彼は常々思っていた。
人間が平等などという世迷言は、聞くだけで反吐が出る。幸不幸の基準すら違うのに、何が平等だ。
長い尻尾をくねらせ、疲れた溜め息をつき、裸のままで今日の収穫を数える。どうやら辛うじて、明日の二食まで保障されたらしい。
静かに息を吐くと、彼はほんの少しだけ笑顔を浮かべた。
不幸の塊のような人生だった。親の顔はおぼろげで、記憶の中で曖昧に笑っている。その両親はいつの間にかいなくなり、頼れる身内も
おらず、幼い彼はたった一人で世界に放り出された。
持っているものは何もない。特別な技能があるわけでもなく、そもそも年端も行かない彼を雇ってくれる場所もない。
日々の食べ物は、食堂の生ゴミ。それすら、手に入らない時もあった。盗みも考えたが、生まれついての運のなさ故か、未遂ばかりで
一度も成功しなかったし、する気もあまり起きなかった。
夏はまだいい。やがて冬が来て、フェルパーには辛すぎる寒さとなり、食料の入手すら困難になった。
そんな、ある寒い寒い日。彼は限界に来ていた。何とかして生き延びようとは思っていた。しかし、数日間何も食べておらず、しかも
その日は、一年で最も冷え込んだ日だった。
日中を何とか堪え、日が沈み、寒さが限界に来て、やがてそれすら感じなくなり、心地良い眠気が襲ってきた時だった。
誰かが、彼の体を抱き上げた。その記憶も既に曖昧だが、その後起こった事象についてだけは、今もはっきり覚えている。
抱き上げてくれた男は、彼に食事を与えてくれ、暖かい部屋に連れて行ってくれた。だが、それは幸運と言えたのかどうか。
その事を思い出しながら、彼は大きな耳をピクンと動かす。右耳についたピアスが、ランプの光を受けて煌いた。
全ては、彼に体を差し出すことの見返りだった。痛みと恥辱に塗れた一夜を過ごす代わり、その日の命を繋いだ。
しかし、考えてみればやはり幸運だった。そのおかげで、彼は自分の体を売ることを覚えた。
男でも女でも、求められれば誰にでも身を売った。そうして得た金で、彼は毎日を必死で生き抜いてきた。
死ぬ気はなかった。死にたくなかった。何としてでも生き抜く。その一心で、彼は毎日を必死に過ごしていた。
その日一日の食事に困らなければ、十分いい日だった。明日の分の食事が保障されれば、十分に幸福。だから、この日はとても
幸福な日だったのだ。
そのままベッドに寝転がり、彼はにんまりと笑う。とてもとても、幸せな気分だった。
そんなある日、彼は客から面白い話を聞いた。何でも、地下道を探検する冒険家を養成する学校があるのだという。そこには毎年、
自分と同じぐらいの歳の生徒が入学し、冒険家を目指しているのだということだった。
別に、冒険家というもの自体には興味がなかった。ただ、その後に続いた言葉は、彼の興味を惹くのに十分な魅力があった。
「ちなみに、学校は三つあるんだが、どこも全寮制らしくてな。ま、言わば逃げ場のない缶詰状態ってとこか」
つまり、住む場所が保障されるのだ。それに、もしかしたら食事にも困らないかもしれない。
その日暮らしを続けていた彼にとって、それはこの上もなく魅力的だった。勉学はまったくできないが、その学校は冒険者を養成する
学校だ。ということは、勉強ができなくとも入れるかもしれない。
以来、彼は客を取るたびに、学校について聞きまくった。その結果、三箇所あるが一箇所はあまり人気がないこと、一箇所は名門と
呼ばれていること、もう一箇所はここ数年のうちにできた新設校だということ。そしてどうやら、その新設校がここから一番
近いらしいことを知った。
場所については地図を見ろと言われたものの、地図の見方すら彼は知らない。結局、客の一人に料金を値引きする代わり、詳細な場所を
口頭で説明してもらうことになった。
場所さえわかれば、あとは行くだけである。とっても人見知りではあるが、住む場所と毎日の食事には換えられない。何とか学校に
たどり着くと、持てる気力の全てを使って入学手続きを済ませ、試験に臨んだ。
おかしなもので、毎日を必死に生きてきた彼は生命力に溢れていた。また、日陰で行うような商売には危険がつき物で、いざという時の
逃げ足も、それが出来ない場合の相応の力も、彼には備わっていた。身近なものに縋れなかった分、困ったときは神頼みだった。
結果、彼は特待生扱いとなった。何だか妙な事になったと、彼自身不思議な気持ちだった。今までは見下されるか、あるいは好色の目で
しか見られる事がなかったのに、今では羨望と嫉妬の眼差しを受けることになったのだ。
寮での生活は実に快適だった。町の安旅館などとは比べ物にならないほど寝心地のいいベッドに、隙間風など入る余地のない造り。
食事に関しては、多少なりとも金がかかるらしいが、それは地下道を探検して得た物を売ればいいのだと言う。
ただ、当然ながらいい事ばかりでもなかった。周りの学生と彼では、価値観があまりに違いすぎた。
なぜ、食事を取れることを当然と思うのか。なぜ、手を抜くなんて真似をするのか。なぜ、こんな簡単なことも出来ないのか。
初めて組んだパーティでは、彼は驚くことばかりだった。ヒューマンは事あるごとに『面倒くさい』と呟いていたし、クラッズは呑気に
その日の夕飯の会話をしている。それはまだいいとして、戦闘での出来事は彼にとって驚愕に値した。
赤い、妙な機械のような姿をしたモンスター。仲間の反応を見る限り、それはとても強いモンスターらしかった。
実際、強かった。攻撃をほとんど受け付けてくれず、動きも素早い。そいつが放った魔法は、ひどく痛かった。
しかし、負ける気はなかった。負ければ死ぬだけである。だから、彼は全力で戦った。
が、仲間は違った。相手に怯え、ろくに力を出せず、あまつさえ敵の攻撃を避け切れず、死んだ。どうして避けようとしなかったのか。
なぜ倒すしか道がないのに、負ける気でいるのか。
戸惑いと苛立ちを感じつつ、彼は戦った。クラッズが焼かれた魔法を耐え、ノームがやられた一撃をギリギリで見切り、かわし、
無防備な背中を斬りつける。
ザ・ジャッチメントが倒れた時、生き残っていた味方は一人もいなかった。どうしてこいつらは、こうも簡単に死ぬのだろうかと、彼は
ほとんど驚きに近い気持ちで、その死体を見つめていた。
結局、貴重な金を使い、保健室で彼等を生き返らせてもらったが、その後はひどい喧嘩になった。
「どうして真面目に戦わないんだ。生き残る気がないのか」
「君は特待生だから、僕達の気持ちなんてわからないんだ」
言葉は色々だったが、要約すればこれだけの会話だった。結局、彼はそのパーティとは合わないと判断し、脱退した。
だが、行く先々、ずっとこんな調子だった。ありとあらゆる場所で同じような会話が交わされ、同じような喧嘩をし、同じように脱退する。
意見が合わないことは『特待生だから』の一言で済ませられ、まともに意見を聞いてもらえることすら少ない。もちろん、それはこれまで
まともな人間関係を築けなかった彼にも原因があるのだが、悲しい事にそれを気付かせてくれる者もいなければ、気付ける道理もなかった。
また、彼自身の素性も、それを妨げる要因の一つだった。聞かれれば何でも素直に答えてしまう上、ピアスは相変わらず右耳に
つきっぱなしのため、『元男娼』という噂は瞬く間に広がり、今では以前と同じような、侮蔑と嫌悪の眼差しを受けることも少なくない。
それでも、彼は幸せだった。住む場所と食事が保障されているのだから、それぐらい何という事はなかった。
