「嫌だ!嫌だ!嫌だよぉ!こんなの嫌だぁ!」  
地下道に、一人の女の子の泣き声がこだまする。  
周りには、沈痛な面持ちで彼女を見つめる仲間達。彼女の前には、灰とすら呼べない塵と化してゆく、一握りの灰。  
「嫌だぁ…!どうして……どうしてこんな事にぃ…!」  
耳と尻尾を力なく垂らし、その毛皮は涙に濡れていく。溢れる涙を拭おうともせず、ドワーフの少女はただ泣いた。  
「彼のおかげで、助かったんだよ…。俺達がこうして、ここにいられること自体、奇跡なんだから…。」  
ヒューマンがそっと、その肩に手を触れる。が、ドワーフはそれを振り払う。  
「だって……だって、だからってロストなんて嫌だよぉ!みんな一緒じゃなきゃ嫌だぁ!うわぁーん!」  
「冒険に出るということは、常に死と隣りあわせだ。みんな、それぐらいの覚悟はあるはずだろう?」  
今度はバハムーンが話しかける。だが、ドワーフはやはり激しく首を振る。  
「やだやだやだぁ!ロ……ロストなんてやだぁ…!ひっく!わた……私も死にたいよぉ…!あいつと一緒じゃなきゃぁ…!」  
「おい!」  
その瞬間、バハムーンはドワーフの横っ面を思い切り引っ叩いた。いきなりのことに、他の仲間は慌ててバハムーンを止めようとする。  
「死にたいだと!?ふざけるなっ!お前はあいつの遺志を無駄にするつもりなのか!?」  
それでも、ドワーフは涙を流し、もはや塵すらなくなったそこを見つめている。  
「恋人を失ったお前が悲しいのはわかる。だが、だからといって死にたいなどと言うのは、あいつの遺志も、死も、行動も、何もかも  
否定するということなんだぞ!わかっているのか!?」  
そう叫ぶように言うバハムーン自身、その目には涙が滲んでいた。  
「いいか、悲しいのはお前だけじゃない!私だって、他の皆だって悲しいんだ!だがな、だからといってあいつの死を無駄にするような  
言葉を吐くのは、私が許さないぞ!」  
仲間。確かに、仲間だった。しかし、彼女の悲しみはみんなが思う以上に重く、彼女の心はみんなが思う以上に、繊細だった。  
元、仲間だった塵。そこに落ちる、彼の装備品。そして、彼女とお揃いのゴーグル。それをそっと拾うと、ドワーフはふらりと  
立ち上がった。  
「……どこへ行くつもりだ?」  
「……みんなのね……気持ちは、嬉しいよ…。だけど……だけどぉ!」  
落ち着いたように見えたドワーフの目元に、再び涙が溢れる。  
「私は嫌だよぉ!どうしてあいつがロストしなきゃいけないの!?あいつがロストするぐらいなら、あんたがロストした方がずっと  
よかったのに!!」  
言ってはならない言葉を口に出すドワーフ。さすがに、バハムーンの顔色が変わった。  
「何だと…!?貴様、今なんと言った!?」  
「おい、やめろ!こんな時に喧嘩なんかするな!」  
「お二人とも、落ち着いてください!」  
セレスティアとヒューマンが、二人がかりでバハムーンを抑える。それをぼんやりした目で眺め、ドワーフはふらふらと歩き出した。  
「ドワーフさん、どこに行くんですか!?」  
「もう……いいよ、私は…。これ以上、冒険なんて、したくないよ…。」  
「待て、貴様!好き放題言っておいて、挙句に勝手に抜けるというのか!?」  
「うん…。ごめんね、みんな。でも、私……もう、ダメだよ…。」  
必死に引き止める仲間の声など、もはや彼女の耳には届いていなかった。大切な恋人を失い、その胸にぽっかりと穴が空いたような感覚。  
その穴を埋めるには、仲間の声はあまりにも小さすぎた。失った彼の存在は、あまりに大きすぎた。  
「ならば、勝手にするがいい!貴様のような者など、いない方がよっぽど皆の為だ!」  
ついにバハムーンも、禁句を口にしてしまう。そして、ドワーフは一人、仲間の元から去って行った。  
この日、一つのパーティが消え、一つの命がロストした。  
 
 
ただ一人、放浪の身となったドワーフ。錬金術師であったため、少なくとも食うには困らないぐらいの小金を集めることは出来た。  
ドワーフは様々な場所を回った。そしてロストした者に関する、ありとあらゆる情報を聞いて回った。その中で、いくつか彼女の心を  
惹きつけたものがある。  
ロストした者すらも蘇らせることが出来るアイテム。一つは女神の涙。一つは蘇生の果実。  
