様々な種族が一同に会し、共同生活を送る学園。それでも、全種族が仲良く、というわけには行かない。そんな相性最悪の組み合わせで、  
有名なものを三つ挙げろと言われれば、恐らく大概の者が、セレスティアとディアボロス・ヒューマンとバハムーン・エルフとドワーフ、  
を挙げるだろう。極々一部の例外を除けば、実際にこれらの種族は気が合わない。  
彼女も、そんな典型の一人である。小さな体に大きな声。豪胆で、大食いで、怪力。だけど実は信心深い、至って普通のドワーフだった。  
好き嫌いの多いドワーフのこと。彼女の腕は確かだったが、しょっちゅう仲間との諍いを巻き起こし、なかなか一つのパーティに  
居つくことができなかった。  
この時も、彼女は計7回目のパーティ脱退をしたばかりで、一人寂しく夕食を食べていた。もっとも、寂しくというのは周りから見た  
意見で、彼女としては、久々に気を使わなくていい夕食にご満悦だった。  
前菜代わりにおにぎりを10個ほど食べ、スープ代わりにビーフシチューを飲み干し、いよいよメインディッシュのステーキに丸ごと  
かぶりついた時、一人の生徒が彼女に近づいた。  
「お食事中のところ、すみません」  
「んん?」  
肉を咥えたまま目だけを動かすと、真っ白な翼が目に入った。そのまま視線を上げると、優しい笑みを浮かべた顔が映る。  
「あ、お邪魔だというなら、終わるまで待ちますが」  
「ん、ほーひへ」  
嫌な顔一つせず、セレスティアは彼女の正面に座る。そんな彼を気遣うこともなく、彼女は豪快に肉を食いちぎり、それを水に見せかけた  
やさぐれ淑女で流し込む。それにも嫌な顔一つしない辺り、セレスティアという種族の穏やかさがよく出ている。  
やがて、騒々しく豪快な夕食が終わると、ドワーフはホッと酒臭い息を吐き、口元を腕で拭った。  
「はい、お待たせ。なんか用?」  
「いい食べっぷりでしたね」  
「そりゃありがと。用は終わり?」  
「いや、そんな。意地悪なことを言わないでください」  
少し困った笑顔を浮かべ、セレスティアはドワーフを見つめる。  
「わざわざそんな事を言うために、声なんかかけません」  
「そりゃそーだろうね。んで、何の用なの?」  
「要点だけ言いますと、パーティへの勧誘、ということです」  
穏やかな笑みを崩すことなく、セレスティアは続ける。  
「戦士とお見受けしましたが、間違ってはいませんよね?」  
「転科したばっかだけどな。前は僧侶だったけど、あんなん性に合わねえや」  
「ええ、それでも構いません。あなたさえよろしければ、ぜひとも仲間になっていただきたいのですが…」  
そこまで言うと、セレスティアは少し困ったような顔になった。  
「なんか問題でもあんの?」  
「ええ、その、わたくしの仲間には、あなたと気の合わない方もいます」  
「あんま気ぃ進まねえな、そりゃ。まさか、エルフとか言わねーよな?」  
「……残念ながら、当たりです」  
「うっげ、マジかよ。あたいはちょっと無理そうだ。他当たってくれ」  
「実はもう、かなりの人数に声をかけたのです。ですが、なかなかいい方に巡り会えず、また断られることも多く……お願いです!  
どうか、何とか考えていただけませんか!?」  
「んなこと言われたってさー、エルフだろぉ?」  
「実はフェルパーの方もいます!ですけど…!」  
「うわぁ、最悪。マジ無理。諦めろ」  
「そこを何とかっ!」  
それからしばらく押し問答が続き、長針が二周するほどまで長引いた。結局、追加のステーキ三枚とアイスクリームと、加入特典である  
豪華な弁当一週間分に釣られ、とりあえずの加入が決まった。  
 
「んでも、たぶんすぐ抜けるかんね」  
「ええ。とりあえず一週間、様子を見ていただいて、その後の判断はお任せしますよ」  
「はいはいっと。んま、飯のために頑張るかねー」  
何とか話がまとまり、セレスティアはホッとしたように息をついた。そして、今気がついたように表情を改める。  
「おっと、そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。わたくしは、アドルフォと言います。あなたの、お名前は?」  
「すぐ脱退すっかもしんねーのに、名前なんか知らなくてもいーんじゃねえの?」  
「とはいえ、少しの間でも、仲間には変わりありませんから」  
何の衒いもない笑顔に、彼女の表情も少し柔らかくなった。  
「ま、それもそっか。あたいはシナック。少しの間だと思うけど、よろしく」  
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いしますよ、シナックさん」  
その笑顔を見ながら、彼女は心の中で、少しは長くいてやろうかと考えていた。  
 
翌日、彼女は寮の入り口でパーティに顔見せすることとなった。起きてすぐ出たのだが、既にアドルフォは来ており、その周りに彼の仲間  
と思われる者がいる。  
「おはようございます、シナックさん」  
「おー、おはよ。こいつらが、あんたの仲間?」  
無表情なエルフ。ヒューマンの陰に隠れるフェルパー。人懐っこい笑顔のクラッズ。ヒューマンもあまり好きではないんだけどな、と、  
彼女は心の中で文句を言っていた。  
「わたくしは、昨日名乗ったからいいですよね?学科は、司祭です」  
「次俺でいいかな?俺は超術士のハルトマン。君と肩並べる事になると思う。よろしくな」  
「ヒューマンとかよ……あんま気が進まねーな」  
「あはは。こう見えて結構強いんだぜ。君の戦いぶり、楽しみにしてるよ」  
棘のある言い方をしたにもかかわらず、彼は気にする素振りもない。思ったより悪い奴じゃないかもしれないな、と、彼女は思った。  
「次ボクねー。ボクは見ての通り、盗賊のティティアナ。呼び方はティティでいいよ」  
「ティティか。はは、あんま女っぽくない喋りだな」  
「ボクはそうでもないでしょ〜?シナちゃんの方がずっと男っぽいよー。……ほら、二人も」  
そう促され、フェルパーがおずおずと顔を出す。その仕草に苛立ちが募るが、豪華な弁当のためと自分に言い聞かせ、必死に殴りたい  
衝動を抑え込む。  
「……わ、私の……あ、いや……私、は、トゥスカ。戦士学科所属。まだあんまり強く……そん……えっと、弱いけど、よろしくね」  
何だか妙に引っかかる喋り方である。単に『強くない』とでも言えば済むことなのに、三度も言い直している。  
と、ティティアナがニヤニヤと笑いを浮かべつつ口を開いた。  
「トゥスカちゃーん。今日も鉤尻尾が可愛いねー」  
言われてみると、確かに尻尾の先が曲がっている。が、彼女は非常に不快そうな顔で言い返した。  
「尻尾のことは言わにゃいでっ……あ…」  
途端に、トゥスカは顔を真っ赤にしてハルトマンの後ろに隠れる。  
「こら、ティティ。からかうのはやめろって」  
「だってね〜?可愛いんだもんね〜」  
「か、可愛いって言うにゃっ!」  
「その『にゃ』っていうのが可愛いんだよ〜」  
「うるさいにゃあ!ティティちゃんにゃんか嫌い!」  
どうやら、彼女は『な』が発音できないらしかった。それで、いつもからかわれているのだろう。  
「おい、ティティ。いきなりであれだけど、尻尾のことはあんま言うな。あたいだって、体のこと言われたらムカつく」  
「あ、そういうもんなの?んー、んじゃやめとこ。……で、最後の一人、どうぞー」  
エルフはずっと無表情のままシナックを見ていたが、やがてため息混じりに口を開いた。  
 
