冒険者がパーティを組むのと同じように、モンスターも大抵は群れで現れる。普通、パーティの人数よりも多い群れと戦うときは、  
どんなに熟達した冒険者とはいえ、多少なりとも死の覚悟をする。  
今、二人の冒険者を囲むモンスターの群れ。その数は軽く10を超え、たった二人のパーティをすっかり包囲している。  
その群れを、不敵かつ傲岸不遜な目で睥睨するバハムーンの男。腕には何の武器もなく、服装もかなりの軽装だ。  
しかし、その目は自信に満ち溢れ、むしろこの状況を楽しんでいるようにすら見える。  
その後ろを守る、バハムーンとは対照的に、重装備に身を固めたドワーフ。鎧兜に身を包み、フレイルと盾を構える姿は、一見すると  
戦士のように見える。しかし、そのフレイルはスターダスト、盾は魔法の盾。両方とも、戦士には扱えない物だ。  
モンスターが二人に襲い掛かる。バハムーンはそのすべての攻撃を鮮やかにかわし、それどころかカウンターを叩き込み、たった一撃で  
敵を殴り倒していく。  
一方のドワーフはシャイガンを詠唱し、後ろでバハムーンを狙う敵を葬り去る。敵からの攻撃はその重装備で弾き返し、隙を見ては  
フレイルで殴り倒す。  
結局、二人は手傷も負わずに、その群れを殲滅してしまった。動くものがいなくなると、バハムーンはドワーフに声をかけた。  
「さすがに、お前もだいぶ息を合わせるのがうまくなったな。」  
ドワーフは思い切り顔をしかめ、バハムーンを睨みつける。  
「くっそー、てめえと息なんか合わせたくねえのによ!」  
「はっはっは、そう照れるな。」  
「照れてんじゃねえよ、ボケっ!このトカゲ野郎!くそ、てめえなんかほっとけばよかった!」  
「照れ隠しとは可愛い毛玉野郎だ。あとでじっくり可愛がってやる。」  
「黙れ、ホモ野郎!」  
何か言い返そうとしてやめ、楽しそうに笑うバハムーン。それを忌々しげに睨み付けるドワーフ。  
 
探索を終え、学園に戻ると学食に向かう二人。その周りは大量の食品と空席に囲まれている。が、学食が空いているわけではない。  
二人は既に、ランツレートでは結構有名なカップルだった。バハムーン自身が、既に要注意人物として有名だったのだが、  
それを知らないドワーフがバハムーンに『食べられて』しまい、挙句に無理矢理その彼氏とさせられてしまったのだ。  
他の男子生徒の大半は、自分への被害の心配がなくなってホッとしていた。たまに本気で嫌がっているように見えるドワーフに対して、  
同情を寄せる者も少なくはないが、時には非常に息の合った掛け合いを繰り広げるため、本気で同情する者はさほどでもない。  
「その肉、食わないのか。もらうぞ。」  
「あ〜っ!!楽しみに取っといたのにっ!!!」  
「なんだ。なら早く言え。」  
そう言いながら、実においしそうに肉を咀嚼し、ごくりと飲み込む。  
「言う前に食ったじゃねえかっ!畜生!オレの肉返せっ!!」  
「そうか。もう飲み込んでしまったが、まあ返せないことも…」  
「うおおっ、やめろてめえ!!!やっぱいいっ!返さなくていいっ!!!」  
「まったく、なら最初から返せなどと言うな。」  
「……いつか殺す…!」  
ドスの利いた声で言うと、不意に席を立つドワーフ。  
「ん、どこに行くんだ?」  
「トイレだよ!いちいち断らなきゃいけねえのかよっ!?」  
「なるほど。今夜に備えて準備しておいてくれるというわけか。」  
ドワーフはバハムーンの後ろに立つと、無言で頭頂部に頭突きを食らわせた。賑やかな学食の中に、ゴッと鈍い音が妙に鮮明に響く。  
さすがに相当効いたらしく、バハムーンは頭を抑えてブルブル震えている。ドワーフは額を擦りつつ、大股でトイレに向かう。  
男子トイレに入ると、ドワーフは誰もいないことを確認して個室に駆け込んだ。  
パンツを下ろし、便座に腰掛ける。その股間に、本来男が持っているはずの物はない。  
用を足してその部分を拭く時が、一番嫌いな瞬間だった。その時ばかりは、嫌でも自分が女であることを実感してしまうからだ。  
男の格好をし、実際に心も男のものだ。しかし、体だけはどうあがいても女。それを見せ付けられるたびに、ドワーフは悲しくなる。  
「まともな男だったら、オレだって…。」  
思わずそう呟いて、ドワーフは暗澹たる気持ちになった。まともな男だったら女の子と何気兼ねなく付き合えるだろうが、それ以上に  
あのバハムーンが狂喜乱舞しそうだ。少なくとも、男であろうと女であろうと、この現状は変わらなかっただろう。  
そう考えると、何だか無性に腹が立ってくる。  
 
