彼女はエースだった。  
戦闘のためだけに生きるような種族、バハムーン。その力は強く、生命力は群を抜く。素早さや知力は劣るものの、吐き出すブレスが  
それを補って余りある威力を見せ付ける。  
他の仲間が、バットン相手に苦戦している時、彼女はデブガエルも一撃で切り捨てた。他の仲間が即死してもおかしくない攻撃を、  
彼女は容易く耐え抜いた。  
当然、誰もが尊敬の念を抱き、誰もが彼女を羨んだ。  
「すごいな、よくあんなの一撃で倒せるな」  
「すごい!あんな攻撃、私なら耐えられないよ!」  
そんな言葉に対し、彼女はいつもこう答える。  
「貴様らみたいな劣等種とは、格が違う」  
彼女にとっては、どれも当たり前。それすら出来ないのがおかしいのだ。だから、彼女は全ての仲間を見下し、軽蔑していた。  
自分が一番で、自分が最も優れている。彼女は本気で、そう信じていた。事実、そう信じても無理のない環境ではあったのだ。彼女以上の、  
あるいは同等の力を持つような種族はおらず、装備も貧弱な彼等の中では、彼女の攻撃力は群を抜いていたし、単純に敵の攻撃を耐え抜く  
耐久力も、無視できなかった。種族ゆえの力。力ゆえのエース。彼女はそれを、ずっと当たり前だと思っていた。  
パーティの仲間は、しばしば入れ替わった。力をつけていくごとに、必要な者とそうでない者が現れる。初めて除名されたのは、  
錬金術師のセレスティアだった。  
「君は、戦闘には向いてない。それに成長も遅い。君がこの先ついてくるのは、無理がある」  
彼を除名するとき、リーダーのヒューマンはそう言った。事実、セレスティアは誰よりも成長が遅く、攻撃もまともに当たらない。  
彼女としても、その意見には賛成だった。下等な種族がリーダーをしているのは鼻持ちならなかったが、先輩ということもあり、  
いつも黙って従っていた。  
除名を言い渡されたセレスティアは、少し寂しそうに笑って答えた。  
「リーダーの判断なら、従いますよ。それに、わたくしとあなた方では、どうやら求めるものが違うようです」  
負け惜しみだな、としか、彼女は思わなかった。それ故、この言葉も、彼女の中には残らなかった。  
錬金術師の代わりに、司祭のフェアリーが加入した。天使という、それなりに高等な種族がいなくなり、羽虫が加入した事に関しては  
非常に不快ではあったが、戦いには無関係なことと自分に言い聞かせ、彼女は従った。  
次に除名されたのは、盗賊のクラッズだった。  
「嫌だよぉ!どうして、せっかく装備も揃って、強くなってきたところなのに…!」  
「君がいなくても、魔法がある。魔法なら、罠の解除を失敗することはない。そもそも、罠の判別すら必要はない」  
「だ、だけど、アンチスペルゾーンだったらどうするのさぁ!?それだったら…」  
「諦めるまでだ。これで満足かい」  
それでもクラッズは嫌がっていたが、結果は変わらなかった。泣きながら寮に帰る彼を見ても、彼女は何も思わなかった。  
代わりになったのは、狩人のエルフだった。が、別に盗賊技能を期待されているわけではなく、盗賊学科の使う合体技、先手必勝が  
ほしいというだけのことだった。あとはせいぜい、扉の開錠にしか、彼は活躍しなかった。  
そうやって、何人もの仲間が入れ替わった。だが、彼女は依然として、パーティに残り続けた。  
彼女は、エースだった。  
 
少しずつ遠出をするようになり、少しずつ地下道に篭る時間も長くなる。今、彼女の仲間は当初とまったく違う面々になっている。  
戦士の彼女に、修道士のヒューマン、神女のクラッズが前線を張る。後ろには狩人のエルフに、僧侶に転科したフェアリー、超術士の  
ノームという編成である。ヒューマンとフェアリーとノームは全学科の魔法を使え、クラッズとエルフも魔術師学科を経験している。  
魔法がまったく使えないのは、今やバハムーンただ一人である。それでも、彼女は前線で戦い続けていた。彼女の代わりは、どこにも  
いなかったのだ。  
というより、彼女はいないと信じていた。  
ある日、ヒューマンがみんなを集めた。それは、パーティに何か動きがあった時にする事だった。  
寮に集まると、ヒューマンの隣には、フェルパーの女の子が立っていた。  
「みんな、わかってると思うけど、入れ替えだ。この子は侍学科をやってる」  
「それで、今回は誰が除名だと?」  
まったく無防備にそう尋ねると、ヒューマンは鋭い視線を向けた。  
「君だよ、バハムーン」  
「……私が?」  
内心、バハムーンはひどく驚いていた。が、それをおくびにも出さず、表面的には平静を装う。  
「一応、理由を尋ねておこうか?」  
「今までは、君の代わりがいなかった。これからは、この子が代わりになる」  
「そいつが、私の代わりになれると言うのか」  
鼻で笑いながら言うと、フェルパーは少しムッとした顔をして見せた。が、ヒューマンが代わりに答える。  
「代わりどころか、それ以上になると思うけどね。最近、君はまともに攻撃したことがあるか?」  
「………」  
「ないだろう?大抵の敵は、フェアリーが開幕と同時に片付けてくれる。そうでなくとも、クラッズが捨て身で倒してくれるし、残した  
相手だって、エルフと俺で片付けられる。ノームはいざという時、すぐに魔法壁張ってくれる。そうして見ると、君は一体何の役に  
立つんだ?魔法も使えない、動きも遅い、ブレスより魔法の方が強力。おまけに、仲間の和を乱す……わかるかい?」  
ヒューマンはバハムーンの目を見据え、はっきりと言った。  
「お荷物なんだよ、君は」  
さすがに、この言葉は応えた。動揺を外に出さないようにするだけで精一杯だったが、それでもバハムーンは平静を装った。  
「…………そうか。貴様がそこまで言うなら、抜けてやろうじゃないか。だが、そこまで言われた以上、例えその劣等種が使い物に  
ならなかったとしても、私は戻らんぞ」  
その言葉に、ヒューマンは鼻で笑った。  
「誰が、わざわざ呼び戻すかってんだよ。君以上の活躍をしてくれると、俺は思ってるけどね」  
「はっ!せいぜい、無駄な期待を裏切られないように祈っているんだな」  
その日以来、彼女はパーティを抜けた。しかし、彼女はそう重く考えてはいなかった。  
自分の代わりなど、できるわけがない。そのうち、あいつらも自分が間違ってたと知るだろう。  
そうなると、彼女は本気で思っていた。そんなわけで、彼女は寮での生活を、少し長めの休み程度に考えていた。  
寮にいると、しばしば昔の仲間と出会った。その中でも、最初に脱退したセレスティアとはよく会った。  
「やあ、バハムーンさん。お変わりありませんか?」  
「貴様か。別に変わった事などない」  
「ですが……あなたも、でしょう?それで変わりないとは、とても思えないのですが…」  
「私は、貴様らとは違う。一緒にしないでもらおうか」  
会ったからといって、何か特別なことがあるわけでもなく、万事こんな調子であった。  
「そうですか。では、何かあったら、言ってくださいね。わたくしとあなたとは、同じパーティを組んだ仲間ですから」  
その優しい言葉も、彼女の中には残らなかった。自分は他の奴等とは違うと、本気で信じていたのだ。  
 
