ドワーフは、静かにカーテンを開けた。朝の光がベッドを照らす。  
 横たわったセレスティアの体は、光を受けて白く輝いているようだった。  
 血の気を失った肌は、もはや石膏像のようでさえある。  
 上から交互に膨らんだりすぼまったりする曲線は、彫刻家が作品に託す理想そのもの、  
と言ってさえ良さそうだった。  
 横たわる白い体の周りには、彼女のものだった羽が散らばっている。  
 薄暗い部屋の中、差し込む朝日に照らされたベッドは、さながら天使を納めた棺のよう  
だった。  
 しばしの(実際にはほんの僅かな)間、ドワーフはその裸体に見とれた。  
 出来ることなら、この身体を何らかの手段でこのまま保存し、どこか秘密の場所に、船  
首像のごとく飾りたい。  
 そんな冒涜的な想念が、彼の脳裏をよぎる。  
 だが、彼は司祭だった。これからするべきこともわかっている。  
 少しの躊躇の後、彼はセレスティアの体に触れた。  
 躊躇したのは、その亡骸があまりに美しく、神聖なものに見えたからだ。  
 彼は死体がまだ硬直していないことを確認すると、用意されていた屍衣を取り出した。  
 生前のセレスティアが、自ら仕立てたものだった。  
 80年。セレスティアの天命としては、あまりに短い。  
 若くして死出の準備をしなければならないというのは、一体どんな心境だったのか。  
 
 時刻は0時を回っている。  
 暗闇に閉ざされた部屋を、数本のろうそくが怪しく照らしている。  
 ドワーフの司祭は、ベッドの脇に椅子を置いて座っている。  
 彼の見下ろすベッドの中では、セレスティアの女性が横たわっている。  
 お世辞にも暖かいといえない部屋で、汗にまみれて胸を大きく上下している。  
 あまりに短い間隔で大きな呼吸を続ける女性を、毛むくじゃらの司祭は、沈痛な面持ち  
で見下ろしていた。  
 彼女の寿命を1年でも延ばす手立ては、最早求めようもなかった。  
 いや、今は一分でも縮めることこそが、むしろ慈悲だろう。  
「んっ、ん、はぁ、……んあ、あぁぁぁ……」  
 鎮痛剤も、最早焼け石に水のようだ。  
 女の細い喉から、魂を握りつぶされたような呻きが上がる。  
 その度に、司祭の手の中の彼女の手が、汗を噴き出しながら握り返す。  
 しかしその細い指にこめられる力は、あまりに小さい。  
 ドワーフが握ってやらなければ、重そうに滑り落ちてしまうだろう。  
「う、く、うぅん、はぁ、はぁ……、ぐ、うぁ……あぁぁ、あ……」  
 内から湧き出す苦痛に、女が身をよじる。  
 その様を見下ろしながら、ドワーフは自分の無力に締め付けられる。  
 
 出会ってから数十年。  
 一体何度、このセレスティアのベッドの傍で、こうしていただろう。  
 ベッドの中で彼女が呻き、悶えるたびに、首の十字架が重くなっていく。  
 主よ、何故、彼女を苦痛の中に捨て置かれるのです。  
 生まれたときから、彼女は不治の病と共にあったという。  
 彼女の白く細い体は、いつ来るかわからない、原因不明の苦痛と隣りあわせにあった。  
 にもかかわらず、この女は一日も休むことなく主を讃え、その細い指の届く全ての人に  
対し、惜しみない笑顔と奉仕を注ぎ続けた。  
 その肉体がいつ果てるか知れずとも、その翼は見せかけの飾りではなかった。  
 あまりにはかない、現世の天使。  
 本来憐れまれるべき身でありながら、彼女は己がないかのように、人に仕え続けた。  
 その優しさに触れた人が、彼女に悪意を向けることなどなかった。  
 一体何が、彼女をそう振舞わせるのか。  
 
「あぁぁぁっ、はぁ……。ん、んふぅ、……う、んんん……」  
 主よ、いつまで苦しめるのです。  
 一体何のために、彼女はこんな責めを受けるのですか。  
 彼女ほどあなたの御教えを讃え、仕えた人を、私は知らない。  
 そしてこれからも、知ることはないだろう。  
 だが、その勤行も苦行も、今夜で終わりだ。  
 夜明け以降、ドワーフが彼女の呻きを聞くことはないだろう。  
 80年も、よく耐えたものだ。  
 その忍従も、ようやく報われる。  
 やがて、この声と震えが止まり、その肉体が熱を失ったとき。  
 彼女はようやく、永遠の安息を約束されるだろう。  
 天の王国の門も、まさか彼女を拒みはすまい。  
 ドワーフはセレスティアの震える手を握りながら、そう言い聞かせ続けた。  
 