それらがあれば、もしかしたら彼を蘇らせることができるかもしれない。  
その僅かな可能性を信じ、彼女はありとあらゆる地下道を回った。錬金術師ゆえの強運と、ドワーフゆえの体力に物を言わせ、それこそ  
一日中でも地下道に篭った。  
しかし、彼女の求めるものはまったく出なかった。どうでもいいアイテムばかりが手に入り、求めるものは一向に出ない。  
蘇生の果実かと期待すれば、命の果実。女神の涙かと思えば天使の涙。期待すればするだけ、その落胆も大きかった。  
やがて、だんだんと自暴自棄になっていき、宿屋にも戻らずに戦う日々が続くようになった。いつしか禁じられた地下道にまで入り込み、  
ひたすらにそれらを求めて戦うようになっていった。しかし、それでも目的の物は手に入らない。  
やがて、彼女の中に恐ろしい考えが生まれ始めた。  
モンスターをいくら倒したところで、一人で出来る範囲はたかが知れている。ならば、同じ冒険者を襲えば―――。  
普通なら、こんな考えは一笑に付してしまったことだろう。だが、彼女は彼を求めるあまり、道を踏み外してしまった。  
最初に襲ったのは、まだこんな地下道に来るのは時期尚早と言えるような冒険者達だった。  
「ねえ、ちょっといいかな?」  
「え?こんなところで一人?どうしたの?」  
「うん、ちょっとね。仲間が死んじゃって…。」  
同じ冒険者のフリをして近づき、相手が油断したところで、巨大な鎚を振りかざし、襲い掛かった。  
ヒューマンを叩き伏せ、フェルパーを殴り殺す。フェアリーを潰し、ノームを砕く。  
思ったとおり、冒険者である彼等は様々なアイテムを持っていた。残念ながら彼女の求めるアイテムはなかったが、食料や消耗品は  
今の彼女にとって、貴重なものばかりだった。そのアイテムのおかげで、宿屋に戻らずとも戦い続けることが出来た。  
最初こそ、冒険者を襲うことに抵抗もあった。しかし、その戦利品や彼女の掲げる大義名分により、それはすぐに消え失せた。  
いつしか、彼女を襲うモンスターはいなくなった。  
やがて、モンスターは彼女を仲間と見なすようになった。  
ペットを飼うような気分で、それにもやがては慣れていった。  
体毛の艶は消え、長い年月の返り血や汚れによって、その体毛はまるで彼女の心のように、黒く変貌していた。  
そしてその顔つきも、もはや以前の彼女とは似ても似つかない物となっていた。元の仲間が会ったところで、彼女とはわからないだろう。  
彼女は、もはや冒険者ではなかった。他の冒険者の間で、彼女は別の名で呼ばれるようになっていた。  
地下道に住む、ドワーフの姿をしたモンスター。  
悪魔に魂を売り渡した、忌むべき存在。冒険者の成れの果て。  
デーモンズの錬金術師、と。  
 
 
長い長い時間が経った。彼女は未だ目的の物を見つけることができず、地下道で冒険者を襲い続けていた。  
その日も、犠牲者となるパーティが近づいてくるのが見えた。今日は仲間のモンスターもいないが、彼女が見る限りでは、どれも大した  
実力を持たないパーティのようだった。それならば、彼女一人の力でも事足りる。  
もはや、不意打ちなどという手段を使うことはなかった。彼女自身、長い殺戮の中で力をつけ、たった一人でもそれ相応の実力を  
持つようになっていた。  
射程に入ったところで鎚を構え、冒険者の前に躍り出る。  
「悪いけど、アイテム置いてってもらえないかなあ?」  
「……みんな、構えろ!」  
既に彼女の名は知れ渡っており、冒険者達はすぐさま武器を構えた。  
「無駄だよ。全部、私がもらっていく…」  
その時、彼女はふと懐かしい匂いを感じた。  
「……え?」  
改めて、自分が襲った一行を見る。  
ノーム、バハムーン、セレスティア、ヒューマン。その四人とも、どこかで見たことがある。  
だが、違う。確かに懐かしい匂いだが、一番気になる匂いはこいつらではない。  
その後ろに控えるクラッズ。これは見たことがない。だがその隣にいる、どこか怯えたような顔をしているドワーフ。  
そいつだった。その姿は、あまりに、似ている。そしてその匂いは―――。  
「う……嘘だよ…。こんなの……こんなの嘘だよ…!」  
「……どうした、来ないのか?ならばこちらから!」  
両手剣を振り上げ、襲い掛かるバハムーン。その攻撃をあっさりかわすと、さらにヒューマンが切りかかってくる。  