元のパーティの噂は、彼女の耳にも届いていた。あれ以来、彼等は破竹の勢いで地下道を制覇し、今では彼女の知らないところにまで  
足を踏み入れているというのだ。最初、彼女は信じられなかった。しかし、至る所でその噂は聞かれ、どうやらそれが本当らしいと  
気付く。おまけに今、彼女の前には、リーダーであるヒューマンがいた。  
「おう、しばらくぶりだな」  
「貴様か。今はハイントにいるそうだが、噂は本当か」  
そう尋ねると、ヒューマンは軽蔑した眼差しを送る。  
「お前が抜けて以来、パーティがうまく回るんでね。ようやく、理想形になったと思ってるよ」  
「………」  
「あの子はしっかりやってるよ。今じゃフェアリーと並んで、雑魚殲滅のエースだ」  
「ふん、頂点が並び立つとは、おかしなものだな」  
「そうでもない。やり方が違うんだからな。ま、一つだけ言えるとしたら…」  
ヒューマンはまた、軽蔑した不快な視線を送る。  
「あの二人と比べりゃ、お前は相手にもならないってことぐらいだな」  
「……何だと?」  
「おおっと、学校内で揉め事はごめんだぞ。俺が手を出さなけりゃ、お前が退学させられる程度で済むかもしれないけどさ」  
馬鹿にしきった口調でいい、ヒューマンは寮へと歩き出した。  
「んじゃな。俺はお前と違って、探索の準備があるから」  
その後ろ姿を、苦りきった表情で見つめ、見えなくなるまで見送ってから、ようやく歩き出す。  
学食に着くと、ちょうど入れ違いの形でセレスティアに出会った。  
「おや、バハムーンさん。何かあったのですか?」  
「いきなり何を言う」  
「いえ、顔色が優れないように見えたので」  
他人に顔色を悟られるなど、今までにないことだった。それが、バハムーンに大きな不快感をもたらす。  
「ふん。他人の顔色を窺って生きるような劣等種が。貴様とかかずらっている暇などない」  
「そんな、バハムーンさん」  
怒ったりせず、むしろ悲しげに声をかけるセレスティアを無視し、バハムーンはさっさと学食の中に入ってしまう。  
気持ち程度に栄養のバランスを取り、あとは完全な好みで食品を選び、席に着く。  
「……何をしている」  
「わたくしも、ご一緒しようかと思いまして」  
さっき学食を出ようとしていたセレスティアが、目の前に座っていた。  
「貴様はもう食っただろう。出て行け、食事の邪魔だ」  
「なら、デザートでも取ってきましょう」  
そう言って彼が席を立った瞬間、バハムーンは素早く席を替えた。これでゆっくり食事が出来るかと思い、ステーキに口をつけた瞬間。  
「ここの方がよかったですか。確かに、窓際は何となく、気分がいいものです」  
「………」  
すぐに見つかった。歯軋りと共に肉を噛み潰すと、セレスティアは穏やかな笑顔を向けた。  
「あなたの巨体は、目立ちますから」  
「食うなら黙って食え!」  
腹立たしげに怒鳴り、バハムーンはステーキを豪快に食いちぎる。その正面で、セレスティアはのんびりとアイスクリームを食べている。  
その時、食事をする二人のところへ、一人のドワーフが近づいてきた。何となく、まだこの学校に慣れていないようだった。  
「先輩、探しましたよ〜」  
「おや、どうしました?また、何か練成でも?」  
セレスティアが柔らかな笑顔を向けると、ドワーフはホッとしたような笑みを浮かべた。  
「その、これ、分解してほしいんです」  
「ハーフパンツですか。新しい防具が、手に入りましたか?」  
「ううん、まだです。でも、これ分解したら、ジャージ作れるんですよー」  
なんと低級な会話かと、バハムーンはうんざりした気分で思った。ただでさえ、セレスティアのせいで食事がまずいのに、こんな奴まで  
来ては、たまったものではない。  
 
「おい、貴様ら。そんな事はよそでやれ。劣等種同士の会話など、聞いてて飯がまずくなる」  
その棘のある口調に、ドワーフは少し驚いたように振り返った。  
「……先輩、この人は先輩のお友達ですか?」  
「ええ、以前一緒にパーティを組んでいたんですよ」  
「そうですかあ。強そうですもんね。それなら、私の話なんか、聞いててもつまらないですよねー」  
わかっているのかいないのか、ドワーフはそう言って屈託なく笑った。その間に、セレスティアはハーフパンツを分解し、できたものを  
ドワーフに手渡す。  
「はい、どうぞ。ところで、ジャージの材料は持っているんですか?」  
「はい〜。分解してもらったら、すぐ作ろうと思って」  
「それなら、せっかくです。わたくしが作りますよ」  
「いいんですかあ!?それじゃ、お願いしますー!」  
結局、二人とも黙ってはくれなかった。ただでさえまずい食事が、どんどんまずくなっていく。セレスティアは何度か分解と練成を  
繰り返し、やがて普段より出来のいいジャージが出来上がると、それをドワーフに渡した。  
「サービスですよ。これなら、しばらく使えるでしょう」  
「わーい!先輩、ありがとうございます!……でも、その、今日は分解してもらう分のお金しか、ないんですけど…」  
「ですから、言ったでしょう?それはサービスです。お代はそれで結構ですよ」  
「ほんとですかぁ!?先輩、本当にありがとうございます!」  
嬉しそうに言うと、ドワーフはごく僅かな金額をセレスティアに渡す。おにぎり一つすら買えないような、本当にささやかな金額だった。  
ジャージを受け取り、ドワーフが大喜びしながら行ってしまうと、セレスティアは軽く息をついて、バハムーンを見つめた。  
「バハムーンさん。確かにあなたから見れば、わたくし達など取るに足らない存在かもしれません。ですが、そのような態度は、あまり  
感心できませんよ」  
「ふん。劣等種を劣等種と言って、何が悪い」  
「ふう……わかってもらえないのは、残念です」  
悲しげに言うと、セレスティアは席を立った。  
「ですが、バハムーンさん。わたくし達には、出来ることと出来ないことがあります。それは、あなたも同じですよ」  
「貴様、何が言いたい」  
「動きの速さは、あなたはどちらかといえば鈍い。知力や信仰心も、あるわけではない。それに関しては、明らかに、他の種族より、  
『劣っている』んですよ」  
思わず、バハムーンは右手のナイフを握り締めていた。が、セレスティア相手ということで、辛うじて自制心が働く。  
「……さっさと帰れ。これ以上うるさい口をきくなら、貴様とて容赦はしないぞ」  
さして気にする風もなく、セレスティアは肩をすくめた。  
「わかりましたよ。ですが、もしわたくしが必要なことがあれば、いつでも呼んでください。できる限り、力になりますよ」  
「帰れと言っている!今貴様に望むことはそれだけだ!」  
セレスティアは何も言わず、食器を下げると部屋に戻って行った。それを見届けてから、バハムーンは食事の続きを食べ始めた。  
今までに味わったことがないほど、まずい食事だった。  
 
