「‥‥ねぇ」
「何だ? 出来れば百文字以内で頼む」
「じゃあ簡単に言う。寒いぞこの馬鹿ぁああ!」
時は三日流れ、ここはザスキア地下道中央。私は忍者服に日本刀と忍者刀を装備している完全忍者の珍妙な奴といる。
私の名はユーリ。つい三日前までは一人快適に過ごしていたのだが、変人ヒューマンによって唐突かつ強制的に彼のパーティーへと加入した。というかされた。
自己紹介も私だけがして、ヒューマンはただ『俺の名はミスターX! 以上!』とだけ。もうツッコむ気すらない。
「駄目だなぁ、ユーリ。百文字以内ならせめて百文字に近くするのが鉄則だ。そんなんじゃテストでは0点しかとれない。分かったか?」
「五月蝿い! 何か羽織る物よこせ! 凍え死ぬ!」
私はスカートをなるべく下げて何とか寒さを凌ごうとする。この際格好が少しばかり変になっても構わない。
「おいおい天下のバハムーン族がこれぐらいの寒さでへばるな。たったの三度だぞ? ザスキア地下道では暖かい方だ。中央だと更に寒い。つーか寒いなら防寒具持って来いよ。準備悪いなぁ」
「準備する前に無理矢理連れてきたんでしょうが! むしろお前が平気そうな面をしているのが私には理解できない」
「そりゃあ鍛え方が違うからな。一応先輩だぞ」 そう言ってヒューマンはチッチッと指を振る。何でだろう? スゴイイラッとする。
「風邪ひいたら恨んでやる‥‥」
「おっと、恐や恐や。まぁ待て、今道具袋漁ってみるから」
「早くしろ、この馬鹿っ!」
私の罵倒を背に彼は袋の中を漁る。多分今の私は少し涙ぐんでいる。程なくして、彼は一つ取り出し私の前に何か置いた。
「何だこれは‥‥」
「ぬいぐるみ。さらに詳しく言えばマフモフしているぬいぐるみ」
それは分かる。分かるがコイツは一体何が言いたいのだろうか?
「これをどうしろと?」
「服の中にでも入れたら? マフモフしてるから暖かいかもよ?」
「する、かぁ!」
「あぁ、クマのぬいぐるみー!」
勢いよく投げたクマのぬいぐるみを空中でキャッチするヒューマン。なかなかシュールな光景だ。
「全く‥‥ユーリ、贅沢言うな。寒いんだろ? 俺しか見てないからやっても大丈夫だ」
「むしろお前に一番見られたくないんだ! うぅ‥‥しょうがない」
私はヒューマンからぬいぐるみを受け取ると制服とシャツの間に入れてギュッと抱き締めた。まぁ‥‥暖かいのは認めよう。
「ふぅ‥‥少しはマトモってとこだな。って、どうした?」
「‥‥なぁ知ってるか? アンバランスは時には素晴らしい萌えを醸し出す事に」
「燃え‥‥? 意味が分からん」
「そうか、ならいいんだ」
「あ、こら! 私の質問に答えろ!」
「断るっ!」
「却下だ! おい、待て! 置いていくなぁ!」
「地下道から出ても寒い‥‥」
「ん? 何だ。こっち来たこと無いのか」
二人とは言えさほど強いモンスターと出くわさずにザスキア氷河に無事着いた。
「いつも中央で引き返していたからな。ところで何か行く当てがあるのか?」
「あぁ、バルタスクに俺が集めた装備の予備があるはずだからそれを取りに行こうかと」
「? 何でだ? それで万全じゃないのか?」
「いや万全だが‥‥お前のぶんだよ」
それを聞いて私はまたイラッとする。何でほんの三日前までは赤の他人にそんな心配されなきゃいけないのか。こう見えても今まで一人で戦ってきた身だ。自分の腕に少しは自信がある。
それとも私では頼りにならないのか。そう思うと少し残念――ハッ! 残念なわけない! これはガッカリ、じゃなくてそう、イライラする、だ。うん、そう思ってきたら余計にコイツが苛つく思えてきた。全く、ヒューマンのクセに私を惑わすなど、不愉快だ!
「私のはいい。お前にそこまで恩を借りるなど私自身が許せない」
「そうは言ってもなぁ‥‥」
「い・い・か・ら・!」
私は詰め寄り強く言い聞かせるように告げる。私とてバハムーンだ。臆病なヒューマンなんて、睨むだけで十分びびらせられる。ふん、どうだ。
「分かった分かった。ただ――」
「ただ?」
「ただぬいぐるみを抱きしめたまま言っても迫力は無いからな」
「え? あ‥‥」
私はずっとぬいぐるみを抱きしめていたのに気付き、恥ずかしさが込み上げてきた。顔が真っ赤になるのが分かる。
「み、見るなぁああ! この馬鹿ヒューマンっ!」
「うわ! ちょっ、理不尽反対ぐふぁあ!」
結局、私達は暫くランツレート付近の地下道探索として、今日のところはザスキア氷河の宿に泊まることにした。
「うぃーす、久しぶりー」
「お、久しぶり。ミスター」
ヒューマンの挨拶に反応したのはこの宿屋の主だろうか。背中に大きな羽があるからフェアリーだろう。普通サイズだが。
「ん? ミスター、その娘は? 彼女?」
「イエス」
「ノーだ!」
何を馬鹿げたことを言っているんだこの馬鹿はっ! もしかしていつもこんな感じなのだろうか。‥‥何でだろう。殺意が芽生えてきた。
「何だ違うのか‥‥で、ミスター。ヤッたの?」
「イエス、アイ、ドゥー」
そう言ってアイツは肩を掴み抱き寄せてきたって何してんだぁあああ!
