彼に好意を持っていたとか、そういうわけでは断じてなかった。
ただ戦術的な能率性を重視した結果というだけだ。
私は神女。
その私が自分の能力を存分に発揮するため君主の彼にべったりはりつく形になるのは、ごく自然な話の筈。
仕方がないではないか――。
だが、あの女はそうは思ってくれなかったらしい。
探索の途中で小休止するとき、
学園に帰還し食堂で皆と暖かい食事にありつくとき、
果ては、迷宮で魔物と戦闘している真っ最中――
つまりは、今まさにこの瞬間にも、背後からじっとりと不快な視線を感じるのだ。
殺気とすら思える粘着質な気配。
「気を抜くな、神女の。今日のおまえはキレが悪い」
「わかっている。君主らしく黙って壁役を果たせ」
「は、達者な口だ」
部隊のリーダーらしく幾分か小言臭くも、しっかりと自分を守ってくれる彼と軽口を叩き合いながら、
呵責ない捨て身攻撃で敵を斬り伏せていく。
もともとパルタクス出身のこの部隊にあって、ただひとりのランツレート生である私は、
バハムーンという種族柄もあって他のメンバーとは折り合いが悪かった。
だが、もうそれも過ぎた話だ。
君主の彼は勿論、ともに前線を組む侍や後衛方の面々とも、
今は互いの力量を認め合い、共に戦う仲間として結束を固めている。
――あの女以外とは。
がしり、と痛いほどの力を込めて私の肩に腕が回された。
「どうしたの? 余所見は駄目よ、神女さん」
「あ、ああ。すまない」
「いいのよ、んふふ……」
彼女はヒューマンのくノ一。私が参入するまでは、彼女が彼の隣のポジションについて戦っていたらしい。
それゆえか、初対面の時点からずっと彼女の視線がちくちくと痛い。
特注強化した代物だという、ノームと見まがうような実物大のカラクリ人形を操り、
私たち前衛の頭越しに並み居るダークレーザーや闇のしらべをくびり殺していくあの手練もあいまって、
私は彼女の目に寒気を感じずにはいられなかった。
無論、私達は皆の前では普通にしている。
寡黙というか口下手な部類に入る私とは違い、闊達な彼女はよく笑顔を振り撒き、皆にも好かれている。
その彼女が一見して皆と分け隔てなく、
寧ろ馴れ馴れしいほどのスキンシップ込みで私にも接してくれているのだから、
誰もが私達の確執に気づけずにいるのは致し方ないことだろう。
我慢するしかない。
私は謝るようなことをしていない。そのことを、いずれ彼女も分かってくれる筈。
……でも。
本当は、助けて欲しかった。
最近は、寮室で休んでいるときにまで彼女の気配を感じるようになっていた。
つい先日、ひとりでいるのが怖くて食堂で時間を潰してから部屋に戻ったとき、
自分のものでない臭いが薄らと漂っているような気がして思わず逃げ出してしまった。
さすがに彼の部屋に転がりこむわけにもいかず同性の侍のところへ適当な言い訳をして泊めて貰ったのだが、
あれは我ながら英断だったと思う。
先夜は暗くてわからなかったのだが、翌朝明るい中で見てみると机やベッドが乱されていたのだ。
違いとしてはほんの少しだけ。だがそこに住んでいる者の目には明らかに、確かな違和感が残されていた。
彼女が、ここにいたのだ。
私にはどこにも心安らぐ場所がない。
ノイローゼになりそうだ。
彼女が怖い。
助けて欲しい。
しかし、折角うまくいっているこの部隊の雰囲気を壊すのも嫌だった。
魔物の大群を見つけるたび喜び勇んで突っ込んでいくような、
絵に描いたような戦闘狂揃いの悪パーティの私達だが、こと戦いを離れた場所では皆気のいい連中だ。
腹を割って話せばきっと救いの手を差し伸べてくれる。
だが、その結果がどうなるにせよ、禍根が残るのは避けられまい。
それどころか、皆との仲が決定的に壊れてしまうかもしれない。
私には、それが何より恐ろしかった。
やがて、彼が小休止を告げた。
私はほとんど無意識に彼女から離れ、冷たい迷宮の壁に背中を預けて座りこむ。
今は大丈夫、皆が一緒にいる、と膝を抱え、
飛ぶには適さない退化した翼で身を抱いて膝に顔を埋めた途端、
日頃の寝不足が祟ったか、くらりと強烈な眠気が襲った。
あ、と思ったが目蓋が落ちるのを止められない。
それほどまでに、私は憔悴していたのだ。
重い石に包まれているような疲労感を自覚し、もうどうにでもなれと睡魔に意識を明け渡す瞬間、
私の目尻から、ぽろりと熱いものが頬を伝った。
私が何をしたというのか。彼の隣にいるのが、そんなにいけないことなのか。
仕方がないではないか。
すべては彼女の勘違いだ。
それに、あのふたりが付き合っているということもない。
横恋慕ですらない、言いがかりだ。
私に非は無い。なのに。
魔物たちの凶暴な牙からいつも私を守ってくれる彼は、これに限っては気付いてもくれない。
所詮はあの女と同じ、下等なヒューマン野郎なのだ。
だが、それでもなお、
目を閉じ耳を塞いで己の内に閉じ篭り、
恐ろしい彼女の幻影から逃れる私の心の防波堤は、彼だった。
竜の爪を食らっても平然としていられる頑強さを自慢にしているような無骨な彼の、
広く大きな背中に守られて思うさま安眠を貪る自分を幻視する。
夢なのだからと、つい調子に乗って彼の手を握り締めた。
暖かかった。
彼が振り向き、いつもの不敵な笑みを浮かべる。
じんわりと言いようのない安心感が胸に広がる。
またひとつ、頬に熱いものが伝うのを感じた。
そうして、ああそうか、と私は気付いた。
私は、どっぷりと首まで彼に依存していたらしいと。
うん、そうだ。