転機が訪れたのは、入学から一年が経過してからだった。
その年も、多くの新入生が入学した。大概、新入生は新入生同士でパーティを組み、探索に出かける。しかし、中にはパーティを
組むことができず、あるいはあえて組まずにいる学生もいる。そういった生徒は、同じような余り物同士で組むか、あるいは先輩などに
拾われてパーティを組むことが多い。一部には、そのまま一人旅を始める生徒などもいる。
彼女を見たのは、そんな生徒を探している時だった。どのパーティも肌が合わず、未だに決まったパーティに入っていない彼は、新入生の
同種族の余り物が出ないか探していた。学食で昼食を取りつつ、視線だけをあちこち走らせていると、あるエルフに目が止まった。
直感だった。なぜか、そのエルフには親近感に似た物を覚えた。どちらかというと、本来傲岸不遜な態度が目立つエルフは苦手なのだが、
自分の勘を信じることにし、席を立つ。
「少し、いいかな?」
声をかけると、エルフは表情の読めない、冷たい目で見つめてきた。その時点で、彼のパッシブスキル、人見知りが発動していたのだが、
全身全霊の気合でそれを抑え込む。
「あの……えっと……し、新入生だよ、ね?」
「そうですわ」
そっけない一言。しかも、言った後でサラダを一口食べた。まるで自分のことなど眼中にないとでも言わんばかりの態度に、フェルパーは
今すぐにでも激走大逃亡を使いたい気分だったが、テンションもなく、友人もいないため諦めた。
「その〜……よかったら、パーティ組まないかなって…」
「今のパーティを抜けろというんですの」
これには、彼も参ってしまった。一人で学食に来ている時点で、まだパーティを組んでいないと思っていたのだ。もどかしげに揺れていた
尻尾も力なく垂れ、深い溜め息をつく彼に、エルフは少し困ったような目を向けた。
「一人なんですのね?」
「う、うん」
「なら、あなたが、わたくしのパーティに入ればいいんですわ」
その言葉は意外だった。パーティを組んでいると言えば、大抵は六人で組んでいるはずだからだ。
「空き、あるんだ」
「ちょうど一人分、埋まらなかったんですの。こちらとしても、ちょうどいいですわ」
何だか思惑とは違う方向に進んだが、これはこれで結構なことだと、彼は思っていた。他の面子はどうだかわからないが、彼女には
今までの仲間とは、確かに違うものが感じられた。その彼女と組めるのであれば、他の面子がどういう相手であろうと、恐らくは
大した問題ではないはずだった。
「それじゃあ、それでお願いしても、いいかな」
「ええ。仲間には、わたくしから話しておきますわ。よろしくお願いいたしますわ、先輩」
「……あれ、俺先輩だって言ったっけ?」
思わず尋ねると、エルフは冷ややかな目でフェルパーを見つめた。
「ここの雰囲気に馴染んでるから、すぐにわかりますわ。もっとも、その割には、人と接するのは慣れていないようですけれど」
「そ、そっか」
自分の勘は本当に信じられるのだろうかと、フェルパーは今更になって、そう自問していた。が、ともかくもパーティに入れば、
多少なりとも金が稼げる。ここしばらく探索に出ていないため、懐は少し心許ない。そんな理由もあり、もう逃げることはできなかった。
その翌日、彼はまた学食に向かった。指定された時間は昼食時を少し過ぎたところで、学食にも空席が多い。そこに五人がまとまって
座っていれば、さすがに目立つ。
「やあ、待たせちゃったかな」
「お待ちしましたわ、先輩」
激走大逃亡が使えないのは辛かったが、逃げるわけにもいかなかった。何とか引きつった笑顔を向けると、その中の一人、セレスティアが
優しく微笑んだ。
「そう硬くならないでください。そんなに待っていませんから」
「そ、そう?でも、その、悪かった、ね」
何気なく全員の顔を見回して、フェルパーは妙な違和感を覚えた。
今話しかけたセレスティアは別として、昨日会ったエルフ、ニコニコしているドワーフ、凄まじく暗いヒューマン、どこか茫洋としている
ディアボロス。この四人は、全員がどこか妙な親近感を覚える存在だった。それにしても、相性というものはどこの国の話だろうか。
「あははー、これで特待生が四人も揃ったね」
「へぇ……特待生…」
「エルフと僕だけ、仲間外れか。とはいえ、僕等ももうちょっとで特待生だったんだけど」
ドワーフの声は大きくて、聞くと思わず耳を伏せてしまいそうになる。ヒューマンの声は小さくはないが、ボソッと喋るので聞き取り辛い。
ディアボロスの声は、溜め息混じりに喋っているようだが一番聞き取りやすい。
「みんな、すごいんだね」
「先輩こそ……同じ、特待生…」
「そ、そうだけど…」
特待生だから、妙な親近感が湧くのだろうか。それ以外に理由があったとしても、今のところはそれしか思い当たらない。
「フェル先輩、学科は?」
「え、あ、侍……君達、は?」
「前衛から、順番に行こう。僕は修道士」
「次はあたしでいいかなー?あたしは戦士」
「……盗賊…」
「超術士ですわ」
「わたくしは、司祭学科専攻です。先輩、よろしくお願いしますね」
どうやら、苦手な種族二人に挟まれて戦う羽目になるらしいことはわかった。しかし贅沢は言えない。
多大な不安を抱きつつ、とにもかくにもパーティとしてやっていくことが決まり、フェルパーはホッと息をついていた。しかし、やはり
パーティの中でも、エルフには特別、妙な親近感がある。その正体を掴むまでは何とかやっていこうと、フェルパーは心に決めていた。
翌日から、一行は地下道の探索を始めた。最初は何かと不安が多かったが、特待生だらけのパーティ故か、全員が今までのパーティなど
比べ物にならないほどの腕前だった。何より、誰も気を抜いたり手を抜いたりしない。種族間の相性は良くないはずなのだが、それすら
全員が気にする様子もない。
傍から見れば異様な集団であり、特待生が過半数と言うこともあり、周囲で嫉妬混じりの陰口を叩かれているのは知っていた。しかし、
そんなものは気にならなかった。いくら他の奴が騒いだところで、真面目に生きていない奴に何も言える資格はないのだ。
居心地のいいパーティだった。無駄口を叩くこともなく、無用な詮索もされず、仲はいいが、全員がそれなりに距離を置いて接している。
その距離感が心地良く、幾日も経たぬうちから、フェルパーはすっかりパーティに馴染んでいた。
馴染むにしたがい、エルフとの距離がもどかしくなってくる。確かに居心地のいい距離ではあるのだが、相手を知るには遠すぎるのだ。
最初のうちは、いつか少しぐらい縮まるだろうと構えていたのだが、一月経っても二月経っても一行の距離は変わらない。
もちろん、今ではフェルパーもいちいち言葉に支えることはないし、全体的に打ち解けてきた感はあるのだが、それ以上の進展がない。
ある日、とうとう彼は思い余って、自分から行動することにした。
「やあ、エルフ。今日もお疲れ様」
「お疲れ様、先輩」
探索を終えた後の学食で、フェルパーはエルフと向かい合って座る。
「少し話したいんだけど、いいかな?」
「嫌ですわ」
「……取り付く暇もないね」
フェルパーが言うと、エルフは溜め息をついて彼を睨んだ。
「取り付く『島』もない、ですわ」
「え、ああ、そうなの?知らなかった」
「誤用は、言葉に対する冒涜ですわよ」
「ごよう……御用?」
「……誤った用い方、のことですわ…」
「謝った餅…?」
「くっ……間違った使い方のことですわっ!馬鹿にしてるんですの!?」