それを鎚で受ける。そこに、セレスティアが剣を振りかざして襲い掛かった。  
その腕を掴み、片手で放り投げる。セレスティアは壁に叩きつけられ、無防備な姿を曝け出した。  
が、彼女にはもう戦意はなかった。ただ、信じられない思いだけが頭の中を満たしている。  
そのドワーフから感じる匂い。それは確かに、あのロストした彼と同じ匂いだった。  
ありえるはずがない。彼は確かにロストしたのだ。だが、あのドワーフからは彼と同じ匂いがしている。  
そしてあの姿。装備こそ違えど、恐らく彼と同じ僧侶。それに戦闘となると、ちょっと怯えたような顔になるところ。尻尾を下に  
垂らしつつ、リズムを取るように振る癖。何から何まで、彼に瓜二つだった。おまけに、額にはゴーグルがない。  
「嘘だ……嘘だぁ…!」  
よろよろと数歩下がると、彼女は脱兎の如く逃げ出した。  
わけがわからなかった。そして、恐ろしかった。様々な思いが胸を満たし、彼女はそれを振り払うように叫びながら、地下道の奥へと  
走り去っていった。  
 
残された一行は、呆気にとられた顔でそれを見つめていた。  
「な……何だぁ?」  
訳がわからないという顔で、ヒューマンが呟く。  
「さあな。しかし、逃げてくれて助かった。ああもあっさり避けられるとは…。」  
「あっつつ……さすがに、ここの敵は手ごわいですね。気を引き締めなければ。」  
「私、こんなとこまで来るの怖いです…。」  
その中で、ドワーフだけが彼女の走り去った先を見つめていた。その顔には、驚きと疑念の入り混じった表情が浮かんでいる。  
それに気付き、バハムーンが声をかけた。  
「む、どうした?」  
「……あのさ、みんな悪い。」  
視線を動かさずに、ドワーフが喋る。  
「今日の探索はここまでにして、先戻ってて。」  
「え?何言い出すんだよ急に?」  
「ほんと、ごめん。でも、ちょっと大事な用事なんだ。だから、頼むよ。」  
「……いいだろう。」  
バハムーンが低い声で答えると、他のメンバーは信じられないような思いで彼女を見つめた。  
「だが、絶対に生きて戻れ。いいな?」  
「わかってるって。それに大丈夫、やばくなったら、バックドアルで逃げるよ。」  
「約束だぞ。では、私達は先に戻る。」  
「ちょっと待てよ!一体何が…!」  
ヒューマンが抗議しようとしたところで、バハムーンは帰還札を使ってしまった。あとに残されたドワーフは、軽く息をつく。  
そして、逃げ去った彼女のあとを追い、走り出した。  
 
心臓が張り裂けそうなほどに痛み、彼女は足を止めた。驚きと恐怖のせいで、思った以上に走れなくなっている。  
実際、足はもつれるし、膝の力は抜けるしで、途中何度も転んだ。それでも、どんなに走っても彼の幻影からは逃れられる気がしない。  
現に、今も彼の声が幻聴のように聞こえている。後ろから、彼の荒い息遣いが…。  
そこで気付いた。これは幻聴ではなく、実際の声だ。  
慌てて振り返ると、彼女と同じくらいに息を切らした彼の姿があった。  
「い、嫌ああぁぁ!!!」  
「ちょちょちょっ!ちょっと待って!待ってくれよ!」  
彼は慌てて手を上げ、何とか彼女を宥めようとする。  
「その……信じられないかもしれないけど……てーかオイラも信じられないんだけど…。」  
少し言葉を探し、彼はまた口を開く。  
「君さ……もしかして、オイラのいたパーティの仲間じゃなかった…?」  
「……嫌……嫌だよぉ…!」  
「だ、だから落ち着いて!それで、その……だとしたら、兄貴の彼女じゃない…?」  
「……え…?兄貴…?」  
その言葉に、彼女は呆気にとられた。  
 
なるほど。確かに瓜二つではあるが、よく見れば顔も少し違うし、毛色も若干異なっている。第一、彼の一人称は『俺』だった。  
「あ……あなた、もしかしてあいつの…?」  
「やっぱり!?そっかー、やっぱりそうか!兄貴からよく聞いてたからさ、もしかしてーって思ったけど……あ、生前は兄貴がお世話に。」  
律儀に頭を下げられ、彼女も釣られて頭を下げる。  
「えっと……弟さん、なんだよね?」  
「そそ。兄貴の一個下。」  
「学校には、前から…?」  
「いやいや、兄貴が死んでからだよ。もう二年半経つんだよなー、あれから。」  
