ディープゾーンから上がったディアボロスと、ギルガメシュは剣を抜いたまま睨み合っていた。  
 まだお互いに攻撃力は健在だ。魔力も残っているし、持ち替え取り換え戦う分だけの武器もあるし、道具も残っている。  
 だがしかし、まだこの戦いがどれだけ続くか解らないという点が、2人に攻撃の手を考えさせていた。  
 ディアボロスはギルガメシュを倒せば済む事だが、ギルガメシュの方はディアボロスを倒した後ディモレアとも戦わなくてはいけない。その為にも余裕を持って戦わなくてはいけない。  
 だが、現状はディアボロス相手に苦戦している状況である。  
「くそ、なんてこった」  
 ギルガメシュは悪態をつき、2本のデュランダルを握りしめ、迷宮の床を蹴った。  
 ディアボロスも精霊の剣と鬼徹を構え、同じように迷宮の床を蹴ってギルガメシュへと迫る。だが、ギルガメシュはそこで―――――。  
「うおりゃあああああああああ!!!!」  
 力強い一撃を三連続で叩き込む、鬼神斬りという技術が存在する。  
 前衛の中の前衛だけが習得出来る、最強の連続攻撃。しかし、ギルガメシュの持つデュランダルは一度の攻撃の中でも何度となく振り回せる。  
 
 十五回にも及ぶ攻撃が、ディアボロスを襲った。  
 
 そのうちの九回目まではディアボロスも防ぎきる事に成功した、だが、十回目以降は間に合わず、直撃を喰らった。  
 六度にも及ぶ斬撃。  
 口から血の塊がこぼれ落ち、すぐ背後のディープゾーンに落ちそうな所をこらえる。だが、辛うじて立っている状態だ。  
「………流石ですね、先輩」  
「今ので倒せなかったか。まぁ、全部当たらなかった時点で、止めてた方が良かったかも知れねぇけど」  
「多彩な手数と、その力強さ……ギルガメシュ先輩、あんたは本当に最強だよ……けど」  
 それは、今日で終わらせる。  
 ディアボロスは口には出さず、剣を構える事でそう告げた。  
「お前も諦めが悪い奴だ。あれだけの攻撃を喰らってもまだ立ってやがる」  
「負けたくないから」  
 ディアボロスの呟きが、ギルガメシュの手を止める。  
「そうか。お前もか」  
「ええ」  
「お互いに。譲れないもん抱えてるってこったな」  
 剣を数回振り回し、ギルガメシュは呟く。次は何を仕掛けるべきかと、考えながらも。  
 この戦いに、勝つのはただ一人。  
 
「うわー、凄い戦いかも……」  
 ゼイフェア地下道中央より少し外れた場所で、ヒューマンとエルフは戦いを見守っていた。  
「信じられない、ギルガメシュ先輩が苦戦するなんて……」  
「幾ら最強だからって常勝無敗な訳ないでしょうが……」  
「いえ、ギルガメシュ先輩はそれを実現する男です!」  
「…………あっそう」  
 エルフが如何にギルガメシュを崇拝しているかがよく解ったヒューマンはため息をつく。  
 彼女も学年が低いとはいえパルタクス三強に選ばれる実力者である。2人の実力が拮抗している事は一目瞭然だ。  
「あれがディモレアさんの息子さんなんだね……本当に凄いや」  
 錬金術士学科に属する、と聞いていて接近戦も魔法もそこそここなせる、というイメージを持っていたが、ある意味想像以上だった。  
 ヒューマンはますます彼にディモレアを紹介して欲しいと思った。  
「あ、先輩!」  
 エルフの叫びと同時に、ギルガメシュが体勢を崩してディープゾーンに落下。ディアボロスが続けてダクネスガンを連射する。  
「っ!」  
「はい、エルフ君落ち着く。見ていろって言われたんじゃないの?」  
 弓をディアボロスに向けたエルフをヒューマンが窘めると同時に、ディープゾーンから飛びだしたギルガメシュがディアボロスに斬り掛かり、剣がぶつかり合う盛大な音が響く。  
「けど、ギルガメシュ先輩が決定打を与えられないなんて……変ですよ」  
「そりゃパルタクス三強同士の戦いだもん。おかしくないよ。エルフ君も今後の参考によく見といた方がいいよ。これからのパルタクスを背負うのはあたし達なんだから」  
 ディモレアとの戦いが終わって既に2年が過ぎ、これからの学校を背負っていくのはディモレアと直接戦いを経験したギルガメシュ達最上級生では無い。  
 ヒューマンやエルフといった下級生が学年が上がると共に、パルタクス学園の柱となっていくのだ。  
「…………だからですよ。俺が、先輩に憧れたのは」  
 エルフは小さく呟いた。だが、それはヒューマンに届いていなかった。  
 