なぜエルフが突然ぶち切れたのかはわからないが、彼としてもその態度は腹が立った。
「じゃあ最初っからそう言えよ!わざわざ難しい言葉使うなよ!」
「どこが難しいんですの!?至って普通の用い方ですわ!」
「あ、そう……なのか…」
そう言われてしまうと、少し悲しくなってしまった。彼も確かに特待生ではあるが、生まれてこの方勉強などしたこともなく、
読み書きすら辛うじてできるというレベルなのだ。だから、彼にとっては普通すら、普通ではない。
そんな空気を察したのか、エルフは少し表情を和らげた。
「……図書館には、辞書もありますわ。暇があるなら、少し勉強した方がよろしいんじゃなくて?」
「あんまりごちゃごちゃしたの、読めないんだよな、俺」
「読まなければ練習になりませんわ。辛いからと逃げてばかりでは、いつまで経っても自分を磨くことなんてできなくってよ」
「……あ、そうだ!」
弾んだ声が出ると同時に、フェルパーの耳と尻尾がピンと立った。
「それじゃさ、今度そういうのの使い方とか、教えてくれよ。俺、本なんか読んだことなくってさ」
「それで特待生……ま、まあいいですわ。今度、何か読みやすいものでも借りて来ますわ」
「ほんと!?やった!」
とっても苦手な読み書きをしなければならないのは憂鬱だったが、ともかくもエルフと一緒にいられる。そうすれば、多少なりとも進展が
あるかもしれない。そう考えると、フェルパーの顔には抑えきれない笑顔が溢れていた。
「ずいぶん、嬉しそうですわね。殿方なら、もう少し表情を抑えるべきじゃなくって?」
「え、そうなのか?もうだいぶ仲良くなったし、普通かと思ってたんだけど」
「ま、いいですわ。ただの、わたくしの好みですわ」
どことなく引っかかる言い方だったものの、フェルパーはあまり深くは気にしなかった。そんなことより、エルフと過ごせる時間を
作れた方が嬉しくて、他の事などどうでもいい気分だった。
最初こそ地獄の日々だった読み書きの練習も、日が経つにつれて慣れていった。今では人並みに本も読めるし、少しは難しい言葉も覚えた。。
が、エルフとの距離はほとんど縮まっていない。せいぜい、それまで冷たい口調だったのが、いくばくかの暖かみを持った程度である。
「えええっと……行儀が悪いってのは、不調法でいいんだっけ?」
「ええ、それで合ってますわ」
「合ってたか、よかったー!でもなんか、俺がそういうのわかるって、自分で言うのもあれだけど、狐に包まれたみたいな感じだな!」
「つままれる、ですわ」
「あ、そうだっけ?」
「まったく、無理にそういう言葉を使おうとするから……いえ、まあ、使わなければ、覚えませんものね」
読み書きを教えている間に、彼が本当に言葉を知らないことがわかったらしく、エルフも少しはこうして気遣ってくれるようになった。
「そうだよなー、やっぱ実戦で覚えないと!ええと、そういうのは的を得た意見だよな?」
「的は射る物ですわ」
「ああ、そっか。で、得た、でいいんだっけ?」
「だから射る物っ!的を射た意見ですわっ!」
「お、怒るなってば。わかったよ、もう間違わないから」
ただ、さすがにエルフだけあって、言葉に関してはとてもうるさい。なので、あまり間違うと今でもプチプチと切れる。
「それにしてもさ、俺にとっては、君みたいに言葉知ってる人が先生じゃあ、役不足だよね」
「……それは喧嘩を…?」
エルフが、半分殺気の篭った目でフェルパーを睨む。
「え!?な、何か間違った事…!?」
「ふぅ……いえ、わかってますわ。でも、わたくしだからいい様なものの、他のエルフに同じ事を言ったら、殺されますわよ」
「間違ってたんだ…」
連続で間違い、本気で落ち込んでいるフェルパーに、エルフは呆れ半分の笑みを向けた。
「役不足は、自分の力に対して相手が不足していることですわ。そのような言い回しをしたいのなら、役者不足が妥当ですわね」
「だ、だとう…?」
「……適当、とか適切、ならわかりまして?」
「あ〜、なるほど。それが合ってるって事だね?」
「その通りですわ」
大体、毎日がこんな感じである。はっきり言って、勉強で忙しすぎて距離を縮める暇がないというのが実情だった。しかし、この日は
少し違った。
「それにしても、よく表情の変わる方ですわね。落ち着きが見えませんわ」
「そうかー?でもさ、嬉しいときは嬉しい顔するのが普通だし、悲しいときは悲しい顔するのが普通だろ?」
「殿方なら、それを内に閉じ込めるものだと思いますわ。もっとも、これはわたくしの主観ですけれど」
別に男でなくとも、弱味を見せることになるのなら、そうするのはわからないでもない。しかし、男は表情を抑えるものだという意見を
聞いたのは、これが初めてだった。
「女の子だって、場合によってはそうするんじゃない?」
「それは…」
言いかけて、エルフは口をつぐんだ。その一瞬、フェルパーは確かに、彼女の顔に悲しみと戸惑いの表情が浮かぶのを見た。
「……まあ、いいですわ。この話は…」
「少し不調法かもしれないけど、一つだけ聞かせて。君は、何か悲しいことを隠してない?」
「っ…!」
今度こそはっきりと、エルフの顔に戸惑いの表情が浮かんだ。普段あまり表情を出さない彼女が、こうもはっきりと顔に出すのは珍しい。
だが、視線を泳がせつつも、エルフは何とか表情を収め、慌てたように口を開いた。
「そ……そういう時は、不調法ではなく、無作法、の方が、適切ですわ。次からは、ちゃんとそう言って欲しいですわね」
それだけ言うと、エルフは慌てたように席を立った。
「あ、待って…!」
止めようとしたものの、エルフは振り返りもせずに行ってしまった。それを見て、フェルパーは確信した。
彼女は、きっと自分と同じような傷を持っている。だからこそ、彼女に強く惹かれたのだ。
惹かれて、その後どうするか。それを考えていたわけではない。だが、今彼の中には、一つの決意があった。
「……傷なら、舐めて治せると思うんだよな〜」
小さくなる後姿を眺めながら、フェルパーはポツンと呟いた。
その一件で警戒されてしまったのか、エルフはしばらくの間、フェルパーとの関わりを避けているようだった。しかし、その程度のことで
諦めるフェルパーではない。それこそ、先祖譲りの忍耐強さでじっとチャンスを窺い、その時が来るのを待つ。それまでは普通に振舞い、
エルフを気にしている素振りすら見せないでいた。
一ヶ月ほど経ったある日、探索を終えて学食に向かう途中、不意にドワーフが言った。
「フェル先輩ってさ、エルフと仲良くなかったっけ?」
「え?あ、ああ。よく読み書き教えてもらってたけど…」
「だよねー。でもさ、最近なんかお互い避けてない?」
ドワーフに言われ、エルフは明らかに不快そうな顔をした。ようやくチャンスが来たかと、フェルパーは心の中でほくそえむ。
「ん〜、避けてるわけじゃないよ。でも……そうだね、最近あまり教えてもらってないね」
「わ、わたくしだって別に……でも、その…」
「ふふ。エルフさんは、先輩の先生だったんですね」
セレスティアが、優しく笑う。
「勉強は続けないと、意味ありませんよ。時間が経ったら、せっかく覚えたことだって忘れちゃいます」
「それはっ、その、わかって……ますわ。でも…」
「……嫌なら、やめりゃいい…」
「嫌だなんてっ!」
思わず声を荒らげて、エルフはハッと口をつぐんだ。どうやら、エルフ自身もフェルパーのことは憎からず思っていたらしい。
