だんだんカリキュラムというものから逸脱してくる迷宮探索。  
いくら学生であり、バルタクス代表と言われるほどの彼等でも嫌になるときというものはある。  
そんなわけで、彼等は一旦探索を放置し、ランツレートを拠点として迷宮探索の名を借りた、トレーニング兼観光の旅に出ていた。  
 
危険な敵を真っ先にフェアリーが射抜き、敵前線をフェルパーの二刀がなぎ払う。  
強大な敵はドワーフが捨て身の一撃で打ち倒し、死角から死角へと潜むクラッズが敵の財布と命を狙う。  
皆それぞれに腕を上げ、素晴らしい活躍を見せている。だが、その後ろに控えるノームとセレスティアはあまり目立ってはいない。  
黙々と弓やスリングで攻撃するものの、ノームの弓は命中率に劣り、セレスティアのスリングは威力の点で致命的に劣る。  
肝心の魔法は、いざという時のために温存させられているため、普段はなかなか使えなかった。  
おまけにそのいざという時は、これまでにほとんど来た試しがない。  
セレスティアはどうしても、自分がパーティのお荷物のように感じてしまう。  
超術士学科と僧侶学科を学び、最初に唱える補助魔法が役に立っているとはいえ、ほとんどそれだけなのだ。  
それゆえに、宝箱が出てはしゃぐ他の仲間とも、ついつい距離をおいてしまう。  
「ちょっと待ってねー。はい、開いたよ。」  
「え〜、このガラクタが折れた木刀。この草は…毒消しか。ちぇ、しけてる〜。で、これは…鑑定するまでもないね、あぶないパンツ。」  
「こんなの、誰が穿くんだ…。」  
「ドワーフ、あんた穿いたら?そしたらフェルパー大喜び…あいたっ!」  
言い終える前に、フェルパーがししゃもでフェアリーの頭をぶん殴る。  
「痛いな、もー。ししゃもなんてどこから…。」  
「とりあえず、道具袋に入れておこうよー。こんなの、あとで考えればいいからさ。」  
「それもそっか。よーし、次の宝箱探しに行くぞー!」  
「おー!」  
 
その夜、一行はザスキア氷河の交易所で宿を取った。  
皆それぞれ個別に部屋を取ってはいたが、セレスティアはノームの部屋にお邪魔していた。  
「………地味ですよね、わたくし達。」  
ノームの淹れてくれたお茶を飲みながら、呟くように言うセレスティア。お茶からは、かすかにカモミールの匂いがする。  
「そうですね。」  
「戦闘では、皆さんはあんなに頑張っているのに…わたくしは大したことも出来ず、ただ気休め程度の攻撃しかできないなんて。」  
「ですが、あなたは僧侶です。僧侶が活躍する場面など、本来ないに越したことはないでしょう。」  
「それはそうなのですが…。」  
「気に病むことはありません。あなたのような僧侶は、いるだけでパーティに安心感を与えます。  
それに、そうしたあなたの優しさは、それだけで十分な価値があるものです。  
あなたは自分の仕事を、立派にこなしている。自信を持って、胸を張ってください。」  
「はい…ありがとう。」  
ノームはどの種族とも相性がいい。それはきっと、この立ち回りのうまさなのだろうとセレスティアは思う。  
自己の感情に流されず、その感情と言うものすら理論的に見つめ、相手の心を解きほぐす術を知る存在。  
感情的にディアボロスなどを受け入れられない彼女としては、そんなノームが時に羨ましくもある。  
何より、こうして共にいる彼。その彼のおかげで、一体どれほど救われただろう。  
フェアリーと口論したとき、全滅の危機において誰かを見捨てねばならなかったとき、そして、今。  
辛いとき、いつも隣にいてくれた彼に、セレスティアは友情以上のものを感じ始めていた。  
しかし、それを言葉にすることは憚られた。  
気恥ずかしさももちろんあったが、それを口に出すことで彼との関係が壊れるのではないかという恐怖があった。  
ならばいっそ、その気持ちを胸に秘めたままでいる方が、ずっと楽だと思っていた。  
「でも、わたくしより…あなたの方が、優しいです。」  
「そんなことはありません。決して。」  
妙に断定的なノームの言葉。  
「でも、こんなわたくしの愚痴にすら、親身に答えてくれます。」  
「当然です。あなたは大切な…仲間です。」  
それからもついつい雑談に花が咲き、ふと気がつけば既に夜中すら通り越し、夜明けの時間が迫っていた。  
「ああっ!いけない!もうこんな時間!」  
「体力保持の点から見ても、そろそろ眠った方がいいですね。」  
「遅くまでごめんなさい。それじゃ、わたくしはこれで…。」  
「部屋まで送りましょうか。いくらあなたでも、学園外での一人歩きは危険です。」  
「ありがとう。それじゃ、お願いできますか?」  
細かい気遣いも欠かさないノームに、セレスティアはさらなる好感を抱く。  
そして自分の部屋まではノームと一緒にいられることに、大きな喜びを感じていた。  
 
