先に言っておく。俺はではあるが、性格は悪い方じゃない。いや、むしろ元々はいい方だったが、故あって催眠術で
中立的にしてもらった。
冥界の血脈を継いではいるが、実は怖いのが嫌いだ。霊タイプのモンスターなんか、できればあまり会いたくないぐらいだ。
今のパーティは悪いパーティじゃないと思う。が、居心地はいい方ではない。そんでもって悪い奴等が多い。
それでもまあ、何とかやっていける自信はあったんだ。ただ、どうしてもダメだ。
あいつだけは、俺はどうしてもダメなんだ。
錬金術師としての腕を買われて、このパーティに入ってから、はや数ヶ月。成長の遅い俺はみんなに付いていくため、貯蓄は泣きながら
募金箱にぶっ込んできたし、どうも馬の合わない奴が多いから、友好の指輪なんてのまで着けた。
俺自身は、結構パーティのために頑張ってると思う。しかしまあ、性格の悪い奴が半数だ。いちいち言わでもの事を言われる時も多い。
「おいディアボロス、お前まだスターダスト作れねえのかよ?」
ヒューマンだ。僧侶なのに性格が悪いとは、これいかに。
「だぁ〜から、もうちょっと待てってば。あと数回潜れば、たぶん作れるからよ〜。」
「たぶん、じゃ困るんだよなあ。お前錬金術師だろ?なのに物作れねえとか、どうなんだよ?」
「く……お前だって、最初は僧侶なのにヒールできなかっただろ!それと同じだ!」
「今はもう、使えない僧侶魔法なんてねえけどな。それに比べてお前は……いや、いいか。ま、とにかくさっさと作れるようになれよ。」
そうは言うがな。お前の持つアイボリーロッドを作ってやったのは誰だと思ってるんだ?おまけにそれ何回作り直したと思ってやがる。
その言葉をグッと飲み込み、代わりにため息をつく。と、後ろから大人しそうな笑い声。
「魔法と錬金術を、一緒にされても困るものです。そう、思いませんか?」
「……言葉通りの意味なら、その通りだと思うがな。どうせ裏があるんだろ?」
「いえいえ、そんな。わたくしがそんな風に見えますか?」
天使のような微笑みを浮かべるセレスティア。だが、こいつの心は俺が言うのもなんだが、悪魔そのものだ。
「まさしく、言葉通りですよ。わたくし達の使う魔法が、たかだか物を作るぐらいにしか使えない術と、一緒にされたら困る、と。
そう思いませんか?ディアボロスさん?」
「当てこすりはもういいよ。ったく、ほんとお前はどこの堕天使だよ。」
「これは、心外。あなたのような悪魔とまで、仲良くしているわたくしの、どこが堕天使だと?」
「その性格がに決まってんだろっ!」
「なるほど。あなたのような悪魔から見れば、すべての行動に裏があると思ってしまうわけですね。悲しい、性ですね。」
友好の指輪をしっかり着けてるから、こんな事を言われてもそんなに腹は立たない。つけてなかったときの事は……思い出したくもない。
それでもまだ、この男二人はいいんだ。口は悪いし性格も悪いが、俺に危害を加えてくるわけじゃない。
「仲のいいことだな、お前等。」
「……どこをどう見たら、今のがそう見えるんだ?」
「殺しあっていないからな。」
「お前、どれだけ殺伐とした心なんだよ。それともバハムーンってのは、嫌いな奴はすぐ殺すのか?」
こいつは中立的な性格だが、悪寄りの中立である気がしてならない。少なくとも、あまり性格がいいとは思えない。
「私は逆に、ディアボロスはそういう種族だと思っていたが?」
「違うわっ!」
「そうか。まあ、仲間同士で傷つけあうことはするなよ。」
すみません。既に心が散々に傷つけられてるんですが。てか体が傷つかなきゃ、何したっていいのかよ!?
ため息をつくと、エルフが俺の隣に座る。どうも、女の子が隣に来るとドキドキしてしまう。あのバハムーンだと平気なんだが…。
「……どうした?」
「いえ。」
こいつはやたら無口だ。『ええ』か『いえ』ぐらいしか口にしないし、とにかく自分から喋ることはない。
「気遣ってくれてんのか?」
「………。」
たぶん、肯定的な沈黙だ。表情と合わせて見ることで、ようやくこいつは意思疎通ができる。
「にしても、お前ほんと喋らないよな〜。もうちょっと特待生らし…。」
やばい、と思った頃には手遅れだった。
シャン、と冷たい音が響き、俺の喉元に刀が突きつけられる。
「……何でもないですよ?」
「…………二度と、わたくしの前でその言葉を口にしないことですわ。」
不機嫌そうに言うと、エルフは刀を納めた。こいつは元々特待生だったらしいんだが、それを言うと非常に怒る。バハムーン曰く、何でも
すんげえ辛い記憶があるんだとか。それに関連したものか、こいつはやたらにモンスターと知らない男を嫌う。一体何があったのか
興味があるが、聞いたら俺の首と胴体が離れてしまいそうだ。
この女達も付き合いにくいといえば付き合いにくい。が、あいつほどじゃない。
エルフが不機嫌そうに立ち去ると、不意にカタカタと音が聞こえた。そして、俺の腕に人形がよじ登ってくる。
「うわあああぁぁぁ!!!!」
慌てて振り払おうとしても、人形はしっかり俺にしがみついて離れない。発狂寸前になりながらも、俺は渾身の力を込めてそいつを
振り落とす。地面に落ちたお菊人形は、気味の悪い動きでカタカタと立ち上がり、主人の方へと戻っていった。
「はぁ……はぁ……お、おいノーム!お前毎回毎回、何なんだよ!?」
そう。俺が一番苦手な相手。それはこのノームだ。
本来なら、俺の唯一の心の拠り所になってもおかしくない種族。なのに、こいつは違う。
「ふふ。私もその子も、共に操られた人形。私とその子に、一体どういう違いがあるの。」
