夜が明けた。  
 ディアボロスが校門をくぐった時、彼に気付いた生徒の何人かがぎょっとしたような顔をする。  
 時折聞こえるひそひそ声から、恐らく自分の一件が学園中に知れ渡っているのだという事が解った。  
「……………」  
 踵を返して、職員室へと一歩を踏み出す。  
 片手に握りしめた1枚の紙を渡せば全部終わる。そう。退学届を出してしまえば、もう全部。  
 
 この学校に来るのも、ここを歩くのも、今日が最後なのだ。  
 
「思えば、色々あったな……」  
 ディアボロスは呟く。  
 ライフゴーレム達が姉や友人代わり。友達も幼なじみもいない、まったくのゼロから始まった学園生活。  
 人見知りするけど気のいいルームメイトが最初の友達、入学一週間目にして4年生の不良を脅迫していた図書委員会の級友と知り合ったり、パーティ組もうぜと誘ってくれた熱血漢のバハムーン。  
 同族故に気の合う所も多く、人付き合いについて相談しあった事もあるディアボロスの女子や、委員会で出会った先輩達や後輩達。  
 そして、初めて好きになった人と出会った。  
 とても、その人を傷つけてしまったけれど、それでもやっぱり。  
 本当は好きなままだ。  
 けれども、離れた方が1番いい。これ以上、好きになった人を傷つけない為にも。1人になった方がいい。  
 
 何もかも、全て捨ててしまって母親に魔法を学び続ける人生も悪くないだろう。  
 錬金術士の道も諦めて魔導師になってもそれなりに役立つだろうから。  
 
 ディアボロスがそこまで考えた時、遠くの方で「あ!」という声がした。  
「いた、ようやく帰ってきた〜!」  
 遠くの方から走ってきたそれは凄い勢いでディアボロスに向かって突撃してきた。  
 ディアボロスが咄嗟にそれを受け止めた時、腹部にその突撃してきた彼女の頭部が直撃する。そう、傷口がまだ塞がりきってない腹部に。  
「ぐほっ!?」  
 ディアボロスが床に倒れると同時に、突撃してきた彼女――――同じパーティのクラッズは口を開いた。  
「どうしたの!? すっごい心配したんだよ、帰ってこないし連絡取れないし! それに顔色悪……大丈夫?」  
「な、なんとか……」  
 ディアボロスは立ち上がると同時に、手にしていた筈の書類を手放していた事に気付いた。  
「おい、クラッズうるせーぞ……帰ってきたのかよ、この野郎。遅すぎるぞ」  
 廊下の隅から同じパーティのバハムーンが姿を現す。同時に、彼は何かを踏んづけた。  
「ん? 何だこりゃ? 退学届……」  
 バハムーンが拾い上げ、その文面に視線を送った時、顔つきが一瞬で変わった。  
 
 バハムーンの強烈な拳が、ディアボロスに直撃した。  
 
「っ!」  
「テメェ、何だよコレ!」  
 壁に叩き付けられたディアボロスの胸倉をつかんで引っぱり上げ、バハムーンはもう1度拳を叩き込んだ。  
 クラッズが何事かとばかりにバハムーンが落とした書類を見て、その意味を理解する。  
「……ディアボロス君、これどうしたの!?」  
 クラッズとバハムーンの2人に掴みかかられ、更に何事かとばかりに騒ぎを聞きつけたのか、同じパーティのディアボロスの女子、フェルパー、フェアリーも姿を現した。  
「おい、バハムーンどうしたんだよ!? 帰ってきてるのにいきなり」  
「お前ら、そこに落ちてるの見てみろ」  
 三人が床に落ちた書類を覗き込み、それぞれ顔色を変えた。  
 