が、部屋の外に出ると思いがけない光景が展開されていた。  
「あ。」  
「あっ!」  
「あら?」  
なぜか、フェアリーの部屋からクラッズとフェアリー。フェルパーの部屋からドワーフとフェルパーが出てきていた。  
セレスティアも人のことは言えないが、どうも様子がおかしい。  
フェルパーは思いっきり狼狽した顔。ドワーフはフェルパーの影に顔を隠している。  
クラッズはいたずらを見つかった子供のように舌をペロッと出し、フェアリーは『あーあ』とでも言いたげな顔である。  
「皆さんも、何かお話してたんですか?」  
「え……あ………うん…。」  
まるで初めて会ったときのようなフェルパー。ドワーフに至ってはフェルパーの影に隠れたまま、出てこようとしない。  
「まぁ…ね〜。話もした…かなあ。あははは。」  
クラッズも妙に歯切れが悪い。  
「?」  
セレスティアは状況がまったく飲み込めず、きょとんとした顔で4人を見ている。  
が、そこでフェアリーが口を開いた。  
「まぁったくさ〜。こんな時間まで男と女が一緒にいるっつったら、やることは一つに決まってんでしょ〜?」  
「ちょ、ちょっとフェアリー!」  
「???」  
その言葉の意味がまったくわからず、セレスティアは首をかしげる。その様子に呆れたのか、フェアリーは大きなため息をついた。  
「あーもう!ほんとに純粋な天使ちゃんなんだから!つまり、ヤッてたの!セックス!性行為!わかった!?」  
「え…ええええええ!?」  
セレスティアにしてみれば、とても信じがたいことだった。この二組がお互い好意を持っているのはわかっていたが、  
まさか自分のすぐ側でそのような行為にまで及んでいるとは、とても考えられなかったのだ。  
「あーあ、言っちゃった。」  
「っ…。」  
だが、頭を掻きながらまた舌を出すクラッズ、真っ赤になってうつむくフェルパー、全身の毛が逆立ったドワーフを見る限り、  
どうやら本当らしかった。  
「確かに、そのようですね。彼等の態度を見る限り、フェアリーさんの言葉通りでしょう。」  
「そ、そんな…あぁ…。」  
とても受け入れがたい現実に、セレスティアの精神は追いつけなかった。  
追い討ちのようなノームの言葉を聞きながら、その意識はすぅっと遠くなっていった。  
 