そう言って、微笑みを浮かべるノーム。その笑顔は、とんでもなく不気味だ。
「お……お前はまだいいだろ!?お前には、ちゃんと種族があって、人形っつったって、それを依代にしてるだけで…!」
「この子はお菊人形。私はノーム。どちらも同じ人形なのに。」
超術士である彼女は、なぜかあのお菊人形が大のお気に入りだ。他の武器を薦めても、絶対あれを放そうとしない。そして戦闘じゃない
時も、ずっとああやって好き勝手操っている。
「その違い。私は、取り憑き、操っている。この子は、その私が操っている。ふふふふ。」
ほんと、こいつは気味が悪い。言ってることもよくわからないし、行動がおかしすぎる。ノームにしては非常に表情豊かだが、
それが余計に怖さを引き立てている。
「操り人形を操る人形。性格の悪くない悪魔。どっちも傑作。そう思わない。」
「……性格の悪い天使は入らないのか?」
「彼は堕天使。あなたほどには、面白くない。」
俺と喋っている間も、お菊人形はカタカタ動き続ける。ノームの表情にあわせ、そいつの表情までもが変化しているのが怖い。
「装備の力に頼ってまでも、仲間を求めるおかしな悪魔。いつも思うの、それはなぜ。」
「あのな、俺はお前と謎かけして遊ぶ気はないんだ。用がないなら、放っておいてくれる、と、嬉しい……です。」
ノームに見つめられると、どうしても敬語になってしまう。じゃないと、あの人形で何をされるか。
ただ、こいつも性格は悪い方だが、男連中に比べれば、そこまで悪い奴でもない。
「そう。なら、放っておきましょう。」
地面から見えないぐらいに浮かび上がり、地面を滑るように動くノーム。その後ろを、お菊人形がカタカタと追いかける。慣れないうちは、
あの姿が毎晩夢に出たものだ。
立ち去り際、ノームが不意に立ち止まった。お菊人形もその隣に並び、立ち止まる。
「人ならざる身の人形遣い。人形そのものの人形遣い。」
左手を腰に当て、右手をお菊人形の上にかざす。すると、見えない糸に吊られたように、お菊人形の動きが変わった。
「人形ならば、操れる。人の心も、これほど簡単ならば、ね。」
言いながら、お菊人形を動かすノーム。人形はゆっくりと舞を踊り、天を仰ぎ、そして、唐突に糸が切れたように崩れ落ちた。
「操る者がいなければ、人形なんて動かない。この子は私が操るけれど、私を操る私はだぁれ。」
正直、何が言いたいんだかまったくわからない。ミステリアスな子は可愛いとか、エキゾチックな魅力が、とかよく言われるけど、
こいつに限っては不気味なだけだ。
「その〜……もうちょっと、はっきり言ってくれると嬉しいんだが…。」
「この子は人形。私も人形。この子は操り人形だけど、私はこの子を操る人形。人形を動かす人形遣い。それなら私の人形遣い、
私以外にどこにいる。」
やっぱりわからない。つーか余計わからない。こいつの頭ん中は一体どうなってるんだ?
おまけに、顔は表情豊かだけど、声には抑揚がなさ過ぎて、疑問系なんだか言い切りなんだかの判別すら難しい。
「……ふふ。わからないなら、宿題。またね。」
床に崩れたお菊人形がぴょんと飛び上がり、ノームの腕の中に納まる。そして、ノームはそれを大事そうに抱きかかえ、どこへともなく
滑っていった。
残された俺は、ドッと疲れが出て椅子に座り込んだ。まったく……あいつら、揃いも揃って何なんだ。
飯ぐらい、ゆっくり食わせてくれたって罰は当たらないだろうに。
数日後、俺はそんなことがあったなんてすっかり忘れ、いつも通り一人でのんびり夕飯を食っていた。
今日は俺の大好きなアイスクリームが残ってたから、実にいい日だ。
そう思っていたら、足元で聞きなれたカタカタという音。そして、俺のズボンを何かが掴む。
「やぁめぇろぉー!」
そいつが登りだす前に、もう片方の足で蹴落とす。そんな俺を、ノームは後ろで気味の悪い微笑みを浮かべながら見ていた。
「だぁから、いっつもいっつも何なんだよ!?俺に何か強い恨みでもあるのか!?」
「ふふふふ。恨みがあったら、その子があなたの喉を食い破ってる。」
「………。」
こいつの戦い方は、今の言葉通りなので非常に怖い。誰だ、こんな危険人物にこんな危険な玩具を与えたのは。
「で、何の用……ですか?」
「宿題、わかった。」
「……宿題?」
一体何のことかわからず、俺は首を捻った。すると、ノームの表情が変わった。
「え…。」
一瞬、唖然とした表情をし、やがて眉がだんだんと下がる。唇は涙を堪えるように結ばれ、やがてうつむいてしまった。
そこで、俺はようやく思い出した。数日前、わけのわからない言葉の解釈を宿題と言われてたことを。
「あ、ああ!お、思い出した!思い出したよ!」
「……でも、忘れてた。どうせ、私はその程度。私が片手間に操る、その人形と一緒。」
悲しげな声で言うと、ノームはお菊人形を抱えて走り去ってしまった。まさかあんな悲しむなんて思いもしないし……第一、あんな言葉の
解釈、覚えてたとしてもわかるもんかっ!
でも、参った。俺は女の子に泣かれるのが苦手だ。あいつ自身も苦手だけど、さすがにそんなこと言ってられない。
楽しみに取っておいたアイスクリームを二口で食べると、俺は仕方なくノームの部屋に向かった。
だが、いざ部屋の前に立ってみると、思った以上に緊張する。女の子の部屋に入るというのも、今まで片手すらいらない回数しかない。
つまりはゼロだ。文句あるか。
色んな勇気を総動員して、ドアをノックする。返事はない。もう一度ノックしようと手を上げた瞬間、ドアがゆっくりと開いた。
ノームがベッドに座っているのが見える。え、じゃあドア開けたの誰だ?
