ヤムハス大森林の宿屋を出た一行は、再び空への門を目指した。そのために、今度はトハス地下道に入ることとなったが、ここはかなり  
敵が強い。フレイク地下道でも、下手をすれば危機に陥る一行である。そのため、後衛であるセレスティアとフェアリーは、一度戻って  
ランツレートから迂回するべきだという意見を出したが、その道のりが非常に長いことと、ヒューマンの実力が飛びぬけていること、  
そして、またヒューマンにホルデア登山道を歩かせたら、彼が死んでしまいそうだという理由により、その意見は採用されなかった。  
さすがに、ここまで来ると敵の強さはかなりのものとなっている。フェルパーの白刃一閃では倒しきれず、またバハムーンの一撃ですら、  
耐える敵が出始めている。魔法を使う敵も極端に増え、後衛は特に負担が激しい。  
そんな状況においては、エルフとヒューマンの活躍が目覚しい。危険な敵を次々に射抜き、パーティへの被害を減らす役割を担った二人は、  
それこそ水を得た魚とでも言うべき活躍を見せる。それに負けず、フェアリーも無理のない範囲で魔法を使い、二人を助けている。  
しかし、最も忙しかったのはセレスティアであろう。回復に回ることもあれば、シャイガンで闇属性の敵を葬り、あるいはスリングを  
使って戦闘補助まで行う。歩いていれば魔力が回復するとはいえ、残りの魔力に気を配り、常に最善の選択を取り続けねばならない  
彼女の負担は著しい。  
だが、悲しいかな、一行の中で、それに気付いている者は少ない。元が目立たないタイプなので余計なのだが、すべてを  
そつなくこなしてしまうが故に、その苦労は誰にも知られる事がないのだ。真に素晴らしい動きは、当たり前の動きに見えてしまうという、  
いい見本である。  
それでも、彼女は文句一つ言わずに頑張っていた。しかし、無理をすれば、いつかは綻びというものが出てしまう。  
激しい戦闘を潜り抜け、ようやく中央にたどり着いた一行。そこで、ヒューマンが口を開いた。  
「悪いが、少し休ませてくれないか?さすがに、体がきつい。」  
「ふん!弓を撃つだけの貴様が、よくもそんな口を利けたものだ!」  
相変わらず、バハムーンはヒューマンに食って掛かる。が、何かにイラついているのか、見事なまでの失言であった。  
「それは聞き捨てなりませんわ!あなたはただ剣を振り回せばいいのでしょうけど、こちらは一本の矢を放つのにすら気を使うんですのよ!  
それをよくも、矢を撃つだけなどと…!」  
「うっ……わ、私は別に、お前を責めたわけでは…!」  
「弓を撃つだけ、と言えば、わたくしも含まれますわよね!?」  
「まあ、まあ。そう、喧嘩腰になりなさんな。剣を振り回すにも、苦労はある。弓を撃つにも、苦労はある。だが、それでも俺達は  
楽な方さ。」  
ヒューマンが言うと、エルフは少し不服そうな顔をした。  
「で、ですけれど…!」  
「本当に辛いのは、パーティを引っ張るリーダーに、後衛さ。その中でも特に辛いのは……なあ、美しいお嬢さん?」  
「えっ?」  
突然話を振られ、セレスティアは目を丸くした。  
「まずリーダーは、パーティの力を把握し、それに見合った進み方を心がけなきゃならない。その上で、自分の役割を果たす。そうだな?」  
フェルパーは少し恥ずかしそうに微笑み、頷いた。  
「魔術師は、自分の魔力と相談しつつ、敵の習性を見極め、なおかつ属性までも見極めて魔法を使う。時には、パーティの補助魔法も  
使わなきゃならない。きついのに、よく頑張っている。」  
フェアリーはヒューマンの話題にのぼる事自体嬉しいらしく、もう満面の笑みである。  
「ところが、僧侶となると、話はさらに複雑だ。補助魔法をかけ、回復をこなし、直接攻撃をこなすこともあれば、攻撃魔法まで  
