夜が近づきつつある。  
 ディアボロスは、落ち着かなかった。  
 マクスターの無駄な計らい故に、告白する側の生徒は顔を合わせないようにわざわざ別室待機が言い渡されている。  
 つまり、彼が出るのは最後という事になる。前に来る連中がどんな告白をするかというのは聞けないのである。  
 まぁ他人のを参考にした告白台詞なんて無粋だとサラは言いそうだが。  
「ああ、不安だ……不安すぎるぞ俺……! 大丈夫か俺!」  
 何せ朝まで告白する勇気のカケラも無かった彼である。ヘタをすると本当に言えないまま卒業する可能性だってある。  
 そして、未だに。  
「何て言えばいいんだよ、俺……」  
 台詞の一つも考えていなかった。情けない男である。  
 
 イベントのメインとなる会場は食堂で、食堂に集まった全校生徒の前で好きな相手に思いを告げる、という内容のイベントだが。  
 しかし、場合によって対象が被る場合も出て来るし、自分の好きな相手が別の相手が好き、という場合もある。  
 そしてもう一つ。  
 告白する、とは言っていないが別の相手が自分の好きな対象に告白するという事に気付いてしまった場合、である。  
 そして見事に、それに引っ掛かった男が1人いた。  
 肩書きは生徒会副会長。君主学科のセレスティア男子で学年は最上級。  
 成績も優秀な方だが性格はやや悪い為、セレスティアという種族の中では人を選ぶタイプ。  
 その名前を―――――ギルガメシュといい、どこぞの英雄と同じ名前を付けられていた。  
「最悪だ……」  
「何がだ、ギル?」  
 ギルガメシュの呟きに、マクスターは隣りで楽しそうに、実に楽しそうにイベント会場でもある食堂を眺めながらそう答える。  
 生徒会役員は運営の為に結局付き合わされる羽目になったようだ。  
「今回の事さ……俺らさぁ、今年度で卒業なんだよな」  
「まぁ、そうだな」  
「だからマックよぉ、俺らが告白を思い立った所で参加できねぇんじゃ意味ねぇだろうがよ」  
「そうは言われてもなギル……」  
 マクスターはギルガメシュに視線を送り、そこで彼が心底最悪な顔をしている事に気付いた。  
 まさか後輩1人の為に学校全土を巻き込んだ、とは流石のマクスターも言えなくなってしまった。  
「……なぁ、ギル。お前、好きな人でもいたのか?」  
「…………ああ」  
「そうか」  
 マクスターはギルガメシュから視線をそらし、息を吐いた。  
 穏やかな種族でディアボロスと仲が悪い、というのがセレスティアという種族の特徴だが、彼は別にディアボロスじゃなくとも周囲に比べてやや孤立しがち、というか孤高の存在であった。  
 そう、セレスティアにしては珍しく自己中な奴で、そして彼自身も積極的に友人と関わろうとはしなかった。  
 入学当初はセレスティアの模範生(マクスター共々)のような存在だったのに、とマクスターは思う。  
 しかしそんな彼が、このイベントで女子に告白をしようと考えていたとなると。  
「なぁ、ギル……だったら、今からでもまだチャンスはあるかも知れん。タークに手伝わせるから……」  
「いや、いいよマック……。そいつに対して、告白するっつー野郎が1人いんだよ。そいつに悪い」  
「……………………そうか」  
 それが誰かは解らないが、珍しいなとマクスターは思った。  
「………そいつが、その子を幸せに出来るかと思うと、俺にはそうは思えねぇけどよ……」  
 ギルガメシュはそっと呟く。  
「なんか言ったか、ギル?」  
「うんにゃ、空耳じゃねぇの?」  
「そうか」  
 マクスターが視線を戻し、ギルガメシュはそっとマクスターが気付かぬうちに、待機していた部屋を出る事に決めた。  
 そう、マクスターは気付かなかった。  
 同時に、ギルガメシュの中に渦巻き始めた思いにも。  
 