「やれやれ。これは僕に対する、あてつけかな?」  
いきなりの言葉に、シナックの全身の毛が逆立った。が、素早くアドルフォが間に入る。  
「わたくしがリーダーである以上、わたくしの判断で仲間を誘うということは、あなたも了承しているはず。あなたの言いたいことは  
わかりますが、わたくしに他意はありません」  
「どうだか。ま、しょうがないね。僧侶学科所属。名前は……カルネアデスとでも呼んでくれ」  
「『とでも呼んでくれ』って、どういうこった?あたいには名前も言いたくねーってのか?」  
「シナックさん、彼の本名はわたくし達も知らないのです。」  
意外な言葉に、シナックは疑いの目でアドルフォを見つめる。  
「以前は、別の名を名乗っていましたが…」  
「アドルフォ、やめてくれないか」  
カルネアデスが言うと、彼はすぐに口をつぐんでしまった。その態度に、彼女は首を傾げる。  
「おかしいな。あんたがリーダーだろ?」  
「それは、そうですが……色々、あるのですよ」  
「はっきりしねーなあ。色々って何だよ?もうちょっとはっきり…」  
「これだから、ドワーフは…。姿形が獣なら、心の中も獣のように、慎みも、遠慮もない」  
「んだと…?」  
詰め寄ろうとするシナックをアドルフォとハルトマンが押さえ、カルネアデスはティティアナとトゥスカが止める。  
「カル、やめなよ!シナちゃんは何も悪くないんだから!」  
「シナック、ここは抑えてくれ。あいつも悪い奴じゃない」  
「んなの知らねーよ。気に食わねえ、ぶっ殺してやる」  
「お願いです、待ってください!どうしてもと言うなら、まずはわたくしを手にかけてください!あなたを誘ったのはわたくしですから!」  
そう言って立ちはだかるアドルフォには、一種独特の迫力があった。仕方なく、シナックは斧を納める。  
「お前等の気が合わないのはわかるけど、喧嘩はやめてくれ。少なくとも、命を預ける仲間になるんだから」  
「けっ!こんなのに命預けたんじゃ、いくらあっても足りねーぜ!」  
「僕としても、君みたいに粗暴な命を、預かりたくなんかない。勝手にやってくれ」  
「……この野郎。殺していいよな」  
「ダメに決まってますっ!」  
延々、二人の喧嘩は長引いた。それでも何とか残りの四人で二人を抑え、苦労の末に昼過ぎ頃、ようやく地下道探索へと出かけた。  
道すがら、シナックはティティアナとよく話していた。やはりドワーフだけに、クラッズとは気が合うのだ。  
前の方では、ぶちぶちと文句を言い続けるカルネアデスを、アドルフォが宥めており、後ろではハルトマンとトゥスカが歩いている。  
何やらトゥスカはシナックの方をちらちらと見ており、それに対して彼が何か言う。その度にトゥスカはシナックをじっと見つめるのだが、  
どうにも話しかけ辛いようだった。その態度が気になり、しまいにはシナックの方から彼女に近づく。  
「おい、お前」  
「は、はいっ!?」  
「さっきから何だよ?あたいのこと、ちらちら見てさ。用があるなら、さっさと言えよ」  
すると、ハルトマンは笑いながらトゥスカの肩を叩き、ティティアナの方に歩いて行った。  
「あの……あのね…。朝ね、私の尻尾のこと、庇ってくれて……あ、ありがとう…」  
「んだよ、そんなことか。あたいに礼なんか言ってねーで、自分で言えるようになれよな」  
「が、頑張る…。ありがとね、シニャックちゃん…」  
「シナック、だ」  
「シ……シニャ…………シ、シ……ン、ニャ……シニャッ…」  
大きなため息をつき、シナックは首を振った。  
「もういい。好きに呼べ」  
「……シーちゃん」  
「ふざけんな!殺すぞ!」  
「ごめんにゃさいーっ!」  
「あはは。シナちゃん、すんごい理不尽」  
ともあれ、懸念の一つであった二人の関係も思ったよりは悪くなく、シナックとしてはそれなりの居心地のよさを感じていた。  
 
が、それでもやはり、たった一人の存在が、居心地を致命的に悪くしてしまう。  
アーミーナイトともちゃもちゃの群れに出会った一行。大して苦戦する相手でもなく、それぞれが思う存分に力を振るう。当然、  
シナックも例外ではない。どうしても動きの早さは後れを取るが、小さな体が振り回す大斧は、それを補って余りある威力を見せ付ける。  
「せぇいっ!!」  
全身から放たれた気合と共に振り下ろした一撃は、まさに力技と呼ぶに相応しいものだった。真っ向から振り下ろした斧は、  
アーミーナイトが防御のためにかざした槍と、兜と、鎧と、そして肉体はおろか、その下の床までもを真っ二つに叩き割ってしまった。  
「ひゅー、すっげえなおい」  
「かっこいい。私もああにゃりたいにゃあ」  
敵の残りは、アーミーナイト二体。そのうちの一体は、いつの間にか背後に回ったティティアナが、一瞬の隙を突いて倒してしまう。  
最後の一体が、シナックに襲い掛かる。それを斧で受けようとした瞬間、突然アーミーナイトは倒れた。  
「……ん?」  
後ろを見ると、前衛の二人もきょとんとした顔でそれを見ている。が、その後ろに目をやった瞬間、彼女の表情は一気に曇った。  
「けっ、余計な真似しやがって」  
「余計な?僧侶の役割は、危険を排除すること。『消えて欲しい』と『死んでいい』は、違うからね」  
カルネアデスだった。彼女が攻撃を受ける前に、彼がデスを唱えたのだ。  
「あんな野郎の攻撃で、あたいが死ぬかってんだよ」  
「あんな無防備な姿を晒して。狼の前に震える子犬がいれば、誰だって危険だと思うだろう」  
「てめえ、本気で喧嘩売ってんだろ。次はてめえを叩っ切ってやろうか」  
「はーいはいはい。二人ともそこまでー」  
突然、ティティアナがどこからともなく現れた。その手には、ちゃっかり奪った金貨の袋が下げられている。  
「ボクはごめんだよ?本当の敵は仲間なんてさー。カルも、あまり嫌味な言い方しない。シナちゃんも、いちいち突っかからないの」  
二人とも、クラッズである彼女には素直である。その後少し睨み合いが続いたものの、二人がそれ以上言い合うことはなかった。  
だが、その先の戦闘でも似たような事は多々あった。大概、さしたる危険が迫ったわけでもないのに、カルネアデスが一方的にシナックを  
助け、一言皮肉を言う。ただでさえ嫌いなエルフである上に、こうも馬鹿にされては腹が立つのも当然である。すぐにでも、この鼻持ち  
ならないエルフを挽肉のトマトピューレ和えにした上で、ディープゾーンにでも放り込んでやりたい気分だったが、ティティアナと  
アドルフォの懸命な、というより必死の説得と機嫌取りにより、何とか持ちこたえていた。が、彼女の中では、一週間経ったらすぐに  
パーティを抜けてやろうという決心が、固く結ばれていた。  
 
印象最悪の一日目が終わり、彼女は体験パーティ二日目を迎えた。前日ティティアナが何か言ったのか、その日のカルネアデスは  
おとなしかった。おかげで不快な気分にはならなかったが、かといって心象がよくなるわけでもない。極力、この不快なエルフのことは  
考えないようにしようと、彼女は心に決めていた。  
ラーク地下道中央辺りに来た頃、タロットルの群れに出会った。精霊であるこの敵は、物理攻撃が効きにくい。  
「シナックさん。あなたの大斧では、この敵には太刀打ちできません。ここは、わたくし達にお任せを」  
アドルフォが言うと、シナックは実に不快そうに顔をしかめた。  
「お前、あたいの話まともに聞いてなかったな?」  
「え?いえ、そんなことは…」  
「あるんだよ!ったく、なめんじゃねーよ」  
先に攻撃を仕掛けたトゥスカとハルトマンが、不思議そうに首を傾げる。だが、シナックはそれに構わず、軽く額に手を当てると、何かを  
呟きだした。周りが、それが何であるのか気付いた瞬間、彼女は叫んだ。  
「くたばれ!シャイガン!」  
同時に、目も眩むような閃光が走り、タロットルは次々にその光の中へ消えていく。  
「これは……そうか、そうでしたね。以前は、僧侶学科だった、と」  
「他人を癒すってのが、性に合わなかっただけで、攻撃魔法は結構気に入ってんだぜ」  
「いいにゃあ。私も転科しようかにゃあ」  
「それなら超術士お勧めだぞ。戦闘もこなせるし、色々役立つ魔法があるしな」  
 
