どんな季節でも、地下道を歩く冒険者にはあまり関係のない話である。
地下道の常に気温は一定で、その地下道の場所によってちょうどいい気温だったり、身を切るような寒さだったり、焼け付くような暑さ
だったり、とかく季節と関係なしに、一年中変わらぬ姿を保っている。
だが、その冒険者は大半が学生である。学園生活を送る彼等にとっては一転、季節は大きく関係してくる。
多くの新入生が訪れる春。長期休暇を取る者が多い夏。新入生も学園生活にすっかり慣れる頃である秋。そして、無事に一年を過ごせた
ことに感謝する冬。
とはいえ、それだけが季節の持つ意味ではない。学科も年齢も出身も種族も違う彼等が一堂に会し、男女共に命を預ける仲間となれば、
少なからず恋が生まれる。時に同じ種族同士。時に異種族同士。友好的な種族同士。また時には諍い会うはずの種族同士。ごく一部の
例外的に同性同士。パーティと同じ、あるいはそれより多くの恋が、彼等の間にはあった。
そんな彼等にとっては特に、季節は大きな意味を持つ。すなわち、バレンタイン、ホワイトデー、クリスマスなどの年中行事である。
その時期になると、学園はほのかに暖かい雰囲気に包まれる。恋人同士が愛を語らい、共に過ごす喜びを分かち合う。中には、そういった
時期を呪う者もいたりするが、場合によっては明日にも永遠の別れとなる者同士。多くの者は、そんな恋人達を祝福してやる。
だが、恋とは得ることもあれば、失うこともある。
恋人自体を死によって失うことも、学園では珍しいことでもない。だが、燃え上がる薪の火が消え、やがて冷えた灰となるように、恋も
やがて燃え尽き、冷えてしまうこともある。
彼等が出会ったのは、ある寒いクリスマスイヴだった。
恥ずかしがりの代名詞と言われるような種族、フェルパー。同種族でなければ、人見知りのあまり喋ることもほとんどない種族である。
パーティを組んではいた。しかし、特に強い繋がりがあるわけでもなく、またその人見知りのせいで、未だに馴染むことができなかった。
既に入学して半年以上経つが、彼自身はパーティと常に一定の距離を置いていた。
彼は一人、学園を歩いている。仲間のうちの二人が『今日は一緒にいたいから休み』と一方的に宣言したため、今日の探索は休みである。
だからといって、何もする事などない。こうなってみると、知り合いのいない学園はひどく退屈である。が、そんなのにはもう慣れっこ
だった。彼は彼なりに、暇潰しの方法を体得している。
ぼんやりと、しかし周りに意識を配って学園を歩く。
人間観察は、飽きることがなかった。
時期が時期だけに、学園内にはカップルが目立つ。楽しそうにお喋りしているフェアリーとヒューマン。一緒に昼食をとるエルフと
クラッズ。巨体が目立つバハムーン同士のカップル。意外と言うかお似合いと言うか、ディアボロスとノーム。
皆それぞれに、楽しそうに過ごしている。殺伐とした地下道探索を本業としているのが嘘のように、彼等はただ恋愛というものを満喫
していた。誰も彼も幸せそうで、見ているこちらまで楽しくなってきそうだった。それと同時に、こんな時にも一人で校内をうろつく
自分が、少し寂しくも感じられるのだが。
校舎を通り、寮を歩く。中庭を歩くと、ここにも大勢のカップルがいる。だが、その中で、一人だけ異彩を放つ人物がいた。
ベンチに座り、きれいなリボンをつけた包みを抱えているヒューマンの女の子。まだ待ち人が来ないらしく、どこかぼんやりしたように
座っている。見る限り、結構長い間待っているのだろう。その目はどこか切なげで、時折、中庭の時計を見上げる顔が寂しそうだった。
周りは幸せの絶頂と言わんばかりのカップル達。その中において、彼女は群れから締め出された子羊のように儚げだった。
