「ふはははー、闇の魔女ザッハトルテただいま参上なのだー!」  
 日が沈むと共にスノードロップの宿屋の一室に現れるのは全体的に青っぽくてたれ目の少女。冒険者の半分に「うぜぇ」と思われ残りの半  
分に「アホだ」と思われているらしい正真正銘の魔女。  
 名乗りは盛大だったが侵入した部屋にはすでに防音の呪術が施されていて声は廊下にすら届くことは無かった。  
 ひっそりと盛大に行われた名乗りを聞いたのは一人だけ、その日の部屋の借主であるヒューマンの少年。彼は予兆なく現れた来客に目もく  
れずそれまで行なっていた作業を続ける。  
 小さな瓶から中の液体をスポイトで吸い上げ、テーブルに並んだ小さい筒に数滴づつ慎重に入れていく。  
「……無視か、いったい何をしているのだ?」  
「……げっ」  
 少しいじけながら小瓶をひょいと取り上げる魔女、その行動を見て固まる少年。  
「ふむ、ニトログリセリン?……」  
 魔女も固まる。それが軽い衝撃で引火する爆発物であることに気づいたようだ。  
 先に硬直から復帰した少年がそっと瓶を支えて言う。  
「ゆっくり手をはなして、下がって」  
 魔女はまだ全身ガチガチだが少年の言葉に従い手を開き、そして煙と共に姿を消した。  
「いやどこまで下がって……戻るまでに終わらせよう」  
 
 
「あんなふうにしてギガショット用の弾は自作しなきゃならないんだよ」  
「……あの異様に痛い一撃のことなのだな」  
 約十分後、突然の命の危機から立ち直って戻ってきた魔女と作業を終えた少年がお茶会を開いていた。  
 機材を取り付けられ即席のリロードベンチになっていたテーブルは片付けられ、少年が淹れたお茶と魔女が土産に持ってきた菓子が乗って  
いる。  
「いつも手加減無しにやってるから……ごめん、ザッハトルテ」  
 少年と魔女の関係は奇妙なもので夜の密会では仲よさげに言葉を交わし、昼間出会ったときは冒険者と悪い魔女として躊躇なく銃弾と呪い  
を交わしていた。  
「ふふん、私を誰だと思っているのだ?私自ら改造した制服はたとえ神の剣であろうと傷一つ付かないのだ」  
 自慢気に言い切る魔女に少年は愉快そうな笑みを漏らす。  
「それでもね……自分の気分的な物かな、これは」  
 その言葉に今度は魔女が笑みを漏らす。  
 
「律儀なのだな、私が許すと言っても自分を許せないか」  
 想われているのだ、私は。少年にも聞こえないような小声で魔女が呟やき、お茶を一口飲む。  
 気持ちを落ち着けるように少しの間目を閉じた魔女はコップを起き、立ち上がって少年の直ぐ側まで移動してから言う。  
「それなら、気に病む必要が無いことを直接触れて確かめてみるのだ」  
 少年が言葉の意味を理解するより早く、魔女は制服を脱ぎ捨てた。薄い水色の下着姿になった魔女は少年の手を取る。  
「ほれほれ」  
「え?……え?!」  
 急展開に少年の思考が追いつかない。最近仲の良くなってきた二人だが直接肌がふれることなど滅多に無かったのだ。まぁ下着姿は数回見ているが。  
 魔女に導かれ少年の手が空気にさらされた右の太腿に触れる。  
(初撃、クラ子が弓で牽制、右太腿を掠める)  
 魔女の体温を感じながら、昼間の戦闘風景が頭の中に浮かび上がる。  
(第二撃、フェル男の粉砕は杖でガード、姿勢を崩す。三撃、セレ子の飛ばした光弾が腹部にヒット)  
 二人の手は滑るように魔女の腹に移動する。途中で下着に引っかかり少年がギクリと震えた。一気に体温が上がり心臓は早鐘を打つ。  
「私の肌に傷跡がみえるか?痣の一つでもあるか?」  
 その言葉に少年の視線が魔女の肌に吸い寄せられる。ディアボロスにしては健康的な色の肌はうっすら赤く、手に伝わる感触はシルクのよう。ごくりと緊張を示すように唾を飲んで答える。  
「……どちらも…無い、綺麗だよ」  
 満足気な、いつになく悪い魔女のような笑みを浮かべる魔女の手が動く。少年は傍から見ても分かるほど興奮しているがそれでもどこか冷静に風景の先を思い出していく。  
(四撃、ドワ男とバハ子連携、ドワ男の鬼神斬りが防御魔法を貫通し左腕にヒット)  
 指先が肘から肩までを撫で上げる。  
「ふぁ…」  
 なれない感覚に魔女が声を漏らすが、それでも少年の手は離さない。  
(ラスト…僕のギガショットが左胸にヒット)  
 そして手は鎖骨をなぞり左の胸に重なる。  
「気は晴れたか?」  
「……うん」  
 少年が立ち上がり魔女のすぐ側に。さらに近づき、胸に触れていた手は少し名残惜しそうに背中側に滑らせる。魔女も同じようにして自然と抱き合う姿勢になった。  
 そのままお互いの存在を感じ取るよう腕に力を込めに数秒。少年が口を開く。  
「ありがとう、ザッハトルテ」  
「どういたしましてなのだ。ところで…」  
 少年の胸に顔を埋めていた魔女が目を合わせてから言う。  
「ヒュマの制服が硬くてあちこち痛いのだ」  
 学園の制服は見た目には普通の布だがそのまま冒険にも出れるように極軽度の装甲がある。互いに服を着ていれば気にならないだろうが、魔女はほぼ裸だった。  
 少年はそのままの姿勢で少し考える。腕を解いて離れる場面では無いよな、と。  
「あー、脱げばいいのかな?」  
「この先を望むのならな?」  
 二人してニヤリと悪巧みでもするように笑い、少年が自らの制服に手をかけた。  
 