彼女の意外な一面に皆が感心している中、カルネアデスだけは違った。その顔はひどく険しい表情になり、実に不快そうに彼女を  
見つめている。そんな彼に、ティティアナがそっと近づく。  
「カル、ダメだよ?ちゃんと抑えてよ?」  
「……くっ!」  
その、僅かな声。普通なら聞き漏らしてしまうような、数々の騒音の中の一つ。不幸なことに、ドワーフである彼女の鋭敏な耳は、その  
小さな音を拾ってしまった。  
「てめえ、何か言いてえことありそうだな?んな態度でわからせようなんて、小賢しい真似してねーで、はっきり言やどうなんだよ」  
彼女の言葉に、カルネアデスは鋭い視線を向けた。二人の間に、慌ててティティアナとアドルフォが割り込む。  
「カル、ダメだからね!どうしてもって言うなら、ボクをどけてから……あうっ!」  
「シナックさん!お願いですから、抑えてください!ここはわたくしの……うわっ!」  
二人とも、あっさりと突き飛ばされた。エルフの尊大な眼差しが獣を睨み、ドワーフの直情的な視線が傲慢な妖精を見据える。  
「不快だねえ」  
「あたいが、魔法を使うことがか?」  
「そうだよ。しかも、僧侶魔法。そんなものを見るぐらいなら、苔生す石碑に書かれた呪詛の言葉を読む方が、どれだけ気が楽か」  
「んーじゃあ、さっさと地下道から出て、その辺の遺跡でも漁ってろってんだ」  
「やれやれ。ドワーフは、例えすらそのままとして受け取るから困る」  
「エルフってなぁ、人が真面目に話してるってのに、言葉遊びするほど無礼で考えなしの種族なんだな」  
シナックの目は、本気で殺気を帯びていた。  
「君の態度ほどに、無礼とは思わない」  
「てめえが思ってるだけだ」  
斧を持つ右手の筋肉が盛り上がった瞬間、その腕に何かがしがみついた。  
「トゥスカ、何しやがる!?」  
「シーちゃん、やめてよぉ!カルネ殺しちゃダメだよぉ!」  
「知ったことか!売られた喧嘩を買うだけだ!」  
「ダメだってばぁ!」  
それまで腕を押さえていたトゥスカが、突然掴む部分をスカートに変更した。下にスパッツを穿いているとはいえ、さすがに年頃の女の子  
であるシナックには効いた。  
「ちょっ、ちょっ…!?て、てめえどこ掴んでやがるっ!?放せ、馬鹿っ!うわわわっ、やめろってば!」  
「だって、こうしにゃいとシーちゃん暴れるもん!」  
「二人とも、もうやめろ。トゥスカ、あとは俺が」  
そこに、ハルトマンが険しい顔をして間に入る。スカートの攻防を繰り広げていたトゥスカはサッと身を引き、シナックは半分  
ずり落ちていたスカートを素早く引き上げる。  
「シナック。元々君がエルフを嫌いなのはわかる。だけど、頼む。堪えてくれ」  
「向こうから喧嘩売ってんだ。それをてめえらに止める権利なんて、あんのかよ」  
「権利はない。が、義務がある。仲間同士で殺し合いなんて、させるもんか」  
「ふんっ、善人面しやがって」  
「悪人だって、仲間は大切だろ」  
「……それもそっか」  
妙なところで素直な彼女は、その言葉に納得してしまう。片方が片付いたと見ると、ハルトマンはカルネアデスの方へ向き直る。  
「お前も、いい加減にしろ。まだお前…」  
「それ以上は、いらないよ」  
たった、その一言。それだけで、ハルトマンは力なくうなだれ、言葉を止めてしまった。昨日のアドルフォの様子が頭に浮かび、  
シナックは訝しげに口を開いた。  
「お前もかよ。そんなに、そのエルフは大切な野郎なのか?」  
「いや、その……悪い。古い仲間内の、事情があるんだ」  
 
「へーえ。つまり、古い仲間内でだけ知ってりゃいいことで、新しい仲間であるあたいには関係ねーってことか」  
「いや、そんなわけじゃっ…!」  
「そういうことだよ。わかったら、なるべく早めに脱退願いたいものだね」  
その一言は、彼女の決心を固めるのに十分すぎるほどの威力を持っていた。全体で見れば、居心地は悪くないし、なかなかいい仲間達に  
出会えたと言える。しかし、たった一人の存在が、それらすべてを消してしまうほどに不快過ぎる。  
少しの間、シナックとカルネアデス、そしてその他の仲間の間で言い合いが続いた。が、カルネアデスは相変わらず嫌味しか言わず、  
シナックの決心も固い。間に昼食を挟んだことで、食いしん坊な彼女の気分はいくらか和らいでいたが、それでも決心を変えるまでには  
至らなかった。  
昼食を終えると、一行は再び地下道を歩き出す。しかし、カルネアデスは何か気に入らなかったのか、またもシナックに過剰な  
援護をするようになっていた。彼女は何度も挽肉とトマトピューレを作ろうと思ったが、その度に全員から必死に止められた。  
ただ、二回目ともなると、少しはおかしい事に気付く。彼が援護するのは、シナックのみである。もちろん、ただの嫌味である  
可能性の方がずっと高いのだが、彼の援護は的確といえば、それに過ぎるほどである。よっぽどのことがない限り、彼女は掠り傷一つ  
負う事はなかったし、例え傷ついてもすぐに癒された。それも、本当にちょっとした傷をメタヒールで癒すのである。  
僧侶としての使命感か、それとも別の何かがあるのか。シナックは粗暴ではあるが、動物的な勘はよく働く。  
彼の異常な行動には、嫌味だけじゃない何かがあるのかもしれないな、と、心の中でぼんやりと思っていた。  
 
そんな調子で三日経ち、四日経ち、五日目の夜。夕食を終えて部屋に戻ろうとすると、ハルトマンとティティアナに呼び止められた。  
「シナック、ちょっといいか?」  
「何だよ?話でもあんのか?」  
「うん。ちょっとね、あんまり大きな声じゃ話せないことだから」  
「ふーん。まー重要なことってんなら、少しゃあ付き合ってもいいかな」  
三人はハルトマンの部屋に向かった。部屋に着いてみると、中ではトゥスカがベッドに座っている。  
「あ、シーちゃん」  
「トゥスカまでいんのかよ。にしても、大切な話にしちゃあ、リーダーがいねーじゃねえか」  
「あ〜……アドルフォはいいの。ボク達だけの方が、都合いいからさ」  
「あと、トゥスカは俺の彼女だ。そう嫌そうな顔してくれるな」  
「え、マジで?全然気付かなかった」  
「シナちゃん、鈍いにも程があるよ」  
少し笑ってから、ティティアナは表情を改めた。  
「あの、さ。カルって嫌な奴だけど、嫌わないでやってくれないかな?」  
途端に、シナックの表情が不快そうに歪む。  
「ただでさえエルフだってのに、あんな胸くそ悪りい野郎を嫌うなってか?はっ、仲間ってのは、大した結束だなあ!」  
「いや、確かに今は嫌な奴だ。でも、前はあんなんじゃなかった」  
「あん?」  
ハルトマンの言葉に、シナックの表情が訝しげに変わる。  
「あのな、信じられないかもしれねえけど、あいつめちゃくちゃ気さくで、すっげえノリの軽い変態だったんだぞ」  
「もっと嫌な奴じゃねえか…」  
「うちの生徒会長、いるだろ?何か猫耳好きとか噂があるけど、あいつ……カルネアデスはもっとひどかった」  
「最悪じゃねえか…」  
「いや、まったくもってその通り。けどな、いい奴だったんだよ」  
当時を懐かしむように、ハルトマンは目を瞑った。  
 