「あーっ!畜生が!!」  
トイレのドアを、思い切り蹴り開ける。と、さっきの頭突きにも負けないような、ゴツッと鈍い音が響いた。  
「んお?」  
ドアの後ろを覗く。そこには床に広がりつつある真っ赤な水溜りと、鼻を押さえてうずくまるヒューマンがいた。  
「ああああぁぁぁぁっ!ご、ごめんっ!大丈夫か!?」  
「うぅ……開ける時は、気を付けろ…!」  
「ごめん!ほんとごめん!あ、傷見せて!オレ、僧侶だから!」  
鼻が曲がっている。思った以上に重傷だった。  
「ほんと、ごめん!ちゃんと治すよ!」  
その鼻に手を当て、メタヒールを詠唱するドワーフ。さすがにその効果は目覚しく、出血も止まり、曲がっていた鼻も元通りになる。  
「これでよし。……けど、ほんっとにごめんな。お詫びに何か買うよ。」  
「ああ、いや。気にしないでいいよ。ちゃんと治してくれたし。」  
「いや、それじゃオレの気が済まないからさ。じゃ、せめてこれで好きなの買ってくれよ。」  
そう言って、1000Gほどを渡すドワーフ。ヒューマンは少し迷ってから、その金を受け取る。  
「なんか、逆に悪いね。……ところで、君もしかして、あの例のバハムーンの…?」  
「げっ…!い、言うな言うな!」  
「ああ、やっぱそうなんだ。」  
「ああもう畜生!なんでオレ、こんな有名人に…!」  
泣きたい気分になりつつ、ドワーフは大きなため息をつく。が、ヒューマンはハハッと笑った。  
「まあまあ。好かれるっていうのは、悪いことじゃないだろ?」  
「相手によるだろー!お前はあいつに好かれて嬉しいかよー!?」  
「そうだね、まったく嬉しくないね。」  
「おいっ!」  
「ははは、ごめんごめん。でも、友達が出来ないよりはマシ……じゃないか?」  
「はぁ……気遣いだけ、ありがたく受け取っとくよ。」  
その時、ドワーフの頭にピンと来るものがあった。  
元々、バハムーンとは『ドワーフに友人が出来るまでの関係』という約束があった。もちろん、それが絶望的なのを承知で突きつけてきた  
条件なのだろうが、あのバハムーンの性格上、約束を破ることはしないはずだ。  
「な、なあ。怪我させた上に、こんなこと言えた義理じゃねえと思うんだけど…。」  
「ん?」  
「あ……あのさ、よかったらフリだけでもいいから、友達になってくんねえかな?」  
「それはいいけど……どうして?」  
「オレだって、あいつといたくているわけじゃねえんだよ。だから、さ。……あ、大丈夫!お前には迷惑かけないから!」  
さすがにヒューマンは少し迷ったようだったが、すぐに笑顔を返した。  
「わかった。なんかよくわからないけど、困ってるときはお互い様だからね。」  
「マジで!?やった!」  
これでようやく、あの変態野郎から離れられる。そう考えると、ドワーフの顔は自然と笑顔になった。  
 
「たっだいまー。」  
どことなく浮かれた声が聞こえ、バハムーンは顔を上げる。そこにはドワーフと、見慣れないヒューマンが一人立っていた。  
「……そいつはなんだ?」  
「い、いきなり失礼な事言うなよ!……で、何だと思う?」  
何となく、意地悪な感じのするドワーフの笑顔。バハムーンは表情を変えない。  
「友人、か?」  
「そっ!初めての、まともな、ね。」  
「君の事はよく聞くよ。まあ……よろしく。」  
ヒューマンの言葉にも、眉一つ動かさないバハムーン。さすがに、ドワーフは少し不安になった。  
「……おい、何とか言えよ。」  
「……いや、特に言うこともなかろう?めでたいことじゃないか。」  
予想とはだいぶ違う答えに、ドワーフは内心不思議に思った。  
「えー、まあ俺はまだ飯食ってないし、そろそろ…。」  
「あっ、ごめん!そういやそうだったっけ!」  
「いやいや、いいんだ。それじゃ、またあとで!」  
笑顔で手を振り、昼食を取りに向かうヒューマン。その姿が見えなくなると、バハムーンは不意に席を立った。  
「お、おい、飯は…!?」  
「もう食った。」  
「食ったって……まだ残ってるぞ?」  
「いい、構わん。俺は部屋に戻る。お前は適当にしてていいぞ。」  
「あ……ああ。どうも。」  
何だか、さっきから何もかもが予想外だった。もうちょっと疑われるかとか、もっと残念そうな顔をするとか、  
あるいは逆切れでもするかと思っていたのに、これでは何だかドワーフがバハムーンをいじめたみたいに感じてしまう。  
「……ま、いっか。」  
とりあえずバハムーンと自分の食器を片付けると、ドワーフはヒューマンのいる席へと向かって行った。  
 
ヒューマンは面白い相手だった。それなりに熟達した冒険者で、戦士学科を経由して、今は魔術師学科を習っているらしい。  
話も面白く、一緒にいて飽きるということがない。そのため、ドワーフが寮に戻ったのはだいぶ暗くなってからだった。  
「ただいまー。」  
「おう。」  
どことなく無愛想な返事。やはり、どうもいつものバハムーンとは違う。  
「お前……どうしたんだ?なんか、変だぞ?」  
「なんだ?心配か?」  
「ばかっ!違う!ただ……そんな調子じゃ、オレも調子狂っちまうよ。」  
「なら、いつも通りにするか?」  
そう言って顔を上げるバハムーン。ドワーフはついいつもの癖で後ずさる。  
「ま、待て!誰もそんな…!」  
「安心しろ、冗談だ。」  
「……へ?」  
「お前との約束は、俺もちゃんと覚えている。」  
ふぅ、と軽く息をつき、道具袋からおにぎりを取り出して頬張るバハムーン。  
「お前には友人が出来た。なら、俺とお前はもう彼氏の関係ではない。」  
「……そ、そう……か。」  
拍子抜けだった。思っていたより遥かにあっさりしている。こんなにバハムーンの諦めがいいとは、まったく思わなかった。  
やがて夜も更け、ベッドに入ろうとしたドワーフは、ハッとバハムーンの方に向き直った。  
「お、おい!言っとくけど…!」  
「安心しろ。夜這いなどかけん。」  
「あ……そう。」  
「お前は、もうただのルームメイトだ。それ以上でも、それ以下でもない。」  
「なら……いいんだけどよ。」  
何だか、だんだん自分が悪い事をしているような気になってくる。が、今までにされた事を考えると、これでお相子といったものだろう。  
そう思い込むことにし、ドワーフは静かに目を瞑った。  
 
