失うことを恐れ、止まる者。たとえ失うものがあろうとも、それ以上を得るため、歩き続ける者。  
どちらが良いも悪いもない。それは彼等の判断であり、彼等にとっての最善。  
自身にとっての最善を尽くすため、彼等は歩き続ける。その先に何が待つかを知らずとも。  
どんな犠牲を払おうと、見えないもののために歩み続ける者達。人はそんな者達を、冒険者と呼んだ。  
冒険者とは過酷なものである。命を失うことすら、彼等にとっては珍しくない。自身のみならず、ときには仲間の命すら掛け、それでも  
全員が求めるものを得られるとは限らない。その覚悟がある者は、冒険者養成学校でその技術を学ぶ。だが、実際にそれを経験した上で、  
その覚悟を持っていられる者は意外なほど少ない。  
また、彼等にとって必要な覚悟は、それだけではない。  
とある、一つのパーティ。彼等は入学してすぐにパーティを組み、始原の森へと探索に出ていた。  
そこで起こる戦い。言い換えるならば、モンスターとの命の奪い合い。大抵の者は、それは初めて経験する出来事だった。  
断末魔の悲鳴を上げ、倒れるモンスター。傷つき、血を流す仲間。そこへさらに襲いかかる、新たな敵。  
それは新入生の誰もが受ける、痛烈な洗礼と言える。実際の殺し合いを目の当たりにし、また自身がその当事者となって、平然として  
いられる生徒は、極々一握りに過ぎない。またここで、生徒達は冒険者としての資質を問われることとなる。  
彼等にとって不運だったのは、後衛であるクラッズに、その資質が全くなかったことだった。  
「おい、クラッズ!ヒールを!早くヒールを頼む!」  
「あ……あぁ、あ…!」  
へたり込み、戦う仲間達を呆然と見つめるクラッズ。足元には黒い染みができ、その目には涙が浮かんでいる。  
彼女にとって、殺し合いとは遠い世界の出来事でしかなかった。それが今、目の前で起きている。しかも、彼女の目の前で、ついさっきまで  
喋っていた仲間が血を流し、動かなくなっていた。  
もはや、彼女は動くことができなかった。目の前で起きていることすら現実と思えず、ただたださらに傷ついていく仲間を見ていることしか  
できない。そんな後衛を当てにしたせいで、前衛として戦っていた仲間達は次々に倒れていった。  
残るは、戦士のヒューマンに狂戦士のドワーフ。そして傷ついた盗賊のフェアリー。クラッズの援護があれば、この程度の敵など  
取るに足らないはずなのだ。だからこそ、彼等はクラッズへ必死に声を掛けた。だが、その声はクラッズをますます追い込む結果にしか  
なっていなかった。  
その時、ドワーフが不意に後ろに下がり、クラッズに近づいた。種族柄、彼女達は仲が良かった。当然、前衛の二人はクラッズに励ましの  
声をかけるのだろうと思っていた。  
「役立たずは、いらない」  
「えっ…?」  
聞き返す間もなく、ヒューマン達が止める間もなかった。ナイフがクラッズの胸に吸い込まれ、ドワーフはそれを一度捻り、すぐさま  
引き抜いた。途端に、クラッズは支えを失い、地面に横たわって動かなくなった。  
「ドワーフ!!!何してやがるんだ!?」  
「こんなゴミを当てにするから負けるんだよ。ほら、もう助けはないんだから、死ぬ気で殲滅しなきゃ私達が死ぬよ」  
言いたいことは山のようにあった。彼女は仲間をゴミ呼ばわりし、まるで物のように扱い、あまつさえ表情一つ変えずに殺したのだ。  
思わず、ヒューマンの手に力が入った。すると、ドワーフはある程度の距離を置いたまま笑った。  
「私を殺すつもり?殺して、どうすんの?お前とフェアリーだけで、こいつら倒せるわけないよね?」  
「く……くそぉ…!」  
歯噛みしつつ、モンスターの方へ向き直る。残るは四体、生き残れるかは微妙なところだろう。  
「ほら、行け!」  
「くそがああぁぁ!!!」  
やけくそになったように叫ぶと、彼等はモンスターの群れへと飛びかかって行った。  
 