「そうそう。ボクもトゥスカちゃんも、いきなりあいつにナンパされたもんねえ」  
「うん。でも、あんまり好きじゃにゃかったよ。『可愛い鉤尻尾』とか言うんだもん…」  
「トゥスカちゃんはまだいいじゃん。ボクなんか目の前で『ボクっ子か、たまらないな!』とか言われて呼吸が荒くなって……ああいうの、  
貞操の危機っていうんだろうなーって思ったよ」  
何だか頭が痛くなってくる話だった。そして今までとは質の違う、言うなれば義憤という名の殺意が、彼女の中に芽生える。  
「あ〜……あの野郎がどれだけ最低かは、もういいよ。それで、あたいにどうしろって?」  
「いや、何気に重要な話なんだぞ、これ。そんでな、守備範囲の滅法広い奴だったけど、さすがにディアボロスは嫌いだったみたいだ。  
あいつが女相手に呼吸を荒くしなかったのは、あいつらだけだったな」  
「そりゃーそうだろうよ。さすがにディアボロスは…」  
そこまで言って、彼女はおぞましい事に気付いた。  
「……待て、ディアボロス『だけ』?じゃああの野郎、まさか、その…!」  
「その、まさか。それどころか、一番好きなのがそれ」  
その一言に、彼を知る一同は笑い混じりのため息をついた。  
「エルフにしちゃあ異常だよなあ。ドワーフの素晴らしさを語るエルフとか、どうなんだよと」  
「ボクもよく聞かされたなー。『あのモフモフ感のよさ、わかるだろっ!?』とかさ、すっごい気合入ってて怖かった」  
「私は、『にゃがい尻尾もいいけど、短い尻尾もまた素晴らしい』とかにゃんとか」  
「俺なんか、もっとひどいぜ。男同士だし、常日頃からそういうの言われまくってたんだ。『あのもっさり感の良さがわからないなんて、  
君は人生の十割いやそれ以上の損をしているっっっ!!!!』とか、人生否定されたことまであるんだぜ。さすがに殴ったけど」  
「待て、お前ら……マジで気分が悪くなってきた…」  
例えや冗談ではなく、本当に気分が悪かった。できる事なら今すぐにでも部屋を出て、夜風に当たりながら酒で今の話を洗い流したかった。  
「ああ、悪い悪い。免疫ない奴にあいつの話はきつかったよな。んで、まあ、その。あいつな、少し前まで彼女がいたんだよ」  
シナックは疲れ果てた目を向け、言葉の続きを待った。  
「大体察しがついたと思うけど、ドワーフの子。それで、その子は俺達の仲間だった」  
「そんで、嫌気が差してそいつが出てって、そのショックであーなったとでも言うのか?」  
「いや、それなんだけど…」  
突然、部屋にノックの音が飛び込んできた。トゥスカは驚いて布団に包まり、他三人は思わず身構える。  
「だ、誰だー?」  
「僕だ。少し、いいかい」  
よりにもよって、カルネアデスである。ティティアナとハルトマンは素早く目と目で会話し、何とかシナックを隠そうとするが、  
カルネアデスが続けた。  
「それから、君の部屋に四人いるのは知ってる。今更、妙な真似はしないように」  
無駄な努力をしていた二人は大きなため息をつき、ハルトマンは観念したようにドアを開けた。  
「で、何の用だ?」  
「いや、一言言いたいだけだよ。余計な話はしないでもらいたいってね」  
「けど、それは…!」  
「何かしらの理由で、パーティに残ろうとか考えられても困る。それだけだ」  
シナックは思い切り顔を歪め、カルネアデスを睨みつけた。  
「おい、変態野郎。言われるまでもなく、お前なんかと一緒にいるなんて、あたいの方から願い下げだ!」  
「……そうかい、それは助かるよ」  
表情の掴めない笑みを浮かべると、カルネアデスはゆっくりと踵を返し、自分の部屋へと戻って行った。  
残された四人の間に、沈黙が広がる。が、やがてシナックが不機嫌そうに立ち上がった。  
「お、おいシナック…!」  
「話は終わりだろ。お前らとも、あと二日だな」  
「シナちゃん、ちょっと待っ…!」  
二人の止める声も聞かず、シナックは部屋から出ると乱暴にドアを閉めた。あんなエルフがいる限り、絶対にこのパーティに  
留まることはない。彼女の決心は、もう覆ることがないほどに、固く結ばれてしまっていた。  
 
結局、彼女の意思を変える事ができないままに、二日が過ぎた。パーティ脱退の意思は固く、もう四人がかりで説得しようとも聞く耳を  
持たなかった。そうまでなっては、さすがに残留を訴えることはできない。せめてものお別れの挨拶として、最後に一行は揃って夕食を  
取ることにした。が、カルネアデスだけは来ず、部屋へと戻ってしまった。もっとも、彼女にとってはその方が嬉しかったが。  
「それにしても、すみませんでした。あなたには、ずいぶんと迷惑をかけてしまったようです」  
アドルフォは相当責任を感じているらしく、朝からあまり元気がない。  
「ん、もういいって、んな話は。あ、これうめえ」  
ガツガツと料理を頬張り、煽るように酒を飲むシナック。かなりの量を飲んでいるため、その息はだいぶ酒臭い。  
「あーあ。シナちゃん、強いし気が合う子だったのになあ」  
「お前は……んっく……ぷは〜、結構好きなんだけどな。あのくそ野郎さえいなきゃあよー」  
「あいつにも困ったもんだよ……ほんと」  
ハルトマンの言葉に、アドルフォは大きなため息をついた。  
「仕方ありませんよ。彼は彼で、辛いのですから」  
「……はぁ?そりゃどういうこった?」  
シナックが低い声で言うと、アドルフォは一瞬たじろいだ。しかし、すぐに同情的な笑顔を浮かべる。  
「そうですね……今更とは思いますが、彼がなぜああなったのか、お話しましょう」  
「いらねー。要点だけ話せ」  
「まあ、そう言わずに。わたくしとしては、仲間が嫌われ、誤解されたままになってしまうのは、耐え難いことですから」  
他の面子ならまだしも、彼にそう言われると反論もしにくい。シナックは仕方なく、続きを聞いてやるというように口を閉じた。  
「その前に……シナックさんに、質問です」  
「あん?」  
アドルフォはフッと息を吐き、疲れたような目を向けた。  
「あなたが船に乗っていたとします。途中、嵐に遭ってその船が難破しました。あなたは必死に泳ぎ、疲れ果てて溺れてしまうという  
時になって、一枚の板切れを見つけ、掴まりました。ところが、近くに同じような方がいて、その方も板に掴まろうとしています。  
二人が掴まれば、板は沈むでしょう。もう、泳ぎ続ける体力はありません。さあ、あなたはどうしますか?」  
「そいつを沈めてから、のんびり助けを待つ」  
即答だった。彼女らしい答えに、全員苦笑いを隠せない。  
「知らない人であれば、そうでしょうね。では、その方があなたの大切な友人であったら、どうしますか?」  
「え……えっと、そりゃ……う〜ん……首の骨へし折ってやってから、助け待つかな…」  
「シナちゃん、すんごいアグレッシブ」  
「やはり、迷ったでしょう?こういう事例のことを、カルネアデスの板、と呼ぶのです」  
「え、カルネアデス?それってあいつの名前じゃ…?」  
「いえ、彼はそこから名前を取ったのです。言ったでしょう?彼の本当の名前は、わたくし達も知らないのです」  
再び、シナック以外の面子の表情が曇る。  
「どうして、わざわざ、んな悪趣味な名前…」  
「なぜ、彼がそう名乗るようになったのか。それは彼自身が、カルネアデスの板を掴むこととなったからですよ」  
心を落ち着けるように水を飲むと、アドルフォはゆっくりと話し出した。  
「以前は、彼はフェイルと名乗っていました。そして、彼の恋人……彼女は神女で、フラウドといいました。もちろん、最初は彼の  
ことを、あなたのように嫌っていたものです。ですが、やがてあまりに熱烈な求愛に彼女が折れる形で、彼等は付き合い始めました」  
シナックはつまらなそうな顔で、じっと話を聞いている。  
「付き合ってみれば、なかなかお似合いの二人でしたよ。あなたほどではありませんでしたが、彼女も気が強く、口もあまりよくなく、  
ですが真っ直ぐで、見ていて気持ちのいい方でした。違いといえば、以前戯れに、先程の例え話をしたところ、彼女はいかにも  
神女らしく、『友人に板を譲ってやる』と、そう言ったことぐらいでしょうか」  
「わっかんねえな、あたいには」  
「神女になるぐらいですからね。自己を犠牲としてでも、何かを為すことができるのなら、身を捨てることを厭わない。そんな方だったの  
ですよ。ですが……まさか、本当にそんな時が来てしまうとは、思いませんでした…」  
 