目を開けると、宿屋の天井が見えた。きちんとベッドに寝かされ、布団まで掛けられている。  
「気がつきましたか。」  
ノームの声。セレスティアは必要以上にビクッとしてしまう。  
「ノ…ノームさん、ここは…。」  
「僕の部屋です。突然失神したので、みな驚いていました。」  
なるほど、驚くだろう。失神した自分自身、驚いている。  
「いかがですか。落ち着きますよ。」  
そう言って、ティーカップを差し出すノーム。中からはラベンダーのいい香りがする。  
「ありがとう…いただきます。」  
若干震える手でそれを受け取り、そっと口をつける。一口飲んで息をつくと、心が少しずつ落ち着いていく。  
ハーブティーを飲み終える頃には、ようやく事態を正面から見られるだけの落ち着きを取り戻していた。  
「わたくし…ちょっとショックです。まさか、みんながあんなことしてたなんて…。」  
「歳若い男女です。それに、僕達はずっと一緒で、命を預ける仲間同士です。不思議なことではありません。」  
「でもっ!……そうなん…ですけど…。」  
「あなたは、彼等を責めたいのですか。」  
その質問に、セレスティアは答えられなかった。  
「不純異性交遊、という言葉もあります。その言葉を使えば、彼等を責めることもできるでしょう。  
だけど、相手を大切に思い、またいとおしく感じ、それらの結果、あるいは確認として、  
そのような行為に及んだ彼等には、あまり適さない言葉でもありますね。」  
淡々と話すノーム。今のノームからは、いつも当たり前のようにあった身近さを感じることは出来なかった。  
「それに生殖は、一般的な生物であれば誰しもが人生の目標の一つとして掲げるでしょう。子孫を残し、育てること。  
それは一般的な生物であれば、極当たり前の欲求です。」  
「で…ですけど……あんまり軽々しくそういう行為を行うのは、良くないです!」  
何とか見つけ出した反論も、ノームは意に介さなかった。  
「軽々しく、と言いますが、では軽々しくない行為とは、どんなものですか。」  
「え…。」  
「まして、僕とあなたを含め、命を預ける仲間同士です。その相手を大切に思うこと。  
また、叶わぬとしても子孫を残したいと思うこと。その思いの結果としての行為を、あなたは軽々しいと責められますか。」  
諭されてるような、叱られてるような、何だか微妙な気分になるセレスティア。もはや反論などできようもなかった。  
「まあ、性的な行為には、大きな快感がつきものです。むしろそちらが目的ということも十分考えられますね。」  
「じゃ…やっぱり、軽々しくそういうことしてるってことじゃないですか。」  
「そうですね。でも、面と向かって言わない方がいいでしょう。  
皆さんを傷つける恐れもありますし、フェアリーさんが黙っていないでしょうからね。」  
確かに、そんなこと言ったら猛烈な勢いで言い返されそうだった。しかも、絶対そっち方面でいじられるに決まっている。  
「ともかく、もうゆっくり休んだ方がいいでしょう。今日はハウラー湖まで行きますから、体力が持ちませんよ。」  
「そう…ですね。そうします。」  
「ベッドはそのまま使って結構です。僕は、椅子があれば十分ですから。」  
「いえ、そういうわけには…!」  
言いかけたものの、不意に振り向いたノームの顔に、セレスティアは言葉を止めた。  
相変わらずの、無表情。なのに、なぜかはっきりと感じる悲しみに似た感情。  
「セレスティア。あなたがそこまで躍起になる理由、僕には理解できない。  
そしてクラッズさんやフェアリーさん、フェルパーさんやドワーフさんの気持ちもまた、理解できない。」  
「え…それは、どういう…?」  
だが、ノームは答えなかった。胸の上で手を組み、まるで死んでいるかのように眠り始めていた。  
セレスティアは追及を諦め、横になる。が、どうもノームの言葉の一つ一つが耳から離れない。特に最後の言葉が、非常に意味深である。  
しかし、考えてわかるものでもない。目を瞑っているうちに、いつしかセレスティアも眠りに落ちていた。  
 
翌朝、一行は非常に気まずいムードのまま旅を続けることとなった。  
フェルパーは借りてきた猫状態だし、ドワーフもいつもの覇気がない。クラッズはそんな二人に話しかけるが、大体空回りに終わる。  
フェアリーは大体いつもどおりだったが、口数はやや少ない。セレスティアは話せる気分でもなく、ほとんど無言であった。  
が、そのパーティを徐々に引き戻したのは、ノームであった。一体何が気に入ったのか、昨日入手したあぶないパンツを穿いていたのだ。  
上は第一ボタンまで留めてある、堅苦しいぐらいの制服。下はとてつもなくきわどいパンツのみ。おまけに無表情。ほとんど変態である。  
いくら気まずい雰囲気だとはいえ、どうしてもそれを見ると笑いがこみ上げる。皆最初こそ我慢していたものの、それもすぐに限界がきた。  
「…ぶっはっはっはっは!ノームやめてー、お腹痛い!!!」  
真っ先に噴き出したのはフェアリーだった。それを合図に、耐えられなくなった他の面々も一斉に笑い出した。  
「あっはははは!!やば…ノーム、お前さいこー!だっはっはっはっは!!!」  
「ひ〜!お腹苦しいよ〜!」  
「あははははっはっゲホッゲホ!!!ノーム…それ……あげる…!あはははははは!!!」  
「…どうしました。」  
一向に気にする様子のないノームの言葉。そのおかげで、余計にみんな笑い出す。  
「お前っ…それ、なんでお前が…あっはははは!!!」  
「丈夫さにおいては、今まで穿いていたズボンに劣りますが、回避や命中においてはこちらの方が優れています。」  
時に、ノームは理論的過ぎる。なので、決して間が抜けているというわけではないのだが、どこかずれている節がある。  
「ひぃ〜!お腹が…!ほっぺたがっ…!」  
「だからって………ハァハァ…普通、そんなの穿くぅ!?普通は無理…あはははははは!!」  
「あー、おっかし!でもさ、交易所着く前にちゃんとズボンに穿き替えてよね。  
じゃないとあたし達まで変態だと思わ…ぶっ!やっぱダメー!まともに見られないー!!!」  
「変態と言いますが、別に下を完全に脱いでいるというわけでもなく、そもそも僕の体は依代である人形です。  
性器なども元々作られてはいませんし、その言葉は当てはまらないかと思いますが。」  
「いや、立派な変態だってば。そんな格好で交易所なんか行ったら…く…ダメだぁ!想像したら…あっははははは!!!」  
笑い転げる4人。おまけに、その後出会った駆け抜ける風の盗賊までが、挨拶して立ち去り際に噴き出した。  
その辺りになると、もう一行はほとんどいつもの雰囲気を取り戻していた。  
ただ唯一、セレスティアだけはやはり無言だった。  
結局、セレスティアだけはハウラー湖交易所の宿泊所まで、ろくに喋らないままであった。  
 