「…………これ。お前、正気か!? どうしたんだよ、一体!?」  
「そうだぞ、幾ら何でも連絡が取れないまま帰ってきたと思ったら退学届って何だそれは!?」  
「そうだよ、訳が解らないままいなくなられるの嫌だよ! どうしたの!?」  
「……………」  
「なぁ、俺ら仲間だろ?」  
 バハムーンが手を放し、その両手をディアボロスの肩に置きながら呟く。  
「頼むよ……お前がどんな思いかは知らねぇけどよ。そんな顔してさ。見ろよ、この書類。すっげぇ嫌なもんだぜ。血ぃ出るまで握りしめててさ。  
 ………お前の母親がさ、学校の連中に恨まれてるのは知ってる。それだけの事をしたってのもな。けどよ、お前がその子供だからって、俺らはお前を見捨てたりはしねぇさ。  
 他の誰かが何と言おうと、俺らのパーティにはお前がいるから俺らのパーティなんだよ」  
 バハムーンの言葉に、フェアリーもうんうんと頷いた。  
「錬金術士だから成長は遅くても、それでも充分過ぎるほど頑張ってる。バハムーンだけじゃないよ、私達皆の仲間なんだよ。そんな辛い顔してるなら、私達頼ってくれればいいよ。  
 仲間だもん。辛いなら辛いって言ってくれればいいよ。私たちにだって、出来る事はあるもん」  
「他の連中がなんと言おうと、お前は俺らの大切な仲間なんだよ! お前がいなくなったら、俺ら明日からどうすりゃいいんだ!」  
「例えそれで私達が恨まれても構わない。全身全霊で仲間を守ってやる。私達は仲間だ。仲間を結ぶ絆は、何よりも強い」  
「今までずっと助け合って、どんな困難だって、あたし達は乗り越えてきた。それなのに、1人で抱え込んで1人で逃げ出しちゃうわけ?」  
 バハムーン、フェアリー、フェルパー、ディアボロス、クラッズ。  
 皆、彼の仲間だ。そう、仲間だ。深い絆で結ばれた、どんな時も助け合ってきた、心強い仲間達。  
「で、でも俺……俺は、俺は、皆の友達とか、先輩とか……色んな人を傷つけたのかも知れない。好きになった、先輩だって傷つけてしまった」  
「それがどうした」  
「咄嗟に割って入った。先輩はただ、仇を取ろうとしただけだった。けど、俺には母さんが殺されそうになったようにしか見えなくて」  
「だからなんだよ」  
「俺はもう戻れない場所に……」  
「勝手に決めんな!」  
 ディアボロス頭に、同族の女子の拳が突き刺さる。  
「そんな事で壊れてしまうような、そんな些細な気持ちで、好きだなんて言ったのか? そうだとしたらお前は最低だぞ。そんな些細な事で壊れてしまうような関係なんか、最初から無い方がマシだ!  
 本当に好きになったんだろう? お前も男なら、壊れてしまってもやり直そうとは思わないのか!?」  
「けど、それは……」  
「けどもくそも無い! それに……さっき言っただろう?」  
 同族女子に続けて、フェルパーが笑う。  
「困ったら頼れよ。助けてくれってな。そのひと言さえあればいいよ。俺達は、助ける」  
 その為にいるんだとばかりに、仲間達は胸を張る。  
 
 ディアボロスは、ふと床に落ちた退学届が、ひどく無様なものに見えた。  
 
「……………皆」  
 口だけなら幾らでも言える、という言葉はある。けど、ディアボロスにとって、仲間達の言葉は嘘じゃないと信じられる。  
 だって、それが本当だって、解っている。いや、解るのだ。  
「……ありがとう……」  
「お、おい泣くなよ! 男がそんなにボロボロすんな!」  
 バハムーンが慌ててディアボロスの背中をばしばし叩き、他の面々も良かったと言わんばかりに背中を撫でる。  
「で、ともかく何があったんだ?」  
「あ、ああ………その……」  
「……の前に、廊下じゃ話しにくいよ。部屋戻ろうよ」  
 クラッズの言葉で、仲間達も「そうだな」と立ち上がり、ディアボロスは仲間達に手を引かれて、部屋へと向かった。  
 
