パルタクス学園も学校である以上、委員会制度が存在する。
学生自治を担当する生徒会を筆頭に、図書室の管理を担当する図書委員会、校医であるジョルー先生の補佐や時には治療や全滅したパーティの回収なども行う保健委員会、
校内の秩序維持を担当する風紀委員会…エトセトラ、エトセトラ。
しかし、各委員会の生徒は一癖も二癖もある生徒ばかり故か日々問題を起こしまくる為に教師の悩みの種であり、また委員会を担当する生徒の中で数少ない良識ある生徒達のストレスの元になっている。
だが、問題を起こさず、波風があまり立っていない唯一の委員会が存在する。それが美化委員会。校内美化を担当する他の委員会に比べればイマイチ目立たない委員会である。
放課後、美化委員会の主な集合場所として使われている実験室では今日も美化委員会が活動を初めていた。
「それでは、今日の活動を始めます」
美化委員長は神女学科のセレスティアの女子で、穏やかな人柄で男女問わず人気が高い事で有名だが彼女自身は恋愛に興味が薄いのか浮いた話はあまりない。
「出席を取る。……空席が二つあるな。誰か理由を知ってるか?」
その美化委員長を補佐する副委員長は意外なことに錬金術士学科のディアボロスの少年で、この物語の主人公である。そう、ディモレアさん家の一人息子の彼である。
授業参観でディモレアが姿を現しはしたものの、彼の母親である事は特にバレもしなかったので幸いにして彼の秘密は守られている。唯一知っているルームメイトも黙ったままなので流石である。
「ドワーフはザスキア氷河に行ったそうです」
「こっちのフェルパーは確かハウラー地下道に行くってさっき聞きました」
「……二人とも迷宮探索か。なら仕方ないな」
「でも今日は委員会があるって伝えてあるはずですよね? 感心できません」
ディアボロスの言葉に、委員長が口を開く。
「まぁまぁ、先輩。彼らだってパーティの仲間がいるんですから。他のパーティメンバーを無視して自分だけ学校で仕事する訳にも行かないでしょう」
「でも……今日は音楽室の掃除があるんですよ?」
「大丈夫ですよ、先輩」
ディアボロスはニカッと笑う。
「俺が三人分働きますから」
母親であるディモレアも実家でともに生活しているライフゴーレム達も家事全般が苦手故か、その全てを一手に引き受けてきたディアボロスである。
掃除など、彼にとっては寝てても出来る特技なのだ。
「……そうですか。本当に、いつも頼りになりますね。初めて会った時はディアボロスなんかで大丈夫かなって、失礼ながらそんな事思ってましたけど、本当に助かります」
「いや、そ、そんな……先輩のお陰です。先輩は、俺みたいな奴にもちゃんと接してくれてますから」
委員長が微笑みながらそう告げると、ディアボロスは思わず顔を真っ赤にする。
同時に、各委員達はニヤニヤした視線を彼に向け、彼は各委員達から視線をそらす。
「ちょ……皆さん、なにニヤニヤしてるんですか! 活動開始です、活動!」
委員長の号令に、各委員は慌てて支度を始める。
だがしかし、ディアボロスはまだ視線をそらしたままだった。
「ほら、あなたも」
「すいません、委員長」
ディアボロスは立ち上がり、慌てて準備を開始した。
音楽室の掃除を終えて、ディアボロスは図書室へと向かった。
寮の部屋に戻る前に調べものをしておきたかったからだ。ただしそれは勉強に関することではない。
「………さて、と」
カウンターを素通り、本棚へと向かう。
あたりをつけて本を取る前に、周囲を確認。誰もいないことを確認してから本を取ろうとして、急に肩を叩かれる。
「やっほー」
「……よう、サラ」
そう挨拶すると、図書委員であり同学年の同級生であるサラは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「で、キミは何の本を借りにきたの?」
「あ、いや、別に……」
手にしていた『気が利かない竜魔メンズの為の恋愛講座』を本棚に戻しつつ、そう答えたがサラは勿論、そのタイトルを見逃したりはしなかった。
「『気が利かない竜魔メンズの為の恋愛講座』……そっか、ディアボロスでも男の子だもんねぇ」
「べ、別にいいだろ。俺がこの本を借りようが、サラにはあんまり関係ないだろ」