その夜、セレスティアはまたノームの部屋に向かった。どうしても、昨日の言葉が気になったのだ。  
いつものように、無表情に彼女を迎えるノーム。ノームが淹れたお茶を飲みながら、セレスティアは最初の言葉を探した。  
「昨日、僕が言ったことが気になるのですか。」  
言葉を探し終える前に、ノームが先制した。セレスティアは黙って頷く。  
いつもなら、すぐに返答するはずのノーム。だが、ノームはなぜか返事をしない。  
「ノーム…さん?」  
「僕達ノームは、通常アストラルボディしか持ちません。」  
突然関係のない話が始まり、セレスティアは困惑した。だが、ノームは構わず続ける。  
「精神だけの存在であり、あなた方のように肉体を持ちません。  
人形を依代とすることにより、現世に影響を及ぼせるようにはなります。しかし、だからといってあなた方とは違う。」  
話の筋が見えないことに困惑しつつも、セレスティアはじっと耳を傾ける。  
「例えば、僕達には痛みがありません。もちろん、概念として、また感覚としてはあります。しかし、あなた方のものとは違う。  
痛みそれ自体が魂を殺すことはなく、また痛みが行動を阻害することもありません。  
僕達の痛みとは、ただ依代へのダメージを表すだけの感覚。  
故に、腕をもがれようと、体を切り裂かれようと、『痛い』それだけなのです。」  
そんな違いがあるとは夢にも思わなかったセレスティアは、驚きを隠しきれない。だが、ノームはやはり構わず続ける。  
「味の概念もあります。匂いの概念もあります。しかし、それらはやはりあなた方とは大きく違うものなのです。  
理論では理解できる。ラベンダーは精神を落ち着け、カモミールは安らかな眠りをもたらす。そういったものはわかります。  
しかし、それらを感覚として理解することは出来ない。」  
そこで初めて、セレスティアはノームの悲哀を悟った。  
パーティとして共に戦ってきたこれまで、彼は何一つ仲間と感覚を共有できなかったのだ。  
「僕は彼等が羨ましい。あれほどまでに深く心を共有することは、僕には永遠に望めないことです。もちろん、感覚も。」  
そこまで言って、一度ノームは言葉を切った。  
「でも、セレスティア。僕が本当に羨ましいのは、彼等が一点の曇りもなく『好き』と言えることです。」  
「え?」  
「ノームには生殖機能もありません。誰かと連れ添うこともありません。『好き』になる必要など、一切ないのです。  
だからこそ、僕達は誰とでも付き合える。だからこそ、『好き』という言葉を出すことが恐ろしい。」  
うつむくノーム。無表情であるが故、その行為によって悲哀が強くにじみ出ている。  
「例え僕が誰かを『好き』であったとしても、僕の『好き』は同じ『好き』なのでしょうか。  
痛みも匂いも何もかも、あなた方とは違う世界にいる。  
その僕達が感じる『好き』があなた達と同じ『好き』である保障は、どこにもない。」  
抑揚のない声で一気にまくし立てると、ノームは言葉を切った。さすがに、ここまでの話を聞くとセレスティアにも薄々理解は出来た。  
 