それとほぼ同時刻、同じく始原の森。  
時間は昼をやや過ぎたところで、とある一つのパーティが昼食の準備をしていた。  
大抵、彼等は食材をあらかじめ調達し、手早く食事を済ませてしまうのだが、彼等は探索に不慣れな上、学校から近いという理由で  
ほとんど食料を持っていなかった。そこで、彼等は食材を現地調達していたのだが、その中の一人が野生の兎を捕まえた。  
「これ、どうかな?」  
「お、フェルパーやるね。兎か……兎はうまいよなあ」  
「じゃ、しめるのよろしくね」  
「え……ええ!?」  
そう言われると、フェルパーは目に見えてうろたえた。  
「お、俺が捌くのこれ!?」  
「そりゃ、捕まえたんだからそれぐらいやってよ。言っとくけど、私は嫌だよ絶対!」  
「そ、それは……まあ、その……わ、わかったよ!やればいいんだろ、やれば!」  
フェルパーはナイフを掴むと、兎の首を押さえつけ、そこに刃を押し当てた。  
だが、その刃は動かない。いざ切るとなると、手が震えて力が入らず、心臓が早鐘のように打ち始める。  
「……で……できないよ、やっぱ……モンスターなら、勢いでまだいけるけど……ごめん、これ無理…!」  
「このへたれが!じゃあ俺に貸せ!」  
勇ましく言ってナイフと兎を奪ったディアボロスだったが、彼もいざ首に刃を押し当てると、それ以上は動けなかった。  
敵意のない、むしろこちらに怯えている小動物を殺すのは、こちらに敵意を向けるモンスターを殺すのとはわけが違う。  
「……すまん、俺もへたれだ…」  
「ちょっと男子ー!じゃあもうそれ逃がせばいいじゃんー!無理して食べる必要ないってー!」  
「おや、兎ですか。ドが付く程とは言いませんが、なかなか豪勢な食事になりそうですね」  
そう言って姿を現したのは、キノコをいくつか持ったセレスティアだった。頭の上には主人と似ている、しかし真っ黒な翼を持った  
小さな羊がちょこんと乗っかっている。  
「ああ、セレスティア……いや、悪いけどこれ逃がす…」  
「え?そんな、もったいないですよ、せっかく捕まえたんですから」  
「じゃあお前、これ捌けんのかよ!?」  
「ああ、皆さん捌き方知らなかったんですか。では、わたくしが捌きますよ」  
 
にこやかに、そして穏やかに言うと、彼はうろたえるディアボロスから兎とナイフを取った。  
「え?え、いや、ちょっと…!」  
直後、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま、兎の首を半分ほど切り裂いた。  
「きゃああぁぁ!!!」  
「うわっ…!」  
仲間達は悲鳴を上げ、思わず目を逸らした。それをよそに、セレスティアは痛みに暴れる兎を慣れた手つきで逆さに吊るし、さらに皮を  
剥ぎ始める。  
「この皮は、使えませんかねえ?きれいに剥ぎ取れましたが……ああ、まだ下準備には時間かかりますんで、皆さんは他の準備を  
お願いしますね」  
いつもと全く変わらぬその姿に、仲間達はゾッとした。そして誰ともなく、彼等は一つの判断を下した。  
食事を終え、学園に帰った彼等は、セレスティアにパーティから抜けてくれるよう頼んだ。それに対し、彼は残念そうな表情を  
浮かべるだけだった。  
「悪いけど、あんなあっさり生き物殺せるような人とさ、一緒にいたくないよ」  
「……まあ、いいでしょう。無理に残せとは言えませんし、言いません。またいつか、どこかでお会いしましょう」  
 
冒険者の日常とは、命を奪うことと切っても切れない関係にある。襲い掛かるモンスターや、食材となる生き物。そして、時には  
逆に襲われ、命を落とすこともある。ある者はそれに耐えきれず学園を去り、ある者は慣れていく。またある者は、それに歪んだ喜びを  
覚え、率先して命を奪うようになることもある。  
ひと月も経てば、資質のなかった者達はあらかたふるい落とされている。その頃になると、彼等の目つきもようやく冒険者の端くれと  
言えるようなものになってくる。  
そうはなっても、やはり彼等は学生であり、まだまだ年相応と言える部分は多分に残っている。特に学食など、落ち着いて食事を  
できるような場所であれば、彼等は実に騒がしく、また楽しげに食事をしている。それに耳を傾ければ、彼等の嗜好やパーティの状況など、  
様々な情報を知ることができる。  
「いやいやお前、知識は力だぜ?自分の武器ぐらい、詳しく知ってねえとな」  
「お前の知識は偏ってるだろ。確かにすごいけどさ」  
「だからさぁ、こっちはおかげで死ぬところだったんだけど。いい加減にしてくれない?」  
「そ、そんなこと言われても……だって、あれは…」  
「この後の授業、フォルティ先生のだっけ?」  
「じゃあ楽だなー。でもあの先生、扱い間違えると死にそうで怖いよな」  
仲良く話している者達もいれば、喧嘩をする者達もいる。中には討論をしている生徒がいたり、食器の片付けを巡ってじゃんけんを  
している生徒がいたりと、食堂はとかく様々な人間模様を見せてくれる。いずれにしろ共通しているのは、探索中と違って気を張っている  
必要がないため、誰も彼もが寛いでいることだった。  
だが次の瞬間、その空気は瞬く間に緊張した。  
「きゃああぁぁ!!」  
「ドワーフさん、ダメです!やめてください!」  
突然起こった悲鳴と、慌てた男子生徒の声。そちらに目を向けると、左肩にナイフを刺されたセレスティアの女子生徒が目に映る。  
 
