暗い寮の一室。既に消灯時間は過ぎ、辺りは静寂に包まれている。外には虫の声もなく、微かな寝息だけが室内に人がいることを示す。
昼間は地下道の探索に費やし、幾度もの戦闘を潜り抜けた生徒達は、夜になるとその疲れのため、それこそ死んだように眠り込んでしまう。
寝息が、微かに崩れた。それまで規則正しく聞こえていた寝息が、不規則に変わる。
やがて、不規則に変わった寝息に、苦しげな呻き声が混じり始める。
バハムーンが、むくりと体を起こした。そして、隣で眠るエルフを見つめる。
苦しげに呻き、全身にびっしりと汗を浮かべ、もがき始めるエルフ。バハムーンはその姿をやりきれない表情で見つめると、
そっとエルフの手に触れた。
その瞬間、エルフは悲鳴を上げて飛び起きた。
「嫌だぁ!!やだやだやだぁ!!!助けてぇ!!!誰かぁ!!!お願いやめてええぇぇ!!!」
「エルフ、落ち着け。大丈夫、大丈夫だ。」
すぐさまその体を抱き締め、静かな声で宥めるバハムーン。しかし、エルフは抱き締められた途端に、ますます激しく暴れだす。
「やだ!!もうやだぁ!!死なせて!!!お願い死なせてええぇぇ!!!」
「大丈夫……大丈夫だ。落ち着け……大丈夫だから。」
金色の髪を優しく撫でながら、何度もそう呼びかける。やがて、狂ったように叫んでいたエルフの声が、少しずつ小さくなっていく。
「そうだ、それは過去のことだ。今ここには、お前を傷つける者はいない。」
「はぁ……はぁ…!うぅ……あんなの、もういやぁ…!」
「大丈夫だ。もう、そんな事は二度とさせはしない。安心しろ。」
優しく声をかけ、抱き締めた体を少し離す。目の前に、涙に濡れたエルフの顔がある。
「お願い……わたくしを、見捨てないで…!」
「安心しろ。絶対にそんなことはしない。」
「う……うぅ……うわあ〜ん!」
バハムーンの胸にしがみつき、泣きじゃくるエルフ。その頭を優しく抱き締め、バハムーンは深いため息をついた。
翌朝、エルフは何事もなかったかのように、いつも通りの姿を見せていた。
「おう、エルフ。おはよう。」
「……ええ。」
「相変わらず、無口な方ですね。そんなに、男性が嫌い、ですか。」
「……ええ。」
「これは、手厳しい。ならば、パーティから抜けては、どうです?その上で、女性だけの…」
「セレスティア、いい加減にしろ。それ以上続けるなら、お前をパーティから追放するぞ。」
そう言われると、セレスティアは肩をすくめ、軽く舌打ちをした。
「バハムーンさんは、ずいぶんとこのエルフに、ご執心ですね。」
「私の集めた仲間だ。全員、大切な者に変わりはない。」
「その、『全員』に、わたくしは入って、いるのでしょうかね?」
「今のところはな。」
その一言に、セレスティアは苦笑いを浮かべて退散した。そのやりとりを、ヒューマンがニヤニヤしながら見つめている。
「何がおかしい。」
「いやぁ、何も。ただ、全員大切っつう割には、少し贔屓があるんじゃねえかなってな。」
「そうだな。お前と比べては、他の誰であろうと贔屓をしたくなる。」
「いい性格してるよ、あんた。だったら、どうして俺を追放しない?」
「ヒューマンは気に入らない。が、仲間が大切であることに変わりはない。」
「ありがてえお言葉で。すっげえ励みになるよ、まったくよぉ。」
バハムーンが話している間中、エルフは黙っていた。しかし、その手は刀に掛けられ、それどころか鯉口を切ってあった。その殺気は
凄まじく、セレスティアとヒューマンが話を早めに切り上げたのは、それによるものが大きい。
ヒューマンも立ち去ると、バハムーンはエルフの肩に手を置いた。
「エルフ、さっきも言ったが、全員が大切な仲間だ。傷つけようとするのは、やめろ。」
「……ええ。」
パチンと刀を納め、静かに息を吐くエルフ。そこに、ディアボロスとノームがやってきた。
「おう、バハムーンとエルフか。おはよう。」
「仲の良いことだな。いっそ相部屋にすればどうなんだ?」
「ふふふ、それはダメ。彼と私は、世界が違う。同じ世界には、いられない。」
「………。」
エルフの手に、グッと力が入る。その目はディアボロスを睨みつけ、今にも斬りかかりそうな殺気を放っている。
「ふふ…。すごい、殺気。」
「あの……マジで、俺何かしたのか…?ほんと……何か不満があるなら、言ってくれ…。」
ディアボロスはすっかり腰が引けている。が、ノームはいつも通りに怪しい笑みを浮かべる。
「ふふふ。殺したいなら、殺せばいい。」
「おいっ!?」
「だけど、彼を殺したら、あなたの悪夢が蘇る。それでもいいなら、さあどうぞ。」
ノームの言葉を聞いた瞬間、エルフの顔が恐怖に歪んだ。
チン、と鍔鳴りがした。だが完全に抜刀される前に、バハムーンがその腕を押さえ込んだ。
「ノーム、いたずらが過ぎるぞ。」
怒りを込めた目でノームを睨むバハムーン。しかし、ノームはスッと目を細め、その顔を睨み返す。
「彼は私の恋人で、人形遣いで、仲間なの。彼を傷つけようとする、その子は私、許せない。」
「……ごめんなさい…。つい…。」
エルフが、ぼそっと呟いた。すると、ノームは表情を一変させ、慈愛に満ちた目でエルフを見つめる。
「あなたの気持ちは、よくわかる。だけど、悪夢に縛られないで。例え種族はディアボロスでも、彼はあなたの悪魔じゃない。」
「わかってますわ…。だけど、どうしても……どうしてもっ…!」
「ま、まあいいって。とりあえず、俺だってお前に危害加えようとは思ってないし、だからお前も、俺には危害加えないでくれれば…。」
バハムーンが、そっとエルフの手を放す。エルフは何も言わず、刀を鞘に収めた。
「まあ、その……ゆっくりでいいから、俺にも慣れてくれ。な?」
「……ええ。」
「ふふふふ。これで、仲直り。相手がいないと、喧嘩はできない。喧嘩をできるということは、仲間がいるのと、同じこと。」
「……花の傍らに草があれば、その根は水を奪い合いますわね…。」
「そう。例え隣のその草が、花を虫から守るとしても。」
二人の会話を、ディアボロスとバハムーンは首を傾げながら聞いていた。抽象的すぎて、具体的に何を言っているのか理解できていない。
だが、エルフは同じような言い回しをしてくれたノームに対して、珍しく親愛に満ちた笑顔を送った。ノームも、それに笑顔で答える。
「食事、済んだの。」
「これから……ですわ。」
「それなら、一緒に行きましょう。私達も、これからご飯。」