使わなきゃならない。しかも、すべて魔力に気を使いつつ、だ。それでも、文句一つ言わないお嬢さんは、本当によくやっている。」  
「いえ、そんなっ…!わ、わたくしは別に…!」  
褒められるのに慣れていないセレスティアは、真っ赤になってうつむいてしまう。  
「それに比べ、俺達は手にした武器で敵を倒すこと、それだけだ。まあ、攻撃を受け止めるとか、そういう用事もあるがな。はっは。」  
本来なら、そこでこの話も終わったのだろう。だが、自分の相棒ともいえる弓を軽く言われたエルフの怒りは、そう簡単に鎮まらなかった。  
 
「そうですわ。わたくしもヒューマンも、常に敵を倒していますわ。ですけど、あなたは、敵を倒しそびれたことが、何度ありまして?」  
ヒューマンが『しまった』という顔をしたときには、もう手遅れだった。バハムーンは途端に色をなし、エルフに掴みかからんばかりの  
雰囲気になる。しかし、危ういところで自制心が働き、掴みかかることはなかった。  
「……ちっ!」  
舌打ちし、地面に唾を吐き捨てるバハムーン。ヒューマンはため息をつき、エルフに困った笑顔を向けた。  
「お嬢さん……気持ちはわかるがね、火に油を注いでどうするんだ…。」  
「……そ……それは、悪かったですわ…。で、でも!ただ弓を撃つだけなんて言葉…!」  
「……どこが間違っていると言うのだ…!」  
地の底から響くような、低い声が聞こえた。  
「私は敵の真っ只中に飛び込まねば戦えないが、貴様らは遠くから矢を撃つだけだ!フェアリーにしてもそうだ!自分は安全なところから、  
ただ魔法を撃つだけなのだからな!楽なもんだろう!?」  
とうとう、バハムーンは本格的に頭に血が上り、誰彼構わず八つ当たりをし始めた。  
「何をー!?」  
「バハムーン、もうやめて!これ以上喧嘩してどうするのよ!?」  
フェルパーが止めに入るが、もう止められなかった。そしてついに、バハムーンの怒りは無実のセレスティアにまで向けられた。  
「セレスティアに至っては、敵を倒せもしない攻撃に、攻撃魔法は出し惜しみだ!回復だけしていればいいものを…!」  
「お嬢さん……いい加減にしな。」  
突如低い声が響き、バハムーンはビクッとして言葉を止めた。そして、改めて一行を見回す。  
フェアリーも、エルフも、ヒューマンも、セレスティアすらもが、自分を睨んでいた。ヒューマンとフェアリーはまだしも、エルフや  
セレスティアのその視線には耐えられなかった。  
「……くっ!貴様らと私を……同等に見るなっ…!」  
精一杯の減らず口を叩き、バハムーンはさっさと先頭に立って歩き出した。都合上、休憩はそこで終わりだった。  
エルフとフェアリーは、軽くバハムーンの悪口を言って歩き出したが、セレスティアは悔しそうに唇を歪め、拳を握って立ち尽くしている。  
その肩に、ヒューマンは優しく手を置いた。  
「本気にしなさんな。あのお嬢さんとて、本気であんなことを思ってはいないさ。」  
「……っ!」  
「むしろ、俺のせいで、あのお嬢さんにも、他のお嬢さん方にも、そして君にまで迷惑をかけてしまった。どうか、許してくれ。」  
そう言い頭を下げるヒューマン。セレスティアは返事をしようとしたのだが、声を出せば余計なことを言ってしまいそうで、  
口を開くことができなかった。  
結局、セレスティアは何も答えないまま、一行の後を追って飛び始めた。何だか、非常に後味の悪い休憩になってしまった。  
 
それからも、一行の空気は最悪だった。誰もほとんど喋らず、全体の空気がギスギスしている。バハムーンは怒りをモンスターに  
ぶつけているのか、いつも以上に勇ましく戦っている。  