「そっかー、よかったよ。俺、あんまり間違うから嫌われたのかと思っててさー」
この隙を逃すまいと、フェルパーは畳み掛けた。エルフは一瞬『しまった』という顔をしたが、やがて観念したかのようにうなだれた。
「僕なんか、筆記の勉強は大嫌いなのに、先輩はすごいな」
冗談めかして言うと、ディアボロスは笑った。ともかくも、これでエルフの逃げ道はほとんど塞がった。
「喋るたんびに、エルフに怒られてちゃしょうがないしね。ねえエルフ、今日辺り、久しぶりに教えてもらってもいいかな?」
「……仕方、ないですわね。わかりましたわ」
「ほんとか、やった!」
一瞬、ヒューマンと目が合った。すると、彼は暗い表情に僅かな笑みを浮かべ、ウィンクをしてみせた。どうやら、他の仲間は全員、
自分とエルフとの関係をよく見ていたらしい。恐らく、全員で示し合わせてこの状況を作ったのだろう。
フェルパーも少しだけ笑い、口だけで『ありがとう』と言ってみせると、ヒューマンは頷くように目を閉じ、そしてまたいつもの
表情に戻った。本当にいいパーティだと、フェルパーはしみじみ思っていた。
それからみんな揃って食事をし、それを終えると寮に戻る。エルフはあまり浮かない顔をしていたが、その後もディアボロスや
セレスティアに言われたこともあり、重い足取りでフェルパーと共に彼の部屋へと向かった。
いつも通り部屋に入り、荷物を床に放り投げる。エルフはすぐ机に向かったが、特に本を持っている様子もなく、そのまま椅子に座ると
フェルパーの方へ体を向けた。
「それで?」
「……『それで』ってのは?」
「どうせ、勉強というのは口実でしょう?早く本題に入ったらいかがですの?」
「ん〜、そう言われるとなんか……困るな」
取り繕うような笑みを浮かべると、フェルパーもその隣に座る。
「まあ間違いじゃないんだけど…」
「それなら、用件はこれでして?」
言うなり、エルフは服を脱ぎ始めた。上着を脱ぎ捨て、真っ白なブラジャーを外す。そんな姿を、フェルパーはきょとんとした顔で
見つめていた。
さらに、エルフはスカートを脱ぎ、ショーツに手を掛けたところで、ふとその手を止めた。
「ずいぶん、余裕なんですのね」
「いや、まあ……いきなりどうしたのかなって」
「わたくしの体を見ても、何とも思いませんの?」
「んー、きれいな体だよね。スタイルもいいし」
「……それだけ?」
「うん、それくらい」
今度はエルフが、きょとんとした顔でフェルパーを見つめる。やがて、その顔に恥ずかしさ半分、呆れ半分の笑顔が浮かんだ。
「ずいぶん、ずれた方ですのね。あなたが何を考えてるのか、時々わからなくなりますわ」
「それは俺の台詞だよ。いきなりどうして脱ぎ始めるの?」
ふぅ、と溜め息をつくと、エルフは脱いだばかりの服をまた着始めた。
「わたくしの体を求めているのかと、思っていたんですわ。とかく、殿方はそういう方が多いですし」
ブラジャーを着け、上着を軽く羽織ると、エルフは椅子に座り直した。
「でも……確かに、違いますわね。あなたは、どこかわたくしと似た……いえ、むしろ正反対の雰囲気を持っていますわ」
「君も思ってたんだ。でも、正反対って?」
「……あなた、人を愛したことはありまして?」
突然の質問に、フェルパーは少し驚いた。そして、よくよく考えてみると、そんな記憶はどこにもなかった。
「いや、ないな」
「やっぱり…。わたくしは、ありますわ。ある方を、心の底から、それこそ一生を捧げてもいいほどに、愛していましたわ」
その感覚は、彼には理解できなかった。愛したことがないのだから、理解できるはずもないのだ。
「でも、もうその方はいない。わたくしの愛する者は、どこにもいませんの」
そこまで言って、エルフはフェルパーに気だるい視線を投げかけた。
「だから、わたくしは、誰とでも寝られるんですわ」
「………」
その言葉の深い意味まではわからなかったが、フェルパーは少したじろいだ。すると、エルフは悲しげな笑みを浮かべる。
「殿方は、好きな方が何人いようと構わないでしょう?けれど、女は好きな人が一人いれば十分ですの。そして好きな方がいれば、
その方以外には体を許したりしませんわ」
「……好きな人がいないから、体を許せる?」
エルフは静かに頷いた。そんな様子を見て、フェルパーは自分もそうだから、誰にでも体を許せるのだろうかと考えていた。
「むしろ、抱いて欲しいと思うこともあるぐらいですわ。心の中で、自分を抱く方を、愛しいあの方に変えてしまう。そうすれば、
わたくしはまた、あの幸せな時に戻れる……快楽に流されている間は、あの方を忘れられる…」
どうやら、彼女の傷はそこに起因しているらしかった。同時に、その言葉は、フェルパーに一つの思いを芽生えさせていた。
「……俺じゃ、代わりにはなれない?」
すると、エルフはまた冷たい視線を送った。軽蔑の混じった、不快な視線だった。
「あら、やはりわたくしを抱きますの?」
「嫌なこと忘れられるんなら」
「それは口実でしょう?」
「じゃあ別にいいよ。お金もらえるわけでもないし」
そう言うと、エルフの表情が一気に険しくなった。
「あなたにとっては、たかがお金の問題と同列ですの!?」
「君が言ってただろ?俺、人好きになったことなんてないもん。それがどんなもんかなんて、わかんないよ」
「だからって、そんな言い方!」
「それから、たかがお金って言うけど、お金がなきゃご飯も食べられないし、宿代だって払えない。生きていけないよ」
「で、でも…!」
「それに……噂ぐらい、聞いたことない?俺に、関すること」
すると、エルフは一瞬たじろぎ、そして訝しむような目でフェルパーを見つめた。
「……ただの、噂だと思ってましたわ。嫉妬から出た、根も葉もないものだと…」
「本当なんだ。だから、俺にとっては、ヤる……えっと、体を重ねる……でいいのかな?それはお金と直結してるんだよ。だから、
つい、ああ言っちゃったわけなんだけど、別に君を怒らせるつもりじゃなかった」
ピアスのついた右耳をパタンと動かし、フェルパーは大きな溜め息をついた。つい勢いで言ってしまったが、これでエルフから
嫌われるのは、何となく嫌だった。
「そりゃ、俺そんなだから言葉知らないし、どう言ったら君が怒るのかもわからない。でも俺、嘘は言ってないよ。君が嫌なこと
忘れられるんなら、俺は君を抱きたい。……なんでだろうな?自分から相手を求めるの、俺初めてだよ」
喋ってるうちに、自分でもよくわからなくなってきてしまった。しかし、言葉に嘘はない。
少なからず、エルフはショックを受けたようだったが、やがて少しずつ、いつも通りの表情が戻ってくる。
「もしかして、わたくしのことを、好いてくれてますの?」
「そうかもしれない」
「『かもしれない』なんて、ロマンがありませんわね。そこは、そうだと言い切って欲しかったですわ」
「ん〜……できれば、君が一番好きな人になりたい」
「それは無理ですわ。記憶の中のあの方は、例えどんな貴族や英雄であろうと、まして湖に映える月であろうと、かないはしませんわ」
「じゃ、二番目でいいや」
「ふふ、本当に変わってますわね。普通、殿方は何でも一番になりたがるものじゃなくって?」
「高望みはしないよ。人間平等じゃないんだし、一番になれないことだってあるだろ?」
そう言うフェルパーの頬を、エルフは優しく撫でた。
「二番目どころか、好きになる保障もありませんわよ?」
「それならそれで、しょうがないよ。でも君が、嫌なこと忘れられるなら、それでいい」