あれ以来、バハムーンは機嫌が悪かった。ヒューマンのあの台詞に、セレスティアの追い討ちである。毎日ひどくイライラし、周囲に  
当り散らしたくなるほどに腹立たしい。  
そんな折、彼女はふとフェルパーを見つけた。自分の代わりとなって、パーティに加入した、あのフェルパーである。  
「おい、貴様」  
呼びかけると、フェルパーの尻尾がぼさっと逆立つ。そして、おどおどした目でじっとバハムーンを見つめてきた。  
こんな奴に、自分は劣ると言われたのだ。そのことが、バハムーンの神経をさらに逆撫でする。  
「ずいぶん活躍しているそうだな」  
「先輩……あの、私は…」  
「……貴様のような奴に、この私が劣るというのか…!?」  
低い声で呟くと、フェルパーはさらに不安そうに耳を伏せる。そんな彼女に、バハムーンははっきりと言った。  
「ちょうどいい、一本手合わせ願おうか」  
「え…?」  
「貴様になど、この私が負けてたまるか!この目で、貴様の実力を見るまでは、私は認めんぞ!」  
その言葉に、フェルパーは一転して面倒くさそうな目を向けた。  
「い、嫌です……どうして、わざわざそんなこと…」  
「負けるのが怖いのか」  
「ち、違いますよ!……じゃ、いいです、やりましょう。体育館でいいですよね?」  
二人は連れ立って体育館に向かい、練習用の木剣を手に取る。バハムーンは大型の両手持ち剣、フェルパーは刀の二刀流である。  
「じゃ、いきますよ?」  
「言われるまでもない!」  
言うが早いか、バハムーンは猛然と打ちかかった。体の動きこそ遅いものの、その一振りは凄まじく速い。当然、確実に捉えたと思った。  
が、フェルパーは信じられないほどの速さで飛びのき、かと思う間もなく、両手の木刀を振りかざして襲い掛かった。  
一本は何とか受け止めた。しかし、同時に振られた二本目は防げず、がら空きの首元を狙われた。しかし、剣はそこで止まる。  
「貴様、どういうつもりだ!?」  
「どうって……真剣だったら、先輩、もう死んでます。先輩の負けですよ」  
「ふざけるな!私がその程度で死ぬと…!」  
「だから、私の刀は簡単に首刎ねられるんですよ。いくら先輩だって、死にますよ」  
ギリッと、バハムーンの歯が鳴る。直後、彼女はあろうことか、体育館の中で真剣を抜いた。  
「なら、証拠を見せてみろ!木剣など、実戦とは太刀行きの速さも重さも違う!真剣で、貴様に同じ動きが出来るか!?」  
「何考えてるんですか!?真剣道部でもないのに、学校内で刀抜くなんて!」  
「責任なら私が取ってやる!貴様も抜け!」  
フェルパーは苛立たしげな溜め息をつくと、しょうがないというように刀を抜いた。  
「いいですけど、結果は変わりませんよ。むしろ、真剣なら私の方が、ずっと有利です」  
興奮気味に尻尾を揺らめかせ、今度はフェルパーから仕掛ける。右の刀を受けると、チィンと激しい金属音と共に、真っ白な火花が  
飛び散る。続いて振られた左の刀を、バハムーンは剣の柄で受け止めた。その隙を逃さず、バハムーンは剣を思い切り薙いだ。が、  
やはり捉えたはずのフェルパーは姿を消し、直後、お互いの吐息がかかるほどの距離に彼女の顔が現れた。  
「……また、勝ちです」  
首筋に、冷たい金属の感触。いつの間にか、フェルパーは刀を逆手に持ち直し、バハムーンの首の前で交差させていた。  
本当に殺す気だったら、首が落ちなくとも頚動脈を切られていただろう。  
「もう、満足ですか?私、もう疲れてるんで、これぐらいにして欲しいです」  
刀を納め、悠々と歩き去るフェルパー。それでも、バハムーンはまだ認められなかった。  
「まだだぁ!まだ、全力を出し切ったわけじゃない!」  
直後、バハムーンはフェルパーに向かってブレスを吐きかけた。フェルパーはギョッとした顔でそれを見ると、咄嗟に刀を抜いて顔を  
庇った。ブレスが消えると、フェルパーは怒りに満ちた目でバハムーンを睨みつける。  
「いい加減にしてください!だから、先輩は嫌われるんですよ!何でもありなら、先輩なんか百人束になったって勝てません!」  
フェルパーは刀を交差させ、素早く詠唱した。  
「パラライズ!」  
「なっ……う、ぐっ…!」  
たちまち全身が痺れ、バハムーンは剣を取り落としてその場にうずくまった。そこに、フェルパーがゆっくりと歩み寄る。  
 
完全に相手を見下した目で、フェルパーはバハムーンを睨む。そして、刀をゆっくりと振り上げ、思い切り突き下ろした。  
「うっ…!」  
ダンッと大きな音が響く。思わず目を瞑ったバハムーンが、恐る恐る目を開けると、目の前の床に刀が突き刺さっていた。  
「これで満足ですか?それとも本当に死ななきゃわかりませんか?さすがに先輩だって、もうわかりますよねえ?」  
悠然と刀を抜き、フェルパーは尻尾でバハムーンの顔をべしべしと叩く。  
「弱いんですよ、先輩は。そのくせ傲慢で、自分が一番強い気になって。だから、除名されたって言うのに、な〜んにもわかって  
ないんですね。頭も弱いうえに力も弱いなんて、ほんっと、使えないですよね、先輩は」  
刀を鞘に収めると、フェルパーは汚い物を砂で埋めるように、足を後ろにザッザッと蹴り上げる。  
「いい加減わかりましたよね?もう二度と、顔見せないでください。不愉快ですから」  
何一つ言い返せないまま、フェルパーは行ってしまった。  
体育館の中、一人取り残されたバハムーンは、麻痺した体で必死に涙を堪えていた。もう、どうしたって認めざるを得なかった。  
負けた。完膚なきまでに、叩きのめされた。あまつさえ、『弱い』と言われ、罵られ、殺されるべき場面で情けをかけられた。  
恥ずかしかった。悔しかった。いっそ死んでしまいたいほどに、悲しくてたまらなかった。  
そんな彼女に、一つの影が近づく。フェルパーが止めを刺しに戻ってきたのなら、どんなにいいかと、彼女は思っていた。  
「大丈夫ですか、バハムーンさん?」  
心配そうな、柔らかで優しい声。顔を見るまでもなく、それは誰だかすぐにわかった。  
「少々お待ちを。体は、少しでも動かせますか?」  
「………」  
「動かせませんか。では、仕方ないですね」  
顔を上げれば、涙がこぼれそうだった。そのため、バハムーンはただ、何も言わずに顔を伏せていた。が、不意にセレスティアが、  
彼女の顔を上げさせた。  
「ゆっくり、飲み込んでくださいね」  
「ん……んっ!?むっ、ぐっ!?」  
突然唇を重ねられ、バハムーンの頭は一気に混乱した。一体この男は何をしているのか。何を考えているのか。その前にどうして  
こうなったのか。  
口移しで、何か苦いものが流れ込んでくる。そんな物を飲み込みたくはなかったが、言うことをきかない体は、条件反射的にそれを  
飲み下す。すると、少しずつ麻痺が薄れ、体の自由が利くようになってきた。口の中の物を全部移すと、セレスティアは素早く離れた。  
「いきなり、唇を重ねた非礼はお詫びします。ですが、こうしなければ使えなかったもので、どうぞお許しを」  
「………」  
混乱が収まってくると、麻痺消しを使ってくれた事に対するお礼よりも先に、フェルパーに負けた悔しさが蘇ってくる。何とか  
立ち上がり、しかしずっと俯いていると、セレスティアはバハムーンに優しく手を差し伸べた。  
「とりあえず、戻りましょう。お部屋まで、ご一緒しますよ」  
一瞬、その手を取りかけた。だが、言いようもない強い不快感に襲われ、バハムーンはその手を打ち払った。  
それでも、セレスティアは優しい笑顔を崩さなかった。強く打たれた手を押さえることもせず、そのまま静かに手を引くと、黙って先を  
歩き始める。何も言わないまま、バハムーンは剣を拾い、その後について行った。寮に戻り、階段を上がり、部屋の前まで来たところで、  
セレスティアは立ち止まる。  
「それでは、わたくしはこれで。どうか、今日はゆっくり休んでください」  
「………」  
「それから……もし、何かあれば、何でも言ってください。わたくしが出来ることであれば、いつでも力になりますよ」  
最後にもう一度、優しい笑顔を向けてから、セレスティアは去って行った。その背中を見えなくなるまで見送ってから、部屋に入る。  
剣を放り投げ、ぺたんと床にへたり込む。  
自分はエースだったのだと、彼女は思った。  
誰も敵わない力、屈強な体力。それが彼女のプライドの全てであり、同時にエースたる所以だった。  
ずっと、あのパーティにいるのが当たり前だと思っていた。力ゆえに、その居場所は揺ぎ無いものだと思っていた。  
今、それは崩された。プライドを粉々に打ち砕かれ、自分の居場所であった場所には、既に別の者が居座っている。  
もう、居場所はないのだ。帰る場所など、どこにもない。彼女はもう、あのパーティに戻ることは、永遠にないのだ。  
その日初めて、バハムーンは泣いた。  
声を押し殺し、涙をポロポロ流しながら、一日中、泣き続けていた。  
彼女は、エース『だった』のだ。  
 