そんな折、一行はエビルウルフの群れに出会った。5匹ぐらいの群れは珍しくもないが、この時は10匹を超える大軍であった。  
魔法を使いこなし、戦闘能力も低くないこのモンスター相手では、さすがに慎重に戦わざるを得ない。  
「バハムーン、ここは防御に徹して。私とあなたで敵を引き付けて、その間にみんなに減らしてもらう。」  
だが、バハムーンは返事をしなかった。  
「バハムーン、聞こえてる!?」  
「……お断りだ…!」  
「え?」  
唇を噛み締め、バハムーンは敵の群れを睨んだ。  
「どうして私が、奴等の力など借りなければならんのだ!?あんな奴等など私一人の力でも事足りるっ!」  
「あっ!?バハムーン、待って!ダメ!」  
止める暇もなかった。バハムーンは剣を抜き放ち、一人で突っ込んで行ってしまった。  
確かに、言葉通りの凄まじい戦いぶりであった。迫り来る敵を次々切り伏せ、敵の攻撃など当たりもしない。  
だが、バハムーンは見逃していた。敵は、エビルウルフだけではないということを。  
突如、空中から何者かが襲い掛かる。それに驚き、バランスを崩すバハムーン。そこにエビルウルフが切りかかる。何とかそれは防げた  
ものの、空中からの攻撃はさらに続く。それに合わせ、エビルウルフの攻撃も激しさを増す。  
「ねこうもりか!あいつら、上空で機会を窺ってたんだな…!」  
既に、バハムーンは完全包囲されている。おまけに、バハムーンも敵も激しく動き回るため、下手に遠距離から攻撃できない。  
「どうしますの!?このままでは、バハムーンが…!」  
エルフの言葉に、フェルパーは答えられない。ああなっては、助け出すことが到底不可能なのだ。それでも、見捨てたくないと言う  
気持ちが、彼女の口を封じてしまう。  
「……見捨てましょう。」  
「えっ!?」  
「セ、セレスティア…!?」  
最も意外な人物から、最も意外な言葉が放たれ、一行は耳を疑った。だが、セレスティアはきっぱりした口調で続ける。  
「彼女のために魔力を割けば、この先の探索は難しくなります。それに、蘇生もできます。彼女のために、みんなを危険に晒すなんて  
ことは、僧侶としての立場から、できません。」  
「……バハムーン…!」  
フェルパーは唇を噛み、バハムーンを見つめる。が、そこで当のバハムーンが叫んだ。  
「お前ら、私のことなど見捨てろ!構うな!」  
「だけど…!」  
「本人も、ああ言っているんです。ここは、彼女のためにも、そして私達のためにも、見捨てるのが最良だと思います。」  
反論のしようはなかった。そもそもが、バハムーンは勝手な行動をした結果、危機に陥っているのだ。わざわざ危険を冒してまで助ける  
必要など、ないに等しい。  
それでも、フェルパーは悩んだ。だが、ついに決断し、口を開こうとしたとき。  
 
ヒューマンが、スッと前に歩み出た。  
「な、何をするつもり!?」  
「見捨てるのは、性に合わなくてねえ。」  
「で、ですけど!」  
言いかけたセレスティアの目を、ヒューマンは正面から見つめた。  
「美しいお嬢さん。君の意見は、まあ正しい。判断も間違ってはいないだろう。だが、それは本当にパーティとしての意見かい?」  
自分を見つめる、純粋な瞳。それに耐え切れず、セレスティアは目を逸らした。  
「……君は、さっきの彼女の言葉が、許せないだけだ。」  
セレスティアの体が、ビクンと震えた。だが、ヒューマンは口ぶりとは違い、優しい笑みを浮かべた。  
「君を責めるつもりはない。気持ちはよくわかるからね。だが、自分で間違いだったと思うなら、彼女を助けてやってくれ。」  
「………。」  
「どうしてもできなければ、それはそれで構わない。だが、その代わりに俺を助けてくれ。」  