「ちょっと、放してよ。邪魔」  
「ダメですってば!せめて場所を弁えてください!」  
「おー、やるじゃんやるじゃん。そのままやっちゃえ、ひひひ!」  
その傍らには、セレスティアの男子に羽交い締めにされるドワーフの女子と、彼女を煽るフェアリーの女子。  
信じられない光景だった。ただの喧嘩程度であれば、さほど珍しくもない光景だが、校内で武器を抜き、しかも明らかな殺意を持って  
仲間を刺すなど、普通ならあり得ない。  
「おい、よせ!やめろ!」  
「君達、何してるんだ!?」  
「大丈夫ですか!?」  
三人の生徒が、咄嗟に反応した。その直前、ドワーフはセレスティアに頭突きを決めて腕を振りほどき、とどめを刺そうと彼女に  
迫っていたのだが、そこに間一髪、彼等の援護が間に合った。  
「誰よお前。邪魔しないで」  
「まあまあ、嬢ちゃん。落ち着きな。エルフ、そっちのお嬢さん頼むぜ」  
「ああ、そのつもり。フェルパー、バハムーンと一緒によろしく」  
「そっちのセレスティア君も、大丈夫かい。鼻血出てる」  
「ええ、まあ、何とか」  
三人はパーティを組んでいるらしく、連携はしっかり取れていた。ドワーフをバハムーンとフェルパーが押さえて学食から連れ出し、  
被害者のセレスティアをエルフが治療する。  
「畜生、もうちょっとで殺せたのに」  
「だからダメですよ、ドワーフさん」  
「なんでよ?私もお前も、あいつに殺されかけたんだよ?」  
「とりあえず落ち着いてくれ。んで、ちょっと事情を聞かせてくれねえかい?先生に報告するにしても、経緯は把握しておきたい」  
バハムーンが言うと、ドワーフの代わりにセレスティアの男子が事情を説明した。  
要約すると、白魔術師だった彼女が探索中に魔力の配分を間違い、回復不能という事態に陥ったらしかった。しかも、その後は戦闘に次ぐ  
戦闘で、危うく全滅するところだったらしい。  
「それで、殺そうとしたのか。でも、それはちょっとやりすぎだと思う。彼女だってわざとじゃないし、君等も実際に死んだわけじゃ  
ないんだろ?」  
「殺されかけた。それで十分でしょ」  
「大体、仲間を殺すなんて大ごとじゃねえか。どんな処分されるか、わかったもんじゃねえぞ?」  
「殺されるよりマシ。そもそも、私を危ない目に遭わすような奴、仲間じゃない」  
バハムーンとフェルパーは目配せを交わした。どうやら彼女に常識は通用しないようだと、二人は何となく理解した。  
「ですが、ドワーフさん」  
そこで、セレスティアが口を開いた。  
「あのどぎつい戦闘で、わたくしもあなたも死にませんでした。それに、彼女も無事です。わたくし達全員が生き残ることが、  
神の思し召しなのですよ」  
「……ふん」  
セレスティアが言うと、ドワーフはつまらなそうにそっぽを向いた。それと同時に、学食からエルフとフェアリーが出てくるのが見えた。  
「エルフ、彼女の様子は?」  
「さすがにショック受けてるね。でも、神秘の水使ったし、傷は問題ないと思うよ」  
「あのまま死ねば面白かったのになー、ひひ」  
 
さらりと非道なことを言うフェアリーに、エルフは眉をひそめた。  
「そんなこと、言うもんじゃないよ。で、君はなんでぼくと一緒に来るの?」  
「どうせその二人、あのパーティにいれないでしょ?でもさー、フェアはドワの言うこと間違ってないと思うし、セレも面白いし、  
こっちに付いてくつもり」  
「やれやれ……また、パーティ探しが始まりますねえ」  
溜め息混じりに、セレスティアが呟く。それに、バハムーンが反応した。  
「また?お前達、結構転々としてるのか?」  
「あ、ええ。わたくしは、二つ目のパーティで彼女と知り合いまして、今のパーティで六つ目ですね」  
「六つ!?そりゃすげえ。一体何したらそんなに移籍できるんだ?」  
「最初のパーティは、兎を普通に捌いたら出て行けと言われましたねえ……他は、彼女と一緒ですので」  
「そんなに嫌なら、べたべたくっついて来なきゃいいでしょ」  
ドワーフが冷たく言い放つと、セレスティアは柔らかな笑みで答えた。  
「嫌ではありませんよ。それに、あなたを一人にしたくもありません」  
「危ないから?」  
「それもあります。ですがそれ以上に、何だか放っておけないのですよ」  
「フェアはさっきので四個目だったよー。どいつもこいつも、すぐ切れるから面白かったんだけどねー」  
ドワーフは答えるつもりはないようだったが、セレスティアの言葉によれば、最低でも五つのパーティを転々としていることになる。  
セレスティアはわからないが、少なくともフェアリーとドワーフは相当な問題児のようだった。  
「そうか。まあ、頑張って…」  
バハムーンが言いかけると、学食の方から一匹の動物が慌てた様子で飛んできた。主人とそっくりの、しかし真っ黒な翼を持ったそれは、  
セレスティアの頭にちょこんと乗っかった。  
「ああ、すみません!あなたのことを、忘れてしまいましたね」  
「おっ!君、ペット連れてるんだ!?」  
その瞬間、フェルパーが弾んだ声で話しかけてきた。  
「あ、ええ。元々は、代表で契約させられただけだったのですが……見ての通り、今ではすっかり馴染んでしまいました」  
「そうかー!いや、ペットっていいよね!僕も……あ、そこのエルフもさ、ペット連れてるんだ!可愛いよねー!」  
言いながら腕を伸ばすと、どこからともなく小さな鼠が現れ、フェルパーの肩に駆け上がった。  
「君のその羊君は、何て名前にしてる?」  
「この子は、メアと呼んでいます。この姿、いい夢が見られそうでしょう?」  
「メア……ああ、なるほど!皮肉の利いた名前だ、ははは!この子はミール!いい名前だろ?」  
「ミールちゃんですか。可愛らしい名前ですねえ」  
和気藹々と話す二人とは別に、フェアリーはしばらく考えていたが、やがてぼそりと呟いた。  
「……飯?」  
「え?」  
フェルパーは懐から餌を取り出すと、それをペットに食べさせ始めた。  
「いいよねえ……もっと、大きく丸く太るんだぞ〜」  
「フェルパー、その辺にしとけ。お前の話し相手、ちょっと引いてるぞ」  
「え?ああ、ごめん。話し中に餌もないもんだ。なあ、君達三人なんだろ?よかったら僕達とパーティ組んでみない?」  
突然の言葉に、バハムーンは驚いて聞き返した。  
 