「ノーム、お前は何も食べないだろう?」
バハムーンが言うと、ノームは何やら怪しげな笑顔でディアボロスを見上げた。
「私は何も食べないけれど、食べてるところを見るの、好き。」
「それはいいけど、お前ちょっかいかけるのやめろよなー。」
「むう。面白いのに。」
「飯ぐらいゆっくり食わせろっ!」
性格の悪い面子が多く、日常ではほぼ毎日喧嘩しているように見えても、パーティとしての実力は一流である。一度地下道に入れば、
普段の様子など微塵もなく、非常に息の合った戦いを見せる。
ただ、その中でエルフだけは少し勝手が違う。確かに強いのだが、仲間と息を合わせようという努力がまったく見られない。前衛なので
敵を倒すのが仕事ではあるが、その行動理念は純然たる殺意である。パーティとしての動きなど、望むべくもない。
この時も、エルフは目の前にいる闇より生まれし獣王に斬りかかった。その後ろに、より危険な闇のしらべがいるにも関わらず、である。
辛うじて勝利したものの、一歩間違えれば全滅の危険があったため、ヒューマンがエルフに詰め寄った。
「おいお前、いい加減にしろよ。あんな奴より、闇のしらべの方がずっと危ねえってわかってんだろ?おかげで、余計な手間が
増えたじゃねえか。」
「……そう。」
「真面目に聞けよ、てめえ。」
ヒューマンがエルフの胸倉を掴む。その瞬間、エルフの顔に恐怖の色が浮かんだ。
反射的に、エルフはヒューマンの体を蹴り飛ばし、刀を構えた。それに対し、ヒューマンもスターダストを振り上げる。
だが、二人ともその武器を振るうことはなかった。
振ろうとはしていた。だが、ヒューマンの喉元にはエクスカリバーが、エルフの胸元にはアダーガが突きつけられていた。
「二人とも、そこまでだ。それ以上やるつもりなら、まず私が相手になるぞ。」
「……ちっ!俺が間違ったこと言ってるかよってんだ!」
「お前が正しいことは認める。だが、私に免じて、許してやってくれ。」
「けっ!だったらちゃんと躾しとけよ!そいつの尻拭いすんの誰だと思ってやがる!」
「エルフ、お前もやめろ。モンスターを前にすると激昂するのは、お前の悪い癖だ。」
「………。」
エルフは何も答えず、刀を納めた。その態度が余計にヒューマンの神経を逆撫でするが、首に突きつけられたエクスカリバーがそれ以上の
行動を許さない。忌々しげに唾を吐き、ヒューマンも武器を納めた。
「バハムーン、とりあえず中央までは来られたんだ。一旦引き上げねえか?」
ディアボロスが言うと、セレスティアが皮肉じみた笑いを浮かべる。
「臆病風に、吹かれましたか?」
「違うわっ!ただ、二人があんなんじゃ、これ以上はきついだろってことだよ!」
「なるほど。良い、言い訳の材料が、ありましたね。」
「あーもう、ほんとにもう。何とでも言え。で、どうだバハムーン?」
バハムーンとしては、もう少し探索を続けたいところだったが、確かにこれ以上は危険な臭いがした。それに後衛の魔力も、些か心許ない。
「そうだな。しかし、あと一度戦ってからだ。」
「大丈夫かぁ?」
「次で魔力を使い切るぐらいの心構えで挑めば、そう苦戦もするまい。」
「ふふ。舞台で踊る人形は、人形遣いに逆らえない。最後の一幕、頑張ろう。」
「リーダーには、逆らえないと、言うことですか。仕方、ありませんね。」
皆、口では色々言いつつも、その決定に逆らおうという者はいない。バハムーンはエルフの側に近寄り、そっと肩に触れた。
「エルフ、次は倒す順番を考えろよ。それも、前衛の務めだ。」
「……わかりましたわ。」
「いい返事だ。期待している。」
最後ということで、一行は進めるだけ進もうとどんどん奥へと歩いていく。そして次のゲートが見えたところで、モンスターが飛び出した。
フラワーソウルが、一匹だけだった。
「………。」
「……順番なんて、ありませんわね。」
「ふ…。」
学園に戻ると、一行はそれぞれ学食に向かう者、購買に向かう者、寮に戻る者に分かれた。バハムーンは学食に向かい、種族の割には
少なめの食事を取る。その隣には、セレスティアとヒューマンが一緒にいる。
その二人は仲良く色々と話しているが、バハムーンはその会話に混ざらない。二人の方も、特にそれを気に留める様子はない。
が、内容がだんだんと仲間の話に移っていき、エルフの話が出ると、セレスティアがバハムーンに話しかけた。
「ところで、あのエルフは、過去に何が、あったんです?あれでは、いつか仲間を、切り殺しかねませんが。」
「……あえて知る必要はない。」
「これは、つれない。まあ、それもいいでしょう。お互いを、深く知らない仲間というのも、面白いですから……ね。」
その皮肉にも、バハムーンは答えない。当てが外れたセレスティアは、少し不満そうにため息をついた。
「けどよ、俺なんか今日、刀抜かれたんだ。何があったかぐらい、聞いたっていいだろ?」
「非常に辛い出来事があった。これで十分だろう。」
「ちっ、まあいいさ。今度ノームにでも聞くか。」
「あいつにも、話してはいない。何があったか、大体予想はついているようだがな。」
「それにしても、これだけ長くいる仲間にも、心を開かないほどの傷とは。」
ふと、セレスティアはいつもの皮肉に満ちた笑顔と違い、いかにもセレスティアらしい慈愛に満ちた顔になった。
「よほど、深く大きい傷と、見えますね。」
「……ああ。」
「体の傷なら、傷跡は残ろうとも、やがては癒えます。しかし、心の傷は、そうもいきません。」
「………。」
「ですが、時に体の傷より、心の傷の方が早く、治ることもあります。それを、為しえるだけの、方がいれば、ですがね。」
バハムーンは食事の手を止め、セレスティアの言葉にじっと耳を傾けている。
「どうしても癒えない傷なら、無理矢理にでも、それを塞がねば、なりません。ですが、傷に触れるのを恐れるあまり、誰もそれを、
為そうとしない。ねえ、バハムーンさん?」
再び、その顔が普段の皮肉に満ちた笑顔に戻る。だが、その内容はバハムーンの心に重くのしかかった。
「ま、何があったのか知らねえけど、いつまでもあんな調子じゃ、この先やってく自信なんかなくすぜ。」
フライドチキンの骨をしゃぶりながら、ヒューマンがつまらなそうな声を出す。
「けどよ、例えば俺、このフライドチキンって苦手だったんだよな。」
「いきなり何を言い出す?」