そう思う間もなく、お菊人形が俺の足を引っ張った。
「どわああぁぁ!?」
思いのほか強い力で引っ張られ、俺は部屋の中へ引きずりこまれた。そして俺の体が完全に入り込むと同時に、部屋のドアが閉められる。
「いってぇ〜…!」
「……なぁに。」
わかってて言ってるのか、それとも本当にわからないのか。どっちにしろ、俺のする事は変わらないか。立ち上がり、服をはたく。
「いや……その、悪かったよ。お前の言ったこと、忘れちまってて…。」
「わざわざ、それ言いにきたの。」
少し不機嫌なのか、喋りのリズムがいつもと違って普通だ。
「ああ…。ま、まあその……思い出したところで、答えはわからないんだけどさ…。」
よく見ると、部屋の中は人形だらけだった。武器にも使われるマリオネットやらわら人形やらもあるが、至って普通のぬいぐるみなんかも
大量に置いてある。これがただの、人形好きな女の子ってんなら可愛いけど……こいつだと怖い。
「どうしても、わからないの。」
「あ、ああ。その、考えてはみたけど……いや、今も考えてるけど、皆目見当もつかないよ。」
「ふーん。」
ノームが顔を上げた。それにあわせ、部屋中の人形が俺に顔を向けた。
「うわあああぁぁぁ!!!!」
思わず悲鳴をあげ、その場に尻餅をつく。そこに、お菊人形が覆い被さってきた。こ、殺される!
「ほんとに、わからないの。」
「わ、わからないんだって!ちょっ、それよりこいつどうにかしてくれええぇぇ!!!!」
「その子、いい子。その子を操るのは私。じゃあ私はどんな子。」
ここにきて謎かけか!?てか、なんだ?これは何かのヒントのつもりか?
「い、いい子だって言いたいのか!?」
「ふふ、正解。応用、頑張って。時間制限、今日が終わるまで。」
いい子じゃない。この子は絶対いい子じゃない。
「わかった!何とか頑張る!だからこいつどかしてええぇぇ!!!」
お菊人形が、俺の上から離れる。俺はガクガクする足を何とか押さえつけ、必死の思いで立ち上がった。
「頑張って。あと4時間。」
「あ、ああ……頑張る…。」
壁を伝い、まだ震える足を何とか動かして、俺は部屋を出た。背中には、ずっとノームの視線が突き刺さってきた。
ドアが閉まると同時に、俺は大きくため息をついた。まったく、一体何だってんだ。
ふと、横を見るとエルフがいた。無口なせいか、こいつは気配がほとんどなくて困る。
「あ、ああ。いたのか。いつからいたんだ?」
「………。」
無言ですか。そうですか。
「その、な。ちょっと、あいつに謝ることあったからさ。」
「そう。」
「いや、ほんとだぞ!?疑ってないよな!?」
「ええ。」
「ならいいけど……お前も、こいつに何か?」
「いえ。」
「そうか…。」
「………。」
特に言葉も続かず、沈黙が訪れる。気まずい。
「少し…。」
「え?」
こいつが自分から話すのは初めて見た。思わず、俺は間の抜けた声で聞き返してしまった。
「聞こえましたわ。」
「何が……ああ、俺とあいつの話?」
「ええ。」
「そっか。」
「………。」
また、沈黙。どうも苦手だな、こういう沈黙は。
「人形は。」
「人形?」
「人形遣いが糸を操り、動かしますわ。操り人形と、人の違いはどこにありまして?」
なんだ?いきなりどうしたんだ?こいつも、ノームの病気が移ったのか?
「人形を操るのが糸なら、人を操るのは何だと思いまして?わたくしが言えるのは、これだけですわ。」
「は、はぁ。」
一方的に言うと、エルフは歩き去ってしまった。うーん、あいつは謎かけの答え知ってるのか?にしても、ヒントのつもりなのかも
しれないが、やっぱりわけわからなかったな…。あと4時間ぽっちで、そんな答えわかるんだろうか?
結局、あのわけのわからない謎かけの答えなんかわかるはずもなく、無為に長針が一周した。
ノームは、人形がいい子である場合、それを操る者がいい子であると言った。だが、それがあの言葉に繋がるとは思えない。
気がつけば、長針が二周していた。
エルフは、人形と人間の違いはどこにあるのか、と言っていた。どこも何も、まったく違うとしか思えない。人形は、ただの物でしかなく、
人間は生きて動いている。まあ、人形もノームみたいな精神体が取り憑いたり、糸で動かしてやれば動くわけだが、少なくとも自分の
意思で動くわけじゃない。
そんなことを考えてるうちに、長針は三周目に入っていた。
そもそも、ノームは何を言いたかったんだろう?確か、人形を操る人形が自分で、その自分を操る自分が誰だとか…。
やばい、考えたら余計わからなくなってきた。俺だって、頭は決して悪い方じゃない。なのに、全然わからないというのが少しムカつく。
人形を操るのが糸。で、人を操るのは何だって、そう言ってたんだっけな?しかし、何って言われてもなぁ…。
わかるかっ!