その時の様子を思い出したのか、アドルフォの表情は悲痛なものになっていく。  
「あなたも、見たことはあるでしょう?地下道中央を徘徊する、飛びぬけて強い怪物。ある時、わたくし達はトハス地下道で、  
ヴォルディアスと戦ったのです。普通なら、多少てこずるものの、倒せる相手でした。ですが、あの時の奴は強かった…」  
「………」  
シナックは既に無表情となり、無言で耳を傾ける。  
「奴の一撃で、わたくし達全員が傷つきました。中でも、防御を捨てた彼女の傷は重かった。その時、彼は……決断を迫られたのです。  
彼女にメタヒールを唱えれば、彼女は助かります。しかし、わたくし達の命はわからない。逆にわたくし達のためにメタヒーラスを  
唱えれば、彼女の命がわからない。一瞬でしたが、彼は悩んだでしょうね。わたくしは既に僧侶魔法の魔力など尽きており、回復が  
できたのは、彼とフラウドのみ。しかし、フラウドが攻撃を止めれば、たちまち奴は回復する。実質、彼だけが回復魔法を使える状態  
でした。そして……彼は、決断したのです」  
全員の顔に、暗い影が差した。恐らく、全員がこの影を背負って生きてきたのだろう。  
「再び、奴の炎がわたくし達を襲いました。わたくし達は辛うじて耐えましたが、彼女は…」  
「……あんにゃに簡単に死んじゃうにゃんて、思わにゃかった…。あんにゃに、元気な子だったのに…!」  
トゥスカの目に涙が浮かぶ。だが、シナックは相変わらずの無表情を貫いた。  
「その後、わたくし達は総力をあげて奴を倒しました。そして、彼女の灰に向けて、彼はリバイブルを唱えました」  
その結果は、言うまでもなくわかっていた。でなければ、シナックがここにいる理由がない。  
「神は、時に大きな試練をお与えになります。彼女を失った彼は、それは嘆き悲しみました。自分の判断の結果、最愛の人を失ったの  
ですから。例えやむなき理由があったにしろ、それは彼の心を慰めるものとはなりえませんでした。彼の心に残ったものは、自らの手で、  
最愛の者の命を突き放したという、拭いがたい悪夢のみ」  
「………」  
僅かに、シナックの持つグラスが軋んだ。  
「あの日から、彼は変わりました。それまでの彼の姿など、どこにもありません。名前もカルネアデスと変え、二度と死者を出すことが  
ないよう、ずっと努力を続けてきました。同時に、彼の性格は少し歪みました。ですが、どうしてわたくしに、それを責める権利が  
ありましょう?わたくしの軽率な判断の結果、彼女を失うこととなったのです。言ってみれば、彼女を失った理由の一つは、わたくしに  
あるのです。そんなわたくしが、彼を諌めることなど……できはしません」  
ミシリと、シナックの手の中ではっきりとグラスが軋んだ。  
「でもな、シナック。あいつ、普段はあそこまで嫌な奴じゃねえんだ。お前にやたら突っかかったのは、お前がフラウドに似てるからだ」  
「そうだよねえ……シナちゃん、僧侶魔法使えるし、戦士だから前衛だし、似てるんだよねえ…。だから、カルも余計辛くなっちゃって、  
つい辛く当たったんだと思う。ていうより、怖がってるんだろうね」  
「たぶん、そうだよ。またフーちゃんみたいに、死にゃせちゃうかもしれにゃいって……またおにゃじことしちゃうのが、怖いんだよね」  
「恐らく、そうなのでしょうね。ですから……と、シナック……さん…?」  
ビシリと、シナックの持つグラスにヒビが走った。  
「言いてえことはそれだけか、てめえら」  
凄まじくドスの利いた声に、その場にいた四人はおろか、周囲の生徒までビクリとして振り返った。  
「大した仲間だと思ってりゃあ、あたいの見込み違いかよ、くそ野郎どもが。てめえらよくも、そんな面ぁ下げて今まで生きてこられた  
もんだ。逆に感心するぜ」  
「ど……どうしたんだよ!?今の話の何が…!?」  
「黙れ、この馬鹿野郎がぁ!!!!」  
獣の咆哮に似た叫び。シナックの手の中でグラスは粉々に砕け、零れた酒がテーブルを汚した。学食中の生徒がビクッと身を震わせ、  
辺りは静寂に包まれた。  
「おう、アドルフォ。てめえ、本当にリーダーか。自覚あんのか」  
「シ、シナックさん…!」  
「黙れ!てめえが情けねえ面ぁしてっから、そういうガキみてえな振る舞い許しちまうんだろうが!それもわかんねえのか、このボケ!」  
「シナック、よせ!」  
「ハルトマン!てめえも玉ついてねえのか!?リーダーが頼りにならねえなら、てめえが何とかするべきだろうが!それとも何か!?  
てめえは厄介事にゃあ関わりたくねえってのか!?ああ!?」  
 
「誰がそんなこと…!」  
「じゃあどうして、カルネアデスの言葉で黙った!!!」  
言い返すことはできなかった。ハルトマンは何か言い返そうと口を開くのだが、出てくる言葉はない。やがて、力尽きたようにうなだれた。  
「ちょ、ちょっとシナちゃん、やめなよ!みんなこっち見てる…!」  
「やかましいんだよ!てめえにとってパーティってのは、周りの目よりくだらねえことかよ!?」  
「そ……そんなこと言ってないよぉ…!ヒック……シ、シナちゃんにはわかんないんだよぉ…!」  
「泣きゃあ問題解決すんのか!?ガキがっ!!」  
トゥスカは既に大声に怯えてしまい、テーブルの下でガタガタ震えている。  
「てめえら揃いも揃って……悲劇の主人公ごっこしてる野郎を止めるどころか、喜んでその脇役になりやがって…!てめえの判断で  
死なせたぁ!?その結果辛い思いしたぁ!?ざっけんじゃねえ!てめえが下した判断の結果だろうが!しかも、結果がわかってて下した  
判断のなぁ!!そういう思いすることも踏まえた上で、下した判断じゃねえのかよ!?」  
「ですが、シナックさん!そうは言っても…!」  
「アドルフォ!てめえもいけると思ったから戦ったんだろうが!そんでみんないけると思ったから従ったんだろうが!それがなんだ、この  
ざまぁよぉ!?てめえ一人の責任だとでも思ってんなら、さっさとリーダー降りろ、このクズが!」  
粗暴で、口も悪い彼女の言葉は、しかし全員の胸に鋭く突き刺さった。  
「てめえらがそうやってあいつを甘やかすから、あいつはますます図に乗るんだろうが!それもわかんねえか!?」  
「だけどっ……フラちゃんは、死にたくて死んだわけじゃっ…!」  
「だから何だってんだ?それによぉ、死にてえなんて思っちゃぁいねえとしても、死んでもいいとは思ってたはずだぜ」  
「シナちゃんに、フラちゃんの何がっ…!」  
「はっ!てめえの背の高さじゃあ、でかすぎてそいつは見えなかったってか?じゃあ逆に聞くけどよ、そいつはどうして神女になった?  
どうして死の危険を冒してまで、捨て身で戦い続けたんだ?ああ?」  
「そ、それは…!」  
「気付かなかったか?はっ、上っ面しか見てねえ、いい証拠だ!」  
一頻り気炎をあげてから、シナックは一同を見回した。誰も彼も、完全に打ちのめされたようにうつむいてしまっている。  
「あ〜あ、お話が聞けてよかったぜ。おかげで、あたいも気持ちよく脱退できるってもんだ。てめえらの仲間になんか、こっちから  
願い下げだ!」  
「………」  
「けどな、都合上、もう少し仲間でいるぜ。この場にも来やがらねえ、あの腐った野郎の根性叩き直してやる!」  
言うが早いか、シナックは学食を飛び出した。慌ててハルトマンが追おうとするが、アドルフォが素早くその腕を捕まえた。  
「おい、何するんだよ!?早く行かないと…!」  
「大丈夫。悪いようには、なりません」  
叱られたあとの、どこかすっきりした子供の表情で、アドルフォは続ける。  
「あれほど、パーティのことを考える方です。そんな彼女が、悪いようにするわけはありません」  
「そ、そうは言ってもよ…!」  
「彼女は、淀んでいたわたくし達の空気を吹き飛ばしてしまうような、そんな方ですよ。仲間でなかったからこそ、わたくし達が、よく  
見えている。そんな彼女が、『もう少し仲間でいる』と言ったのです。ここは、彼女に、任せてみましょう」  
それでもハルトマンは不安げな視線を送っていたが、やがてノロノロと席に戻った。それに伴い、トゥスカもテーブルの下から顔を出す。  
「……きっついこと、言われたねえ…」  
「ティティアナさんは、特にきつかったですね。ですが、知っていますか?相手に対して優しくなれる方法は、無関心でいることです」  
「え…?」  
「どうせこの程度、と諦めていれば、どんな失敗も許せてしまうのですよ。ですが、彼女は許さなかった。それだけ、あなたが好きだと  
いうことでしょう。好きだからこそ、許せないのですよ」  
「そんなもん……かなぁ?」  
「そんなもん、です。さて、この判断がどう出るか。あとは神と彼等に、任せましょう」  
そう言って、穏やかに笑うアドルフォ。この空気を和やかに変えてしまう彼は、やはり優れたリーダーだと、誰もが思った。  
同時に、あれだけ言われて怒りもしない彼は、ひょっとして全てを諦めているのではないか。そんな疑問が、一行の頭をよぎるのだった。  
 