彼は恐れていたのだ。自分の中に生じた感情が、相手のものと違うかもしれないということに。  
だからこそ、こんな回りくどい言い方をしなければ伝えられなかった。  
「……わたくしには…きっと、あなた方の哀しみを理解することはできません。」  
真っ先にそう言った。しかし、すぐに言葉を続ける。  
「だけど、例え人形の体であったとしても、体を魂の器としてみるなら、わたくし達も同じです。  
それに本来、あなた方は好きになる必要がないのでしょう?それでも、あなたはその感情を抱いている。」  
セレスティアは立ち上がると、そっとノームに抱きついた。  
相変わらずのポーカーフェイスだが、困惑しているらしいことはすぐにわかる。  
「それならば…その感情が、わたくし達と違うはずはありません。」  
ノームはしばらく動かなかった。が、やがておずおずと手を伸ばし、セレスティアの腕に手を触れた。  
「その優しさ、その美しさ。あなたの全てが『好き』だった。しかし、この感覚が否定されるのが、何より恐ろしかった。」  
「否定なんてしません。それに、わたくしもあなたのこと、好きだったんですよ。」  
そう笑いかけると、ノームはしばらく無表情にセレスティアを見つめた。そしていきなり立ち上がると、強くその体を抱きしめた。  
しばらくの間、二人はそうしていた。が、やがてノームが口を開いた。  
「セレスティア。些か卑怯な願いを聞いてもらえますか。」  
「はい?」  
ノームは少し体を離すと、セレスティアの顔をまっすぐ見つめた。  
「愛情の確認としての性行為があるなら、僕はそれを試してみたい。」  
無表情かつ今まで生殖が必要ないと言っていたノームの不意打ちに、セレスティアは思いっきりうろたえた。  
「もちろん、あなたが嫌ならそれは求めない。」  
「………もう…最初に断ればいいってものじゃないですよ。」  
セレスティアは顔を真っ赤にしながら答える。  
「先にあんなこと聞かされてたら…断るわけにいかないじゃないですか。」  
「すみません。」  
「でも、その…あんまり、変なことしないでください…ね?」  
「努力します。」  
 
ノームはそっと、セレスティアに顔を近づける。セレスティアはそれに目を閉じて応える。  
そっと触れあうだけの、優しいキス。それを何度か繰り返し、セレスティアの緊張が多少解れたのを見計らって、ノームは舌を入れた。  
セレスティアは少し驚きながらも、その舌に自分の舌を絡ませる。  
一切の湿り気のない、異様な感触。舌自体も、柔らかい材質ではあるようだが、いわゆる自分達のような『舌』とは違う。  
それでも、それはノームの舌には違いない。今のセレスティアにとっては、それだけが大切だった。  
キスの感触にも慣れ始めた頃、ノームはそっとセレスティアの制服に手を掛けた。思わず、そこに自分の手を重ねてしまうセレスティア。  
「嫌ですか。」  
「う…ううん、びっくりしただけ…です。」  
ゆっくりとボタンを外すノーム。一つボタンを外されるたび、セレスティアの鼓動は速くなる。  
やがて全てのボタンが外され、制服を脱がされると、赤く染まった白い肌と、下着に包まれた胸が露になる。  
「あ…あの…。」  
「何でしょう。」  
「その……そんなに見られると、恥ずかしいです…。」  
「なら、明かりを消しましょうか。」  
ランプに手をかざし、出来る限り手加減したアクアを唱えるノーム。  
明かりが消えると同時に、ノームは不意にセレスティアの体を抱き上げ、ふわっと宙に浮いた。  
そのまま少し後ろに下がると、セレスティアを優しくベッドに横たえる。やはりこんな時でも、細かい気遣いは欠かさない性格らしい。  
赤ちゃんのように、両手を口元に当てて握るセレスティア。そんなセレスティアの胸に、そっと手を伸ばすノーム。  
「んっ…!」  
腕がかなり邪魔そうではあるが、それをどかせることもなく、ノームはただ優しく胸を揉みしだく。  
セレスティアは声を出すのが恥ずかしいのか、いっそう小さく縮こまりながら、目と口をぎゅっと閉じ、ひたすら荒い息をついている。  
不意に、ノームの手が胸を直に触る。驚いて目を開けると、いつの間にかブラジャーを外されていた。  
「ノ…ノームさんっ…!」  
「すみません。しかし、あなたを直に感じたかった。」  
本音か建前か、ともかくもセレスティアの非難をかわすと、その整った形の胸をそっと口に含んだ。  
「あんっ!…ふぅ…ん…!」  
右手では胸を優しく揉み、舌で小さな乳首を転がすように舐める。今まで感じたこともない、大きな快感。  
「んっ…あっ!はぅ…!」  
さすがに我慢しきれず、セレスティアは何度も声を上げる。ノームはさらに続けようとしたが、ふとセレスティアが頭を押してくる。  
それにはっきりした抵抗の意を感じると、ノームはすぐに体を離した。  
 