その時、とうとう時計が12時を告げた。時間切れだ。
降参の旨を報告しに行こうと、ベッドから起き上がった瞬間。部屋のドアが、小さくノックされた。
「ん?ノームか?」
返事はない。俺は妙に思いながらも、部屋のドアを開けた。
「おーい、聞いてるんだから返事…。」
部屋の外には、誰もいなかった。
聞き間違い?んなわけない。確かに、ノックされるのを聞いた。隣の部屋って事もありえないし、でも誰もいないし…。
だが誰もいない以上、聞き間違いなんだろう。いや、そうじゃないと怖すぎるから、そう思い込むことにした。
ドアを閉めて、振り返る。その瞬間、全身の血が逆流した。
ベッドに、お菊人形が座っていた。その顔は、無表情に俺を見つめている。
「う、うわっ…!」
思わず声が漏れた。それと同時に、お菊人形が立ち上がった。
ベッドから飛び降り、ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。俺は恐怖で発狂しそうになったが、必死に思考を巡らす。
あのお菊人形は、明らかにノームのものだ。あいつの超能力は、そんなに遠くまで動かせるわけじゃない。となると、あいつはすぐ近く
にいるはず。そして、これを見てるはずだ。
「おい、ノームぅ!いるんだろ!?こ、こいつやめさせてくれぇ!」
情けないことに、声が恐怖で上ずってしまう。だが、俺からすれば声が出たことだけで褒めて欲しいくらいだったりする。
フッと、俺の首に何かが触れた。
「ぎゃああああああぁぁぁぁ!!!!!」
「ふふ。怖がり。」
ノームが、いた。いつの間にか、俺の真後ろに立ち、薄気味悪い微笑みを浮かべている。
「こ……こ…………殺す気か…!?」
ともかくも、何とか人心地ついた。俺はへろへろとその場にへたり込んでしまった。
「悪魔の癖に、すごい怖がり。ふふ、変な人。」
「悪魔ってのは、お前みたいな奴の事を言うんだ……あぁ、ほんと心臓が止まるかと…。」
「それで、答えはどう。」
お菊人形を大切そうに抱き、ノームが聞いてくる。わからないって言ったら、殺されるんじゃないかという不安が頭をよぎる。
「いや、その……降参。全っ然わかんなかった。」
「むぅ。残念。」
そう言い、頬を膨らませるノーム。何だか急に女の子っぽい動きをされ、不覚にも一瞬可愛いと思ってしまった。
「じゃ、少しずつ謎解き。いいよね。」
「謎解き?」
俺が聞き返すと、ノームは笑顔を浮かべた。いつものような薄気味悪い笑顔じゃなく、まるで普通の女の子が浮かべるような笑顔だった。
「人形を操るのは、糸。その糸を操るのは、人形遣い。なら、その糸は人形遣いの、何で動く。」
「……手。」
「合ってるけど、違う。もうちょっと、違うもの。」
「手で動かすんじゃないのかよ…。んじゃ……なんだ?」
「どんな動きをさせよう。どんな風に動かそう。それは何。」
「ああ、意思?」
「正解。それじゃ、次。」
いきなり、ノームは俺の首に腕を回してきた。予想以上に柔らかい感触に、俺の鼓動は一気に速くなる。
「人を動かすのは、意思。なら、私がこうしてるのは、なぜ。」
「えっ、えっ…!お、お前がそうしたいから…!?」
「うん。それじゃ、私をこうさせるのは、誰。」
「だ、誰だ…!?って、誰でもな……あ、いや、お、俺!?」
「うん。」
わけがわからなかった。いや、わけはわかるんだが、そうなる理由がわからないというか、そもそもまともな思考ができるほど余裕がない。
「お、お、俺の何が!?」
「んー。頑張ってるとこ。かっこわるくて、可愛くて。」
無邪気な言葉なのかもしれないが、地味に俺の心に突き刺さった。
「怖い目に遭っても、いっつも頑張ってる。」
「それが見たくてやってたのかよっ!?」
「それもあるけど、全部じゃない。だって、ああしたら私のこと、強く覚えていてくれる。」
なんというか、こいつは思考回路が少しぶっ飛んでるらしい。いや、それ自体は知ってたけど、まさかここまでとは。
きっと、依代の製作者が頭のネジ一本抜いて作っちまったんだろう。
「私のこと、強く覚えて欲しかった。」
ノームの顔が、俺の目の前にある。ガラス玉の様に透き通った青い目に、俺の間の抜けた顔が映っている。
「この子は、私の操り人形。だけど、この子に意思はない。私は人形遣いの人形。私を操る、私はだぁれ。」
今、ようやくわかった。こいつの言ってる『私』ってのは、何も自分そのもののことじゃないんだ。
こいつは人形遣い。依代に取り憑いてる時点で、お菊人形とは関係なしに、生まれながらの人形遣いと言える。だから、『私』とは
『人形遣い』そのものを指してるんだ。
つまり、この言葉の真意は、ノームを操る人形遣いは誰?ということだ。
「……お前を操る、人形遣い。」
ノームは、嬉しそうに頷いた。
「それが……俺だってのか?」
「そう。やっと、わかってくれた。」
いつの間にか、お菊人形は床に落ちていた。だが、ノームはもはや、そんな物を気にはしなかった。
「どうして、わざわざこんな回りくどいことを?」
「覚えて……欲しかったから。」
初めて見せる、女の子らしい恥じらいの表情。やばい。俺は本気で、こいつを可愛いと思い始めている。
「あなたを見たときから、私の心はあなたのもの。あなたに覚えてもらいたくって、私は道化の操り人形。」
「まったく。もう少し、マシな手段だってあっただろ?そうすりゃ、俺だってこんな回り道しないで済んだものを。」
ノームの体を、グッと抱き寄せる。驚いたように、その体がビクッと震えた。
「お前のこと、今までずっと怖いと思ってた。」
「……今は、どう思う。」
一度、大きく息を吸った。これを口に出せば、俺はきっと戻れなくなる。
それでも、言わないなんてできるわけがなかった。
「……可愛いと、思ってる。」
「……嬉しい。」
本当に嬉しそうに、目を細めるノーム。もうそろそろ、俺も抑えが利かなくなりそうだ。
抱き寄せた体を、さらに強く抱き締める。不安なのか、ノームは少し抵抗する。
その姿が余計に可愛らしく、そっと顔を上げさせた。
「キス……するの。」
「……したい。」
「ん。」
一瞬不安そうな表情を浮かべ、目を瞑るノーム。その唇にそっと、顔を近づける。
が、ノームは俺の首にぎゅっと抱きつくと、自分から唇を重ねてきた。さすがにそれは予想してなかったので、お互いの歯が当たって