「はあ!?おい、フェルパー、いきなり何言い出してんだ!?」  
「ペットが好きな人に悪い人はいない!それに僕達だって、仲間が増えるのは歓迎だろ!?」  
「いや、まあ、そりゃ…」  
「ぼくは、別に、どっちでもいいけど……君達さ、学科は何習ってるの?」  
エルフの質問に、三人はお互いを見つめ、やがてドワーフとフェアリーの視線がセレスティアへと注がれた。それに気付き、セレスティアが  
確認するように自身を指差すと、二人は揃って頷いた。  
「では、わたくしから。わたくしは堕天使学科をメインに、サブで牧師学科を習っています」  
「へえ、堕天使かよ。の割には、羽根黒くないんだな?」  
「ははは。おかげで、教室内でのどアウェイ感が半端じゃありませんよ」  
「私は狂戦士。サブはなし」  
「フェアは狩人と盗賊だよー!」  
「おっと〜……なかなか、攻撃的な構成になるねえ」  
「人に学科聞くのはいいけど、お前等は何習ってんのよ?」  
ドワーフの棘のある言葉にも、バハムーンは笑って答えた。  
「あー、そう怒るな嬢ちゃん。俺は海賊とマニア」  
「僕はヒーロー、アイドル。ちょっとだけ執事もかじってみた」  
「ぼくは精霊術師一本。ってことは、支援型と言えるのはアイドルと牧師の二人で、しかもどっちもサブ学科なんだね」  
さらに言えば、盗賊技能まで不足している。バハムーンはまだ検定合格するほどの腕前ではなく、フェアリーは一応合格とはいえ、  
サブ学科の基準はメイン学科より遥かに低い。  
「不満があるならやめとけば。私は別にどうだっていい」  
「ん〜。ま、いいだろ。見ての通り、俺達のパーティは女っ気がなかったしな。その点では、俺は大歓迎だぜ!」  
「この女好きめ……こいつ、昔っからこうだから。あんまり気にしないで」  
フェルパーが笑顔で握手を求めると、セレスティアも笑顔でそれに応じる。  
「パーティ探しは、なかなか大変ですからね。ここで話が済むのなら、わたくしもありがたいです……が、探索に行くのは数日後からに  
なると思いますよ」  
軽く溜め息をつくと、セレスティアはドワーフを見つめた。  
「さて、ドワーフさん。本当の大ごとになる前に、職員室に自首……もとい、報告に行きましょうか」  
「……だる」  
「わたくしもご一緒しますから、そう言わずに。それでは皆さん、わたくし達は、これで」  
静かに一礼すると、セレスティアはドワーフと一緒に職員室へと歩いて行った。四人はただ、その後ろ姿を見送る。  
「あの子は、厄介そうだ」  
「あ〜。でも、お目付役も一緒みたいだから、大丈夫だろ」  
「退学になっちゃったら、このパーティも組んだ意味ないよね、ひひ!」  
「だぁから、君はそういうこと言うもんじゃないって」  
本格的にパーティとして活動する前から、既に波乱を予感させる幕開けだった。  
 
