「僕に任せてください」
そう言った隣人のエルフの少年に連れられていった先はハウラー湖畔。
団扇と財布だけを渡されてエルフはさっさと帰ってしまい、ディアボロスは日が西に沈み始めたハウラー湖畔を歩く。
「何か妙に人が多いな……」
少なくとも普段はこんなに人はいないし露店も出ていない。露店?
ディアボロスは今日の日付を頭の中で思い出す。そして、気付いた。
「あ、そうか……今日は花火大会か……」
少し周囲を見渡せばパルタクスやランツレートの生徒も見える。すっかり忘れていた。
そう、自分がセレスティアを花火に誘ったことすらも。忘れていた。
「……そうだった」
エルフがどんな魔法を使うかは分からないが、彼女はディアボロスに会って、どんな事を思うのだろう。
それが少しだけ怖い。まだ恨まれているのか、それとも。
ディアボロスがそんな事を考えていると、背後で足音がした。
「ああ、いましたわね。じゃあ、お願いしますね」
そう声が響くと同時に、背中に誰かがぶつかった。
誰かと思って見た時、ディアボロスは思わず固まった。
「あ……」「あ……ディアボロス、君?」
セレスティアは慌てて離れる。
「……ごめんなさい」
「いえ、俺も……」
視線をそらす。ディアボロスは、セレスティアに会いたくはあった。けど、正直な話、何を話していいか分からなかった。
何せ誰かに後押しされるまで告白する勇気すら無かった彼である。
「……………」
「……………」
どうしよう、とディアボロスが思った時、ふと視線に露店が止まった。
「あ、え、えーと。何か食べません?」
「………そう、ですね……」
「……何がいいかな?」
「ん……」
2人で考え込む。
「………あの」
「………なに?」
「先輩、俺、言おうと思ってる事があって」
ディアボロスは視線を少しだけそらすと、セレスティアに一歩だけ歩み寄る。手を伸ばして、そっと、握る。
「俺は、先輩の弟が……母さんに殺されたって事、俺は知りませんでした。けど、それでも……それでも、それが事実である事に代わりはない筈です。
俺が謝ってどうにかなるって事じゃないですけど、でも……ごめんなさい」
「…………」
ディアボロスの言葉に、セレスティアは黙っていた。
「ええと、その………それと、もう1つ……あって……」
ディアボロスはそれでも言葉を続ける。今、言わなくて。言えなくなる。そして、本当に何にも出来なくなる。
それが嫌だと、思っていた。これから先に踏み込まなきゃ駄目なのだ。傷つくかも知れないと思っても。それでも、足を踏み入れないといけない。
それが、ディアボロスの使命なのだと。
「どいてって言われたのに、どかなくてごめんなさい」
そうして、セレスティアに辛い思いをさせて。そうまでして母親を守りたくて。けど、それで余計に人を傷つけて。何になるというのだろう。
「…………先輩。もしもまだ俺の母さんに……」
「もういい」
「え?」
「……もう、いいです」
セレスティアはディアボロスに視線を合わせると、そっと。
その唇をゆっくりと塞いだ。
「!?」
あまりにも突然のことで、ディアボロスは思わず頭が真っ白になった。
「……例え、ディアボロス君がどんな人の子供でも、ディアボロス君がディアボロス君である事ははっきり解ったし、それに……あの日の夜、私が刺しちゃった後……。
ディモレアが貴方に駆け寄ったのを見て、思ったの。私がしちゃったのはとんでもない事だって。もしあの時、私がディモレアを刺していたら、きっとディアボロス君が怒ってたと思う」
「…………」
「それに、ディアボロス君は言ってくれた」
「私には、復讐なんか似合わないほそ優しい人だって」
セレスティアのその言葉に、ディアボロスは思わず頬を染める。
少しだけ恥ずかしくなる。てっきり罵倒されるかとでも思ったのに。
でも、それとは違う。
「……ありがとう、先輩」
ディアボロスはそう言って笑う。
セレスティアも笑った。
その時。遠くの方で、空に華が咲いた。
「あ……花火」
「そっか、もうそんな時間か……」
一発目に続いて、二発目、三発目と次々と打ち上がる。夏の夜空を彩る、花火が。
「綺麗……」
セレスティアは、そう呟く。
パルタクスに入学してから何度もこの花火を見に来ている。けれども、好意を抱いた人と、2人だけで見るのは初めてだった。
仲間や、友人達だけで見るのとは違って、どこかまた。
ディアボロスの腕が、セレスティアの身体を近くに抱き寄せ、もう1度だけ接吻を交わした。
「!」
次は、セレスティアの方が驚く番だった。
彼がこんなに積極的なのは、いや、こんな風に彼がやってくるのはあの日、告白された日の夜以来―――――。