居場所がないと悟ってしまうと、学園生活は退屈だった。今更、他のパーティに所属する気も起こらず、またそんな誘いもなく、  
無為に過ごす日々はひどく退屈である。だらだらと日々を過ごし、たまに思い出したように鍛錬をし、食事をして寝る。ショックから来る  
無気力も、その退屈さに拍車をかけていた。  
相変わらず、セレスティアはよく見かけた。この時はもう一人、知った顔が一緒にいた。  
「鉄くず、破れた兵士服……と、タルワールですね」  
「そっかぁ、ありがとう。鑑定までしてもらっちゃって、ほんと助かるよ〜」  
「いえいえ。あなたとは、一緒に旅をした仲です。これぐらい、当然ですよ」  
ニコニコと笑顔を振りまくクラッズ。あの時、ずっと泣いていた姿が嘘のように、幸せそうな笑顔だった。  
そう思ってから、すぐに違うと思い直す。あの笑顔が、彼の本来の顔なのだ。よくよく思い返してみれば、彼はいつもあんな笑顔を  
浮かべていた。ただ、昔の彼女は、彼のことなど眼中になかったのだ。それで、初めて彼をよく見たのが、彼が除名される日だったという  
だけの話である。  
クラッズが行ってしまうと、バハムーンはおずおずとセレスティアに近づいた。  
「おや、バハムーンさん。ご機嫌、いかがですか?」  
「……あいつ……また、探索に行ってるのか…?」  
「ええ、そのようですよ。ただ、もうあんな悲しいのは嫌だと言うことで、一人で頑張っているようです」  
そう言うと、セレスティアはやるせない表情を浮かべた。  
「まあ、わからないでも、ありません。彼は本当に、パーティの仲間が、大好きでしたからね」  
今では、彼女もその気持ちが何となくわかった。彼とはまた違うであろうが、彼女もあのパーティが、自分の居場所だと信じていたのだ。  
「あなたは、どうです?ホルデア登山道や、パルタクス地下道なら、そんなに危険もありませんよ」  
「……お前は、どうなんだ。お前こそ、探索には行かないのか」  
すると、セレスティアは静かに笑った。  
「小額ながら、錬金でお金を頂いてますからね。日々の食事にも困りませんし、募金することで、それなりに力もつけられるのですよ」  
「……だが、実戦に出なければ、勘が鈍る。だから…」  
「ふふ。それは、あなたもでしょう?」  
そう言われてしまうと、バハムーンは何も言い返せなかった。たちまち、バハムーンの顔が不快そうに歪み、セレスティアをキッと睨む。  
「だ、黙れ!一番早くに除名されて、最も経験を積んでいないお前になど、言われたくはない!」  
バハムーンの棘のある言葉にも、セレスティアは優しい笑顔で応える。  
「言い換えれば、最も早く、挫折を経験しているのですよ、わたくしは。だからこそ、言える言葉もあるのです」  
「それは、そのっ……お、お前の言うとおりかもしれんが…」  
言葉に詰まってしまったバハムーンを見て、セレスティアはおかしそうに笑った。  
「な、何がおかしい!?」  
「ふふふ。いえ、変わったなぁと、思いまして」  
「だ、誰がだ」  
「あなたが、ですよ。ふふ、以前なら、わたくしの言葉など、全て否定したでしょうに」  
「……う、うるさい!くそっ、やはり劣等種などと関わると、ろくな事がない!私はもう帰る!」  
大股で部屋に向かうバハムーン。その背中を、柔らかな声が追いかけた。  
「確かに、あなたは素晴らしい方です。祖先も高等な存在で、わたくしとは次元の違う存在です。たった一人で生きる力もあるでしょう。  
ですが、だからといって、誰かに頼ってはいけないということは、ありませんよ。本当に辛くなったら、いつでも、頼ってください」  
「……うるさいっ!そんな真似、誰がするかっ!」  
振り返らずに怒鳴ると、バハムーンはもう振り返ろうともせずに、部屋に戻ってしまった。  
 
探索に行く気も起きないまま、さらに数日が経過した。最近そのおいしさに目覚めたホットケーキでも買おうと購買に向かう途中、  
何やらセレスティアが慌てた様子で飛んでくるのが見えた。その様子を見る限り、どうやらただ事ではないようだ。  
「セレスティア、どうした?何かあったのか?」  
すると、セレスティアは地面に降りて急ブレーキをかけ、切羽詰った顔で口を開いた。  
「ああ、ちょうどいいところに!やはり、天はお見捨てにならないでいてくれたのですね!」  
「御託はいい。何があったかと聞いている」  
「お願いです、バハムーンさん!わたくしと一緒にカウサ地下道に行ってください!」  
「カウサ?あんな所に、一体何があると言うのだ?」  
セレスティアの顔は、いよいよ切羽詰ったものになっていく。  
「この間会ったドワーフさんを、覚えていますか?彼女は一人で探索をしているのですが、さっき戻った生徒が、カウサ中央で  
ダイオウバサミに襲われる、彼女らしき人物を見たというのです!」  
「……死ぬのも経験だ。死んだら保健室に頼めばいいじゃないか」  
「あなたは、助けられるかもしれない人物を、見捨てるというのですか!?」  
あまりの剣幕に、さすがのバハムーンもつい気圧されてしまった。  
「あ、いや、その、そういうわけでは……ええい、仕方ないな!わかった、行ってやる!」  
「よかった、助かります!実は、わたくし一人では、心細かったのですよ。ですが、あなたとなら安心です」  
そう言われると、悪い気はしない。最初こそ自棄で言った言葉だったが、快く行ってやることにする。  
パルタクス地下道に入ると、とても懐かしい気がした。そもそも、こんな初級の地下道に来ること自体、入学直後以来、滅多になかった。  
しかし、のんびりしてはいられない。それこそ、あっという間にパルタクス地下道を抜けると、二人は休む間もなくカウサ地下道に  
飛び込んだ。中央に辿りつくと、遠くで誰かが戦っている音がする。  
「聞こえましたか、バハムーンさん!?」  
「ああ、行くぞ」  
二人は揃って駆け出した。扉を抜け、マップの中央付近まで来ると、音はいよいよ大きくなる。そして、水溜りの中に、彼女はいた。  
「ドワーフさん!」  
「せ、先輩〜ぃ!」  
既に全身傷だらけのドワーフが、涙声で叫ぶ。だが、顔には僅かに安堵の色が見て取れた。  
「バハムーンさん、いけますか!?」  
「ふん、誰に口を利いている!?行くぞ!」  
いばらの鞭を振りかざし、セレスティアが仕掛けた。しかし、既に何度かの復活を果たしたらしいダイオウバサミは、その一撃をあっさり  
かわしてしまう。それどころか、新たに飛び込んできた標的に、巨大な鋏の狙いを合わせた。  
だが、その鋏が攻撃に使われることはなかった。突如襲い掛かった炎に、ダイオウバサミは両腕を使って顔を庇う。  
「下がっていろ!貴様らが敵う相手ではない!」  
素早く両者の間に飛び込み、バハムーンは剣を構えた。確かにブレスは効いたはずなのだが、その傷は一瞬にして回復している。  
ダイオウバサミの腕が迫る。それを飛びのいてかわし、腕を切り落とす。しかし、やったと思ったのも束の間。たちまち鋏が再生し、  
再び襲い掛かってくる。  
一瞬反応が遅れ、胸元をざっくりと切り裂かれる。それに構わず、今度は背中に剣を突き立てる。が、やはりその傷は回復し、  
ダイオウバサミは何事もなかったかのように襲ってくる。  
この敵は速攻で片をつけるしかない。しかし、それを為すには暇がない。最初は余裕のあった彼女も、少しずつ追い詰められてくる。  
―――何とか時間を稼げれば……しかし、どうやって…!  
その時、ドワーフとセレスティアが彼女の隣に立った。  
 
「おい、貴様ら…!」  
「一人で勝てる相手では、ないのでしょう?ですから、お手伝いしますよ」  
「ふざけるな!どうして私が、貴様らの手など…!」  
「ごめんなさい、先輩!でも、私も役に立ちたいんです!どうか、一緒に戦わせてください!」  
断っても、無理に参加してきそうな雰囲気であった。少し迷って、バハムーンは口を開く。  
「……なら、僅かな時間でいい。あいつの気を逸らせ」  
「わかりました!」  
全員が、武器を握り直す。ダイオウバサミが、体勢を整える。  
「セレスティア、気をつけろ。助けに来たお前が死んでは、笑い話にもならん」  
「わかっています。では、参りましょう!」  
セレスティアが宙を舞い、上から鞭を浴びせた。ダイオウバサミがそれに気を取られた瞬間、ドワーフが迫る。そうして二人が  
交互に攻撃している間に、バハムーンは静かに精神を集中した。神経を研ぎ澄ませ、全身の感覚を意識し、僅かな動きすらも制御する。  
筋の一本までもを精神の支配下に治めると、バハムーンはゆっくりと構えた。  
「さあ、どけ!この勝負、もらったぁ!」  
剣を振りかざし、バハムーンはダイオウバサミに襲い掛かった。初太刀でダイオウバサミの殻を砕き、さらに続く攻撃が、殻に  
守られていた体を切り裂く。その傷口に、バハムーンは剣を振り上げた。  
「でえええぇぇぇい!!!」  
渾身の気合と共に、体を真っ二つに叩き切る。さすがに体を直接斬られてはたまらず、ダイオウバサミはビクンと痙攣し、ついに  
その動きを止めた。  
「すごい……さすが、バハムーンさんですね。お見事でした」  
「先輩、すごいですー!私、先輩のこと尊敬します!」  
「ふん。これぐらい、出来て当然だ」  
そうは言っても、久しぶりに聞いたその言葉は、純粋に嬉しかった。失いかけていた自信が、少しずつ蘇ってくる。  
そこでふと、セレスティアが真顔になり、ドワーフに厳しい視線を向けた。  
「それにしても、どうしてあなたはあんな事をしていたのですか。もう少しで、手遅れになるところだったんですよ」  
「あ……ご、ごめんなさいー…。でも、その、急に目の前に出てきて、逃げられなくってぇ…」  
「だから、煙玉と帰還札ぐらい用意しておくべきだと、あれほど言ったでしょう?」  
「ごめんなさーい、気をつけます…」  
「……まあ、いいでしょう。とにかく、あなたが無事で、本当によかった。それに、あんな強敵相手に、よく頑張りましたね」  
優しい笑顔を向けるセレスティア。嬉しそうな顔をするドワーフ。  
それを見ていると、バハムーンの胸に、よくわからない感情がもやもやと湧き上がってきた。何だか、とても不快だった。しかし、そんな  
感覚は初めてで、それが一体何なのかを悟るまでには、かなりの時間を要した。  
そして、それを認めるまでには、さらに長い時間を要した。ドワーフを部屋に送り、セレスティアと別れ、部屋で一人になってから、  
彼女はようやく、それを認めた。  
「ふ、ふん……らしくも、ない…!」  
ドワーフと親しげに話すセレスティア。彼の言葉に嬉しそうなドワーフ。その姿を見て、彼女は嫉妬していたのだった。  
 