「そりゃ最初にセレスティアに言え。んで、昔これの骨齧ってて、喉に刺したからなんだけどよ。けどな〜。」
言いながら、バリバリと骨を噛み砕くヒューマン。ずいぶん強靭な顎だと、バハムーンは心の中で呆れた。
「お前に拾われる前、一人で地下道行ったら迷子になってよ〜。二日ぐらい彷徨ってさ、もう死ぬほど腹減って腹減って。」
しゃぶっている骨がどんどん短くなり、少しずつヒューマンの口の中へと消えていく。
「したら、誰かが捨てたのか、これが転がっててさ。もうあん時は何も考えないで食ったね。ほんと、あん時ほどうまいフライドチキンは、
この先食うことねえんじゃねえかってぐらい。」
ついに、ヒューマンは全ての骨を噛み砕き、飲み込んでしまった。
「それ以来さ、フライドチキンが大好物になってな〜。」
「……結局、何が言いたい?」
「だからさあ、何か嫌なことがあったって、その〜、なんつうんだ?ほら、記憶ってのはさ、上書きできるんだよ。塗り潰せるんだよ。
だから、あいつのも、何とかそうできねえかなってさ。」
「塗り潰す……か。」
「いや、別に無理にとは言わねえけどよ。まあ、あんたみてえな高等種族様には、余計なお喋りだったかもしれねえがな。」
最後に必ず皮肉を言われるが、バハムーンは心の中で二人に感謝した。
言われてみれば、バハムーンはエルフの心に深く立ち入ろうとはしなかった。そっとしておく、という言葉を建前に、いつも遠くから
見ているだけだった。エルフが自分をどれだけ信頼し、また頼りきっているか知りつつも、自分は彼女と距離を置いて接していたのだ。
それに気付いた瞬間、バハムーンは全身が萎むような、深いため息をついた。
「お……おい、どうした?なんか、暗いぞ?」
「高等種族様にだって、後悔する時ぐらいは、あるということ、ですよ。手遅れで、なければいいのですが、ね。」
セレスティアの悪意に満ちた皮肉にも、この時ばかりは怒る気がしなかった。密かに逃げる準備をしていたセレスティアは、
少しつまらなそうに息をついた。
「わたくしは、あなたのことを、信頼していますよ。仲間の期待を、裏切るようなリーダーではないと、信じています。」
どこか含みのある口調で言うと、セレスティアは食器を片付けに行ってしまった。その後に続き、ヒューマンも席を立つ。
「ま、何とかできなくたって、あんたのせいじゃねえさ。なあ、リーダー?」
言い訳を用意してやった、と言わんばかりのヒューマン。しかし、今のバハムーンには、それに対して怒る気力もない。
二人の後ろ姿を見送りながら、バハムーンはまた溜め息をついた。いつしか、外では雨が降り始めていた。
雨の中、寮へと戻るバハムーン。部屋に戻ると、エルフはもうベッドで寝息を立てていた。何か話でもしようと思っていたのだが、
寝ているのでは仕方がない。荷物を降ろし、部屋着に着替える。最後にウサギのスリッパを履くと、ようやく一日が終わった気になる。
着替えもせず、制服のまま眠るエルフ。その傍らに座ると、静かに寝息を立てる寝顔を見つめる。
きれいな寝顔だった。種族柄、エルフは美しい容姿であるが、その中でも飛びぬけてきれいに見える。その手も、自分のような無骨な
腕ではなく、まるで作り物のように美しい。肌も白く張りがあり、艶かしさなどではなく、一種神々しさすら感じさせるほどだ。
深い意味はなかった。ただ、その体を見ているうちに、何となくそれに触れたくなっただけだった。
手と手が、僅かに触れた瞬間。エルフは凄まじい速さで飛び起き、同時に白い閃光が走った。
「ぐあっ!」
「あ…!」
バハムーンの首筋に、赤い線が現れる。一瞬早く身を引いたおかげで助かったが、そうでなければ首が落ちていただろう。
「あ……あ、あぁ…!」
エルフの顔に、驚きと恐怖の入り混じった表情が浮かぶ。刀を取り落とし、頭を抱えてよろよろと下がった。
「エルフ…。」
「あああぁぁっ!!!」
バハムーンが声をかけた瞬間、エルフは叫び声を上げて部屋から飛び出した。バハムーンは一瞬呆気に取られたが、すぐに気を取り直す。
とりあえず、首に包帯を巻くと、バハムーンも部屋の外に出る。廊下には、既にエルフの姿はない。
「仕方ないな…。」
静かな声で呟くと、バハムーンは静かに歩き出した。
寮の各階を探し、屋上に顔を出し、購買や保健室なども回る。いくつかの校舎も回り、まさかとは思いつつ地下道入り口にも顔を出す。
が、あのエルフが一人で地下道に行くことはありえない。
雨が、より強くなってきた。既にバハムーンは全身ずぶ濡れになっているが、それでもエルフを探し続ける。日も既に傾き、やがて辺りを
闇が包む。月明かりもないこの日は、いつもよりも闇が濃い。
たっぷり一時間も歩き回っただろうか。人気のない校舎裏に、誰かがうずくまっているのが見えた。
足音が目の前まで迫っても、エルフは顔を上げなかった。その頭上に、バハムーンはそっと翼をかざしてやる。
「……風邪を、ひくぞ。」
エルフが、真っ赤な目を上げる。ずっとここで泣いていたのだろう。
「戻りたくないというなら、構わないがな。」
濡れるのも構わず、バハムーンはエルフの隣に座った。変わらず、翼ではエルフを雨から守っている。
お互い、しばらく何も喋らなかった。
やがて、エルフが恐る恐る口を開いた。
「……わたくしは……どうすれば良いのでしょう…。」
「ん?」
「あんなこと……あんなこと、するつもりではありませんでしたわ…。でも……でも、ああ……ごめんなさい…!」
バハムーンはそれには答えず、エルフの肩を抱き寄せた。
「……あの…!?」
「……私はお前達と違って口下手でな。これが答えだ。」
強張っていたエルフの体から、少しずつ力が抜けていく。やがて、エルフはバハムーンに強くしがみついた。
「さあ、戻ろう。いつまでもこんな所にいては、本当に風邪をひいてしまう。」
「……はい…。」
部屋に戻ったバハムーンは、ずぶ濡れになったお気に入りの部屋着を脱ぎ始めた。エルフの方は既にだいぶ体が冷えており、
放っておいては風邪をひくどころではすまない可能性がある。
「ほら、お前も脱げ。」
「いえ……その…。」
「恥ずかしがることはないだろう。私もお前も女だ。」
「……こんなに、汚れた体を……穢れなき方に、晒せませんわ…。」
「ふむ。」
バハムーンは軽くため息をつくと、エルフの服に手を掛けた。
「な、何をなさるんですの!?」