どう考えても間違いない。
本当に後ろ暗いところがないなら、どうして私はこうまで彼女を恐れているのか。
つまるところ――どうやら私は、彼のことが好きらしい。
己の素直な感情を自覚したが最後、
ひとたび拠り所に気付いてしまえば、私はいとも脆弱にそこによりかかってしまう。
妄想の彼に肩を抱かれ、私の体はだらしなく弛緩した。
彼ならば。
きっと私を助けてくれる。すべてをうまく収めてくれる。
そうだ、彼にみんな打ち明けてしまおう。彼は、いつもの顔のまま私の言葉を待ってくれている。
肩を抱く手を握り締め、私は息せき切って口を開いた。
……そして、そのまま凍りついた。
「寝苦しそうね、神女さん」
「――――!」
私が握り締めていた手は、あのくノ一のものだった。
現実とない交ぜになった生温い夢から覚めた私を捕まえて、あの怖い微笑で見下ろしている。
ぎらり、と彼女の手にある何かが光った。
顔の横にあるそれにぎりぎりと目を向けて、私は声を出すことも出来なくなった。
ナイフだ。
私の中で色々な何かが、まとめて吹っ飛んだ。
殺される。
「ぁ、ぁ……!」
体だけが勝手に動く。
気付いたとき、私は突き飛ばすように乱暴に彼女の手を振り払い、あらぬ方向へと駆け出していた。
「おい、くノ一の。神女の奴、いきなりどうした」
「ええ、ちょっと向こうに用があるって」
「? 飯のあとにすればいいものを。連れ戻すぞ」
「あら駄目よ。オンナノコには、そういうときもあるの。ね? 侍さん」
「んぐ? どういうとき?」
「侍の、食いながら喋るな。そもそも話を聞いていたのか」
「まあまあ。私が見てくるから大丈夫よ。だから、ちょっと待っててね」
「そうか……? なら頼んだ。あまり遠くへは行かないように言ってやれ。
あと、その食事用のナイフを返せ。俺のだぞ」
「はいはい。じゃあ行ってくるわ、君主さん。だから、ね、皆も……『絶対に、ここを動かないでね』?」
ぜいぜいと息をついてへたり込む。
ようやく我に返った時には既に遅く、どこをどう走ったのか、私はまったくわからなくなっていた。
完全にはぐれた。
茫然自失とはこのことだ。メタライトルの光すら及ばないほど目の前が真っ暗になる。
いや違った、本当にメタライトルの効果が消えている。
疲労回復に唱えようとしたヒールも発動しない。
血の気が引いた。
アンチスペルゾーンだ。
ちょっと周囲を動き回っただけではアンチスペルゾーンを抜け出せなかった。
最後の手段のバックドアルも使えない。その上私は、魔法をアテにして帰還札の類も携帯していなかった。
なんと迂闊なことをしてしまったのか。
このあたりの敵は、まだ私ひとりでは荷が重い。
こうなっては皆に見つけてもらうのを待つしかなかった。
それに下手に動いて強力な魔物に出遭うよりはと適当なコーナーに身を寄せようとした、ちょうどそのとき。
「見つけた」
「!!」
薄闇の向こうに、ふたつの人影が現れた。
聞き間違える筈もない、くノ一の声。連れているのは、愛用の巨大カラクリ人形か。
あの女、ついに私を殺しにきたのだ。
「馬鹿ね。わざわざ自分でひとりになってくれるなんて」
「く、来るな!」
「いやよ。もう分かってるわよね、わたしのことは」
がりがり、と耳障りな関節の音を伴い、どちらがどちらとも知れないくノ一と人形が一歩近づいた。
「…………!」
「物騒ね」
いざこの期に及んでは、荒事で鍛えられた私の体は思いもがけない滑らかさで動いた。
幸い、掌中には得物があった。
いつかこんな事になるのではないかと、呪われるのをいっそ自ら望んで装備していた精霊の剣。
それを握り締め、突きつける。
やるしかない。
彼女が手練であることは知っていた。
それも、こと敵を殺すことにかけては部隊の中でも頭ひとつ抜きん出た精兵だった。
だが、所詮は人間。バハムーンの膂力で一撃当てれば確実に落ちる。
「当たると思う?」
憫笑すら混じる声で揶揄される。
無理からぬ。
武器をなくそうと五体を凶器と成し得るくノ一。その驚異的身体能力を、そしてその打たれ強さを思えば。
たかが一撃、されど一撃。彼女に対して有効な一撃とは、全身全霊の捨て身以外にありえない。
それを仕損じれば即ち、自分の命運が尽き果てる。
あまりにも分が悪い、大穴博打だった。
向こうもそれをわかっている。
彼我の戦力を吟味し、せせら笑いすら漏らして、一方的な勝利を確信している。
しかし、だからこそ生まれる隙もあるのだ――。
突然、そして絶妙のタイミングで、横合いの物陰からけたたましい雄叫びを上げて闇より生まれし獣王が飛び掛った。
無論、私にではない。
「ん――?」
調子に乗って人形を騒がせ過ぎるから、魔物を呼び寄せたのだ。
彼女の意識がそちらにそれた隙に地を蹴り、大上段に剣を構えて突進する。
はなから防御は考えなかった。先に一撃した方が勝つ。
不明瞭な人影のうち、左がふわりと指を蠢かせたのと同時、右が機敏に魔物の爪を叩き落とした。
本体は、左か。
「食らえッ!」
そちらに駆け寄りざま、全力で袈裟切りにする。
だが、返ってきた手ごたえは、がぃん、という生身にはあるまじきもの。
「馬鹿ね。そこが可愛いんだけど」
私が切り込んだ人影の背後から、ひょいと彼女が顔を出した。
瞠目した。よく見れば、私が切りかかったそれは、あのカラクリ人形ではないか。
「二体目ッ?! おまえ、一体どこにそんなものを……いや、いつの間にそれほどの技を?!」
「女には秘密があるものよ」