――これは?  
「あなたのロザリオですよ。主とあなたをつなぐものです」  
――成程。まるで、飼い犬につける首輪のようですね。  
「え?そ、そんな……」  
――うろたえないでください。私は今日より、主の忠実な飼い犬。あなたもどうか、本物  
の天使のつもりで、堂々とかけてください。  
「私は、ドワーフをそんな風に見ているわけでは……。嫌な方」  
 
 主の天使は彼の霊魂を受取りて、いと高きにまします天主の御前に捧げたまえ。  
 主よ、永遠の安息を彼に与え、絶えざる光を彼の上に照らしたまえ。  
 彼の安らかに憩わんことを。主、憐れみたまえ。  
 
「すみません……。いつも、発作のたびに、看病していただいて……」  
――飼い犬の勤めを果たしているだけですよ。あなたは主に仕える天使で、私は犬。どっ  
ちが上か、一目瞭然でしょう。  
「変なこと言わないでください。あなたはドワーフ。れっきとした人でしょう?」  
――人ですか。人の身で天使の夜伽とは、光栄です。  
「私はセレスティア。天使の振りした、ただの人です。私とあなたは、対等でしょう?対  
等な方がよくしてくだされば、礼をしないと」  
――私と貴女が対等とは、また光栄な話です。……しかし人の分際で天使の“振り”とは。  
真面目な顔して、恐れ多いことを。  
「……嫌な方」  
 
 死体に着せる衣は、本来近親者によって着せるべきだが、セレスティアには身寄りがな  
いようなので、ドワーフが着せてやる。  
 何十年来もの長い付き合いだ。互いの信頼もあった。主もお許しくださるだろう。  
 マネキンのように冷たい体を、用意してあったもので覆っていく。  
 “神に仕えるのが勿体無い体”と、下品な誰かがからかっていた。  
 しかし、故人が自ら用立てた死出の旅装は、そんな妖艶な肉体を、清楚にカムフラージ  
ュしていた。  
 愛用していたロザリオを首にかけてやり、両手を胸の下で組む。  
 最後に、羽を整えた翼を、前に閉じるように畳んでやる。  
 少し後ずさって、見下ろしてみた。ドワーフはため息をついた。  
 眠る天使、とでも題して、絵に描けないだろうか。  
 そんなことを思い、そんな自分に嘆息した。  
 
「あの……、どうか、なさいましたか?」  
 心配そうに身をかがめ、顔を覗き込んでくるセレスティアの女。  
 ロザリオを下げている。信徒か。この教会の人だろうか。  
――どうかしてるように見えます?  
 投げやりな口調で、ドワーフはそう答えた。  
「はい。なんだか、とっても疲れているように見えます」  
 上辺だけだとしても、誰かに心配されたのが嬉しかった。  
 あるいは、それを期待して、人気のない時間の教会に入ってみたのかもしれない。  
――疲れてる?まさか。仕事も趣味もない人間が、何に疲れるんです。  
 女は、少し顔をゆがめて、目を泳がせた。言うべき言葉に迷っているのだろう。  
 ドワーフは内心自嘲した。会う人会う人、こんな顔をさせているから、今の身分になっ  
てしまったのだ。  
 何一つ定まらないまま、生意気な虚勢を張るばかり。  
 そんな自分が嫌になって、なのに別の自分にもなれなくて。  
 何だか全てがどうでも良くなってきて、半ば自棄で教会などに入ってみた。  
 自分には縁がないと思っていた場所に、自分は一体何を求めているのか。  
 
 確かに、ドワーフは疲れていたのかもしれない。  
 社会とか世間とか世の中とか言う、ごちゃごちゃした、収拾のつかない世界に。  
 その中に、自分のいていい場所を作ることの難しさに。  
 だから、セレスティアが苦し紛れに食事に誘うのを拒まなかったし、その後リビングで、  
愚痴や泣き言を延々と聞かせてしまった。  
 そのまま泊まってしまい、朝食までいただきながら気づいた。  
 自分は、誰かに甘えたかったのだと。  
 別れ際、ドワーフはセレスティアに尋ねた。また来ていいかと。  
 セレスティアは笑顔で答えた。いつでもどうぞ、と。  
 気づけば、ドワーフはやけに体が軽くなったような気になっていた。  
 気を良くしたドワーフは、信徒でもないのに、その後もこの教会によく顔を出した。  
 磔の男の伝説を聞くためではない。親切な女の、不安げな心遣いに甘えたかったからだ。  
 