翌日、授業を終えたバハムーンが校庭を走っていると、片隅に二人の生徒が見えた。その姿は、明らかに昨日の二人である。  
「おーい!セレスティア、ドワーフ!」  
「ん……ああ、あなたでしたか」  
草を刈り払う鎌は止めずに、セレスティアが振り返る、一方のドワーフは、黙々と雑草を手で引っこ抜いている。  
「何してるんだ、お前等?」  
「見ての通り、校庭の草刈りですよ。昨日の騒動の罰、というわけです」  
「なるほど……って、お前はなんで一緒に受けてるんだよ?」  
「彼女とは、ずっと一緒ですからね。わたくしにも少なからず責任はありますし、彼女一人に背負わせては退…」  
「セレスティア、ちゃんと手ぇ動かして」  
顔を上げもせず、ドワーフがぼそりと言った。  
「ああ、これは失礼」  
「お前な、こいつはお前のために一緒に罰を受けてくれて…」  
「頼んだ覚えはないし、セレスティアが勝手にやってるだけ。責任あるって自分で言ってるんだから、他人が口出すな」  
「……きついお嬢さんだ」  
口では軽い調子で言いつつ、バハムーンは彼女を注意深く分析していた。  
少なくとも、これまでに出会った誰とも違う人種だった。自身の罪を肩代わりしてくれた仲間に対する感謝の念は微塵も見えず、  
むしろそれが当たり前だと本気で思っている節がある。  
まして、昨日の事件である。いくら腹が立った、あるいは相手の過失で危険な目に遭ったとはいえ、本当に仲間を殺そうとするなど、  
正気の沙汰ではない。しかも、あの衆人環視の中での凶行である。  
一言で彼女を表すなら、常識がない、あるいは通じない。  
「まあ、なんだ。さすがにそれ手伝うわけにもいかねえけど、頑張れよ」  
二人に手を振りながら遠ざかりつつ、これは予想以上に厄介なものを抱えたかもしれないと、バハムーンは心の中で思うのだった。  
 
後々聞いてみると、校庭の草刈りはその一角だけでなく、なんと全範囲をやらされているという話だった。そのため、草刈りを終えるには  
かなりの期間を要し、結果として彼等が揃って探索に出られたのは、実に結成から一週間も経ってのことだった。  
出発に際して、フェルパーがそっとセレスティアら三人に耳打ちした。  
「バハムーンはさ、ちょっと注意した方がいい。あんまり、熱心に話聞いたりしないで」  
「何、それ?何かすんの?」  
「ああ、君とドワーフは口説かれる可能性もあるけど……まあ、とりあえず、そこそこで切り上げるようにして」  
その言葉の意味は、探索に出てから僅か数分で理解することとなった。  
「見ろ!この幾何学的な美しさを持つ籠状のヒルト!こんだけ派手でありながら、重量は計算し尽くされたバランス!もちろん、  
ブレードに反りなんてねえし、歪みもねえ!そして必要ならば斬撃にも使える鋭さ!最高のレイピアだと思わねえか!?」  
「は……はぁ…」  
何でも大人しく聞いてしまうセレスティアには、まったく災難だった。武器の話になった瞬間から、バハムーンの口は止まることがない。  
 
「まあ、こっちゃいいんだが、問題はこっちだ。オートマチックタイプのハンドガンだが、見ろ。リアサイトの左右の高さが微妙に  
狂ってるんだ。これじゃあ、本来の攻撃力は望めねえ」  
「はぁ……ですが、慣れてしまえば普通に扱えるのでは?」  
「あー、道具を馴染ませるってのは大切だな。けどな、狂った道具に慣れちまうと、いざまともなもんを使おうとしても、悪い癖が  
付いちまって実力を発揮できなくなっちまう!だから、道具はいいのを使えって言われるんだ」  
「ところで、オートマチックの、と言われましたが……それはいわゆる、連射機構の付いたものですか?」  
「いやいやいや、違うぞそれは!いや、合ってるとも言えるが、トリガー引きっ放しで連射って奴じゃねえ。オートってのは、  
チャンバーへの装填方法のことだ!こいつも初弾はスライドを引いて装填するんだが、その後は発射時のガス圧を利用してスライドを  
後退させて、空薬莢の排出と次弾の装填を同時にこなすってやつでな…」  
セレスティアもやめればいいのだが、ついつい相手の話題を引き出すような喋りをしてしまい、彼のお喋りは留まるところを知らない。  
どうやら毎回これを味わっているらしく、フェルパーとエルフはセレスティアに同情的な視線を向けている。  
「バハのサブはマニアって聞いてたけど……アイドルとかじゃなくて、武器マニア?」  
「それと、海賊の。特に剣と銃がお気に入りで、一度話し出すと毎回あんな感じ」  
「うぜ」  
「言葉は悪いけど、それはぼくも同意するよ」  
バハムーンのお喋りはまだまだ続くかと思われたが、それは思ったよりも早く終わることとなった。  
一行の前に、いくつかの影が飛び出した。それに対し、彼等は即座に身構える。  
「っと、敵か。数は六体……一人一殺でちょうどだな」  
「気は進みませんが、戦うとしましょうか」  
セレスティアは鎌を下向きに構え、右手は逆手、左手は順手という変わった構えをとった。  
「……ところでお前、銃とか剣は何のために作られたと思う?」  
不意に、バハムーンが問いかける。  
「何の、と言いますと……撃つため、また斬るためではないでしょうか?」  
「そう、その通り。道具にはな、機能美ってもんがある。こいつみてえに、装飾された武器ももちろん十分にきれいだが、道具が本来の  
輝きを発するのは、その目的のために使われてる時だ。んで、銃と剣ってのはな…」  
スッと目を細め、バハムーンはその顔に冷酷な笑みを浮かべた。  
「相手を殺すために、作られたもんなんだぜ」  
パァン!と乾いた音が鳴り、たちまち一体が倒れた。それを合図に、仲間達は一斉に襲い掛かる。そしてこの時、彼等は新たな仲間が、  
これまでに組んできたどんな仲間とも違うことを知った。  
 