 1日だけ空けていたのに、もう何日も帰ってなかったかのような気分になった。  
「お帰り。遅かったな」  
 ルームメイトのフェルパーはそう笑いかけると、ディアボロスを部屋に招き入れる。  
 続けてディアボロスのパーティの面々まで入ってきたので部屋には7人が入ることになってしまった。  
「……ただいま」  
 そう言えばこのフェルパーは確か自分の母親の事を知っていた。そう、今までずっと黙ってくれていたのだ。  
「ごめん、ありがとな」  
「ん? まぁ、気にすんな」  
 ルームメイトはそう言って笑うと、人数分のカップとお茶の用意を始める。  
「で、どうなったんだ?」  
 バハムーンが話を促し、ディアボロスはゆっくりと口を開く。  
「ああ……その……先輩の、弟が、俺の母さんの一件で死んだって話を聞いた。ギルガメシュ先輩が、そう話してくれた」  
「ギルガメシュ先輩が? あ、そういやあの人お前に宣戦布告だーなんて言ってたな」  
「……なんか昨日とてつもなくライナ先生に怒られて停学2週間+反省文三〇〇枚喰らったっつー話聞いたけど」  
 何をしたんだ、ギルガメシュ先輩。  
「ギルガメシュ先輩は……けどさ。あの人、凄い事言われたよ。あの人、俺の母さん相当嫌いなみたいだ。完全に敵に回したよ……」  
「だろうな。何せあの人案外真面目なトコあるしな」  
 フェルパーがそう言って笑う。  
「それで、どうなったの?」  
 フェアリーが後を促し、ディアボロスは頷く。  
「先輩と対峙した時、委員長が……彼女が、やってきた。俺の母親がディモレアだって事、それで理解したんだと思う。槍を向けられたよ。  
 けど、俺に『どいて』って言ってた。けど、俺、どかなかった。だから、さ……刺された。母さんを守る為にそれがいいって思ってた。けど、けどさ。  
 本当は違った。彼女の心を傷つけて、それで……きっと、辛い思いをしてると思う。彼女は、とっても、優しい人、だから」  
 復讐なんて、まったく似合わないほど。  
「………けど、それじゃさ。セレスティアの、彼女自身がどう思ってるかって事だよな」  
「うん、まぁそうなんだよ」  
 今でもまだ、母親の事を恨んでいるのか。そしてディアボロスも、恨んでいるのか。  
「それが、解んない」  
「なるほど……」  
 部屋の入り口から声が響く、部屋にいた7人全員が飛び上がる。  
「お話は聞かせて頂きました」  
 隣りの部屋の住人であるエルフの少年は背後に連れたヒューマン共々、顎に手を当てて考え込む。  
「彼女の気持ちをどうにかして聞くのに……良い方法があります」  
「お前、いつから聞いてたんだって本当か?」  
 ルームメイトの言葉にエルフは「ええ」と頷く。  
「僕の従姉がちょうど彼女のルームメイトでして。……実はこの2日間、美化委員長の姿を見かけた人はいないんです。しかし、部屋にはちゃんといるようです。  
 だとすると従姉が何とかしているに違いありません。僕が従姉にかけあって何とかしてみましょう」  
「……下手にこじれさせる気じゃないだろうな、お前」  
 バハムーンの言葉にエルフは首を左右に振って「そんな事ありません」と口を開く。  
「…………解った、頼む」  
 ディアボロスはエルフに頭を下げ、エルフは頷いて即座に部屋を出ていった。  
 肩身狭そうにしていたヒューマンが「お、俺も何か聞いてこよう。そうだ、ギルガメシュ先輩がどうしてるかって聞いて来よう」と呟いて出ていく。  
 
