目を覚ませばそこにいる。手を伸ばせばそこにある。使い古された言葉だけど、それが幸せ。
ヒューマンは、心の底からそう思っていた。
暖かい腕の中。見上げれば彼の顔があり、優しく微笑みかけてくれる。
「ヒューマン、どうしたんだい?」
「ううん、何でもない」
そっと手を伸ばし、エルフの顔に触れる。その手に伝わる温もりが、嬉しかった。
「ぼくのこと、からかってるのかい?」
「ううん、そうじゃないってば。ただ、こうしてるのが、幸せなの」
エルフは優しい微笑みを浮かべながら、ヒューマンの頭を撫でた。
「ぼくも、同じだよ」
ヒューマンの手が、彼の長い耳に触れると、ピクンと動く。それが面白くて、つい何度も触ると、エルフが優しく手を押さえた。
「くすぐったいよ」
「ふふ、ごめんね」
毎日が、幸せだった。地下道を探索する冒険者である以上、いつか別れが来るかもしれない。そうでなくても、学生なのだから、ここを
卒業すれば、きっと離れ離れになる。だけど、それはずっと先の話。
そう自分に言い聞かせ、極力そんな不幸を考えないようにして、二人は幸せに浸っていた。
失敗と、油断と、不幸。重なって欲しくないものに限って、いっつも重なって起きてしまう。
「くそぉ!セレスティア、ヒールを!!!」
「ダメ!もう息してないよ!」
「殲滅するしか、道はありません。皆さん、諦めないでください」
「もう……ダメ…!みんな……ごめん…!」
地下道に響く怒号、悲鳴、撃剣の音。そして、死に逝く者の断末魔。
ダークゾーンを抜けた瞬間、解き放られた破壊神に出会ってしまった。強烈な攻撃をもらいつつ、死力を尽くして倒したまではよかった。
が、その瞬間、別の敵の群れが現れ、おまけに不意打ちを受けた。もう残された力などほとんどなく、逃げることも出来ず、彼等は
絶望的な戦いを強いられる羽目になった。
「クラッズ!ダークレーザーを頼む!」
「これが最後……お願い、終わって!!」
「うわぁー!!!げぼっ……ご……め…」
「く、エルフさン、ヒューマンさん、残りハ僕達だケデす」
傷ついたノームが、少しおかしくなった口調で喋る。
「こコで、死ぬワけにハいきマセん。諦めナいでクださイ」
「わかってる!ぼくだって死ぬ気はない!!ヒューマン、いけるか!?」
「私は……きゃあぁ!!!」
後列からの鎌の攻撃。それを見切れず、ヒューマンは直撃を受けてしまった。腹から血が溢れるのを感じ、景色がぐらりと揺らいだ。
「ヒューマン!!しっかりするんだ!!!」
エルフの声が遠い。目が霞む。それでも、ヒューマンは最後の力を振り絞り、立ち上がった。
「ぐ……ごぼ…!死なせ……ない…!でえぇぇい!!!!」
残った気力を振り絞り、刀で敵の群れを一閃する。しかし、もはやまともな力はなく、ほとんどの敵が耐え抜いてしまった。
ダークサイズの一匹が、ヒューマンに狙いを定めた。エルフが狂ったように叫んで矢を乱射している。ノームも魔法を詠唱しているが、
到底間に合わないだろう。
自分に振り下ろされる鎌の一撃。体を切り裂かれても、もはや痛みすらなく、ヒューマンはゆっくりと地に伏した。
「死な……ない…………で…」
その一言を最後に、ヒューマンは全ての動きを止めた。
目を開けた瞬間、飛び込んできたのは白い天井と、ジョルー先生の顔。次いで、つんと酒の匂いが鼻を突き、ここがパルタクスの
保健室だということを知る。
「う……私…?」
「気がついたのね。チミ達は、ラークで全滅しかけたのね」
そう言われると、ようやく頭に、それまでの出来事が蘇って来る。破壊神を倒して、不意打ちを受けて、みんな死んで―――
その瞬間、ヒューマンはジョルーに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「先生っ!他の人は!?みんなは無事ですか!?どうなったかわかりませんか!?」
「……どうしても、聞きたいのね?」
「先……生…!」
その一言で、ヒューマンは全てを察した。もう、戻らない仲間がいるのだ。
「まあ、口で言うより、見る方が早いと思うのね。こっちなのね」