んふふ、と彼女は私がこれまで見たこともないような不気味な笑みを浮かべた。
「わたしは、あなたの秘密をみんな知っているけどね……?」
彼女が猛々しくも卑猥に中指を突き立てるとともに、一瞬、空中に無数のはりつめた傀儡糸が光る。
直後、闇より生まれし獣王が向こうのカラクリ人形に頭部をかち割られて即死した。
無残に飛び散る脳漿。断末魔が途切れ、物言わぬ糞袋に変わる巨躯。
次は、私がそうなる番だ。
「くそ……!」
「無駄よ無駄」
「ぐッ、ぅう――」
「ほらこっちも」
「あ、がは……ッ?!」
恐怖にかられて遮二無二振るう剣が運良くかすろう筈もなく、二体のカラクリ人形によって私は袋叩きに叩きのめされた。
鳩尾に入った拳が衝撃で全身を麻痺させ、首を握り潰さんばかりに両手で掴んで声を封じる。
恥も外聞も忘れて泣き叫び皆に助けを求めようとするのさえ許されない。
負けた。何の抵抗もできず、一方的に。立ち上がれない。
怖い。
あのいやらしい笑みが。その笑みのままこんな凶行に及べる彼女が、たまらなく恐ろしかった。
「ぁッ、い、ひ……っ」
「あ、それ、もの凄い可愛い顔よ神女さん。もっと遊んであげたら良かったかしらね。んふふ、
んふふふふ!」
カラクリ人形たちに両手足を広げておさえこまれた私は、俎板の上の鯉も同然だった。
どんな惨たらしい殺され方もお望み次第。
剣は奪われ、横隔膜が震えてブレスすらも満足に吐けはしない。
そんなボロ雑巾同然の私の腹に馬乗りになって、彼女は獲物を食い漁る獣のように顔を近づけ、
埃と涙に汚れた私の頬をぞろりと舐め上げた。
そのとき、頭突きくらいはかましてやれたかもしれない。
だがこの瞬間にはもう、私はその程度のささやかな抵抗の気力すらも奪われていたのだ。
痛い。怖い。私の胸には、もうそれだけしかなかった。
「ご……ごめん、なさ……」
「なに? はっきり喋りなさいよ神女さん。ほらぁ」
「ひぃッ、痛い! ごめんなさい! ごめんなさいぃぃい!」
「あらあら。何を今頃、ね!」
最後の矜持すら折れ、涙声で哀願を始める私の襟首をがっとつかんで引き起こし、黙らせる彼女。
もはやカラクリを使うまでもないと思われたのか、傀儡糸を外した手がわきわきと掲げられる段になって、私はとうとう鼻水すら垂らして幼児のように泣きじゃくった。
「えっ、ひ、ひぐううぅ、うわあぁあん! あああああん!」
くノ一の手は凶器だ。ともすれば、カラクリ人形など及びもつかないほどの。その手が、べたべたと私の顔中を撫で回す。
頬肉を歪め、目蓋をしごくように無理やり開かせてはくぐもった笑い声を漏らす。
情け容赦は望めないとすぐにわかった。急所に刃物を押し当てられているも同然の恐怖。
「素晴らしい。新境地だわ」
甘ったるい囁きが耳元でしたかと思ったが早いか、耳朶に激痛が走った。
ふうふうと熱い呼吸音が聞こえる。ぬめるような熱い吐息が首にかかる。噛み付かれたのだ。
そして、今度は胸に激痛。声すら殺された私の両の乳房を、彼女の手が鷲掴みにしている。握り潰すように揉みしだかれる。
「筋肉かと思ったら柔らかいじゃない。ふふ、このおっきいのを、君主さんに触ってもらいたかったのね?」
彼のことを口に出されて、私ははっとした。
目の底に灯った光を悟られたのか、彼女は片方の乳房を解放し、かわりに顎をがしりと捕まえて私を見据えた。
「そうよね? 神女さん」
「あ、ぎ……っ」
「答えなさいよ」
「〜〜〜〜!」
「んふふ! そこは言えないのね! ホントどれだけ馬鹿で可愛いのかしら、このトカゲ神女さんは。
喧嘩中毒の彼にも教えてあげたいわ。魔物をドつき回すだけじゃなく、この四六時中滅茶苦茶にしてもらいたがってる色ボケ娘とも遊んでやれってね」
「やめてッ……そんなの、違う……」
「……ああそう、まだそんな口が利けたの。でも、それでこそ、よ」
手刀一閃。私の身につけた装備がばらばらと外れ、地面に転がる。見る間に下着を残すのみになる私。
冷えた外気に晒された肌が粟立つが、いまだにカラクリ人形の糸が手足を拘束しており隠すこともできない。
そして、次の瞬間には下着すらも。引き千切るように一息にむしり取られた。
「彼のことは忘れなさい。今は私と遊んでちょうだい。ね?」
「あ――やめてやめてぇ! 触らな……あああ、そこだけは嫌ァ!」
「なに、ここは駄目なの?」
「そうよ駄目ッ! 駄目駄目駄目ぇえ!」
するりと鮮やかなポジショニングで私の両腿を割って侵入する彼女の半身。
ひやりとした手が毛を撫でおろし、割れ目に触れる。というより、ぐりぐりと弄り回す。
新しいオシメを強請る赤ん坊よろしく無様に脚をバタつかせて、私は暴れた。
自分でもまともに見たことの無い部位を他人に覗かれる羞恥と、そこに乱暴を働かれるという恐怖が、
満身創痍の私をして必死の最後の抵抗へと駆り立てていた。
「ふうん。じゃあ……」
食い入るように私の急所を見つめる彼女の目に、底冷えのする光が灯った。
三日月の笑み。
ひたりと突きつけられる指。
「――『やらいでか』ね」
慣らされてもいない敏感な秘洞に、みしりと凶器が押し入った。
「は――――」
息の根を掴まれたかのように、私の全身が硬直した。
圧迫感。浅く突き立てられた冷たく硬い感覚が、体の中にはいりこんでいる。
「トカゲさんも中身はあったかいのねぇ。
……あら、何かあるわ。……なあに、もしかしてはじめて?」
声も出せず、ぶんぶんと首を振って肯定し『だから許して』と懇願する私。
「なんで? とっておきたい好きな相手でもいるの?