「何を……するつもりですか?」  
「間違いを、そのままにする気はないさ。」  
「ヒューマン、ダメだよー!いくらヒューマンでも無理だよー!」  
フェアリーが叫ぶが、ヒューマンはやはり優しい笑顔を向ける。  
「俺に対する優しさは嬉しいよ、小さなお嬢さん。だがね、今はそれを、あの逞しいお嬢さんに向けてやってくれ。」  
「でもぉ…!」  
「間違いを間違いのまま、放っておくわけにはいかんさ。あのお嬢さんのも、そして、君のも、ね。」  
セレスティアは何も答えられず、ただじっとうつむいていた。  
その時、敵の中の数匹がこちらに狙いをつけてきた。ヒューマンは矢を番えつつ、振り返らずに言う。  
「大丈夫、死ぬ気はない。あの中に飛び込めりゃ、お嬢さんと一緒に戦えるからね。」  
言い終えると同時に、ヒューマンは走った。その前を、エビルウルフが塞ぐ。  
と、黒い影が横からヒューマンを追い抜き、エビルウルフに白刃一閃を見舞った。  
「お嬢さん…!」  
「お願い……あの子を、助けて!」  
「ああ、任せてくれ。」  
立て続けに4本の矢を放ち、バハムーンを囲む群れの中に飛び込む。突然の襲撃者に一瞬、囲いが崩れた。その隙を突き、ヒューマンは  
群れの中心に飛び込むと、傷だらけになったバハムーンと背中を合わせた。  
「よう、お嬢さん。無事だったかい。」  
「き……貴様、何をしに来た!?」  
「なぁに。少し苦戦してるようだから、助太刀に、ね。」  
「ふ、ふざけるな!助けは不要だと言ったはず!私に恥をかかせる気か!?」  
「死んで守られる名誉なら、最初からない方がいいさ。」  
吐き捨てるように呟くと、ヒューマンはキセルを咥えたまま煙を吐き出した。  
「な、何だと!?」  
「ま、それは俺の考えだがね。そんなわけで、俺は俺の考えに従い、お嬢さんを助けに来た。意見が合わないのは、諦めてくれ。」  
楽しそうに笑うと、ヒューマンは弓を肩に引っ掛け、腰から黒曜石の剣とバックラーを取り出した。  
「なあ、お嬢さん。」  
「な……なんだ!?」  
「どうしてそう、自分の価値を認めさせようと、急くんだい?」  
「なっ……何をっ…!?」  
「お嬢さんが強いのは、み〜んな知ってる。なのに、どうして今更こんな無茶を?」  
そこまで言ったとき、囲みが一気に小さくなった。二人は一度話を中断し、戦闘を開始する。  
 
バハムーンが両手剣を振り回し、ヒューマンはバックラーで敵の攻撃を捌きつつ、片手剣で切り返す。たまに、二人の周りにねこうもりの  
死体が降ってくる。フェアリーとエルフの援護だろう。  
一通りの攻撃を捌ききり、二人はまた背中合わせになった。  
「貴様なんぞに……貴様なんぞに、私の気持ちがわかるものかっ!」  
「ああ、わからない。仲間を危険な目に遭わせてまで、そうも力を誇示したいなんて気持ちはね。」  
「誇示だと…!?私は、そんなつもりではない!」  
「ほう。なら、どんなつもりだい?」  
「くっ……私は……敵を切り伏せるのが、私の役目だ!それが……それが、新入りである貴様や、エルフなんぞに負けるとは…!」  
「………。」  
ヒューマンはつまらなそうに、紫煙をくゆらせる。  
「お嬢さん。強さってのぁ、色々ある。正確に敵を射抜く力だったり、仲間をまとめる力だったり、あるいはじっと状況を見極め、  
自身は目立つことなく、裏方に回ることのできる力だったり、な。」  
「何が……言いたい…!?」  
「それぞれ、強さの基準なんてのは、違うんだ。言い換えれば、この中に強くない奴なんてのは、いない。なのに、どうしてそう自分の  
強さに、こだわる?」  
「……敵を倒せない戦士が……どれほど滑稽なものか…!」  