 ディアボロスのパーティメンバー全員が部屋に押し掛けてくるのは2回目になる、とルームメイトのフェルパーは思った。  
 ただし、今回は隣人のエルフとヒューマンのコンビがいなくて代わりにディアボロスの恋人になったセレスティアがいる事だった。  
「……あいつ、また一人でほいほい出掛けるたぁ……で、何処行きやがった?」  
 バハムーンの怒声に近い声にフェルパーが慌てて「まぁまぁ」と仲裁に入った後口を開く。  
「で、うちのディアボロスは何処に?」  
「……ギルガメシュ先輩が逃げ出した話は知ってるよな? で、先輩を止めに行った」  
「「「「……はぁ?」」」」  
 その言葉に、全員が首を傾げる。  
「いや、だからさ。ギルガメシュ先輩が『ディモレアに一戦やらかしてくる』って言って逃げたから、それを阻止する為に……」  
「待て」  
 バハムーンの目がつり上がり、ディアボロスの女子がルームメイトのフェルパーに視線を向ける。  
「それで、お前は止めなかったのか?」  
「当たり前だろ。俺がどうやって止めろと」  
「色々方法があるだろ! 相手はギルガメシュ――――学園最強なんだぞ!」  
 バハムーンが叫んだ時、ルームメイトのフェルパーが口を開いた。  
「あのさぁ。あいつが相当な実力者だって事、忘れてないか?」  
「………勝てるのかよ?」  
「勝てる。少なくとも、俺は信じてるし、あいつだって勝てると思ってる。だから挑んだのさ」  
 何せ、彼はディモレアの息子である。  
 最強とまではいかなくても、それでも充分な戦いを見せつける事が出来るだろう。  
 五人のパーティメンバー達はそれぞれ視線を交わしたり顔を見合わせたりしていたが、じきに同時にため息をついた。  
「…………なら、信じるっきゃないか」  
「そうだねー……でも、ちょっと心配かも」  
「帰ってきたらご飯奢ってもらおう」  
「その前にお土産ぐらい持ってきてもらうべきかも知れんな」  
「ついでに俺はマタタビを」  
「フェルパー、それは無い」  
「酷っ!?」  
 パーティメンバー達がいつもの空気に戻ったのとは裏腹に、セレスティアは黙っていた。  
「……先輩?」  
 ルームメイトのフェルパーも流石に気になったのか、セレスティアに声をかける。  
 だが、彼女は答えない。ただ、黙り込んだままだ。  
「先輩、どうしました?」  
「………本当に」  
「?」  
 
「本当にあの人達は自分勝手に暴れだしてッ!!!」  
 
 一瞬だけ、文字通り時間が止まった。  
「あ……え、えーとですね、今のはその……」  
 セレスティアも言った後で気付いたのか、顔を真っ赤にしつつしどろもどろになる。  
「先輩……」  
 ギルガメシュとディアボロスが戦う事。ある意味この2人が一度険悪になった事でセレスティアは知りたくない事実を知る事になり、悲劇も起こったのだ。  
 ディアボロスとの間に問題はもう無い。だが、ギルガメシュとは未だに解決していない。  
 ディアボロスもその事は言っていた筈だが、セレスティアはそれを今の今まで忘れていた。だが、その問題解決の為に。  
「2人がどうしてまた傷つけあうのかって……変ですよね、ギルガメシュ君も……」  
 生徒間同士の決闘は禁止だし、2人が争う事を望まない者だってきっといる筈だ。  
 それなのに、2人はどうして戦いあうのか。それがセレスティアには解らない。きっとお互いに無事では済まない筈なのに。  
「…………」  
 止めるしかない、とセレスティアは思う。  
 