半ば呆然としつつ、ヒューマンは誘われるままにジョルーの後をついていく。
そこにあったものは、仲間の遺品だった。クラッズの武器、セレスティアの服、フェルパーの靴。それと、ノームの体の一部。
「みんな、残念だったのね。チミは幸運だったのね」
その言葉も、ほとんど耳には入らなかった。あんなに、ずっと一緒だった仲間達が、もういない。その事実は、ヒューマンにひどい
ショックを与えていた。
足が震えだし、今にも膝が抜けそうになる。それでも必死に体を支え、遺品を見つめるうち、ヒューマンははたと気付いた。
「エルフ……エルフは!?先生、彼はどうなったんですか!?」
ジョルーは目元だけで、同情的に笑った。
「彼は無事なのね。もっとも、ひどい怪我で、少しボーっとしてるのね」
「どこですか!?彼に会わせて下さい!お願いします!お願いします!」
「彼はもう、寮に戻ってるはずなのね。だから会いたいなら、寮に行くのね」
取るものもとりあえず、ヒューマンはすぐさま寮へと向かった。周りの目も気にせず、校内を全力で走り抜け、寮の中へと飛び込む。
階段を躓きながら駆け上がり、彼の部屋の前に着くと、必死にドアを叩いた。
「エルフ!いるの!?ねえ、お願い!開けて!顔を見せて!お願い!」
もう、彼だけが最後の希望だった。仲間がみんな死んでしまって、その上で彼まで死んでしまっては、もう生きていける自信がない。
ドアが、かちゃりと音を立てた。そして、まるで何かに怯えるかのように、ゆっくりと開かれていく。
「……ヒュー、マン…?」
「エルフ!よかったぁ!」
胸に飛び込んだヒューマンを、エルフは少したどたどしく抱き止めた。
「よかった……君、だけは……蘇生……成功、したんだね」
「うん……うん…!みんな、死んじゃって……でも、よかった…!君だけでも、生きててくれて…!」
涙が溢れて止まらなかった。最愛の人が生きていた。せめてそれだけが、救いだった。
「ごめん……本当に、ごめん」
急に、エルフはヒューマンを強く強く抱き締めた。
「どうして、エルフが謝るの?私だって……みんな、死なせちゃった…」
「僕も、それは同じさ…。ごめん、君に、辛い思いをさせて…」
ジョルー先生の言った通り、少し後遺症が残っているらしく、言葉がつっかえるようだった。しかし、この優しさは前とまったく
変わらない、エルフの優しさだった。
「さあ、少し休んだ方がいい。まだ、調子は、悪いだろう?」
「……えへへ、それは君だって、同じじゃない」
泣きながら笑うと、エルフも恥ずかしそうに微笑んだ。
「そうだね。その……ぼくと、一緒にいてくれるかい?」
「うん、お願い。今日はずっと、一緒にいて」
優しい腕に抱かれながら、ヒューマンはまた泣いた。そんな彼女を、エルフはただただ優しく、抱き締めていた。
大切な仲間を失った日から、丸一ヶ月が経過した。さすがにまだ悲しみは癒えないが、少なくとも以前よりはだいぶマシになった。
エルフの方も、徐々に回復してきたようで、今ではすっかり以前のように喋れるまでに回復している。
「ぼくと、君と、こうやって二人でいると、時が経つのが早いよ」
のんびりした調子で、エルフが口を開く。
「ぼくの隣に、君がいる。それだけで、ぼくは幸せだよ」
「もう、エルフったら」
エルフの腕に抱かれ、ヒューマンは笑う。あれ以来、体の関係は途切れていたものの、エルフはこうして、ヒューマンの体を抱いてくれる
ことが増えた。少し物足りなく感じるときはあるものの、これはこれで幸せだった。
「ねえ、今日も一緒にご飯食べよ」
「今日もかい?それはいいけど……まだ、地下道探索に行く気は、起こらないかな?」
「それは…」
正直なところ、まだ辛かった。地下道に行けば、あの時のことをありありと思い出してしまう。
そんな様子を察したのか、エルフは優しく微笑んだ。
「まあ、無理はしない方がいいさ。ごめんよ、変なことを言ってしまって」
「ううん、いいの。私だって、そろそろ克服しなきゃ、いけないのにね」
「ぼくだって、まだ完全に吹っ切れたわけじゃない。他の生徒だってわかってるのに、ついみんなに似たような生徒を見つけて、
