光が、遠く感じる。
息を吸い込もうと口を開けた時、口の中に水が流れ込んできた。そこで水中に落とされたと解った。
……どうしたんだっけ?
そうだ、ギルガメシュ先輩に負けて、叩き落とされたんだった。
水が、口の中から更に奥へと入る。
苦しい。息が、出来なくて……意識が、落ちる……。
このまま死んだら、多分亡きがらも発見されないまま朽ちていくのかも知れない。
仲間達は、どうするんだろう。
ああ、先輩を、心配させるだろう、きっと……けど、今ここにいるなんて、誰にも言ってないや。
母さんは……ギルガメシュ先輩が来て、俺が死んだ事を知るのだろうか。
何だろう、それが凄く悲しく感じる。
ああ、そうか。
俺、母さんに迷惑かけたくないのに、またかけちゃった。
バカだなぁ。
手を、どこか暖かい手が掴んだ。
何だろう、とても暖かくて心地よい。
この手の主は、誰だろう。
いや、違う。
暖かい、とかそういうレベルじゃないんだ。どこか。
純粋で、生きるエネルギーそのもののような、ただ暖かい何かが流れ込んでくる。心地よいじゃない。
力だ。
力そのものが、パワーそのものが、エネルギーそのものが。
流れ込んできたのは、力の証。
ギルガメシュはディアボロスが落ちた場所に沈んだまま浮かんでこないセレスティアの姿を探すのを諦め、戻る事にした。
もう大分遅くなっている。少し体力を回復させてからディモレアに挑んだ方がいい。
学校からの追手も来るかも知れない。
「まぁ、止められるかどうかは解らねぇがな」
少しだけ笑う。こっちだってそれなりの実力者ではある。時間さえかければ、ここまでの戦いだって出来る。
ギルガメシュがそう思った時、ふと気付いた。
「ん?」
水中から、いや、水中から周囲全体を覆う……これは、闘気なのだろうか。暴風のような強さとは違う、霧のようにまとわりついてくる。
「……なんだ、こりゃ……」
まさかと思う。まだ生きているのか。いや、例え生きていたとしてもここまでの力が残っている筈は無い。
そうだ。トドメを刺すのを忘れていた。トドメを刺しておかなくちゃ。二度と浮かばないように。
水際に近寄る。
サイコビームを撃とうと、手をかざそうとした時。
紅い影が、水の奥底から迫ってくるのが解った。
「いっ……!」
もう、遅い。
水中から飛びだしたその紅い影は近くの通路まで跳ね上がり、右手で握っていたセレスティアの身体を優しく置く。
そしてギルガメシュには、飛びだしてきた影の存在が解った。
「……生きて、やがった……」
ディアボロスは、ゆっくりと顔をあげると、もう一度跳ね上がってギルガメシュのすぐ近く、つい先程まで戦っていたフィールドに舞い降りる。片手に握られた精霊の剣から放たれる禍々しい魔力が身体を突き刺す。
そして、その全身から放たれる紅い闘気が。ギルガメシュに襲いかかるような恐怖を覚えさせた。
「(嘘、だろ……)」
ギルガメシュはじりっと後退する。気付いていないけれども、無意識のうちに。
「何だよ、これ……」
「……決まってるでしょう?」
ディアボロスの口から漏れたのは、ついさっきまで言っていた言葉だった。
「まだまだ、続行です」
ディアボロスが地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。
接近戦はギルガメシュの得意分野である。しかし、今度は様子が違った。
ギルガメシュの方が守勢に回る。体力を大分使ってきているし、そして何よりディアボロスの攻撃が先ほどよりも重く、鋭くなってきている。
下手に立ち向かっても余計に力を減らすだけだが、相手を制する程の戦いに持っていけない。
剣が舞う。
「くそっ……お前、どうやって」
「さぁ? なんででしょうね?
