「よぉ、ユーリ」
「ルーザ‥‥!」
私は入り口から声をかけてきたバハムーンに向け、若干の不機嫌さをのせて返答する。
その後ろにはバハムーンの男二人にクラッズとディアボロスの女子がいた。雰囲気から見るにアイツのパーティーだろう。
「何だ? リーダー。知り合いか?」
「あぁ、いい女だろ? 一応言っておくが、あれは俺の女だ。手を出すんじゃねぇ」
一体いつお前の物になったのか。その傲慢な性格にも、くっくっくっと下卑た笑いにも私は苛つかせられる。
「いやいや、それにしてもたった一人でここまで来るとはな。やはりお前は俺が睨んだとおり最高の女だ」
「お前に誉められても吐き気しかしないな」
「おぉ、怖い、怖い‥‥」
ちっ‥‥イライラする‥‥! 折角のいい気分が奴の登場で最高潮に不機嫌だ。胸くそ悪い‥‥。
‥‥言っておくがいい気分になったのとアイツとは全くの無関係だ。念のためにもう一度言う。全くの無関係だからな!
「で? 私に何の用だ。用がないなら私は部屋に戻らせてもらう」
そう言って私は立ち上がる。するとルーザはゆっくりと私に近づいて来た。
「用ならある。俺のパーティーに入れ、ユーリ」
奴のその言葉に私は内心、またかと悪態を付き返答する。
「その話なら幾度と断ってきた筈だが?」
無論、悩んだことなど一度もない。こんな奴と組むぐらいならまだヒューマンと組んでいた方がマシだ。実際組んではいるが。
その答えに奴は嫌な笑みをしたまま言ってくる。
「あんなので大人しく引き下がると思うか? この俺が」
「だろうな。前二回とも不愉快になるぐらいしつこかったよ。だが私の考えは今でも変わらん」
初めて私が奴に誘われた時も食堂から自室に戻るまでずっと私に話しかけていた。くそっ、今思い出しても苛立つ奴だ。
「まぁそう言うなって。いくらお前が強くても回復魔法や罠の解除、道具の鑑定すら出来やしない。その点、俺のパーティーには――」
「確かにお前の言うことは正論だ。お前のパーティーには盗賊や僧侶がいるのだろう。そして私一人で出来ることなどたかが知れてると、そんなの百も承知している。
だが、どんなに素晴らしいパーティーだろうがお前がいるパーティーなど例え百万積まれても却下だ。何度でも言ってやろう。却下なのは却下だ。分かったか、この阿呆野郎っ!」
私の言葉に阿呆面になったルーザはしばらくしてギリギリと歯軋りをしながら此方を睨んできた。
「‥‥俺がいつまでも甘い顔をしていれば調子に乗りやがって‥‥! ウノ! ドス!」
「へーい」
「あいよ」
ウノ、ドスと呼ばれたバハムーン子分A&B。兄弟だろうか。顔も何となく似ている。つーかパーティー内にバハムーン三人ってどんだけ好きなんだよ、自分の種族。
「顔以外と死なない程度ならどこ斬ってもいい。一度アイツを調教する必要があるからな」
「了解了解」
「任せてくださいよリーダー」
背中の剣を抜くバハムーン三人。くそっ、流石に三対一じゃ‥‥。
「いくぞっ!」
「くっ!」
ルーザの掛け声を合図に間を詰めてきた。
腹くくるしかない! そう覚悟した瞬間。
「退けっ!」
「!?」
――ガキンッ!
私の前に誰かが立ちふさがり、ルーザの剣を止める。一体誰かとソイツを見てすぐ分かった。忍者装備のヒューマン。そんな奴、一人しかここにはいない。
「馬鹿な‥‥!」
「お前‥‥!」
ミスターXがそこにいた。ルーザはバハムーンでも力が強い方だ。しかも扱うは両手で持つ剣(私は剣に詳しくはないので何なのかは分からない)。
その一撃をアイツは忍者刀一本で受け止めていた。とても信じられる光景ではなかった。
「ユーリ! 後ろっ!」
「!」
アイツの言葉に私はとっさに振り向く。そこにはあの兄弟がいた。いつの間にっ‥‥!
「だぁあああ!」
――ギギンッ!
「ちっ!」
「何故わかった!?」
何とか、振り向いた私に予想してなかったのか怯んだ二人を横一線に凪払う。だが足音すら聞こえなかった。
アイツの声がなければやられていたのは明確。‥‥くそっ、借りを作ってしまった‥‥。
だが何故だろうか、不愉快だったが苛立つ事はなかったのは。寧ろ少し清々しささえも感じた。
「って、何でお前が私を助けるっ!」
「ん‥‥っとな! まぁ、そういうのは後で、な!」
言い終わると同時にもう片方の手と足を使ってルーザを投げたってぇえええええ!?
「なぁっ!?」
「うわっ!」
――ドゴシャア!