顔には出さなかったものの、彼女はその年月に驚いていた。最後に日の光を浴びたのは、一体いつの話だったろう。  
「君のことはさ、兄貴がよく手紙に書いてたんだよ。そりゃあもう、どこが可愛くて、何がきれいでーってさ。おかげで初めて会ったのに、  
初めてって気がしねえや。あはは!」  
きっと、今あの彼が隣に立っていたら、躊躇いなく鎚でぶん殴っていただろう。  
「それに、兄貴の持ってたもんからは、絶対に君と同じ匂いがしてたからさ。匂い覚えといてよかったよー。」  
そんなことを言われても、今の彼女には苦しいだけだった。  
こうして話していると、彼女自身冒険者であった頃を思い出す。そして今もそうであるかのように錯覚してしまう。  
しかし、今の彼女は、彼と話すにはあまりに汚れていた。その手は冒険者の血に塗れ、その体は地下道の臭いが染み込んでいる。  
それでも、今はその錯覚に縋り付いていたかった。今現実を見てしまえば、心が壊れてしまいそうだった。  
「……ねえ。私、あいつのこと学校でしか知らないんだ。あいつって、家だとどんな奴だったの?」  
「あいつ?そりゃあ俺のこといびるのが三度の飯より好きって野郎でさー!ひどいんだぜ、あいつー!学校じゃそんなことなかった?」  
「えー、意外。学校だと全然そんなことなくってさ…。」  
ロストした彼の事を中心に、色んな話をした。  
学校の話。冒険の話。パーティの話。ちょっとした自慢話。その逆に失敗談。どんな食べ物が好きか。趣味は何か。  
「そんでさ、あのクラッズの奴、おにぎり10個渡しといたら、『作っておきましたー!』って、豪華な弁当にしやがって。」  
「あはは!それじゃ、バハムーン怒ったでしょ?」  
「そりゃもう、怒った怒った!『皆の分の食料を、一個にまとめてどうするんだー!』ってさ。んでまた、そこでノームがさあ…」  
「ふふふ。口真似、そっくり。そういう言い方なんだよね、バハムーンって。」  
彼女自身の話以外、それこそありとあらゆる話をした。こんなに楽しいと感じたのは、彼が死んで以来初めてだった。  
何より目の前にいる彼。死んだ彼と瓜二つの彼と話していると、まるで兄の方と話しているように思えてしまう。  
だからこそ、彼女は色んな話をした。この時間が終わって欲しくなかった。この時間が終われば、その先にあるものは決まっていたから。  
だが、時が過ぎれば、どんなに楽しい時間も終わりを告げる。楽しい時間だからこそ、一瞬にして過ぎ去ってしまう。  
話題になりそうなことはほとんど出し尽くし、やがて彼の方が恐る恐る口を開いた。  
「それで、その……君は、どうしてこんなこと…?」  
その瞬間、彼女の笑顔は消えた。夢から醒める時間が来たのだと、はっきり悟った。  
「……あいつを…。ロストした人でも、蘇らせられるアイテムがあるって…。」  
「ああ……確か、女神の涙だっけ?でも、あれは…」  
何か言いかける彼の顔を、彼女は正面から見つめた。  
「ねえ。これ以上話す前に、あなたに二つ……お願いがあるの。」  
その目は強い意志があり、断ることはできそうになかった。  
「な……何?」  
「勝手なお願いで、あなたにはすっごく迷惑な話かもしれない。だけど、あなたじゃなきゃダメなことなの。」  
久々に嗅いだ、彼と同じ匂い。その匂いが、ほとんど忘れかけていた感情を揺り起こしてしまった。  
 
自分の制服に手を掛け、思い切り引き裂く。  
「ちょ……ちょ、ちょっ!?」  
「お願い。あなたは、本当はあいつの弟だってわかってる。だけど……ああ、お願い……今だけは、あいつの代わりになって…。」  
「か……代わりったって、どうすれば…!?」  
ずたずたに引き裂いた服を捨て去り、スカートも破り捨てる。  
「私のこと、抱いて。」  
「んなっ!?」  
恐らく経験などないのだろう。彼は予想以上にうろたえていた。だがその姿も、初めて彼の兄と結ばれたときのことを思い出させる。  
「お願い…。こんなに汚い体だけど……お願い…。」  
「あ、いや、それは気にしないけど……その、ここ……で?」  
「大丈夫……私といれば、モンスターは、襲ってこないから…。」  
「………。」  
その一言が持つ悲しみを、彼は瞬時に察した。同時に、そこまでして兄を求める彼女に対する同情、そしてそこまで求められる兄に、  
軽い嫉妬心を覚えた。  