 今、ディアボロスを止められるのは自分だけだろう。でも、ギルガメシュの方はどうすれば良いのか。  
 いや、止めるしかない。何があっても。自分が、この手で。止める。  
 
 セレスティアは部屋を飛びだす。  
 他の誰が止めるのも聞こえない。もう、走り出すしかなかった。これから起こる悲劇を、止める為にも。  
 
 
 ゼイフェア地下道中央の戦いはまだ続いていた。  
 ギルガメシュが得意の接近戦に持ち込もうと距離を詰めればディアボロスは魔法や火薬を使って距離を取り、距離を取られたギルガメシュは様々な武器を投擲して牽制する。  
 投擲された武器を弾いたり回避したりしつつディアボロスも距離を詰めて先制しようにも接近戦はギルガメシュの領域である。  
 お互いに、決定打を撃つ事が出来ない状態。  
「クソッ、なんてこった」  
 ディアボロスは舌打ちする。  
 グレネードもけむり玉も、魔力だって無限ではない。まだ余裕がある状態とは言え、接近戦だけの戦いならばギルガメシュの方が圧倒的に有利だ。  
 魔法での戦いに持ち込もうにもギルガメシュを魔法だけで仕留めるのは至難の技である。  
 モンスターとの戦いもそうだが、ギルガメシュは冒険者相手の戦いにも慣れているのだろう。  
 幾つかの迷宮では冒険者ギルドのメンバーと遭遇する事もある。生徒相手でも容赦なしに攻撃してきたり挨拶して立ち去ったり相手によって様々だが、攻撃を仕掛けてくる相手にギルガメシュは躊躇う男ではない。  
 対モンスター、対冒険者の双方の戦いに長ける人材など、そうそういないだろう。  
「だから、最強か」  
 思わず呟く。だが、弱点が無い筈は無い。  
「サイコビーム!」  
 ディアボロスがグレネードを投げようとした時、ギルガメシュはサイコビームを放った。  
 慌ててグレネードを床に取り下とし、ディアボロスは即座に離れる。グレネードは床で爆発した。  
「ふぅ……」  
 速度が早い上に一撃の殺傷能力、そして貫通力に長けるサイコビームを、ギルガメシュは主力の攻撃魔法として使っているようだ。  
 反応さえ出来れば回避出来るだろうが、魔法壁ですら貫通しそうな速度で撃ってくるギルガメシュの攻撃は脅威といえる。  
「けど、な……」  
 多用しすぎである。  
 相当な魔力を要するサイコビームを何発も連射し続ければ集中力だって落ちる筈だ。  
 柱の陰に隠れたディアボロスを不審に思ったのか、ギルガメシュは首を傾げた。  
「どうした? 隠れているのか? 隠れていては倒せねぇぞ」  
「まさか。少し、作戦を練らして頂いているだけです」  
「くだらねぇ。テメェがちゃちな作戦を立てたぐらいで俺を倒せると思うのか?」  
「解りませんよ? 倒せるかも知れない」  
 ディアボロスはそう呟くと同時に、口でグレネードのピンを抜いた。  
「ハッ! いい加減その手には飽きたぜ!」  
 ギルガメシュはディアボロスがグレネードを投擲してくるであろう場所を予測し、横に回り込んで柱の陰へと斬り掛かろうとする。  
 
 だがしかし、柱の陰から、ディアボロスの姿は消えていた。  
 
「テレポルか!」  
 だが、次はどこへと思った時だった。  
 上から、何かが落ちてきた。  
「……上?」  
 ギルガメシュが上に視線を向けた時、上空に移動していたディアボロスが両手を向ける。  
「喰らえ! ランツレートの爆裂大華祭とまではいかなくても……充分な火力はあるんだ! ビッグバム、ビッグバム、ビッグバム!」  
 片手でグレネードを投げ、もう片方の手でビッグバムを放つ。  
 ギルガメシュが気付いた時、既にゼイフェア中央は爆風で揺れた。  
 