一度認めてしまうと、それに馴染むのは非常に早い。  
探索に出ない日々も、パーティの居場所がなくなったことも、ホットケーキのおいしさも、すぐに当たり前になってしまう。そしてまた、  
今ではセレスティアに対する気持ちが、どんどん大きくなっていた。  
自分以外の相手と親しげにしていると、つい嫉妬してしまう。相手が後輩だろうと、ただの練成を頼むだけの相手であろうと、また  
元仲間のクラッズであっても、親しく話しているのを見るとつい嫉妬してしまった。そのせいもあって、今では彼女とセレスティアが  
話す機会は、以前よりずっと多い。できればずっと、自分とだけ話していてほしいと思うほどである。  
他愛のない話をし、一緒に食事をし、思い出話に花を咲かせ、たまに練成を頼みに来る相手に、帰れ帰れと負のオーラを放つ。  
しかし、そんな彼女に対して、セレスティアはいつもと変わらぬ振る舞いを続けていた。他の大勢に対するのと同じように、優しい  
笑顔を見せ、柔らかい口調で話し、誰とも分け隔てのない扱いをする。  
それが彼の魅力でもあるのだが、同時に物足りない部分でもあった。  
思えば、彼はどんなにひどいことを言おうと、またどんなに冷たくしようと、常に側で自分を支えてくれていたのだ。そんな彼に、  
いつしかバハムーンは惹かれていた。なのに、そうさせた彼はいつもと変わらないのだ。それが嬉しくもあり、もどかしくもあり、  
しばらくの間、バハムーンは悶々とした日々を送っていた。  
何か一つぐらい、お礼をしたい。かと言って、それを自分から言い出すのはプライドが許さない。だが、何かしなければ気が済まない。  
だけど口に出せば安っぽくなる気がする。でも一緒にいたい。けど恥ずかしい。  
そんな思いがぐるぐる回り、以前とはまた違った不快感がバハムーンの中を満たしていく。できれば、セレスティアの方から何かしらの  
行動を起こしてくれると嬉しい。しかし、彼にそんな気配はなく、また、よく考えるまでもなく、彼にそういうことは望めないとわかる。  
想いはどんどん強くなり、それが抑えきれないのではと思うほどに膨れ上がっていたある日。  
二人は学食で、一緒に昼食を取っていた。セレスティアはいつものように先に食べ終えてしまい、水を飲みながらバハムーンが  
食べ終えるのを待っている。バハムーンの方は、ようやくデザートのホットケーキを食べ始めたところである。  
「最近は、あなたの顔も、だいぶ明るくなりましたね」  
ふと、セレスティアがそんなことを言った。  
「パーティから脱退した直後は、それは暗い顔でした。ですけど、今のあなたを見る限り、もう大丈夫そうですね」  
その口ぶりから、お別れだとでも言うのかと思い、バハムーンはそっとセレスティアの顔を窺う。すると、セレスティアはハッとした  
顔をし、慌てて言葉を継いだ。  
「いえ、別にわたくしが退学するとか、そんな話ではありませんよ。ただ、以前のあなたは、それはもう見ていて心配になるほど、  
落ち込んでいたように見えたのですが、今はもう、そんな心配とは無縁のようですね、と。そう、言いたかったのです」  
「そうか、それを聞いてホッとした」  
ようやく、口の中にホットケーキの味が戻ってくる。再び手を動かし始めると、またセレスティアが口を開いた。  
「それでも、この先色々な事が、ないとは言えません。ですから、今までと変わらず、もし何かあったら、遠慮なく言ってくださいね。  
出来うる限り、力になりますので」  
この言葉は、以前からよく聞くものだった。バハムーンの中に、ちょっとした疑問が芽生える。  
「お前は、そんなに頼られたいのか?」  
「ん〜、そうですねえ。頼ってもらえると、嬉しいという気持ちはありますよ。それに、わたくしが誰かのためになれるのなら、それは  
とても喜ばしいことです」  
そんなものなのか、と、バハムーンは思った。同時に、彼女の中で、その言葉を都合のいいように解釈してしまおうという心が生まれる。  
穏やかな笑みを浮かべるセレスティアを、正面から見据える。その真面目な視線に気付き、セレスティアは表情を改めた。  
「どうか、したのですか?」  
「……誰かのためになれるなら、何でもするんだな?」  
「もちろん、できることであれば、ですけど」  
「そうか。なら……その、あれだ。あの、あれだ。えー、その……そう、でもだ。私は、そんな、誰かの力を借りるということは、あまり  
したくない」  
「そうですか…」  
セレスティアが残念そうに息をついてしまい、バハムーンは大慌てで言葉を継ぐ。  
 
「いやっ、だからなっ!?その、え〜〜〜〜……そう!誰かの力を借りたなんて、知られたくないんだ。だから……だから、え……と、  
そ、そうだ!人目に、ついてほしくないわけだ!だから……その〜……よ、夜に、な?私の、な、その、へ、部屋に、きて、くれないか?」  
真っ赤になりながら、つっかえつっかえ何とか言い終えると、セレスティアは何の疑いも持たない、純粋な笑顔を見せた。  
「ええ、構いませんよ。今日の夜で、いいんですね?」  
「は!?あ、ああ、そう!きょ、今日でいい!今晩で!ああ、それでいい、それでいいぞ!じゃ、じゃあまた、その、夜にな!」  
慌てたように立ち上がると、彼女はホットケーキを咥えたまま、食器を下げに行ってしまった。平静を装っているつもりでも、その姿は  
誰がどう見ても動揺しまくっている。そんな彼女を見て、セレスティアは呆れ半分、慈愛半分の笑みを浮かべていた。  
 