何となく気にはなったが、だからといって話しかけられるわけではない。早く待ち人が来るといいねと、心の中で彼女に声をかけ、彼は
また歩き出した。
学食に行って昼食を取り、寮の屋上で日向ぼっこをしつつ、下を行き交う人々を眺める。それに飽きると、あちこち教室を回ってみたり、
購買に顔を出してみたり、職員室を覗いてみたりする。とりあえず、ユーノ先生は今年も一人で過ごす事になりそうだというのを確認し、
再び日の傾いた学園内をうろつく。
夕日の中を行き交う恋人達は、昼間よりも一層ロマンチックに見える。実際、彼等は昼間よりも奥ゆかしげで、じきに訪れる瞬間への
ムードを今から練り上げているようだった。夕食を取りに学食へ行き、周りの音に耳を澄ませば、あちこちから色んな会話が聞こえてくる。
エルフが甘く緻密に紡がれた言葉を囁き、ドワーフは聞いているこっちが恥ずかしくなるような愛の言葉を平然と言ってのける。
セレスティアは恥ずかしげに、遠まわしな表現でそれを伝え、フェルパーの声はほとんど聞こえないが、見れば近くのカップルは、
声はなくとも尻尾同士を絡ませ合っている。
同じフェルパーでも、こうも違う。彼は何となく興を削がれ、早めに食事を終わらせると、すっかり暗くなった学園内を歩き出した。
空は曇っている。空気が切れ味を持ちそうなほど冷え、湿った匂いが鼻をつく。早めに寮に戻った方がいいかもしれない。
最後に一周してみようと、彼はまた校内を歩き出す。職員室の前を通り、保健室を通り過ぎ、地下道入り口前を経由して中庭へと
歩を進める。
その時、彼は目を疑った。
昼に見た、あの子がまだ座っている。相変わらず、きれいなリボンをつけた包みを抱え、うつむき加減でベンチに座っていた。
あれから一体何時間経ったと思っているのか。もう、周りに人はほとんどいない。人の気配も薄れた中庭のベンチに、ただ一人座る
彼女は、何とも寂しく、寒そうだった。
そっと、注意深く彼女に近づく。目の前まで迫ったとき、彼の足が見えたのだろう。彼女はふと顔を上げた。
期待に満ちた目が、やがて失望と諦めの色を浮かべる。彼女に余計な期待をさせてしまったことを、彼は少し後悔した。
悲しい顔だった。彼を見上げる目の周りは、涙を擦った跡がはっきり残っており、その目は赤い。
声をかけようと思ったのだが、言葉は喉に張り付いて声にならない。やがて、彼女は諦めとも自嘲とも取れない笑顔を浮かべ、
またうつむいた。その姿がまた、何とも悲しげだった。
人見知りの激しいフェルパーではあるが、好き嫌いの少ないヒューマンは比較的付き合いやすい相手である。それ故、声はかけられずとも、
何か彼女のためにしてやりたかった。少し迷ってから、彼は何も言わずに、彼女の隣に腰を下ろした。彼女は少し驚いたように彼を見たが、
彼女もまた何も言わず、再びうつむいた。
二人の前を、何人もの生徒が通り抜けた。誰一人足を止めることなく、それぞれの幸せを満喫し、暖かそうな笑顔を浮かべていた。
誰も、足を止めなかった。誰一人、ベンチの二人を気にかける者はいなかった。
そのうち、行き交う生徒もまばらになり、数分に一人来るか来ないかとなり、やがてそれも途絶えた。
それでも、二人はベンチに座っていた。来るはずのない、彼女の恋人を待ち続けて。
身を切るような寒さだった。元々寒さには強くないが、それにしても度が過ぎる。隣の彼女を見れば、彼女の手も震えている。それは
寒さのためなのだろうか。それとも、来るはずのない恋人を待つ悲しみのためだろうか。だが、彼にはどちらでも構わなかった。
少し身を寄せ、尻尾で彼女をそっと抱き寄せる。一瞬、彼女はビクッとして抗いかけたが、やがて力尽きたように、彼に体を預けてきた。
