ハウラー湖畔から道に逸れて進んでしばらくの場所にディモレアの現在の住まいであり、ディアボロスの実家である場所は存在した。  
 夏休みに入っただけあってか生徒に会わなかったのは幸運だったのかも知れない。セレスティアとの蟠りが解けたとはいえ、噂そのものはディアボロスについて回っているのだから。  
「ただいまー……」  
 ディアボロスが扉をノックしつつそう告げると、母親はすぐに気付いたのか奥の部屋から玄関まで出て来た。  
「お帰り。あれ? 荷物とかは?」  
 その時、ディアボロスは自分が2日程前に実家を出た時、退学届を出してくると告げた事を思い出した。  
「いや、退学するのを辞める。まだ、パルタクスにいる事にした」  
「……そう。じゃあ、まだいるのね。解ったわ」  
 ディモレアは少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべた後「で、どうしたの?」と声をかけてくる。  
 それ以外にも訪ねてきた理由があると察知したのだろう。ディアボロスは奥の部屋へと進む。  
「実はさ。この前、ギルガメシュ先輩が母さんの所に来たけど」  
「来たわね。あの子、結構強かったけど」  
 ディモレアが先日の事を思い出しながら呟く。息子の手前、結構強かったとは言ったが、事実ギルガメシュはかなり強いレベルといえる。  
 彼が自身の力を未だに最大限発揮出来るレベルにまで達していなかったから戦えたもので、あれ以上強くなったら勝てたとしてもただでは済まないに違いない。  
 迷宮の遺産を使ってでも。勝てるかどうか解らないバケモノになる可能性を秘めている。  
「きっとあの子、まだまだ強くなるわね」  
「……先輩は、母さんを本気で殺すつもりらしい」  
 ディアボロスの言葉に、ディモレアは一瞬だけ言葉が詰まる。  
「……そう」  
「けど、そんな事させない。だから、俺は先輩を倒すつもりでいる」  
「…………あんたと?」  
 ディモレアの言葉に、ディアボロスは頷く。  
「ああ。負けるつもりなんかないさ」  
「けど、あの子は結構」  
「解ってるよ。母さんが驚くような相手だって事も。けど、それでもまるっきり勝ち目がない訳じゃない。俺もパルタクスで5年も錬金術にかまけてた訳じゃないんだ」  
 はっきりとした言葉。負けるつもりなんか無い。勝つ為の自信に溢れた言葉。  
「……勝てるの?」  
「勝つんだよ!」  
 ディアボロスが立ち上がった時、ディモレアはゆっくりと口を開いた。  
「……本当に、大きくなったわね。ついこの前まで、あたしの側にずっといたのに。気が付いたらそこまで大きくなってるなんてね。けど、あんたは勝つって言ってる。  
 それは嬉しいし、あたしだってそれを信じたいと思うわ。けどね、もうあたしには、あんたしかいないって事を覚えておいて。あんただけは、いなくならないでって。あたしは言った筈よ」  
「うん、覚えてる」  
 授業参観の時にやってきた母親が教えてくれた、父親の事の1つ。  
 滅多に弱音を吐かない母親の、数少ない弱さだと思っていた。けれども。それもまた、約束の1つなのだ。  
 
 母親に迷惑をかけたくないという思いは、ディアボロスの中にずっとあるのだから。  
「大丈夫だよ。俺は、平気さ」  
「……そう」  
 ディモレアはそう言ってディアボロスの頭を撫でる。  
「だから、母さんは待っててくれればいい。俺が何とかするから」  
「………気を付けてね」  
 ディアボロスとディモレア。母親と息子の会話。  
 今まで何度も何度も交わしてきた言葉なのに、途端に名残惜しいなと思ったのは気のせいだろうか、とディアボロスは思った。  
 いや、それは。  
 