黒く染まったその体を、おずおずと抱き締める。彼女の体からは、すっかり染み付いた血の臭いと死臭が感じられた。だがその中に、  
確かに兄が愛した女の子の匂いも混じっている。  
「あの、ごめん…。あまり、臭いは…。」  
「大丈夫だよ、ちゃんと君の匂いがする。」  
「………。」  
彼女が手を掛けなかったスパッツに手を掛け、そっと引き降ろす。尻尾が、驚いたようにピクンと跳ねた。  
何度も躊躇いながら、そっと彼女の秘所に手を伸ばす。そして僅かにその手が触れると、彼女は可愛らしい声を上げる。  
「あんっ!」  
「だ、大丈夫?」  
「うん、大丈夫。続けて。」  
最初は触ること自体躊躇っていたが、やがて慣れてくるに従い、執拗なまでにそこを刺激し始める。  
そっと割れ目をなぞり、花唇を広げ、指を入れる。その度に、彼女の体と尻尾がピクンと跳ねる。  
「んっ、あっ!じ、上手だよ…!」  
「そ、そう?」  
「うん…。んんっ!すごく、気持ちいい…。」  
言いながら、彼女もそっと、彼の股間に手を伸ばした。  
「うあ!?」  
「私も、してあげるね。」  
ズボンの上から、優しく撫で上げる。初めて受ける他人からの感触に、彼の手は思わず止まってしまう。  
だが、彼女はそれを非難することもなく、むしろ微笑ましい思いで見ていた。兄も、まったく同じような反応をしていたのが懐かしい。  
既に彼のモノは硬くなっている。ズボンを下ろし、それに直接触れる。途端に、彼の全身が跳ね上がった。  
「う、うあぁ!」  
「敏感だね。我慢、しなくていいから。」  
優しく、それを扱き始める。既に彼のモノはビクビクと震え、今にも射精してしまいそうに見える。が、彼は歯を食いしばり、必死に  
耐えている。我慢しなくていいのに、と思いつつも、必死に耐えるその姿は可愛らしい。  
扱くペースをさらに上げ、親指で先端をグリグリと刺激する。その瞬間、彼は彼女の腕を思い切り強く掴んだ。  
「だ、ダメっ!もう出る!」  
掴んだものの、その手を止めることも出来ず、彼は勢いよく精を放った。正面にいた彼女は全身にそれを浴びてしまうが、  
嫌な顔一つせず、むしろ扇情的な笑みを浮かべた。  
「あは、さすがに早かったね。」  
「……ごめん…。」  
つい言ってしまった言葉に、彼はしょぼんとうなだれてしまう。が、彼女は気にする様子もない。  
 
「でも、まだまだ元気。」  
うつむく彼の顔にそっと手を添え、その目を正面から見つめる。  
「ね?次は、私の中に…。」  
その言葉を聞いた瞬間、男の意地があるのか、彼はいきなり彼女を押し倒した。危うく頭を地面に強打するところだったものの、そこは  
彼がしっかりと手を添えて守った。  
が、とりあえず押し倒すまではしたものの、その後どうすればいいのかわからないようだった。困りきった顔のまま、  
組み敷いた彼女を見下ろしている。  
ちょっとだけ呆れた笑顔を浮かべ、彼の顔を撫でて優しく微笑む。  
「あなたのモノ、私の中にちょうだい。」  
「う、うん…!」  
言われてぎこちなく腰を突き出すが、焦ってしまって一向に入る気配がない。何度も入り口を滑り、それが余計に彼を慌てさせる。  
最初は彼に任せていたものの、彼女としても焦らされるのには限界がある。やがて、そっと彼の胸に手を当てる。  
「そう焦らないで、ね?もっと、ゆっくりでいいよ。」  
「ご……ごめん。」  
「ううん、いいよ。最初、手伝ってあげる。」  
そのままスッと手を滑らせ、彼のモノを優しく握る。一度出した後にも関わらず、そこはまだ十分な硬さを保っている。  
それを、そっと入れるべき場所へと導く。やがてそれが入り口に当たると、彼女は手を放した。  
「そのまま、来て。」  
「う、うん。じゃ……いくよ?」  
グッと、彼が腰を突き出す。  
「あんっ!」  
先端が彼女の中に入り込む。少しずつ、それが体の奥深くに突き入れられていく。  
「うあぁっ…!中、熱い…!」  
自身のモノに伝わる、彼女の体温。それは思う以上に熱く、その感触は今までに感じたことがないものだった。  
そして奥に突き入れるほどに、その快感は高まっていく。  
やがて全てが彼女の中に納まると、二人はそのまましばらく荒い息をついていた。  
「……ね、少しずつ、動いてみて。」  
彼女が声をかけると、彼はおずおずと腰を動かし始めた。ゆっくりと抜き始め、そして強く突き入れる。  