冷え切った体が、彼の体温を奪う。それでも、してやれることはこれしかないのだ。
体を預けた彼女は、しばらく悲しそうな顔で遠くを見つめていた。やがて、その目に涙が溢れ、ぽろぽろと零れ落ちた。涙が抱えた包みに
当たり、ぱたぱたと音を立てる。
ひらりと、二人の前に白い物が舞い降りてきた。同時に顔を上げると、雪が二人の上に降りかかる。
無言のまま、二人はしばらくそうしていた。一つ、二つと数えられるほどだった雪が、少しずつ数を増やす。やがて、ベンチと二人の肩に、
うっすらと白く積もり始めた。
さすがに、このままこうしていては体を壊してしまう。彼女に至っては、もうすっかり冷え切っている。
そっと、ベンチから立ち上がる。少し迷い、あくまで優しく、彼女の肩に手を掛ける。彼女は疲れた目で見上げ、そして少し嬉しそうに
微笑むと、黙って立ち上がった。
優しく彼女の肩を抱き、寮へと歩き始める。この姿を、周りが見たらどう思うだろうか。きっと知らない人が見れば、喧嘩したカップル
程度にしか見えないのだろう。
特に深い考えもなく、彼は自分の部屋に戻った。そもそも、彼女は何も話そうとしなかったし、彼の腕に抗うこともなかった。
暖かい部屋の中に入る。彼女は黙ったまま椅子に座り、彼も黙ったままお茶を淹れてやる。
しばらく、二人は無言のままぬるいお茶を飲んでいた。体が暖まってくると、冷え切った心も少しは落ち着いてくる。
さて、これからどうしたものかと彼が気を揉んでいると、彼女はポットからちゃっかりお代わりを注いでいる。目が合うと、ちょっと
いたずらっぽく微笑んだ。どうやら少しは余裕ができたらしい。
二杯目を飲み干したのを確認してから、彼は口を開こうとした。が、彼女の意味深な視線に、その言葉は止められた。
思わず立ち上がると、彼女も立ち上がる。そして固まったままの彼の体に、そっと縋りついた。
知らない人と話すのすら苦手なのに、しかも女の子に、その上抱き付かれては、彼の全身は魔法にかけられたかのように硬直してしまう。
だからといって振り払うことも出来ず、彼は言葉もなく慌てていた。
不意に、胸元にじわっとした熱さが広がる。それはすぐに冷たくなり、しかし後から後から、熱いものが服に染み込んでいく。
散々に迷ってから、その体をそっと抱き締める。腕の中で震える彼女の背中が、悲しかった。
しばらくそうしてから、彼女は顔を上げた。真っ赤になった目をしっかりと開き、彼の目を真っ直ぐに見つめる。
一瞬、二人の間に心が通った。彼女は長い睫毛を伏せ、彼の首を掻き抱く。それが何を意味するのかは、彼にもすぐわかった。
不思議なほど、迷いはなかった。恥ずかしさ故に少し躊躇いはしたが、すぐにそれも消える。
彼女の体を抱き締め、そっと唇を重ねる。恋人同士には不似合いな、唇だけのキス。しかし、二人にはそれで十分だった。
冷たい唇だった。来ない相手を何時間も待ち続け、身も心も冷え切っているのだろう。そんな彼女のためにしてやれることは、一つだけだ。
半ば同情。半ば自棄。彼女にしても、それは似たようなものだろう。本来その手にあるはずだった温もりを、別の温もりで埋めようとする
彼女を、責める気にはなれなかった。
唇を重ねたまま、二人はベッドに倒れこんだ。
そっと唇を離す。彼を見上げる目はどこか嬉しげで、それでいて深い悲しみを湛えていた。その悲しみを癒すなんて、大それた事など
出来はしない。彼に出来ることは、それを僅かなひと時、忘れさせてやること。それと、自分の温もりを分けてやることだけである。
慣れない手つきで制服に手を掛ける。彼女は抗わず、彼の為すがままになっている。
リボンを外し、上着を脱がせ、そっとベッドの下に落とす。
一瞬、脱がせる手を止める。確認するように彼女の顔を見ると、静かに目で頷いた。