 ディープゾーンの水が天井近くまで舞い上がるほど。  
 
 三回に及ぶ、真上からの広範囲攻撃のビッグバム。  
 空中爆撃を喰らったに等しいギルガメシュは、床に伏していた。  
「……くそっ……たれ」  
 まだ生きていた。  
 だが、流石に爆風のきつさに参ったのか、膝を折り、立ち上がるのもやっとと言った状態のようだ。  
「………先輩」  
 ディアボロスが床へと降りる。  
「もう諦めて下さい。貴方にだって、勝てないものはあります」  
「…………本当に、そう思うか?」  
 ギルガメシュが呟く。その奇妙なまでに自信に溢れた声に、ディアボロスが首を傾げかけた時だった。  
「こういうこった」  
 直後、一瞬の閃光の後に、ギルガメシュが立ち上がる。その傷は既に塞がっており、まだ戦闘続行可能だ。  
「メタヒールさ。つい最近になって、無詠唱でも出来るようになった。ちょっと疲れるが」  
「そう言えば先輩、そんな人でしたね」  
 本当にどこまでも諦めが悪く、どこまでも強い。それがギルガメシュという男の性格。  
 この戦いはまだまだ続くだろう。  
「サイコビーム!」  
「ビッグバム!」  
 ギルガメシュがサイコビームを放つと同時に、ディアボロスもビッグバムを放つ。  
「流石はあのディモレアの血を継ぐ奴だ、どこまでも魔力が底なしだな!」  
「先輩こそ、そこまでサイコビーム撃てるのが奇跡みたいですよ!」  
「ハッ! 当たり前だバカ野郎」  
 ギルガメシュはそう叫ぶと、ポケットから何かを取りだし、思いきり投げる。  
「?」  
 何か、とディアボロスが振り向こうとした時、言いようの無い殺気を感じた。  
「!」  
 慌てて横に飛ぶと、真横を禍々しい何かが駆け抜けていった。  
 いや、違う。あれは禍々しい何か、何てレベルじゃない。  
 死を告げるもの、いや、死、そのものと言うべきだろう。  
「………デス」  
 人を癒す僧侶が扱う魔法の一つだが、敵に確実な死を告げるその魔法を使う僧侶は殆どいない。  
 一つは当たりにくい事と、もう一つは躊躇う事である。  
 確実な死を告げるそれをモンスター相手でも躊躇う生徒は多い。ましてや対冒険者ならばもっての他である。  
 それなのに、ギルガメシュは今。  
 
 躊躇いを見せずに、それを放っていた。  
 
 先ほど投げたのはこの為に気を逸らす為の何かだろう。  
「くそ、外したか」  
「先輩、今の」  
「悪いな、俺も焦ってきてる」  
 ギルガメシュは呟く。  
「躊躇いを捨てろ、迷いを捨てろって昔っから何度もぶつかってきた。だからだ。誰よりも越える強さが欲しいと願ったガキの頃から、俺は戦い続けてきたのさ。  
 そして……今、この勝利の為に、卑怯と言われようと何と言われようと構いやしねぇ! 勝利のために、過程や結果なんざ、どうだっていい! 勝っちまえば生き残れる。  
 勝つ事だけが全てなんだよ! 冒険者ってのは、そういう生き物だ!」  
 