 これから起こる事を、予感していたのだろうか。  
 
 本当は朝早く出ようと思ったのだがディアボロスが出発してしまったのでホルデア周辺で時間を潰し、ゼイフェア地下道に向けて出発したのは昼過ぎ。  
 ゼイフェアまで行くのに飛竜に乗れば手っ取り早いが、飛竜を使えばその分目立つ為、ギルガメシュは敢えて地下道を通る事に決めた。  
 ……ホルデアで大量に買い込んだ転移札を使ってさっさと出掛けてしまうに限るのである。  
「……ああ、もうそろそろランツレートか」  
 ザスキア氷河を抜ければもうランツレートについてしまう。ランツレートで一休みするのも悪くない。  
 下手すれば死ぬかも知れないのだから。  
 ギルガメシュが道を急いだ時、前方にパルタクスの生徒が2人ほど見える事に気付いた。  
「……2人?」  
 余程腕前に自信があるのか、それともただ無謀なだけなのか。  
 1人はヒューマンの女子で、手にしているのは強力な鎚の1つであるジャッジメント。戦士学科か、と思いきや被っているのは僧侶学科だけが装備出来る聖人の証のリングオブマリアだった。  
 つまり、彼女は僧侶学科。しかも実力は高いという事だ。  
 そしてもう1人はエルフの男子で、ヒューマンの女子に必死に追い付こうとしている。彼が手にしているのはそこそこ良い弓のアーバレストで、彼が狩人学科だと推測出来る。  
 
 しかし意外な事に、その2人は明らかに下級生で本来ザスキア周辺をうろうろしているような学年では無いというのが驚きだった。  
 エルフよりも年上に見えるヒューマンも三年生ぐらいだろう。  
「……何なんだ、アイツら」  
 ギルガメシュは小さく呟くと、その2人を無視してさっさと行こうとした。……行くべきだった。  
「あ、ようやく見つけた学園最強!」  
「え? うお、本当だ……確かに、ギルガメシュ先輩だ!」  
 ヒューマンの言葉にエルフが反応し、2人は即座にギルガメシュの進路の前へと現れた。  
 どうやら2人はギルガメシュを探しに来たのだろうか。だが、風紀委員などが探しに来るにしても2人から敵意を感じない。そして何よりパルタクスの生徒は余程の事が無い限りギルガメシュに戦いを挑んできたりはしない。  
 ギルガメシュが起こる喧嘩は大抵相手の何らかの行動にキレたギルガメシュが牙を剥くからである。  
「……何の用だ」  
 ギルガメシュが呟いた時、2人は同時に口を開いた。  
「いつか先輩を越える為だぁ!」  
「あんたの背中を追い掛けに来たんだ!」  
 上がヒューマン、下がエルフである。ヒューマンはともかくエルフの言葉は意外なのか、ギルガメシュは少し驚く。  
 背中を追い掛けに来た、という事は即ち憧れか何かの感情を抱いているのだろう。他の生徒はギルガメシュを畏れはしても憧れはしないから、少しだけ意外だ。  
「お前、幾つだ」  
「狩人学科の2年です。あ、こっちの先輩はギルガメシュ先輩も知ってますよね? ほら、パルタクス三強の……」  
「『業火の剣』とはあたしの事だ! 魔法をどこまでも極めて、それでいつか最強の座をあたしが頂くために!」  
「ああ……」  
 ギルガメシュはこのヒューマンが下級生どころかパルタクスの中でも類稀に見る魔法の才能の持ち主で有名な三年生である事を思い出した。  
 パルタクス三強なんて大層なあだ名を貰ったのはギルガメシュが学園最強と言われ始めた4年生の時だったから、彼女の方が少しだけ早い事になる。  
「で、そんなテメェらが何の用だ」  
「学園最強がディモレアを倒しに行くと聞いた。けど、あたしは魔法の才能を更に高めたいのでディモレアさんに弟子入りしたい! けど、どこにいるか知らない!  
 学園最強が場所知ってるかも知れないから追い掛けてきた! あ、このエルフはおまけね。なんか学園最強を追い掛けてきたから」  
「うわ、先輩酷っ。あ、俺は……先輩に憧れてパルタクスに入ったんです。当時、4年生だったけどパルタクス三強とか選ばれて、無茶苦茶強くて。非情だけど無駄が無い、そんな戦い方が出来る先輩に憧れたんです!  
 だから、お願いします! 先輩の舎弟にして下さい! 後一年無いの解ってます! けど、俺は先輩についていきたいんです!」  
「………………」  
 このよく解らない2人が何で一緒に来たのかギルガメシュは不思議に思った。  
 だがしかし。  
「…………面白い事言う連中だぜ、まったく」  
 