その夜。セレスティアは言われた通り、バハムーンの部屋へと向かった。しかし、ノックしても返事がない。  
「……バハムーンさん?」  
もう一度、声をかけてノックする。すると、中から小さな声が聞こえた。  
「か、鍵は開けてある。入ってきてくれ」  
ドアを開けてみると、部屋の中は真っ暗だった。その中で、バハムーンはじっとベッドに座っている。  
「バハムーンさん、一体どうしたのです?なぜ、灯りもつけずに…」  
言いながら近づいていくセレスティアの足が、部屋の中ほどで止まった。  
暗闇に目が慣れてくると、バハムーンの姿がぼんやりと闇に浮かぶ。その姿は、いつもの服装ではない。  
「そ、その……こ、こうして二人なら、人目もないし、あの、言える……というか、できると、思ってな…」  
肩は素肌が見えている。腕も、完全に露出している。胸元で握る布は、毛布のように見える。  
「あの……バハムーン、さん…?」  
「ま、まず言おう。その……辛いとき、支えてくれて……か、感謝する……あ、いや、えと……ありが……とう…」  
切れ切れに、それでも何とか言い切ると、バハムーンは顔を上げ、しっかりとセレスティアの顔を見つめた。  
「でも、お前が悪いんだ!わ、私を、その気にさせて、おいて……お前は、それ以上近づいてくれない!」  
「あの、バハムーンさん?その、少し落ち着いて…」  
思わずセレスティアが後ずさると、バハムーンは慌てて立ち上がった。  
「あ、待ってくれっ!」  
素早く腕を掴み、足に尻尾を巻きつかせる。片方ずつ手足を取られ、セレスティアは動きの取りようがなくなってしまう。  
「その、驚かせたことについては、謝る。で、でも、こうしなければ、お前は来てくれないと思った。それに……恥ずかしいし…」  
「………」  
「だが、本気なんだ!お前には、散々ひどい扱いもしたし、それでも支えてくれた恩もある。だから、私はそれを返したい」  
「で、ですから、それは…」  
「なのにっ!お前は、それをさせてくれないんだ!ふざけるな!借りは返すのが筋で、貸したものは奪ってでも取り返すものだろう!?」  
「だ、だからって、押し返すのが礼儀とは言わないでしょう!?」  
「うるさいっ!お前の都合など知るかっ!わ、私は、絶対に借りは返す!でも、その手段がなかった!だから……その…!い、いや、  
違う!いや、違ってはいないが、違う!お前は、できることならするのだろう!?なら、大人しく借りを返されろ!それから、私だって、  
せめてお前に礼を……くっ、逃げ道は作らせん!いいから、とにかく、私を抱けっ!わ……私は、お前に、抱かれたいんだっ!!!」  
顔を真っ赤にしながら、その階に響き渡るような大声で宣告すると、バハムーンは震えながらも、毛布を握る手を開いていく。  
「こんなことを、言えるのは……お前、だけだ…。だから……頼む、断らないでくれ…」  
バサッと、毛布が床に落ちる。目の前に大きな胸を晒され、セレスティアは目のやり場に困ってしまう。  
目のやり場だけではない。バハムーンへの返答にも、彼は困りきっていた。普通であれば、きっぱり断ってしまうのだが、今の  
この状況では、それもしにくい。そんなことをしたら、このまま殺されそうな気もする。  
だが、一番困るのは、彼女の決心が本物であることだ。それに、女の子にここまで言わせて断るのも、大変失礼な気がする。  
散々に迷った挙句、セレスティアは小さなため息をついた。  
「やれやれ……確かに、逃げ道は完全に潰されてしまいましたね。困ったものです」  
言いながら、彼はいつもの微笑みを浮かべた。  
「わかりましたよ。あなたに恥をかかせるつもりはありませんし、気持ちもわかります。ですが、本当に、わたくしなどでいいのですか?」  
 
そう尋ねると、バハムーンは真っ赤な顔に、嬉しそうな微笑みを浮かべた。  
「言っただろう…?お前に……抱かれたいんだ…」  
「こんなことを言うと失礼かもしれませんが、今のあなたは、とてもかわいらしいですよ」  
セレスティアは、自分を掴む腕を優しく撫でる。  
「あなたが、女の子として見えるのは、これが初めてです」  
「う、うるさい。縊り殺すぞ」  
口ではそんなことを言いつつ、バハムーンは嬉しそうな笑みを消さない。  
逃げられる心配がなくなったことで、バハムーンはセレスティアの足に巻きついた尻尾を戻した。しかし、掴んだ腕はそのままである。  
「腕は、放してくれないのですか?」  
「それは、その……離れたく、ないからな…」  
「ふふ。あなたにこんな面もあるとは、意外ですよ」  
セレスティアは彼女の体を、優しく翼で包んだ。ふわりとした肌触りに、バハムーンの心が何となく静まっていく。  
「いいな、お前の翼は。で、でも、翼なら私にもあるぞ」  
お返しとばかりに、バハムーンもセレスティアの体を翼で包む。  
「その……お前達みたいに、ふわふわではないが…」  
「でも、とても温かいですよ」  
羽毛はないが、代わりに血の通う彼女の翼。その翼を、セレスティアはそっと撫でた。  
「翼は、その種族をよく表しますね」  
「ん?ど、どういう意味だ?」  
「わたくし達、セレスティアの翼は、柔らかく暖かく……しかし、先々まで血が通っているわけでは、ありません。あなた方のような、  
バハムーンの翼は、ごつごつしていて、それで打たれれば怪我でもしそうに見えます。ですが、すべてに血が通っていて、包まれれば  
暖かく、あなたの温もりが、直接伝わります」  
愛おしむように翼を撫でるセレスティア。比較的敏感な部分なので、そこを撫でられるとこそばゆいような、気持ちいいような、微妙な  
気分になってくる。  
クッと、翼でセレスティアの体を押す。すぐにその意味を察し、セレスティアはベッドの方へと体をずらした。  
彼がちょうどいい位置に来ると、バハムーンは相変わらず腕を掴んだまま、ベッドに座った。少し躊躇ってから目を瞑り、顔を上げる。  
それこそ羽毛が触れるような、ごく軽い感触が唇に伝わる。確かめるようにそれを何度か繰り返してから、ようやくセレスティアは  
強く唇を押し付けた。  
彼の舌先が、バハムーンの舌を突付く。初めての感触に戸惑ったものの、バハムーンもそれを真似て舌を動かす。舌先でじゃれあい、  
絡み、その感覚を楽しむ。  
不意に、バハムーンが腕を強く引いた。まったくの不意打ちだったため、セレスティアは慌てて翼を戻すのが精一杯だった。  
ぼふっと、彼女の体に倒れこむ。胸元に柔らかい感触があり、目の前には恥ずかしげな彼女の顔がある。  
その彼の背中を、バハムーンの翼がぎゅっと抱き込む。ますます体が密着し、セレスティアも少し恥ずかしそうに視線を逸らした。  
「その……あんまりぎゅっとされると、どうにも動けないのですが…」  
「あ、そ、それはすまない。けど、その、もっとお前の温かさを感じたくて…」  
それを聞くと、セレスティアは小さく笑った。  
「わかりましたよ。できる範囲で、続けましょうか」  
掴まれていない方の手で、大きな胸に触れる。その瞬間、バハムーンは大慌てでセレスティアを押しのけた。  
「うわっ!?な、何をするんだっ!?」  
「何って、言われましても……すみません、突然でしたか」  
「え、あ、ああ、そうか。いや、すまん……私が悪かった」  
お互いこういう事には慣れておらず、知識もあまりないため、雰囲気はぎこちない。  
「もう少し、キスを楽しみますか?」  
「いや、いい。その、さ、触りたいなら、胸でもどこでも、好きに触ればいい、お前の」  
強がってはいるものの、バハムーンはやはり緊張しているらしく、言葉の並びが少しおかしくなっている。それに気付き、セレスティアは  
優しく笑いかけた。  
 