「ふぅん。そう思う?」
サラは怪しい微笑みを浮かべている…。
「ふふふ…キミが好きな子は誰か教えてほしいなぁ、なんて思ってないよ?」
口に出してるって事は聞きたいんじゃないか、とディアボロスは思ったが同時にある事を思い出す。
サラの持つノートは様々な人の弱みを書かれている、という事で有名だ。
「……知りたいのか?」
「うん」
「教えなかったらどうする?」
「キミの秘密をね、ゼイフェアのニーナさんと、後、担任のユーノ先生に教えちゃう」
ディアボロスは一瞬でサラが言う秘密の内容を察知した。要は自分の母親の事である。
ユーノ先生ならまだしもあのニーナさんにバラされでもしたら確実に殺される。ニーナさんはそういう人だ。
「………悪魔だ」
「キミが悪魔だけど…で。どうするの?」
サラはニマニマしながら口を開いたので、ディアボロスは諦めてため息をついた。
「……委員長」
「え?」
「俺が好きなのは、美化委員長だ……先輩だ」
「…………あ、やっぱりそうなんだ。結構噂になってるけど、本当なんだ」
既に噂になっていたのか、とディアボロスは言いかけたがやめる。流石に口にしたくない。
ディアボロスは頭をかきつつ、口を開く。
「……この本を読もうとしたのもそれが理由だ……」
「うん。ディアボロスって口が悪い人多いからね。解るよ。でもさ……そんなマニュアル通りの言葉で話して、先輩喜ぶかな?」
「…………」
イマイチ言葉に詰まる。まぁ、マニュアルと言う前例は先人が記した偉大な事だから違和感はないだろう。
だがしかし、それで喜ぶかどうかと聞かれるとまた別問題だ。
「……喜ばないよね。だからさ、キミの言葉で言った方がいいと思うよ? 告白するにしても」
「…………それ以前の問題でだな」
「告白する勇気がない?」
「…………」
図星。
新聞部サラ…恐ろしい子!
「大丈夫だよ! あたしに任せて!」
「余計不安だ」
「ディアボロスの恋愛の達人を呼んで来るから!」
「誰だよ!」
そんな奴がパルタクス学園どころかそもそも存在そのものが怪しいが。
「と、いうことで恋愛の達人、我らが番長を呼んできました!」
「誰が達人や! ちゃうから! 誤解招く発言するなっちゅーねん!」
十分後、パルタクス学園の番長ことタークを文字通り引きずってきたサラは笑いながら親指を立てた。
番長が否定している所を見ると、おそらく恋愛の達人なんてのは嘘に違いない。
「まぁまぁ、ここは可愛い後輩の為を思って番長♪」
「ワイの記憶が確かやならサラもこいつもワイと同級だった筈やけど……」
番長の割に実は最上級学年じゃないターク。意外や意外である。
「やかましい! 兄貴がいるからワイらの上はマトモなんや!」
常に暴走している風紀委員長と世界で一番危険な生徒会副会長がいるという話は嘘なのだろうか。
「……あいつらを一緒にすんなや」
番長はため息をつくと、ディアボロスに視線を向ける。
「で、こいつは何したいんや?」
「美化委員長に告白したいけど勇気がないそうです」
「へぇ……あの攻略不能の委員長越えに挑むんかいな………ちなみに美化委員長にフラれた男子の数は既に三十の大台に乗っ取るで」
「多っ!」
と、いうより番長はなんでそんな事を知っているのかが不思議だ。
「で、番長のタークさん。まずどうします?」
「そうやなぁ……好感度を上げるにはまず本人から好感を持たれるのは一番いいんや」
「美化委員長の彼に対する評価は『頼りに出来る後輩』だね」
「……なんでそんな事知ってんねん」
「乙女の秘密」
サラは何があっても敵に回さないようにしよう、とディアボロスは思った。下手に敵にしようものならいろんな意味で抹殺されかねない。
「ふぅむ……好感そのものは持たれてるんやなぁ。種族相性最悪なのに」
「そうだね。でも、そんな恋ってなんかいいよね。そう、なんていうから超えにくい壁を踏み越えてやる!って感じの」
「そうやなぁ……おっと、そうやった。なら決まりやな。お前さんと美化委員長をくっつける大作戦や!」
「ファイト、おー!」
勝手に二人で盛り上がり始めた…。しかしこの場で席を離れる訳にはいかないようだ。
不安を感じる…。大丈夫なのか、俺?