その次の日から、バハムーンは実際にただのルームメイトとして振舞った。一応地下道行きのお誘いは受けたが、ドワーフは丁重に断った。  
結局バハムーンは一人で出かけ、ドワーフはヒューマンとまた会い、一緒に地下道へ行った。魔術師と僧侶という編成ではあるが、  
ドワーフは下手な戦士より遥かにタフであり、またヒューマンの魔法は強烈だった。  
日が経つにつれ、ドワーフはバハムーンのことを忘れ始めた。バハムーン自身、最近は朝晩以外にあまり会わない。  
いつしかヒューマンが相棒となり、一緒に過ごす事が多くなった。ようやく、ドワーフはまともな学生生活を取り戻した気がしていた。  
 
そんなある日、ドワーフは相変わらずヒューマンと地下道探索を終え、学食で遅い夕飯を取った。  
そして寮への帰り。ヒューマンがふと思いついたように話しかけた。  
「なあ、ドワーフ。」  
「んお?なんだ?」  
「ちょっとこっち来てみろよ。」  
そう言って、人気のない校舎裏に手招きするヒューマン。一体何だろうと思いつつ、ドワーフはそっちに向かう。  
「あのさ、ちょっとお前に聞きたいことがあってさ。」  
「何だよ?てか、こんなとこじゃなきゃ聞けないことか?」  
「んー、まあな。いや、聞く前にこれだけやっとくか。」  
「何を?」  
「これを、さ。」  
その瞬間、何かを詠唱するヒューマン。途端に、ドワーフの体が痺れ始める。  
「うあっ…!な……何……しやが…!?」  
「さーて。これで反撃の心配はないな。」  
今までの表情が嘘のように、邪悪な表情を浮かべるヒューマン。  
「て……てめえ…!」  
「んで、聞きたいことってのは簡単なことでさ。お前、女だろ?」  
「!?」  
ずっと隠していたのに、なぜそれを知っているのか。ドワーフの表情からそれを察したらしく、ヒューマンは笑った。  
「簡単なことだよ。俺は、ドワーフなんか見慣れてる。言っただろ?お前なんかよりずっと学園生活は長いってさ。」  
「ち……違う…!オレは…!」  
「違わないと思うけどな?顔も女っぽいし、声も低い声を作ってるみたいだ。ま、確認するのが一番早いよなあ?」  
「や……やめろぉ…!」  
そう言い、ドワーフのズボンに手を掛けるヒューマン。抵抗したくても、麻痺した体は言うことを聞かない。  
ベルトを外し、中のパンツごとズボンを掴むと、それをゆっくりと引き下げるヒューマン。露になったそこは、明らかに女のものだった。  
「ほーらな、やっぱり。あんなホモ野郎と一緒にいたから、しばらくは本当に男だと思ってたけどさ。ははは。」  
「く……くそぉ…!オレは、女じゃ……ねえ…!」  
「女じゃない?じゃ、これはどうなんだ?明らかに付いてないよな?」  
ドワーフの秘裂に、乱暴に指を突っ込むヒューマン。いきなりの激痛に、ドワーフは思わず悲鳴を上げる。  
「痛ってぇっ!!」  
「お?何だよ?もしかしてお前、処女か?」  
「痛い!痛い!や……やめろ…!そこは触るなぁ…!畜生…!」  
「へぇ〜。さすがホモ野郎。こっちは手ぇつけてなかったんだな。」  
意外な収穫を得たというように、ヒューマンは笑った。  
「くそ…!なんで、こんなこと…!?オレ達、友達じゃ…!?」  
「はぁ?お前が最初に『フリだけ』っつったんだぞ?だからしょうがねえから、言われたとおり『フリ』をしてやったんじゃねえか。」  
「ち……畜生……畜生…!」  
ドワーフは、ようやく手に入れたと思った友人に裏切られたショックで、涙をこぼさないようにするのが精一杯だった。  
 
「とにかく、これは俺がいただいちまっていいってことだよな。」  
その言葉に、ドワーフの全身の毛が逆立つ。  
「や……やめろぉ…!!そっちだけはダメだぁ…!!」  
「俺はホモ野郎とは違うんだ。ケツの方には興味ないっての。」  
「やめろ…!よせ…!オレは女なんかじゃ…!ちくしょぉ…!!!」  
自由にならない体を必死に動かし、ドワーフは何とか逃げようとする。だがヒューマンはドワーフの腰を持ち上げると、  
ズボンを下ろしてドワーフの秘所にモノを押し当てた。そして、ドワーフを嬲るように、少しずつ腰を突き出していく。  
「痛いっ…!痛いっ…!もうやめろぉ……もう入れるなぁ…!」  
「さすが、処女だときっついな。……お、これは到達かな。」  
ヒューマンのものが、何かに引っかかる。その瞬間、ドワーフの顔は恐怖に凍りついた。  
「や……やめろ…!やめてくれ…!」  
「んじゃ、初めては俺がもらうとするか。今のうちにさよなら言っとけ。」  
「やだ……やだ…!そんなの嫌だぁ…!誰か……誰か、助けて…!」  
「誰もいねえって。んじゃ、覚悟しろよ。」  
ヒューマンが、腰にグッと力を入れる。痛みがさらに強くなり、まさに体を裂かれそうな痛みが走る。  
だが、助けてくれる者はいない。そもそも、この学園に来てからほとんど友達などいないのだ。頼れるものなど、居はしなかった。  
「嫌だ…!嫌だ…!嫌だ…!!!オレは……オレは女じゃねえ…!」  
「そうだなあ、まだ『女』じゃないよな。今から『女』になるんだから。」  
痛みと屈辱に、ついに涙が零れる。助けが来るはずはない。だがそれでも、ドワーフは一人の名前を叫んだ。  
「嫌だぁ!!!バハムーン!!助けてくれぇ!!!」  
ほぼそれと同時。突如、辺りに炎が吹き抜ける音が響いた。  
「なっ!?あっぶね!!」  
ドワーフから離れ、ズボンを引き上げつつその場を飛びのくヒューマン。直後、ドワーフのすぐ上を、凄まじい炎が通り抜けていった。  
「あ……まさか…!」  
「手遅れにはならなかったか?」  
炎が飛んできた先を辿ると、そこには確かにあのバハムーンがいた。今まで散々嫌ってきた、あのバハムーンだ。  
「けっ!何だよ。愛する彼女の危機にご登場ってかあ?くせえ演出するなあ。」  
「黙れ、下等生物。」  
無表情に近い声。だが、そこには凄まじいまでの怒りが込められていた。  
「それに、彼女じゃない。こいつは、彼氏、だ。」  
「ははっ!そいつが彼氏!?お前頭おかしいんじゃないか?そいつはどう見ても女…。」  
「それ以上、口を開くな。」  
その目は既に、凄まじい殺気を放っている。それを見て取ると、ヒューマンは目を細めた。  
「ただでさえ、いいとこで邪魔されてイラ付いてんだ。さっさと片つけさせてもらう。」  
「イラ付いてる?」  
「食らえ!ダクネス!」  
闇の塊が、一直線にバハムーンを襲い、飲み込む。バハムーンの姿は一瞬にして見えなくなった。  
「はは、口ほどにも…!」  
「これで、おしまいか?」  
「……え?」  
 