さっきはそんなのにいないみたいなこと言ってなかったかしら」
「う、うぅ……!」
「いるの?」
ろくに力も入っていないような掌で、いたぶるように頬を叩かれる。
痛みは無い。だが、このいかにも憎々しげな手つきで頭を左右に揺さぶられるだけでも、
私を限界に押しやるのは容易だった。
「………………います……。好きな人、いますぅ……ぅぅ……」
「まあ。それは大変。誰よ」
「……君主……」
「ああ彼ね。で、彼がなんだって? 大好きな彼にどんなことをしてもらうために助けて欲しいの?」
この瞬間の為だけに今まで見逃されていたのではないかと思うほどの的確さで、
硬く縮こまった乳首をつねり上げられる。
「あ、あああぁぁ……」
「きりきり答えなさいよ。メストカゲ」
「?! ぎいッ!」
中を引っ掻かれた。蚊に刺された場所をそうするような気安さで、ぽりぽりと。
「ひ、ひぎぃいいい!」
「うるさいわね。指が足りないのかしら」
「ち、違ぁ――ッ」
「なら答えなさいよ。ブレス吐くだけの口じゃないでしょう。舌がいらないならもらうわよ」
「あ、がっ! あぇえええッ!」
乳首が解放するなり、彼女の指は悲鳴に開いた私の口に飛び込んで舌を引っ張り出していた。
唾液に塗れた柔らかい肉を滑ることもなくがっちりととらえ、
少しでも引っ込めようとすれば指ですり潰さんばかりに完全に掌握する。
咽喉の奥の筋肉が激しく突っ張る痛みに耐え切れず、私はたまらずその手に従う他なかった。
「でも、そしたらきっと彼も悲しむわ。一気に出来ることのバリエーションが減っちゃうしねぇ」
「――ゆ、ゆるひ……」
「ふん? ならヒントをあげましょうか」
顔を近づけるのではなく、凶暴な腕力で舌を引っ張って私の上体を持ち上げ、私の耳元に口を寄せる彼女。
上気した吐息がそのまま意味をもったような卑猥なフレーズが、
よくぞそこまでという滑らかさで次々紡がれていく。
耳を塞いでしまいたくなるようなそれをひとしきり吹き込んだところで、彼女は私の舌をぱっと放した。
「――わかった?」
「あいぃぃぃ……」
「ちゃんと言うのよ? ちゃんと言ったら、もうやめにしてあげるわ」
「ほ、ほんとに……?」
「もちろんよ」
「…………」
「ほら」
あとから思えば、だが。
これを唯々諾々と聞いてしまった私もまた、どうかしていたのかもしれない。
「……わ、わらひは……」
「声が小さい」
「ひぎい――ッ?!」
乳首をもぎとるような勢いで引っ張られたのが、最後だった。
「わたッ、私はァッ!
彼に犯して頂きたいですッ、まだ誰にも触れられたことのない新品のまんこに彼の逞しいものを頂いて――彼の気持ちのいいように、好きなように使って頂いてぇッ、
ああああぁ……初物であることのほかに何もない、何も知らない未熟な私の大事なところに、彼に気に入って頂けるようなことのすべてを……、ぉ、お勉強させて欲しいんですぅぅぅ、う、ぅわぁあん! もう嫌ァアア!!」
咽喉も破れん絶叫調の猥弁が、迷宮の闇にわんわんと木霊した。
何度も何度も反響し、どこまでも響き渡っていく自分の妄言を聞きながら、
私は仰向けに倒れ込んでびいびい泣き崩れた。
言ってしまった、と思う。
でも、これで助かる。これで、もう終わりにしてもらえるのだ――――
だが。
「駄目よ」
「え……」
「わたしが教えたことの三分の一も言ってないじゃない。
続けましょうか」
「ぁ、ああ――――――」
秘所に当てられている指の数が、倍に増やされた。もはや手刀だ。
殺される――
誰か助けて――
そう言おうとした私の意識は、残念ながら肉体を律しきれてはいなかったらしい。
未だ心頭滅却ならぬ未熟な神女の私の口から飛び出したのは、ただの悲鳴だった。
ぐぶり。そういう音を、確かに聞いた。
「あっ――――、ぎゃああああああああああ!!」
不思議と、どこか聞き覚えのある声だった。
そういえば、さっき死んだ闇より生まれし獣王も、こんな声をあげて殺されたのではなかったか。
くノ一の手が、私の中に指の付け根まで埋まっていた。その光景もすぐに滲んで見えなくなる。
ただ痛みと呼ぶにはあまりに語弊のある激しい衝撃と熱が下腹部を内側から押し広げ、どんなに深々と魔物の牙を突き立てられても涙一滴零さなかった私の視野を塗り潰していた。
だが、これはこれで――自分がどんな醜態を晒しているのか自覚する労だけは避けられる。
そんな、不謹慎なほどに冷えた心の片隅と、その落ち着きにまったく整合性を示さない私の体。
「はッ、が、ぁああ! いだ、痛いぃぃ!」
「だいぶ楽な筈よ? だってほら、こんなにぐちょぐちょにしちゃってまったくこの子は」
「ひぃぃぃ――嘘、嘘ぉぉぉ……」
だが実際、この気色の悪い往復運動に彼女が特別な骨折りをしている気配は無かった。
実に楽しげに、食事中の肉食獣の唸りを思わせる喜色をたぎらせて笑っている。
「濡らしたんじゃないの? じゃあ、お漏らし?」
「違うぅ!!」
「そうよね。神女さんは才能家なのよね。苛められてるうちに準備万端だなんて、最初はなかなか出来ることじゃないわよ」
「やめて! 変なこと言わないでぇえ!」
「今更やめても遅いんじゃない? どうせなら『予習』させてあげるわよ。彼に気に入って欲しいんでしょ? このきっつい穴で」
「――ッ」
また、彼の話――!