お返しとばかりに、フェルパーはエルフの頭を撫でた。
「……男娼というものは、女の方でも抱きますの?」
「求められればね。もちろん料金はもらうけど」
「なら、商談成立ですわね。あの方の代わりに、わたくしを抱いてくださいな」
「料金はまけとくよ。仲間からまで、お金を取る気はないしね」
エルフが椅子から立ち上がると同時に、フェルパーは慣れた手つきで彼女の体を引き寄せた。
「あっ…!」
そのまま、驚いた顔のエルフにキスをする。自分からは舌を入れないが、それでいて唇を強く吸う、意外に情熱的なキスだった。
しばらくそうしてから、唇を離す。エルフはまだ少し驚いた顔をしていたが、やがてちょっとだけむくれてみせる。
「もう。キスは舌が触れ合うのが好きですのに」
「ごめん。でも俺、こうだから」
そう言い、フェルパーはペロッと舌を出す。その表面には、白い棘が大量に生えていた。
「……痛そうですわね」
「傷つけるの、嫌だからさ。あんまり激しくなくていいなら、できるけど」
ふふっと、エルフは小さく笑った。
「それじゃ、お願いしますわ」
「お望みとあらば」
再び、唇を重ねる。そっとフェルパーが舌を入れると、エルフも慎重に舌を絡める。そのエルフの舌を包むように、フェルパーの舌が
絡みつく。少し驚いて舌を引っ込めようとすると、かすかにジョリッと音が鳴った。
すぐにフェルパーは舌を戻し、少し唇を離す。
「ごめん、大丈夫?」
「え、ええ。ちょっと痛かったけれど」
「引っ込めようとすると、棘が立っちゃうんだ。安心して、俺に任せて」
「……本当に、大丈夫なんですのね?」
「それでご飯食べてたからね」
冗談めかして言い、エルフの頭を優しく抱き寄せる。すると、意外にもエルフはそのまま体を預けてきた。
改めて唇を重ね、舌を絡める。言われたとおり、エルフはあまり積極的に動かず、フェルパーに任せている。そんな彼女の舌に舌を絡め、
時々遊ぶように口蓋をなぞったり、歯に舌を這わせたりする。エルフも少しずつ慣れてきたらしく、舌が絡んでいない時は、彼の口の中に
舌を這わせてきたりする。
お互いの口の中を舐め、思い出したように舌を絡める。そうしてじゃれ合ううち、ふと気がつくと、いつの間にかエルフの上着はおろか、
ブラジャーまで剥ぎ取られていた。
「……っはぁ!ちょ、ちょっと!いつのまに脱がせたんですの!?」
エルフは慌てて唇を離し、両手で胸を隠す。フェルパーはちょっと困ったように視線を外した。
「いや、キスしてる間に。その、驚かせちゃったかな?」
「い、いきなり裸にされていれば、誰だって驚きますわ!その……本当に、慣れてるんですのね…」
「何度も買ってもらうためには、色々できなきゃね」
白いうなじを抱き寄せ、唇で甘噛みしつつ、つっと舌先を這わせる。エルフの体がピクリと震え、大きな耳がくたっと下がる。
「んっ!い、色々……とは?あっ!」
首筋にキスをすると、フェルパーは少しだけ唇を離した。
「ほとんど男相手だったけど、大きく分けて性格は三つ。抵抗されるのが好きな奴、大人しくしてるのが好きな奴、積極的にされるのが
好きな奴。まずはそれを知ること」
再びエルフの体を抱き寄せ、右手を少しずつ腰の方へとずらす。思わず体を強張らせると、フェルパーはその手を止めた。
「その中でも、さらに細かく分けられる。抵抗だって、本気で抵抗しちゃっていい奴もいれば、抵抗するフリぐらいじゃないとダメな
奴もいる。技術も、うまい方が好きだったり、ちょっと下手なぐらいが好きだったり。結構面倒くさいんだよ」
優しく抱き締めながら、フェルパーはエルフの太腿に尻尾を這わせた。その体勢では普通ありえない場所を突然触られたエルフは、
ビクリと体を震わせた。
「あっ!?な、何!?え!?」
「大丈夫。俺に任せて」
優しく言って頭を撫でてやると、エルフの緊張が少しずつ解けていく。それでもしばらくは吐息が震えていたが、それもだんだんと
落ち着いていく。それまでずっと、フェルパーは彼女の頭を優しく撫でていた。
「し……尻尾、ですのね?」
「うん。君達にはないから、慣れてないんだね」
軽く内股を撫でると、今度は尻尾が腰に絡みつく。その尻尾がするりと動くと同時に、フェルパーはエルフの後ろに回りこんだ。
「大丈夫、安心して」
耳元で囁くと、フェルパーは尻尾を離し、エルフの胸に手を這わせた。
「んくっ…!」
エルフの体が跳ねる。フェルパーの手が乳房を包み、同時に指の間で乳首を挟み込む。そうして乳首を転がすように刺激しつつ、全体を
捏ねるように揉みしだく。
「んっ……く、ぅ…!」
彼の手が動く度、エルフは体を震わせ、声を漏らすが、その声は抑え気味である。どうも、恥ずかしさ以外の理由があるようだった。
あえてその事には触れず、フェルパーは優しく愛撫を続ける。一瞬尻尾を動かしかけたが、慣れていないことを思い出してやめる。
代わりに、後ろから耳を優しく噛んだ。
「あっ!」
耳と体がピクンと動き、エルフの手が肩越しにフェルパーの頭を触る。抗議と期待が半々に入り混じった、判断しにくい行動だった。
「もう少し、こうしていたい?」
耳から口を離し、そう囁きかける。振り向いたエルフの目は、僅かに潤んでいた。
「そんな、こと……聞かれましても…」
「そっか。じゃ、もう少し続けようか」
言いながら、右手を胸から離し、腹の上を滑らせる。腰を撫で、一度太腿に触れてから、そっとショーツに手を差し込み、包むように
秘部を触る。
「んあっ…!」
のけぞり気味だったエルフの体が、一転、のめるように変わる。フェルパーの指が敏感な突起を撫で、摘み、そして襞を開かせ、体内に
侵入すると、エルフは体をくの字に折り曲げ、フェルパーの手を押さえた。
「も、もう、やめっ…!」
「もう、こんなに濡れてる。敏感なんだね」
いたずらっぽく囁くと、エルフは微かな非難の篭った目でフェルパーを睨んだ。しかし、そこに怒りはない。
「ベッド、行こうか?」
フェルパーが言うと、エルフは顔を赤くしながら頷いた。それを確認すると、フェルパーはエルフをひょいと抱き上げ、優しくベッドに
寝かせた。
上気した顔で見上げるエルフ。今までの、どこか強気な表情は見る影もなくなっており、代わりに生まれたての赤ん坊のような、何とも
不安げで弱々しい表情を浮かべている。
フェルパーも服を脱ぎ、そっとエルフに覆い被さる。途端に、その表情はますます不安げになり、両手を口元に当ててぎゅっと握る仕草が、
彼女を普段よりずっと幼く、また頼りなく見せる。
何も言わず、そっとショーツに手をかける。確認するように目を見ると、エルフは不安そうな顔のままで、こくんと頷く。
最後の布が取り除かれると、エルフは真っ赤になった耳をへにゃっと垂らし、今にも泣き出すのではないかという目でフェルパーを
見つめる。そんな彼女の頭を、フェルパーは優しく撫でた。
「安心して。辛い思いはさせないから」
その一言を聞いた瞬間、エルフの表情が僅かに硬くなった。が、それもすぐ元に戻る。
既にエルフの体は、相手を受け入れる準備ができている。足を開かせ、その間に体を入れると、エルフはぎゅっと目を瞑った。
「……いくよ?」
「うん…」
粘液に塗れた秘部に自身のモノを押し当て、ゆっくりと腰を突き出す。
「くっ……ぅああ!あっ!」
体をのけぞらせ、エルフは抑えきれずに嬌声をあげる。その声は、普段の雰囲気などまったくなく、むしろただの女の子のものにしか
聞こえない。そんな彼女の体を優しく抱き締め、フェルパーは耳元にそっと囁く。