まとわり付いた闇を振り払い、バハムーンが姿を現す。効いていないわけはないのだが、バハムーンは怯む様子すらない。  
「お前の魔法など、俺の尻尾の鱗一枚剥がせん。だが、お前みたいな下等生物でもできることはある。」  
「へ……へぇ。そりゃなんだってんだ?」  
口調は強がっているものの、その額には冷や汗が浮かび、声も少し震えている。  
そのヒューマンの姿を正面から見据えつつ、バハムーンは答えた。  
「逆鱗に触れることだ。」  
テレポルを詠唱するより早く、バハムーンが距離を詰めた。  
腹に、拳が食い込む。体を折り曲げた瞬間、わき腹を膝が襲う。倒れそうになった体を肘で突き飛ばし、その流れで顔面に裏拳を見舞う。  
倒れる体を蹴りで起こし、腹に尻尾を叩きつけ、もう一度腹に肘を打ち込み、アッパーを叩き込み、素早く身を伏せると足払いをかける。  
そして倒れたヒューマンの腹に、止めとばかりに全体重を乗せた拳を叩き込んだ。  
「ぐはっ…!あ……ぁ…。」  
「ふん、下等生物が。」  
バハムーンは気絶したヒューマンの体を持ち上げ、長年の習性でズボンを下ろそうとして、後ろのドワーフの声で我に返った。  
「大丈夫か?」  
ヒューマンを捨てると、ドワーフに優しく声をかけ、リフレッシュを使うバハムーン。そのおかげで、麻痺が徐々に消えていく。  
「な……なんで、お前…?」  
「気になっていたからな。ともかく、無事でよかった。」  
慈愛に満ちたその顔。例え彼氏という関係じゃなくなっても、自分を気遣ってくれていたバハムーン。その姿に、ドワーフの中で  
張り詰めていたものが切れてしまった。  
「う……うぅ…!うわぁーん!怖かったよぉー!!」  
人目も憚らずに泣きつくドワーフ。安堵感と、罪悪感と、それ以外にも様々な感情がごちゃ混ぜになり、ドワーフはただ泣いた。  
その頭を優しく撫でると、バハムーンはドワーフの体を抱き上げた。  
「とにかく、帰るか。落ち着いたら、少しゆっくり話そう。」  
 
バハムーンに抱かれて寮に戻ると、ドワーフの心も少しずつ落ち着いてきた。何を最初に言うべきか迷ったが、やはり謝ることだろう。  
「あの……さ。オレ、お前に謝らなきゃいけねえんだ…。」  
「何がだ?」  
「あいつ……あのヒューマンさ、最初、友達のふりしてもらってたんだよ…。」  
「なんだ、そんなことか。」  
そう言うと、バハムーンは鷹揚に笑った。  
「そんなこと、最初から知っていた。」  
「えっ?……だ、だったらどうして…!?」  
「それほどまでに嫌われているなら、仕方なかろう?俺自身、無理だと踏んで出した条件だ。もし、本当に友人ができたのなら  
それでよし。演技だとしたら、それほどまでに嫌がっているということだ。なら、俺の元に留めておく事はお前への負担になる。」  
「で……でも、お前は…!」  
「好きだというのは、そういうことだ。」  
バハムーンの言葉に、ドワーフは打ちのめされてしまう。確かに自分勝手なところもあり、傲岸不遜なところもある。だが、彼氏と  
言い切ったドワーフのことは、真剣に想ってくれていたのだ。好きだからこそ、あえて演技だと知りつつも、それを黙認してくれたのだ。  
「そりゃまあ、そんなに嫌われていると知って、ショックはあったがな。」  
「……ごめん。」  
「なぜ謝る?好き嫌いは人それぞれだ。お前が俺を嫌ったからといって、俺はそれを責めないし、お前も気に病む必要はない。」  
「……あ、そうだ。それで、さっきはどうして、あんなすぐに…?」  
「心の底から嫌われているんなら、まあ仕方のないことではある。しかし、もしまだお前の中に俺がいるなら、俺ができることも  
あるだろう。……簡単に言えば、捨てられた男の未練、とでもしておくか。」  
「それで……もしかして、ずっといてくれたのか?」  
「ああ。ずっと付け回していた。」  
「ストーカーかよ。」  
「失礼な、その一歩手前だ。」  
「変わんねえよ。」  
いつも通りの、しょうもない会話。だが、そのいつもどおりのはずの会話に心が安らいでいる。  
 