カチッと音を立てた。
「いって…!」
「うん、痛い。」
「お前……俺からしようとしてたのに。」
「私も、したかったから。」
そう言わてしまうと、こちらとしても何も言えない。
キスを終えると、ノームが体を離そうとする。俺はそれを許さず、その体を放さない。
少し焦った顔になり、ノームはまた離れようともがく。それでも、俺は放さない。
「え、え。あ、あの、もっと、したいの。」
「ここでお預けは、ちょっとずるいと思う。」
「……私、心の準備してない…。」
「俺だって不意打ちの連続だったんだ。お前だって、一回ぐらい食らってみろって。」
そこで、俺はふと気になった。そういえば、こいつの体は依代だから、そういうことできるのか?そもそも、そういった部分は作られて
ない可能性が…。
そんな俺の表情を読んだのか、ノームはそっと俺の耳に唇を寄せた。
「私の依代、特別。限りなく、人に近い作りになってる。」
「じゃ……じゃあ、一応できるんだ?」
「うん、たぶん。」
「たぶん?」
「したこと……ないから。」
悲しいことに、俺はそれを聞いたとき、男としてより錬金術師としての興味をそそられていた。
いや、もちろん、男としての興味も溢れんばかりだったが。秤にかけると、職業としての興味がちょっと勝ってたって感じだ。
その二つの意味で体が見たくて、俺はノームの服に手を掛けた。すると、ノームは俺の手をしっかりと押さえた。
「ダメか?」
「あなたなら、いいけど。でも、今のあなたじゃ、ダメ。」
「……どうして?」
「私、あなたが好き。でも、あなたは違う。」
何だか心の中を見透かされたようで、俺は少しうろたえた。
いきなり、ノームは俺の体にしがみつき、ふわっと浮かび上がった。そのまま俺ごとベッドに乗ると、俺の体にのしかかってくる。
「お、おい…?」
「私の言う好きと、あなたの言う好きは違う。お願い。私を、あなたの目で、見て。」
ノームの手が、俺の肩に触れる。そしてつぅっと腕をなぞる。
その手は決して暖かくはない。せいぜい室温程度の温もりだ。だが、人形とは思えないほどに柔らかかった。
二の腕をなぞり、肘を撫で、俺の手に触れる。その指が滑らかに動き、俺の指に着いている友好の指輪を摘んだ。
「おい、それは…!」
「私は、あなたの操り人形。あなたを嫌うはずなんて、ない。」
ゆっくりと、指輪が外される。途端に、セレスティアだのエルフだのとパーティを組んでいることがとんでもなく不快になってきた。
特にセレスティアには、殺意すら覚える。
だが、それと同時に、目の前のノームに対して、胸が苦しくなるほどの愛しさが芽生えてきた。
「ノ……ノーム…。」
「嫌いな気持ちも、好きな気持ちも、隠してしまう。あなたは、私の人形遣い。こんな指輪の、操り人形にはならないで。」
さっきまでの、職業病的な興味が消えたわけじゃない。だけど、今の俺には、目の前にいる彼女を抱きたいという思いが強かった。
もう一度、ノームの服に手を伸ばす。今度は、ノームも俺の手を押さえない。
いくつかボタンを外すと、ちらりとノームの胸が覗いた。って、こいつシャツの下すぐ素肌かよ。
「お前、ブラジャーしてないの?」
「だって、制服黒いから見えないし。」
それはそうだが、ちょっと楽しみが減った気がする。
気を取り直してシャツのボタンを外し、肩からそっと滑り落とす。滑り落ちたシャツの下から、形のいい胸が露になる。
と、思った瞬間。ギリギリ見たいところが見えないタイミングで、ノームが滑り落ちるシャツを抑えた。
「……おい。」
「ご、ごめん。でも、やっぱりダメ。」
「どうして!?」
「あの、あの、やっぱり恥ずかしい。ね、やめよ。お願いだから。」
可愛らしくもじもじするノーム。その姿が、余計に俺を興奮させる。
「やめない。」
「いや。」
「やめられない。」
「いじわるしないで。」
「お前こそ、焦らすのはいい加減にしてくれ。」
脱がせようとしても、ノームはしっかり服を押さえて放さない。結構強く引っ張っても、全力で抵抗される。
しょうがない。こうなったら最終手段だ。
服に手を掛け、意識を集中する。途端に、それまで服だったものはズタズタのぼろきれになり、地面に落ちた。
「あっ。ず、ずるい。」
「安心しろって。あとでちゃんと直してやるから。」
いつの間にか、俺とノームの形勢は逆転している。俺にのしかかっていたノームは体を引き、俺はその体を追い詰めるように覆い被さる。
スカートに手を掛けると見せかけ、パンツに手を伸ばす。フェイントにかかったノームは慌てて押さえようとするが、少し遅かった。
恥ずかしそうに胸を隠し、スカートをぎゅっと引き下げるノーム。
「いじわる、いや。」
その目には、既に涙が浮かんでいる。俺の胸に、やばい衝動がむくむくと湧き起こる。と同時に、その衝動が別の驚きで抑え込まれる。
「涙…!?」
そういえば、特別な依代だとか言ってたっけ。実際こういうのを目にすると、相当に特別らしいことがわかる。ここまでくると、
もはや生身と変わらないんじゃないだろうか。
頭の中で納得してしまうと、再びやばい衝動が頭をもたげる。その気配を察知したのか、ノームは少し後ずさった。
「……いや。」
「お前だって、散々俺に意地悪してきただろ。」
有無を言わせず、胸を隠す手を押さえ込む。ようやく、ノームの胸を見ることができた。
「やだ、恥ずかしいよ。見ないで。」
「どうして。きれいだぞ。」
空いている手で、その胸に触れてみる。その手触りはふわっと柔らかく、マシュマロか何かを触っているみたいだった。少なくとも、
およそ人形の体とは、とても思えない。
「んん…。」
優しく、胸を揉んでみる。俺が手を動かすたび、ノームは可愛い声をあげ、押さえている手の力も徐々に弱り始める。
すっかり抵抗する気配がなくなったところで、俺は押さえている手を放した。そして小さな乳首を、指先でクリクリと弄ぶ。
「んっ、うっ…んん…。」
相変わらずスカートは引っ張りつつ、ノームは解放された方の手を口に当て、喘ぎ声を堪えている。
「声、我慢するなよ。」
「んうぅ……だって、だって……恥ずかしい…。」
普段なら、絶対に聞けないような言葉、声。そのギャップが、よりノームを可愛らしく見せる。
「ね、もういいでしょ。もうやめよ、ね。」