声をかけてしまいそうになるし…」
「やっぱり、エルフもそうなんだね」
寂しそうに笑うと、エルフは少し慌てて言った。
「あ、いや、ま、まあこの話はこれでいいじゃないか。その、僕もお腹空いて来たし、学食行こうか?」
「うん、そうだね」
大体、毎日がこんな感じである。今までは地下道探索と、それに付随する戦闘ばかりで、毎日が慌しく過ぎていた。それが、今では
こうして探索にも行かず、毎日をのんびりと過ごしている。これはこれで幸せだと、ヒューマンは思っていた。
一緒に食事をして、色んな話をして、夜は、性的な意味で抱かれることは最近ないけれど、優しく抱き締めてもらえる。何だか、初めて
普通の恋人同士の生活を手に入れられたようで、それが嬉しくもあった。
「でも……エルフ、ごめんね。私のせいで、探索行けなくって……私達、冒険者なのに…」
「いいんだよ。ぼくは、君に強制なんかしない」
優しい笑顔で、エルフは続ける。
「いつか、君の心の傷が癒えた頃に、また頑張ろう。それまで、ぼくはいつまでも待つよ」
「……ありがとう」
エルフの胸に体を預け、ヒューマンは静かに目を瞑った。
「……ねえ、エルフ」
「ん、何だい?」
「いつか、みんなのお墓、作ってあげたいね」
ピクリと、エルフの体が動いた。やはり、エルフも完全に立ち直ったわけではないのだろう。
「そう、だね。クラッズ、セレスティア……フェルパー……そして、ノーム…」
「みんな……いい人だったのにね…」
つい口に出してしまうと、また涙が溢れてきた。その涙を、エルフがそっと拭う。
「泣かないで。君が泣くと、僕も辛い」
「うん……うん…。ありがとう、エルフ」
優しくて、暖かい腕。その中にいると、全てがどうでもよくなってしまう。
そう、本当に、全てが。
仲間を失った辛さも、生還した悦びも、この胸に、澱のように溜まる疑念も、何も、かも。
さらに数週間が経過した。日が経つにつれ、悲しみは少しずつその刃を鈍らせ、涙を堪えることも難しくはなくなってきた。
もちろん、それはエルフがいてくれたことも大きい。常に側にいてくれて、悲しみを共有できる存在がいたことは、ヒューマンにとって
何よりの支えだった。
とはいえ、少しだけ不満がないわけでもなかった。
あの日以来、彼とはすっかりご無沙汰である。抱き締めてくれるのも嬉しいし、それはそれで満足なのだが、こうもさっぱりだと、
やはり物足りない。
最初は、以前のように彼が求めるのを待っていた。しかし、いつまで経ってもその気配がないため、ヒューマンは強硬手段に
出ることにした。こうなったら、恥ずかしいだの何だのとは言っていられない。
いつものように、同じベッドに入るエルフとヒューマン。エルフは優しく抱き締めていてくれるが、その彼を見上げ、優しく微笑む。
そんな彼女を見て、エルフは少し困ったように微笑んだ。
「ん……どうしたんだい?」
「こうやって見つめてるのに、何にも感じない?」
「えっと、いや、それは…」
顔を赤く染め、視線を外すエルフ。その姿は、初めて彼と結ばれる直前の姿によく似ていた。
「……したいのかい?」
「それは、女の子に言わせちゃダメでしょ」
「はは、ごめんごめん」
「このところ、ずっとしてなかったしさ。お願い、また前みたいに、私のこと抱いて」
しどけなく首に抱きつき、ヒューマンは目を閉じた。それに応え、エルフはその顎をクッと上げさせる。
唇が僅かに触れ合う。エルフは焦らすように、そうして触れるか触れないかの感触を楽しんでいた。ヒューマンが抗議の意味も込めて、
首に回した腕に力を入れると、ようやく口付けといったものから、お互いの唇を貪るような激しいものに変わる。
唇を吸い、互いの唾液を交わらせ、ねっとりと舌を絡める。彼には珍しく、情熱的なキスだった。
キスをしながら、エルフはヒューマンの服を脱がせにかかる。ヒューマン自身も、それを受けて自らボタンを外し、彼を手伝う。
上着を捨て、胸を包む下着を剥ぎ取る。エルフの手が、そっと胸に触れる。
「んっ……いつもみたいに、ね?」
「……ああ」