「お前がそう思うのなら、お前の体は汚れているのかもしれないな。だが、私から見れば、きれいな体だ。羨ましいぐらいだぞ。」
「い……いえ、わたくしが言っているのはそういう…!や、やめてください!」
「なに。そんなに汚れていると思うなら、私が洗ってやるさ。裸の付き合いも悪くはないだろう?」
エルフの抵抗にも構わず、どんどん服を脱がせるバハムーン。自身も既に上は全て脱いでおり、大きな胸を惜しげもなく晒している。
「いえっ、そんなっ、あのっ!」
「まあいいだろう?たまには、腹を割った話もしてみたいものだ。……よし、これで全部だな。」
下着までも剥ぎ取ると、バハムーンはそれらを丁寧にハンガーで吊るす。最後に自分も下を脱ごうとしたが、ふとその手が止まった。
「……どうしたんですの?」
「あ、いや……すまん、先に行っててくれ。」
なぜか恥ずかしそうなバハムーン。その姿に、エルフは興味半分怒り半分の声を出す。
「わたくしの言葉は聞いてくださらなかったのに、いざ自分の番となれば恥らうんですの?」
「いや……その、な…。ちょっと事情が…。」
「それとも、わたくしのような小娘の声は、小さすぎてあなたには届きませんでしたの?」
「いや、だから…。」
「お返しですわっ!」
「あっ!?」
エルフは素早く後ろに回り、バハムーンのズボンを引き下げた。と、目の前にウサギの柄のパンツが現れる。
「………。」
「う……そ、その……これは、あの…。」
「……ふふふ。」
「わ、笑うなっ!いいか、誰にも言うなよ!?絶対にっ!!」
「ええ、わかってますわ。それにしても……ふふ、祖先の影響とするなら、さしずめ、わたくしがキノコの柄の下着を穿いているような
ものでして?」
「いや、違……う、うるさいっ!だまっ、黙れっ!くそ、さっさと行くぞ!」
顔を真っ赤にしつつ、その子供じみたパンツを脱ぎ捨てると、バハムーンはエルフの肩に腕を回し、浴室に連行した。
狭い浴槽に無理矢理二人で入り、熱いシャワーを浴びる。冷えた体が徐々に温まっていき、エルフの体にも薄っすらと赤みが差している。
「さすがに、二人だと狭いな。」
「当たり前ですわ。そもそも、あなたでは一人ですら、ここは手狭ではありませんこと?」
「違いない。」
向かい合って座る二人。しかし、バハムーン一人でも足を伸ばせない広さなので、エルフは都合上バハムーンの太腿に座っている。
「それにしても、お前は軽いな。そうでなければ、あのような動きはできない、か。」
「それは……日々の修練の賜物ですわ。身が軽いからと言って、誰でもわたくしのような動きをできるわけでは、ありませんわ。」
「ははは、そうか。それはすまなかった。」
今日は、エルフはいつにも増してよく喋る。二人でいると少しは口数が増えてはいたが、これほどよく喋るのは珍しい。
「日々の修練と……お前自身の、才能か。」
あえて、バハムーンはそう口にした。途端に、エルフの顔に暗い影が差す。
「……それは…。」
やはり、と、バハムーンは思った。その才能に溺れた結果、彼女は深い傷を負った。それをどこまで癒してやれるのか、自分には
わからない。しかし、やれるだけのことはやってみようと、覚悟を決める。
セレスティアとヒューマンの言葉が、脳裏に浮かぶ。もしかしたら、自分は間違いを犯してしまうかもしれない。しかし、今の彼女に
考えられる方法は、それ以外にない。ならば、それを信じるしかないだろう。
「否定することはない。お前は私達の中でも、飛びぬけた資質を持っている。そもそもが、お前は特待生…。」
「やめて!それ以上言わないで!」
怯えた表情で耳を塞ぎ、激しく首を振るエルフ。バハムーンはその手を掴み、無理矢理自分の方へ引き寄せた。
「否定しても無駄だ。お前は特待生としてこの学校に来た。その事実が変わることはない。」
「いやだ!やめて!もうそれ以上思い出させないでぇ!」
ついに涙を流し始めるエルフ。その体を、バハムーンは強く抱き締めた。突然のことに、エルフも思わず泣き止んでしまう。
「……お前にとって、それが辛い記憶を呼び起こすものだというのは、よく知っている。」
バハムーンの胸に顔を挟まれ、エルフは非常に居心地の悪い気分になりながらも、じっと耳を傾ける。
「その記憶から逃げるなということは、お前にとっては酷なことかも知れないな。だが、逃げていたのはお前だけではない。」
「……?」
「毎晩悪夢にうなされ、男と話すこともできないお前に、私は何もしてやれなかった。いや、何もしなかった。」
「でも……でも、それはあなたの優しさ…。」
「私自身、そう思っていた。だが、苦しむ仲間をただ見ているだけというのは、本当に優しさか?お前が悪夢に飛び起きるたび、
私はお前を抱き締め、言葉を投げかけた。だが、それ以上踏み込むことはせず、お前をただ一人、辛い記憶と戦わせていた。」
バハムーンは静かに息をつくと、タオルでエルフの肩を擦り始めた。
「……お前は、この体が汚れていると言ったな。確かに、貞操を純潔とみるなら、その通りだろう。だがな、私から見れば、きれいな
ものだ。羨ましいぐらいだ。」
「……あの……だから、それは…。」
「だがな、他人に汚されたものであれば、芯までは汚れない。お前はきっと、その体についた汚れは落ちないと思っているのだろうが、
周りから見れば、既にきれいに落ちていたりするものだ。」
「……ならば……落ちない汚れとは、どんなものを言うんですの…?」
そう尋ねると、バハムーンの手がふと止まった。
「……血だ。」
「え?」
「それも、仲間のな。」
再び、バハムーンはエルフの体を洗い始める。
「それは……一体、どういう…?」
本当は、それを聞くことは憚られた。だが、本当に仲間を大切にする彼女がそんなことを言うなんて、信じられなかった。
「……お前を見つけた、あの時。この手で、何人斬ったか。」
「………。」
「その中に、当時私がいたパーティの、仲間も……な。」
淡々とした口調で言うバハムーン。だが、その短い言葉が持つ重みを、エルフはひしひしと感じていた。例えどんな言葉を尽くしたと
しても、その短い言葉を超えるだけの重みは言い表せないだろう。
だが、当のバハムーンは笑った。いつも通りの、快活な笑顔で。
「そんなに暗い顔をするな。私はその事について、後悔はしていない。例えその場での判断にしろ、決して一時の激情に駆られての、