 数十年前、ある夫婦が娘に毒殺された。  
 治安維持部隊の捜査によると、殺された夫婦は、手の付けようのない病に犯された娘を  
忌み嫌い、虐待を繰り返していたという。  
 
  天にまします我らの父よ。願わくば、御名の尊ばれんことを。御国の来たらんことを。  
  御旨の天に行わるるごとく、地にも行われんことを。  
 
 得体の知れない病気は、往々にして感染を恐れられる。少年院を出所した女も、その御  
多分にもれなかった。  
 不定期に体が痛み、呻きうずくまるたびに、気味悪がられ、遠ざけられる。  
 そんな彼女に、いつける場所などなかった。  
 
  我らの日用の糧を、今日我らに与えたまえ。  
  我らが人に許すごとく、我らの罪を許したまえ。  
  我らを試みに引きたまわざれ。我らを悪より救いたまえ。アーメン。  
 
 疎まれるものが人を恨み、世を恨むのは必然だ。彼女の翼が黒く染まるまでに、さして  
時間はかからなかった。  
 少しでも蔑まれたと思うと、突如鬼のごとく激昂し、相手を容赦なく痛めつけ、懐を強  
奪して去っていく。  
 いつしか彼女は、治安の悪い一帯でも、その短気さで恐れられる犯罪者となっていた。  
 
  願わくは、父と子と聖霊とに、栄えあらんことを。  
  初めにありしごとく、今もいつも、世々に至るまで。アーメン。  
 
 そんなある日、ついに彼女は逮捕された。連行されていく彼女は、まるで何かを悔いる  
ように涙を流し、大人しく兵に従っていたという。  
 
  ああ、我らの罪を許したまえ。我らを地獄の火より守りたまえ。  
  また全ての霊魂、殊に主の御憐れみを最も必要とする霊魂を、天国に導きたまえ。  
 
 一組の男女が、写真の中で寄り添うように並んでいる。  
 首から十字を下げたディアボロスの男の腕に、セレスティアが腕をからませ、擦り寄っ  
ている。灰色の翼が、男の背を抱くように回されている。  
「生まれつきの悪人などいません。全ての赤ちゃんは、何者でもないのですから。  
 悪人には、悪人になる理由があります。荒っぽいやり方ですが、彼らは、自分の怒りの、  
憎しみの理由を、知ってもらいたいのです」  
 セレスティアとドワーフはテーブルに向かい合って座り、熱いお茶と、置かれた写真を  
挟んでいる。  
「撃たれても、罵られても、彼は私を案じていました。私は苦しんでいる人の助けになり  
たい。あなたの望むことを教えてください。どうにかしてかなえましょう、と。  
 私は、馴れ馴れしい、余計なお世話だと怒り狂い、血を流す彼を蹴りつけました。それ  
でも彼は、私に憎しみを向けようとはしませんでした。  
 怒りと暴力は他人を傷つけ、あなたに向けられる善意を退け、憎悪を呼び集めます。自  
分で救いの機会を遠ざけないでください。  
 ご自愛ください。あなたはどう見ても、今の自分に納得しているように見えません。  
 ……そう言って、彼は無抵抗で……」  
 
――この牧師さんは、今……  
「召されましたよ」  
 セレスティアは、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。  
「私から受けた傷から、悪いウィルスが入ったようで。出所して、再会してから、数年でした」  
 セレスティアはカップを引き寄せた。しかしそれを見下ろしても、持ち上げて飲むこと  
はしなかった。湯気が彼女の顔をぼかしている。  
「自分の救い主を、自分で殺したんですよ。私は」  
 
――しかしあなたは、自分を励ましてくれました。あなたがあの時声をかけてくれなけれ  
ば、自分は、何かろくでもないことをしでかしていたでしょう。  
「何か出来ると思いたかったんですよ。ごくつぶしだった私でも、あの人のように、誰か  
を救えないかと。他人のために自分を犠牲にする覚悟もないくせに」  
 自嘲的な言葉を切って、セレスティアは顔を上げた。そして言葉を失った。  
 ドワーフが椅子の上に立ち、机に両手と額を突いていたからだ。  
 
 おれはただ、いつも誰かに気にかけてもらいたかっただけだ。  
 主よ、あんたじゃない。この世に生きている、俺の手の届くところにいる人間にだ。  
 誰か一人でもいい。俺の身を損得抜きで案じてくれるような人がいれば、俺はまだ、こ  
の世にい続けられる。  
 だから、セレスティアに心配されたとき、この上なく嬉しかった。  
 そして、出来ればずっと心配されたいと思った。そのためには、こっちもあの人のため  
になることだ。  
 愛されたければ愛せよ。それがこの世の理だろう?  
 俺たちの利害は一致していた。セレスティアは、恩人を失った寂しさを。俺は、誰かに  
常に認められていたい欲求を。互いに補完できるかもしれない。  
 
