「まったくお前はー!このぉ!」  
「無理無理。あんたの攻撃なんか当たんないよーだ」  
両手斧を振り回すドワーフ。それを避けるフェアリー。そして、それを止めに入るフェルパーとクラッズ。  
「やめろって、ドワーフ」  
「フェアリーもやめなよー」  
もはや二人とも、半分棒読みである。それぐらい、いつもと変わりない光景だ。後ろでそれを見つめるセレスティアとノームも、  
以前ほどの緊張感は見られない。  
なぜか、この二人はいつも喧嘩をする。もちろん、種族的に気が合わないというものも大きいのだろうが、それにしても度が過ぎる。  
大抵は、フェアリーがドワーフをからかって怒らせる。たまには、ドワーフがフェアリーに何か言って怒らせることもあるが。  
「くっそー!降りて来い!」  
「やーだよーだ。悔しかったら一発でも当ててみろっての」  
「だからぁ〜、フェアリーやめなってばぁ」  
その二人を止めるのは、それぞれの恋人であるクラッズとフェルパーだ。それもまたいつもの光景なのだが、この時は少し違った。  
普段なら、呆れたような言い方をするクラッズの声。だが、この時は少しイラついた響きが含まれていた。  
「いっつもいっつもドワーフ怒らせて、少しはドワーフのことも考えてあげなよー」  
「何よー。あんたに指図される筋合いはないんだけど」  
「……フェアリー、ほんといい加減にしなよ。指図とかじゃなくて、仲間のこと少しは考えたらって言ってるんだよ、ボクは」  
さすがに、ここまで来ると全員がクラッズの変化に気付いていた。  
「はぁ?いきなり何よ。だったら最初っからそういう風に言えばいいでしょ」  
それでも、いつもの調子を崩さないフェアリー。それに対するクラッズの声はさらにイラついたものとなり、口調も激しくなっていく。  
「お、おいクラッズ、もうよせよ」  
「フェアリーさん、もうそれぐらいにした方が…」  
さすがに仲裁しようとした頃には、既に手遅れだった。もはや、二人の言い合いは誰にも止めようがないほどに激化していた。  
「何よ、いきなりいい子ぶって!そんなにいい奴だと思われたいわけ!?」  
「いい子ぶってるんじゃないよ!仲間として当然のこと言ってるんだよボクは!それもわかんないの!?」  
「はっ、何が当然のことよ!?じゃあ今までその『当然のこと』を、一度も言わなかったのはどうしてだろうね!?」  
「言わなくてもわかると思ってたからね!あーあ、君がこんなこともわからないなんて、思いもしなかった!」  
「へ〜、こんだけ付き合い長くて、それも知らなかった?所詮、あんたにとっての仲間なんて、そんなもんなんだろうね」  
完全に、売り言葉に買い言葉の様相を呈している。もう一度、周りが止めようとしたとき、クラッズの顔が思い切り歪んだ。  
「そういうこと言うんだ…。ああそう、わかったよ!フェアリーなんか、大っ嫌いだ!」  
その言葉を聞いた途端、フェアリーはビクッとして言葉を止めた。突然の言葉に、周りも言葉をかけることができない。  
「な……何よ…!いきなりそんなこと言われたって、わけわかんないんだけど…!?」  
「……ふんっ!行こ、みんな!」  
「お、おい!」  
フェアリーの言葉を無視し、さっさと歩いて行ってしまうクラッズ。その後をノームとドワーフが追いかけ、フェルパーとセレスティアは  
言葉もなく呆然としているフェアリーの側に留まる。  
「フェアリーさん……その、クラッズさんだって、本気じゃないですよ」  
だが、フェアリーは答えない。さすがに相当なショックだったようで、その顔にいつもの表情はない。  
「とりあえず、行こうぜ。落ち着いたら、ちゃんと話もできるって」  
「……うるさいな…。あんたらに心配されるほど、気にしてないよ…」  
その言葉に、説得力はまったくない。それでも少しは気を取り直したらしく、フェアリーはノロノロとクラッズの後を追い始めた。  
 