と、不意にバハムーンの表情が変わった。  
「それはそうと、久しぶりにやるか?」  
「ま、待て!今日は…!」  
「冗談だ。あんな目に遭ったお前に、いきなりそんなことを迫るほど無神経ではないつもりだ。」  
だが、よく見るとズボンが少し膨らんでいる。半分本気だったらしい。  
「とにかく、ゆっくり休んで今日のことは忘れろ。そのうち、まともな友人もできるだろう。」  
「あ……ああ。」  
「それじゃ、俺は先に寝かせてもらう。最近は背中が涼しくてな、鍛錬も楽じゃないんだ。」  
笑いながら言って、ベッドに寝転がるバハムーン。それを見届けてから、ドワーフも自分のベッドに入った。  
が、何だか眠れない。それに、バハムーンはああ言ったものの、謝罪の気持ちもあるし、助けてくれたお礼だってしてはいない。  
しばらく悩んだ末、ドワーフは声をかけた。  
「バハムーン……まだ、起きてるか?」  
「……ああ。」  
バハムーンも眠れないらしく、その声ははっきりしている。  
ドワーフは覚悟を決めてベッドから出ると、バハムーンのベッドに潜り込んだ。  
「ん?おい…。」  
「そ、そのっ!ほ、ほんとは嫌なんだからなっ!で……でも、今日は、その……助けてもらったし、特別…。」  
「いや、だからといって…」  
「お前さっき半立ちだったじゃねえかよっ!いいんだよ、今日は特別なんだよっ!今日だけだからなっ!」  
「わかった、わかった。」  
「ほんとは嫌なんだぞ!?」  
「わかったと言っている。」  
半分呆れつつ、バハムーンはドワーフの体に手を掛けた。が、ドワーフはその手を押し止める。  
「あ、待て…!」  
「ん?」  
「今日は、その……オレが、してやるから…。お前は、そのまま……その…。」  
「ふむ。そうか。」  
考えてみれば、いつも強引に襲っていたので相手からしてもらったことはない。それもまた一興だと考え、その提案に従うことにする。  
ドワーフはおっかなびっくりといった手つきで、バハムーンのズボンを下ろす。そこから現れたモノは、既にいきり立っている。  
「で……でかいな…。」  
思わず率直な感想を漏らしてしまう。いつも目にしてはいても、こんなに間近で見たことは一度もなかった。  
「嬉しいことを言ってくれる。」  
「う、うるせえなぁ…。」  
一応、ドワーフにもそれなりの知識はある。が、いつもバハムーンにされるがままだったため、経験の割にはそんなに知識がない。  
しばし、それを前にして二人の動きが止まった。ドワーフもバハムーンも意味こそ違えど『どうするんだろう』とお互いを見つめている。  
そのうち、やはり舐めるのだろうと思い、ドワーフは怖々それに舌を這わせる。ピクンとそれが動き、ドワーフはビクッと身を引いた。  
「見ていて飽きないな。」  
「だ、黙れ…。」  
もう一度、舌の先でちょろっと舐める。また動いたが、今度は予想していた動きなので驚かない。  
最初は怖々と、舌の先で少しずつ。やがて少し慣れてきたのか、もう少し丁寧に舐め始める。  
「なかなか、いいぞ。」  
「そ……そうか?」  
悪い気はしない。尻尾の先だけを無意識に振りつつ、今度は全体を丁寧に舐め上げる。時折バハムーンが漏らす呻き声も、  
きちんと出来ているのだという確認になり、気分がいい。  
 
しばらく続けると、やがてどこをどう舐めればいいのか、少しずつコツを掴み始めてきた。が、そこでバハムーンが頭を押さえる。  
「んお?」  
「次は、咥えてみてくれないか?」  
「えっ…!咥える……のか?」  
「嫌ならいいが。」  
「あ、いや、やってみるけどよ…。」  
咥える。その響きは、肉とかおにぎりに食いついたときのイメージが強い。  
でも、そんな真似をしたらバハムーンが違う意味で悶絶するのは目に見えている。下手をしたら灰になるかもしれない。  
「でっかいけど……口の中、入るかなぁ…?」  
「無理はしなくていいぞ。」  
「う、うるせえな!誰が無理っつったんだよ!」  
無意味な強がりを言って、ドワーフはまた後悔する。実際咥えようとしてみると、かなりの大口を開けないと納まらない。  
それでも、言ってしまったものは仕方がない。ドワーフは何とかそれを口の中に納める。  
「うぅ……ふるひぃ…。」  
「だから、無理はするなよ?」  
「だえがういっへ…!」  
「それから、咥えたまま喋るのはいいが、歯は極力当てないでくれ。泣きそうなぐらい痛い。」  
「あ……おえん。」  
歯はそんなに強く当たっていたわけではないが、場所によっては相当痛いらしい。もっとも、ドワーフの歯は獣の歯に近いため、  
ヒューマンなどよりは遥かに鋭い。そのせいというものも、多分にある。  
ともかくも、歯を当てないように注意しつつ、なおかつその巨大なモノを口に納めるのはかなりの苦労を要した。  
下の歯は、間に舌を挟むことで何とかなったが、上の歯はそうもいかない。先端部分が敏感らしいので、そこにだけは歯を当てないよう  
細心の注意を払いつつ、そんなに痛くなさそうな部分は、もう歯を当てないことなど諦めた。  
何とか口の中に納まったところで、ドワーフは慎重に頭を上下させる。  
喉の奥に入ると相当に苦しいが、それでも全部納めることなどできない。とんでもない凶器だなあと、ドワーフは今更ながらに思った。  
時々、バハムーンの様子を見る。やはり奥に入れるときは、かなり反応がいい。する方としても反応がないとやり甲斐がないので、  
ドワーフは少し無理をしつつ、何とか喉の奥まで使って全体を舐め上げる。  
バハムーンの方も、この状況を存分に楽しんでいた。相手からされるのは初めての上、ドワーフの慣れていない手つきや行為が何とも  
可愛らしい。たまに歯がガリッと当たって悶絶しかけてはいるが、慣れていない相手にあまり多くを要求するのは酷だ。  
しかし、頑張ってくれるのは嬉しいが、そのために無理をしているのもわかる。少し迷って、バハムーンはドワーフの頭に手を置いた。  
「ん?」  
「そう動くだけではなく、少し舌を使ってみたり、吸ったりしてみてくれるか?」  
「ぷはっ。えっと……す、吸う?のか?」  
「ああ。そんなに奥の方まで咥え込まなくても構わん。」  
「そ、そうか?んじゃ、やってみる。」  
無理のない範囲でもう一度咥え、歯を立てないようにしながら思い切り吸い上げてみる。  
途端に、バハムーンは今までよりさらに大きな反応を示す。  
「うっく…!これは、なかなか…!」  
「ぷはぁ!てめえ、オレが我慢して奥の方まで咥えた時より、ずっと反応いいじゃねえかよっ!」  
「責められても困る。男の体はそういうもんだ。」  
「ちぇっ。どうせオレにはわかんねえよ…。」  
「お前にもしてやろうか?」  
「いやっ、いいっ!やめろっ!」  
変なことをされる前に、ドワーフは再びバハムーンのそれを口に含む。  
少し強めに吸い上げ、疲れると敏感な部分を舌で刺激する。たまには頭を上下させて、それを喉の奥の方まで咥え込む。  
攻めに変化がついたことで、バハムーンの快感も一気に跳ね上がる。つい頭を掴んで揺さぶりたくなる衝動を抑えつつ、  
ドワーフの攻めに任せていたものの、それも限界近かった。  
 