久しぶりに感じる、雄の感触。雌としての感覚。忘れていたはずのその感覚は、彼女に激しい快感をもたらした。  
ところが、その動きを5回ほども繰り返したとき。突き入れられた彼のモノがビクンと動くのを感じ、同時にお腹の中がじわっと  
温かくなるのを感じた。  
「……え?もう?」  
その感覚も懐かしいし、気持ちいいが、早いにも程がある。思わず素に戻って聞いてしまうと、彼は今にも泣き出しそうな表情になった。  
「…………ごめんなさい…。」  
耳もすっかり垂れ下がり、心底困り果てているのがよくわかる。おまけに、二度も早いと言われて、彼はすっかり落ち込んでいるらしい。  
そんな彼を、彼女は慈愛に満ちた目で見つめ、その首に優しく腕を回した。  
「初めてだもんね。大丈夫、気にしないで。いくらでも、気が済むまで中に出していいよ。」  
「……ありがと…。」  
「あ、でも一回ぐらい、私もイかせてね?」  
「が、がんばる。」  
 
気を取り直し、彼は再び動き始める。さすがに、今度は即果ててしまうこともない。  
最初こそ遠慮がちだったその動きも、徐々にがっつくような激しい動きになっていく。相手への気遣いなどできる様子もなく、  
自分の欲望のままに腰を打ち付けるその動き。変化には乏しいが、これはこれで彼女にもかなりの快感がある。  
何より、自分の体で気持ちよくなってくれているのだとわかり、それが純粋に嬉しかった。特に、今の彼女には尚のことだ。  
「ご、ごめん…!また、出ちゃうよ…!」  
「んあっ!あっ!い、いいよ。思いっきり……あぅっ!中に、出してぇ…!」  
彼女の体をぎゅっと抱き締め、三度目の精が放たれる。普通ならもう精も根も尽き果ててしまうところだろうが、幸いにも彼も彼女も  
ドワーフであり、体力はかなりある方だ。その上、彼にとっては初めての行為であり、すっかりその快感の虜になっている。  
射精が終わると、彼の尻尾にそっと尻尾を重ねてみる。少し驚いたように、尻尾がピクッと逃げかけた。  
が、すぐにその必要はないと気付き、むしろ今まで以上に燃え上がる。  
三度始まる、激しい動き。さすがに彼女の方もかなり昂ってきており、余計なことを考えないように、ただひたすら快感に身を委ねる。  
と、不意に彼の手が彼女の胸をまさぐり始めた。  
「きゃう!?ちょ、ちょっと、何を…!?」  
元々の体型と、長い戦いの間に、彼女の胸は女性らしさなどすっかり消え失せている。胸囲はあるが、その大半がただの筋肉だ。  
しばらくまさぐって、ようやく彼女の小さな乳首を見つけ出すと、彼は赤ん坊のように吸い付いた。  
「あんっ!だ、ダメェっ!わ……私の体、汚いよぉ!」  
そう言ったところで、彼は一向にやめる気配を見せない。歯を立てないように、舌先で先端を転がすように舐めつつ、強く吸い付く。  
いきなり加わった新たな刺激に、彼女の快感は一気に跳ね上がった。  
「んあああっ!す、すごくいいよぉ!私……私、もうっ…!」  
限界が近くなり、彼の頭を強く抱き締める。同時に、膣内がぎゅっと収縮し、彼のモノを強く締め上げた。  
「うあっ!?すっごいきつい…!ま、またっ…!」  
「お、お願い!イって!一緒に、一緒にぃ!」  
その言葉に応えるように、彼はさらに強く腰を打ち付ける。  
「もう、出る!」  
「出してぇ!私の中に……あ、ああぁぁぁ!!!!」  
お互いの体を強く抱き合い、高まる快感に身を任せる。そして、彼が精を放った瞬間、彼女も同時に達した。  
さすがに、四回も射精した彼の体力は限界だった。彼女の方も、久しぶりの感覚にそれ以上の快感を望みはしない。  
やがて呼吸が整ってくると、彼は彼女の中からゆっくりと引き抜いた。それに合わせ、彼女の中から三回分の精液がどろりと垂れた。  
「お腹、いっぱい…。」  
そう呟き、妖艶に笑う彼女。だが、彼の方は既にすっかり治まってしまい、再び暗い気持ちに戻っていた。  
 
「……ねえ、姉貴…。」  
そう呼びかけると、彼女は心底驚いた顔をした。それを見ると、彼は慌てて弁明した。  
「あ、いや、だって兄貴と付き合ってたんだよね?だから、その……姉貴かなって…。」  
「……そう、呼んでくれるんだ…。」  
寂しい笑顔を向けられ、彼は顔を合わせられずにうつむいた。だが、どうしてもこれだけは話さねばならない。  