捏ねるように、回すように優しく揉み解しつつ、指先で桃色の突起を摘む。ヒューマンの体がピクンと跳ね、口からは溜め息のような
吐息が漏れる。
「そう、それぇ…!もっと、強くしてぇ…!」
そう言いながら、ヒューマンはエルフの股間に手を伸ばした。手が触れた瞬間、エルフの体がビクリと震える。それに構わず、
ヒューマンはズボンの中に手を入れ、彼のモノを優しく握る。
ゆっくりと、撫でるように扱く。途端に、胸を揉む力が急に強くなったり、その手が止まったりと、エルフはその刺激に翻弄されている。
そんな様子を見て、ヒューマンはおかしそうに笑った。
「わ、笑うなよ。久しぶりなんだから」
「うふふ、そうだね。ほんと、久しぶり」
互いに愛撫をしつつ、二人はまたキスを交わす。少しずつエルフの手が下がり、腹を撫で、腰をなぞり、ヒューマンの秘部に触れる。
「んんっ……そこぉ、してぇ…!」
とろんとした目を開き、ヒューマンは鼻に掛かった甘い声でねだる。それに応え、エルフはそこをじっくりと刺激する。
割れ目をさすり、指を割り込ませる。軽く指を曲げると、くちゅっと小さな音とともに、指が中へ入り込んだ。
「んあっ!いいよぉ……もっと、強くぅ…!」
「ああ、わかってるよ」
耳元で優しく囁くと、エルフはさらに刺激を強める。さらに深く指を突き入れ、ヒューマンの体内を激しく掻き回す。
「ひあっ!?ちょ、ちょっと強すぎるよぉ!も、もう少し……うあっ!もう少し優しくぅ!」
「でも、気持ちよさそうだよ?」
意地悪そうに笑うと、エルフはさらにもう一本指を突き入れた。体の中で指が動き、体内を擦られ、内側から広げられ、ヒューマンの体が
何度も跳ねる。
「やだっ…!ま、待って!わた、私だけイッちゃうからぁ!待ってってばぁ!」
エルフの手を強引に押さえつけると、ヒューマンは少しむくれて見せる。
「やめてって言ってるのに」
「ごめんごめん。あんまり可愛かったからさ」
「もー、すぐごまかすんだから」
呆れたように笑うと、ヒューマンは目を細めた。
「それじゃ、次は私の番だからね」
答えを待たず、エルフのズボンを剥ぎ取ると、ヒューマンはそこに顔を埋めた。そして、既に硬く屹立しているモノに、そっと舌を
這わせる。
「うっく…!」
「ふふ、さっきの仕返し」
たっぷりと唾液を絡め、エルフのモノを丁寧に舐め上げる。根元から先端へと舌を這わせ、亀頭部分を口に含み、そのまま雁首を
なぞるように舐める。
「くっ……ヒューマン、もうそれぐらいで…!」
「んっ……んく……ぷはぁ!うふふ、言ったでしょ?さっきの仕返しっ!」
楽しそうに言うと、ヒューマンはエルフのモノを喉の奥まで咥え込んだ。さらにその状態で強く吸い上げ、唇を窄めながら上下させる。
ちゅぷちゅぷと湿った音が響き、それに時折エルフの呻き声が混じる。ヒューマンは時折口を離し、かと思うと先端部分にいたずらっぽく
キスをし、鈴口をほじるように舌で突付き、そしてまた喉の奥まで咥え込む。
口内の暖かさと、今までよりさらに強い刺激に、エルフはたまらず呻き声を上げ、ヒューマンの頭を押さえた。
「も、もうやめてくれ。出ちゃいそうだ」
「ん……ふぅ!私も顎疲れちゃったから、ちょうどよかったかな。うふふ」
「まったく、逆にぼくだけ果てちゃったら、どうするつもりだったんだ」
「その時はその時。たぶんもう一回頑張ってもらうかな〜?」
「ひどい話だね」
言いながら、エルフはヒューマンの体を軽く押し、その体にのしかかる。ヒューマンは期待に満ちた目で、彼を見つめている
はやる心を抑えるように、一つ大きく息をつくと、エルフは自身のモノを押し当てた。
「いくよ」
「うん」
ゆっくりと、エルフが腰を突き出していく。秘裂を割って、少しずつ中に入ってくる感覚に、ヒューマンは抑えた喘ぎを漏らす。
「ふっ……んんん…!」
「大丈夫かい?」
エルフが優しく声をかけると、ヒューマンは陶然とした目をしつつも、挑発的な笑みを浮かべた。
「もっと、好きなように動いていいよ。いっぱい、激しく……めちゃくちゃにして」
「……ああ」