「なななななななっ‥‥!」
私は顔一面真っ赤になり、手は空を掴んでは離しを繰り返す。
「おや、バハムーンにしては初な反応」
「な? かわいいだろ? こいつ」
その間、男二人は言いたい放題。って今かわいいって! かわいいって言った!?
「あ、な、かわ、う、にゃ、」
かわいい‥‥私が‥‥かわいい‥‥かわいいって‥‥。
「んな分けないでしょこの馬鹿ぁああああ!」
「ぐはぁ!」
「おーいいアッパー」
私がかわいいって何だ! かわいいわけないだろ! くそっ、私をからかいやがって‥‥!
「その腐った性根を叩き潰――!」「されとるよ、もう」
「へ?」
そこには宿屋の主人と何故か頭から血を流して倒れているヒューマンがいた。
「大丈夫か? ミスター」
「ふふふ‥‥いい、セン、ス‥‥グハッ!」
「あちゃーまた気を失っちゃった」
宿屋の主――バーナードさんがアイツを介抱している間、私は不機嫌な顔でそれを見ていた。
「お嬢ちゃんも手伝ってくれよ」
「馬鹿にはいい薬だ」
そう言って私はそっぽを向く。バーナードさんは溜め息をつき、やれやれと呟きながら椅子に腰掛ける。
「馬鹿ねぇ‥‥確かにコイツは馬鹿だわ。一年前と殆ど変わらん」
その言葉に私は反応する。
「おじさん‥‥コイツを知っているのか?」
「ん? 知っているとも。って何だい、自己紹介しなかったのか」
「いや、したにはしたがミスターXとしか‥‥」
「ミスターX? ぷっ、ぷっはっはっはっは! ミスターX? はっはっはっはっ!」
それを聞いて突然バカ笑いをするバーナードさん。当然、私は放っておけるはずがない。いきなり馬鹿にされればいかに温厚な私とて怒る。
「わ、笑うな!」
「はっはっはっはっ‥‥いやはや、コイツが自分をミスターX何て呼ぶなんてな。それで納得する嬢ちゃんも最高だ」
「うっ‥‥別に納得なんかしてない‥‥」
「まぁいい。で、何から教えて欲しい?」
そう言われて私は少し考えて呟く。
「名前‥‥」
自然と私はそれを口に出していた。でも今考えれば当然。私だけ自己紹介してこれじゃあ不公平だ。
「名前を知りたい。アイツの本名は‥‥?」
「‥‥嬢ちゃん。それだけはダメだ」
バーナードさんは真剣な顔をしながら顔を横に振る。
「え‥‥? 何で?」
「人には知られたくないモノがある。過去、出生、親族‥‥。そういった内に入るんだよ。アイツの名前は」
「そんな‥‥」
――あんないつもヘラヘラしているアイツが‥‥。
私は驚きを隠せなかった。
「その代わりにと言っちゃあ何だが、アイツの学校生活を教えてやろう」
「え?」
「こう見えてもつい一年程前までバルタスクに居たんでな。アイツの恥ずかしい話の一つや二つ知っているとも」
「‥‥へぇ」
私は少し広角をつり上げ笑う。その顔はさながらお代官か越後屋の笑いのようだろう。
「じゃあおじさん、教えて」
「いいぜ。だが!」
「?」
「俺は『おじさん』じゃなく『おじさま』、だ」
「人の心を盗んだことは?」
「俺の妻の心なら」
「じゃあ手から旗は?」
「子供にやってあげた」
「渋い刑事に追われたことは?」
「それは‥‥ない」
「そ、じゃあおじさん。教えて」
「俺の肉っ!」
「おはようさん。ミスター」
時間にして一時間ぐらいしてアイツは起きた。
「あれっ? 肉は?」
「ないよ。寝ぼけてんなら顔を洗ってきな」
「おはよう」
アイツとバーナードさんのやり取りを見ながら遅れて私は挨拶する。
「よぉユーリ。おはよう」
「うん、良い目覚めみたいだね」
私はニコニコしながらアイツに近付いく。その笑みに何か危険を感じたのかアイツはゆっくりと後ずさる。ふふふ、本当に分かりやすい奴だ。
「ん〜? どうしたのかな〜?」
「い、いやぁ〜何かいやーな予感がしてねぇ‥‥」
そう言うアイツの顔は笑顔こそすれひきつっており、対して私の笑顔はどこか黒い影がちらちらと見えただろうに。
「別に何もしないわよ。それは置いといて、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何かな?」
「アナタを襲ったバハムーンは今も元気?」
「ふんもぉ!?」
聞いて体を凄まじい勢いで硬直するアイツはなかなか滑稽だった。その顔には嫌な汗がびっしりと浮かんでいて、私は笑いをこらえるので精一杯だった。
「ばばばばばばばバーナードぉ!」
「ははは、いやー良かったな。あの時たまたま誰か来て」
「黙れっ! 俺はあの日以来トイレはトラウマでいつもビクビクしてんだぞ!?」
「ふふふ、面白いそうねぇ」
「だから笑うなぁ!」
本当、面白い。いつ以来だろうか。こうして笑ったの‥‥。そういう点ではコイツに感謝しなきゃ‥‥。癪だけど。
「えっと‥‥ミスターX?」
私はなるべく自然に言う。
「俺の嫌いなのはホモと男の――え? 何か言った?」
アイツは呼ぶ声に応じた。
「いい? 一回しか言わないからよーく聞いてなさい」
「お、おう」
うぅ‥‥ありがとうって言うだけで何でこんなに緊張するんだろ。よし、何か変なこと言ったら一発殴らせてもらおう。「あの、あ――」
「お、ユーリじゃねぇか」
絶好の悪いタイミングで割り込んできたのは、私の人生で出会った人物中、最悪の奴だった。
続く。