一方のシナックは、全身から湯気でも立ち上らせそうなほどに怒っていた。大股でドスドスと歩き、カルネアデスの部屋を探し出すと、  
ノック代わりにそのドアを蹴り飛ばす。  
「うぉらぁ!カルネアデス!返事しやがれ、このくそ野郎!」  
しばらく、返事はなかった。やがて、うんざりしたような声が響く。  
「何しに来たんだい?」  
「あいつらに話聞いた!てめえ、さっさと開けろ!」  
「何を聞いたのか知らないけど、帰ってくれ。僕は、君と話すことなんかない」  
「てめえにゃなくても、あたいにはあるってんだよ!さっさと開けねえと、勝手に開けるぞ!」  
はぁ、と小さなため息が聞こえた。  
「盗賊でもない、超術士でもない君が、どうやって開けるって言うんだ」  
「よーし、勝手に開けていいんだな!?んーじゃあ遠慮なくやらせてもらうぜぇ!」  
シナックは体を捻り、腕を引きつけ、固く拳を握った。  
「おぅりゃああぁぁ!!!」  
ドゴッ!と凄まじい音がし、拳がドアを突き破った。  
「ちょっ……おいっ…!」  
突き破ったその手で内側から鍵を開けると、シナックはずかずかと部屋の中へ踏み込んだ。  
「てめえ、どんだけ見下げ果てた野郎かと思ったら、ほんっとの下衆野郎だったとはなぁ!」  
「ドアの修理、してくれるんだろうね?」  
「うるっせぇ!泥でも詰めとけ、馬鹿野郎!それよりてめえカルネアデス!いや、フェイルって呼んでやろうか!?あ!?」  
途端に、彼の表情は歪んだ。思い出したくない過去を思い出したという、苦痛を伴った表情だった。  
「……何を、聞いたんだ…!?」  
「おーおー、全部聞いたよ!ほんっと、このクソガキが!!!」  
「ガキだって…!?君に、何がわかる!?」  
「てめえが見下げ果てたくそ野郎だってことぐらい、あたいにだってわかる!」  
「……ああ、そうだろうとも!この命に代えても守りたいと思った恋人を、この手で突き放した僕は最低の男さ!言われなくとも、  
それぐらいわかってる!」  
「それがガキだっつってんだよっ!なぁに悲劇のヒーロー気取ってやがる!」  
「何だと…!?」  
「はっ!それ以外どう言えってんだ!?その言い方、その口ぶり、全部が全部、悲劇のヒーロー気取りじゃねえかよ!」  
カルネアデスの表情は、今までにないほどはっきりと歪んでいた。それはもはや苦痛などではなく、純粋な怒りのためである。  
「この手で、愛する者の命を絶たねばならなかった僕の苦しみが、君にわかるかっ!?」  
「まぁた始まった。そ・れ・がっ!悲劇のヒーロー気取りだってんだっ!なーにが、この手で愛する者の命を絶った、だ!そいつを  
殺したのはヴォルディアス!てめえは僧侶として最善の選択をしただけだろうが!」  
「その最善の選択が……愛する者を、見捨てることだったんだぞ!」  
「だったら!んなのは、てめえの胸の中だけにしまっとけってんだ!それがなんだ!?アドルフォだハルトマンだって仲間にまで責任  
押し付けやがって!んーなくだらねえ、クソみてえな真似してやがるから、てめえは下衆だってんだよっ!」  
「いつ、僕が責任を押し付けた!?」  
「いつだってだろうが!あの馬鹿共が責任の奪い合いしてるのを、これ幸いと押し付けてきたんじゃねえか!てめえは、死んだ奴が  
てめえの恋人だってことを盾に、そうやって他人に責任を押し付けて、てめえ自身は悲劇の主人公気分に浸りきってきたんだよっ!」  
凄まじい言い合いである。ドワーフは浮かぶ言葉を次々相手に叩きつけ、エルフは言葉一つ一つに力を込めて相手にぶつける。  
「そもそも、てめえが責任押し付けてねえってんなら、どうしてカルネアデスなんて悪趣味な名前に変えたんだ!?それこそ、  
てめえが悲劇の主人公気分に浸りきってる証拠だ!」  
「それは…!あの出来事を、ずっと自分の胸に刻むために…!」  
「だから、そんなのはてめえの胸の中にだけ刻んどけってんだよっ!その名前が、てめえの仲間を苦しめたことすらわかんねえか!?  
それとも何か!?そうやって苦しむ仲間を見て、『あー僕ちゃんに同情してくれてるー』って、ガキみてえに喜んでたのか!?」  
 
いよいよ、カルネアデスの顔は怒りのために真っ赤に染まり、長い耳まで怒りに染まっている。  
「ふざ……けるなぁ!どうして僕が、そんなこと…!」  
「けっ!これだからエルフってのは傲慢だってんだよ!てめえの間違いなんぞ、認めやしねえ!」  
「間違い!?逆に聞くけど、君は君の言葉が全部正しいとでも言うつもりかい!?その場にいもしなかった君に、何がわかる!」  
「ちっ、うざってえ男だ!てめえら風に言やぁ、闇を払うたいまつの根元にこそ、闇の集う場所があるってことだよ!!」  
「う…!?」  
まさかシナックの口からそんな台詞が出るとは夢にも思わず、カルネアデスは言葉に詰まってしまった。それを見ると、彼女は鼻で笑った。  
「ふん、ドワーフはそんな表現と無縁だとでも思ってたか?なめんじゃねえ。言葉遊びをしねえってだけで、そういう表現はいくらでも  
できる。けどな、そんなクソくだらねえ言葉遊びなんかしてると、いっちばん伝えてえ事が伝わらねえんだよ。覚えとけ」  
だが、少し様子がおかしかった。真っ赤だった彼の顔は、今では青くすら見える。表情は、すっかり悲しみの色に染まっていた。  
「……どうしてなんだ…」  
「あん?」  
「君は……フラウドのことを、知らないはずなのに……どうして、そこまで似てるんだ…!」  
「知らねえよ、あたいに聞くな」  
「彼女も怒ると、そうやって僕達の口ぶりを真似た。それだけじゃない、その姿、その声、その毛色、毛艶…」  
「もうやめろ。気分悪くなる」  
「君に責められると、僕はフラウドに責められてる気分になるんだ!あの時、彼女を見捨てた僕を、彼女が責めてるように…!」  
「あたいとそいつは違うぞ」  
「頭ではわかってる…!けど、どうしてもダメなんだ!君に援護をすれば、あの時彼女にそれを出来なかったことを思い出す!  
それに、また同じことがあれば、僕は君を助けられる自信がない!」  
「あたいはそいつの代わりじゃねえ。けどな、同じドワーフってんなら、そいつはお前のことを恨んだりしてるはずがねえ」  
シナックの口調は、幾分か和らいでいた。そんな彼女の顔を、カルネアデスは疲れ切った顔で見上げた。  
「それは確かなはずだ。絶対、そいつはお前を恨んでない。だって、神女だったんだろ?自分を犠牲にして、誰かを助ける奴  
だったんだろ?なら、パーティの仲間のみんなを……それに、何よりお前を、そいつは一番助けたかったはずだ」  
「……くっ……うぅ…!」  
突然、カルネアデスは涙をこぼした。いきなりの事に、シナックも驚いてしまう。  
「おい、どうした。そんなに怒られたのがショックかよ」  
「違う…!彼女の、最後の言葉が……今やっと、ちゃんと届いた…!」  
「なんか、言ってたのか。」  
「ああ…!彼女は、炎に焼かれる直前、僕を見て……『幸せに、なってね』って……うぅ…!」  
ポロポロと涙をこぼすカルネアデス。その別れの様子を想像すると、シナックも目頭が熱くなってしまった。  
「今まで、僕はその言葉が……呪いの言葉にしか、聞こえなかった…!」  
「……あたい達ドワーフは、言葉は飾らない。そいつがそう言ったなら、お前は言葉通り、受け取ればいいんだよ」  
「だけどっ……だけど、僕は怖かったんだぁ…!僕一人が幸せになって……僕は、彼女を死なせたのに…!」  
「違う。そいつはそんなこと望んでない。お前が苦しむ姿を見て、一番苦しむのはそいつだぞ。どうしてわからない」  
「でも……僕は、やっぱりダメだ…!僕のわがままで、仲間を……みんなを、苦しめた…!君にだって、僕はひどいことをした…!」  
「悔やむ心があるなら、十分だろ?お前は生きてるんだから、やり直せるんだよ」  
「こんな、僕でも……やり直せるのか…?」  
「なんだよ。男の癖に、自信ないのかあ?」  
シナックの中に、普通ならありえない、むしろおぞましいと思うような心が湧き上がった。  
彼を愛した同族がいて、その同族は彼の幸せを願った。それを知っているのは自分だけで、ならば自分が彼女の代わりになればいい。  
普段なら、思うことすら恐ろしい考えである。だが、今の彼女にとって、それは名案だった。  
「男だって……うわっ!?」  
 