返事をするが早いか、エルフは一気に一番奥まで突き入れた。さすがに若干の痛みがあり、ヒューマンは思わず全身を強張らせた。
「んあぁっ!!い、いきなりすぎるってばぁ…!」
「ごめん、その……久しぶりだからさ、その…」
しどろもどろになるエルフに、ヒューマンは呆れた笑いを浮かべた。
「ふふ、もう……いいの、気にしないで。エルフの、好きに動いて」
「あ、ああ」
エルフはゆっくりと、しかし大きく動き始める。引き抜くときはゆっくりと、突き入れるときは力強く。体の奥を叩かれる感覚が
何度も襲い掛かり、その度に脳が痺れるような快感がヒューマンを襲う。
「あうっ!あっ!あっ!もっと……んうっ、あっ!もっと強くぅ!」
自身もエルフにしがみつき、さらなる快感を得ようと腰を押し付けるヒューマン。それに応えるように、エルフの行為は激しさを増す。
パン、パンと腰を打ち付ける音が響き、ベッドが激しく軋む。結合部からはとめどなく蜜が滴り落ち、シーツに黒い染みを作っている。
激しく腰を打ち据えながら、エルフは荒い呼吸を漏らしている。ヒューマンも全身に汗を浮かべ、上気した体からは汗と石鹸の匂いが
している。
「くっ、うっ……ヒューマン、もう、僕は…!」
エルフが、相当に切羽詰った声を出す。そんな彼に、ヒューマンは荒い息を吐きつつ優しく微笑んだ。
「い、いいよ!んあぅ!中に、中に出してぇ!!」
ヒューマンの足が、がっちりとエルフの腰を捕らえた。そして、中に出されるのをせがむように、ぐいぐいと腰を押し付ける。
「うぅっ……うあっ!もう、限界だ!」
追い詰められた声とともに、エルフは一際強く腰を打ちつけた。同時に、ヒューマンの体内に熱いものが流れ込む。
「あっああ!出てる!中に、中にいっぱい出てるぅ!」
悲鳴とも嬌声ともつかない声をあげ、ヒューマンは体をのけぞらせた。同時に、膣内がビクビクと収縮し、さらに精液を搾り取るかの
ように、エルフのモノを締め付ける。
「うあっ!?すごく、締まる…!」
「出てるよぉ…!私の、中にぃ……出されちゃってるぅ…!」
ヒューマンの痙攣が収まると同時に、エルフもヒューマンの体内に精液を注ぎ終える。それでも、二人は放心したように、そのまま
抜くこともせず、繋がったままだった。
「はぁ……はぁ……ねえ、エルフ…」
「はっ……はっ……何だい…?」
「今日は、このままでいて……お願い…」
ヒューマンが、潤んだ瞳でエルフを見上げる。そんな彼女の頭を、エルフは優しく撫でてやった。
「ああ、いいよ。ぼくも、こうしていたかった」
優しく体を抱くエルフに、ヒューマンは縋り付いた。そして、彼に気付かれないよう、ヒューマンはぽろぽろと涙を流していた。
ヒューマンがラーク地下道に行こうと言ったのは、その翌日である。今まで地下道行きを拒んでいた彼女が、よりにもよってラークに
行こうと言い出したため、最初エルフは心配した。しかし、死んだ彼等に花を供えたいという言葉で納得し、二人でそこに向かう。
相変わらず、エルフは極限まで強化したショートボウに破魔の矢。ヒューマンは白刀秋水を携え、その辺で摘んだ一束の花を抱えている。
ホルデア登山道を越え、フレイク地下道を突破し、いよいよラーク地下道に入る。その中央までたどり着くと、あの時のことがより
鮮明に頭の中に蘇って来る。
その、死闘を演じた場所に、二人は立っていた。二人とも言葉はなく、ただじっと地面を見つめている。
やがて、ヒューマンが動いた。
「みんな、安らかにね…」
静かな声で言うと、手に持った花束を放る。エルフは黙って手を合わせたが、ふとヒューマンの手に視線を移す。
「……その花は、どうしたんだい?」
ヒューマンの手の中には、まだ一本だけ花が残っていた。投げ損ねたわけではなく、どうやらわざわざ残したらしい。
ゆっくりと、ヒューマンが振り返る。その顔に表情はなく、しかし目には深く暗い情念を宿していた。
「だって、必要じゃない。死に逝く者の、手向けに」
「ヒューマン…?ヒューマン、一体何を…!?」
エルフの言葉を遮り、ヒューマンは目を見開き、口を開いた。
「それ以上、その声、その体で、喋るなぁっ!!!!」
