「また負けたのだ〜〜〜!!」
ローズガーデンの宿屋の一室、部屋に二つあるベッドの上でジタバタ暴れるディアボロスの少女がいた。
「ほら泣かない泣かない、よしよし」
「むぅ、泣いてないぞ」
その隣には、ベッドの縁に腰掛け少女の頭を撫でて慰めるヒューマンの少年がいた。
「というか負かしたの僕達なんだけど、色々とどうなの?ザッハトルテ」
ディアボロスの少女は名をザッハトルテ。「闇の」だとか「呪いの」だとか「荒地の」だとか、安定しない二つ名を持つ正真正銘の魔女。
ちなみにヒューマンの少年は分かりやすく「青い魔女」がいいとか思っている。
「……負けたときはとても悔しくて、キサマを呪ってやるくらいのつもりで来たのだがな」
魔女は暴れるのをやめて頭の上にあった少年の手を取った。
「ここに来たらそんな気は失せてしまったのだ」
繋いだ手を宝物のように両手で包み込む。
それから続く沈黙は二人にとって居心地のいいものだった。
二人の夜の密会は彼らが三回目に会った日から続いている。
どこかズレた失敗を繰り返す魔女に興味を持った少年が招いたのだ。
はじめの頃は緊張感を持って、少年が悪事のアドバイスなどをしていた。
魔女の襲撃と数時間後の密会を数回繰り返すうちに二人は共に寛ぐようになり、さらに数回の後には親密な仲となっていた。
ただし全て密かに、である。ザッハトルテが忍びこむのに苦労する学園の寮は避け、宿の部屋も防音や人払いなど呪術的に守られている。
少年にとっては恋人でもあくまでザッハトルテは悪い魔女であり、その姿を晒すことは避けなければいけなかった。
「ま、呪うんなら軽いので頼むよ」
少年はニヤリと笑い、魔女の手を持ち上げ甲にキスをする。
「そういえば口さえ動けばどうにかなるのだったな」
魔女はそれに満足気に笑い、手を放す。
少年が片手間に学んだ神主学科は内容に呪術と対抗手段を含み、魔女と関わるのに気休め程度の足しになっていたかもしれない。
「はらたま〜きよたま〜ってね。さて、ちょっと着替えて欲しいんだけど」
そういいながら少年が道具袋から取り出した服は。
「千早……?ふむ、神主と巫女合同の授業で見かけて気に入って着せてみようということなのだな?」
「違います。あと袴と、寒いから適当にシャツとジャージでいいかな」
「おお私ですら分かる無茶苦茶……待て、外へ連れ出す気か?」
魔女の表情が硬くなる。自分ノ姿を見られようものなら少年にとって予想もつかない悪い事態になると。
「だからこそ、いつものアレンジした制服から着替えるんだよ。大丈夫、この辺りはザッハトルテの姿までは有名じゃないさ」
その言葉を聞いて無理矢理に納得した魔女が渡された服を着込んでいく。ちなみに今まで下着とナイトキャップだけの肌色率高い姿だった。どうやら寝間着は使わ
ないらしく初めて泊まって行った夜は多分に少年を悩ませた。
「 何なのだこれは、どうすればいいのだ?」
「あー、これを巻いてクロスして折り込んで結んで被せて完成、千早は羽織ってこの紐を結べばよし」
袴の履き方が分からなかったようだが、少年が手際よく着せていった。
「後は髪を纏めれば十分化けられるかな」
道具袋からさらにリボンを取り出して魔女の髪型を変えていく。
「はい、ポニテ巫女の出来上がり」
「その安易な表現は気に入らんが、なかなか悪くないのだ」
魔女は髪を結ぶために後ろに回っていた少年の胸に背を委ねる。
その感想が新鮮な衣装のことなのか、少年との距離のことなのかは本人ですらよく分かっていないだろう。
少年は魔女の体重を受け止め抱きしめる。
「そりゃ良かった……行こうか、ザッハトルテ」
最初の目的なんか投げ捨ててこのまま押し倒そうかという葛藤を切り抜けて少年は声をかけた。
ここローズガーデンはその名の通り大きな薔薇園を観光、生産資源としている。それ自体は夜間暗すぎて立入禁止なのだが町の中央の公園にも見事な花壇と噴水が
あり、そちらはライトアップされ夜のデートスポットなのだ。
「では、エスコートとボディガードは任せるぞ?」
自身の力で守られた部屋から出る不安は残っているだろうに、それでも笑顔で魔女は言う。
きっと、初めての外での密会は素敵なものとなるだろうから。