軽はずみな愚行ではないからな。」
背中全体を洗い終えると、バハムーンはちらっとタオルを見た。
「ふむ。あれだけ暴れた割には、意外と汚れていないのだな。」
「……普段から、しっかり洗ってるから……ですわ。」
「それもそうか。お前は一時間でも二時間でも洗っているからな。」
言いながら、今度は自分の腕をグッと擦る。タオルは一発で黒く染まった。
「……うわ…。」
「私達のような種族はな、特殊代謝のおかげで傷の治りなどは早い。見ての通り、さっきの傷ももう治ってきている。が、同時に老廃物も
多く出るんだ。一度しっかり洗えば、しばらくはこんなにならないんだが…。」
「祖先が竜だけに、脱皮でもするんですの?」
「いやそれは……ああ、ある意味では近いかもな。とにかく、今日はきっちり洗うつもりだ。一緒にいると、お前の体が汚れてしまう。
先に出ていてくれないか。」
現にどれだけのものか見ていると、さすがに一緒にいたいとは思えない。エルフは大人しく風呂から上がると、窓際で髪を乾かし始めた。
浴室では、バハムーンが全身を擦る音と、楽しげな鼻歌が聞こえている。ただ、その鼻歌は多少調子が外れている。
その鼻歌を正しい音程で口ずさみつつ、エルフはバハムーンの言葉を頭の中で繰り返していた。
こんなに汚れきった体を、彼女はきれいだという。汚されたものであれば、その芯は汚れていないと言う。
だが、やはりそうは思えない。どんなに忘れようとしても、あの時の記憶は鮮明にまとわりつき、あの出来事がまるで昨日の事の様に
感じてしまう。
外の雨はいよいよ強くなり、遠くでは雷鳴も聞こえ始めている。
ふと鼻歌が止まった。代わりに浴室のドアが開く音が鳴り、全身から湯気を立ち上らせたバハムーンが姿を見せる。バスタオルを肩に掛け、
うまい具合に胸を隠し、下の方は尻尾を内股から前に回している。
「ずいぶんひどい雨になってきたな。」
「……ええ。」
「こうも空気が湿っていては、髪も乾きにくい。ほら、新しいタオルだ。」
「……ありがとう。
二人はしばらく、特に喋ることもなく髪を拭いていた。やがて、あらかた乾いたところでエルフはカチューシャを着けた。バハムーンも
大体は乾いたらしく、再び髪を後ろで束ね始める。
その手が、不意に止まった。それに気付いたエルフは、怪訝そうな顔でバハムーンを見つめる。
「……どうしましたの?」
「いや…。」
だが、バハムーンの顔には、迷いがありありと見て取れる。それが一体何なのか、エルフが尋ねようとした時。
「あっ…!?」
突然、バハムーンはエルフの体を抱き寄せた。吐息が感じられるほどに顔が近づき、その目が真っ直ぐにエルフの目を見据える。
強引に抱き寄せられる、その感覚。それは、かつて受けた陵辱の記憶を思い起こさせる。記憶が恐怖を呼び起こし、エルフはバハムーンの
腕から逃れようともがいた。だが、バハムーンはその体をしっかりと抱き締め、放さない。
「エルフ、すまない。」
「な、何ですの!?何をなさるんですの!?」
「正直、迷った。これが正しい方法なのか、私にはわからない。だが、私にはこれしか思いつかなかった。」
「何をするつもりですの!?嫌!やめて!」
「私を憎んでも構わない。それで少しでも、お前が楽になるのなら。」
バハムーンの手が、すうっとエルフの背筋を撫でる。その感触とかつての記憶に、エルフはぞくりと身を震わせる。
「あぁ……ぁ…!」
「ただ、一つだけわかってくれ。私は、お前を傷つけたくてこうしているのではない。頼む、今だけ私を受け入れてくれ。」
そうは言われても、その身に染み付いた恐怖はそう簡単に拭えるものではない。バハムーンの手が背中を撫で、腰の辺りまで来た時、
恐怖は頂点に達した。
「いやぁ!やめてぇ!」
エルフは思い切りバハムーンの体を突き飛ばした。バハムーンは素早く手を放し、エルフの顔を見つめた。一方のエルフは、
涙に濡れた目でバハムーンを見つめる。
「ど、どうして……どうして、こんなこと…!?」
「体に触れることですら、あいつらが思い浮かぶのだろう?なら、せめて思い浮かぶ相手を、変えてやりたくてな。」
再び、バハムーンが手を伸ばす。だが、今度はさっきのように強引なものではなく、腫れ物にでも触るような、静かな動きだった。
手が、僅かにエルフの体に触れる。エルフはビクッと身を震わせたが、それを振り払うことはなかった。今度は優しく、体を抱き寄せる。
エルフは逃げようとはしない。しかし、その体はぶるぶると震え、呼吸も荒い。
「大丈夫だ。お前の記憶にある者達は、既にいない。」
体と体が、ぴったりとくっつく。お互いの胸がぶつかり、二人の間で形を崩す。そこから伝わる暖かい鼓動が、エルフの心を少しだけ
静めてくれる。
「こうしてみると、お前は結構着痩せするんだな。」
急に、バハムーンは雰囲気にそぐわない言葉をかける。
「胸も意外と大きいし、柔らかくて抱き心地はいい。」
「……ふ……太っ……て、いる……と、言い、たいん……です……の…?」
「いや、率直な感想を述べたまでだ。他意はないぞ。」
声をかけつつ、バハムーンはそっとエルフの背中を撫でる。エルフの脳裏に一瞬、かつて受けた陵辱の記憶が蘇る。だが、バハムーンの
暖かさがその記憶を抑え込む。
肉付きのいい尻を軽く撫で、バハムーンの手がそっと前の方へ動く。その感覚に、かつての記憶がさらに強く蘇った。
「ま、待って!」
エルフが叫ぶと、バハムーンはすぐに手を止めた。そして、心配そうな顔でエルフの顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「え……ええ…。」
優しく声をかけられ、再び記憶が薄れていく。バハムーンは一度体を離し、今度は胸に手を伸ばした。
大きな手が、慣れない手つきでエルフの胸を触る。本当に慣れていないらしく、その揉み方はかなり強い。その強さが、またエルフの
記憶を蘇らせてしまう。
「や、やめて!嫌!」
やはり、バハムーンはすぐに手を放す。申し訳なさそうな顔をし、エルフの頭を優しく撫でる。
「すまなかった、少し乱暴だったか?」
「そ……その……触るなら、もう少し……その……ぶどう酒のグラスを持つように、優しく…。」
「ふむ……繊細なものだな。」
いまいちイメージが湧かないものの、とにかく優しくしろというのは理解できた。今度はかなり控えめに、ゆっくりと揉みしだく。