「やだ。」
もうノームの意向は完全無視し、一旦手を放すと形のいい乳首を口に含んだ。
「はうっ……や、だめぇ…。」
ほとんど人肌と変わらない感触。一体どんな素材を使ったんだろうと考えてしまうのが、我ながら少し悲しい。
口を押さえる代わりに、今度は俺の頭を力なく押してくるノーム。だが無視。
強く吸いながら、先端を舌で転がすように舐める。しっかりノームも感じているようで、その声はだいぶ甘いものが混じっている。
そっと、スカートの中に手を入れてみる。途端に、ノームの体がビクンと跳ねた。
「や、待って。触っちゃだめっ。」
既に、そこはびしょびしょに濡れていた。涙が出る時点である程度は予想できたが、こっちの機能もしっかり作られてるのか。
職業的な興味から、一度手を引いて、そこについた液体をじっくりと眺める。人のものとあまり変わらないのかもしれないが、
これといって匂いはない。指を開いてみると、その間につうっと糸を引くほどの粘り気がある。
と、気がつくとノームが両手で顔を覆っている。
「どうした?」
「恥ずかしいから……見せないで…。」
「あ。」
全然意識してなかったが、そりゃノームからすれば相当恥ずかしいだろう。
「ごめんごめん。悪かったよ。」
頭を撫でてやると、ノームはおずおずと手を下ろし、俺の顔を見つめてくる。もう完全に抵抗する気もなくしたらしく、
逃げたりするような気配はない。その時、俺はふと思い出した。
「そういえば、言い忘れてたな。」
「何……を。」
「好きだ、ってさ。」
ノームは恥ずかしそうな顔のまま、俺の手をぎゅっと握った。
「ずるい、今言うの。」
「性格悪いのが、移ったのかもな。」
言いながら、ノームの頭を引き寄せる。ノームは一瞬警戒したが、すぐにその意味をわかってくれた。
目を閉じるノーム。その唇に、そっと唇を重ねる。
唇の柔らかい感触。舌を入れると、ノームもそれに応える。一体どういう作りになっているのか、ノームの口の中はほんのり甘い。
ついつい、その甘さに惹かれて執拗にキスをしていると、ノームが軽く抵抗を示した。
「ん、なんだ?」
「その……続き、は。」
「何だよ、嫌がってたんじゃねえの?」
「だ、だって、恥ずかしかったけど……その、してもらいたくない……わけ……じゃ…。」
俺も、健全かつ健康な若い男子だ。こんな言葉を聞いて、自分を抑えられるわけがない。
邪魔な服を脱ぎだすと、ノームは少し怯えたような顔になった。そんなノームの体に、そっと胸を重ねる。
「大丈夫、優しくしてやるから。」
「……うん。あ、あの。」
「ん?」
「スカート、邪魔じゃない。」
「ぜひそのまま穿いててくれ。」
スカートをまくり、すっかり濡れそぼった秘所にモノをあてがう。軽く腰を突き出すと、まるで吸い込まれるかのように入っていく。
「んん……んっ…。」
目をぎゅっと瞑り、声を堪えるノーム。その中は当然温かくはないが、全体がヌルヌルとしていて、しかもきつい。
と、何か引っかかる感触があり、俺は一度動きを止めた。
「もしかして、これ…。」
「初めて……だから。」
どこまで作りこんでやがるんだ、この依代の製作者は。ちょっと尊敬するじゃねえか。
「いいのか、俺で?」
「うん。来て。」
少し心配はあったが、ノームもそれを望んでいる。何より、俺自身の納まりもつかない。ノームの腰を抱え、グッと腰を突き出す。
明らかに、今までと異なる、無理矢理に肉をこじ開ける感触が伝わった。その瞬間、ノームが叫んだ。
「いっ、痛い痛いっ。いやぁっ、痛いよっ。」
「お、おいノーム!?大丈夫……いてっ!」
突然暴れだしたノーム。腕をめちゃくちゃに振り回すもんだから、そのうち一発が俺の顎にクリーンヒットする。
それ以上攻撃を食らう前に、俺はノームの体を腕ごと抱き締め、その動きを封じる。ノームは泣き叫びながら逃れようともがいていたが、
やがて少しずつ落ち着いてきた。
「だ、大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい。あんなに痛いなんて、思わなかったから。」
俺だってびっくりだ。この前なんか、戦闘で腕を吹っ飛ばされても平然としてたのに、まさかこんなに暴れるとは。
「痛いのが、すごくいっぱいきて、びっくりして…。」
「ま、まあ最初は痛いって言うしな。そういうとこまでリアルに再現されたんだろ。」
頭を撫でてやると、ノームは嬉しそうに目を細めた。
「もう、大丈夫か?」
「うん。もう、全然痛くない。」
さすがに血は出ていない。よかった、血なんか見たら、一気に萎えてしまいそうだ。
一応、慎重に腰を動かしてみる。ピクッとノームの体が動いたが、痛いわけではないみたいだ。もう少し強く動かす。
「んぅ…。」
可愛い声を上げるノーム。同時に、中がぎゅっと締め上げられる。やばい、気持ちいい。
自分でも意識しないうちに、だんだんと腰の動きが速くなる。突き上げるたびに、ノームは抑え気味に声を上げる。
俺の体温が移るおかげで、中もだんだんと熱くなる。その熱さとぬめった感触に、快感はどんどん高まっていく。
「んっ、んっ。んうぅ…。気持ち……いいよぉ…。」
俺にしがみつくノーム。その体を抱き締め、さらに強く突き上げる。
「んっ、あっ。そ、そんなに強くしたら、私……私、もうっ…。」
「うあっ…!」
ノームの中が、ぎゅうっと締め付けてくる。少しは余裕があったんだが、その締め付けで俺は一気に追い込まれた。
「やべ、今ので、もう無理…!ノーム、出る!」
「私も、ダメ…。う、ああぁぁっ。」
俺の体を思い切り抱き締め、体を震わせるノーム。同時に、その中に思い切り精を吐き出す。俺達はしばらく、その余韻に浸っていた。
やがて、一息ついたところで俺はノームの中から引き抜いた。チュプっといやらしい音がし、ノームのそこが名残惜しげにヒクッと震える。
一回出したことで、俺の方はだいぶ余裕ができた。改めて見てみると、秘所の方だけじゃなくてお尻の方まで作られている。
「お前、こっちもちゃんとあるんだなあ。」
「ひゃあっ。」
直後、部屋の中にスパーンといい音が響き渡った。
「痛ってぇ〜…!」
「い、いきなり変なところ触るからっ…。」
「ああ、いや、それは悪かったけど。」
しかし考えてみると、依代なんだから絶対に必要ない部分のはずだ。となると、ここも絶対そっちの目的か…。