地下道探索が終わってからも、クラッズはフェアリーと口をきかなかった。これほどまでクラッズが怒っているところは、他の仲間は  
もちろん、フェアリーも見たことがない。  
「ねえ、クラッズ。いい加減、意地張るのやめてよ。どうせもう少ししたら、また喋るようになるんでしょ」  
フェアリーはクラッズに話しかけ続けた。が、自身の性格のため、ほとんど逆効果になっている節がある。  
戻ったときも、食事のときも、徹底的に無視され続け、結局一言も言葉を返されないまま、夜になった。  
部屋へと向かうクラッズ。その後を、フェアリーが追う。  
「ねえ、ちょっと。ほんといい加減にしてよ」  
クラッズがドアに手を掛けたところで、フェアリーが話しかける。だが、やはり返事はない。  
「どうせ、嘘だよね?あんなのさ。今なら許してあげるから、正直に答えてよ」  
「………」  
クラッズは冷たい目で、フェアリーを睨んだ。  
「……ねえ、答えてよ。何でもいいから、喋ってよ…!」  
とうとう堪えきれなくなり、フェアリーの声が僅かに震える。それでも、クラッズはその態度を崩さなかった。  
「ねえ、クラッズ…!」  
「ふんっ!」  
フェアリーの鼻先で、ドアがバタンと閉められた。それとほぼ同時に、鍵のかかる音が無情に響く。  
「な……何よぉ!クラッズのバカ!チビ!へたれ野郎ー!」  
ドアに向かって叫んでも、中からの返事はない。やがてフェアリーは力なくうなだれ、とぼとぼと廊下を戻り始めた。  
 
眠りにつく前に、ドワーフは窓のカーテンを開け、じっと祈りを捧げていた。  
静かに目を瞑り、片膝をつき、手をしっかりと組んで祈る姿は、普段の彼女からはあまり想像できない。だが、一応は神女でもあり、  
また自身も信仰心は篤い。フェルパーと一緒にいるときや、疲れ切っているときは忘れることもあるが、それでも可能な限り、寝る前の  
祈りは欠かさないようにしていた。  
その時、不意にノックの音が響いた。一瞬フェルパーかと思ったが、それにしてはノックの音が違う。  
「ん、誰だー?」  
一応は大切な時間を邪魔され、ドワーフは少し不快に思いながらもドアに向かった。フェルパーではないにしろ、ノームかセレスティア  
辺りだろうかと思いながらドアを開けると、その向こうにいたのは、ドワーフの予想を遥かに超えた人物だった。  
「え、フェアリー!?ど、どうしたんだよ?」  
「………」  
何だか不機嫌そうにうつむいたまま、何も答えないフェアリー。対応に困り、ドワーフは少し固まっていた。  
「え、えーと、とりあえず入るか?」  
「……ん」  
部屋の中に通されると、フェアリーは何も言わないままベッドに腰掛ける。その隣に、ドワーフも腰掛けた。  
「……どうした?」  
少し優しく声をかける。だが、やはりフェアリーは答えない。不機嫌そうな顔のまま、ただじっとうつむいている。  
「ま、話したくないならいいさ。話したくなったら、いつでも聞いてやるよ」  
そうして、しばらく二人とも口をきかないまま時間が過ぎていった。  
 
1分経ち、2分経ち、長針が4分の1ほど回ったとき、フェアリーの表情に変化が現れた。  
その目に涙が溜まり、唇もわなわなと震えている。握り締めた拳は白く変わり、爪が食い込みそうなほど硬く握られている。  
「……っく…!ふ……うぅ〜…!」  
「……フェアリー…」  
「う、うあぁーん!!」  
いきなり、フェアリーは泣きながらドワーフに抱きついた。  
「うわぁ〜ん!ク……クラッズがぁ…!ゆ……許して、くれないのぉ…!しゃべって……口、きいてくれないのぉ〜!ふえぇ〜ん!」  
ドワーフはどうしていいのかわからず、ただその体を抱き締めてやった。  
「いつもなら、許してくれるのにぃ〜…!今日は許してくれないぃ〜…!うあ〜ん、あ〜ん!」  
次々にこぼれる涙が、ドワーフの毛皮に染み込んでいく。こんなに泣きじゃくるフェアリーを見るのは初めてだった。ドワーフとしては、  