「おい、ドワーフ…!」  
やや切羽詰った感じのする声。やばいところに歯でも当ててしまったかと、ドワーフは慌てて顔を上げる。  
「ど、どうした?オレ、何かやっちゃった?」  
「いや、そうではなく。そろそろやめないと、出てしまいそうだ。」  
「あ……ああ、そういうことか。わかったよ。んじゃ…。」  
ドワーフは体を起こし、バハムーンの腰に跨ると、そっと腰を落とそうとした。が、そこでついにバハムーンの限界が来た。  
「うおおぉぉらああぁぁ!!!」  
「うわぁ!?」  
バハムーンはドワーフの体を掴むと、強引にうつぶせにして押さえつけた。いきなりのことに、ドワーフはまったく抵抗できない。  
「ななな、何すんだよ!?」  
「いや、なに。そうやって奉仕されるのも悪くないが、やはり攻められるのは性に合わん。」  
言いながら、ドワーフの腰の下に枕を入れ、その背中にのしかかる。久しぶりのその感覚に、ドワーフの女の部分が疼いた。  
「ま、待て待て!まだ準備もしてな…!」  
「舐めて濡らしたんだから、十分だろう。いくぞ。」  
言い終えるより早く、バハムーンはドワーフの体内に入り始めていた。が、すぐにドワーフが暴れ始める。  
「んぅああぁぁー!!い、痛い痛い!!」  
「む、大丈夫か。」  
いつもならドワーフの愛液を使っているところだが、今日はそれもない。まして、ここしばらくご無沙汰だったため、一時はすっかり  
馴染んでいたドワーフの菊門も、また固くなってしまっていた。  
「悪いな。ゆっくり動く。」  
「ああ……オレこそ、悪りぃ…。好きにさせてやれなくて…。」  
再び、腰を突き出すバハムーン。しかし、今度はかなりゆっくりとした動きだ。そのおかげで痛みが少なくなった代わりに、今度は  
いつまでも何かが入り続ける感覚があり、凄まじい快感が襲ってくる。  
「んあぅ…!バハムーン、オレ…!」  
「なんだ?今日はいつにも増してすごい濡れ方だな。お前も溜まってたのか?」  
「ち……違う、バカ!」  
「ちょうどいい、少し借りるぞ。」  
どんどん溢れてくるそれを掬い取り、少しだけモノを抜き出すとそこに塗りつける。途端に動きが滑らかになり、ドワーフが痛みを  
訴えることもなくなる。  
それを受けて、バハムーンはさらに激しく動き出す。ドワーフもすぐに慣れ、突き入れられるときは力を抜き、バハムーンのモノを  
優しく受け入れる。反対に抜かれるときはぎゅっと締め付け、バハムーンに大きな快感を与える。  
「さすが……お前も、慣れてきたな。」  
「んんっ!だ、だって……オレも、気持ちいい……からっ!」  
「おかしいな、嫌だったんじゃないのか?」  
「い、嫌……だけどっ…!き、気持ちよくなる……んあっ!……のは、しょうがない……あうっ!……だろぉ…!?」  
「素直になりきれない奴め。」  
それがまた、たまらなく可愛らしいのだが。  
「嘘なんか言って……うあっ!?あっあっ!!い、いきなり、激し…!」  
「あれ以来、ずっと抜いてなかったもんでな…!悪いが、もう出そうだ…!」  
言い終えるのとほぼ同時に、バハムーンはドワーフの中に思い切り精を放った。普段から出る量は多い方だったが、今回はさらに多い。  
「うあっ!?な……中で、動いてるよぉ…!なんか、腹の奥に当たってる…!」  
「……ああ。今、出したからな。」  
「で、出てるのわかったの、初めてだ…。」  
一体どれだけの量が自分の中に注ぎ込まれたのかと、ドワーフは少し不安になる。が、その考えもすぐに意識の外へ飛ばされる。  
 