「そう、その目よ。
でもね、ちゃんと答えろって、さっき言わなかったっけ?」
「あぐぅぅッ――――――く! な、なんでだ……ッ」
「あら何?」
「そんなに私が憎いなら! 殺したいならさっさと殺せばいい! おまえなら簡単な筈だろう! なのになんで、なんでこんなッ……酷い…うぅううう!!」
「なんでって……」
恨み節としては、我ながらなんとも情けなく、そして弱々しい。しかし言わずにはおられなかった。そのあとどうなるかは、もう知ったことではない。
どうせ飽きるまで踏みにじられ、辱められて殺されるのだ。
今の言葉が彼女の機嫌を損ね、後に待つ惨死への過程が幾つか複雑になったとしても、どうせ大した違いではない。
探索の道中力尽き、無残にも魔物や通りすがりの探索者の慰み者になった女子生徒らの話を聞くには事欠かない立場だったが、とうとうこの私にもそのお鉢が回ってきたというわけだ。
彼女の言うとおり、私は馬鹿だった。
こんなことになるなら、もっと早く自分の気持ちに気付いていればよかった。
戦線を組む仲間としての関係に甘んじ、もっと深いところにある本音に目を向けもしなかった、その結果が、これだというのだから。
「なんでって、あなた……決まってるじゃない」
彼女がその手を秘所から引き抜き、真っ赤に染まったそれで私の頬を包んだ。
恥ずかしい体液で希釈されながらなお特有の粘性を保った血液が、ゆっくりと剣呑な手つきで私の顔に塗り広げられていく。
手つきそのものは愛撫のそれだ。しかしその実、頬骨の上を往復する親指は、眼球を押し潰すタイミングを計っているのかもしれない。
いやきっとそうだ。
彼女は、私がみっともない悲鳴を堪えることのできない、意識の途切れ目を蛇のように探しているのだ。
ぐ、と奥歯を噛みしめ、目に力をこめてその時を待つ。どんな憎悪を叩き付けられるのか想像もつかない。
きっと、私は耐えられないだろう。
だが決めた。もう絶対に、ごめんなさいなどと言ってやるものか――。
なのに。
「それはね、あなたのことが好きだからよ」
――――は?
決意から数呼吸もしないうちに、私はいとも簡単に気を途切れさせてしまっていた。
「わからないの? ああ主語が抜けてたわね。私は、あなたを、好き。それが理由」
「な、何を……ッ」
「わかりなさいよ」
頭が割れるかと思うほど頭蓋を両側から鷲掴みにされ、無理やり彼女に正対させられる。
――慈悲深い笑顔だった。より美しい枝振りを目指し、盆栽の余分な枝に鋏を入れて間伐する風流人のような笑み。何か貴重なコレクションを、おまえはこうあれと黙々磨き上げるような、そんな笑みだった。
「わたしは、あなたが、大好きよ?」
「ふざけ――」
「ふざけてないわ。だってあなた、とってもきれいじゃない」
彼女は血と涙できっと酷いことになっているに違いない私の顔をべろりと舐め上げ、鼻の頭にちょんと口付けして、咽喉を鳴らして笑った。
「体が倍もある魔物に真正面から打ち込んで伐殺するあなたの後姿、すごく魅力的だわ。
剣を振るのに邪魔だからって無造作に切り揃えちゃった髪の下の後れ毛も、戦いを忘れて寮室のベッドですうすう眠る無防備で柔らかそうな頬っぺたも、迷宮の中、いつ魔物に襲われるかってがつがつ弁当をかき込むお行儀の悪さもね。
……見ててわかる。きっと、あなたはいい戦士になるんでしょうね」
「――――」
「最初、戦士学科だったのよね私。でも向いてなかった。真っ直ぐな太刀筋っていうのが出来ないの。
夜討ち朝駆け闇討ち辻斬り。わざわざ非効率に素手を鍛えて、いい得物持ってる相手を余裕綽々殺してみせたり。そんなやり方の方が、なんだか体がよく動いちゃって。…………ああ、たぶん私、あなたが羨ましいのね」
戯言だ。聞くに堪えないと最後の力を振り絞って彼女の手を振り払う。
「――でもね?」
児戯のようなビンタが飛び、いとも簡単に私を張り倒した。地を這う私を当然のように捕まえなおし、親が子供にするように両脇に手を入れて持ち上げる。
「私があなたを好きなのは本当よ。だから、あなたを手伝うの」
「何を、言ってる……」
「あなた、彼が好きよね?」
「……」
「でもあなたは、それを自分で分かってなかった。自分を知らないのは辛いわ。じゃあ助けてあげないと」
「だからって……だからって!」
「――――うるさいわね。黙って助けられなさいよ、メストカゲ」
「ッ、ひぎ……!」
長い指を生かして片手で私のこめかみを捕まえ、吊り下げて、逆の手で乳房を乱暴にこね回す彼女。
「んふふイイ声! ……ね? 気付かせてあげたでしょ? 私、あなたを助けてあげたわよね? だからぁ……ちょっとぐらいいいじゃない。ご褒美、もらっちゃっても」
ぐっと頭を地面に押し付けられ、私の横合いに体を移した彼女に秘所周りを撫で回された。
脚を閉じようにも、強靭なカラクリ人形の糸を膝に巻きつけられては彼女にいいようにされるしかなかった。
「ッ、やめ……ッ」
「やめないわ。まだお勉強の途中なのよ? 男はね、生娘の相手ってかえって気を遣うものなの。あなたはガサツだから、きっと初めては上手く出来ないわ。だったらちゃんと『予習』していかなきゃ。彼を喜ばせたいんでしょ?」