こういう時どうすればいいのかまったくわからず、せいぜいその体を抱き締め、頭を撫でてやることしかできない。  
フェアリーはしばらく泣き続け、ドワーフの胸元をびしょ濡れにしてから、ようやく少し落ち着いた。  
「ひっく……くすん…」  
「少しは楽になったか?」  
ドワーフが尋ねると、フェアリーは無言で頷いた。  
「たまにはさ、お前の方から謝ってやれよ。じゃないと、クラッズだって意地になって、ずっとそのままかもしれないぞ?」  
「わかってるよ、うるさいなあ……グスッ…」  
「にしても、なんでわざわざ私のとこに来たんだ?」  
「あんた以外……誰に言えってのよ…」  
言われてみれば、セレスティアとノームは性格が合わない。確かにいい人ではあるのだが、それはあくまで中立的立場から見た場合だ。  
あの二人に相談した場合、正論とはいえ、フェアリーが一方的に責められるのは目に見えている。フェルパーとは仲もいいのだが、  
さすがに男相手は気が引けたのだろう。  
「……ま、いいけどな」  
「ん…」  
「落ち着いたなら、そろそろ戻って寝た方がいいぞ。明日も探索…」  
「嫌だ。帰らない」  
「え?」  
「ここで寝る」  
唐突な言葉に驚いたが、一人になるのが嫌なのだろう。ドワーフもさすがに断りにくく、仕方ないというようにため息をついた。  
「……わかった。んじゃ、今日はここで寝ていいけど、明日からはちゃんと自分の部屋で寝ろよ?」  
「わかってるってば、うるさいなあ」  
そう言いつつも、フェアリーはホッとした表情を浮かべていた。そんな顔をされると、ますます放っておけなくなる。  
普段ならまずありえない組み合わせではあるが、ドワーフとてフェアリーを心底嫌っているわけではない。  
布団に入ると、フェアリーはドワーフの体にぴったりと寄り添った。何だか落ち着かないものの、寂しさゆえだろうと納得し、ドワーフは  
目を瞑った。目を瞑ってしまうと、隣にフェアリーがいるのも大して気になるものではなく、すぐに眠りについてしまった。  
 
ドワーフは不意におかしな感覚を覚え、目を開けた。フェルパーが、胸にむしゃぶりついている。  
「フェ、フェルパー何だよ!?いつのまに入ったんだよ!?」  
確かにそう叫んだつもりなのだが、声はさほど大きく響かない。そして、フェルパーも聞く耳を持たない。  
「ちょ、ちょっと待てって……ん…!や、やめろよ…!」  
フェルパーの体を押し返す。が、その手に感覚は残らない。そこで、ふと気付いた。  
―――夢、か?  
だが、それにしては今受けている刺激は本物だ。となると、実際に誰かがこうしているとしか考えられない。  
それに思い当たると、ドワーフは全力で目を覚ました。  
一瞬、真っ暗な室内が見え、ドワーフはやはり夢だったのかと、ホッと息をついた。が、急に夢と同じような刺激が加えられる。  
「んっ…!?」  
見ると、フェアリーが自分の上に乗り、夢で見たフェルパーのようにむしゃぶりついている。  
「お、おいフェアリー…!ちょっ……やめろ…!」  
小声で言うが、どうも聞こえていないらしい。というより、フェアリー自身目を瞑っているし、どうやら寝ぼけているらしい。  
ちゅぱ、ちゅぱ、と音を立てながら、フェアリーはドワーフの乳首に吸い付く。その度に、ドワーフは思わず声を上げそうになるのを、  
必死に堪えている。  
「フェアリー、フェアリー…!おい、頼むよ起きて……んんっ!」  
フェアリーが起きる気配はなく、しゃぶるのをやめる気配もない。  
「参ったな〜、どうしろって……あんっ!」  
つい大きな声を上げてしまい、ドワーフは慌てて口を押さえる。が、やはりフェアリーは起きそうにない。  
考えてみれば、この状況で起きられても困りものである。もしかしたら余計に何かされるかもしれないし、そうでなくとも気まずい。  
悩んだ挙句、ドワーフは何とか耐えることに決めた。気が済めば、フェアリーもそのうち離れるだろう。  