再び、ドワーフの腸内を激しく突き上げるバハムーン。終わったと思った刺激が突然再開され、ドワーフの体がビクンと跳ね上がった。  
「ふあっ!?ちょっ、待てっ!お前、今出したんじゃ…!?」  
「ああ。だが、お前はまだイっていないだろう?それに、俺もまだ納まりがつかん。」  
「お、オレはいいってばぁ!待てっ!そんな……激しくするなぁ!」  
ただでさえ大量の精液を注ぎ込まれ、違和感の残る腹をさらに掻き回される感覚。  
苦痛と紙一重のその快感に、ドワーフはたちまち上り詰めてしまう。  
「ダメ…!オレ、イクっ…!んぅぅ…!うあああぁぁぁ!!!!」  
バハムーンの腹に背中を押し付けるようにして、激しく体を震わせるドワーフ。  
その痙攣が治まると、バハムーンはドワーフの中から自身のモノを引き抜いた。  
「んっ!……もう、いいのか…?」  
「ああ。お前に無理はさせられん。今日は疲れてるはずだしな。」  
「ん……ありがと。」  
だが、何だかすっきりしない。お礼と謝罪の意味を込めて始めたはずなのに、結局は自分が気持ち良くされている。  
おまけに気遣いまで受けては、何のためにこれだけしたのかわからない。  
ドワーフはしばらく悩んだが、やがてちょっとした覚悟を決めた。  
「な……なあ、バハムーン。」  
「ん?どうした?」  
「その……ちょっと、どいて。んで、こっち向いて。」  
「構わないが、どうした?」  
ドワーフはバハムーンの下から這い出し、正面から向き合った。最初は視線を外していたが、やがて何かを決心したように視線を合わす。  
一瞬後、バハムーンの唇に柔らかい物が押し当てられた。  
「っ!?」  
「ん…!」  
ぎゅっと目を瞑り、唇を重ねるドワーフ。その口元はふにふにと柔らかく、また和毛の感触も相まって、他種族とは一線を画した肌触りだ。  
しばらくそうやって唇を押し当ててから、ドワーフはサッと離れた。  
「そ……その、今日のお礼っ!と、特別だからなっ!」  
バハムーンはしばらく呆気に取られていたが、やがて笑顔を浮かべた。  
「キスも解禁か?」  
「だ、だから特別だっつうのっ!今日は、その……助けてくれたし…!」  
「付き合いはそこそこだが、キスをしたのは初めてだな。」  
「何だよ!?も、もうダメだからな!今日だけ!」  
「そうか、それは残念だ。だが、今のはライトキスだ。ディープの方はいつ解禁だ?」  
「ば、バカ野郎!それだけで満足しろよっ!」  
耳を伏せ、尻尾をせわしなく動かしながら言うドワーフ。その姿を、バハムーンは一種感慨深い思いで見つめる。  
今まで、キスは意図的に避けていた。最初の頃は攻撃される恐れもあったからだが、ドワーフは心は男であり、いくら性的な接触に  
慣れたとしても、キスには嫌悪感を示したからだ。体を無理矢理奪われた分、ある意味ではそこが最後の砦になっていたともいえる。  
それを、今このドワーフは自分から仕掛けてきた。例え言い訳があるにしろ、それが示すことは一つだ。  
それだけで、もうバハムーンは十分満足だった。  
「ああ、そうだな。礼を言っておくか。」  
「れ……礼なんて、いらねえよ…。オレのが、お礼なんだから…。」  
「そうか。それじゃ、またいつか借りを作らせるとするか。」  
「だからって、毎回はしねえよ!」  
また、いつものような会話を交わし、やがて二人は静かに眠りについた。  
ドワーフはバハムーンの胸に顔を埋め、幸せそうな寝顔をしている。  
もそりと、バハムーンが体を起こす。そしてドワーフに気付かれないようベッドから降りると、そっと部屋を抜け出した。  
 
その頃、バハムーンに気絶させられたヒューマンはようやく意識を取り戻し、何とか歩き出したところだった。  
「畜……生…!あの……バハムーンめ…!今度会ったら…!」  
憎々しげに呟いたその口が、ふと止まる。  
僅か数メートル先に佇む影。その巨体は見紛うはずもない。あの、バハムーンだ。  
「て……てめえ…!」  
「言ったはずだぞ。お前は、逆鱗に触れたとな。」  
攻撃か、逃亡か。ヒューマンの一瞬の迷いを、バハムーンは見逃さなかった。  
一瞬にして距離を詰め、素早く腕を捩じ上げる。意識を集中できなければ、もはや魔法は使えない。  
「痛ってえ!くそ、離せ…!」  
「お前と違って、パラライズは使えないのでな。」  
「はぁ…!?なんのつもりだ…!?」  
「決まっている。」  
バハムーンはにやっと笑うと、ヒューマンの制服を引き裂いた。  
「う、うわあっ!?」  
「お前に、あいつと同じ目に遭ってもらおうと思ってな。」  
その言葉を聞いた瞬間、ヒューマンの顔が見る間に青ざめた。  
「よせ!ふざけるな!やめろ!」  
「お前は、あいつのやめろという言葉に耳を貸したか?それに、こういうことをするのは、これで最後になるかも知れないのでな。」  
悪魔じみた笑顔を浮かべ、ゆっくりとズボンを下ろすバハムーン。そこから現れたモノは、ヒューマンのものより遥かに大きい。  
「や……やめろ…!やめろ!俺が悪かった!やめてくれ!助けてくれぇ!!!」  
「残念ながら、お前には助けに来てくれる奴はいないようだな。」  
無理矢理足を上げさせ、ゆっくりとモノをあてがうバハムーン。と、不意に押さえつける力を緩めた。  
「そうだ、大事なことを聞き忘れていた。」  
「な……何だよ?」  
「あいつを強姦しようとしたとき、前戯はしてやったか?」  
「ぜ……前戯…?」  
慌てたように、思わず目をそらすヒューマン。それだけで、もう答えは出たも同然だった。  
「下等生物が…!なら、お前もそうしてやる!」  
「うわああぁぁ!!!やめろ!!!!やめろ!!!!」  
「それにな、お前のおかげであいつに無茶できなかった!その分はお前に責任を取ってもらう!一ヶ月は椅子に座れると思うなよ!」  
「やめろおおぉぉ!!!!助けてくれえええぇぇぇ!!!!やめ……アッーーーーーーー!!!!!!!!」  
ヒューマンの絶叫が、誰もいない校舎裏に響き渡った。  
 