「どうしました。」  
「その…できれば、ノームさん…も、服脱いでください…。あっ、でも上だけでいいですっ!し…下はそのままでいいので…。」  
「なぜです。服を脱いだところで、僕の体は…。」  
「いいんですっ!気分の問題なんですっ!」  
一瞬躊躇うような素振りを見せたが、ノームは言われた通りボタンを外し、制服を脱ぎ捨てる。  
やや細めの、しかしそれなりに整った形の、『よくできた』体。セレスティアは体を起こすと、その胸に手を触れる。  
「セレスティア…」  
「少し…じっとしててください…。」  
そっと、その胸に頬を寄せる。体温もなく、鼓動すら感じられないその体。  
しかしそれは、例え依代であるにしても、確かにノームの体だ。  
「暖かい…です。」  
「血も通わない、この体がですか。」  
「例え血が通っていなくても…あなたの暖かい心は、感じられます。」  
「…ありがとう。」  
ノームはセレスティアを抱きながら、背中に回した手を少しずつ下にずらしていく。  
「きゃっ!?」  
少し油断していたセレスティアは、つい小さな悲鳴を上げてしまう。  
「すみません、驚かせてしまいましたか。」  
「あ、いえ…いいんです。その……続け…て……いい…です…。」  
ついつい口ごもってしまうセレスティア。  
自分から相手に続けていいという意思を伝えることすら、彼女にしてみれば自分からおねだりするほどの羞恥心を覚えさせる。  
ノームの手が、また少しずつ下がっていく。背中を撫で、腰をなぞり、そして誰にも触らせたことのない場所を、そっと撫でる。  
「あ…あぁぁ…!」  
ふと、ノームはセレスティアの異変を感じて手を離した。  
セレスティアは耳まで真っ赤にし、ノームの体にしっかりとしがみついてブルブル震えていた。  
極度の恥ずかしさと緊張と、これからの行為の不安で、錯乱しかかっているように見える。  
「安心してください。僕は、あなたを傷つけはしない。」  
抑揚のない声で言うノーム。だが、顔も声も無表情ではあっても、その優しさはしっかりと感じられた。  
「…は…はい…。」  
ほんの少し落ち着いたセレスティア。ノームはその顔を上げさせると、再びキスを交わした。  
 
そのまま、再びセレスティアの秘所に手を伸ばす。ピクンとセレスティアの体が跳ねたが、今度は手を離しはしない。  
そしてセレスティアも、それを拒絶しない。  
既にそこはこれまでの前戯で熱を帯び、僅かではあるが湿っていた。  
「んうっ!…うぅっ!」  
キスで口を塞がれたまま、セレスティアは敏感に反応する。ノームは口を離すと、残ったスカートとショーツを脱がせにかかる。  
セレスティアは特に抵抗もせず、ただ両手で顔を覆ったまま全身を紅潮させていた。  
その姿を見たら、普通の男子なら到底我慢できないだろう。  
「きれいですよ、セレスティア。」  
そう言われると、セレスティアの体がより一層赤みを増す。それが上辺だけの言葉や手練手管ではなく、本心であればなおさらだ。  
ノームはそっと、右手をセレスティアの秘所に伸ばす。  
「んんっ…!」  
軽くなぞるだけでも、羞恥と快感の入り混じった声を上げるセレスティア。指先をわずかに曲げ、ほんの少しだけ指を挿入してみる。  
「痛っ!」  
「すみません、乱暴でしたね。」  
涙を浮かべ、不安そうな顔でノームを見上げるセレスティア。お詫びの意味を込めて、その不安そうな顔に口付けをする。  
また少し落ち着いたのを見計らい、ノームは口を離し、今度はセレスティアの秘所に顔を近づける。  
「ノ、ノームさん…!あっ!?」  
そっと、傷つけたかもしれない箇所を舐め上げる。途端に、セレスティアの体が跳ね上がる。  
「ノームさんっ…そんなところ、汚い…!あん!」  
「いえ、清潔ですよ。」  
「そういう意味じゃなくて…ひゃう!」  
かなり恥ずかしがってはいるものの、快感は非常に大きいらしい。そう判断したノームは、さらに丁寧に舐め始める。  
「ああん!ノ…ノームさ…あっあっあっ!!だ…ダメ…ですよぅ…!」  
セレスティアは激しく喘ぎ、必死にノームの頭を抑える。快感も確かに大きいが、彼女の中では羞恥心の方が僅かに勝っていた。  
ノームもそれを感じ取り、体を起こしてセレスティアを見る。  
紅潮した体。荒く切れ切れの呼吸。それらすべてが、セレスティアの限界が近いことを物語っている。  
 