「ふっ……ふざけんなぁ! 冒険者ってのはそんな生き物なんかじゃない! 戦う為に生きてる奴もいるさ。純粋に強さを求める者、自分の中の最高の極みを求める者、  
 古の叡知を求め手に入れる者、仲間達と結束して生きる者、なんだっているさ。けどな……けど、冒険者が掴む栄光の為に、卑怯な手だけは使わない! それが冒険者のプライドって奴だ!」  
「プライドだけに生きてる奴なんざ生き残れない。俺の持つ最強のプライドは敗北しない事だが、俺はプライドの為だけに強くなってるんじゃねぇ! 最強になれば、失う事も何も無いさ!」  
「ならあんたは何を失った!」  
 いつの間にか、お互いに距離を詰め、剣で斬りあっていた。  
 叫びながら、思いをぶつけ合いながら、剣をぶつけていた。何合も。  
「弱さも迷いも、遠い昔に置いてきた。俺に残ってるのは、最強を求める俺だけだ!」  
「強さだけ求め続けて、その先に何がある! 意味なんか無いだろ!」  
「意味ならある! 何も失わない為にも、パルタクスで俺が手に入れられたもの……パルタクスで出会ったもの、その全てを守りたいと願ったからだ! 敗北がなければ、何も失わない!」  
「何も得ない勝利だってあるだろうに!」  
 剣が再び振られる。素早い速度であるにも関わらず、そして何十合と打ち合っているにも関わらず、気が付けば息切れ一つしていなかった。  
「だが、勝たなければまた失うだけだ。何であろうと、な」  
「あんたに敗れた誰かが、失ったものはどうなる!」  
「そいつが敗者なだけだ。俺は勝つ、ただそれだけだ」  
「戯言を! そんな事を並べ立てた所で、それはあんたのエゴにしかならない!」  
「エゴじゃない! エゴじゃないさ! 俺が求めてるのはそんなちっぽけなものじゃねぇ! 俺が求めるのは……ただ……」  
 ギルガメシュは反論しようとして、思わず剣を止める。  
 ディアボロスもギルガメシュが剣を止めたのを見て、距離を取って剣を構えた。  
「………俺が求める者は……俺は……」  
 昔、故郷を出た時。  
 何かを求めていた筈なのに。何で今、今になって出て来ないのだろう。  
 ただ、これだけはいえる。  
 
「俺は……最強の名を残したいだけだ。ギルガメシュの名前を」  
 
 口から出て来た言葉は、本心じゃない。  
 それを理解していたのは、ギルガメシュただ一人だった。  
 
 
「……最強の名前、かぁ」  
 ヒューマンは小さく呟いた。  
 共にギルガメシュとディアボロスの戦いを見ていたエルフは「え?」とヒューマンを振り向く。  
「あの人、どこまでも本気なんですね。まるで、俺達なんかと違う世界の人のように見える」  
「……そうかもね。でも、エルフ君、あたしさ、最強見てて思うんだけどね」  
「はい?」  
「あの人、あの調子だと負けるかもね」  
「はぁ?」  
 エルフはそのヒューマンの意外な言葉に思わず叫ぶ。  
「負けるって、どうして」  
「疲労してきてるんだよ、ギルガメシュ先輩」  
 ヒューマンの言葉に、エルフはギルガメシュに視線を向ける。  
 確かに攻撃力の高い魔法や積極的に接近戦を仕掛けており、相手の反撃でも結構なダメージを負っている。  
 だが、それでも先ほどのメタヒールで回復した筈だ、とエルフは思う。  
「甘いね。ディアボロス先輩が効率の良い戦いをしているからね。魔力キャパシティはあっちの方が上だし、おまけにディアボロス先輩、接近戦でもギルガメシュ先輩相手に渡りあってるんだよ?  
 接近戦だけを見ればギルガメシュ先輩が有利だけど、道具や魔法の使用とかを見ればマルチに戦えるディアボロス先輩の方が有利だよ。まぁギルガメシュ先輩も魔法はそこそこいけるけど」  
 