「やれやれ、頑固なお嬢さんだ。」  
ヒューマンは実に面白そうに笑った。  
「この戦いの中で、生き残っている。それでもう、十分に強さの証明には、ならないのかい?」  
「っ…!」  
「戦いが終わったら、俺もお嬢さんの強さを、見極めさせてもらおうか。」  
「何の……ことだ…!?」  
「すぐに、わかるさ。」  
不意にエビルウルフが動いた。一瞬、そっちに気を取られた瞬間、逆方向から槍が伸びた。  
「ぐおっ!」  
ヒューマンのわき腹に、槍が食い込んだ。バハムーンは素早くその槍を叩き切るが、ヒューマンの傷は重い。  
「くっ……不覚を取ったか…。まずい……な…。」  
二人が死を覚悟した瞬間、柔らかな光が二人を包み、傷が見る間に塞がっていった。  
「……待っていたぞ、お嬢さん。」  
見上げると、セレスティアがメタヒーラスを詠唱していた。その顔には、もう影はない。  
「さあ、回復は任せてください。もう、敵はそれだけです。」  
「よし。じゃあ、終わりにしようか!」  
もはや、数匹程度のエビルウルフでは、二人の敵ではなかった。そして、その二人を仲間がしっかりと援護する。  
 
動く敵がいなくなると、ヒューマンは大きく息をついた。  
「ふ〜っ。やっぱり、肉弾戦は向いてないな。」  
「ヒューマン、すごいね!弓だけじゃなくて、剣も使えるのかっこいい!」  
「はいはい、ありがとうな、小さなお嬢さん。」  
まとわりつくフェアリーを適当に流しつつ、ヒューマンはバハムーンにそっと近づく。  
「お嬢さん。」  
「……なんだ…?」  
「背伸びすることを、悪いとは言わない。背伸びは若い頃の特権だからね。」  
そう笑うヒューマンの顔を、バハムーンはじっと見つめている。  
「だがな、自分を大きく見せるために、周りを押さえ付けるのは感心できない。言いたいことは、わかるね?」  
「う、うるさい!貴様に言われずとも…!」  
「そうしなくとも、お嬢さんは十分大きいんだ。ほら、俺より頭二つ分も大きい。」  
笑いながら言うと、ヒューマンは自分の頭とバハムーンの頭を手で示す。真面目な話をはぐらかされ、バハムーンの顔がムッと歪む。  
「ふざけるなっ!」  
「はっはっは。真面目な話は苦手でねえ。殴られる前に、退散するとしようか。」  
去り際に、セレスティアと目が合った。ヒューマンは何も言わず、ただウィンクを送ってみせる。セレスティアは顔を赤くして目を逸らす。  
だが、そうしてばかりもいられない。セレスティアはバハムーンに歩み寄ると、静かに頭を下げた。  
「ごめんなさい。」  
「っ!?な、何がだ!?」  
「わたくし……さっき、あなたを見殺しにしようとしました。あなたに言われたことが……どうしても、許せなくて…。」  
セレスティアの目に、涙が浮かぶ。バハムーンはサッと後ろを向き、低い声で言う。  
「……謝るのは、私の方だ。先に、お前を傷つけたのは、私だからな。」  
「バハムーンさん…。」  
「お前だけじゃない。他の奴等まで、私は傷つけた。お前に見捨てられたところで……それは、当然の報いだ。」  
それだけ言うと、バハムーンはさっさと歩き出してしまった。セレスティアとしては、もっとしっかり謝りたかったのだが、バハムーンが  
それをさせない。少し物足りない気はしたが、少なくとも胸のわだかまりは消えていた。  
同時に、セレスティアの胸には別の思いが生まれ始めていた。後衛としての努力を認め、自分の間違いを正させてくれ、そしてそれを  
あえて責めなかったヒューマン。  
気障なところもあるし、軽い人物であるとは思う。しかし、それだけの人間ではない。見るところは見ているし、かなりの気遣いができる  