今日は学生寮ではなく、実家に帰ることを決めたのは勝手に盛り上がるサラと番長のせいでもあるだろう。
どうせ二人の事だ、翌日から強烈な行動力を示してくるに違いない。そうすれば変なことに巻き込まれるのは確実だ。何せサラと番長である。
ハウラー地下道中央に隠された隠し通路から外に出て、ひたすら歩くこと数十分。
ディアボロスに浮遊能力が無いことが悲しくなるぐらい遠い道を歩き続けて、ようやく闇の魔導師ディモレアさんの家が見えて来る。要は彼の実家である。
「ただいまー」
ディアボロスがそう言いつつ玄関を開けると、いつもディモレアの一足分しか無い筈の靴が何足もある。
はて、何か嫌な予感がする。
「おー、ようやく帰ってきやがったな。遅いぞ!」
「どこを寄り道してたのか理解に苦しみますね」
玄関に顔を出したティラとケラトにそう告げられ、ディアボロスはため息をつく。
「んな事言っても今日帰るとは俺一言も言ってねぇぞ……ティラ姉さん、なんか靴多く無い?」
「ん? ああ、お前の友達が来てんだよ」
「友達?」
「おう。今はディモレア様となんか盛り上がってるけど」
ティラの後に続き、ディアボロスが奥へと向かうと同時に笑い声が起こった。
「ちょっと、遅いわよ〜」
「おお、主賓がようやく到着か」
「ホンマにお前の母さんディモレアなんやなぁ…しっかし、気さくな人や」
「いいお母さんだねぇ」
「……何やってんですか、生徒会長に番長! ついでにサラも!」
ディアボロスが帰るより先にタークとサラが先回りしてた上に生徒会長のマクスターまでくっついてくるとは。どうやら今日は逃げられそうに無いようだ…。
「なんだ、後輩の家に遊びに来ただけだろう? 別におかしくない」
マクスターの言葉にディアボロスは言葉を失い、諦めて自分の席に座る。
同時に、彼の背中をライフゴーレム姉妹の末っ子、マメーンが叩いた。
「なんだよ、マメーン姉さん」
「……晩ご飯。アロサ姉様のご飯、そろそろ飽きてきたから」
「マメーン、それは喧嘩売ってる?」
「アロサ、落ち着きないっての……そうねー。なんかちゃちゃっと作ってー。アタシは焼きそば食べたいー」
「……材料あるなら作るけどよ……の、前に母さん。台所の掃除しろ! 前に来た時カビ取りしたのにまたカビ生えてるじゃねーか!」
「アロサが作った後に片付けないのよ」
「アロサ姉さんは掃除が苦手だからなぁ……本当になんで皆、家事が苦手なんだよ。十三人もいて」
「悪うござんした……」
「トロオ姉さん、いきなり後ろに立たないで! 怖いから!」
流石ライフゴーレム軍団最強の姉、恐るべしである。
「あ、あの私手伝うから……」
「いや、スティラ姉さんは席に座ってていいから。うん」
「手伝うどころか被害を拡大するからな」
「ティラ姉様、ひどい……」
「悪い、スティラ姉さん。俺も否定できない」
「そんなに酷いんかいな……」
「ライフゴーレム姉妹で一番のドジっ娘萌えだ…なぁ、スティラさん。このネコミミをつけないか?」
「サラ、番長! そこで怪しい目つきしてる生徒会長を止めてくれ!」
サラと番長がネコミミを片手にスティラへと迫る生徒会長にシャイニングウィザードを浴びせるのを確認しつつ、ディアボロスは台所へと戻った。
さて、料理を始めよう。その前に片付けだ。
片付けを終え、有り合わせの材料で文字通り十八人分もの焼きそばを作るディアボロスの後ろでライフゴーレムやディモレア達は盛り上がっているのか、時折笑い声が聞こえて来る。
「よーし、焼きそば六人前上がりっと。誰か運びに来てくれー」
「はいはーい」
即座に立ち上がってやってきたのはドリグナである。
「じゃあドリグナ姉さん、よろしく」
「あいよっと。あのさぁ……好きな人が出来たってホント?」
いきなり核心をついてきた。
「……え?」
「いやぁ、あの子達から聞いてさ」
「なんですってぇ!? あんた、ちょっとこっち来なさい。母さんは初耳よ。どこの子?」
ディモレアがディアボロスに手招きを始め、ついでにティラやトロオも何故か何かを期待するような視線でディアボロスを見つめる。
「小さい頃は『大きくなったらティラお姉ちゃんのお婿さんになるー』とか言ってたのに、お前もとうとうそんなお年頃に……」
「言ってねぇよ!」
「そうそう。『アパト姉ちゃん、だ〜いすき』って言ってた時期が一番可愛かったよね」
「言うか!」
「………お前、ライフゴーレムに欲情してたんかいな?」
「番長、それは誤解だ」
「えー! だって私が寝ている時に『マメーンお姉ちゃん、眠れないんだそばにいて』って言ってたのに……」
「何時の話だよ!」
どうやら哀れなディアボロスの少年の夜はまだまだ長いようだ。
彼の恋は果たしてどうなる?
つづく