「大丈夫?」
「は……うぅ…!う、うん…」
「無理も我慢も、しなくていいからね」
ゆっくりと腰を動かす。エルフの中は固く、まるで処女であるかのように閉じられている。フェルパーは半ば無理矢理、その中に
押し入っていく。だが、強引に分け入っているにもかかわらず、エルフが苦痛を訴えることはなかった。
「はっ、んっ!……う……ぁぁ…!」
時折、エルフは何かを呟こうとする。しかし、それは言葉にならず、ただ彼女の漏らす吐息の一つにしか聞こえない。フェルパーはそれを
敏感に感じ取っていたが、あえてそれを聞きはしない。
慣れてくるに従い、エルフの中は少女のそれから、幾度となく愛された女のそれに変わっていく。入ってくるフェルパーのモノを優しく
受け入れ、引き抜く時には、それを嫌がるようにぎゅっと締め付け、同時にエルフ自身も熱い吐息を漏らす。
少しずつ、フェルパーの動きにも変化が加わる。突き入れる時には強く突き入れ、引き抜く時にはエルフを焦らすように、ゆっくりと
引き抜く。エルフもそれに応え、突き入れられる時は力を抜いて優しく受け入れ、じんわりと締め上げる。引き抜かれる時には、
自身の愛液に塗れたモノを痛いほどに締め付ける。
「んううぅ!あくっ!う、ううぅぅ…!」
「気持ちいいよ。俺も、すぐイッちゃいそうだ」
頭を撫でながら言うと、エルフは少しだけ微笑んだ。と、今度は彼女の方から、フェルパーにしがみついた。
「んんっ……あ、あの…!」
「ん、何だい?」
エルフの体を抱き締め、フェルパーは一旦動きを止めた。
「そ、その……できれば、後ろから…」
その言葉は、少し意外だった。彼女の性格からすれば、お互いの顔が見え、なおかつ抱き合いやすいこちらの方が好きだと思って
いたからだ。まして、獣のようなその体勢を、エルフが好むとは思えなかったのだ。しかし、続く言葉で、それにも納得する。
「それで、その……後ろから、ぎゅって……抱き締めて…」
「わかったよ。君は甘えん坊だね」
いたずらっぽく笑うと、フェルパーは一度モノを彼女の中から引き抜く。ちゅぷっと小さく音がし、エルフの体がピクンと跳ねた。
彼女の体を持ち上げ、そっとうつ伏せに寝かせる。その体を後ろから抱き締めると、エルフは一瞬体を強張らせた。
少し思うところがあり、うつ伏せに寝かせた彼女の体を、ころんと横向きに直す。その上で、フェルパー自身もその隣に寝転び、改めて
後ろから抱き締める。今度は、エルフは体を強張らせる代わりに、近くにあった枕をぎゅっと胸元に抱き締めた。
再び、彼女の中へ押し入る。後ろから抱かれていると安心するのか、中はそれまでほどきつくはない。
「んぅ…!ふ、うぅぅ…!」
抱き締めた枕を口元に押し当て、エルフは声を押し殺す。恐らく、以前もこうしていたのだろう。
彼女の背中に、腹をぴったりと押し当てた状態で動くのは多少難しかったが、それでも動けなくはない。今までと違って勢いは
つけられないため、今度は突き入れる際に角度をつけてやる。
「どう?お腹の方擦るの、気持ちいい?」
「んんんっ……んぅ〜…!」
まともな返答はないものの、態度が全てを物語っている。既に吐息は荒く、熱く、抱き締めた体も真っ赤に染まっている。限界が
近いことは、誰の目にも明らかだった。
「く、ごめん…!俺も、そろそろやばい…!」
「ふっ、くっ!うう、ううぅぅ!!」
枕を噛み、必死に声を堪えるエルフの姿は可愛らしく、つい思うがままに動きたくなってしまう。それを必死に堪え、フェルパーは
彼女が一番反応する責め方を続けた。やがて、中が今までにないほど強く蠢動したかと思うと、エルフの体がビクンと跳ねた。
「ふぐぅっ!んううぅぅ!!!!」
弓なりに反った体がビクビクと痙攣し、同時に膣内も激しく収斂する。きつく締め上げたまま、体内の奥までモノを引き込もうと
するような動きに、フェルパーも一気に追い込まれた。
「俺も、限界っ…!出る!」
エルフの体を強く抱き締め、フェルパーは一際強く突き入れた。同時に、エルフの体内でモノがビクンと跳ね、彼女の中に熱い精液が
注ぎ込まれていく。それに反応し、膣内が最後の一滴まで搾り取ろうとするかのように蠢動し、フェルパーのモノを扱き上げる。
「くっ……中、すごっ…!」
「ふ……く、ぅぅ…!」
体内で何度かモノが跳ね上がり、少しずつその勢いが弱まり、やがて治まると、フェルパーはゆっくりとエルフの中から引き抜いた。
その時、エルフは呆然とした表情のまま、口の中で何か呟いた。
「……パぁ…」
フェルパーの耳には、はっきり聞き取れた。それが、彼女の傷だったのだ。
彼のモノが完全に抜け出ると、エルフはしばらくボーっとしていた。が、やがて中から溢れる精液を、自身のハンカチで拭い、
のそりとベッドから身を起こした。
「……エルフ…」
フェルパーの声には答えず、エルフは黙々と制服を身に着けていく。そして、完全に元通り着てしまうと、寂しげな目でフェルパーを
見つめた。
「……やはり、あなたのことは……愛せませんわ」
小さな声で、しかしはっきりとエルフは言い切った。
「一番にも、二番にもできない。愛することは、できませんわ」
フェルパーは小さく溜め息をつくと、落ち込んだようにうつむいた。
「どうしても、かい?」
「ええ。あなたの優しさが、わたくしには辛すぎますの……あなたが、あの方を真似れば真似るほど、あなたが私の中で、完全にあの方と
同化してしまう…」
エルフは悲しげに首を振った。
「あの方は、何人たりとも、代えられませんわ。あの方は、わたくしの中の、最も大きな方。それを、あなたで塗り潰すことは、
決してできませんの。あなたが真似れば、あの方があなたに代わってしまう。あの方は、わたくしの中の一番でなくてはなりませんの」
あまりに抽象的で、フェルパーにはその言葉が理解しにくかった。が、おおよその意味と、自分の何が敗因だったかは理解できた。
「そっか……なるべく、君の記憶にある人と、同じにしようとしたのが、まずかったんだね…」
「そこは、さすがと言いたいですわ。わたくしの表情や態度から、どのように抱かれていたのかを、瞬時に察してしまうなんて。
でも……あれほどまで似てしまうと、ダメなんですの…」
「あ〜あ、そっかそっか……女の子は難しいなあ……男相手なら、色々知ってるんだけどなあ」
フェルパーが悲しげに耳を伏せると、エルフは優しい視線を向けた。
「でも、勘違いなさらないで。愛とは違うけれど、あなたはわたくしにとって、一番好きな方ですわ。その優しさ、純粋さ……その点に
関しては、きっとあの方より、あなたの方が好きですわ」
「……じゃ、いいや。それで満足だよ」
強がりのように言って笑うと、エルフも僅かに微笑んだ。そしてドアに向かおうとすると、再びフェルパーの声が聞こえた。
「それにしても、傷は舐めれば治せると思ったんだけど……逆に、辛い思いさせちゃったかなあ」
それを聞いた瞬間、エルフの顔に今までと違う笑みが浮かんだ。それは、彼女が何か言葉遊びを思いついたときに浮かべる表情だった。
「それはそうですわ。あなたの舌では、丁寧に舐めれば舐めるほど、傷を抉ってしまいますわ」
一瞬その意味を考え、フェルパーはポンと手を打った。
「ああ、なるほど。じゃ、舌先で舐めるだけにすればよかったのかぁ」
「でも、それじゃ物足りませんわね」
「じゃあどうすればよかったんだよー」
「どう足掻いても、無理な事というものはありますわ。諦めが肝心ですわよ」