ヒューマンの怒号が地下道にこだまし、それが消えると、辺りに静寂が訪れる。
エルフが何も答えないのを見ると、ヒューマンはゆっくりと喋りだした。
「変だとは、思ったんだ。でもね、昨日抱かれて、はっきりわかった」
「………」
「キスは、そっくりだったよ。でもね、エルフはあんなに下手じゃないし、あんなに情熱的じゃない。ああ見えて焦らすタイプだし、
私がやり返したって、平気で続けられるしね。何より、エルフは私が大丈夫な日だって言ったって、絶対中には出さなかった」
エルフは何も言わず、黙ってヒューマンの言葉を聞いている。
「それにね、エルフはいっつも『ぼく』ってね、『く』にアクセントつけて言うんだよね。どんな時も。イきそうな時だろうと、
焦った時だろうと、戦闘中だろうとね。それがどうして、今では『僕』って、頭にアクセントつけて言う時があるのかなあ」
エルフは答えない。ただその顔に困惑の表情を浮かべているだけである。
「……一人しかいないよね。私と記憶が共有できて、エルフの真似も出来てさ」
ヒューマンはゆっくりと、懐に手を入れた。
「ねえ……そうでしょう?」
その手が、懐に隠し持っていたダガーを掴んだ。
「ノームっ!!!!!!」
腕が一閃し、小さな刃が一直線にエルフへ襲い掛かる。その瞬間、エルフは跳んだ。
足元を、ダガーが通過していく。しかし、その体は落ちることなく、空中に留まっていた。翼も持たないエルフが、空中に浮遊し、
ヒューマンを見下ろす。その顔には、表情はなかった。まるで、作られた人形であるかのように。
「私が死んでから……何があった!?答えろ!!」
「……それを知って、何になると言うんだい」
今までとまったく違う、抑揚のない声で、エルフの体が答えた。
「僕は、確かにエルフじゃない。だけど、この通り、僕は今までずっと、エルフとしてやってきたじゃないか」
「黙れ…!あんたは、一体何をした!?」
ふぅ、と息をつき、ノームは目を瞑った。
「……どうしても、聞きたいのかい」
答えは聞かなくてもわかっている。一つ、深い溜め息をつき、ノームは口を開いた。
「魔が、差したんだ。僕は、ずっと……君が、好きだった。愛してたんだ。だからあの時、戦闘が終わって……僕と……エルフが残った。
エルフは傷ついていた。あと一撃でも受ければ、命が危ないぐらいにね……魔が、差したんだよ」
「あんたが……あんたが、エルフをっ…!!!」
怒りに顔を歪めながら、ヒューマンは花を捨て、刀を抜いた。それを見ると、ノームは笑った。
「殺すのかい、僕を。エルフの体を持つ僕を。殺したところで、エルフは戻らないのに」
「黙れ黙れ黙れぇ!!!」
全身から凄まじい殺気を放ち、刀を構えるヒューマン。そんな彼女に、ノームは冷たい笑みを浮かべながら言う。
「君が望むなら、僕はずっとエルフになってあげる。ずっとエルフとして生きてあげる。それを、君はみすみす逃すと言うのかい」
「お前は、エルフじゃない!エルフを殺したお前を、生かしておく気はない!!!」
「そうか……残念だよ。僕も、もう戻る体はない。君が僕を殺すと言うなら…」
ノームは、ゆっくりと矢を番えた。
「僕は、君を殺す」
直後、ヒューマンが地を蹴り、空中のノームに切りかかった。さすがに反応は遅く、ノームは一瞬遅れて地面に降りる。
反撃の隙を与えず、ヒューマンは横に薙いだ。ノームは素早く身を伏せるが、返す刀で足を狙う。ふわりとノームは体を浮かせ、空中に
寝転がるようにそれをかわす。さらに切り上げると、ノームは体を上下反転させ、頭を下にしたまま弓を引き絞った。
ヒューマンが跳んだ瞬間、今までいた場所に矢が突き刺さる。続けて放たれた矢を、ヒューマンは刀で叩き折り、すぐに刀を振りかぶる。
直後、ノームは体勢を立て直し、サンダーを詠唱した。
エルフが使えるはずのない魔術。エルフが放ったものではありえないほど不正確な矢。その全てが、相手がエルフの姿を模した
偽者であることを語っていた。
サンダーを食らってよろめいた瞬間、エルフの顔にふと表情が戻った。
「ヒューマン、落ち着いてくれ!ぼくは君と争いたくない!」