 垂れた頭の上から、セレスティアの厳粛な声が聞こえる。  
「***よ。父と、子と、聖霊の御名によって、あなたを洗います」  
 宣告の後、思ったほど冷たくない、ぬるいお湯の混じった水が、ドワーフの頭を濡らした。  
 
「長い、付き合いでしたね」  
 ひとまず落ち着いたセレスティアが、ベッドの中から力ない声を投げかけてくる。  
「二十年以上も、ずっと……」  
 目が潤んでいるのは、熱のせいか。  
「あなたには、いつも、世話をかけてばかりで……」  
 
「何も、思わないのですか?」  
 汗をかいた裸の背中を拭かれながら、セレスティアはドワーフに尋ねてきた。  
 心なしか、その声は沈んでいるように聞こえる。  
「今まで何度も、こうしてもらいましたが」  
 ドワーフがセレスティアの体を仰向けにした。晒される肌から目を逸らし、手探りで濡  
れた肌を拭く。  
「はぁ……、ドワさん……」  
 セレスティアの声が揺らいでいる。そう思ったドワーフは、彼女を拭く手を速めた。  
「ふぁぁん!」  
 タオルが躊躇いがちに乳房をなでると、セレスティアは身を震わせ、甲高い声を上げた。  
「セレスさん……」  
 ドワーフはタオルから手を離し、咎めるようにセレスティアの名を呼んだ。  
「ずっと、一緒だったのに……」  
 視界の外で、セレスティアの手が弱々しく触れるのを、ドワーフは感じていた。  
 
「……自分で楽園への道を遠ざけるつもりですか」  
 ドワーフはそう言いながら、努めて冷静を装った。  
「くだらないことを言うんですね……」  
 そう返したセレスティアの声は、また力を失っていた。  
「私は主の飼い犬です。下らなくとも、正しい勤めを果たします」  
 自分は主の飼い犬。それはドワーフにとって、理性を働かせるための呪文だった。  
「本気で言ってるんですか?」  
 ドワーフは答えられなかった。自分でも、安っぽいことを言ったと思ったからだ。  
「私、あなたが好きなのに」  
 ドワーフはつい、セレスティアの方に目を向けてしまった。  
 そして息を呑んだ。裸の上半身が、ろうそくの揺らめく灯りに照らされている。  
 上手く拭ききれていない汗が、その灯りを反射し、見とれずにいられない体を光らせている。  
「主に仕えるものは、苦しんで逝かなければならないの?」  
 潤んだ目が、ドワーフを見上げている。  
「私を救おうと、少しでも思ってくれるなら……」  
 ドワーフの腰に触れた手が、力なく服の裾を掴む。  
「死ぬまで、抱いてください」  
 
 何をしたいわけでもなかった。  
 わけもわからず生まれさせられ、わけもわからず生きながらえてきた。  
 人生など、何かの弾みで終わってしまうなら、それでもいいとさえ思っていた。  
 あの日の拙い励ましを受けるまでは。  
 その過去がどうであろうと、彼にとって彼女は天使だった。大げさでも冗談でもない。  
 彼女が自分を励ましてくれたように、彼も彼女の助けになりたかった。  
 発作が辛いときに飛んでいけるようにと、警備員が持つような二枚一組の呼び出しカー  
ドを渡したのが、本格的な始まりだった。  
 常にどこか寂しそうで、不安そうな彼女を放っておけなかったのだ。  
 野良犬でいることに嫌気が差し、彼は自らに首輪をはめた。  
 それは表向きには、あの磔の男につながれている。  
 だが、全知のお方はご存知だろう。彼が誰に仕える気で頭を垂れたか。  
 
 全てが夢幻だったかのようだ。あれは現実だったのか。  
 ドワーフの体には、疲労が残っている。季節の割には、汗の臭いが濃い。  
 しかし、夜の記憶には、どこか現実味が感じられなかった。  
 ベッドの中の彼女は、その身から絶えず汗を噴き出していた。  
 肌は元の白さを感じさせないほどに赤く染まり、止まらない汗は体温をろくに下げられ  
ていなかった。  
 濡れた肌に、ドワーフの抜けた体毛がこびりついている。  
 そんな体に跨り、ドワーフはセレスティアの肌をなでていた。  
 指が肌に触れるたびに、セレスティアは吐息を漏らしながら体をくねらせ、敏感なとこ  
ろに触れると、しゃっくりのような声を上げ、のけぞるように身を震わせた。  
 末期の体を震わせ、か細い声で、喘ぐようにドワーフの名を呼んでいる。  
 火傷しそうなほどに火照った肌から汗が蒸発し、上下に揺れる体から湯気が立っている。  
 そんな風に見えたのは、幻覚だったか。  
 