 特にヒューマンの方である。パルタクス最強を自負するギルガメシュの目の前で最強の座を頂く為にとはいい度胸である。  
 だがしかし、ギルガメシュは似たような発言を昔自分もした事を思い出した。そう、4年生の時、『王の中の王』というあだ名を持っていた当時の生徒会長に。  
「………おい、エルフ。俺に憧れたとか言ってたな」  
「はい!」  
「俺なんかを憧れにするよりマックかタークでも追っかけてた方が為になるぞ」  
「……でも、俺は先輩についていきたいんです!」  
 どうやら意志は固いらしい。  
 このまま放っておけばついてくるだろう。同時に、ギルガメシュはふと思い立つ。  
 
 ディモレア、もしくはディアボロスと自分の戦いを、記憶する人物が必要かも知れないと。  
 ヒューマンはディモレアに弟子入りしたいと発言している、あのディアボロスとも仲良くやれるだろう。彼女はあちら側として、そしてこのエルフはギルガメシュの側として。  
 この戦いを記憶する、証人が必要だと思った。まさに、2人なら適任かも知れない。  
 
「……まぁ、いいさ。ついてこいよ、オメーら」  
 ギルガメシュは少しだけ笑むと、ゼイフェア地下道目指して歩く事にした。  
「うぉい、何勝手にあたしを部下みたいに扱ってんだこの不良副会長め!」  
「先輩、それ暴言っス! ああ、ギルガメシュ先輩おいてかないで下さい〜!」  
 ヒューマンとエルフはなんやかんや発言しながらついてくるのだった。  
 
 
 ボストハスを越え、空への門へと至る。  
 アイザ、ハイント、そしてゼイフェア。三つの道に解れている空への門。  
 前人未到の地、アイザ地下道を抜けた者は知らないが、ハイントを踏み越える者はいたのかも知れない。ギルガメシュはそう思いつつ、ゼイフェア地下道へと目指す。  
「おい、オメェら」  
「なんですか?」  
「んー?」  
 ギルガメシュの問いに、エルフとヒューマンが返事をする。  
「……これから俺はある奴と戦うが、お前らはそれを見ていろ」  
「「へ?」」  
「こんな戦いがあったと、記憶しろ」  
「……それは、命令ですか?」  
「命令だ」  
 ギルガメシュの言葉に、エルフは力強く頷く。ヒューマンは「え〜」と口を尖らせたがすぐに諦めたのか頷いた。  
 ゼイフェア地下道へと、入っていく。  
 
 中央に至るまでに、そんな時間はかからなかった。  
 エルフとヒューマンはゼイフェア地下道中央の真ん中、それへと至る通路の前で立ち止まり、ギルガメシュは奥へと進む。  
 ディアボロスは、もう待っていた。  
「よう」  
「こんにちは、先輩」  
 
 ディアボロスは、ギルガメシュが来た事で、ついに来たなと思った。  
 戦う覚悟は出来ている。だが、今回は相手が相手なので、少しだけ緊張する。そう、目の前に、最強と呼ばれた男がいる。  
 その彼の放つ闘気だけでも、周辺を凍りつかせるには充分だった。  
「………この前戦った時とは違うな、ディアボロス」  
「戦ってはいないでしょう。会っただけですよ」  
「いいや。剣を向けた時点で、既にそれは戦いさ。俺はそう思ってる。少なくとも。今のテメェは、この前よりもずっといい顔してる。戦おうって意志が見えるさ」  
「お世辞だとしてもどうも」  
 ディアボロスは笑う。  
 ゼイフェア地下道中央の本当に中央。後ろの岸へと繋がる二つの通路以外はただの正方形。柱が四本立っているだけの、戦うに相応しすぎる場所である。  
 余計な障害物も、罠もない。まるで戦う為だけにあるかのような場所。  
「……ディモレアはどうした?」  
「家にいますよ。俺が先輩を倒せば、先輩と母さんが戦う必要はないでしょう」  
「ハッ、大きく出たなディアボロス。安心しろ、そんな時間はかからねぇ。俺がテメェをぶっ殺すにはな」  
「解らないですよ? 最強伝説を叩き落とすのは三強の二番手かも知れない」  
「三強の二番手?」  
「俺がいつの間にか二位らしいです。先輩が筆頭で」  
 ディアボロスは昨日知った事実を呟いて笑う。そう、最強と最強に一番近い者の戦い。例えるなら頂点を決めるチャンピォンとそれに挑む挑戦者。  
 剣に手をかける前に、ディアボロスも、ギルガメシュも視線を交わす。  
「で、だ。お前は死ぬつもりは無いんだな?」  
「勿論です」  
「……意地と意地の戦いたぁよく言ったもんさ……俺ぁ、今……最高にハイな気分だ。テメェを倒して、ディモレアを倒して、サラの元に帰る。それが俺の望みだ」  
「俺は……あなたを止める。母さんを助けて、後は……会いに行くだけですよ、先輩を」  
「そうか。そうだな、そん時ゃ仲良くやれよ。あんないい女は、そうそういねぇよ」  
「あはは、先輩こそサラの事大事にしてやってくださいよ」  
「当たり前だバカ野郎」  
「当たり前ですよオタンコナス」  
 そして2人は、同時に剣を抜いた。  
 