「エ……エルフ…?」
が、その顔はすぐに消え、代わりに嘲笑めいた笑いが浮かんだ。
「どうだい、だいぶ板についただろう。さすがに二ヶ月以上も、真似を続けるとね」
ヒューマンの中に燃える怒りが、さらに激しく燃え上がる。
「ふざけるな…!」
「ヒューマン、どうしたんだい?そんな怖い顔はやめてくれ!」
「黙れぇぇぇ!!!!」
遊んでいる。死者を弄び、心を弄んでいる。ヒューマンの怒りは純然たる殺意となり、殺意はより鋭さを増した攻撃となって表れる。
連撃を避け切れず、ノームはいくつもの傷を負い、徐々に追い込まれていく。しかし、隙を見せれば即座に魔法が襲い掛かり、それは
確実にヒューマンを追い詰める。
だが、強烈な殺意が彼女を突き動かす。ノームが矢を放ち、地上に降りた瞬間、ヒューマンは思い切り刀を振りかぶった。
「食らえええぇぇーーー!!!」
白刀秋水を、全力で投擲する。それは回転しながら、一直線にノーム目掛けて襲い掛かった。
「くっ!」
矢を番えようとしていたノームは、慌てて弓でそれを弾く。だが、その隙にヒューマンは、自分の間合いまで距離を詰めていた。
ソックスに挟んでいた小刀を逆手に掴む。
ノームが矢を番える。体を反転させ、狙いを逸らす。
弓が軋む。その瞬間、腕を伸ばし、思い切り振り抜いた。
ドッ、と、鈍い音が響いた。
「うっ……がっ…!」
ノームの体が折れ、矢があらぬ方向に飛ぶ。見下ろした先では、小刀がヒューマンによって左胸に突き立てられ、赤い血がドクドクと
溢れ出していた。
一瞬、目が合った。ヒューマンの目を見つめ、ノームが弱々しく口を開いた。
「僕は……ただ…」
小刀を引き抜くと、支えを失ったノームはゆっくりと倒れた。開いた口から、血が溢れている。その口が、かすかに動いた。
「本当に……ごめん…………ヒューマン…」
消え入りそうな声で呟くと、その目から光が消えた。そして、全ての動きが止まる。
血を流すエルフの体。もうノームはいない。ノームも、エルフも、死んでしまった。それを見届けると、ヒューマンはその場に
へたり込んだ。
「……は……あはは…。本当に、これで終わりだぁ」
寂しそうに笑うヒューマン。小刀を握る手からは、まだ力は失せていない。
「でも、心配しないで、みんな」
ヒューマンの手が、ゆっくりと、小刀を振り上げた。
「ちょっと遅れちゃったけど……私も、すぐ……逝くから」
小刀が、自分の胸を目掛け、振り下ろされた。
「本当に、それでいいんだね?」
「はい。もう、決めましたから」
三ヵ月後。職員室の中で、ヒューマンはユーノと話していた。
「そうか。それじゃ、もう私が言えることはないけど、頑張るんだよ」
「はい。ありがとうございます」
「それにしても、担任としては寂しいね。教え子が減るってのはさ」
寂しそうな笑顔を浮かべるユーノに対し、ヒューマンも少し寂しげな笑顔を返す。
「でも、死ぬわけじゃありません。いつか、また会いに来ますよ」
「はは、そりゃ楽しみだ。でも……ほんと、頑張るんだよ。あんたの選んだ道は、やさしくなんかないかんね」
「はい。先生……今まで、ありがとうございました」
頭を下げると、ヒューマンは懐から生徒手帳を出し、ユーノに手渡した。
職員室を出ると、住み慣れた寮に向かい、一つにまとめられた荷物を持つ。部屋を出るとき、ちょっとだけ振り返り、寂しそうに笑った。
階段を下り、寮を出ると、そのまま校門に向かう。
校門の前に立つ。ここから一歩踏み出せば、そこはもう学校ではない。
後ろを振り返ると、今まで過ごしてきた学園があった。
結局、死に損ねてしまった。あの後、血糊で滑った小刀は彼女の心臓を突いてくれず、出血で気絶してる間に、たまたま通りかかった
パーティに救助されたのだ。もちろん、エルフの死体も回収されたが、当然の如くロストした。
軽く、溜め息をつく。そして、あの時のことを振り返る。
―――ノームは、本当にああするしか、なかったのかな。
改めて考えてみると、ノームはエルフを殺したと言うような事を言っていたが、あれは嘘だったのではないか。パーティの仲間を誰よりも