「……もう1度だけ、貴女を抱いていいですか?」
ディアボロスの、少しだけ遠い言葉が耳に届く。
けど、セレスティアは拒否しなかった。自らの体を彼に委ねる。それが肯定。
結ばれた恋の印はもう、途切れる事は無いのだろう。例え2人がどんな傷を負ったとしても。もう、離れはしないのだろう。
ハウラー湖畔花火大会の終わりは、集まった生徒達を帰るか泊まるかの2択を迫らせていた。
帰る生徒は地下道の魔法球か飛竜召喚札を使って帰る事になるが、飛竜待機所は行列が出来ており、魔法球もこれまた行列が出来ていて学園の門限までに帰れるかというと甚だ疑問である。
門限を過ぎれば反省文なので結局ハウラー湖畔で宿を取る羽目になった生徒もいた。
そんな中でディアボロスとセレスティアが宿の部屋を取れたのはある意味幸運だったのかも知れない。
夜は確実に更けようとしている。
「……なんか、学校の人達、皆驚いてましたね……」
「そう、ですね……」
宿で見かけたパルタクスの生徒は2人が一緒に入ってきたのを見て全員驚いた顔をしていた。
どうやら噂が沈静化するのにはまだまだ時間が必要なようだ。
「……夏休みに入れば、ほとぼりも冷めればいいんですけど」
「そうですね、きっと……その時は、お願いしますね」
「ええ……」
明かりが消える。
月明かりだけが窓から差し込む中で、セレスティアは目を閉じる。
すぐ隣りでディアボロスが身体を動かし、背後から手を伸ばしてくるのが解った。さして変わらない体格の手。
錬金術士として場数をこなしてきたのか、傷だらけの手。
「……ん………」
身体を反転させ、唇がゆっくりと塞がれる。
その唇から口内に進入した舌が伸ばされ、その舌を絡めあう。何度も何度も。深い深い接吻。何度目になるかも解らない。
けど、どんな時も彼はいつも、その深い接吻から始まるとセレスティアは思った。
接吻を繰り返している間、手も動いていた。
セレスティアの上衣へ手を伸ばしたディアボロスはその衣服の間に手を入れ、片手の手探りで下着を探り始めた。少しだけくすぐったくなり、セレスティアは小さく声をあげた。
「すいません……」
「いえ……もう少し上……ひぅっ!」
やがて下着を探り当てたのか、下着が外された。
いつもと違う感覚に、セレスティアは少しだけ頬を染める。だが、それより先に、ディアボロスの手はセレスティアのカタチの良い乳房へと伸ばされた。
胸をもみくだし、ディアボロスは接吻を唇から、首筋へと移動する。冥界の血を引く魔族が獲物を狙うかのように、セレスティアの白い首筋をなめ回す。何度も何度も。
「んんっ……」
やがて胸をもみくだすのに飽きたのか、ディアボロスは下に手を伸ばした。
スカートの下から外された下着。自らのものを突き付け、ディアボロスは顔を歪めて笑った。
時折魔族としての血が目覚めるのか、そういう時にだけディアボロスは怖くなる、とセレスティアは思った。
直後、セレスティアの秘部に、それが突き入れられた。
「っ……!」
二度目は、最初の時ほど痛くは無かった。
ただ、自分以外のそれが進入してくるのが、少し怖いと思っただけで。
「んんっ……!」
その中でゆっくりと動かされたそれが、何度となく奥を打ち付け始める。
そう、何度も。同じ事ばかりを繰り返すのが彼。けれども、その時だけは、魔族の彼が戻ってくる。
「……誤解しないでください」
セレスティアの耳元で、ディアボロスが囁いた。
「俺が貴女を愛しているのは、貴女なら、きっと……貴女となら、俺を受け入れてくれるかもと思ったから」
ディアボロスの呟き。
けれども、セレスティアは遠くなる意識の中で、その言葉をしっかりと聞いていた。
隠されていた、本当の言葉。でも、それは本当の意味を持った、確かな言葉。
ハウラー湖畔の宿屋からは明かりは消えたが、深夜を過ぎた今でも明かりの灯る場所があった。
四角い卓を4人の人影が囲んでおり、ただひたすらにトランプのシャッフルを続けている。
「ギルガメシュよぉ、停学処分だって?」
卓の一角に座るランツレートの制服に身を包んだバハムーンがそう口を開き、隣りに座る同じランツレート生のヒューマンも笑う。
「で、その停学の原因が女関係ってなにしちゃったんですか、ギルガメシュ君は?」
「おい、ヒューマン。それ以上余計な口叩いたら本気で殺るぞ」
ギルガメシュがトランプのシャッフルを終え、均等に五枚ずつ配って残りを山札として置きながらそう答える。
だが、ヒューマンは逆にクスクスと笑った。
「おいおい、停学中を抜け出してポーカーなんざやりに来てるんだぜ? 余計に問題起こしたら下手すりゃ退学処分になっちまうでねぇか」
ヒューマンがそう口を開いた時、ヒューマンの目の前に短剣が楔のように打ち込まれた。