「殺しに来る相手なら、ぼくは容赦しない」  
「御託並べてる暇があるなら、さっさと殺してよ!」  
彼等の武器はただ一瞬の躊躇いもなく、相手の命を奪っていった。ひと月もすればある程度慣れるとはいえ、未だに命を奪うことに  
抵抗を持つ生徒は多い。その躊躇いが、彼等には微塵もなかったのだ。  
ドワーフの斧が頭を叩き割り、エルフの魔法が体を焼く。さらにフェアリーの弓が飛び、フェルパーの剣が相手を切り裂き、  
最後にセレスティアが残った一体へと飛びかかった。  
「殺すつもりはありませんが、失礼」  
「ひひ、よく言う!」  
彼の言葉を聞いた瞬間、フェアリーが笑った。その直後、バハムーンら三人に大きな動揺が走った。  
「……は?」  
彼の刃には、殺意が全くなかった。にもかかわらず、彼の鎌は躊躇いなく相手の首へ伸び、それを刈り飛ばしたのだ。  
それこそ草でも刈るかのように命を刈り取ると、セレスティアは鎌を収めた。  
「わたくし達の勝ち、ですね。いや、皆さんいい腕ですね」  
「お前……殺すつもりはないとか言ってなかったか?」  
バハムーンが言うと、セレスティアはにっこりと笑った。  
「ええ、わたくしは殺してはいませんよ」  
「いや、殺してねえってお前…」  
話をする二人をよそに、フェアリーはモンスターの死体の前にしゃがみ込み、ごそごそと何かしている。  
「ああ、わたくしの行動の結果、死に至りはしましたね。ですが、神は生きとし生けるものすべてに平等です。ここで死ぬのは即ち、  
神の思し召しなのですよ。でなければ、わたくしの攻撃で死に至るはずがありません」  
「……何ちゅう牧師だよ、おい」  
「エルー。はい、お団子ー!」  
「お団子…?」  
ひょいっと、フェアリーが串に刺さった何かを投げた。それを手に取る直前、その正体に気付く。  
「わあぁ!?」  
「きっひひひひ!食べてもいいんだよー、それ!」  
それは、矢に刺さったモンスターの目玉だった。このためだけに、わざわざ死体から目玉を抉り出して作ったのだ。  
「な、なんてことしてるんだよ君は!?」  
「なぁにぃ?どうせ死体でしょこんなの?フェア、何か悪いことしてるわけ?何ならお仕置きでもするー?」  
まったく悪びれる様子のないフェアリー。これほどの残虐行為すら、彼女にとってはただのいたずらなのだろう。  
「……いや、いい。君とは話しても無駄そうだ」  
「ふーん、あっそ。じゃ、またあとで作ってあげるー」  
殺意なき刃で殺しを成し遂げる、狂信の堕天使。子供のような無邪気さで残虐行為を楽しむフェアリー。そして、そもそも情けなどとは  
無縁に見えるドワーフ。  
よくよく、とんでもないものを仲間にしてしまったものだと、バハムーン達三人は暗澹たる思いを抱くのだった。  
 