人間である。それを誇示することもなく、ただ当然のこととしてそれらを為す彼。そんな彼の優しさに、彼女は確実に惹かれ始めていた。  
 
色々あったものの、何とか一行はトハス地下道を抜け、ポストハスまでたどり着いた。地下道自体が長いこともあるが、何より辛い戦闘が  
非常に多かったため、地下道から出た頃には、辺りはすっかり闇に包まれていた。  
全員、口は開かずとも心は同じである。全員揃って宿屋に向かい、それぞれ部屋を取って疲れを癒す。ヒューマンもすぐに部屋へ行き、  
のんびりと旅の疲れを癒していた。特に何があるわけでもなく、疲れもあったため、かなり早いうちからベッドで横になっている。  
夜も更け、日付が変わる頃。遠慮がちなノックの音に、ヒューマンは目を覚ました。一瞬、聞き間違いかと首を捻る。だが、再び横に  
なろうとしたとき、また控えめなノックが響いた。  
「どちら様だい?」  
「あの……わたくし、です。えっと……入っても、いいですか?」  
「ああ、構わない。」  
ヒューマンはベッドから出ると、すぐに鍵を開けた。セレスティアは申し訳なさそうな顔で、ヒューマンに軽く頭を下げる。  
「すみません、こんな時間に…。」  
「いやあ、お構いなく。君みたいなお嬢さんの訪問とあっちゃ、いつ何時であろうと大歓迎さ。」  
「ふふ。やっぱりお上手ですね。」  
そう言いながら笑うセレスティアの顔には、僅かに恥じらいの色が浮かんでいた。  
「しかし、どうしてまた、こんな時間に?こんなところを見られちゃあ、あらぬ誤解をされたりするんじゃないかい?」  
その言葉に、セレスティアの表情が曇る。そして、顔に薄っすらと赤みが差す。  
「それでも……いいんです…。」  
「………。」  
「それに……あなたにとっては誤解でも……わたくしは、その…。」  
「……わかった、お嬢さん。それ以上は言いなさんな。」  
ヒューマンは珍しく、少し困ったようなため息をついた。  
「だがね、お嬢さん。俺は、残念ながらその想いに応えることはできない。」  
「知って……います…。」  
「ほう?それまたなぜ?」  
「エルフさんに……聞きましたから…。」  
「……あのお嬢さんめ…。」  
ヒューマンはいたずらを見つかった子供のような表情を浮かべ、頭をポリポリと掻いた。その無邪気な顔に、セレスティアの胸がきゅんと  
締め付けられる。話し振りや態度から、どうしてもかなり年長のように思えるのだが、こういう顔をされると同年代にしか見えない。  
「だが、待てよ。それでも、君はここに来たわけだね?」  
「はい…。」  
「聞くのが怖いが、理由を聞いてもいいかい?」  
「その……わたくし、あなたを好きになってしまいました…。だから、その……それに、今日あんなに色々してくれて……お礼も、  
したくて……それで、わたくし…。」  
言いながら、セレスティアは震える手で制服を脱いでいく。  
「好きになってくださいとは、言いません…。でも、どうか今だけ、わたくしの気持ちを……受け取って……ください…。」  
「……あの、お嬢さん?つまり、君自身の体で、お礼がしたいと?」  
セレスティアは真っ赤になってうつむき、注意しないとわからないぐらいに頷いた。  
「経験は、あるのかい?」  
ますます顔の赤みを増しつつ、セレスティアはぷるぷると首を振る。  
「……誰の入れ知恵だい?」  
「エルフ……さんが……男の方は、こういうのが……一番、喜ぶって…。」  
「あのお嬢さんめ…。」  
ヒューマンはもはや苦笑いすら消し、本気で頭を抱えた。  
 
「あのっ……あのっ!わ、わたくしでは、ダメでしょうか!?そ、それともやっぱり、こんなことする女の人は、嫌いですか!?」  
「いや……あの、お嬢さん。君は、純粋すぎるにも程があるよ…。」  