「……なんか言ったか?」
「い、いいえナにも……本当に冗談の通じない奴め」
ヒューマンの言葉に、最後の1人でマシュレニアの制服に身を包んだドワーフが口を開いた。
「今のはお前らが悪い。で、ギルガメシュ、お前これからどうする気だ?」
「どうするって何をだ? 二枚チェンジ」
ギルガメシュの言葉にドワーフは口を開く。
「例の件についてだよ。あの子、結局ディアボロスと仲直りしたらしいぜ?」
「……なに?」
ギルガメシュはトランプを動かす手を止める。
「……まぁ、要はお前フラれちまったな」
「二度目か。サラちゃんに続いて。あ。俺一枚チェンジな」
「……………」
確かにそうかも知れない、とギルガメシュは思う。
ただサラの時は向こうからアタックをかけられて向こうにフラれたという感じだったが。
「まぁ、ギルガメシュ。お前がどうお思ってるか知らねぇけどよ。サラはきっとお前の事、本気だったと思うぜ? 敵に回したら学園追放は免れないというあのサラ相手に」
「その噂の発生源は何処からが気になるな」
バハムーンの言葉にギルガメシュはそう返事をしつつ五枚の手札をまとめる。
「くそ、今回は降りさせて貰う」
「んじゃ、最初の掛け金は俺達がもらうけどいいのかいギルガメシュ?」
「構わん」
ギルガメシュはそう呟くと自分の手札を卓に投げ捨てた。
「これじゃ勝てん」
ハートの3、4、5、6、と後一枚続けばストレートフラッシュ、だがそこにあったのはクローバーのJという場違いさだった。
そう、要は見事なまでに役無し。
それを見た他の三人は少し笑うと、それぞれ新たに掛け金を上乗せしたりしなかったりする。そして、手札公開。
「フルハウス」
「ストレート」
「スリーカード」
フルハウスを出したドワーフが山札の隣りに載せた掛け金をごっそり引き寄せていくのを眺めつつ、ギルガメシュは口を開いた。
「そうか、サラか……」
「ん? どした?」
「いや、サラは俺の事をどう思ってんのかって思っちまってな」
「そりゃあ……どうだろう」
他の三人が同時に考え込む。
「まぁ、サラも酔狂な奴だからギルガメシュに好意を抱くような酔狂な事はそうそうしないと思うし、おいギルガメシュだからデュランダルを抜くんじゃない」
バハムーンが必死に身体を反らしながらそう口を開き、ドワーフとヒューマンがギルガメシュを止める。
「まぁそれはともかくとしてだ……案外、今でも好きなのかも知れないぜ。女の子って難しい生き物だし」
「セレスティアの方がお前に振り向く事は無いだろうけど」
ドワーフはそう言った後、地雷を踏んだと思って青ざめたがギルガメシュは何も言わなかった。
「……まぁ、俺もサラは嫌いじゃねぇ」
「けど、セレスティアの方が大きかったのかい?」
「ん? ああ、まぁな」
ギルガメシュは再び配られてきた五枚のトランプを受け取る前に財布から800Gばかり掴みだすと、卓へと置く。
「……けど、ああなっちまった以上、見事に玉砕としか言い様がない」
「だろうな。でもギルガメシュ、何か不満そうだなまだまだ」
「当たり前だバカヤロウ」
バハムーンは五枚のトランプを受け取りつつ、財布から3000Gほどまとめて卓に放り出した。
「このまま終われるか……ディモレアの方な」
「え? 後輩のお母さんに手を出すのか?」
「よーし、ヒューマンそこから動くなよ? 望み通り殺ってやる。安心しろ、一瞬だ。俺みたいな達人になると痛くねぇらしいし」
「だから冗談ですギルガメシュ君、マジでデュランダルだけは勘弁を」
「………ディモレアをあのまま放置する訳にも行かねぇ。けどな、倒すにしてもディアボロスがまた邪魔に入るだろうな。アイツは……」
「どんな奴でも親は親。子が親を守りたいと思うのは普通だ」
バハムーンの言葉に、ギルガメシュは頷く。
「だからな。ディモレアが動くようにすればいい。他人を巻き込むなって言われたから……巻き込まねぇ方法でだ」
ユーノとライナからの説経はギルガメシュに結構答えたのか、ギルガメシュは苦笑しつつそう呟く。
「で、それはどうやって?」
「あ? 決まってるだろ?」
ギルガメシュは「二枚チェンジ」と呟いて口を開いた。
「タイマンだ」
ギルガメシュは、頭は良くてもどこまでも力技な奴なのだろうかと。
他の三人はこの時深く思った。そして。
「……ロイヤルストレートフラッシュだ。文句は言わせねぇ。さぁ、掛け金寄越しやがれ全部な」
「待て待て待て待て、それは掛け金じゃなくて俺の財布!」
「人をいちいち怒らせた迷惑料だ、貰ってくぞヒューマン」
「それは強盗だぞギルガメシュ!?」
この後、1晩続いた賭けポーカーは最終的にギルガメシュが勝ったらしい。