 そこそこ、というのはあくまでもヒューマンの視点であって生徒という基準でみればギルガメシュの魔法レベルも相当なものだ。  
 だが、ディアボロスはそれを更に踏み越えていくレベルなのだ。  
「そ、それじゃ……」  
「だから焦ってきてるんだと思う。デスなんか使ってるあたり。だけど、先輩もドジだねー。さっきの一撃が当たれば勝てたのに。もう撃っても当たらないと思うよ?」  
 確かに、ギルガメシュが不意打ちに近いカタチで仕掛けたデスが当たれば終わっていただろう。  
 だが、外れてしまってはどうしようもない。  
「本当に、酷い話ね」  
 ヒューマンはそう呟き、エルフは弓に手をかけながら、戦いを見守るしかなかった。  
 ギルガメシュの勝利を幾ら信じていても、少しずつそれが揺らごうとしている事に。彼は、気付いていた。  
 気付きながらも、何も出来なかった。  
 
 
 剣が何度となく、ぶつかり合う。  
「あんたの名前は確かに残る筈だ。パルタクス……いや、王国の長い歴史の中でも、あんた程の奴なんてそうそういない。歴史に名を残す事も栄誉の一つさ。  
 だけどギルガメシュ。醜い手段でそこまで成り上がっても、誰も賞賛なんかしない筈だ。あんただけ満足しても、意味はあるのかよ!?」  
「バカ言え。名前を持つ事の誇りさえあれば、賞賛も栄誉も必要無い……栄誉も名声も、所詮はちっぽけなものさ。誇りですら、簡単に敗れてしまうものだと言うのに」  
「なんだって?」  
「戯言だ」  
 ギルガメシュはそう呟くと同時に距離を詰め、剣を振りかぶる。  
 振り下ろされる剣。ディアボロスがそれを弾く。  
「俺が生きていた証明……最強である事の誇り………それだけでも、俺は戦っていける」  
 けど、本当は違うとギルガメシュは叫ぼうとした。  
 言葉にならなかった。  
「俺は、負けたくない」  
「……あんたは、負けるのが怖いだけなのか?」  
 ギルガメシュの小さな呟きを、ディアボロスは聞きのがしたりはしなかった。  
「4年生にして学園最強の称号を持った。入学した時から戦い続けた事はもう、俺ら下級生の中じゃある意味伝説の語りぐさだ。最強伝説がいつから始まったかは知らない。  
 けれども、最強と呼ばれた辺りから、最強の名を汚したくなくて、あんたは負けるのが怖くなった。だからただ戦い続けたのか? 何も振り向かず何も気に留めず。  
 最強という名前を手に入れてしまった誇りが、あんたをそこまで追い詰めたのか?」  
「………バカを言うな。勝手な想像を並べ立てるんじゃねぇ」  
「だから最強を求めた。負けるのが怖いから、何をしてでも勝利する。失いたくないから負けたくないなんて、そんなのあんたが勝手に作ったルールだ。  
 例え負けたとしても、得るものだってあるさ」  
「勝手な事を抜かすな! テメェに俺の何が解る!」  
「解らないさ! 解らないから、人は理解し合おうとするんだよ!」  
 再び剣がぶつかり合い、ギルガメシュは同時にサイコビームを放つ。  
 不意打ち気味に放たれたサイコビームをまともに喰らい、ディアボロスは膝を折る。  
「ぐっ……!」  
「俺はな……俺はなぁ……!」  
 ギルガメシュは剣を振り上げる。その攻撃の軌道は荒く、ディアボロスでも簡単に回避出来る。  
「くそっ……たれ!」  
 ディアボロスは距離を置くと同時に、地面に手を置いた。  
 
 錬金術は錬成と分解の二つの使用法がある。  
 素材を組みあわせて新たなものを生みだす錬成。  
 物品を分離させて素材に戻す分解。  
 そして錬金術の分解も錬成も、戦闘に応用出来るのである。  
 