「そ、その、そっちはまだダメだから。」
「はいはい、わかって……ん?『まだ』?」
「だって……私にだって、心の準備とか、あるんだから。」
つまり心の準備できたらオーケーと。
「……あなた、女心わかってない。」
「え?」
「ん。」
ノームが、俺に向かって両手を伸ばす。
「……抱っこ、してて欲しいのに。」
「あ〜、確かに野暮だったな。悪かったよ。」
その体を抱き締めると、ノームは嬉しそうな笑顔を浮かべた。さっきから態度の一定しない奴だが、それら全部ひっくるめて可愛いと
思えてしまうんだから、もうどうしようもない。ま、今は余計なことは考えないようにしよう。
今はただ、こいつとこうしていられる幸せを、噛み締めていたい。
ついついそのまま寝てしまい、俺は朝早くにノームの部屋を出た。ノームはまだ部屋にいて欲しそうだったが、さすがにこんなところ
見つかると何言われるかわかったもんじゃない。それはノームも承知してるようで、そんなに強くは引き止めてこなかった。
部屋を一歩出た瞬間、まず目に入ったのが、向かいの部屋から出てくるエルフだった。
「うわ!」
「………。」
「え、えーっと、その……お、おはよう。」
「………。」
気まずい。ものすごく気まずい。俺は必死で思考を巡らせ、何とか話題を見つけ出した。
「あ、そのー、昨日はありがとうな。あの、言葉の解釈のこと教えてくれて…。」
「別に、あなたのためではありませんわ。」
ものすごく冷たい声で言われ、俺は続きの言葉を遮られた。
「わたくしが気にかけていたのは、ノームの方。誰が、あなたのような殿方になど…!」
やばい。何だか殺気が……顔つきが…。
「まして……ディアボロスっ…!」
怖い。本気で怖い。手は刀にかかってるし、目は三白眼どころか、もはや四白眼になってる。
「ご……ごめんなさい……すみません、許してください…。」
「……でも、仲間……でしたわね。」
フッと、殺気が消えた。そして、エルフは光のない目で笑う。
「あの子と仲良くなれたのなら、これ以上わたくしの出る幕も、ありませんわね。では、ごめんあそばせ。」
エルフが見えなくなるまで見送って、俺は思い切りため息をついた。ほんと、殺されるかと思った。何なんだあいつは、ほんとに。
もう一度、友好の指輪をしっかりとはめ直し、部屋に向かう。誰にも会わないようにと祈っていたが、部屋の前に誰かがいる。
「おう。どこに行っていた?」
「いや、ちょっとな…。」
バハムーンだ。まあセレスティアとかヒューマンよりはマシか?
「……お前、ここ。」
「ん?」
バハムーンが首筋をトントンと叩く。首に手を当ててみるが、特に何も感じない。すると、バハムーンは懐から小さな鏡を取り出した。
鏡を覗き、指された場所を見る。そこは、赤く充血していた。いわゆるキスマークという奴だ。
「マフラー、上げておけ。」
「……ご丁寧に、どうも…。」
たぶん、しがみついてきた時にやられたんだろうな。全然気付かなかった。
「ノームか。」
「なっ!?な、な、何が!?」
「いや、ごまかす必要はない。むしろ、今ので確信に変わった。」
突発的な事態に弱い自分に、ここまで絶望したのは初めてだった。
「簡単なことだ。そんな跡をつける相手は、エルフはありえない。あとは私かノームだが、私でないことは自身が一番わかっている。
……ん?あ、まさか、ヒューマンかセレスティアではあるまいな?」
「未来永劫あるまいな。」
「そうか……なぁんだ…。」
「なんで残念そうなんだ?」
「いや、気のせいだ。」
「そうか。ま、そうだよ。ノームだよ、畜生。」
ふう、と息をつくと、バハムーンは妙に同情的な目で俺を見てきた。
「な、何だよ?」
「すまんな。お前には迷惑をかけている。」
「な……何が?」
「このパーティは、問題児ばかりだからな。」
こいつ、自覚あったのか。ならなぜ、もうちょっと違う編成にしないのだろうかと疑問に思った。
「お前の考えていることは、あらかたわかる。せっかくだ、パーティのことを少し話しておくのもいいか。」
バハムーンは壁に寄りかかり、腕を組んだ。それに習い、俺も壁に寄りかかる。
「ヒューマンは比較的マシな方だが、相当に性格の悪い男だ。それはわかるだろう。」
「ああ。」
「セレスティアは、それに輪をかけて性格の悪い男だ。当然、同種族の中でも嫌われ者で、それが余計に奴をひねくれさせた。」
「………。」
「ノームは、人形に異常な執着を見せる。そのためか、依代まで特別のものだ。そのせいで、同種族の中では浮いた存在になっていた。
それが原因か、少し奴の精神はおかしい。お前ならわかるだろう?」
「存分にな。」
「その中で、お前だけは違う。私が、必要に迫られて勧誘しただけだ。だから苦労をかけるとは思う。しかし、お前の負担でなければ、
ここにいて欲しい。」
バハムーンの言葉は、俺にとってかなり意外だった。何か意図があってこういうパーティを組んだとは、思いもよらなかった。
ただ、ある意味一番聞きたい奴のことが聞けていない。
「それは構わないが……その、エルフはどうして?」
「あいつか…。あいつは以前、与えられた称号に惑わされ、大切な物を失った。女として、人として。そしてその称号の意味すら、な。
それ以上は、詮索してやるな。」
なるほど。少なくとも男を嫌う理由は、何となくわかった。
「そうしよう。んで、最後にもう一個質問だけど、どうしてわざわざ、そんな奴等を集めたんだ?」
「異端というものはどこにでもいる。それはいつも排除されるだけのものだ。だが、それを受け入れる器があっても、面白いだろう?」
脳まで筋肉でできてる奴かと思ったら、案外色々考えてたんだな。すんげえ発見だ。
「ま、そんなわけだ。ところで、お前に渡すものがあってな。」
そう言い、バハムーンは俺に袋を渡してきた。
「なんだこれ?」
「詳しいことは、中に手紙を入れてある。それを読め。」
「ふーん。でも今見れば…。」
「部屋で見ろ。ここで開けるな。」
目が怖い。ここで開けたら、俺は殺されそうだ。
「わかった、わかったよ。じゃ、部屋でゆっくり見させてもらう。」
「ああ。それでは、またな。」
バハムーンと別れ、部屋に入る。一体何なんだろう?俺は必要に迫られて勧誘されたらしいが、それと何か関係あるんだろうか?