「行くぞ、ディアボロス! 棺の用意はしてきたか!」  
「来いよ、ギルガメシュ! 最強の伝説は、今日が最後だ!」  
 
 
 先に仕掛けたのはディアボロスだった。愛用している精霊の剣を抜き、両手でしっかりと構えて斬りかかる。  
 両手で二刀流として扱っても良いが、それでもあえて両手で掴んだのは両手の方が力強く振れるからだ。しかし、ギルガメシュもまた普段使っているデュランダルを一本しか抜いていなかった。  
 両手で使う剣を片手で振り回せるにも関わらず。  
 力強い剣の振りが、何合もぶつかり合う。何合も、何合も。  
「チッ!」  
 一本では押し切れないと判断したのか、ギルガメシュは片手で二本目のデュランダルを抜いた。  
 2本と一本では大分違う。1つの斬撃を裁いたとしてももう片方の手で2撃目が襲ってくる。そちらに気を取られれば一本目の方で3撃目が、という感じである。  
 そしてギルガメシュは力強さがその強さの大元。普通の生徒が両手剣を両手で振る速度よりも両手剣を片手で振る速度の方が圧倒的に早い。  
 その風圧で何かが斬れそうなほどに、早いのだ。  
「(早い、なら……)」  
「まだまだ!」  
 ギルガメシュはディアボロスが守勢に回ったのを見て、更に剣を力強く叩き付ける。力強く、素早い斬撃を繰り出しはしてもその分大振りになりつつある。  
 
 ディアボロスは、見逃しはしない。  
「これでも、喰らいやがれ!」  
「このっ!」  
「!」  
 ギルガメシュが力強く振り下ろした時、その斬撃を避けたディアボロスはギルガメシュ目掛けてグレネードを投げつけた。  
 それに気付き、咄嗟に距離を取るが距離を取った時にディアボロスは更に2個目、そして3個目を投げる。  
 道具乱舞。道具に精通する錬金術士だけが使える、道具を一〇個も連続使用する荒技である。そしてグレネードは火薬として使う分には充分。そして、距離を取った事でギルガメシュが積極的に得意分野の近接戦闘を仕掛けることが難しくなる。  
「くそっ、卑怯な手を」  
「そう言われても、それもまた戦法ですよ、先ぱ……い!?」  
 ディアボロスがそう呟いた直後、ギルガメシュの指先から放たれたサイコビームがかすめていく。  
 無詠唱での上級魔法。  
「確かにそうだな。不意打ちもまた戦法だ」  
「………先輩、魔法も凄いんですね」  
 だから最強だ、とギルガメシュが呟いた時、ディアボロスは地下道の床を蹴り、突如姿を消した。  
「……テレポルか!」  
 転移魔法を使うテレポルを応用して優位な位置から攻撃する、という戦法も無くは無い。ギルガメシュが反応出来るようにデュランダルを構えた時、そこへディアボロスが現れた。  
 ギルガメシュのすぐ目の前に。そして。  
 