全身が萎むような、大きな大きなため息をつくと、ヒューマンは地下道に潜ってきたかのような、疲れた目を上げた。  
「あのな、そういうのは本当に好きな人相手に……ああ、俺か…。」  
「……はい…。」  
「いや、だがね?さっきも言ったように、俺は君の想いには、まともに応えてあげることはできない。そんな俺が初めての相手なんて、  
君にとっては不幸以外の何者でもないぞ?」  
「ですけど……わたくし…!」  
ヒューマンは困りきった顔で、もう一度大きなため息をついた。そして、何か覚悟を決めた顔つきになり、セレスティアの体を抱いた。  
「あっ!?」  
「だが、お嬢さんにここまでさせて、このまま帰らせるなんていうのも失礼だね。それに、お礼も兼ねているなら、なおさらだ。」  
セレスティアは初めて異性に体を抱かれたことで、すっかり身を硬くしている。  
「だから、君からのお礼の分は、ありがたくいただくよ。それでいいかい?」  
ガチガチに固まった体を何とか動かし、セレスティアはヒューマンの体にしがみつき、顔を見上げた。  
「……はい…。」  
その頭を抱きつつ、優しく撫でる。少し子供扱いされているような気になったが、ヒューマンの手は大きく、暖かく、そうされていると  
心が少しずつ落ち着いていく。  
ヒューマンはセレスティアを驚かせないように、少しずつ撫でる手をずらしていく。それでも、触られること自体慣れないセレスティアは  
体を強張らせ、吐息は震えている。その様子を見て取ると、ヒューマンは一度手を止め、そっと顔を上げさせた。  
「そう緊張しなさんな。別にやましいことじゃない。」  
「は……はい…。ですが……その…。」  
「恥ずかしがることもないさ。こんなにきれいな肌と羽だ。」  
翼を褒められ、セレスティアは顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。緊張が多少解れたのを見ると、ヒューマンは愛撫を再開する。  
背中を撫で、翼を撫で、そして胸を撫でる。いきなり揉んだりはせずに、ヒューマンはセレスティアがその感覚に慣れるまで、優しく  
撫で続けた。異性に触れられたことすらないセレスティアは、今こうして男であるヒューマンに撫でられているという、それだけで  
気持ちが昂ぶっていく。また、彼の方はともかく、好きな相手に抱かれ、撫でられているという事が、それに拍車をかける。  
少しずつ熱を帯びる吐息。時折漏れる声。そろそろ頃合と見ると、ヒューマンは慎重にセレスティアの胸を指で包んだ。  
「んんっ…!」  
目を瞑ったまま眉を寄せ、体を震わせるセレスティア。恥ずかしさと気持ちよさが同時に押し寄せ、その顔は耳まで真っ赤に染まる。  
左手ではセレスティアの頭を撫でつつ、右手では乳房を揉みしだくヒューマン。その手はあくまで優しく、彼女に負担をかけないように  
気遣っている。  
セレスティアの呼吸が、徐々に変化していく。荒く、切れ切れになり、吐息自体に声が混じり始める。それを見て取ると、ヒューマンは  
両手で彼女の胸を愛撫する。  
「はぅっ……ヒューマン……さん…!」  
「楽に、な?声を出すのは、恥ずかしいことじゃないさ。」  
「で、でも……んぅっ…!」  
じっくりと、慌てずに少しずつセレスティアを高みに導くヒューマン。既に、セレスティアの秘所は僅かながら湿り気を帯び、  
ヒューマンを受け入れる準備が整いつつある。  
 
そっと、ヒューマンは体を入れ替え、セレスティアをベッドに押し倒した。  
「あっ…!」  
いよいよ本格的になり始めた気配を感じ、セレスティアは不安そうな顔でヒューマンを見上げる。ヒューマンは優しく笑い、  