まさかとは思うけど、あいつから好かれてるなんて事は……ないだろうな。いや、あっても困る。ノームに殺される。
あるいは、何かプレゼントとかいうことも……ないだろうなあ。ま、とにかく開けてみよう。
袋の紐を解き、中に手を突っ込む。出てきたのは、ウサギのスリッパだった。
「……?」
まだ何かある。引っ張り出してみると、カードのようだ。よく見ると、ただのカードではない。バハムーンカードだ。
「………。」
まだある。てか、手紙ってこれか。雑に畳まれたそれを取り出し、読んでみる。
『よろしく頼む。なお、この事は他言無用だ。他言したとなれば、お前の皮を削ぎ、爪を剥がし―――』
以下、筆舌に尽くしがたい内容に筆が尽くされている。なるほど、俺が必要ってのはこの事か。
いっそ分解してやろうかと本気で思ったが、筆舌に尽くしがたいことになりそうだったので思い直した。まったく、実験室でやれば
いいのに。そんなに見られるのが嫌なんだろうか…。
にしても、何だかこの僅か数分でえらく疲れた。頼まれた錬金を済ませると、俺はベッドに横になり、いつの間にか眠り込んでしまった。
翌日。俺は学食で遅い朝飯を食っている。なぜか他の奴等も一緒だ。
「おや、ウサギのスリッパ、ですか。わざわざ、作ったのですか?」
「あ……そ、そうだ。優れた防具だからな、決して見た目で選んだわけではないぞ。」
近くでは、バハムーンとセレスティアが話している。見る限りでは、どうやら室内履きにしてたのをうっかり履いてきたようだ。
疑いの目を向けるセレスティア。すると、バハムーンはその胸倉を掴み、顔を付き合わせた。
「いいな?見た目で選んだわけではないぞ!」
「わ……わかりました、わかりましたよ。そういうことに、しておきま…」
「違うと言っている!」
今度は首を絞め始めるバハムーン。やばい、セレスティアの顔が青くなってきた。
「ぐ……が…!わかり……ました…!いい……防具……ですよね…!」
ようやく解放されると、セレスティアは激しく咳き込んだ。その後ろで、ヒューマンが笑いを堪えている。
「ゲホ!ゲホ!……ところで、バハムーンさん。それとセットの、うさみみはいつ頃、作る予定で?」
「貴様ぁ!」
バハムーンが掴みかかる直前、セレスティアは空中を飛んで学食の外へと逃げていった。それを見ていたヒューマンが、たまらずプッと
噴き出す。それを見逃さず、バハムーンはヒューマンの頭を掴んだ。
「貴様……今、笑ったな…?」
「い……いや、そんな……き、気のせいだ…!」
「いいや、嘘だ。……少し付き合ってもらおうか。」
「いやっ、ちょっ、待っ…!エ、エルフー!助けてくれー!」
ずるずると引きずられて行くヒューマン。そのヒューマンに無言で手を振るエルフ。
ほんと、このパーティは最高だ。見てて涙が出てくる。
まあともかく、今日は地下道探索もないし、休日みたいなものだ。久々にのんびりと羽を伸ばせる……と、思ったんだが。
カタカタという人形の音。俺の足に、お菊人形が取り付いている。
「おい、何してるんだよ。」
「ふふ。その子、いたずらっ子だから。」
「つまりお前がいたずらっ子なんだな。」
俺の隣にいるノーム。飯を食わないから、俺が飯の間中は暇らしく、こうやって飯を食う俺にちょっかいをかけてくる。
「ううん、この子がいたずらっ子。例え人形でも、性格に違いはあるの。」
「……やめろ、なんか怖い。」
あの時の姿が嘘のように、まったくいつも通りのノーム。俺が友好の指輪をはめてるからってのも、一因かもしれないが。
それにしても、こいつは俺が、こいつの人形遣いだなんて言ってたけど…。
絶対、嘘だよなあ。むしろ、俺がこいつの、いい操り人形だ。
「どうしたの。」
「ん、いや。別に。」
「ふふ、変な人。」
たぶん、こいつは全部計算尽くだったんだ。普段の、この不気味な姿。これのおかげで、あの時みたいに急に可愛い仕草をされると、
余計にそれが際立ってしまう。まして、友好の指輪を外した俺には、それがより強く映ってしまう。そして、俺に主導権を握らせる
ように見せかけ、その実すべてはこいつが操っていたと。そう考えると、妙に態度が一定しなかったことにも合点がいく。
まったく……本当に、こいつは根っからの人形遣いだ。
だが、それでも構わない。確かに、あれはこいつの計算の上で為された事かもしれない。でも、その計算の前提ってもんがある。
周囲をサッと見回し、誰も見てないことを確認する。その上で、俺は友好の指輪を外した。
「ノーム…。」
「あ……うん…。」
人形の動きが止まり、ノームはそっと目を閉じる。その唇に、軽く唇を重ねる。唇が離れると、ノームは物足りなそうな顔で俺を見た。
「続き、したいのか?」
「……うん。」
「飯、食ったらな。」
「待ってる。」
ま、仕方ない。俺はこいつが好きなんだから。
例え操り人形だって、人形が主人を好いてれば、それはそれで幸せなもんさ。