 ギルガメシュの腹部に手を置き、ギルガメシュが剣を振り下ろす前に、ディアボロスは呟く。  
「ゼロ距離・ビッグバム!」  
 そして爆発が起こる。  
 広範囲に爆発を起こすビッグバムだが、その範囲内に敵がいなければ何ら意味は無い。  
 魔法全般にいえる事だが外しては意味がない。ならばどうすれば良いかと言う事だが、至近距離で撃てば命中率は上がる。しかし、ビッグバムのように広範囲魔法は至近距離では自分も巻き込みかねない。  
 だが、しかし。  
 ディアボロスは、そんなビッグバムを、魔力を前面だけに向ける事で自分への被害をゼロにし、超至近距離、即ち密着状態でも撃てるようにまで昇華させた。  
 前面だけに破壊を集中する事により、自分及び自分の後ろ側への被害はゼロ、更にはビッグバムであるからその威力は折り紙付きである。前衛で戦う彼に出来る事であり、まさに1人で爆裂拳を放っているようなものである。  
 
 壁に突っ込んだギルガメシュを見送り、ディアボロスは息を吐く。  
 倒せたかどうかは解らない。だが、二〇〇発ものダクネスガンを乗りきったギルガメシュである以上、倒せてはいないだろう。ダメージを与えたとしても。  
「………の野郎」  
 口にたまった血を吐きだし、ギルガメシュは剣を数回振る。  
「テレポルの瞬間移動から、破壊を前面だけに絞ったビッグバム。よくやるぜ……だが、遊びはここまでだ」  
 ギルガメシュは腰を落とし、そして腕を大きく振った。  
 
 ディアボロスは、何か暴風のようなものが迫ってくるのを感じた。  
 咄嗟に剣を抜き、弾く。弾いたそれが床に落ちた時、それが何であるかに気付いた。  
「……モーニングスター?」  
「もう一発!」  
 再びモーニングスターが飛んでくる、しかし今度は軌道が読める、と思った時、突如投げられたそれの速度が上がった。  
 慌てて回避しようと横へ飛んだ時、モーニングスターと共に光の珠が飛来してくるのが見える。光属性の基本魔法、シャインだ。  
「シャインの連射ぐらいで!」  
「まだまだ!」  
 シャインとモーニングスターによる2段攻撃。  
 モーニングスターが飛んでくると思えばシャインが無数に飛来してくるし、シャインをかわし切ったと思えば次はモーニングスターである。  
 速度・威力共に文句無しの攻撃。  
 
「くそっ、なかなか」  
 今度はディアボロスが逃げに回る番だった。  
 反撃する為に魔法を使おうにも、それよりも先に放たれる攻撃のせいで上手く行かない。  
「おらおら、どうした?」  
「…………ビッグバム!」  
 ギルガメシュがモーニングスターを再び投げた時、ディアボロスはビッグバムを叩き込もうとした、その時だった。  
「隙有り!」  
 モーニングスターから手を放し、飛んでいくモーニングスターに紛れて、幾つか次々と投げていく。  
 とてもではないがビッグバムでは叩き落とせない。避けるか弾くしかない。  
「サイコビーム!」  
 サイコビームの一発。弾いて叩き落としたのはただの小刀。当たっても脅威ではない。  
 2発目を放つ。弾いたのは、意外にもひらめだった。それでもまだ脅威ではない。  
 しかし三発目を撃とうとした時、目の前に迫った其れを見て、ディアボロスは息を飲んだ。  
 
 デビルアックスだったのだ。  
 
 重さのある一撃が、ディアボロスの肩を掠っていく。  
 直撃こそしなかったが、あふれ出た血が肩から床を濡らした。  
「………!」  
「掠っただけか」  
「……やっぱ先輩は違う」  
 ディアボロスは首を振りつつ呟く。一筋縄では勝てない。ディアボロスは考える。如何にして戦うか。  
 直後、再びギルガメシュが投げつけ攻撃を始めた。  
 ハンマーブ●スよろしく6つも投げられた金槌をディアボロスはよける事無く、身構えて地面を蹴り、そして。  
 