セレスティアの頭を撫でてやる。  
「怖いかい?」  
「……す……少し…。」  
「大丈夫。痛い思いはさせないさ。」  
言うなり、ヒューマンはすっと身をかがめた。何をするのかと訝る間もなく、秘所の辺りに柔らかく温かい物が触れた。  
「ひゃん!?な、何してるんですかぁ!?そんなとこ、きたな……ああっ!」  
ヒューマンの舌が、セレスティアの秘所を舐め上げる。時に襞をなぞるように、時に敏感な突起を突付くように。その度に、  
セレスティアは小さく悲鳴をあげ、体をピクンと震わせる。  
「だ、ダメです!ダメですよぅ!そんなところ……あぁっ!」  
ヒューマンの頭を両手で押し、背中の翼でぺちぺちと叩く。それでも、ヒューマンはそれをやめない。それこそ、顔から火が出そうな程の  
恥ずかしさがセレスティアを襲う。しかし、ヒューマンの的確な責めは、その羞恥心すらをも快感にしてしまう。  
愛しい人に恥ずかしいことをされ、それによって自分が興奮しているという事実。それがセレスティアの被虐心に火をつけ、たちまち  
限界へと上り詰めていく。  
「お、お願いっ…!もうダメ!ああっ!お願いですからっ……もう、やめ…!ふあぁっ!!」  
セレスティアの体は真っ赤に染まり、ガクガクと震えている。止めとばかりに、ヒューマンは舌での刺激を強め、さらに最も敏感な突起を  
摘み上げた。  
「っっ!!あぅっ!!!ああぁぁっ!!!」  
一際大きな嬌声。セレスティアは全身を弓なりに反らし、大きく広げられた翼が震える。  
やがて、大きな吐息と共に体が落ちる。目を瞑り、浅い呼吸をするセレスティアの体を、ヒューマンは優しく抱き締めた。  
「大丈夫かい?」  
「……あ……はい…。」  
暖かい体。その感覚に、セレスティアはこの上ない安らぎを覚える。  
「少し、辛かったかな?」  
「……いえ…………大丈夫……です…。」  
ぼうっとした頭を無理矢理働かせ、性に関する乏しい知識を集めるセレスティア。この後いよいよ痛い思いをするのかと思ったが、  
ヒューマンがそれ以上求める気配はない。  
「あの…?」  
「ん、何だい?」  
「その……えと……これだけで、いいんですか…?」  
「気を使ってくれるのかい?」  
ヒューマンはセレスティアの頭を撫で、笑った。  
「君みたいに純粋な子を、俺なんかが汚すわけには行かないさ。」  
「そんな、汚すなんて…。」  
「それに、まだ経験はないんだろう?君を好きになってやれない俺が、初めてをもらうわけにもいかないさ。」  
何だかホッとしたような、残念なような、複雑な気分だった。  
「でも……あなたは、その…。」  
「ああ、お礼としてはもう十分だよ。前に言っただろう?触るのが、躊躇われるぐらいきれいだってな。」  
体を起こし、キセルに火をつけるヒューマン。心を落ち着けるように煙を吐き出すと、静かな声で続ける。  
「そんな君の体を、こんなに楽しめたんだ。それで十分さ。」  
「そう……ですか?」  
改めて言われると気恥ずかしく、セレスティアの体はまた赤く染まる。すると、ヒューマンが笑った。  
「だが、やはり見ている方がいいな。君の純粋さは見ていて飽きないし、その美しさは、手が届かないぐらいでちょうどいい。」  
セレスティアは、恥ずかしそうに笑った。  
「それでも……わたくしは、あなたの元に舞い降りたかったです。」  
「……すまんな、お嬢さん。」  
ヒューマンの腕に抱かれ、セレスティアは静かに目を瞑った。叶わぬ思いと知りつつも、この暖かさがずっと続けばいいのにと、  
セレスティアは心の底から、そう願っていた。  
 

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