 ルームメイトは2人を優しく見送った後、口を開いた。  
「お前の味方、少なくないみたいだぜ。それに、変わった奴もいるし」  
「変わった奴?」  
「うちのパーティ、学年混合だから色々といてさ。まぁ、この前の1年のクラッズの他にもいるんだけど。三年に俺の妹がいるんだけど、妹の友達のヒューマンなんだが魔法が凄く上手いんだ。  
 ほら、『業火の剣』なんてあだ名ついてる奴だよ」  
「ああ……あのパルタクス三強の一角と言われてる……噂には聞いた事あるな」  
 パルタクス三強『業火の剣』。  
 ディアボロスも彼女の噂は聞いた事がある。1年生で入学した時は超術士、だが2年生にして魔術士に転科、そして3年生現在僧侶と1年ごとで転科している。  
 しかし、その魔法キャパシティには目を見張る。転科する1年でその魔法のほぼ全てをマスターし、魔法壁で防御しつつ歩いてMPを回復しモンスターが出れば倍化魔法を叩き込む。  
 ビッグバムやサイコビームを文字通り地獄のように薙ぎ払うかの如く乱発する事からついたあだ名は『業火の剣』。  
 ランツレート六歌仙で同じく人を焼き尽くす事にかけては天才的な『爆裂大華祭』と並ぶ術士と言っても過言では無い。『爆裂大華祭』はビッグバムしか撃たないが。  
 あだ名を持つ生徒の中でも更に選ばれた生徒だけが数えられるという称号のランツレート六歌仙、マシュレニア四賢、ゼイフェア五人衆と並ぶパルタクス三強に入ってるだけあってその実力は確かだ。  
「で、その『業火の剣』がどうかしたのか?」  
「俺の妹から兄貴のルームメイト、即ちお前がディモレアの息子だーなんて聞いて『是非その先輩を通じてディモレア様に弟子入りしたい、てかさせるよう頼んでー』とか言ったんだよ」  
「……どんな奴だよ」  
 その頼みが本気だとすれば彼女は相当酔狂な人物らしい。  
「……とまぁ、そんな奴もいるからお前も決して孤独じゃないよ」  
「ああ……そうだな」  
 ディアボロスを悪く言う奴だけじゃなくて、そんな奴もいると。ディアボロスはそう思った。  
 
 
 部屋の扉をノックする音が響き、セレスティアは目を覚ました。  
「……私。気分はどうですの?」  
 ルームメイトのエルフはリンゴと果物ナイフを片手に部屋に入ると、セレスティアの顔を見る。  
「眠れた?」  
「……少し、ね。けど……」  
 目を閉じると、やはり蘇るのは、彼を刺した瞬間。  
 悪夢のように、延々と、ただフラッシュバックだけが起こる。  
「……今、聞いてきたんだけど。彼、生きてるよ」  
「え?」  
「うん。学校に戻ってきたって、さっき下級生が話してましたわ」  
「……本当!?」  
 彼が、戻ってきてる。  
 セレスティアはベッドから跳ね起きた。  
 今すぐ、彼の元へ――――――と思いかけて、ふと足を止める。  
「…………でも、私……」  
 彼を刺してしまった。そう、彼の母親を殺そうとして。割って入った彼を。彼個人としては、どうだろう。  
 恨んでいるのだろうか。セレスティアを。  
「…………ねぇ」  
「なぁに?」  
「私さ。彼と……別れた方がいいのかな?」  
「…………」  
 エルフは何も答えない。  
 そこへ、ノックの音が聞こえエルフが立ち上がる。  
 扉が閉じられ、しばしの沈黙。そしてエルフが戻ってきた時、エルフはセレスティアの前に座った。  
「彼、あなたの事を心配してたって。従弟が教えてくれた」  
「……本当?」  
 セレスティアは驚いた。まさか彼が自分の事を心配していたとは。  
「復讐なんて似合わない。それぐらい優しい人だから、自分を刺して、辛い思いしてるに違いないって。まさにその通りですわね」  
「………………」  
「知らなかったんだと思うわ。けど、彼に悪気は無い筈よ」  
 それがどんな悲劇であったとしても。  
 彼はきっと、セレスティアの事を好きでいてくれるだろう。エルフはそう確信している。  
 
 2人なら、きっと。  
 
「…………」  
 エルフは背中を撫でる。ふと、カレンダーに視線を送った時、思い出す。  
「セレスティア、あんた!」  
「ど、どうしたのいきなり?」  
「今日が何の日だか分かる?」  
 エルフの言葉に、セレスティアは首を傾げる。何の日だろう、と思ってカレンダーに視線を送る。  
 その時、セレスティアは思い出した。  
 セレスティア自身がかき込んだ日程。彼と花火に行くと。  
 
 今日は、ハウラー湖畔花火大会の日。  
 
「………大丈夫。今から私に任せなさい。従弟も動員して、何とかするわ」  
 エルフは、セレスティアの肩を優しく掴んで、力強く頷いた。  
 そう、今日は。ある意味、本番の日なのだ。  
 
 
 

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