 
 
「おーい、起きるのだー」  
 魔女が少年の頬をペチペチと叩く。  
「もうすぐ夜が明けるのだぞー」  
 しばらく続けると少年の目がうっすら開く。  
「……朝?」  
「後数分でな」  
「さいですか……」  
 少年が体を起こし無理矢理意識を整えようとすると、掛け布団が一緒にめくれてその下にあった魔女の裸が顕になる。首をぐりぐり回している最中に二人の目が合い、少年が魔女の状態に気付いた。  
「あー、ごめん」  
 今更何を恥ずかしがるのか、顔を赤くして横になり布団をもとに戻す。  
「照れ屋め」  
「否定はしませんよ……帰っちゃうんだろう?服着ようか」  
「うむ」  
 からかう口調で言われた少年が今度は思い切り布団を剥がす。二人共起き上がり互いの姿を目に入れないようにしながら服を拾い、身につけていく。うっかりその気になってももう一度の時間は無い。  
「あ、下着汚れてたら道具袋に宝箱から出たあぶない下着が入ってるから」  
「そんなもん履けるかなのだ!」  
 残念だと呟きながら制服の袖に腕を通し、帯を締める。いつでも外に出られる姿になった少年が振り返ると鏡を見ながら帽子の位置を合わせる魔女の姿が見えた。  
「しかし、学生の身になってこんな事をするとは思わなかったのだ」  
 帽子がしっくり来ないのか色々動かしながら言う。  
「うん?結構そういうことの噂は多いよ?」  
 魔女が手を止めて怪訝な顔で少年の方を見る。  
「そうなのか?」  
「僕のパーティだと二人、クラ子と従兄弟のクラ男の仲がどう見ても恋人、セレ子がある日クラスメイトのバハ男の部屋に突入して翌朝堕天して出てきた。パーティ内で完結する関係が無いのは珍しいけど」  
 指折り例を示す少年に呆れ顔で魔女がぼやく。  
「それは…風紀が乱れきっているのだ」  
「人のこと言えないけどね」  
 違いないと笑い、結局帽子は落ち着かず杖の先に引っ掛けた。他に持ち物など無かったことを確認してから少年に向けて言う。  
「もう夜が明ける。明確なルールではないが時間切れなのだ」  
「これ以上は誰かと鉢合わせする危険があるしね。その習慣は続けよう」  
 魔女が頷きその日の別れの言葉を口にする。  
「ではな、次は勝ってここに来るのだ」  
 足元から煙が登り始める。  
「期待してるよ、お姫様」  
 姫と言われた魔女の顔がポカンと呆気に取られた表情に変わり、何か言おうとする前に煙に包まれた。  
 そして、来客の消えた部屋で少年は呟く。  
「待ってるよ……返り討ちだ」  
 