寝てしまえば一番いいと思い、ドワーフは再び目を瞑る。だが、敏感な箇所にずっと刺激を受けたまま、眠れるわけがない。  
おまけに、フェアリーは時々舌で先端を突付いて来る。その不意打ちの度に、ドワーフは声を上げないようにするので精一杯だった。  
さらに言えば、静かにしているとフェアリーが立てる音がより鮮明に響く。その音が、間接的にドワーフの気分を昂ぶらせてしまう。  
「くっ……う、んん…!……はぁ、はぁ、はぅっ…!?……くふ……ぅ…!」  
ドワーフ自身が漏らす声と、フェアリーの立てる音。それにずっと受けている刺激。その全てが、ドワーフをどんどん昂ぶらせていく。  
既に、その吐息には甘い響きが混じるようになり、秘所はじんわりと湿り気を帯び始めている。それでも、ドワーフはひたすら声を抑え、  
いつ終わるとも知らない責めに耐え続けた。  
やがて満足したのか、フェアリーは不意に乳首から口を離した。ようやく終わりを告げた責めに、ドワーフはホッと息をつく。  
だが、かといってゆっくり眠れるかというと、そうでもない。性感帯を半端に刺激され、本格的に気持ちよくなり始めた時に終わって  
しまったのだ。やり場のない情欲が燻り続け、とても寝られる精神状態ではない。  
それでもドワーフは、しばらく眠ろうと頑張った。しかし、やはり無理がある。となると、何とかして鎮めなければならない。  
そっと、手を動かしてみる。が、胸の上にフェアリーがいるため、どうしても手がその体に当たる。起こしてはまずいので、ドワーフは  
手を戻した。少し触ってしまったが、どうやら起きる気配はないようだ。  
手を使うことを諦め、そっと尻尾を動かす。仰向けなので動かしにくいが、それでもできないわけではない。  
スパッツの上から、そっと秘所を撫で上げる。  
「んっ…!」  
刺激としては物足りないが、それでもないよりはマシである。それに場所によっては、それなりに強い刺激を得ることもできる。  
「んん……ん…!んぅぅ…!」  
声が漏れないよう、両手でしっかり口を塞ぎ、尻尾での自慰に耽るドワーフ。声は出せないし、刺激も物足りないものはあるが、それでも  
何とか達することはできそうだった。  
 
手を伸ばしそうになるのを必死に我慢し、一番敏感な突起を重点的に責める。それでようやく、快感が頂点に達しようとした時。  
「んっ……ぅ…!きゃう!?」  
突然、フェアリーが再び乳首に吸い付いた。今度はさっきと逆の方で、ドワーフは思わず高い声を漏らしてしまう。  
「ま、またか…!やだ、やめろ…!」  
慌てて自慰を中断し、フェアリーを押しのけようとするドワーフ。だが、フェアリーはしっかり吸い付いて離れない。それどころか、  
聞こえよがしに音を立て、さっきよりもかなり激しく吸い上げてくる。  
「はぅぅ…!ほんと、やめろぉ…!」  
それが聞こえているのかどうなのか、フェアリーはチュッチュッとキスでもするように乳首を吸う。おまけに、舌先で先端をチロチロと  
刺激までしてくる。  
「やだ……女の子になんて、イかされたくない…!」  
確かに、さっきまで自分で慰めてはいた。だが、女同士での行為で達するのはどうしても抵抗がある。そのため、それまでとは逆に、  
今度は達しないようにする努力をしなければならなかった。  
しかし、フェアリーの責めは激しく、的確だった。今にも達してしまいそうになり、ドワーフの呼吸はさらに荒くなる。  
それでも、ドワーフは辛うじて耐えていた。だが止めとばかりに、フェアリーの太腿が足の間にするりと入り込み、秘部を擦り上げてくる。  
「んあぁっ!……くっ!こ、こいつぅ…!」  
その時、ドワーフは確信した。フェアリーは寝ぼけているのではなく、そのフリをしているのだと。今までは、寝ぼけているのだと  
思っていたので強行的な手段には出られなかったが、起きているのなら話は別である。  