白いブラジャーのホックを外し、肩紐を滑り落とす。その下から、可愛らしい小ぶりな胸が現れる。それを気にしているのか、彼女は
少し恥ずかしそうに身をよじり、頬を赤く染めた。
そっと、その小さな胸を掌で包む。彼女はピクンと体を震わせ、小さく鼻を鳴らす。その反応が可愛らしく、また触り心地も良かったため、
彼はじっくりとその胸を刺激する。その度に、彼女は眉を寄せ、鼻を鳴らしてそれに応える。
優しく、こねるように乳房を揉みしだき、乳首を指先で弄ぶ。熱い吐息が部屋に響き、時折ベッドが僅かに軋む。
不思議な感覚だった。出会ってから、お互い一言も言葉を交わさず、こんな時ですら声を出さない。それでも、お互いが求めるものは
数年来の恋人のようにわかり、それを疑問にも思わなかった。
気付くと、彼女が彼の服に手を掛けている。優しい手つきでボタンを外し、胸元をはだけさせると、いきなり体を支えている腕を肘で
突いた。フェルパーは途端にバランスを崩し、彼女の体に覆い被さってしまう。肌と肌が触れ合い、ヒューマンの冷えた体が直に
感じられる。一瞬体を離そうとしたものの、すぐにそれはやめ、代わりに彼女の体を抱き締めてやる。
しばらく、二人はそうして抱き合った。やがて少しずつ、彼女の体に暖かみが戻り始める。二人はどちらからともなく顔を合わせ、再び
キスを交わした。今度もやはり舌は入れず、お互いの唇を啄ばむようなキスだった。
スカートに手を掛ける。彼女は優しく微笑み、軽く口付けをする。その間に、彼はスカートを脱がせた。
何の飾り気もない、白いパンツが現れる。さすがにいきなり触れようという気は起こらず、また胸に手を伸ばす。
その手を、彼女が捕らえた。そして、ゆっくりと白い布の上、それも最も熱を帯びた場所に導き、軽く押し付けるように置いた。
二人の目が合う。彼はぎこちない笑みを見せ、それに対して彼女は優しく微笑む。
ゆっくりと撫でる。途端に、彼女の頬の赤みが増し、快感の混じった吐息を漏らす。その反応に気を良くし、さらに念入りに撫で始める
フェルパー。そんな彼の愛撫を受け、彼女の体は見る間に赤く染まっていった。
突然、彼の乳首に刺激が加えられる。思わず呻いてそこを見ると、彼女がお返しとばかりに吸い付いていた。吸い付いたまま、さらに
舌で先端を転がすように舐め、時折かかる熱い吐息までもが、彼の体を刺激する。
感じたこともない刺激に、思わず手が止まってしまう。それを見ると、彼女はおかしそうにクスリと笑った。
何となく対抗心を煽られ、パンツの中に手を入れ、じんわりと湿った秘裂を直接撫でる。途端に、彼女の体はビクッと跳ね上がり、彼の
乳首を咥えていた口が離れる。吐息はさらに熱っぽくなり、その体も今ではすっかり紅潮している。
つっと手を離す。既に指にはぬるぬるとした液体がまとわりつき、穿いたままのパンツに黒く滲んでいる。そこから湧き上がる雌の匂いに、
フェルパーの劣情は激しく刺激されていた。
最後の布を、ゆっくりと引き下ろす。腰が徐々に露出し、しかし中心部は溢れる蜜に引き止められ、彼の手に抵抗する。それもやがては
力尽き、つぅっと糸を引きながら引き離される。途端に、一層強くなる雌の匂い。それまでゆっくりと、慎重に脱がせようとしていた
彼だが、そこでいい加減、限界に来たらしい。
打って変わって、性急な動きで引き下げる。形を留めていた下着が、太腿の辺りでクルクルと丸まり、最後はよくわからない、丸まった
布切れとなって放り投げられた。
自身もズボンを脱ぎ捨て、パンツも一緒に放り投げる。そのままのしかかると、彼女はまるでいたずらっ子をたしなめるように、彼の
鼻をちょんと指で突いた。そして、はだけていた上着に手を掛け、それをそっと脱がせる。