「あのさ……姉貴、女神の涙探してるって……言ったよね?」  
「……うん。」  
「あれさ……あれってさ、その……ロストした場所と、完全に同じところで使わなきゃ、効果……ないんだよ…。だから、その、地下道は  
いつも、違うから……一度その地下道を離れちゃったら……もう…。」  
最初、彼は彼女がどれだけ落ち込むだろうと思った。もしかしたら錯乱するのではないかとも思っていた。  
が、彼女は笑った。今まで見た、どんな笑顔よりも、寂しそうな顔で。  
「……知ってたよ。」  
「えっ!?」  
「ずっと前から……知ってたよ。もう、私はあいつがロストした場所から、ずっと離れたところにいる。  
だから、もう無理なんだって……知ってたよ…。」  
「じゃ、じゃあ……じゃあ、どうしてこんなこと!?」  
「諦められなかったんだよ…。もし、私が諦めちゃったら、あいつはもう絶対に生き返れない。もしかしたら、奇跡とか偶然とかで  
生き返らせられるかもしれないって……もしかしたらなんて、絶対にないって、わかってたのにね。」  
何だか、急に疲れ切った顔になってしまった。そのために費やした、二年という月日と、踏み外してしまった道。  
それらを支えてきた、僅かな希望すら手放した今、彼女には何も残ってはいなかった。  
「ねえ、弟君。」  
「な、何?」  
「私、言ったよね?あなたに二つ、お願いがあるって。」  
「……うん。」  
「それじゃ、二つ目のお願い。」  
深いため息をつき、彼女は疲れ切った目で彼の顔を見上げた。  
「私を、殺して。」  
「なっ…!?」  
さすがに、その言葉は予想できなかった。彼女は兄の恋人であり、自分の初めての相手でもあり、またパーティの元仲間なのだ。  
殺すことなど、できるはずもない。  
「な、何言ってるんだよ!?そんなこと…!」  
「ごめんね。でも、もう疲れちゃった…。」  
「だからって…!そ、そうだ!みんなに話せばさ、また…!」  
「ダメだよ。もう、私は戻れないよ、こんなに汚れた体でさ。それに仲間だったのに、気付かないで襲い掛かったんだよ?私…。」  
さすがに、それを庇える言葉は出てこなかった。何もできない自分に、彼は唇を噛み締める。  
「あなたには、辛い思いばっかりさせちゃうと思う。だけど、お願い。あなた以外になんて、殺されたくないの。」  
「……どうしても、ダメ?」  
あまりに悲しそうな顔に、彼女の心は激しく痛む。だが、彼女は首を振った。  
 
「……そっか…。わかった、わかったよ。」  
優しい声で言うと、彼はそっと、彼女の体を抱き締めた。  
「ごめん。オイラ、何にも力になれなくて…。」  
「ううん、そんなことない。あなたのおかげで、私、幸せだよ。」  
こんな程度で幸せと言える彼女のことを思うと、思わず涙が溢れそうになる。だが、涙は見せまいと、必死にそれを堪える。  
「パーティのみんなに……気付かれなくて、よかった。こんなのが私だなんて気付いたら、みんなショックだよね。でも……できれば、  
ごめんって、伝えておいて。」  
「……うん…。」  
「ねえ、死後の世界って、あると思う?」  
唐突な質問に、彼は少し戸惑った。が、彼女は気にせず続ける。  
「もしあったとしても……きっと、あいつは天国でも、私は地獄だよね…。」  
「そんなこと……ないよ。だって、姉貴がこうなったのは、兄貴のせいなんだから。姉貴が地獄行きなら、兄貴だって地獄行きさ。」  
その言葉に、彼女は楽しそうに微笑んだ。  
「優しいね、君は。」  
「あの兄貴、だったからね。反面教師ってやつ。」  
「もっと早く…。」  
そこまで言いかけて、彼女は口をつぐんだ。もうこれ以上、彼に重荷を背負わすことは出来ない。  
「……何でもないや。そろそろ、お願い。」  
「ああ……わかったよ。」  
彼女の体を抱き締めたまま、彼は詠唱を始める。その言葉は、彼女も聞いたことのあるものだった。  
生命を司る僧侶の魔法の中で、生命そのものを操る魔法。それは僧侶の魔法ながら、回復ではなく、そのまったくの逆。  
長い長い詠唱が終わり、ついに魔法が発動する。一瞬にして対象の命を奪う死の魔法、デス。  
彼女の体が、ビクンと震えた。だが、その顔は安らかな笑顔を浮かべ、苦しみなど欠片も見えない。  
最後の力を振り絞り、彼女は囁いた。  