 つながったところが熱い。その熱さに、ドワーフの方も息が上がっていた。  
 しかし体を止めることはなかった。いや、止まらなかったのか。  
 認めるしかなかった。彼女とこうなりたかったという欲求に、彼の若い肉体は何度も苦  
しめられてきた。  
 狂おしいほどに求め合って、死にそうなほどに搾り出し、溢れるほどに注ぎたいと、幾  
度となく体が訴えていた。  
 彼女が叫んでいる。もっと激しく。もっと愛して。  
 無茶を言ってくれる。ぐちゃぐちゃと突かれながら、過労死したいとでも言うのか。  
 全身がつりそうだ。貴女は、二人して重なりあった亡骸を晒したいのですか。  
 ……魅力的な提案ですね。  
 しかしその前に、俺の意識がストップをかけそうです。  
 
 既に視界がぐらついている。全てが夢幻のようだ。  
 だがせめてもう一発。俺の下で、あなたがその体を反らして痙攣するのをもう一度見るまでは。  
 結合部から、ドワーフの欲動がごぼごぼと溢れ、セレスティアは枯れた喉から、かすれ  
た叫びを上げる。  
 せわしなく動いていた翼が硬直し、胴体が断続的に、ほぼ一定のリズムで跳ねる。  
 彼女の中で跳ねる彼のものと同じようなリズムだ。びくん。びくん。  
 体が跳ねるたびに、松ぼっくりのように実った乳房が揺れ、汗を撒き散らしている。  
 ドワーフは、一秒でも意識を留めようと躍起になっていた。  
 最期の、一度きりの、それゆえに凄絶な交わりを、少しでも長引かせたかった。  
 
 葬儀、埋葬には、期待していたほどの人は来なかった。  
 それでも、同僚達を合わせれば、二十は下らない人が来てくれた。  
 彼女を葬る義務を持たない人がこれだけ集まってくれたならば、十分満足すべきだろう。  
 人が一人死んだところで、世の営みは途切れないのだから。  
 
  主よ、世を去りたるこの霊魂を主の御手に委せ奉る  
  彼が世に在りし間、弱きによりて犯したる罪を、  
  大いなる御憐れみもて赦し給え  
  我らの主によりて願い奉る。アーメン  
 
 棺の中の彼女は、清楚な白い衣に身を包み、白い両手、白い両翼を組んで、敷き詰めら  
れた色とりどりの花々の中に収まっている。  
 天に召されるに相応しい姿だ。あの夜の痕跡を入念に消したかいがある。  
 彼女の顔には、表情らしいものは見えない。僅かに憔悴のようなものが感じられるだけだ。  
 末期の苦痛に耐えていたのだろうと、同僚達は好意的な見方をしている。  
 
 彼女の精神は救われたのだろうか。納得して逝けただろうか。  
 だがこれだけは信じている。彼女は主の栄光を讃えて逝ったのではない。  
 彼女とドワーフは、似たもの同士だった。  
 少なくとも、神とか主とか呼ばれるものを、手段としてしか見ていなかった点では。  
 同僚達は、セレスティアと最も仲の良かったドワーフに、祈りを唱えるよう勧めた。  
 だがドワーフは辞退した。既に彼にとって、主を讃えることに意味はなかった。  
 セレスティアのいない教会で、神の忠実な従者を演じるのは苦痛でしかなかった。  
 いくらかして、彼は教会を去った。それでも、“首輪”を手放すことはしなかった。  
 それは彼にとって、セレスティアとの思い出につながれたものだったからだ。  
 
「まさか。ただのアクセサリーですよ」  
「アクセぇ?本当ですか?」  
 ドラッケン学園の制服を着たディアボロスの少女が、興味深げに詮索する。  
「だって、アクセって言うには物々しいですよ。結構年季入ってますし」  
 タカチホ義塾の制服を着たドワーフの男は、はにかむように笑った。  
「はっはっは……、さすがに女性の目は誤魔化せませんね。ええ、これは思い出の品です。  
ある人とのね……」  
「ある人って……?」  
 少女は興味深げににじり寄ってくる。ドワーフはその顔の真ん前で、パチンと指を鳴らした。  
 そして、驚いて飛び退く少女に、からかうように笑いかける。  
「想像にお任せしますよ」  
 

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