相変わらず、二人の間には言葉一つない。とはいえ、今更話しかけるのも決まりが悪く、また声を出すまでもなく、お互いの気持ちは
十分に伝わっていた。
濡れそぼった入り口に、自身のそれを押し当てる。一瞬彼女の呼吸が乱れ、目が合うと恥ずかしそうに笑い、頷いた。
ゆっくりと、彼女の中へと押し入る。彼女は声を押し殺し、抑え切れない声は鼻に掛かった喘ぎ声となる。ぎゅうっと目を瞑り、眉を
寄せるその表情は快感のためなのか、それとも苦痛のためなのか。
彼女の中は熱く、きつい。というより、痛い。あまり経験がないのは明らかだ。
途端に、彼の脳裏に、彼女のこれまでのいきさつが、その目で見てきたかのように描かれた。ただ数回の逢瀬。それが、彼女と相手では
大きく意味の違うものだった。彼女は、愛する彼と結ばれた喜びを得ただろう。しかし相手の男は、彼女を抱くことだけが目的だった。
一度彼女を抱いてしまえば、あとはもう興味などなかったのだ。
気付けば、フェルパーは彼女の体を強く抱き締めていた。
自分達と違い、ほとんど体毛もない体。白く、艶やかで、悲しいほどにきれいな肌。尻尾もなく耳も小さく、感情の機微が読み取りにくい
種族。だが、今彼女が抱える、その小さな体を押し潰すほどの悲しみは、彼にもはっきりと感じられた。
最初、彼女は少し戸惑ったようだった。しかし、やがておずおずと彼の背中に腕を回し、そしてぎゅっと抱きついた。
慎重に腰を動かす。彼が動くたび、抱き付く腕に力が入る。同時に、彼女の荒い吐息が彼の胸をくすぐる。
きつく締め上げられ、熱い粘膜の中を擦り上げる度、フェルパーは激しい快感に襲われる。彼女の方も、だんだんと慣れてきたらしく、
浅い呼吸の中に甘い喘ぎが混じり始めていた。
自然と、腰の動きが速くなる。最初は気遣うような大人しい動きだったものが、徐々にさらなる刺激を求めての動きとなっていく。
彼女の方も、最初こそ為すがままだったものの、今では自分から腰をぐいぐいと押し付け、更なる快感を貪っているように見える。
部屋の中に、二人の激しい息遣いと、ベッドの軋む音。そして腰を打ち付ける乾いた音と、粘膜の擦れ合う湿った音が響く。
彼の腰の動きに合わせ、彼女も腰を動かす。体内深く飲み込み、扱き、その度に彼のモノを自身の蜜に塗れさせる。
もはや気遣いなどほとんどなく、動きやすいように体を離し、ほぼ自分の欲望のままに腰を打ち付けるフェルパー。彼女はそれを
受け入れ、決して動きの邪魔はしない。奥深くに突き入れる動きが、少しずつ性急な動きとなり、やがて切羽詰った吐息が漏れる。
不意に、彼は彼女の体を強く抱き寄せた。予想外の行動に、彼女は少し驚いて彼の頭を見つめる。
肩に、涙がこぼれ落ちる。彼女を思うと、あまりにも悲しかった。それは言葉にならず、ただ涙となって彼女の肩に落ちる。
その暖かさが、彼女の凍りついた心を、ようやく溶かした。
強く強く、彼の体を抱き返す。背中に爪が食い込み、僅かに血が滲む。それでも、二人は強く抱き合っていた。
お互いの汗と、涙が混じる。強く抱き合いつつも、その動きはますます激しくなっていく。そして一際強く彼が腰を打ちつけ、
一度なお深く突き入れようと腰を押し付けたところで、慌てたように引き抜いた。
直後、彼女の秘所に熱い液体がかけられた。さすがに子供を作ってしまっては、二人ともこの学園にいられなくなる可能性がある。
そのため、ギリギリのところで危うく自制心が働き、外に出したのだろう。
しばらくの間、二人とも放心しつつ抱き合っていた。ただ、そのままというわけにもいかず、フェルパーは彼女にタオルを渡し、自分も
ハンカチで軽く体を拭う。
簡単に体を拭うと、二人はまた抱き合った。
何も聞かず、何も語らず、ただただ、二人は強く抱き合い、やがて眠りへと落ちて行った。