「ふざけるな! そんな、そんな事――、あ!」
「私ひとりくらい喜ばせられないようじゃ彼に気に入ってもらえないわよ? 気分出しなさいよ、ほらぁ」
「ぃ! 痛い痛いぃいい!」
陰核をつままれ、目の前に火花が散ったと思うが早いかまた中を犯されていた。
今度は指を四本もねじ込まれるようなことはないが、か弱いのは見た目だけの刃物同然の指で上といわず下といわず肉壁を擦りまわされるのはやはり苦痛以外の何ものでもない。
「しょうがないわね……」
「あッぐ……!」
ぼそりと呟いた直後、彼女は勢いよく指を引き抜き、私に見えない角度でごそごそと何かしたあと、また挿入した。
また、あの痛みがくる。そう思って身を硬くしていた私を襲ったのは、なぜか拍子抜けするような僅かな痒みだけ。
最も細い小指一本だけを差しこみ、ゆっくりと前後。
自分でもわかるほど顕著な勢いで、硬く強張っていた膣がほぐされていく。おかしい。明らかに異常な反応だった。
「お、おまえ、私に何をした……?!」
「みわくの粉」
身近すぎる名前に、一瞬何のことかわからなかった。彼女が口にしたのは、石化状態を回復する粉薬の名だ。
「馬鹿な、そんなものでどうして――」
「用法容量なんて言わないわよね? 『がちがち』になってるところには、よく効くのよ。これ」
「う……?!」
「んふふ。ほらね」
強張りがとれるに連れ、苦痛も急速に収まっていった。
さらさらと薬方から注がれる粉末が、体液まみれで前後する彼女の指にまとわりついては、私の中へと送り込まれ肉襞の間に塗りこまれていく。
最初は、ただ出し入れの感覚があるだけだった。
だが、次第にそれ以外の何かが――ぞわぞわとした名状し難い感覚が、下腹部に広がっていく。
駄目だ、と直感した。よくわからないが、絶対に駄目だ、これは。
「や、やめろ! やめてッ、お願いだから!」
「――変わったわね。声の調子が」
にたりと笑った彼女の顔が、ふいに私の足の間にもぐりこんだ。
「つまり、『もっとしてください』と」
「ち、違ッ……ぁひッ?!」
生暖かい吐息を股間に感じたと思った直後、私の背筋を電流が駆け抜けた。
陰核を舐められている。そう認識するまでに、一拍の時間が必要だった。不慣れな場所に加えられる強過ぎる刺激に、頭の中が真っ白になる。
きもちいい? と、くぐもった声で彼女が聞いた。
――わからない。私はそんなことは知らない。
猫が皿からミルクを飲むような騒がしい水音をたてて割れ目にまで舌を伸ばし、ついには尿道口すら犯そうとする彼女。
抜き差しする指と比べれば決して激しいとはいえような、むしろ遠慮がちなほどの動きではあった。だが、それでも充分すぎる。舌先が其処彼処をつつき回すたび腰が跳ね、或いは、べろりと舌の腹で舐め上げられるたびぴんと背中が反り返る。
「あっ、あっ、あっ! そこ、強いぃぃぃ!」
「あなたが弱いのよ。だってほら、こんなちょんってするだけで」
「?! んぁあッ!」
自分が信じられない。私は、なんという声を出してしまっているのか。
手を使えず、せめて必死で口をつぐもうとする試みすらも、腹の底から湧き上がって来る奇声の勢いの前には無力だった。
怖い。自分の体が自分の意のままにならない不安感と、いずれも唐突に与えられる強烈な刺激。
外側の刺激だけでも、このザマだというのに――
「ひぅ、ひぐうう……くぅぅうん……」
知らないうちに、中に入れられた指の生み出す動きからも、同じような反応を搾り出されてしまっている。
そのうち彼女は私の胸にまで手を伸ばし、乳首をつまんで弄り回しはじめた。
女同士だというのに……否、女同士だからこそというべきか、彼女の攻めは的確極まる。
或いはあらゆる敵の急所を熟知し、知らずとも戦いの中で探し出し正確に叩くくノ一のなせる技なのか。
その彼女の手で強引に送り込まれ続けているこれら種々雑多な感覚を遅まきながら性感と認めはじめていた私にとって、この第三の干渉点の出現は決定的だった。
挿入する指を増やされたことで、痛みこそ消えたものの私をしつこく責め苛んでいた強い圧迫感が一気に薄れ
失神のそれに似た浮遊感が全身を満たす。
そうして。
かり、と私にだけ聞こえる音をたてて、これまたいきなりの暴挙。あまりのことに呼吸すら停止する。
見えずともわかった。陰核を、前歯で――――
「ひぃ、ひいいいいいいいッ! こ、れッ、これぇええええ!」
「それはね、イクって言うのよ」
行くってどこに? と問う思考は、もう残されてはいなかった。
眼球がぐるんと裏返り、白目を剥く。
「イッ、ぐッ……! イ、ィィイッ、イクぅぅうううううううんッッ!」
引き攣れを起こしたようにびくんびくんと跳ね回り、
ぐったりと崩れ落ちた私から指を抜いた彼女が、ふんと鼻を鳴らした。
「簡単な女」
「…………ぁ……、も…やめ……」
脱力し、ぜいぜいと息をつく私に軽蔑の声色で言い捨て、またも覆いかぶさってくる。
顎をつかんで無理やり開かされ、頬肉の内側を削りとるかのように荒々しく嘗め回された。
