゃないと、そんなことで決勝出場逃したら泣くに泣けませんよー」
「ま、今日一日ぐらいはいいだろ。そんな風邪、パパッと治して次の試合に備えようぜー」
そんなにひどいものではないということで、一行は揃って学食に来ていた。ヒューマンも食欲はあるらしく、いつも通りに朝食を
取っている。
「あの、あとで保健室行ってみますか?」
「ん、たぶん平気。そこまでひどくはないと思うから」
「とにかく、ゆっくり休むといいよ。何なら僕がついてようか」
ノームが言うと、ただでさえ紅潮しているヒューマンの顔がさらに赤くなった。
「……そ、それはそれで幸せかも…」
「ちょっとヒューマン、頼むから早めに治してよ?僕達まだ羽根一枚も持ってないんだから」
「わ、わかってるわかってる。それはちゃんとわかってるから大丈夫だよ」
以前なら、ノームに対する気持ちを隠そうとするあまり、そんなことを言われれば大慌てだっただろう。それをしなくてよくなった今、
ヒューマンの心は非常に軽かった。
「……やっぱり、好きなのは好きって言った方がいいよね〜…」
「ん?何か言った?」
「ん、別にー」
好きな人がそばにいてくれる幸せ。好きだと言える幸せ。それを容認してくれる好きな仲間達。それら一つ一つが、ヒューマンにとっては
かけがえのない大切な存在だった。それらのためならどんなことでもでき、また苦にならないと彼女は思っている。
それ故に、やはり好きは力だと、ヒューマンは改めて思うのだった。