「ありがとう…。」  
掠れた声で言うと、彼女の体から力が抜けた。  
同時に、その体がさぁっと滑り落ちていった。彼女の体も、首輪も、鎚さえも灰となり、そして塵になっていく。  
彼の腕の中から、彼女の全てが零れ落ちていった。  
すべてが塵となった中、一つだけ形を残したものがあった。彼はそっと、それを拾い上げる。  
忘れもしない、それは兄のつけていたゴーグルだった。彼女は片時も放さず、これを持っていたのだ。  
それを強く握り締め、ぎゅっと胸に抱く。堪えていた涙が、今にも溢れそうだった。  
だが、モンスターの声が近くで聞こえた。さすがに、ここでモンスターに会っては自分もロストしてしまう。  
「さよなら……姉貴。」  
小さく呟くと、彼はバックドアルを唱えた。彼を待つ、仲間の下へ戻るために。  
 
宿屋に戻ると、彼はバハムーンの部屋を訪ねた。他の仲間はともかく、リーダーであるバハムーンにだけは、何があったかを  
報告しておくべきだと思ったからだ。  
部屋に入ると、バハムーンは窓際に椅子を置き、ぼんやりと空を眺めていた。どうも、声をかけるのが憚られる雰囲気である。  
しばらくの間、ドワーフは声をかけあぐねていた。  
「……あいつを。」  
「え?」  
いきなり、バハムーンが口を開いた。  
「あそこまで追い込んだのは、私だ。仲間と言いつつ、あいつがどれほどの悲しみを抱えているか量れず、最も助けを必要としたときに、  
あいつを突き放してしまった。その結果が、あれだ。」  
「姐御……気付いてたの?」  
「当たり前だ。私が、仲間の顔を忘れると思うか?」  
空を見上げたまま、バハムーンは続ける。  
「だからあの時、私がこの手で始末をつけるべきだと思った。だが、な…。私が不甲斐ないせいで、お前にまで業を背負わせてしまった。」  
「……元はといえば、全部兄貴のせいだよ。だから、オイラが業を背負うぐらい、当たり前だよ。」  
バハムーンは振り向かずに笑った。  
「兄に似て、優しい奴だな。」  
「ま、ね。ああ、そうだ。その……姉貴が……ああ、あの子のことね。みんなに、ごめんねって、言ってたよ。」  
「………。」  
それを聞くと、バハムーンは押し黙った。そして空を見上げる顔を、さらに上へ向けた。  
「その言葉は……私があいつへ言うべき言葉だったろうに…。」  
ドワーフはそっと席を立ち、部屋を出た。お互い、これ以上一緒にいない方がいいだろう。  
自分の部屋に戻ると、ドワーフはベッドに倒れこんだ。もう、今日は何も考えたくなかった。何も考えず、ベッドに横たわるうちに、  
いつしか彼は眠りについていた。  
その日、一つの命がロストし、一つの物語が終わった。  
しかし、長い時を経て、最後の最後に、パーティの絆は再び繋がれた。  
 
翌日、一向は再び同じ地下道の探索に行くことにした。先日は中断されたが、今日こそは突破してやろうとみんな意気込んでいる。  
ロビーに集合した仲間の下へ、最後にドワーフが駆けつけた。その顔は、昨日よりどこか大人びて見える。そして額には、今まで  
なかったはずのゴーグルがかけられている。  
「あれ?それ、どうしたんだ?」  
ヒューマンが最初に気付き、声をかける。  
「ん、これ?いいだろ?」  
「まるで、二年半前に戻ったようですよ。さすが、兄弟。よく似ていますよ。」  
「以前、彼がつけていたものと同じものだと認識します。少なくともデザイン上は、まったく同じものですね。」  
普段無口なノームまでもが、会話に参加してくる。仲間の存在というものの重さを、彼は今更ながらに知った気がした。  
「さあ、今日はあそこを突破するぞ。皆、気合を入れていけよ。」  
バハムーンの声に、全員が声を上げて答える。ドワーフもそれに答えつつ、そっとゴーグルに触れた。  
懐かしい、兄の記憶。初めから別れの運命を背負って出会った、彼女の記憶。  
―――兄貴、姉貴。一緒に、行こうぜ。  
心の中で、そう呼びかける。そして、彼は仲間と共に歩き出した。  
一緒に戦い続けてきた、頼もしい仲間達。  
それに、今も仲間に愛され、語られる兄と、義理の姉でもあり、短い間の恋人でもあった、彼女の記憶と共に。  
 

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