エルフが嫌がらないのを見ると、少しだけ揉む力を強める。エルフの体がピクンと跳ねたが、恐怖によるものではないらしい。
少し躊躇ってから、今度はその胸を口に含む。
「んく…!」
エルフの手がバハムーンの頭を押さえるが、その力は弱い。嫌がっているというよりは、恥じらいでつい手が出てしまったという感じだ。
さっきの一件があるため、バハムーンはあまり強く吸ったりはせず、乳首を舌先で撫でるように刺激する。最初は震えていたエルフも、
その刺激に少しずつ違う反応が生まれ始める。
「んふ……ぅ……あっ…!」
恐怖とはまた違う、熱っぽい呼吸。口元に当てた親指を噛み、声を抑えるその仕草。体もそれまでより赤みを増し、薄っすらと
汗ばんでいる。ようやく快感の気配が見え、バハムーンは心の中でホッと息をついた。
胸を吸いつつ、そっとエルフの秘所に手を伸ばす。そこに触れた瞬間、エルフの体がビクンと震える。
「あ、ダメ!やめて!」
すぐに手を離し、エルフの様子を窺う。エルフは再び襲ってきた記憶に震えながら、しばらく荒い息をついていた。
「……大丈夫か?」
「……ええ……大丈夫……ですわ…。」
もう一度、優しく触れてみる。やはりエルフは体を震わせるが、今度は声を出すことはない。だが、若干無理をしているようにも見える。
触れるか触れないかの強さで、その周りを撫でる。エルフはぎゅっと目を瞑り、蘇ってくる記憶と戦っていた。
だが、バハムーンが僅かに指を入れた瞬間、かつてそこに強引に突き入れられた記憶が蘇った。
あの激痛。鮮血。突き入れられる圧迫感。肛門にも無理矢理突き入れられ、死んでもなお蘇生させられ、陵辱された苦しみ。
その記憶は抑えようもないほどに膨れ上がり、恐怖がエルフの体を突き動かした。
「いやぁ!やっぱりダメぇ!やめてぇ!!」
思わずバハムーンを突き飛ばし、はっと我に返るエルフ。バハムーンは変わらず、心配そうな顔で見てくれている。
だが、もうこれ以上は辛かった。尊敬し、唯一心を許せる相手に触られるのですら、かつての記憶が蘇ってしまう。何をしたところで、
この悪夢からは逃れられないという思いが頭を満たしていく。
「ご……ごめんなさい…。でも……でも、わたくし、やっぱり…。」
目を伏せるエルフ。だが、バハムーンは優しくその頭を撫で、そっと顔を上げさせた。
「エルフ。もう、お前を苦しめる者はいない。例えいたとしても、私が何度でも葬ってやる。」
エルフの返事を待たず、バハムーンはその唇を奪った。突然のことに、エルフは固まってしまう。
多少強引ではあった。しかし、それだけは彼女の記憶にない行為だった。
バハムーンの舌が、そっとエルフの舌に触れる。最初、エルフはビクッとして舌を引っ込めたが、やがておずおずと絡めてきた。
初めてのキスの感覚。温かく柔らかい舌の感触。積極的に舌を絡めてくるバハムーンに、エルフは慣れないながらも必死で応えようとする。
そうして舌と舌を絡めつつ、バハムーンは再びエルフの秘所に手を伸ばす。エルフの体がピクンと跳ねたが、彼女がその手を
拒否することはなかった。キスから繋がるその感覚は、かつての記憶を呼び起こしはしなかった。
「んっ……ん、う…。」
割れ目を擦るように撫で、そっと指を入れる。少し辛そうに、エルフが身を震わせる。
「んん……はぁ…。大丈夫か?」
唇を離し、エルフに声をかけるバハムーン。それに対し、エルフは呆けたような顔を向ける。
「ん…。」
とろんとした目のまま、恥ずかしそうに微笑むエルフ。やっと自分を受け入れてくれたことに気付き、バハムーンはつい笑顔になる。
「……もう少し、いいか?」
「……ええ。」
それに気付いたことで、バハムーンは少し大胆になる。右手ではエルフの秘所を刺激しつつ、再びキスを交わす。さらに左手で
エルフの体を抱き寄せ、お互いの胸をつき合わせる。体を動かすたびに乳房が揺れ、つき合わされた乳首が互いに擦れあう。
「んっ!うあっ!」
「あぅ…!こ、こんなの、恥ずかしい……ですわ…!」
「あ……すまんな、やめるか?」
そう聞くと、エルフは真っ赤な顔を伏せた。それと一緒に、長い耳もやや下向きに垂れる。
「そ……そんな野暮なこと…。」
「あ、すまん。その……あの……私も、こういうことは初めてで、その…。」
バハムーンがしどろもどろになっていると、エルフは顔を伏せたまま抱きついた。
「あなたの、したいようになさって…。」
「む…。わ、わかった。」
真っ赤に染まった耳を、つぅっと舐め上げる。エルフの体と耳が、ピクンと動いた。
「あっ……そんなの…。」
その反応が面白く、つい耳を重点的に責めるバハムーン。さらに、エルフの中に入れた指を、掻き混ぜるように激しく動かす。
「うあぁう!そっ、そんなっ…!いきなり、激しっ……すぎ、ますわっ…!」
既に、中は熱く、十分に濡れている。バハムーンは少しいたずらっぽい笑顔を浮かべると、不意に指を引き抜いた。
「んっ!……あの、どうしまし……きゃっ!?」
いきなりエルフの腰を抱え上げるバハムーン。エルフは慌てて秘所を手で隠そうとするが、その前にバハムーンの舌がそこを舐めた。
「あっ!だ、ダメですわっ!そんなのっ…!うあぁっ!?」
エルフの言葉には耳を貸さず、バハムーンはそこにかぶりつくように口を当て、舌を突き入れた。感じたこともない刺激に、エルフの体が
ビクンと跳ねる。
「こ、こんな格好っ…!ああっ!は、恥ずかしいっ…!いや!舌が……舌がぁ!」
激しい快感に体をくねらせ、何とかバハムーンの腕から逃れようとするエルフ。その姿がたまらなく可愛らしく、バハムーンはさらに
刺激を強める。体内で舌が暴れ回る感覚に、エルフの体がビクビクと痙攣する。
「あっ、あっ、あっ!!も、もう……わたくしっ……あのっ…!」
「ん……ん…。ふう。ふふ、もう限界か?」
バハムーンはニッと笑い、最も敏感な突起を舐め上げる。
「あああっ!!も、もうそれ以上はっ…!」
「っと、どうせなら、一緒に気持ちよくなりたいな。」
口を離し、エルフの体を解放すると、エルフはそのままぐったりと横たわった。その足を上げさせ、バハムーンはお互いの秘所が
擦れ合うように体を入れる。
「あぁ……バハムーン……さん…。」
「ふふ。一緒に、イこうか。」
バハムーンが腰を動し始める。
「あっ!あっ!うっ、こ、こんなにいいなんて…!」
「ああっ!そ、そんなに激しく……なさらないでっ…!」