「ノーム…さん。」  
消え入りそうな声で呼ぶと、セレスティアはおずおずと両手を差し出した。その意図を汲み、ノームはそっとセレスティアと胸を重ねた。  
その体に、セレスティアはぎゅっとしがみつく。  
胸に伝わる、激しい鼓動。熱い体温。肩にかかる吐息。  
その全てに、今まで感じたことのない感情を覚える。  
「セレスティア……好き…です。」  
「ノームさん…わたくしも……好きです…。」  
右手を、そっと秘所に差し込み、左手ではセレスティアの背中をしっかりと抱きしめる。  
「んうっ!あっぅっ!」  
さっきまでは全ての侵入を拒んでいたところが、今は指を押し当てるだけで吸い込まれるようになっている。  
痛みを感じないように、ノームは浅く指を入れる。  
それだけでも、セレスティアの体は大きな反応を示す。だが、ノームはさらに親指で小さな突起を撫で始めた。  
「あうっ!やだっ…ノームさん!そんなっ!ふあぁっ!」  
今までにないほどに跳ね上がる体。それでも、お互い離れまいとするように、しっかりと抱き合う。  
「ダメっ!もう、ダメっ!なんかっ!頭っ…ふわってっ!…やだぁっ!」  
これまで感じたこともない感覚に怯えるセレスティア。その体を、ノームが痛いほどに抱きしめる。  
「大丈夫。僕は、あなたを傷つけない。」  
未知の感覚に対する恐怖と、大きすぎる快感。  
その渦の中に投じられたノームの言葉にすがりつくように、セレスティアもノームを強く抱き返す。  
「離さっ…ないで!怖いのっ…ノーム…あ……あっ!!ああああああっ!!!!」  
一際大きな声で叫び、紅潮しきった体を弓なりに反らすセレスティア。  
その体がガクガクと痙攣し、苦痛とも快楽とも取れないような表情を浮かべる。  
「あああ…あ…ぁ…。」  
やがて、今まで強張っていた体がぐったりと弛緩し、セレスティアは吐息と共に絶頂の余韻のような声をこぼす。  
負担にならないように、ノームはセレスティアのから離れ、隣に寝る。相変わらず、左手ではセレスティアの体をしっかりと抱いている。  
やがて、ぐったりしていたセレスティアが、とろんとした目を開ける。  
「大丈夫ですか?」  
「…はい。」  
「何となくですが、なぜ愛情の確認としてこのような行為をするのか、理解できました。」  
余韻もへったくれもないノームの言葉。だが、セレスティアにそれを責める気は起こらない。  
「相手を大切にし、なおかつ快感を与える。自分のことだけ考えていては、決して為し得ない行為。  
それはまさしく、相手を『好き』でなければできない行為。だからこそ、愛情の確認として性行為が行われるのですね。」  
「ん〜…そんなに小難しいことじゃないと思いますけど…でも、そうなのかな。」  
少なくとも間違ってはいない気がする。しかし、今のセレスティアにそんなことを考える力は残っていない。  
 