戦い、特に殺し合いに必要なものは、身体能力や技術よりも、相手の殺意に怯まず、相手の命を奪い取る覚悟と度胸である。  
その点、彼等六人は殺しに抵抗を抱かず、敵の殺意をも恐れることがなかったため、この時期の学生にしては相当に強かった。  
編成には多少問題があったものの、それを感じさせない圧倒的な力により、彼等は瞬く間に力をつけていった。  
また、躊躇いがない動きをする仲間は、彼等の力をさらに引き出すこととなった。  
これまでに組んできた仲間は、敵の攻撃を恐れ、あるいは命を奪うことを恐れ、時に攻撃を躊躇うことがあった。その仲間の援護を  
当てにして動いたために、危険な目に遭った記憶もそれぞれにある。その心配がないだけで、彼等は思う存分力を振るうことができた。  
だが、その仲間を信頼するという、パーティとしての基本を根底から覆されるような行動を取る者が一人。  
武器と学科の都合から、彼等の編成はフェアリーとエルフが後列に入り、残りは前列で戦っていた。その中でも、狂戦士学科に所属する  
ドワーフは敵の真っ只中に飛び込み、両手の斧を振り回すという豪快な戦術を取っていた。その分消耗は激しく、いかに体力のある  
種族とはいえ、だんだんと疲労が目立ち始めた。  
それとほぼ同じくして、フェルパーが敵の攻撃を避け損ね、手傷を負った。さほど大きな傷ではないが、決して浅いものでもない。  
「フェルパー、神秘の水持ってたよね。それ、私にちょうだい」  
敵の群れを捌き切り、何とか味方の前線に戻ったドワーフは、開口一番そう言った。  
「ちょ、ふざけるな。僕だって怪我してるの見えるだろ?」  
「じゃあ、代わりに私の弁当あげる。それでどう」  
「……しょうがない。怪我は確かに、君の方が大きそうだ」  
言いながら、フェルパーは瓶の蓋を開け、ドワーフに神秘の水を振りかけた。それを見ると、セレスティアは溜め息をつき、魔法の詠唱を  
開始した。  
ドワーフの傷が治った瞬間、フェルパーにヒールの魔法が掛けられた。突然傷が治り、フェルパーは驚いてセレスティアを見つめる。  
「え?何してるんだ?僕はドワーフが…」  
言いかけた瞬間、ドワーフは再び斧を構え、敵の群れへと突っ込んでいった。もちろん、アイテムを使う様子などない。  
「こういうことを言いたくはありませんが、彼女を信用してはいけません。でないと、死にますよ」  
「なっ……嘘ついたってことか!?」  
幸い、そのドワーフの活躍もあり、直後に戦闘は終わった。当然、フェルパーは即座にドワーフに詰め寄る。  
「君、僕を騙したのか!?アイテムの交換を持ちかけといて…!」  
「生きてるんだからいいでしょ。何怒ってんの」  
「そういう問題じゃない!もし僕が死んだらどうするつもりだったんだ!?」  
「モミジ先生のとこに連れてけばいいんでしょ」  
「まあ、まあ。お二人とも、そこまでにしてください」  
言い合う二人の間に、セレスティアがやんわりと割って入る。  
 
「ドワーフさん。彼等はそこまでしなくとも、きちんと理由を話せばわかってくれる方々だと思いますよ」  
「……あのねえ、セレスティアさん?お前は戦闘中に、そんな余裕あるわけ」  
「あなたが手を止めても、わたくしとバハムーンさんは動けますし、後ろからの援護もありますよ」  
「お前等が動く前に、敵が動いたらどうする気よ。私は死にたくない」  
「ドがつくほどやばい状況であれば、防御に専念してくれても構わないんですよ。もっとも、狂戦士のあなたは、暴れる方が  
似合ってますがね」  
それ以上は話す気がないらしく、ドワーフはそっぽを向いた。そちらが片付いたと見ると、セレスティアはフェルパーの方に向き直る。  
「あなたのお怒りは、ごもっともです。ですが、この通りあなたは生きています」  
「ああ、君の援護のおかげで」  
「彼女のことは、わたくしが多少なりとも知っています。ですから、彼女があなたを騙したとしても、わたくしはあなたを生かすことが  
できます。それもまた、神のお導き。どうか、怒りを鎮めてはもらえませんか?」  
「言ってわかる相手じゃなさそうだし、確かに適当なとこで切り上げた方がよさそうだ」  
まだ相当に不機嫌そうではあったが、フェルパーは渋々彼の言葉に従った。  
「やられる前にやっちゃえばー?ヒーローと狂戦士の戦いなんて、すっごい見応えありそうだしさー」  
「フェアリーさん、ご勘弁願いますよ。その戦いに割り込んだら、死ぬのはわたくしです」  
ますます浮き彫りになっていく、パーティの問題点。それを実感しながら、エルフがバハムーンに囁く。  
「このパーティ……やっていけると思うかい?」  
「強えには強えんだが……洒落にならねえレベルのいたずらっ子と、静かな狂人と、良心と常識のねえ狂戦士。ま、こっちだって  
似たようなもんだ。何とかなるだろ、ははは」  
軽い口調で言い、笑って見せるバハムーン。しかしその目は言葉と裏腹に、まったく笑っていないのだった。  
 