二人の激しい吐息と喘ぎ声がこだまする。
腰を動かすたび、秘所同士が擦れ、もどかしい快感が。同時に、敏感な突起が相手の太腿に擦れ、激しい快感が伝わる。
部屋の中にクチュクチュといやらしい音が響き、次第にその音は大きくなっていく。
「ううぅぅっ!エ、エルフ!も、もう……私は…!くっ!」
「わ、わたくしもっ!もうっ!!あ、あたまが、しろくっ!」
無意識のうちに、お互い手を取り合い、しっかりと握り合う。そしてそれを引き合い、さらに強く腰を押し付けあう。
「も、もうダメっ!エルフ、もうっ…!!!う、うあぁっ!!」
「あぁ!なんか、もうっ!わからなくっ…!あ……あああぁぁぁ!!!」
一際甲高い嬌声が響き、二人は同時に身を震わせた。
やがて、少しずつ体から力が抜けていき、二人はぐったりとベッドに横たわった。
「はぁ……はぁ……はぁ…。頭が、ボーっとする…。」
バハムーンが、どこか呆けたように呟く。足元のエルフは、まだ荒い息をついている。
「大丈夫……か?」
「はぁ……はぁ…。うぅ、純潔はモンスターに散らされ、殿方に体を汚され、初めて気をやってしまったのが、女同士だなんて…!」
その言葉に、バハムーンはギョッとして飛び起きる。
「え!?そ、その、いや、えっと、い、嫌だったか!?あの、私はそんなつもりで…!」
「……こんな体のわたくしに、さらにこんな事をするなんて…。」
エルフはのそりと体を起こすと、いたずらな笑みを浮かべた。
「責任、取ってくださいますわよね?」
「え…?」
「それとも、その覚悟もなしに、ただわたくしを弄んだんですの?」
「あ、いや……うん、そうだな。その……任せろ。」
半ば自棄気味に言うと、バハムーンはエルフの体を抱き起こした。腕の中で自分を見上げる彼女の顔は、今までにないほど魅力的だった。
「それにしても、手段としてはあまりに強引、ですわ。陵辱された記憶を取り去るために、あえてわたくしを抱くなんて…。」
「あ〜、その……毒を以って毒を制すというか…。」
「あら、わたくしは毒ですの?」
「いやっ、そうじゃなくて…!うぅ、私はエルフと違って口下手だと…。」
「うふふ。わかってますわ。ちゃんと、あなたの言いたいことは。」
そう言って、エルフは笑った。その笑顔は、今まで見たことがないような、純粋な笑顔だった。
「……すまなかった、辛い記憶を思い出させて。」
エルフをぎゅっと抱き締めると、エルフもその腕をそっと胸に抱いた。
「傷を縫い止められるのは、苦痛を伴うものですわ…。」
「……そうか。」
その時、外で稲光と共に雷鳴が轟いた。途端に、バハムーンはビクンと体を震わせる。
「ど、どうしたんですの?」
「……イヤ、ナンデモナイゾ。」
「……なら、なぜ片言になってますの?」
「う……いや、私はその…。」
再び、雷鳴が轟く。バハムーンがビクンと震える。
「……雷、苦手ですの?」
「……うん…。」
エルフの体を抱き締め、ガタガタ震えるバハムーン。その姿に、エルフは心底呆れたため息をついた。
「もう、雰囲気台無しですわ。」
「ご、ごめん…。でも……雷、怖いよ……きゃあっ!」
すっかり小さくなって震えるバハムーン。おまけに、雷鳴が轟くたびに尻尾がビィンと立ち上がっている。
「もう……わたくしがついてますから、そう怖がらなくても…。」
「そ、そう…?でもでも、ここに落ちたりしたら……きゃあーーーーっ!!!」
半泣きになって布団に包まるバハムーン。いつの間にか、そのバハムーンをエルフが抱き締めている。
「わぁーん、もうやだぁ!雷止めてきてぇ!」
「それはさすがに無理ですわ…。まったく、雰囲気台無しの上に、立場も逆転ですわね…。」
余韻に浸る間もなく、延々バハムーンを宥める羽目になったエルフ。だが、その顔はすっかり呆れつつも、嫌そうではなかった。
最も信頼でき、尊敬すべき友人で、心の傷を無理矢理にでも塞いでくれた恩人であり、可愛いものが好きで、雷の大嫌いな少女。
何とも掴み所のない人物ではあるが、一つだけ確実なことがあった。
エルフにとって、今では彼女は誰よりも大切な、恋人だった。
翌朝、エルフは寝不足の目を擦りつつ学食に向かった。バハムーンは雷にいじめられたおかげで泣き疲れたらしく、まだ眠っている。
学食に着くと、セレスティアとヒューマンの姿が見えた。思わず身を引きかけたが、ヒューマンがエルフに気付く。
「おう、エルフじゃねえか。一人でお出かけして平気なのかい。」
嘲笑を浮かべ、開口一番皮肉を言うヒューマン。昨日までなら、無視するか一言程度の返事で済ませただろう。
「……朝の挨拶にしては、風情がありませんわね。普通なら、おはよう、などと声をかけるものではなくって?」
「お?珍しいな?そんな長文で言い返されるとは思わなかったぞ。」
「おや。ようやく、人見知り解消、ですか。」
セレスティアも、エルフの方に首を向ける。
「それとも、ようやく、男嫌い解消、ですかね。」
「男嫌いでなくとも、あなた方のような殿方は好きになれませんわ。」
「これはこれは、手厳しい。ですが、気は合うようですね。」
「そう、それは喜ばしいことですわ。お互い、無理に合わせなくていいということですものね。」
「はっはっは、いきなり言うようになったな、お前。」
ヒューマンが楽しそうに笑う。セレスティアも、ポリポリと頭を掻いている。エルフはそのまま朝食を取りに行こうとしたが、その背中に
セレスティアが声をかける。
「その態度は、今日限りの特別、ということは、ないですよね?」
「……そのつもりでしてよ。」
「なら、ようやく本当の仲間に、なれそうですね。」
そう言って笑いかけるセレスティア。いつもの意地の悪い笑顔ではなく、純粋な笑顔だ。
「そうそう。隣、空いてるからよ。飯取ったらここ来たらどうだ?」
「あなたが見えない席が空いてなければ、その時考えますわ。」
「ひっでー。」
三人は同時に笑った。ようやく、名実共に仲間として認め合った瞬間だった。
一方のバハムーンも、ようやくベッドから這い出し、購買で朝食を買っていた。食事は部屋でする方が落ち着くので、それを持って寮の
廊下を歩いていると、向こうからディアボロスが来るのが見えた。
「おーう、おはよう。」
「ああ、おはよう。」
「昨日すっげえ雷だったけど、大丈夫だったか〜?」
「兄みたいな事を言う奴だな。大丈夫に決まっている。」