暴力的なディープキス。息ができない。
抗おうにも力が入らない。噛み付いてやる気力も、もうありはしない。
顔中がかっと熱くなり、目の奥にちかちかと火花が散るころになって、私はようやく解放された。
「うぁ……」
ぽいと投げ捨てるように手を放されて、床に転がる私。
もう、何も考えられなかった。精も魂も尽き果てたその顔を覗き込むように屈みこむ彼女。
にたりと、ひとを蔑むような不吉な笑みがその満面に浮かべられていた。
「駄目ね、あなた」
「……ぇ……」
「初めてで気をやるとかどういう神経してるのかしら。
それともバハムーンって皆こうなの?
駄目よ駄目。こんなんで男の味まで覚えたらもう手がつけられないわ。彼に迷惑よ」
「え……。……ぇ?」
「やっぱり迷宮探索に支障をきたすようなのはね、駄目よね? あなたもそう思うでしょ?」
「なんなの……それって、何……何が言いたいの……ねえ」
「……触らないでくれる? この淫乱」
彼女がさっさとカラクリ人形を回収し始めたことで自由になった手をふらふらと伸ばす私。
しかしその手は無情に叩き落とされ、したたかに冷たい床に打ち付けられた。
「今のうちに気付けて良かったわ。こんな女がいたんじゃ探索どころじゃなくなっちゃう」
「そ、それって……そんな――」
「――――あなた、うちの部隊から外れてちょうだい。今すぐ」
あ――――――――。
目の前が真っ暗になった。
使い古された表現だったが、いざ我が事となるとそんなエルフのように細かい語彙に気をやっていられない。
今の今まですっかり忘れていた迷宮深部の虚ろな風鳴りが私の背筋を凍らせ、
冷えきった空気が重い孤独の代弁者として私の裸身を押し包む。
「じゃあね」
「ま、待って! 待ってぇ! 置いてかないでッ。ねえ!」
全身の骨が半分ほども失われてしまったのかと思うほどろくすっぽ力の入らない体を懸命に起こし、
唾液や血や埃で自分がひどい姿になっていることも忘れて、
もう行ってしまおうとする彼女の背中に手を伸ばした。
「なによ?」
振り返った彼女の表情は、ぞっとするほど冷たかった。
睨みつけるようなその視線に萎縮しそうになりながらも、私はこわごわと言葉を搾り出し懇願した。
「連れてって……お願い……置いていかないで、ください……」
「いや」
「お願いします! お願いだからッ!
絶対彼に言い寄ったりしません! ぜったい、絶対皆に迷惑かけないように頑張るから!
ぐすっ……ううぅぅ……お願いだからぁぁ……!」
「ふうん……」
千切れた下着がまとわりつくばかりの、裸同然の惨めな姿で縋りつく私を、今度は彼女は振り払わなかった。
「頑張れるの……?」
「はい……、はい、頑張ります……」
「……しょうがないわね。ほら、顔を上げて」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった私の顔にそっとを手をそえて上げさせる彼女。
こわごわと目を上げる私に、彼女は優しく微笑んだ。
これまでのような底冷えのする笑みではない。温かみのある微笑だった。
このひとは、私を助けてくれる人だ。
そう信じさせる何かが、彼女の表情にはあった。
「そんなに言うなら……わかったわ。私もあなたのことは助けてあげたいの。
このことはわたしたちだけの内緒にしましょう。
一緒に戦ってきた、大事な仲間だもんね」
よかった。わかってくれた。愚鈍にも、私は素直にそう思った。
私は皆と、彼と、まだ一緒にいられるのだ。安堵でまた涙がぼろぼろと溢れた。
「ね、涙を拭いて。一緒に帰りましょ。皆心配してるわ」
「ありがとぅ……ありがとう…。ううぅ……」
埃だらけになった翼や肩をかいがいしく拭い、転がった装備を拾い上げ着せていってくれる彼女。
その手つきはもう、さっきまでの恐ろしい陵辱者のそれではなかった。
ただ己の欲求に従って他人を食い物にするような悪人には決してできない、そういう情味が滲んでいた。
そうだ、彼女は、本気で私を心配してくれていたのだ。
後衛は前衛の背中を見つめてそのコンディションに気を配るものだと、司教も常々言っていたではないか。
きっと、さっきの乱暴もおかしな意味ではなかったのだ。
私がこういう女だと見抜いて、私が今後もあの部隊でうまくやっていけるようにと、きっと。
そもそも、ここまで探しにきてくれた彼女に斬りかかったのは私だった。
しかも魔物と一緒になって彼女を襲った。彼女の腕前が凄まじかったからよかったようなものだ。
取り返しのつかない真似をしてしまうところだったのだ。思い出して震えが走った。
そんな、平に伏して謝罪すべき私を許し、あまつさえ情けまでかけてくれる――。
彼女は正しい。私は間違っていた。そういう、ことなのだ。
「大丈夫? さ、立って。ひとりで歩ける?」
「う、うん……ありがと……」
「――――駄目」
「え」
「駄目よ、それじゃ」
私の目を見据え断固とした口調で言い放つ彼女に、私はびくりと身を硬くした。
「皆のところに戻るんだから、いつものように、ね?