「フェアリーてめえ!もうやめろよっ!」  
肩を掴んで揺さぶり、さらに大声で怒鳴るドワーフ。  
「んふぁ…?」  
が、ドワーフの予想とは違い、フェアリーはとろんとした目を開き、完全に起き抜けのような声を出した。  
「え?あ、あれ?」  
「……なぁにぃ?」  
「あ、あ、いや……その、えっと……う、上で寝るなよ」  
しどろもどろになりつつ、何とかそれらしい理由を口にする。  
「……ん」  
大儀そうに返事をすると、フェアリーはずるずるとずり落ち、ドワーフの隣に納まった。そして早くも、再び寝息を立て始めている。  
「……何だよ、もう…」  
何だか肩透かしを食らったようで、ドワーフは憮然とした声を出す。だが無意識にやっていたことであれば、それを責めるわけにも  
いかない。それに、予想と違う結果だった驚きのせいで、怒りも疼きも消えてしまった。  
気持ち悪いので下着とスパッツだけ変えると、ドワーフはまたベッドに戻り、目を瞑った。今度はフェアリーが何かしてくることもなく、  
そのうちにドワーフも安らかな寝息を立て始めていた。  
 
翌朝。フェアリーはドワーフより少し遅れて目を覚ました。  
「おう、おはよう。よく眠れたか?」  
「あー、おはよ。おかげさまでね」  
心なしか疲れた顔のフェアリー。体毛の寝癖を直すドワーフの脇をすり抜け、顔を洗いに行く。  
「そうそう。あんた昨日夜中に起こしてきたじゃない?あれ、何だったの?」  
洗面所からの言葉に、ドワーフはドキッとして手を止める。  
「え!?あ〜、いや、ただ上に乗られてるんじゃ、よく眠れないからさ」  
「へ〜え?」  
とりあえずそう言い繕うが、洗面所から出てきたフェアリーは、意地の悪い笑顔を浮かべていた。  
「な、何だよ、その笑いは…」  
「あたしはさ〜、てっきりイキそうになっちゃったから、慌てて起こしたんだと思ったんだけどな〜?」  
「なっ!?あ、あんた、やっぱり起きてたのか!?」  
フェアリーは一度、コホンと咳払いをする。  
「こぉゆぅ声だとさぁ〜、寝起きみたいにきこえるでしょぉ?」  
その声は、間違いなく夜中に聞いた声だった。  
「あの寝ぼけた声まで、演技だったのかよ…!」  
「あったりまえじゃん!大体、あ〜んな可愛い声聞かされて、起きないわけないでしょ。『あんっ!』とか、『んぅぅ!』とかさー」  
「てめっ…!う、うるさいうるさーい!」  
思い切り振り回された拳をさらりとかわし、フェアリーは天井付近まで飛び上がる。  
「てめえ、卑怯だぞ!降りて来い!叩き潰してやるー!」  
「そんなこと言われて、降りるバカいないでしょ?にしても、あんたってあ〜んなに可愛い声出せたんだね〜。フェルパーが惚れるのも  
わかるな〜」  
「うるさいっ!黙れっ!」  
全身の毛を膨らませ、普段より二回りほど大きく見えるドワーフ。その姿を、フェアリーはニヤニヤしながら見つめている。  
「にっひっひ!しかもさー、物足りないからってオナニーまで始めちゃうし、ほ〜んと可愛いよね、あんたって」  
「くそー!言いたい放題言いやがってー!一発ぐらい殴らせろー!」  
「……あ、でもさ」  
急にフェアリーの表情が真面目になり、声の調子もそれまでとは違って真面目なものになる。  
「あ、何だよ急に!?」  
「一応ね、あれ、あたしなりのお礼のつもりだったんだけど、気に入らなかった?」  
「き、気に入るわけないだろっ!?どういう神経してんだあんたはっ!?」  
「んー、でも気持ちよかったでしょ?」  
「……まぁ…。で、でも私にそのケはなーいっ!」  
「そっかあ。あんたさ、あたしの話、何も言わないでじっと聞いてくれてさ、すごく嬉しかったんだよ」  
「……お、お前なあ…」  
そんなことを言われてしまうと、怒るに怒れなくなる。それを見ると、フェアリーはスッとドワーフの隣に舞い降りた。  
「でも、気に入らなかったんなら、逆に悪いことしちゃったね」  