バハムーンは平然と嘘をつく。
「お、お前兄弟いたのか?」
「ああ。兄と姉がいる。」
「え、末っ子?」
「そうだが、そんなに意外か?」
「へ〜、そうなのか。いや、リーダーやってるし、性格的に一番上か一人っ子だと思ってたよ。」
「末は甘えっ子ばかりとでも思っていたのか?兄弟の上下などという程度のものでは、相手の器を推し量ることはできんぞ。」
雷に怯える姿を見ていないディアボロスだから説得力があるものの、エルフが聞けば噴き出したであろう。
「それにしても…。」
「ん?」
「元々、薔薇は好きだったのだがな。」
「いきなりどうした?薔薇?」
「いや、百合の方にも興味はあったのだが。」
「百合?てかお前、花好きだったの?」
「しかし何というか、実際に経験してみると、あれはあれでなかなか…。」
「経験て?何?ガーデニングでも始めたのか?」
「……うん、なかなかいいものだな。」
「つーかお前、俺のこと完全無視してねえか?」
「ん?何を言っているのかわからないと?」
「え、花……じゃねえの?」
それを聞くと、バハムーンは意味ありげにニマーッと笑い、ディアボロスの肩をポンポンと叩いた。
「うん、これだからお前は必要なんだ。」
「いや、わかんねえよ。なんだ?もしかして何か別の意味あんの?っておい、教えてくれってば!」
ディアボロスの言葉を完全に無視し、再び部屋へと歩き出すバハムーン。が、後ろの声にその足が止まる。
「お、ノーム。わざわざ来てくれたのか?」
「ふふ。待ちきれなくて、つい、ね。」
「あ、ちょうどいいや。あのさー、薔薇とか百合って、何か別の意味…」
バハムーンは凄まじい速さでディアボロスに飛び掛った。そのまま有無を言わせず腕を掴み、その体を床に叩きつける。
「どへぅ!?」
恐らくは一本背負いのつもりだったのだろう。しかし、それには勢いが余りすぎており、実質ディアボロスがかけられたものは、
バハムーンの頭上に弧を描く、痛烈なボディスラムだった。
不意打ちでそんな大技を食らってはひとたまりもなく、ディアボロスは泡を吹いて失神している。
「……いくらあなたでも、彼を傷つけるならっ…。」
ノームが怒りに満ちた声を出した瞬間、バハムーンは顔を上げて彼女を睨んだ。その目は追い詰められたドラゴンのような迫力があり、
彼女を竦ませるのに十分な迫力があった。
「許さ……ない……つもり…。」
「……すまんな、こうせざるを得ない事情があった。リーダーとして、仕方のない行動だった。」
「横暴。」
「横暴ではない。」
「職権乱用。」
「それも違う。正当な行為だった。」
「どっちにしろ、ひどい。」
「だからすまなかったと言っている。こいつにもお詫びとしてこれをやるから、よろしく言っておいてくれ。」
バハムーンはそっと、ディアボロスの胸に焼きそばパンを置いた。
「………。」
「うまいぞ?」
「うん、それはわかるけど。」
「……今日の楽しみの一つだったんだが…。」
「ふーん、そうなんだ。」
「何か不満か?」
「ううん、もういいや。」
「そうか。なら、よろしく頼む。」
何だか呆れたような感じのノームと、失神したディアボロスを廊下に残し、バハムーンは部屋へと戻った。
部屋で朝食を食べていると、先に出ていたエルフが帰ってきた。その顔は、昨日までと違い、年相応の明るさが戻ってきている。
「おう、帰ってきたか。」
「あら、いつのまに起きてらしたの?わたくしが部屋を出るときは、泣き疲れた赤ん坊のように寝ていましたのに。」
「たぶん、その直後だろうな。」
エルフはバハムーンと向かい合って座ると、可愛らしい笑顔を向けた。
「ど……どうした?」
「昨日のこと、すべてがまるで、夢のようですわ。どれ一つとして、本当にあったとは思えないような事ばかり。でも、
夢ではないんですのね。」
「まあ、な。いくつか、夢として忘れてもらいたいこともあるが。」
「嫌ですわ。そのすべてが、わたくしにとって、大切な記憶ですもの。」
エルフはそっと、バハムーンの手に触れる。
「この手……この温もり…。これが、わたくしを抱いてくださったのね。」
「まあ……な。」
「ふふ。今までは、人肌の温もりと言えば、この身を汚された不快な思い出しか、ありませんでしたわ。でも……あなたのおかげで…。」
エルフは相変わらず、可愛らしい笑顔を浮かべている。が、なぜかバハムーンは嫌な予感がした。
「……わたくし、いけないものに目覚めてしまいそうですわ。」
「……え?」
エルフの手が、バハムーンの手を捕らえる。その手がつつっと肌をなぞり、肩から胸へと移動していく。
「お、おいっ!」
「ふふ。言ったでしょう?わたくし、昨日のことはすべて、覚えてますのよ。それまで攻め手だったあなたが、ほんの少しの刺激で、
たちまち気をやってしまったことも……ね。うふふ。」
「ま、待て!よせ!やめろ!」
エルフは立ち上がり、バハムーンの後ろに移動する。さりげなく体を押さえつけられ、バハムーンは立ち上がることができない。
「あなたの腕、とても温かかったですわ。ですからわたくし、お返しがしたいんですの。」
エルフの手が制服の中に入り込み、バハムーンの胸を直接触った。途端に、バハムーンの体がビクンと跳ねる。
「ま……待て、エルフ…!あんっ!やっ……やめて…!」
「ああ、その声……可愛いですわ。どうか、もっと聞かせてくださいな。」
「ま、待って待って!エルフ…!うあっ、んっ!や、やめてってばぁ!」
「そう。追い込まれると、そうやって飾らないあなたが出るのも……可愛いですわぁ…。」
「っく!こ、この!よせ!やめろと言って……うあっ!ひゃぅ!……っふあぁっ!?」
「うふふ。気をやってしまいそうですの?いいですわよ、ほらっ、ほらぁ!」
「や、やめろ!本気で怒……あ、あ、あ、あっ!!!ダメ!ほんとにイッちゃうっ……からあっ!!やめてよぉ!ダメダメダメぇぇ!!」
リーダーとしては、行動に後悔はなかった。むしろ、強引にでも心に踏み込み、明るさを取り戻せたことは、誇らしくすらある。
しかし、その結果として得たものは、今まで見たことのない笑顔と、大切な仲間と、記憶に覆い隠されていた彼女の本性。
辛い記憶を取り除けたことは、喜ばしいことだった。だが、余計なものまで目覚めさせてしまったと後悔しても、もはや手遅れだった。
結局、バハムーンにとってエルフは、いつまで経っても問題児であり続けるのだった。