「……やっぱ、種族によっても性別によっても色々違うんだし、人間平等じゃないよなあ…」
「それには、同意しますわ。だからこそ、人それぞれに幸せがあるんですわ」
「前向きだね」
「あなたの、おかげでしてよ」
そう言い、にっこりと笑いかけるエルフ。その顔を見ると、フェルパーも心なしか幸せな気分になった。
「なら、いいか」
「ふふ。あなたとは、いいお友達になれそうですわ。それでは、ごきげんよう」
優しい笑顔を残し、エルフは去って行った。それを見送ってから、フェルパーはベッドに寝転び、彼女の言葉を考えた。
「…………じゃ、今まではいいお友達じゃなかったのか…」
どうでもいいような、重大なような、そんな疑問が、彼の中に残るのだった。
エルフと『いいお友達』になってから約二ヶ月。相変わらず、パーティの仲間とは若干の距離があった。
そんなある日、立て続けに高価なアイテムを拾ったことで、資金に余裕の出来た一行は、それのお祝いにかこつけて探索を休んでいた。
全員でセレスティアの部屋に集まり、どうでもいい話に花を咲かす。が、元々距離があるため、無難な話題はすぐに出尽くしてしまう。
いい加減解散かと思ったその時、ドワーフが少し遠慮がちに口を開いた。
「ところでさー、みんな、ちょっといい?」
「どうしたんですか?」
「あのさー、これ聞くのはタブーかとも思ってたんだけど、どうしても聞きたいんだよねー」
いつもの軽い調子で言うと、ドワーフは一同の顔を見回した。
「みんなさ、どうしてこの学校来たの?」
一瞬、確かに空気が凍った。それを察したのか、ドワーフがすぐに口を開く。
「あー、その、みんな何か似たような空気あるからさ。まあいいや。言いだしっぺだし、あたしから言おうか。みんなは言っても
言わなくてもいいよ」
軽く息をついてから、ドワーフは口を開いた。
「あたしはさ、早くに親が死んじゃってさー。ていうかさ、顔も全然覚えてないから、親なんて言われたってピンと来ないんだけどさ。
そんで、親戚中たらい回しになったんだよねー。ま、みんな裕福なわけじゃないし、要はいらない子だったってわけ。あはは!」
本人は楽しそうに笑うが、誰も笑うことなど出来なかった。
「んでさー、ご飯もらえないまま二・三日放っておかれたりさ。そんなんばっかだったから『ああ、こりゃ自分で何とかしないと』って
思って、それでこの学校来たんだ。じゃないと、いつか親戚に殺されそうだったしー」
「そ……そんな辛い話なのに、どうして笑ってられるんですか!?」
セレスティアが、信じられないと言った様子で叫ぶ。すると、やはりドワーフは笑った。
「えー、だってさ、これで笑うのまでやめちゃったら、あたし、ほんとに悲しさで潰されちゃうもん。笑ってればさ、悲しくなったって
泣かないで済むし、何となくどんなことでも楽しくなるじゃない?あはは!」
彼女は、笑うしかなかったのだ。それが彼女にとって、生きるための手段だったのだ。
「なんだ、やっぱり君も、そういうのあったんだ」
思わず、フェルパーはそう言っていた。
「お?もしかして、フェル先輩も?」
「ああ、まあね」
もう、ここまできたら全て喋った方がいい。きっと、最初に感じた感覚は、間違いではないはずだ。そう判断し、フェルパーは話し出した。
「俺のことはさ、みんな噂ぐらい聞いたことない?あれ、本当」
「……元、男娼…」
ヒューマンが、ぼそりと呟いた。
「そう、それそれ。俺もさ、親が早くに死んじゃって……でも、ドワーフよりマシだな。俺は、何となくだけど、親の顔覚えてるから」
もう輪郭すらおぼろげでも、きっと記憶にないよりどんなにかマシだろう。そう思うと、フェルパーは心の底からドワーフに同情した。
「それで、小さいから何もないだろ?だから、体売るしかなかった。この学校来たのだって、冒険なんかしたかったわけじゃない。ただ、
寮生活だって言うのに惹かれただけなんだ。少なくとも、住む場所と食べ物は確保できるわけだからさ。だから、俺はここに来たんだ」
「そ、そんな……そんなことしなくたって、何か別の方法がっ…!」
そう言いかけるセレスティアに、フェルパーは純真な目を向けた。
「ないよ、そんなの。だって、せいぜい5歳とか6歳の子供に、何が出来るんだよ。他に出来るとしたら、盗みぐらいしかないし、それは
成功しなかったし、あまりやりたくなかったし。知らない子供が死に掛けてたって、ほとんどの人には関係ない話だしね」
もはや、誰も何も言わない。そんな中、今度はエルフが口を開いた。
「愛する者がいなければ、誰とでも寝られる……でも、元より愛を得られなかったのと、愛を失ったのとでは、やはり違いますわね」
「だから前、俺と正反対だって言ったのかな?」
「そうですわ。誰かと体を重ねることは知りつつ、そこに愛はない。そこが似ているけれど、やはり正反対」
静かに息をつくと、エルフはぽつぽつと話しだした。
「わたくしは、ある方を愛しましたわ。その方も、わたくしを心の底から愛してくれましたわ。でも……普通は、認められませんわね。
娘と、父なんて間柄は」
気だるい笑みを浮かべ、エルフは続ける。
「それでも、わたくし達は愛し合ってましたわ。初恋の相手はパパ、わたくしを女にしたのもパパ。あの優しい、どんな歌い手も
かなわないテノール、彫刻の如き均整の取れた体。ああ……今思い出しても、うっとりしますわ」
あの時、フェルパーに抱かれた後呟いた一言。『パパ』が、彼女の傷なのだ。
「初めてのわたくしに、ずっと耳元で優しい言葉を囁いてくれたパパ。世界で一番好きだと言ってくれたパパ。とても物静かで、優しく、
男らしかったパパ。あの暖かな腕、体、目。ああ……あの頃のわたくしは、幸せでしたわ。世界で最も愛する方に、世界で最も愛されて
いたんですもの。でも、ある日とうとう、母に関係がばれましたの。わたくしの、声を聞かれて」
今までの表情から一転、エルフの顔に暗い影が差した。
「パパは、母もわたくしも、世界で一番愛してましたの。殿方は、器用ですわ。一番を、いくつも作れるんですもの。……皮肉じゃ
なくってよ?でも、女は違いますの。一番は一つだけ、そして一番愛されたくて、パパのそれを信じられなかった。……パパは、母も
わたくしも愛していたんですの。どちらかを選ぶことなど、出来ませんでしたわ。どちらも愛して、どちらも選べなかったパパは、
とうとう……短剣で、心臓を永遠に止めてしまいましたわ。もちろん、母はわたくしを憎みましたわ。だからわたくしは、ここに逃げて
きたんですの。あのままではきっと、母に殺されましたわ」
「……あたしの話なんか、何だかちっぽけに思えてくるなー」
ドワーフが、苦笑いしながら呟いた。
「パパが死んだ時点で、わたくしはこの世に未練などありませんでしたわ。でも、パパはそんなの望むわけがありませんわ。ですから、
わたくしは生きるんですの。パパのいなくなった世界を、命ある限り、生きますの。それが、パパに報いる、ただ一つの方法だから」
フェルパーは理解した。彼女の傷は、同時に彼女の生きる意味であり、ただ一つの指標なのだ。だから、彼女はもう誰も愛することは
できないのだ。
「……幸せを失う苦しみは、僕は味わったことがない。これは一体、幸せなのか、不幸なのか、ね」
ディアボロスが、いつも通りの茫洋とした口調で話しだした。
「僕は、先輩やドワーフと同じ。ただ、僕の場合は親に捨てられた。先輩と違うのは、孤児院に引き取られたことぐらいかな」