「ぐぉッ‥‥ぉッ‥‥!」
私のすぐ近くの床に頭から叩きつけられるルーザはそのまま仰向けに倒れた。
「リーダー!?」
「大丈夫ですか!?」
兄弟が駆けつけ、介抱する。が、ルーザはピクリともしない。
「で? 俺とやるかい? お二人さん」
「「‥‥」」
危機を感じたのか兄弟二人はルーザを抱え上げ走っていった。
「「覚えてろー!」」
勿論、お約束の捨て台詞も忘れずに。すると、今まで傍観していたディアボロスとクラッズは何か言いたげな目をアイツに向けた後、俯きながら小走りでとルーザ達の後を追っていった。
「‥‥何か言いたそうだったが」
「さぁな。どっちにしろ、自分から言わなきゃどうにもならない。ま、助けて下さい的な王道パターンだったら助けてやるがね」
「‥‥随分と、自信満々だな」
「おや、嫉妬かい?」
「な!? だ、誰がお前なんぞに‥‥って違う! はぐらかそうとするなっ!」
私の言葉に何が? 的な目で見てくるアイツに少し苛っとした。
「お前は‥‥何者なんだ?」
少なくとも、ただ者じゃあないのは私にだって分かる。しかし、ここにくるまでのアイツの強さは強いどころか寧ろ私と同じ位かそれ以下だと思っていた。
敵の攻撃はギリギリ、それこそ大きく動いてそれでも少し当たるという危なかっしい避け方で。攻撃は当たらずしかも弱い。
そんな奴が私より重い斬撃を放つルーザの一撃を止め、私が気付かなかった死角からの攻撃を見破った。
そこまで思って私は苛っとした。何故こんなにも強いのにわざわざ弱い振りをするのか。私で遊んでいるのかとさえ思う。そう考えると余計に腹が立った。
「答えてくれ‥‥ここまで強いお前は‥‥一体‥‥」
その言葉は自分でも弱々しい物だと分かる。私がこんな声を出すとは今まで想像すらできなかった。そして何でこんな声が出たのか私自身分からなかった。
その言葉に一瞬躊躇ったのかアイツはゆっくりと口を開く。
「俺は‥‥俺は、ミスターXだ。それ以外の‥‥何者でもない」
その言葉を聞いた瞬間、私は頭に血が上り何も考えられなかった。
確かなのは、アイツを私は叩いていて、私はありったけの罵詈雑言をぶつけていて、私は何故か、泣いていた。
気がついたら私は宿屋の部屋のベットで寝ていた。お金は払ったのか、今何時か、色々考えたが私が不安だったのはたった一つだった。
「嫌われて‥‥ないかな‥‥」
ポツリと自分でも分からないまま口に出していた。そこで気づいた。私が何で私が奴に怒ったのか。
私は期待していたのだ。私はルーザの誘いを断った。
だがそれ以外の誘いは無く孤独のまま一年が過ぎようとしていた中で、私を強引にとはいえ私を誘ってくれたアイツに何らかの期待をしていたのだ。
私は惹かれていたのだ。アイツの性格に。
アイツはどんな事を私がしようが馬鹿馬鹿しい事をしながらそれを責めなかった。
それが当たり前だと思っていたが、思えば今まで出会ったヒューマンにそんな奴はいなかった。誰もが私に悪口を返したり、中には殴りかかろうとしたりした。
なのにアイツはヘラヘラ笑いながらも私を無言で許してくれた。それが心の奥底で分かっていたからこそ、私はどこかでアイツに惹かれていたのだ。
私は憧れたのだ。アイツの強さに。初めてみたアイツの実力はさっき見た強さなど微塵も見えなかった。
なのに本当は凄く強い。私よりもルーザよりも。だからこそ、強さが第一となるバハムーンの私は本能から好きになっていった。
そう、私はアイツに恋心を抱いてしまったのだ。
なのにアイツは私に嘘をついていた。アイツにだって事情がある。分かるが、元来の自己中心的思考が出てしまい、勝手に自分で舞い上がって、勝手にアイツに裏切られたと思って、そして‥‥勝手にアイツを罵った。
何て‥‥何て私は馬鹿なのだろうか。アイツを傷つけてしまった。まだ四日程しか共にしてないのに私だけが親しくなったと思い込んで‥‥。
「う‥‥うぅ‥‥」
何で私はこんなにも馬鹿なのだろうか。何でもっとアイツの事を考えられなかったのだろうか。何でもっと――アイツに優しくしてやれなかったのか。後悔ばかりが、私の胸をよぎる。
「うわぁあああああああ! ひっく‥‥ひっく‥‥ごめん‥‥ごめん‥‥うわぁあああああああ!!」
――いくら泣いても、もうどうしようも無かった。童話みたいに魔法使いが出ることもなかったし、小説みたいにアイツが来る事なんて無かった。ただ懺悔の時間がだけが過ぎていった。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「痛っ! ぐっ‥‥!」
「おいおい大丈夫か?」
「あぁ‥‥ユーリは?」
「あの嬢ちゃんなら部屋に閉じこもったままだぜ」
「そうか‥‥嫌われたな‥‥俺」
「んなワケないだろ? あれは思春期にはよくある事さ。ましてや嬢ちゃんはバハムーン。ちょこっと自分に素直すぎるだけさ。明日にはゴメンとか言ってくるだろうよ」
「いや‥‥ちょうどいい機会だ。ここでユーリとは‥‥別れる」
「はぁ? 何で少しギクシャクしたぐらいで‥‥」
「分かるはずだ。アンタには」
「‥‥」
「俺は人の温もりを求めてはいけない‥‥俺は――」
「ミスター。それ以上は‥‥言うな」
「‥‥このままだと、彼女を巻き込んでしまう。アイツと剣を交えた時、アイツを一瞬殺そうとした。いつか俺はアレに【成って】しまう。だから‥‥」
「‥‥分かったお前がそこまで言うなら、俺は止めん。だが、手紙ぐらいは残してやれよ」
「あぁ‥‥すまない」