 ギルガメシュの足下の床が分解され、所々に罅割れが走った。  
「んなっ!? 地面破壊、だと……」  
 床が破壊され足場が悪くなった所へディアボロスは更にビッグバムを放つ。  
 こちらは回避したものの、それでもギルガメシュは確実に不利な状況へと追い込まれていった。  
「くそ、不甲斐ない……」  
 ギルガメシュは悪態をつく。  
 ディアボロス相手にここまで苦戦するなんて。ディモレア相手に戦って返り討ちにあったら。  
 みっともない。  
「サラに会わせる顔がねーじゃねぇか……」  
 軽く舌打ちをする。  
「一気に勝負を決めにかかるしかねぇ」  
 こちらの被害を考えている余裕なんかない。  
 ギルガメシュは剣を構え直すと、2本のデュランダルを引き抜いた。  
「…………俺に敗北の文字はない。それが浮かんだ時は……俺が死ぬ時だけだ。勝って、戻ると、俺は決めた」  
 そう、パルタクスで帰りを待つサラに。約束したのだ。  
 勝って、必ず戻ると。  
「行くぞディアボロス! 死ぬ覚悟は出来ているか!」  
 ギルガメシュは床を蹴ると、一気に突進した。  
 足場の悪さも、構いはしない。  
 ディアボロスが放つ牽制の魔法や火薬ですら、例え直撃してもこの足を止めない。  
「うおおおおおおおっ!!!!!!!!」  
 勝利の為に、ただ貪欲に。  
 勝てる戦いに勝つ為に。俺が勝つのだと、ただ勝利だけを信じている。妄信的に。  
 
 ギルガメシュは、その剣を振り下ろした。  
 
 ディアボロスも剣を構え、反撃を試みた。  
 だが、ギルガメシュは最後の力を振り絞った攻勢を、一気にかけていた。  
 全ての力を注ぎ込み、躊躇いも無いその連続攻撃。  
 
 防ぐのがやっとのディアボロスにとって、その死に物狂いの攻撃は予想外だった。  
 
 そして最後の一撃が、ディアボロスの肩から腹まで大きく抉った。  
 
 紅い血飛沫が舞う。  
「………あ……が、は……ぁっ」  
「…………」  
 ギルガメシュは、血を吐きだして崩れ落ちそうなディアボロスを片手で掴むと、ディープゾーンへと放り投げる。  
 ドボン、という音と共に、ディアボロスの肉体が沈んでいく。  
 もう、2度と浮かび上がる事は無いだろうとギルガメシュは思った。  
「……………バカ野郎」  
 最後にそう悪態をつくと、ギルガメシュは膝を折る。  
「俺の正義は何処だよ……」  
 迷宮の床に倒れそうになるのを、必死にこらえて壁へと急ぐ。  
 
 だがそこに、異分子の存在を感じ取った。  
 
 急速にゼイフェア地下道中央まで近づいてくる、誰かがいると。  
 さっきのヒューマンやエルフではない。誰かが。  
「……誰だ?」  
 ギルガメシュの問い掛けに、ヒューマンとエルフが不思議そうに視線を向けてくる。  
 自分達がいるのが変なのかとばかりに。  
 
「お前達じゃない、違う奴だ!」  
 ギルガメシュが叫んだ時、反対側の、ちょうどディアボロスが入ってきたであろう側の扉が開き、迷宮の薄暗い明かりに照らされた。  
「………ギルガメシュ君。ディアボロス君はどこですか?」  
 セレスティアだった。  
 手にニケの槍を構え、ギルガメシュへの警戒心を解かないまま、ディアボロスの姿を探す。  
「倒した」  
「!? そんな……」  
 遅かった、とセレスティアが呟く中、ギルガメシュは腰を下ろす。  
「……強かったさ。あいつにだって、あいつの正義はある。だが、それは俺も同じだ」  
「生徒間同士の決闘は禁止ですし、そして殺してしまったとなれば下手すれば退学に……」  
「知るかそんな事」  
 今さら何を言う、とばかりにギルガメシュは呟く。  
「あいつも、あいつ自身の正義の為に戦ったんだ。お前が文句言うべき事じゃない」  
「そんな事……!」  
 セレスティアはディアボロスは何処に行ったのかと視線を彷徨わせ、ヒューマンが沈んだ場所を無言で指さした。  
「おい、何をす」  
 ギルガメシュが何かを言うより先に、セレスティアは既に飛び込んでいた。  
 
 深いディープゾーンへと。彼の後を追うか、それとも。  
 彼を助ける為なのか。  
 
 ギルガメシュには、解らなかった。  
 
 
 

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