皆に心配かけないようにしなきゃ。そうでしょ」
「……あ、はい」
「ほら早速違う」
「あ、ああ……わかった。すまない」
それでいいわと満面の笑みで肩を叩く彼女に促され、私は、ぎこちないながら薄らと笑みを浮かべて応えた。
「……最近雰囲気変わったわよね、神女ちゃん」
「侍さんもそう思いますか」
「あ、やっぱり司教ちゃんもそう思う? 明るくなったわぁ、あの子。カドが取れたっていうか」
「ですね。でも食べながら喋らないでください。ご飯粒ついてますよ」
「あれ、くノ一ちゃんのおかげかしらね。
ここのところ、秘密の特訓とか言ってふたりで何かやってるみたいだし――君主くんは何も聞いてないの?」
「知らん」
「何それー、冷たいわね」
「仲間は仲間だが、女同士のやんごとない秘密を暴き立てるほど無粋なつもりはない。
……おい超術士の、ちょっと付き合え。俺とおまえとどっちが固いか勝負だ」
「あン? やだね、メンドくせ……」
「ほう、そうか逃げる気か」
「ああ?! テメェ今なんつったコラァッ! 表ン出ろや表ェ!」
「…………行っちゃった。……やあね男って」
「女ならよしというのも、どうかと思いますがね」
「そ? なんなら試してみるぅ? うへへへへ!」
「侍さん、歯に海苔がついてますよ」
「嘘どこッ?! 不覚……!」
「あぎッ! そッ、それ、きつぃいいい!」
カーテンを閉め切った寮室に、今夜も私のだらしのない声が響く。
「五月蠅いわねぇ、拳が入ったくらいで何よ。彼なんか今日はデーモンズにぶっとい斧叩き込まれてもけろっとしてたわよ。あなた、彼に相応しい女になりたいんでしょ?」
「あがぁああ――でも、でもぉおお! おッ、お願い優しく……優しくして下さい、お願いぃッ!」
「はいはい。んふふふふ」
かぷりと陰核が口に含まれ、舌と歯でこりこりと弄ばれる。
その間にももう一方の手は私の赤く腫れた乳房を慰め、ときにきつく乳首を捻る。
大事な場所を残酷に拡張する拳の存在はそのままだというのに私の全身はがくがくと痙攣し、痛いのか気持ちがいいのか、それすら判然としない混濁した意識の中に無数のフラッシュを弾けさせた。
「――ッぁ、か……かひ!」
「おねんねには早いわよ、神女さん」
彼女は、こうなると決まって呼吸も忘れ失神させられてしまいそうになる私の頬を叩いて逃避を防ぐ。
痛い。しかしありがたかった。こうなってしまうのは、私が駄目なのがいけないのだ。
彼女は、『私のため』にここまでやってくれているのだから。
「帰ってきたわね? じゃ、行くわよ」
「あ?! あげぁあああ! んぎッ、ぉいいいいッ?!」
ぐぼぐぼと内臓の底を突き上げてくる拳と、陰核を吸いたてる唇、そして胸。
私がいつものように激しく絶頂へと追いやられてしまうまで、そこからいくらもかからなかった。
「ィ――イぎますッ、私――おまんこ、ぅっぐうううう…ィイグぅうううッッッッ!!」
すべてが真っ白に染まる、法悦の境。
白目を剥いた私は、自分の太股の間が、ばっと熱いものに濡れるのを感じていた。
彼女は何も言わないが、きっと失禁してしまっているのに違いない。
こうして私は、毎晩のように思い知らされていた。私はだらしのない、しまりのない女なのだと。
「……ご、め…なさ…」
「いいのよ。いいの。ゆっくりやっていけばいいから、ね?」
今日もまた奉仕を勉強させてもらう余力を残せず、ぐったりと倒れてしまう私。
彼女はそれを責めることなく胸に抱き、優しく頭を撫でてくれた。
いい匂い。母に抱かれた幼少を思い出す。
彼女は私を見捨てない。彼女の優しさに応えたかった。
柔らかな乳房に顔を埋め、愛おしさに任せて、彼女の背中に腕を回してぎゅっと抱き締めた。
「ん――。なあに、今日に限って」
「お礼……」
「うん?」
「私、したいの、お礼……。でも、やり方がわからなくて――」
「そう、ありがとう……いい子ね。それじゃあ、もっと抱いて。
ぎゅって強く、私が折れるくらい――――――んふ、んふふふふ!」
それくらいなら、今の私にもできる。
全力でやれとせっつく彼女の体が心配だったが、
結局彼女はヒューマンらしからぬ強靭さで私の筋力を受けきった。
苦しいようだが心地良いようでもある彼女の乳首をちゅうちゅうと赤子のように吸いながら、
私は得難い幸福感に包まれて、安からかな眠りの中へと落ちていった。