 光が走った直後、迷宮の床にただの鉄の塊が六つほど落ちてきた。  
 
「………今、何した?」  
「分解したんです。錬金術で」  
「分解、か。武器を廃品にしたのか」  
 錬金術は錬成で武器を作る。しかし逆に分解する事も可能である。金槌を全て分解してしまったのだ。  
 分解してしまえば武器としては役に立たなくなる。  
「なるほどな、よく考える」  
 ギルガメシュは笑った。  
「だが、まだまだ甘い」  
 再びモーニングスターが飛んでくる。今度は左右両方から。  
 軌道が読みやすい、とディアボロスが上に跳んで回避しようとした時、ぶつかりあった二つのモーニングスターから、爆発と、雷が襲ってきた。  
「んなっ!?」  
 空中で体勢を崩されると建て直せない、地面に叩き付けられ、数回跳ねて慌てて立ち上がる。  
 しかし、その隙にギルガメシュは距離をつめてデュランダルで斬りかかろうとしていた。  
「ビッグバム!」  
 再びビッグバムを使って距離を取る。危ない所だった。  
「今のモーニングスター……」  
「ああ。雷の封呪を付けたのとナパーム付きの二つだ。ちょっといじってつけてみたのさ」  
 武器を改造している時点でちょっとというレベルではない気がしないでも無い。  
「まったく、恐ろしい先輩だ……」  
「しぶといヤローだぜ」  
「お次はこっちだ!」  
 ディアボロスは精霊の剣だけでなく、もう片方の手で背中に背負っていた鬼徹を引き抜いた。  
 精霊の剣と鬼徹の二刀流。普通では少し考えられなかった。  
 
 ギルガメシュも負けてはいない。デュランダル2本に持ち替え、斬りかかる。  
「けむり玉!」  
 まさに打ち合うその瞬間、ディアボロスがけむり玉を使う。一瞬で視界が奪われ、ギルガメシュは慌てて後ろへ跳ぼうとした。  
 直後、そこへダクネスがラッシュの如く撃ちだされてきた。  
 咄嗟の攻撃にギルガメシュは反応出来ず、何発か直撃を喰らう。  
「ぐおっ……テメェ!」  
「グレネード!」  
 更にグレネードが投げ込まれ、爆発する。  
「そしてけむり玉!」  
 再びけむり玉が投げ込まれ、狭いフィールドながら視界が奪われ、完全に見えなくなる。  
 
 突如、ギルガメシュの耳に水の音が飛び込んできた。  
 ディアボロスが水の中へ逃げたのか、そう思ってギルガメシュは感覚だけを頼りに水辺へと寄ろうとして、立ち止まる。  
 
 もし、ここで水に飛び込むのであれば逃げに周りすぎである。ここまで逃げてばかりなら、戦う意志など皆無に近い筈なのに。  
 だが、普通に交戦してきている。と、いう事は!  
 ギルガメシュは背後を振り向くと同時に剣を振り下ろし、そこでちょうど斬りかかろうとしていたディアボロスの剣が直撃した。  
「! やっぱり罠か」  
「バレましたか」  
 ディアボロスが悪態をついた直後、ギルガメシュの腕がディアボロスの顔を掴んだ。  
「シャイン!」  
「っぁ!?」  
 顔面直撃弾を喰らい、ディアボロスは怯んだ。  
 怯んだディアボロスを掴み、周囲のディープゾーンへと蹴りと共に叩き込む。更にサイコビームを続けて打ち込む。  
 
 そう、トドメを刺して2度と浮かばぬように。  
 
 静かになった。  
「………終わった、のか?」  
 ギルガメシュがそう呟いた時、何かが浮かび上がろうとしているのが見えた。  
「!」  
 まだ終わっていない。ディアボロスは生きている。  
 ギルガメシュはいつでも斬り掛かれるように身構える。そして、浮かび上がるそれが、接近してくる―――――!  
 
 跳ね上がったそれにモーニングスターを叩き付けた、しかし。  
 
「……身代わりかかし?」  
 身代わりかかし。と、いう事は本人は。  
「サイコビーム・グランデ!」  
 かかしに気を取られたギルガメシュ目掛けて、浮かび上がったディアボロスが極太のサイコビームを放った。  
 すれすれで回避こそしたものの、その威力はまだ健在である事を物語っていた。  
「……こん畜生」  
 長期戦を、覚悟しなければいけないようだ。  
 
 

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