不幸の塊とは、こういう相手を言うのだろうかと、フェルパーはぼんやり思った。彼には、誰もが普通に得られるはずの愛すら、
与えられなかったのだ。
「種族がこんなだから、僕はいじめられたよ。何か問題が起きれば、何でもかんでも僕のせい。それが嫌で、必死に努力したけど、それも
認められず。ほんと、世界が平等だなんて言う人は、よっぽどお気楽な人生送ったんだとしか思えないよ」
その言葉に、セレスティア以外の人間が一斉に頷いた。
「陰湿ないじめも多くてさ。ご飯がもらえないとか、靴の中に刃物入れられたり、椅子に釘撒かれたり。ほんと、散々だったよ。
冬に締め出し食らったのはきつかったなあ。あの時はほんと、死ぬところだった。その後高熱出しても、誰も看病してくれなかったし。
そんな時にさ、ここの話聞いて、ここなら僕もまともに扱ってもらえる、一人で生きられるようになるって思って、それでここに来た。
ま、他の人よりは幾分かマシかな?他のみんな、重い人生背負い過ぎだよ」
そうは言うものの、彼の人生とて決して楽ではない。それに、種族ゆえの苦労をしているのは、彼だけだ。
「……初めから地獄にいるのも、不幸だ…。でも、幸せの高みにいれば、突き落とされた時の衝撃はでかい……どっちが不幸かなんて、
誰にもわからないさ…」
木枯らしが通り抜けるような声で、ヒューマンが喋りだした。
「うちは、普通の家庭だった…。父さんが商人で、母さんと、兄さんと、俺と、妹と……どこにでもいる、普通の家庭だったんだ…」
『だった』という響きが、既に不穏である。まして、今の彼を見る限り、幸せな人生を歩いているはずがない。
「でも、ある日父さんが失敗して……何もかも、失った…。それでも、みんな頑張ろうとしたんだ…。だけど、うちは爺さんの、そのまた
爺さんの代から続いた商人で……父さんは、その重圧に耐え切れなかった…」
深い深い、やりきれない溜め息を一つついて、ヒューマンは続きを話し出した。
「父さん、狂っちゃったんだ…。それで、もう死ぬしかないと思い込んじゃったんだ……自分だけじゃなくて、家族もね…」
「……続きを聞くのが怖いですわ…」
エルフが、暗い声で呟いた。実際、彼の佇まいもあって、話は怪談の様相を呈している。
「斧を持ってね、追い掛け回すんだ…。兄さんが止めようとして、頭を割られて、血を流して……兄さんに駆け寄った母さんは、首を
落とされてさ……俺は……逃げたよ…。妹が後ろで、『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って、泣き叫んでたのに……怖かったんだ、死ぬのが…。
死にたくなかったんだ……一人で逃げて、隠れて、生き延びて……父さんは、家族を皆殺しにして、自分も死んじゃったよ…」
「ひどいな。僕だったら、そんなの許せない」
ディアボロスが呟くと、ヒューマンは悲しげに笑った。
「でも、父さんなんだ……俺の、父さんなんだ…。母さんも、兄さんも、妹も、父さんだって……俺の家族だ。どうしたって、
嫌いになんて、なれないんだ。俺は、こうしてみんなを犠牲にして、生き延びた。だから、死ねないんだよ。だから、一人で
生きるために、この学校に来た…。生き抜いて、金を貯めて……いつか俺は、父さんの店を建て直してみせる……そうすれば、
きっとみんな、安らかに眠れる…」
嫌いになれないのもまた不幸だと、フェルパーは悟った。家族を殺した相手を、せめて憎めれば、彼もどれだけ楽だったろう。
同時に、フェルパーは今までに出会ったパーティの仲間達を思い出した。
いつも全力を出すわけでもなく、フェルパーから見れば真面目に生きていない彼等。それは、仕方のないことだったのだ。地獄を
見た事がない者と、地獄の中で育った者では、価値観が違って当然だ。だから、彼等は彼等で、真面目なのだ。ただ、常に死力を
尽くすということを、知らないだけだったのだ。
それに気付き、フェルパーが少し優しい気持ちになれたその時、突然セレスティアがわあっと泣き出した。あまりに唐突で、全員が
驚いてそっちを見る。
「ど、どうしたの?」
「わたくし、自分が恥ずかしいです…!みんながそんな……ぐすっ……そんな辛い思いしてたなんて、知らなくて…!
ごめんなさい……ごめんなさい…!」
裏を返せば、彼女はこういった苦労をまったく知らないで育ってきているのだ。それに気がついたのか、エルフが優しく話しかける。
「あなたは、辛い思いは、していないんですのね?」
「えっく……ひっく……わ、わたくし、みんな冒険者に憧れてきたんだとばっかり……う、うえぇ〜ん!」
そんな彼女に、五人は傷を持つ者にしかわからない、優しい微笑みを向けた。一人でも、そういう者がいてよかった。そんな思いの
篭った、世界で最も優しい微笑みだった。
「そうだ!セレスちゃん、家の話してよ!あたし、すっごく聞きたいな!」
ドワーフの言葉に、セレスティアは怯えきった目を向けた。
「い、嫌ですっ!わ、わたくしは、そんな……そんな話するなんて、そんな資格…!」
「違うよ。僕達はもう、不幸な話なんて聞きたくないんだ。世の中に、幸せもあるんだってこと、教えてくれないか?」
「そうですわ。たまには、ハッピーエンドの話を聞きたいものですわ。それに、ここには仲間の幸せを妬むような人はいなくてよ?」
普段はいがみ合うはずのディアボロスとエルフの合体技を受け、セレスティアは助けを求めるようにフェルパーを見た。
「俺も、聞きたいな。普通の家庭って、俺、憧れるんだ」
頼みの綱であったフェルパーにまでそう言われ、セレスティアはがっくりと肩を落とした。それでついに観念したらしく、彼女は
涙を拭き、重い口を開いた。
「は、はい。それなら……わ、わたくしは、普通の家で生まれました…。お父様と、お母様がいて、大切に育ててくれました…」
「ああ……いいなあ、それ…。あたしの両親って、どんなだったんだろう…」
「俺も、そんな頃があったんだよなあ……大切に、してくれてたんだろうなあ…」
遠い目で呟く二人に、セレスティアの表情が強張る。
「そ……そ……それ、で……えっと、あの……寝るとき、ご本を読んでくれたり……お誕生日に、プレゼントでリボンを…」
「誕生プレゼントかぁ……僕なんか、誕生日がわからないからって、そんなのなかったっけなぁ…」
「パパからもらったプレゼント、思い出しますわ…」
「……俺も、妹に本、読んであげたっけな…」
「う、う……うわぁ〜〜〜ん!やっぱりダメですぅ!もう許してくださいぃ〜!こんなの……こんなの、わたくし耐えられません〜!」
「待ってくれ、やめないでくれ。ここでやめられたら生殺しじゃないか」
「……俺も、思い出したいんだ…。みんなと、幸せだった頃のこと……だから、やめないで…」
「そうだよぉ!あたしだって、せっかく妄想楽しんでるんだから!やめたら怒るよ!?」
「うあぁ〜〜〜ん!!わぁ〜〜〜ん!!」
やはり、このパーティは不幸の塊で出来ているのだと、フェルパーは思った。
自分を含め、少なくとも五人はまともな人生を歩んでいない。残る一人のセレスティアは、幸せな家庭に育ったらしい。
が、やはり彼女も不幸である。少しでも運のある人間なら、その話を、こんな不幸の塊達の中で、話しているわけがないのだ。
幸せゆえに、彼女は今不幸だ。でもその分、自分達は彼女の幸せにあやかっている。
人間は平等じゃない。でも、案外妙なところでバランスが取れるのかもしれないなと、フェルパーは思うのだった。