「……いや、まあ…。その、つ、次からはちゃんと相手の意思を確認してくれ」  
「いやー、実は最初の方はさ、あれは普通に寝ぼけて間違えちゃってさ。でも、あんまり気持ちよさそうだったから、ついね〜」  
「間違えたって……誰と、何とだよ?」  
そう聞かれると、フェアリーは一瞬焦ったような表情を浮かべた。  
「え……んーと、クラッズ」  
「え、クラッズ!?」  
てっきり母親とでも言うかと思っていたドワーフは、あまりに意外な人物に目を丸くする。  
 
「何よ?そんなにおかしい?」  
「えー、だって……あのクラッズだろ〜?」  
「あんた知らないの?女の子が気持ちいいところって、男も結構気持ちいいもんよ?」  
「へ、へぇ…」  
「共通してる部分なんかだから、例えば耳とか、乳首とか、お尻とか」  
「お、おしっ…!?」  
「お?もしかして知らなかった?」  
フェアリーの顔に、小悪魔じみた笑みが浮かぶ。嫌な気配を感じ、ドワーフは思わず後ずさった。  
「せっかくだし〜、フェルパーにしてあげたら喜ぶと思うけど〜?」  
「あ、あいつは関係ないだろっ!?な、何するつもりだよっ!?」  
「いやね〜、この際だから、どれくらい気持ちいいか教えてあげようかなって思ってさ〜」  
そう言って指をワキワキと動かすフェアリー。その瞬間、ドワーフは凄まじい速さで愛用の斧を掴み、部屋の隅に立て篭もった。  
「……ちょっと…」  
「ち、近づくな!本気で潰すぞ!」  
確かに目が本気だった。恐らく捨て身も辞さない覚悟だろう。さすがに、そんな危険を冒してまですることではないので、  
フェアリーは降参というように肩をすくめた。  
「わかった、わかったってば。も〜、せっかく色々教えてあげようと思ったのに。フェルパーも喜ぶと思うんだけどなあ」  
「いいんだよっ!あ、あんたに教えてもらうようなことじゃないっ!それに私はそのケはないっ!」  
「気持ちよければ何でもいいと思うけどなー、あたしは。ま、意見が合わないならしょうがないね」  
とりあえず危機は去ったようなので、ドワーフは斧を元の場所に戻した。  
「そ、それより、クラッズはいいのか?もう気持ちも落ち着いただろ?」  
「……ん〜、言われなくてもわかってるよ。起きてるかな、あいつ」  
「行ってみればいいだろ?まだ無視されるようなら、戻って来い。私も一緒に行ってやるから」  
「ん……これだから、つい甘えちゃったんだよねえ…」  
「ん?何か言ったか?」  
「ん〜ん、な〜にも〜」  
二人は着替えを済ませると、揃って部屋を出た。だが、フェアリーはまだ少し浮かない顔をしている。  
「大丈夫か?部屋の前まで、私も行ってやろうか?」  
「あんたにそこまでされるほど、か弱い女じゃないよーだ。ま、な〜んとかなるでしょ」  
少し空元気のように言うと、フェアリーはドワーフの顔を見つめた。  
「な、何だよ」  
「いや、悪かったね。色々面倒かけてさ」  
「いいよ、別に。それに、原因の一端は私にあるんだし、そう気にするな」  
「あんたのそういうとこ、あたし結構好きだよ」  
「え?」  
ドワーフが反応する暇を与えず、フェアリーはその頬に軽いキスをする。  
「おおおおお、おいっ!!!!!」  
「何よ、ただの挨拶のキスなんだからいいでしょー。あ、それとも口にした方がよかった?」  
「誰がんなことっ!!!」  
「はいはい。もう、案外純情わんこちゃんなんだから」  
「……てめえ…!」  
「っと、とにかく、ありがとね!おかげで気は楽になったからさっ!」  
ドワーフの拳が飛ぶ直前、フェアリーは素早く飛び去った。  
「ったくー!もう二度と来るなー!」  
その背中に叫ぶドワーフ。すると、フェアリーも振り返る。  
「あたしだって、そう何度も行く気はないよーだっ!続きはフェルパーにでもしてもらってねー!」  
「てめーっ!」  
「あっはは!それじゃ、またあとでねっ!」  