突然、カルネアデスはベッドに押し倒された。そんな彼を見下ろし、シナックは妖艶に笑う。  
「んじゃ、あたいが手伝ってやるよ」  
「シ、シナック!ちょっと待っ…!」  
「はは、やっと名前呼んでくれたなー」  
「え、いや、その…!」  
「あのな、お前が立ち直らねえと、そいつだって浮かばれねえんだぞ。そいつのためにも、お前は抱かれるべきだ」  
「ちょっと待て!どうしてそうなる!?どういう思考回路してるんだ君は!?」  
聞くまでもなかった。彼女の口から吐き出される息は、強い酒の臭いがしていた。  
「あーもう、うっせえなあ!」  
「でも……むぐ…!」  
強引に唇を重ねるシナック。舌と舌が絡み、固まりっぱなしの彼の唇を強く吸う。  
キスで相手を黙らせたまま、彼女は制服を脱ぎ始めた。いくら性格が変わったといえ、その性質までは変わらない。彼女の姿に、彼の  
股間は正直に反応してしまう。  
同時に、彼の中に忘れかけていた感覚が蘇って来る。かつて、フラウドと共に過ごしたひと時。言い換えれば、ふかふかの体毛を持った  
ドワーフとの逢瀬。好きで好きでたまらず、それをようやく手に入れた喜び。  
ごく一瞬、流されまいという考えが頭を掠めた。しかし、それは目前にある現実の前に、たちまち消え失せる。  
開き直ったカルネアデスは、積極的に舌を絡め始めた。驚いたシナックは身を引こうとするが、彼は素早く首に腕を回す。  
そのまま、半分脱ぎかけた彼女の服に手を掛ける。シナックは一瞬抵抗しようとしたが、すぐに観念したように手を下ろした。  
慣れた手つきで服を脱がせると、意外に大きな胸が零れた。平たい、ごつい胸に見慣れていたカルネアデスは、唇を離すと、少し驚いた  
ようにそれを見つめる。  
「な、何だよ?」  
「いや……胸、大きいね」  
「悪りいかよ?」  
「いや、なかなか新鮮でいいよ」  
「意味わかんね……んうっ!」  
唇の代わりに、今度はその乳首に吸い付く。シナックは恥ずかしそうに身をよじるが、彼は意外なほど強い力でそれをさせない。  
少し汗の臭いがする。よくよく考えれば、探索から戻って体も洗っていないのだ。臭わない方がおかしい。  
「うっく、んっ……ふ、ふん!エルフってのは、気持ち悪りい臭いさせやがるんだな……あっ!」  
シナックも臭いの事を考えていたらしく、そんなことを言う。  
「ほのかに香る香水をつけるぐらい、当然のたしなみだと思うけどね。君は、いかにも野性的な臭いだね」  
「それが普通……うぁっ!んんっ!い、嫌なら顔近づけるな…!」  
「ご安心を。この匂い、嫌いじゃない。むしろ、これがあってこそだ」  
「へ、変態!」  
そうは言うものの、彼女の顔はさほど嫌そうではない。  
「そ、それより、てめえだけってのずるいぞ!あたいだって、してやるのに…!」  
言いながら、ズボンのジッパーに手を掛けると、それを引き下げる。そこから手を突っ込み、慣れない手つきで股間を探ると、おずおずと  
全体を撫で始める。その不慣れな様子に、つい笑みがこぼれると同時に、さらに強く股間が反応する。  
 
「う、動いてる……気持ち悪りいな…」  
「傷つくよそれ」  
片手では彼女の体を抱きかかえ、もう片方の手で胸を揉む。シナックはシナックで、いまいち勝手がわからないといった感じで、  
たどたどしく彼のモノを撫でている。カルネアデスは胸から手を離すと、そっとスパッツに手を突っ込み、彼女の秘所に触れた。  
「んあっ!」  
汗ばんでいるかのように、じっとりと湿った感触。触れば熱く、じわりと染み出るように蜜が指に絡みつくが、まだ少し足りない気もする。  
形をなぞるように、その秘裂をすぅっと撫でる。最後に小さな突起を弾くように撫でると、シナックの体がビクンと跳ねた。  
「んん!ふあっ!お、おい……いい加減、脱がせろよ…!じゃないと、汚れる……やんっ!」  
「この薄布越しに見える体も、なかなか捨て難いんだけどな。むしろこう、見た目は隠されつつもラインがくっきり出てるってことが…」  
「いいから脱がせろよ、この変態!」  
ともかくも、何とか彼の手から逃れると、シナックは自分から身に着けているものを脱ぎ捨てた。その間にカルネアデスは体を起こし、  
彼女の一挙一動を食い入るように見つめている。最後に下着を脱ぎ捨てると、シナックは尻尾で股間を隠しつつ、再び体に乗ってくる。  
見詰め合ったまま、カルネアデスは彼女を抱き寄せる。その腰の辺りに座るように体を動かすと、シナックは彼のモノを掴み出した。  
「痛いよ」  
「うるせえな、少しぐらい我慢しろ」  
どことなく緊張したような、それでいて何かを期待するような顔で、彼女は何度かそれを自分の秘所に擦り付ける。そしてハッハッと  
呼吸を整えると、一気に腰を落とした。  
「くぅっ!」  
「うあぁっ!!!痛ぃってええぇぇ!!」」  
思いの外大きな声、というよりは悲鳴。何事かと彼女を見ると、シナックは体を震わせ、目をぎゅっと瞑りながら痛みに耐えている。  
つっと、結合部に一筋の血が伝った。それを見た瞬間、カルネアデスは驚きに目を見開いた。  
「ちょっ、君、まさか初めてだったのか!?」  
「てててて……へっ、何だよ。男は、その方が好きなんじゃねえのか?」  
「いや、その…。」  
「だ、大体なぁ、てめえ、あたいみてえな、ドワーフ好きなんだろ?だったら、遠慮なんかしねえで、好きにすりゃいいじゃねえかっ…!」  
その言葉に、彼女の中に入った彼自身がさらに大きくなる。  
「痛てっててて…!あ、あんまでかくすんな、馬鹿!」  
「しょうがないだろ、勝手になるんだから」  
ともかくも、初めての彼女に乱暴するわけにはいかない。カルネアデスはそっと、彼女の尻尾を撫でる。  
「んっ、あっ!そ、そんなとこ触んじゃ……うあっ!」  
耳を甘く噛み、そのままうなじにキスをする。さすがに、ドワーフが好きというだけあり、彼は彼女の弱いところをうまく突いてきた。  
シナックが恥ずかしそうな顔を浮かべ、浅い呼吸をするようになると、少しずつ腰を動かす。最初はビクリと体を震わせたが、痛みは  
だいぶ和らいだらしい。  
 
トンッと、鼻と鼻を付き合わせる。シナックの鼻は湿っており、触るとひんやりする。が、彼女からすれば、別に気持ちよくも何ともない。  
「な、何だよ…?」  
「いや、この感触好きなんだ」  
「そうかよ、よかったな。あうっ!」  
胸を揉み、耳を噛み、少しずつ動きを強くしていく。元々が向かい合って座っているので動きにくいが、そうでなくとも彼女の中は  
痛いほどにきつく、しかもなお強く締め付けてくる。大した動きはできなくとも、彼には十分強い刺激だった。  
「はぁっ……はぁっ…!なあ、おいっ……あんま、変なことすんなっ…!」  
「どうして?」  
「だってっ……あたい、なんか……変な感じがっ…!」  
「気持ちいいだろう?大丈夫。落ち着いて、身を委ねてくれればいい」  
そう言われると、シナックは不安そうな顔で彼を見つめる。しかし、やがて緊張していた体から力が抜けていく。  
「可愛いよ、シナック」  
「う、うるせぇ…」  
喋っている間も、彼は手を休めない。その絶え間なく続く刺激に、彼女は確実に昂ぶっていく。  
既に痛みは消えていた。そうなると、負けず嫌いな彼女の顔に挑戦的な光が浮かぶ。  
「この……てめえばっかり、するんじゃねぇっ…!」  
「うあっ!?」  
膣内がぎゅうっときつくなり、カルネアデスの動きが止まる。勝ち誇った笑みを浮かべると、彼女は自分から腰を動かし始めた。  
その動きは、とても初めてとは思えないほど激しい。言うなれば、獣の交尾に等しいような、自身の欲望のままという動きである。  
パチュッパチュッと湿った音が部屋に響き、二人を乗せたベッドが激しく軋む。  
「シ、シナック、もうまずい…!待ってくれ…!」  
「あ、あたいもっ……んっ!ふっあぁ!なんか、頭がぁっ……すご、気持ちいい…!」  
不意に互いの目が合う。  
愛してはいない。だが、彼女からすれば、彼を立ち直らせたかった。彼からすれば、彼女を抱きたかった。  
愛はない。しかし、お互い奇妙な愛しさを感じていた。  
どちらからともなく、強く抱き合う。お互いの温もりが、たまらないほどに愛おしく、それが心の中にじわりと広がる。  
「シナック……もうっ…!」  
「あたいもダメっ!もう、なんかっ……うあ、ああぁぁ!」  
彼女の中で、彼のモノがビクビクと脈打ち、体内に暖かい感触が広がっていく。既に思考は奪われ、彼女にはただその感覚しかなかった。  
何度も、何度も、体の一番奥に熱いものがぶつかり、その度に、えもいわれぬ激しい快感が彼女を包む。  
その熱さと、凄まじい快感の中、二人の意識は急速に薄れていく。そして、強くお互いの体を抱き締めたままに、二人は気を失うように  
眠りに付いた。  
 