「わたくしは…行為そのものより、今こうして、あなたが抱きしめていてくれるのが幸せです。」  
「僕も、あなたがこうして隣にいることが嬉しい。」  
それ以上、交わすべき言葉はなかった。できることなら、このまま眠りに落ちたかった。だが、そういうわけにもいかなかった。  
「…もうすぐ、夜が明けます。このままここにいては、明日の朝慌てることになります。」  
「そう…ですね。……あ、あのっ!」  
「なんでしょう。」  
誰が聞いているわけでもないのに、セレスティアは顔を真っ赤にしつつ、ノームの耳に口を寄せた。  
「また……その…こ…こういうこと、してくれますか…?」  
言い終えると、セレスティアは両手と背中の翼まで使って顔を覆ってしまった。  
「あなたが望むなら。」  
「………あり………が…とう…。」  
翼の隙間から、か弱い声が響く。  
「酷なようですが、そろそろ行った方がいいでしょう。もうじき、宿屋の人が起き始める時間です。」  
確かにその通りだった。セレスティアはだるい体を何とか起こし、一つずつ服を身に着けていく。  
幸い、ノームがすぐに脱がせていたため、汚れらしい汚れはついていなかった。  
部屋から出る前に、まずノームが外に出て周囲を見回した。特に人影はなく、足音も聞こえない。  
「誰もいないようです。今のうちに。」  
セレスティアは素早く出るが、どうしても離れがたい。とはいえ、行かなければ誰かに見つかってしまう可能性がある。  
「それじゃ、ノームさ…」  
「あれ、セレスティアとノームじゃない。」  
突然の声に、セレスティアの体がビクンと跳ね上がる。  
「フェ…フェアリーさん!?」  
「なぁによ?そんなにあたしが不潔に見えるわけ?」  
セレスティアは思わずノームに非難の眼差しを向ける。  
「すみません。足音が聞こえなかったので、油断したようです。」  
ノームが、セレスティアにしか聞こえない小さな声で答えた。  
「また飽きもせず、朝までお話?ほんと、育ちのいい天使ちゃん…んん?」  
いきなり、フェアリーはノームに近づくとその手の匂いを嗅いだ。そして素早く離れると、ニヤーっと意地悪な笑みを浮かべた。  
「あら〜?お話してたのかと思ったら、お人形さん遊びしてたんだぁ。あ、お人形さんと遊んでた、の方が正しい…。  
いや、遊ばれてた、かな〜?」  
「ななななな何の話ですかっ!?」  
「隠しても無駄無駄。だってさ〜、ノームの手についた匂い。経験のある女の子なら、知らないわけないもんねー。」  
たちまち、セレスティアの顔が真っ赤に染まる。  
「うっわー、意外〜。さっそくクラッズに教えてやろーっと。」  
「や、やめてくださいっ!!!」  
「なぜ、止めるのですか。」  
ノームの言葉に、セレスティアは信じられない気持ちで振り向いた。  
 
「な、なんでって…!」  
「恥ずかしいからですか。」  
「あ、当たり前じゃないですかっ!ノノノ、ノームさんは恥ずかしくないんですかっ!?」  
「いえ、恥ずかしいです。」  
「じゃあなんで聞くんですかっっ!!!」  
思わず声を張り上げるセレスティア。だが、ノームは表情を変えずに答えた。  
「よかった。やっとあなたと、同じ感覚を共有できた。」  
「あ…。」  
その時、ノームは確かに笑った。その顔に、セレスティアは気勢を殺がれてしまった。  
が、振り向くとフェアリーがいない。  
「あっ!フェ、フェアリーさんはどこ行きました!?」  
「あっちに飛んで行きました。恐らく、クラッズさんの部屋に向かったものと思われます。」  
そう言うと、無表情に戻ったノームはポジショルを唱えた。  
「…幸い、まだ到着はしていないようですね。」  
二人は、お互いに顔を見合わせた。  
「止めに行きますか。」  
「当たり前ですっ!」  
「では、急ぎましょう。」  
その言葉を合図に、凄まじい勢いで廊下を飛んで行くセレスティアとノーム。  
その後、なぜか廊下で魔法にでもかけられたように眠りこけているフェアリーが見つかったことと、  
なぜか朝からセレスティアが疲労しきっていたことについて、パーティの全員が不思議がった。  
だが、フェアリーは何を聞かれても、なぜかノームを困ったように見るだけで何も答えず、セレスティアも何一つ話さなかった。  
そしてもう一つ。どことなく、ノームの雰囲気が今までより明るく感じられるようになっていた。  
相変わらずの無表情ではあるのだが、なぜかそう感じられるのだ。  
 
変化しないはずの人形の心。人間らしさに憧れ、しかしそれを得ることは決してないはずだった。  
天使との出会いが、それを変えた。善き心を持った人形は、善き天使との出会いによってそれを得た。  
そんな、どこかで聞いたことのある御伽噺のような、一つの学園での物語だった。  
 

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