大切に思うノームが、そんな事をしたとは、とても思えないのだ。結果的に、エルフはロストすることとなったのだから、あながち
彼の言葉が間違っていたともいえないが。
全てが真実でもないが、全てが嘘と言うわけでもない。恐らく、真相はこうだったのだろう。あの時、ヒューマンが死んだ後、エルフも
戦いに耐え切れず、死んだ。最後に生き残ったノームは、つい魔が差してしまい、魂の抜けたエルフの体に入り込んだ。理由は、
きっと彼の言葉通り。
直後から、後悔はしていただろう。だからこそ、彼はエルフになりきるしかなかった。好かれているのは自分ではなく、自分の演じる
エルフであっても、ノームはそれを続けた。恐らくは、ヒューマンのためでもあり、エルフを死なせた罪滅ぼしのためでもあるだろう。
また、そうすることでしか、自分は愛されない。自分が愛する者の幸せのために、彼は自分を捨てた。相当複雑な思いだっただろう。
いずれにしろ許されないことではあるが、ノームもそれはわかっていたのだろう。考えてみれば、彼がノームとして喋ったとき、それは
ほとんどが、ヒューマンへの謝罪や気遣いの言葉だった。一時の気の迷いで仲間を死なせ、好きな人の恋人を奪ったという事実は、
ノームの心に重くのしかかった。
だからこそ、正体がばれたとき、彼は彼女に殺されることを望んだ。せめてもの罪滅ぼしとして、また彼女への最後のお詫びとして。
そうでなければ、あんな挑発は何の意味もなさない、むしろ自分に不利に働くことぐらい、彼もわかっていたはずだ。
しかし、自ら死を望んでいることを悟られれば、恐らくヒューマンは彼を殺せなかった。だからこそ、形だけの抵抗をして見せたのだ。
第一、本当に負けたくないのなら、ビッグバムやパラライズなど、もっと違う魔法を使えば簡単に勝てたはずだ。なのに、サンダーなど
比較的初級の魔法しか使わなかった辺り、元々勝つ気などなかったのだろう。
誤算だったのは、ヒューマン自身も死ぬつもりだったことだ。目が合った時、それを知って最後の言葉が出たのだろう。
『僕はただ――』その続きは推測するしかないが、彼の性格を考えれば、『君に詫びたかったんだ』辺りだろうか。
―――本当に、不器用なんだから。
せめて素直に詫びていれば、ここまでこじれることもなかったかもしれない。あるいは、彼が気の迷いを起こさなければ、エルフが
ここにいたかもしれない。しかし、全ては終わったこと。今更どうこう言っても始まらない。
もう、仲間はいない。恋人もいない。それこそ、彼女は全てを失った気分だった。しかし、今はそれもない。
―――でもノーム。あなたに一つだけ、お礼言うよ。
そっと、お腹に手を当てる。まだ何の感覚もないが、確かにそこに息づく命を感じる。
あの後、何度も死のうとした。だけど、死に切れなかった。そうこうするうち、妊娠が発覚した。それ以来、死のうという気は失せた。
たった一度の交わり。あの時の種が、根付いたのだ。魂の中身こそノームではあったが、これは紛れもない、エルフとの子供である。
彼はもういない。しかし、彼の血が受け継がれている。ならば、それを消すことは出来ない。
そして、彼女は退学を決意した。それなりにお金はあるし、体力には自信があるから、何とかなるだろう。
ユーノの言ったとおり、楽な道ではない。故郷を飛び出し、冒険家というやくざなものになった挙句、年端も行かない小娘が、
親もわからない子供を孕んで帰ってくるのだ。楽なわけがない。
それでも、彼女に迷いはなかった。どう足掻いてでも生きようという意志があった。この地を離れた瞬間から、その冒険は始まるのだ。
「入学するときより、緊張するな。でも、一人じゃ、ないもんね」
お腹に手を当て、そう話しかける。心なしか、少し気が軽くなった。
校舎に向かい、頭を下げる。それで、決意は固まった。
「いっきまーす!」
鼓舞するように言うと、ヒューマンは足を踏み出した。これから、始まるのだ。今までの冒険にも負けない、長い冒険が。
地下道よりも、学校よりも、もっともっと壮大な、彼女だけの冒険が。