楽しそうに笑いながら、廊下の先にある階段の上へ飛び去るフェアリー。ドワーフは顔をしかめつつも、その口元は微かに笑っていた。  
 
ともかく部屋に戻ろうとすると、フェアリーと逆の方向からクラッズが来るのが見えた。  
「あれ?クラッズ?」  
「あ、ドワーフ、おはようー」  
クラッズはどこか不安そうな顔をしている。何となく、その理由は予想がついた。  
「あのさ、フェアリー知らない?昨日さ、さすがに怒りすぎちゃったから、謝りに行こうと思ったんだけど……フェアリー、部屋に  
いないんだよぉ。怒ってどっか行っちゃったのかなあ…?」  
「フェアリーなら…」  
言いかけて、ドワーフは口をつぐんだ。よくよく、フェアリーは幸せ者だなあと心の中で笑う。  
「ん?どこにいるか知ってる?」  
「ん、ああ、いや…。ただな、あいつも気にしてたみたいだから、もしかしたらお前の部屋にでも行ってるんじゃないか?」  
「え〜、フェアリーが?」  
「何だよ。あんた、自分の恋人のこと信じられないのか?」  
「えっ!?い、いやそういうんじゃないんだけど……ていうか、よく知ってるからこそ信じられないというか…」  
確かにその通りなので、ドワーフは心の中でうんうんと頷く。  
「ま、一度戻ってみろよ。もしかしたら、入れ違いになったなんてことも、あるかもしれないしな」  
「そうかなあ?……うん、わかった。一応戻ってみるね」  
「それがいい。もしそうだとしたら、フェアリー無視されたと思って泣くぞ」  
「あー、そっか!それじゃドワーフ、ありがとねー!」  
慌てたように言うと、クラッズは階段を駆け上がって行った。あの様子なら、部屋に行くまでもなくフェアリーに会えるだろう。  
「手のかかる奴等」  
笑いながら言うと、ドワーフはふと真顔になった。さっき、部屋でフェアリーが言っていたことが、どうにも気になって仕方ない。  
男も同じようにされると気持ちいいと言っていたが、実際のところはどうなのか。クラッズと間違えて、とは言っていたし、  
それなりに説得力はある。  
―――あいつ、妙にうまかったしなぁ。クラッズって、いつもあんな事されてるのかぁ。  
クラッズが、フェアリーにされているところを想像する。なぜか自然に見えるのが不思議だった。次に、そのクラッズとフェアリーを、  
フェルパーと自分に置き換えてみる。途端に、体毛がぶわっと逆立つ。  
―――無理無理!いや、でも……今度やってみようかな……あー、いやでも変に思われたらどうしよ〜!  
「ドワーフ、おはよう」  
「うわぁ!!」  
「うわぁ!?」  
飛び上がって驚くドワーフと、そのドワーフに驚くフェルパー。二人とも尻尾をぼさぼさにしつつ、獣のような動きでサッと距離を取る。  
「な、何だよいきなり!?」  
「そりゃ俺の台詞だよ。なんでそんなにびっくりされなきゃいけないんだよ?」  
「あ、いや……悪かったよ。ちょっと考え事してたからさ」  
はぁ〜っと息を吐くドワーフ。それにあわせて、逆立った体毛がすうっと元に戻っていく。フェルパーの方は、まだ少し逆立っている。  
ドワーフに近づこうとしたフェルパーが、ふと足を止めた。そして何やら、ふんふんと匂いを嗅ぎ始める。  
「……お前、少しあの時期入り始めた?」  
あの時期、とは発情期のことである。昨晩、中途半端に刺激されたせいで、体の方がうまく治まってくれなかったのだろう。  
「いや、その……んーと、最近してないから…」  
「たかが二日だろっ!?」  
「いやっ!だからそのっ……も、もうちょっといっぱい……したい……かな…」  
「やっぱ、時期入ったんじゃねえの?」  
「違うっ!……と、思う」  
苦しい言い訳をしつつ、ドワーフは心の中でフェアリーに思いつく限りの罵声を浴びせていた。  
結局、フェルパーが納得いくような説明などする事はできず、彼はドワーフから少し距離をおいて行動するようになってしまった。  
 