翌朝。二人は服も着ず、お互いベッドの左右に座り、黙って背中を向けている。この重苦しい沈黙は、二人が目を覚ましてから既に  
30分続いていた。二人とも、表情はひどく暗い。事情を知らない者が見れば、葬式の後にしか見えないほどだろう。  
気まずい沈黙の中、シナックがグスッと鼻を啜り上げる音が響いた。  
「……あたい、どうしててめえなんかと…」  
目を覚まして、最初の一言がそれだった。カルネアデスも、小さくため息をついた。  
「……君の方から、仕掛けてきたんだ。僕に言われても…」  
再び、重苦しい沈黙が訪れた。が、今度の沈黙は、そう長くは続かない。  
「畜生!どう考えてもおかしいのにっ!どうしてあたい、あん時はあんなのが名案だって…!」  
「だいぶ、飲んでたみたいだからねえ……流された僕も、今になってどうかと思うけど…」  
「あーもー!てめえなんかに初めてやっちまったなんて、最悪だぁ!」  
本気の泣き声で、シナックが叫ぶ。  
「あたいずっと、初めては憧れの先輩と部屋で一緒に酒飲んでキスしてからって決めてたのに…!」  
「ぶっ…!」  
思わず、カルネアデスは噴き出した。途端に、シナックは怒りに満ちた顔で体ごと彼の方に向き直る。  
「てめえ、何がおかしいんだよっ!?」  
「いや、だって、見た目より案外子供っぽいなってさあ。僕を叱ったときなんか、猛々しくてすごく大きく見えたのに、今の君は恋に  
恋する小さな女の子だ」  
まだ残る笑いを顔に張り付かせたまま、カルネアデスも振り返った。目が覚めてから、二人が顔を合わせたのはこれが初めてである。  
「大体、君に憧れの先輩なんているのかい?」  
「いや……まだ、いねえけど…」  
「だろうね。あ、ちなみに君の入学はいつだい?」  
「一年半前」  
「ああ、じゃあ僕が二年前だから、一応先輩だ。大筋は叶ってるじゃないか、よかったね」  
「そうなのか?あーよかった……って言うと思ったかバカ野郎おおぉぉ!!!てめえなんぞ、憧れでも何でもねえぇぇ!!!  
しかもエルフじゃねえかっ!!!どこにいい要素があるんだよっ!!!」  
何事にも本気な彼女を、彼は微笑ましい思いで見つめていた。以前付き合っていたフラウドも、彼女に似ていた。しかし、同じではない。  
「でも、おかげで僕は色々吹っ切れた。君には、本当に、どんなに感謝してもしきれない」  
「あ……当たり前だろっ!あたいがこんなにしたんだからっ!くそっ、ほんとなんであんな事しちまったんだ…!」  
どこか気恥ずかしそうに、シナックは顔を逸らした。そんな彼女の顔を見ながら、彼は最後の鎖を解こうとしていた。  
あの時、フラウドは幸せになってくれと願った。となれば、今この身に湧き上がる思いを告げることは、フラウドへの背信とは  
なりえないだろう。  
逸らした顔を優しく両手で包むと、そっと自分の方へ向けさせる。不機嫌そうな顔のシナックに、カルネアデスは優しい笑顔を向けた。  
「あれほどまで、僕を叱りつけてくれた人なんて、今までいない。僕は、嬉しかった」  
「そ、そうかよ…」  
そのまま、二人は見詰め合う。だが、シナックの方が先に気恥ずかしくなり、視線だけを逸らした。  
「そ、それよりカルネアデス…!」  
「ああ、その名前は、もうやめてくれ。君に言われて目が覚めた。昔の名前で……フェイルと、呼んでくれないか?」  
「ん……ま、まあその方がいいよな、うん。んで、カル……あ、いや、フェイル。あたいは、もう、その…」  
「それから、名前に関して、もう一つ言いたいことがある」  
言葉を遮られて少し腹が立ったが、意外なほど真面目な顔を向けられ、シナックはドキッとした。  
 
「あ、ああ。何だよ」  
「他のエルフは知らないけど、僕達の故郷では、名前とは大切なものなんだ。この世に、魂と肉体を授かると共に、僕達は名前を授かる。  
そして、一生その名を背負って生きていく。だから、僕達はそう簡単に、真の名を口にしない」  
「そ、そうなのか。へー」  
「その名を口にするのは、この世に生まれ出でた時。この生を終える時」  
「どうして、死ぬときに?」  
「風にもたらされ、水と共にこの身に染み込んだ名。この身が朽ち、土に還るならば、それは風に乗せ、返さねばならない」  
言葉こそ飾られているが、その顔は真面目である。それを冷やかす気には、今の彼女にはなれなかった。  
「だが、もう一つ。僕達が真の名を告げるときがある」  
「どんな時だよ?」  
「体と魂、そして名前と同じように、この先、ずっと共に歩き続ける者が現れたときだ」  
言うなり、彼はシナックの体を強く抱き寄せた。吐息が感じられるほどの距離に、お互いの顔がある。  
「かつて、フラウドにも同じ言葉を言った。それでも、僕は恥を忍んでもう一度言おう」  
強い覚悟のこもった顔。そして、彼は口を開いた。  
「僕の本当の名を、聞いてくれないか?」  
一瞬、シナックは返答に困った。彼女としては、こんな恥ずかしい思いのあるパーティからはすぐに抜けたかった。しかし、彼の強い  
思いは本物で、そしてそうさせたのは自分である。おまけに、初めてまで彼にあげてしまった。毒を食らわば皿まで、という言葉が、  
一瞬脳裏によぎる。  
「ん、んなこと言ったって…!その、お、落ち着いて考えろよ!そんなの…!」  
「君の純潔を奪ってしまった責任もある。それに、今では君は、僕にとって水に映える月よりも美しい存在……いや、それは言い訳だな。  
それに、言葉を飾れば、伝えたいことが伝わらない。そうだったね?」  
一度深呼吸し、彼は強い口調で、はっきりと言った。  
「僕は、君を愛してしまった。どうか、この先ずっと、一緒にいて欲しい」  
その、短くとも重い言葉は、彼女の胸を強く打った。  
好きではない。愛してもいない。だが、以前彼を愛したドワーフがいる。であれば、自分は絶対にそうならないという自信も、なかった。  
「……あたいは、てめえなんか好きじゃねえぞ」  
「それでも、構わない」  
「好きになる保障もねえぞ」  
「等価を求めなどしない。まあ……好きになってくれるなら、嬉しいけど」  
「………」  
しばらく、シナックは彼の顔を不機嫌そうに見つめていた。が、やがて自嘲のような笑みを浮かべ、軽く息をついた。  
「やぁれやれ。この先ずっと、てめえの口から蜜のように甘い言葉を聞かされて、春の雪のように白い腕に抱かれろってのか?」  
二人は同時に笑った。そして、シナックは言った。  
「聞いてやるよ、てめえの名前」  
フェイルは、シナックの小さな体を抱き締めた。暖かく、小さく、しかし大きな彼女の体。  
その耳に、そっと唇を寄せる。そして彼は、彼女だけに聞こえる小さな声で、その名を囁くのだった。  
 

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