高等な僧術魔法によって形を取り戻した『君』の中に、君の姿は見当たらなかった。光を通すきらきらとした長い髪も、鏡のように純粋で曇りのない瞳も、陶磁器のような白く滑らかな肌も、間違いなく君の身体であるのに。  
 それは君の形をした、君のぬけがら。人の形に作られた依り代の中には、しかし肝心の君が抜けていた。  
「……明日にでも、ちゃんと焼いてあげるのね。だから、今夜のうちに別れを済ませておくのよ」  
 君を蘇生出来なかった無能な保険医が、何事かをほざいていた。  
 いや、彼は灰になった君の、外枠だけは蘇生できたのだから、医者としては優秀な方なのではないだろうか。離れてしまった君を依り代に戻したければ、遠くザスキアの更に向こうの氷の山に住むという、イタコとやらでも呼んでくるしかないのかも知れない。  
 思考がぐるぐる回りながら奇妙な方向へねじれていくのが可笑しくて、気が付いたら私は喉の奥からひきつったような笑い声を溢していた。それに気付いた友人たちはぎょっとした顔で私を見たので、私は笑いながら君に手を伸ばし、血の通わない冷たい頬を撫でた。  
 君のぬけがらは生ける人々と何一つ変わらない、よくできた質感の、ただの動かぬ人形だった。  
「好きだったんだ」  
 乾いたねじれた笑いの隙間から、干からびた告白を絞り出す。君のぬけがらに言っても君には届かないと、届いたとて今更意味はないと、知っていたけれど。  
 友人たちは顔を見合わせ、私や君に何かを言って、ひとりふたりと保健室を後にした。消灯時間が来て部屋の明かりが消えたとき、保健室に残されたのは私と君のぬけがらだけだった。  
 灯りを求めてカーテンを開けると、空には君が好きだと言っていた弧を描く月が浮かんでいた。青白い夜の光に照らされた君のぬけがらは、やっぱり綺麗だった。  
 もう一度頬に触れてみる。柔らかく、そして冷たい。その生ける人々と何も変わらぬ君の依り代が如何なる物質で作られているのか、少しだけ知りたくなった。  
 頬に触れていた手で髪の毛を撫でた。柔らかそうな唇に、私のそれを重ねてみる。どこからか香る君の甘い匂いに、頭の芯が揺さぶられた気がした。  
 
 君を包む掛け布をはだけ、寝台に横たわる君に覆い被さる。簡素な服を丁寧に脱がせれば、一糸纏わぬ姿になった君が月明かりの下で眠っていた。  
 天を仰いでなお形の良い乳房を撫で、色付いた先端に唇をつける。体温を失った冷たい肌は、それでも柔らかい。私の唇は君の身体をなぞるように、へそを辿り下腹部へと降りていった。  
 薄く、丁寧に整えられた陰毛を舐めながら、揃えられた足をそっと開かせる。もはや喜悦に震えることもない肉芽を啄み、慎ましく閉じている陰唇に舌を這わせた。  
 柔軟な舌でほぐしながら少しずつ蕾を割り開くと、穢れを知らぬ花弁は淑やかに綻びて私を誘う。なるべく君の身体を傷付けずに済むよう、唾液を塗りつけるように舐めていく。  
 随分と長い間そうしていたが、いい加減に顎が疲れたので愛撫をやめた。一度寝台を降りて自身も服を脱ぎさると、再び君に覆い被さる。  
 唇を合わせるだけの口付けを交わし、大きく反り返った私のモノを君の花弁へあてがった。ゆっくりと、君の中に私を沈める。  
 舌で十分にほぐしていたので、初めはさほど抵抗もなかった。しかし奥に進むにつれ、潤滑液もなく硬直している君の胎内は私を拒むようになる。  
 僅か進むたびに、ぎちぎちと締め付けるような抵抗。無理矢理押し進めると、肉の裂けるような嫌な感触が伝わり、途端に君の中にぬるぬるした液体が溢れた。  
 それは愛欲による分泌液などでは決してなかったが、それに代わる役割を十分に果たし、私の進行を助けてくれた。私は穢れを知らなかった君の内部を文字通り切り開き進んでいく。  
 私の先端が君の子宮口に突き当たったので、私はゆっくりと君の中を往復し始めた。所々が裂けて押し広げられた肉は、君の血液を得て、私が行き来するのに何の障害をも生まなかった。  
 最深部を強く弱く叩いても、角度を変えて様々な場所を擦りあげても、君の顔が恥じらいや快楽に歪むことはない。喘ぎひとつ、悲鳴ひとつ、吐息ひとつ溢すことさえ知らずに、君は私に蹂躙されていた。  
 
 慟哭にも似た喘ぎをだらしなく溢す私の動きだけが、三日月の嘲笑う夜を揺らしている。君のぬけがらは奇怪に踊り、頭はぐらぐらと奇妙な方へ揺らめいていた。  
 君によく似た人形を使った自慰行為に、終わりの時がきた。私は例えようもない妙な声でひとつ大きく喘ぐと、めちゃくちゃに突き上げ緩みきった屍肉の奥、永遠に子を孕む可能性を失ってしまった君の子宮に一際強く私のモノを叩きつけた。  
 
 私は君の中から血に濡れたモノを、男性器を模した張り型を引き抜いた。どろりとした精液が零れ落ちるはずもなく、ただ赤黒い血だけが滴る。  
「……好きだったんだ」  
 血を拭い、君に元通り服を着せてやりながら、私はいつかの言葉をうわ言のように繰り返した。  
 几帳面な君の性格のように規則正しく揺れていたはずの心臓は、脈打つことを忘れた。朝露に濡れる花のような唇は、桜に色付きて私を非難することを知らない。星屑よりも美しく煌めいていた瞳は光を失い、もう私を映すこともない。  
 私の依り代に似た無機質な眠りに囚われる君を見て、ようやく私は君の死を理解する。そうして、今更のように私は私のしたことを認識した。  
 私は君を犯した。細部まで人に似せて作られた私の依り代で、君を屍姦したのだ。  
「好きだったんだ……すまない」  
 どうしようもない悲しみが私に重くのしかがるが、涙が伝うことはなかった。いくら姿形を人に似せて作られていても、ノームの依り代はそういう風には出来ていないのだから。  
 血も巡らず熱もなく、悲しみに涙を流せず、たぎる情欲に精を放つことも出来ない。私は私の依り代を、或いはノームである私自身を、ひどくつまらないものに感じる。  
 君は死してなお美しい。だがそれが君の持つ特別な美しさゆえになのか、ただその生を刻む肉体を美しいと羨望していたからなのか。今ではもうわからない。  
「すまない」  
 ぬけがらは、私の方か。  
 

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