 イベントが発表された時は、お祭り好きの生徒会長の気まぐれかと思ったが、いざ始まってみるとあながちただのお祭りでは無い様子が出て来ていた。  
 例えば、あるドワーフの男子によるエルフ女子への場合。  
「いいか、オレはお前の事を1ミリたりとも好きだなんて思っちゃいねぇからな! けどよ、今のパーティ解散したくねぇんだよ、お前の魔法が無駄に便利だからな!  
 だからよ、連携云々も考えておくべきだから付き合っておくべきかなんて思っただけだ! 勘違いするなよ!」  
「何言ってますの? 勘違いも甚だしいですわね! 私だって貴方みたいなドワーフなんかゴメンこうむりますけど確かに貴方のような前衛がいるから安心して闘えるのも事実ですわ。  
 まぁ連携云々を考えて日常生活を共にするのも悪くない話ですけど私は貴方の事は嫌いですからね! 忘れては困りますわよ!」  
「好きだなんて絶対言わねぇからな!」  
「当たり前ですわ! 私もよ!」  
 ……見事なツンデレ具合である。  
 他には、あるヒューマン男子によるノーム女子への場合。  
「好きだ」  
「嫌です」  
「ぐはぁっ!?」  
 僅か3秒で玉砕。  
 女子から男子というパターンもある。  
 例えばあるフェルパー女子によるディアボロス男子の場合。  
「……あ、あうぅ……にゅぅ……」  
「……………」  
 頑張れ、という声が響く中、フェルパーはゆっくりと口を開いた。  
「お、お、お、お前の事を、あ、愛してる……」  
「そうか」  
「……………」  
「ならば、付き合おう。俺もお前を愛している」  
 ディアボロスの人間関係の不得手さが露呈していた。大変である。  
「先輩、面白いですか?」  
 美化委員長であるセレスティア女子が熱心に告白してくる人々を眺めているのに気付いたサラがそう口を開いた。  
「あら、サラさん。ええ、なかなか面白いですね」  
「先輩も人気高いから告白される可能性、あるんじゃないですか?」  
「に、人気高いってそんな……」  
「別名『委員長越え』を達成した男子は1人もいませんけどね」  
「………何か恥ずかしいですね、そういうの。それに、私はもうそろそろ卒業ですし」  
 例え誰かに告白されたとしても、もうすぐ終わってしまう学園生活の中でどれだけの事が出来るのか、と思ってしまう。  
 どれだけの事が出来るのか解らないけど、決して其れは多くは無いだろうし。  
「……でも、先輩が人気高いから先輩と過ごしたいって人も多いと思いますよ」  
「そうかも知れませんね」  
 そして何よりも、彼女自身が好きな人は、今は誰が―――――。  
『では、次の人でラストとなります。最後をハデに飾って、頑張ってねー』  
 食堂に声が響き、一斉に拍手が巻き起こる。トリを飾る奴がどんな奴なのか1目視てみたいのだろう。  
 
 そんな中から現れたのは、1人のディアボロスだった。  
「頑張って」  
 サラがそんな声をかけ、少年は頭を掻く。そして彼女に彼は見覚えがあった。  
 同じ美化委員会で、1学年だけ下の副委員長。仕事にしても、頼りにしている。頼りに出来る、珍しいディアボロス。  
「……好きな人がいる。その人が俺に振り向いてくれるかどうかなんてのは、正直に言うと自信が無い。けど、この場に立ったからには、俺は正直にその思いを伝えたい、と思う。  
 やっぱ恥ずかしいんだよな……」  
 ディアボロスが頭を掻き、委員長は思わず噴き出す。そんなコミカルな姿を見たのは初めてだ。  
「………俺の、いる、委員会の、先輩だ」  
 周囲の視線が、一斉に美化委員長である彼女に向けられた。  
「え? 私、ですか?」  
「……はい。先輩です」  
 思わず答えた彼女に、ディアボロスはそう答える。  
 少しだけ震えている。けど、ディアボロスは1歩前に進んだ。  
「俺は……俺は、貴方の事が好きです。ただ、好きになったとか、そういうんじゃなくて、不器用で、実は勇気もあんまりないけど、そんな俺でも頼りにしてくれる、貴方が好きです」  
 ここで言葉を区切り、少しだけ息を吐く。  
 彼女は黙る。彼はもう1度だけ息を吸い込み、言葉を続けた。  
「もうすぐで、先輩は卒業します。だから、今が最後のチャンスだって、教えてくれた人がいました。卒業してしまったら、もう殆ど機会が無くなっちゃいますから。  
 俺はまだ1年あるけど、先輩はもう1年無いんです。そんな短い間だけでも、いいんです。俺は貴方が好きなんです」  
「………そんな短い間で出来る事は……」  
 たかが知れてる、と彼女が答えようとして彼が言葉を続ける。  
「それだけでもいいです。貴方を好きでいられれば」  
「…………」  
 二人の距離が縮まる。ディアボロスが、歩み寄る。  
「…………そんな事言われても……」  
 彼女の言葉に、ディアボロスがダメか、と息を飲む。  
「もう、困りますね……。けど、貴方の事は嫌いじゃないですから」  
「……………」  
「短くても、いいなら。いいですよ」  
 その答えは。  
 肯定。  
 ディアボロスは今すぐ叫びたい程の衝動に駆られたが、それはどうにか自制する。だが。  
 
 食堂にいる全校生徒はその結果に驚愕し、そして。  
 
 一斉に、拍手が巻き起こった。  
 祝福だ。そう、祝福なのだ。  
「……先輩、これから」  
「ええ、よろしくお願いしますね」  
 拍手の中で、ディアボロスはそっと彼女の手を取って、自分の側に引き寄せた。  
 もう誰から視てもそうだろう。そう、彼らはもう。お互いを想う者達なのだと。  
 
 その中で、1人だけ拍手をしなかった人物が抜け出していくのを、誰も気付いてはいなかった。  
 

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