「では、両方の意見を採用しましょう」  
「両方って…?んっ…!」  
再び、唇を重ねる。それにバハムーンが応えるのを見計らって、セレスティアはゆっくりと彼女の胸に手を這わせる。  
「んっ……ふぅっ!んん……ん…!」  
腕を掴む力が、一気に跳ね上がる。相当きつく握られ、かなりの痛みを伴っているのだが、セレスティアはあえてそれに触れず、愛撫を  
続ける。優しくキスをしつつ、胸を撫で、捏ねるように揉みしだく。  
最初こそ、緊張のために荒い息をついていたバハムーンだが、少しずつそれに変化が現れる。吐息は鼻にかかったものとなり、それに  
混じって微かに声が漏れ始める。  
「ん……んぅっ!うぅぅ…!」  
何度か、声を抑えようとして歯を食い縛る。そのせいで、セレスティアは幾度か舌を噛まれる。さすがに危険を感じ、セレスティアは  
唇を離した。  
「んあ……す、すまん。何度か噛んでしまった」  
「ああ、いえ、お気になさらず。これぐらい大丈夫ですよ」  
言いながら、胸を撫でていた手を、ゆっくりと移動させる。わき腹を通り、腰のラインをなぞるように撫でる。そして、まだ誰にも  
触らせたことのない秘部に届いた瞬間、バハムーンは恥ずかしさのあまり、その手を尻尾で絡め取ってしまう。  
「……今日はやめておきましょうか?」  
苦笑いを浮かべながら、セレスティアが尋ねる。すると、バハムーンはハッと我に返り、たちまちむくれた表情に変わる。  
「だ、誰がそんな気遣いをしろと言った!?私はっ、そのっ……お前に……その…」  
さすがに言い切るのは恥ずかしかったらしく、最初は威勢のよかった声も尻すぼみになってしまう。そんな姿がとても可愛らしく見え、  
セレスティアはつい頭でも撫でてやりたい衝動に駆られたが、両手を封じられているので叶わなかった。  
「大丈夫ですよ。恥ずかしがらずとも、ここには、わたくしとあなたしかいません。それに、この事は決して、他言しませんよ」  
「ほ、本当だな?信じるぞ?信じていいんだな?」  
「わたくしだって、こんなことを他の方に知られたくはありませんよ。ですから、安心してください」  
バハムーンの尻尾が、するすると戻っていく。しかし、掴んでいる腕は相変わらずそのままである。  
改めて、秘所に手を伸ばす。指先が触れると、バハムーンの体がピクッと跳ねる。  
「あっ…!」  
普段からは想像もつかないような、高い喘ぎ声。それを出した本人が一番驚いているらしく、顔を真っ赤にしながら口元を手で覆っている。  
「可愛らしい声ですよ」  
「う、うるさい!黙れ!か、可愛いなどと言われても……あんっ!」  
また同じような声が出てしまい、バハムーンは泣きそうな顔で口元を押さえる。  
「声を抑えることはありませんよ。わたくしとしても、あなたが気持ちいいのか、嫌がっているのか、知りたいですしね」  
「うぅ……お前だけでも、聞かれるのは恥ずかしいんだ……そ、それよりっ!」  
バハムーンは、強気なのか弱気なのかよくわからない目で、セレスティアを見つめる。  
「その……お前にされるだけでは、不公平だ…。だから、その、私も何かしてやりたいが……ど、どうすればいいんだ…?」  
「そうですねえ。わたくしがしていることと、同じようなことをしてくれればいいかと」  
「お、同じことか。わかった」  
そう言い、バハムーンはセレスティアの胸に手を伸ばした。そして、マッサージでもするように優しく揉んでみる。  
そっちじゃない、と心の中で叫んだものの、バハムーンの心中を思い、口には出さないでおいた。  
「こ、これでいいのか…?んあっ!」  
「いえ、まあ、その……気分の問題ですしね」  
「な、何か間違っていたか?それなら……うあっ!?ちょ、ちょっと待……うぅっ、んあっ!い、いきなり激しくするなぁ!」  
余計な探りを入れられる前に口を塞ごうと、セレスティアは指の動きを強めた。割れ目をなぞり、敏感な突起を押さえつけるように  
撫でつつ、優しく襞を開いて指を挿入する。バハムーンの体は仰け反り、ビクビクと体を震わせている。それに伴い、掴まれている腕が  
折れそうなほどに痛み出したが、全力でその痛みに耐える。  
 
「くっ、あぁっ!も、もうよせっ!もういいっ!十分だ、やめろっ!」  
その掴んだ腕を引き、バハムーンは無理矢理、彼の動きを止める。そうして、一度ホッと息をつくと、一種思いつめたような目で彼を  
見上げた。  
「その……もう、そういうのは十分だ。だから、そろそろ……お、お前の、を……い、入れて……ほしい…」  
「わかりましたよ。確かに、もう準備は十分のようですしね」  
自身の手に付いた粘液をちらりと見て、セレスティアは優しく笑う。  
「ところで……そろそろ、この腕を放してもらってもいいですか?」  
「え?ああ……で、でも、できれば掴んでいたい……その方が、お、落ち着く…」  
「そうですか、わかりました。でも、折らないでくださいね?」  
冗談めかして言うと、セレスティアは片手でズボンを脱ぎ、ゆっくりとバハムーンの足を開かせる。  
いよいよ、バハムーンの顔は不安そうになり、腕を掴む手にもぎゅっと力が入った。そんな彼女の顔を、セレスティアは翼で優しく撫でる。  
「痛いようなら、すぐにやめます」  
「あ……ああ…」  
「それに、わたくしも初めてですしね。ゆっくり、しますよ」  
自身のモノを押し当て、一度確認するように彼女の目を見る。バハムーンは頷くように、ぎゅっと目を閉じた。  
先端が、僅かに彼女の中へ入り込んだ。  
「んくっ…!う……あっ!」  
バハムーンの体が強張り、腕を掴む手に力が入る。セレスティアは一度動きを止め、彼女の顔をそっと撫でる。  
「大丈夫ですか?」  
すると、バハムーンはおずおずと目を開き、かと思うと、少し拗ねたような表情を見せる。  
「い、いちいち気を使わないで、いい!わ、わた……私は、へ、平気だっ!」  
「そうですか。でも、無理はしないでくださいね?」  
柔らかい声で言うと、セレスティアはまた彼女の中へと押し入る。やがて、微かに引っかかるような感触を覚え、動きを止めた。  
「……いいですか?」  
「だ、だから、わ、わ、私は、その、平気だ…!いちいち、き、気にするな…!」  
さすがに怖いらしく、その声は若干震えている。  
「そうは言われましても、気にしないなどということが、できるわけもありません」  
優しく言うと、セレスティアは翼を彼女の翼に重ね、相変わらず腕を掴み続けている手を、ぎゅっと握り返した。  
「……暖かい…」  
バハムーンが呟き、その体から力が抜けていく。それを見て取ると、セレスティアは胸を重ね、空いている手で彼女の首を抱き寄せた。  
「少しだけ、我慢してください」  
返事を待たず、セレスティアはグッと腰を突き出した。  
「あぐっ!……いっ……たぁ…!」  
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」  
優しく尋ねると、バハムーンはどこか気の抜けたような表情で、彼を見上げた。  
「お、思ったより、痛くなかったぞ…。これなら、戦闘で傷ついたときの方が、よっぽど痛い」  
「そうですか。やはり、あなたは強いですね」  
「でも……いきなりで、びっくりしたんだぞ」  
「ごめんなさい。でも、あなたを怖がらせたくなかったので」  
それは彼女もわかっているらしく、バハムーンはフッと笑った。  
 
「動いて……いいぞ」  
僅かに腰を動かすと、バハムーンは一瞬、辛そうに顔をしかめた。だが、すぐにどこか挑発的な笑みを浮かべる。  
「んっ……わ、私は大丈夫だ…。だから、お前の、好きなように……うあぁ!」  
その言葉が終わらないうちに、セレスティアは勢いよく突き上げ始める。彼とて今まで経験はなく、そろそろ気遣うのも限界だったのだ。  
彼女の中は熱く、きつく、彼が動くたび、それに応えるように蠢動する。  
震えるように締め付け、熱い粘液が絡みつく。今まで感じたこともないような快感に、セレスティアの動きはどんどん性急なものに  
なっていく。バハムーンの方も、彼とはまた違う快感に、その身を委ねている。  
ようやく、彼と結ばれることが出来た。とうとう、彼とこうして交わることが出来た。  
満足感と充足感。そして、彼の暖かさと共に覚える、大きな安堵感。それらがバハムーンの胸を満たし、それは大きな快感となって表れる。  
「うっ!あっ!セ……セレスティアぁ…!」  
縋りつくように言うと、バハムーンは翼で、足で、尻尾で、腕で、彼の体にしがみつく。そして、さらなる快感をねだるように、自分から  
腰を押し付け始めた。  
「うあっ!バ、バハムーンさん……そんなにしたら…!」  
途端に、セレスティアの動きが弱まり、今までと逆に抵抗するような動きに変わる。が、バハムーンはその腰を足でがっちりと捕らえ、  
腰をぐいぐいと押し付ける。  
「あっ、あっ、あぁっ!!セレスティア、もっと……あんっ!もっとしてくれぇ!」  
「ん……ぐ、ぅ…!バ、バハムーンさん……も、もう…!うあぁ!!」  
突然、セレスティアが一際強く突き入れてきた。それと同時に、体の中にじわりとした暖かさが広がっていく。  
「あ……中に、出てる…」  
陶然としたように呟くバハムーン。そして、力尽きたようにもたれてくるセレスティアの体を、優しく抱き締めた。  
何度か彼のモノが体内で跳ね、その動きがなくなってしまうと、急速に物足りなさを覚える。バハムーンはセレスティアの顔を上げさせ、  
少し拗ねたような口調で言う。  
「もう、終わりなのか…?」  
「え…?」  
「……まだ、その……お前と、もっとしたいんだ…」  
「ほ、本気ですか…?」  
聞くまでもなく、目が本気だった。  
「そ、それに、もっと気持ちよくなりたいんだ。だから、もうちょっとしてくれ…」  
バハムーンという種族の体力を思い出し、セレスティアの背筋に冷たいものが走った。しかし、もう逃げ場はない。  
「……が、頑張ります…」  
 