それから数日。いつも通りに、地下道でドワーフとフェアリーの声が響き渡る。  
「お前ー!ほんといい加減にしろー!」  
「無駄だっての。あんたの動き、無駄が多すぎんのよ」  
「やめろドワーフ」  
「やめなってフェアリー」  
仲裁する二人も、いつも通りに棒読みである。後衛の二人は、もはや微笑ましい光景としてそれを見ている。  
「ったく〜!いつか刺し違えても殴ってやるからな〜!」  
「その前に、あたしの矢があんたの脳天撃ち抜くからご心配なく」  
周りから見れば本気の喧嘩に見えるものの、見慣れた者が見れば、二人ともじゃれあい程度なのはすぐにわかる。現に、二人の喧嘩は  
毎回それ以上エスカレートすることはないし、ドワーフの攻撃も、普段の戦闘よりずっと無駄の多い動きである。  
「フェアリー、その辺にしときなってば。ドワーフだって、そのうち本気で怒るよ?」  
「うるさい……ん、まあ、それもそうかもね。あんたが言うなら、やめとく」  
あれ以来、フェアリーは少し大人しくなっていた。おかげで、ドワーフとしては若干調子が狂ってしまうぐらいである。  
ただ、それだけなら単に扱いやすくなったという程度だったのだが、同時にドワーフにとって、新たな脅威も生まれていた。  
フェアリーがスッとドワーフに近寄り、その耳元に囁きかける。  
「ところでさ〜、またあんたの部屋、行ってもいい?」  
「な、なんでだよ?」  
「だってさー、あんたってある意味、クラッズより責め甲斐あるんだもん。あの可愛い声とか、もう一回聞きたくてね〜」  
「て、て、てめえ!ふざけるな!わ、私にそっちのケはないって何度言ったら…!」  
「色んな責め方教えてあげようってんだから、むしろ感謝してもらいたいなー。あんただって、気持ちよかったでしょ?」  
「そ、それとこれとは別問題だっ!いくら気持ちよくたって……その……お、女同士は嫌だよっ!」  
「ふーん。あたしがちょっかいかけたあと、オナニーでイクのはいいのに?」  
「………」  
ドワーフの全身の毛がザワザワと逆立ち、斧を持つ手に力が入った。それを見逃さず、フェアリーは素早く飛び上がる。  
「てめえー!今日という今日は叩き潰してやる!降りてこーい!」  
「やだよ。本当に潰されそうだもん。ま、あたしもそう簡単には諦めないから、よろしく」  
「何をですか?」  
セレスティアが首を傾げ、純真な瞳でドワーフを見つめる。  
「う……セレスティア、あんたは知らなくていいの」  
「あのねー、この子この間…」  
「わああぁぁーーー!!!フェアリー黙れー!」  
「ドワーフさんとフェアリーさんの様子を見る限り、あまり触れてはいけない話題のようですね。そっとしておきましょう」  
相変わらず、ノームは冷静な状況判断を下す。  
「そうですか。まあ、喧嘩するほど仲がいいって言いますしね」  
「そうそう。それぐらいあたし達仲いいから、もっと仲良くなるためにレズ…」  
「うおおお!シャイン!!シャイン!!シャイン!!」  
「うわっ!?ちょっ、痛い痛い!死ぬ!本気で死ぬからやめてー!」  
「おいドワーフ!やめろ!それはマジでやばいって!」  
「逃げてー!フェアリー逃げてー!」  
「ヒール!ヒール!メタヒール!メタヒール!ああ、間に合わない!ノームさん手伝ってくださーいっ!」  
「ドワーフさん、失礼します。サイレンド」  
 
会えば憎まれ口を叩き合う関係。それでも、お互い本気で嫌っているわけではない。  
喧嘩にしても、それはある種のじゃれあいのようなものである。  
今回の一件で、以前より少し近づいたドワーフとフェアリー。ただ、その結果、二人の仲は良くなったのか悪くなったのか。  
少なくともドワーフにとっては、頭痛の種が増えたことは間違いないようだった。  
 
 

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