翌朝、彼女の姿はなかった。
だるい体を起こし、ベッドから窓の外を見る。雪はやんでいたが、まさに一面銀世界で、あまり外に出ようと言う気は起こらない。
のそりと立ち上がる。と、テーブルの上に彼女が抱えていた包みと、紙切れが一枚置いてあった。
『ありがとう』
その一言だけの、置手紙だった。少し迷ってから、今度は包みを開ける。
でこぼこで、不恰好で、暖かそうなマフラーだった。きっと、持ち帰ることもできず、渡す相手もおらず、消去法で彼に託したのだろう。
どうせ、今日も探索は休みである。となると、また一日潰さねばならない。
制服を身に着け、部屋の鍵をポケットにねじ込む。一度ドアに手を掛け、少し迷ってから引き返す。そして不恰好なマフラーを巻くと、
力を込めてドアを開けた。
ホワイトクリスマスだけあって、外は賑やかだった。ベンチに座り、隣のエルフを翼で包み込むセレスティアがれば、笑いながら
雪合戦に興じるクラッズとドワーフがいる。真面目な顔で雪だるまを作るフェアリーもいれば、一緒になってそれを手伝うのはノームだ。
もちろん、ひたすら寒そうに背中を丸めるフェルパーがいたり、背中の羽にお手製らしいカバーをかけているバハムーンなどもいる。
ともあれ、やはり全員が幸せそうに見える。こんな中、彼女は一体どうして過ごしているのだろう。
どうしても、あの寂しげなヒューマンが頭に浮かぶ。結局、一言も言葉を交わさぬまま、彼女とは別れた。本当なら、このままでいた方が
いいのかもしれない。それでも、彼女が気になって仕方なかった。
気付けば、彼は人ごみの中に彼女の姿を探していた。
中庭を、学食を、校舎を、寮を歩く。ただ一人の生徒を探して、彼は歩き続けた。しかし、数多くの生徒がいるこの学園で、名前も
知らない、学科もわからない生徒を探すのは、地下道に落としたラブレターを探すより難しいだろう。
結局、彼女の姿を見つけられないまま、太陽が赤い光を放ち始めた。
寮の屋上に上がり、柵にもたれて夕日を眺める。下では、まだまだ元気な生徒が雪遊びをしていたり、ひと時のデートを楽しんでいる。
それも、じき終わる。明日になれば、またいつも通りの日常が始まる。もっとも、今度は年末年始という行事もあるが、それは今とは
違う盛り上がりだ。この馬鹿みたいな騒ぎは、もうしばらくはないだろう。
少しずつ、太陽が沈んでいく。彼の頭に、せっかくだから、最後まで夕日を見ていようなどと、柄にもない考えが浮かんだ。
既に半分ほど、太陽は地平線に隠れている。あと数分もすれば、完全に消えるだろう。
がちゃりと、屋上のドアが開く音がする。続く足音は、体重が軽いことを示す小さな音だ。
足音は躊躇いなく、彼の方に近づいてくる。そして足音の主が、彼の隣に並ぶ。
驚きはなかった。なぜか、そこにいるのが当然というように思えてならなかった。
こちらに笑いかけるヒューマンは、確かに昨日の彼女だった。
やはり言葉は交わさず、二人並んで夕日を眺める。それでも、十分楽しかったし、幸せだった。
が、そこで彼は重要な事に気付いた。どうしても、これは言わねばならない。これは今日しか言えないのだ。
視線に気付いたのか、彼女もこちらを向いた。その彼女に笑顔を向け、口を開く。
「メリークリスマス」
彼女は一瞬呆気に取られ、そしてすぐに、とびきりの笑顔を向けてくれた。
「メリークリスマス」
彼女の腰を尻尾で抱き寄せ、肩を左手で抱き寄せる。彼女は抗わず、自ら彼に擦り寄った。そして首のマフラーを掴み、少し引っ張る。
二人で巻くには、少し短いマフラーだった。でも、それで十分。そうでなければ、こんなにはくっつけない。
沈み行く夕日を見ながら、二人は幸せそうに笑った。クリスマスにお似合いの、とても幸せそうなカップルだった。