翌日、ドワーフはヒューマンの部屋に向かっていた。面と向かって絶交の意思を伝えるためと、一発ぶん殴るためである。  
が、せっかく意気込んで部屋の前まで来たのに、いくらノックしても出る気配がない。  
もう一度ノックしようとしたとき、隣の部屋のドアがガチャッと開いた。  
「何か、その方に用事でも?」  
声をかけてきたのは、優しそうな顔をしたセレスティアの女子だった。可愛い子だなあと少しドギマギしつつ、ドワーフは務めて平静を装う。  
「ああ、いや…。ちょっと話したいことがあったんだけど、どこにいるか知ってる?」  
「そうだったんですか。でもその人、さっき退学しましたよ。」  
「え……えええぇぇ!?た、退学ぅ!?なんでぇ!?」  
「えっと、わたくしもよくわからないんですけど、すっごく暗い顔でしたし、なんか『お婿に行けなくなった』とか何とか、  
意味わからないこと言ってましたよ。」  
「お婿…?へ、へぇー、そうなんだ。……バハムーンに負けたのがショックだったのかな…?」  
よくはわからないものの、少なくともこれで二度と、あのヒューマンに会うことはないだろう。  
「そっか。それじゃ、しょうがないや。教えてくれてありがとな。」  
「いいえ。どういたしまして。」  
「あ、そうだ。もしよかったら、名前聞いても…?」  
「えっと……確か、あの有名なバハムーンさんと、お付き合いしてる方ですよね?」  
せっかくなのでお近づきになろうかと思った出鼻を、見事に挫かれるドワーフ。  
「あ……ああ、まあ…。」  
「その……大変だと思いますけど、いつか報われる日が来ますよ。」  
意訳すれば『私は関わりたくないけど頑張って』といったところだろう。久しぶりに、ドワーフはバハムーンに軽い殺意を覚えた。  
ともあれ、何だか気合が空回りしてしまったように感じ、ドワーフは釈然としない気持ちを抱えつつ部屋に戻った。  
「おう、どうだった?」  
部屋に戻ると、バハムーンが朝食のハニートーストを頬張りながら尋ねる。  
「ただいまー。なんか、よくわかんねえけど退学しちまったって。」  
「ほーう。それまた急だな。まあ、ああいう手合いはプライドだけ無駄に高いものだ。俺に負けたのが許せなかったのだろう。」  
「やっぱそうなのかなー?」  
「さあな。下等生物の考えることはわからん。」  
バハムーンが次のハニートーストに手を伸ばすと、ドワーフはそれを横からサッと奪い取った。  
「む、それは俺のだぞ。」  
「この間の仕返しだっ!」  
「まだ、あの肉を根に持っていたのか…。」  
「食い物の恨みは恐ろしいんだぜー。覚えとけよな。」  
もそもそとパンを食べながら、ドワーフはバハムーンの隣に座る。  
「……どうした?」  
「あのさ……オレって、もうお前の彼氏じゃ……ねえのかな?」  
「そうだな。結果的に裏切られたとはいえ、あの下等生物とは友人関係ではあったしな。」  
あまり気にする様子もなく、道具袋からフレンチトーストを取り出すバハムーン。  
「そのことから鑑みるに、約束は果たされるべきだろう。」  
「そっか…。でも……さ、あの時、オレが犯されそうになったとき…。」  
ドワーフはもじもじしつつ、バハムーンの腕を取った。  
「オレのこと、彼氏って言ってくれた…。」  
「それがどうかしたのか?」  
「ばっ…!言わせるなよ、恥ずかしいんだからっ!」  
最近、こいつ少し女の子っぽくなったかな、と、バハムーンは思った。  
「だから、その、つまり…。ま……まだ、その関係じゃ、ダメ……かな…?」  
「約束は果たした。その上でまた戻ってくるというなら、俺は歓迎だ。むしろ躍り上がって喜ぶところだな。はっは。」  
冗談めかして言うと、バハムーンはフレンチトーストを頬張った。  
 
その瞬間、ドワーフが素早く唇を重ね、舌を突っ込んでそのフレンチトーストを奪った。  
いきなりのことに、さすがのバハムーンも呆然としてしまう。  
「お…。」  
「な……何だよ!?」  
「いや……お前…。」  
「た、ただ飯盗っただけだよっ!ふん!べ、別に怒らないんならいいけどよ!」  
知れば知るほど、よくわからない奴だなあと、バハムーンは苦笑いするしかなかった。  
「あと、その……あの時さ、オレのこと『彼女』じゃなくて『彼氏』って言ってくれたの……嬉しかったぞ…。」  
「そりゃ…。」  
一瞬、言葉に詰まるバハムーン。だが、すぐにいつものような、どことなく人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。  
「……当たり前だろう?お前のことを『彼女』なんて言ったら、俺自身を否定することになりかねん。」  
「あ〜……って、てめえの都合かよっ!?」  
「それが何か?」  
「……くっそー!見直して損した!ディープキスまでしてやるんじゃなかったぜ!」  
「んん?ただ飯を盗っただけじゃなかったのか?」  
つい口を滑らせたドワーフは、見る間に毛を逆立てて行く。そしてその様子を、微笑ましく見つめるバハムーン。  
「う、うるせえうるせえうるせえ!それぐらい空気読め!このトカゲ野郎!!!」  
「何だと毛玉野郎。それはともかく、俺のフレンチトーストを返せ。」  
「返せったって……て、ちょっと待て。なんで寄って来るんだよ?」  
「まだ口の中にあるだろう?ならまだ取り返せるな。」  
「ま……待て待て待てぇ!!!そんなの、もう飲み込んじまったよ!!それに、もうキスはダメだぞ!!!お前になんか…!」  
「味ぐらい残っているだろう。それを取り返すだけだ。キスではない。」  
「ちょっ……待っ…!わあぁぁーーー!!」  
 
息を合わせざるをえなかった関係も、いつしかそれを続けるうちに、本当に息が合ってくるもの。  
どんな相手であろうと、嫌でも一緒にいるうちに、知らなかった面が見えてくるもの。  
そして雨が降れば、地面はぬかるみになる。しかし時が経てば、それは今までよりも、さらに硬くなるもの。  
条件という名の下に築かれた関係は終わった。だが、それでも二人の関係は崩れなかった。  
二人の関係は、今ようやく、本当に始まったばかりだ。  
 

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