 
 
おまけ  
 
「ゆうべはおたのしみでしたね」  
 宿の食堂に降りると仲間の半分が先に来て一つのテーブルに座っていた。僕もそのテーブルに付いて朝食を注文した辺りで言われたのが今の言葉。  
「ななんあ何のことでしょうゲルフェルパー君」  
「うわ、止まらず二回も噛んだ」  
「しかも顔真っ赤で図星なのが丸分かりです」  
 台詞一つにドワ男とフェル男に突っ込まれた。分かってるよこんちくしょう。  
 隣に座っているバハ子は理解して無いようでパンを片手にきょとんと止まっている。君はそのままでいてほしい。  
「……なんでそう思ったのかな」  
 手遅れで無意味だと分かっているが認める言葉は出さない。言質取られたが最後面倒なことになるに決まっているのだ。  
「だってなぁ、一応順序立てて言うか。これまで何回か呪いの魔女が喧嘩売ってきただろ、その後のリーダーの判断が不自然すぎるんだよ」  
「みんな疲れが見えるのに学園で休まず迷宮通り抜けて街の宿に来ましたよね、そこでの部屋割りローテーションも融通してもらって一人部屋を確保するし」  
「あ、誰かと会ってるんじゃないかって言ってたやつ?」  
 ばれてらー。ドワ男とフェル男の繋ぎがスムーズだしバハ子も絡むってことは僕抜きで話題にしてたな。  
 ちなみに僕のパーティは男女3:3なのでそれぞれ二人部屋と一人部屋を借りている。男子組は交代で一人部屋、女子組はバハ子が一人部屋になっている。なんか、二人部屋の相手の惚気話に根を上げたらしい。  
「そして今回、ヒューマンの髪が汗に濡れたような感じになっています」  
 前髪を少し摘んで見ると確かに、濡れてはいないが運動した後のような手触りを感じる。今度から不自然でも朝風呂だな。  
「あー、昼間の戦況を思い返してトレーニングをしてたんだよ」  
「俺らが様子見に行こうとしても部屋に辿りつけないような細工してか、無理があるな」  
 適当に選んだ矛盾しなさそうな言い訳はあっさり否定された。たぶん人払いの呪術のせいだが厳重すぎるのも考え物らしい。  
「おお?リーダーが死にかけてる。ねぇねぇ何の話ー?」  
 背後から届いたのはこの手の話が大好きなクラ子の声。おそらくセレ子も一緒だろう。  
「リーダーがこっそり会ってる誰かとの関係が進んだようなのですよ」  
「あら、まぁ」  
「ウボァ」  
 確定事項として言っちゃうのかフェルパーよ。こっそりが分かってるなら晒すな。  
 バハ子が察してしまったらしく顔を赤くして対角まで逃げられてちょっと傷つく。  
「とりあえずはおめでとう、リーダー」  
 そう笑顔で言うクラ子に右の腕を掴まれた。解くために左手を伸ばそうとしたら動かない。これまた笑顔のセレ子(黒)に左腕が掴まれていた。そのままズリズリと長椅子の真ん中まで動かされる。  
「え、何これ怖い」  
 そして両脇を塞ぐように後から来た女子二人が座る。  
「リーダー、初めての体験聞きたいな!」  
「必死に秘密にしてるのは分かっていますから誰とは聞きませんけど、仔細にお願いしますね」  
 朝っぱらから猥談をしろというのかこいつらは、それを女子に話すのは拷問に近い気がする。つーか初めてって何故断言できた。  
「じゃ、俺らは部屋に戻って出発の準備してるから」  
「そうですね、ではお先に」  
「うおぉーい!興味ないのになんでこいつら焚き付けた!」  
 朝食を終え部屋に戻る男子二人。銃に弾を込めてこなかったことが悔やまれる。  
 気がつけば食堂の他の席は異様に静かで、こっちに聞き耳立てているのが分かりやすい。もう学園に噂を提供するのは確実のようだ。あとバハ子さんなんで残ってるんですか聞きたいんですか勘弁して下さい。  
「さぁ!正直に吐かないと」  
「有ること無いこと言いふらします!」  
 仲いいなあんたらリーダーとして嬉しいよ畜生!  
 
 結局、朝の馬鹿騒ぎは宿の女将さんに怒鳴られるまで続くのだった。  
 

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