それから延々五回ほどさせられ、セレスティアは息も絶え絶えといった感じでベッドに突っ伏している。そんな彼を、バハムーンは  
幸せそうな顔で抱き締めていた。  
「セレスティア、大丈夫か」  
「……何とか…」  
「ふふ。嬉しかったし、気持ちよかったぞ。また、できれば、その……し、したいな」  
「……そうですね…」  
疲れ切った声で答えると、セレスティアはふと真顔になった。  
「あの……バハムーンさん」  
「ん?」  
その顔に気付き、バハムーンも表情を改める。  
「わたくしは……あなたに、謝らなければいけません」  
「ん?何がだ?」  
「わたくしは、あなたを……あなたに頼られることで、優越感に浸ろうとしていました」  
一体何のことだかわからず、バハムーンは首を傾げた。  
「最も早くに脱退させられ、わたくしは無意識のうちに、劣等感に苛まれていました。そこに、あなたが同じようにして現れた。  
そこで、わたくしは思ったのです。あなたほどの方に、頼られてみたいと……あなたほどの実力者が、わたくしを頼ったとなれば、  
わたくしは……ちっぽけな自尊心を、満足させられると……わたくしは……わたくしは、あなたに対して、ひどい無礼を…」  
「ふーん……ま、劣等種らしくていいんじゃないのか?」  
意外な台詞に、セレスティアは弾かれたように顔を上げた。  
「実際、私はお前を頼りにした。今もこうして、お前に依存している。私ほどの者に頼られているんだ。それを誇りに思うのは当然だし、  
そうでなければ私に失礼だぞ?」  
「バハムーンさん…」  
「それに、まあ、劣等種とは言ったが、お前は天使の血族だろう?私達には劣るが、他の種族より、よっぽど高等だ。自信を持て。  
お前はそれに見合う力を持っているし、私が頼りにするほどなんだ。そんなくだらないことで、うじうじ悩むな」  
さばさばした口調で言い、彼女はセレスティアの肩を叩いた。  
「謝る必要はない。私だって、お前に礼は言ったが、謝ってはいないしな。無礼はお互い様さ」  
しばらく、セレスティアはきょとんとした顔でバハムーンを見つめていた。やがて、その顔にいつもの笑みが戻ってくる。  
「ふ……ふふふ。いやはや、あなたには本当に、かないませんね」  
ようやく笑顔が戻ったことで、バハムーンもホッと息をついた。やはり、こうでなくては彼らしくない。  
「そんなあなただからこそ……一つ、提案があるのですが」  
「ん、提案?一体何のだ?」  
またもや出てきた意外な言葉に、バハムーンは再び首を傾げる。  
「パーティのリーダーを、務める気はありませんか?」  
「パーティ……の?」  
「ええ。わたくしを筆頭に、あのパーティから除名された者は数多くいます。退学した方や、他のパーティに所属した方も多いですが、  
そうでない方もいます。その中には、冒険をしたくとも叶わないという方がたくさんいます。あなたなら、その全員と面識がある  
でしょうし、実力も申し分ありません。どうです?やってみる気はありませんか?」  
その言葉は、それなりの魅力を持っていた。やはり、リーダーという立場には、多少なりとも憧れがある。  
「……お前が言うなら、それもいいだろう。が、一つ条件があるぞ」  
「条件とは、一体なんでしょう?」  
セレスティアが尋ねると、バハムーンは彼の目を真っ直ぐに見つめ、にやりと笑った。  
「お前が、私を手伝うことだ。そして、仲間として一緒にやっていくこと。まさか、異存はあるまいな」  
そんなバハムーンに対し、セレスティアも笑顔を返した。  
「こちらこそ、願ったり叶ったり、ですよ。冒険も久しぶりにしたいし、あなたと一緒にいられるとは、ね」  
「よしっ!それなら決まりだな!」  
彼の太腿に尻尾を巻きつかせ、さらに両手でしっかり抱き締めると、バハムーンは幸せそうな笑顔を浮かべた。  
「また、お前と一緒だ!初心に返って、頑張るぞ!」  
「ふふ。わたくしも、ご一緒しますよ」  
セレスティアも、翼で彼女を抱き返す。二人とも、入学以来、最も大きな幸せを噛み締めていた。  
 
翌日。地下道入り口の前には、バハムーンとセレスティア、それにクラッズとドワーフが立っていた。  
「わーい!先輩達と一緒だなんて、嬉しいですー!それに、先輩可愛〜い!」  
「それ、先輩に対する態度じゃないよね?」  
ドワーフはクラッズを抱きかかえ、嬉しそうな笑顔を浮かべている。クラッズはすっかり呆れ顔だが、まんざらでもなさそうである。  
「ま、最初はこんなものか。ディアボロスにも声をかけたんだが、奴はもう他のパーティに所属していた」  
「そうですか、それは残念です。……よかった…」  
「ん?何か言ったか?」  
「いえ、何も」  
「それにしてもさぁ、バハムーン、一体どういう風の吹き回し?僕のことなんか、どうでもいいんじゃなかったの?」  
クラッズが不思議そうに尋ねる。  
「それに、今まで他の人、全員見下してたのにさ。急に『仲間になってくれ』とか言い出すし」  
「……私だって、今では貴様らの同類だ。同じ立場に立ってこそ、見えることもあるということだ」  
「ふーん?ま、いいけどね。それに……やっぱり、昔一緒にいた仲間だしさ、誘ってくれて、嬉しかったよ!」  
そう言い、クラッズは純真な笑顔を見せた。いい笑顔だな、と、バハムーンは思った。  
「先輩、笑った顔可愛い〜!」  
「だぁから、やめてってばー。……で、この子は何?」  
「その方は、わたくしの知り合いですよ。今までずっと、一人で探索をしていたのです」  
「そうなんですよー。でも、よかったですー。おかげで、先輩達と一緒になれたんですもん!」  
クラッズを抱えたまま、ドワーフは屈託のない笑顔を見せる。よくよく考えてみると、かつていたパーティでは、こういう笑顔は  
見なかった気がする。  
「まあ、そんなわけで四人になってしまったが、残りは募集中ということで、のんびり行くか」  
「そうですね。最低限の役割分担は、できるようですし」  
「私、回復役ですかー?緊張しますー」  
「大丈夫大丈夫!そう緊張しないで、もっと気楽にね!」  
クラッズとドワーフが仲良く喋り出したところで、セレスティアとバハムーンは顔を見合わせた。  
「私達は、あいつらの足手まといだったのだろうな」  
「そうですね。ですが、それを責めることはできません。冒険者である以上、力を求めるのは必然ですから」  
ちらりと、仲間の小さい二人を見る。  
「足手まとい……か。確かに、それを排除するのも、一つの形だろう。だが、私ならそいつらも、無理矢理高みに引きずってやるさ」  
「ふふ、頼もしいですね。なら、わたくしも一緒に、連れて行ってもらえますか?」  
「お前は、そう見えて軽いからな。真っ先に引っ張り上げてやる。というか、翼があるんだから飛べ」  
「あなたが歩く方が速いのですから、しょうがないでしょう?頼るのも、お互い様ということで」  
二人は楽しそうに笑い、お互いの翼同士を打ち付けあった。  
「さて、そろそろ行くぞ!私も久しぶりで、腕が疼くしな!」  
彼女の言葉に、全員が答えた。そして、四人は地下道へと入っていく。  
 
彼女はエースだった。しかし、それも過去の話。彼女より強い者もいるし、一時期の居場所も、もうない。  
今の彼女は、エースではない。しかし、かつては得られなかったものに囲まれ、エースの座よりも大切なものを手に入れた。  
自分を支えてくれる存在。背中を預けられる仲間。守るべき者。彼女はそれを、支え合いつつ、率いていく。  
彼女は、リーダーだ。それは、この先もずっと、変わることはないだろう。彼女達の笑顔が、絶えることがないように。  
 
 

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