「そもそもよ?お前から神秘の水もらって、私はちゃんと敵を殲滅したでしょ。仲間として最低限の仕事は果たしてるし、結果として  
お前のこと守ったわけだよね。これで回復だけしてもらって、逃げ出すような奴だったらそれこそどうなのよ。今までそんな奴だって  
いたんでしょ。それに比べりゃ、私の方がよっぽどまとも。ヒーロー様の癖に、終わった細かいことぐちぐち言うんじゃないよ」  
探索を終え、学食に向かった一行。そこで、フェルパーはやはり納得できていなかったらしく、戦闘中の彼女の行為について言及した。  
それに対して、ドワーフはそれこそ立て板に水を流すように反論していた。  
「いや、だからそれは…!」  
「私が騙した?殲滅した方が話が早いって判断しただけだけど。それを勝手な憶測で私を悪者に仕立てて、ヒーロー様は悪者がいなきゃ  
やる気が出ないわけ?お望みなら悪者として戦ってあげようか?その代わり、勝つのがヒーローとは限らないけどね」  
傍から聞いていれば、明らかに嘘が混じっているのは理解できる。しかし、有無を言わせぬ怒涛の反駁に加え、あちこち飛躍する  
彼女の話を聞いていると、当事者である者達はまともな判断能力を奪われていく。  
「いや、だから……わかった、わかったよ。もう言わない、ごめん」  
「わかればいい、わかれば」  
勝ち誇ったように、ふん、と鼻から大きく息を吐くと、ドワーフはざっと三人前の料理を掻き込み始めた。  
「モミジ先生といい、あなたといい、ドワーフの方はよく食べますよねえ。その量、フォルティ先生なら死んでますよ」  
「フェアでも死ぬよー。セレと同じ量だって食べれないんだからー」  
「お嬢ちゃんは小さいからなあ。それも含めて、可愛らしいとは思うけどな」  
バハムーンが言うと、フェアリーはきょとんとした顔で彼を見つめた。やがて、その顔にニヤリとした笑みが浮かんだかと思うと、  
フェアリーは大きく息を吸った。  
「やーっ!セークーハーラーっ!」  
突然の叫びに、周囲は一瞬にして静まり返り、視線は一行へと注がれる。  
「なっ!?ちょっ、おいこらっ!俺まだ何もしてねえだろっ!?」  
「……バハムーン。『まだ』って何だ『まだ』って」  
「ほらー、何かするつもりだったんじゃないー!バハのセクハラ野郎ーっ!」  
「ぅおぉい!!だから何もしてねえだろ!誤解だ!俺に変なレッテルを貼り付けるなー!」  
 
そんな中、ドワーフは黙々と食事を続け、食べ終わると周囲の状況にまったく構うことなく席を立った。  
「あ、ドワーフさん帰るんですか?では、わたくしもご一緒します」  
「付いて来るな」  
「いや、そう言われましても、鍵はあなたが持ってるじゃないですか。もう締め出しはごめんですよ」  
その言葉に、バハムーンは二人の方を振り返った。  
「え?お前等同室なのか?」  
「ええ。男女ではありますが特例で」  
「羨ましい話だな」  
「さすがセクハラ野郎だねー」  
「だから違うっつてんだろうがっ!」  
「はは……では、わたくし達はこれにて」  
既に食器を下げに行ってしまったドワーフを、セレスティアは慌てて追いかける。そしてまだまだ騒がしい仲間達のテーブルを背に、  
二人は寮へと帰って行った。  
部屋に入ると、ドワーフは荷物を自分のベッドの下にしまいこみ、布団の上に寝転がった。それを見ながら、セレスティアは上着を脱ぎ、  
武器などをクローゼットへとしまいこむ。  
「今回のパーティの方々は、なかなかいい腕を持った方達ですねえ。あれほどの動きをする方は、初めて見ましたよ」  
「だから何」  
「この調子なら、もしかしたらこの先も同じ面子でやっていけるかもしれませんね。ですが、ドワーフさん。仲間を騙すような行為は、  
あまりしてはいけませんよ」  
セレスティアの言葉に、ドワーフは首だけ持ち上げて彼を見つめる。  
「そうですか、セレスティアさん。私はお前みたいに、会った奴をいきなり信用する気はない」  
「だからといって、騙すのは良くない手段ですよ。相手の信用を、いきなり破壊してしまう行為なのですから。たとえその場を  
切り抜けたとしても、長い目で見れば損をしてしまいますよ」  
「あっそう。じゃあ一応心に留めておく」  
あまり聞く耳を持っているとは言い難いが、それでもドワーフはある程度ながら、セレスティアの言葉を大人しく聞くことがあった。  
「もっとも、神はあなたの行為を認めておられるのですから、わたくし如きがやめろとは言えませんがね。ご一考下さるのなら幸いです」  
同室だとはいえ、ドワーフはセレスティアに心を開いているわけではない。それどころか、見た目はただベッドに寝転んでいるだけだが、  
その懐にはナイフを隠し持っている。何か不都合、あるいは気に入らないことが起これば、彼女は躊躇いなくそれを使うだろう。  
しかし、セレスティアはあまり彼女を刺激することがなかった。普通ならば激怒するような行為ですら、彼はそれを神の意思として  
許してしまうところが幸いしていた。むしろそうでなければ、この危険人物と同じ部屋で暮らしていて、無事でいる方が難しいだろう。  
「……損になることを、進んでしたいとは思わない。考えておく」  
そう答えると、ドワーフは再び首を戻す。後は特に会話もなく、セレスティアはパジャマに着替え、ベッドに入る。その枕元にペットが  
丸まり、それを確認すると彼も目を閉じた。  
ドワーフはベッドに寝転んだまま、ただじっと天井を見つめていた。やがて、セレスティアの寝息が聞こえ始めると、そこで初めて  
目を瞑り、程なく部屋には二人と一匹分の寝息が響くのだった。  
 
 

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