「バケモノめ!」
ギルガメシュと、ディアボロスの立場は完全に逆転していた。
攻めだったものが守りに入り、守りだったものが攻めに転じる。一進一退ではない。追い込まれた者と、追い込む者。
例え何度斬り捨てられたとしても、這い上がってくる強さ。
斬られる前に斬ってしまえばいい。だが、斬られても斬られても立ち上がってくる相手には。
どうすればいいのだろう。
どこまでも立ち上がる強さが。どんな底からでも這い上がってくる強さが。どれだけ失っても何かを掴もうとする強さが。
そんな強さに憧れて、ここまで来たというのに。
俺は何で、そんな強さに怯えてるんだろうと思った。
「シャイガン!」
ギルガメシュが距離を取るべく、光の魔法球を放った時、文字通りシャイガンを打ち返すかのようにディアボロスは躊躇わずにダクネスガンを放った。
しかも一発ではなく、二発も三発も立て続けに。
放たれた攻撃を打ち返すどころか、おまけ付き。
「冗談じゃねぇぞ……」
ギルガメシュは呟く。
ただでさえダメージを受けているのに、復活したディアボロスの攻撃が並じゃない。
逆に押されている。このままだと押される。押し返される。潰される。
「舐めんなよ……最強の伝説は、今日で終わりはしねぇ!」
誇りがある限り。
最強の名前は、誰よりも強く在る事。勝ち続ける事。
二本のデュランダルを振り回し、文字通り嵐のように何度も連撃を加える。
だが、ディアボロスはその連撃すらも裁ききり、隙あらば押し返す。
負けなど有り得ない。否、負けはしない。例え何が相手であろうとも。最強対最強。
「負けるのが怖いあんただから」
ディアボロスは呟く。
「押せば押すほど、焦りが出て来る」
「っ……!」
「攻勢に出ていれば最強でも、一度でも守勢に回ってしまえばあんたは勝てなくなる」
攻めていれば倒せる。
守り続けていれば、守る事は出来るし生きる事も出来る。けれども、倒す事は出来ない。
相手を倒すには、攻めなければいけない。
攻め続けている事。攻めに周り続ける事が、最強の戦い。
守りに回ってしまえば、勝つ事が出来ない。
一度でも、守勢に回ってしまえば。
攻められる事の、弱さがそこにあった。
「バッカ野郎! 俺が最強だ……!」
ギルガメシュは剣を振るう。
己が最強の為、己が立てた約束の為。
勝って、倒して、生き残る。それが彼の望み。
「勝てないさ」
ディアボロスは嗤う。そう、解っている。勝利が見えようとしている。
「俺が勝つからだ!」
距離を詰め、再びギルガメシュの至近距離へと近づき、懐にビッグバムを叩き込む。
「ぐぁ!?」
爆発と共にギルガメシュの体が舞う。受け身を取る事も出来ず、床に叩き付けられる。
「くっそ……サイコビ」
「うおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
遅かった。
サイコビームを放つより先に、ディアボロスがギルガメシュに斬りかかる。
血飛沫が舞い、再びギルガメシュの体が宙を舞った。
受け身を取る事は無かった。
床に叩き付けられる。
「ぐっ……」
口から血が溢れる。
お互いに相当なダメージを受けている。だがしかし、今度はディアボロスの方に軍配は上がった。
「………嘘、だろ……」
「先輩……」
そう、負けた。ギルガメシュが。
「………くそ……」
膝をつく、ギルガメシュ。
「…………………」
「…………勝った、のか」
「ああ……テメェの勝ちだ」
悔しそうに、実に悔しそうに。いや、実際そうなのだろう。
勝つと決めてきたにも関わらずに。最強であるにも関わらずに。
けれども、ディアボロスも勝つと決めていて。
自分が最強に最も近いと知って。
負けたくないという意地と意地の戦いが、この結末を生む。
「………強い、な」
「ええ。まぁ、親があれですからね。でも、あれでも……いい親なんです」
自分に愛情を注いでくれる。ここまで育ててくれた、そう、ここまで強くなれるまで。
そんな親を悲しませたくなくて、それで結局、ここまで来た。
「そうか……守りたいものがあるって、強い事、なんだな」
「……………」
「俺にも、あった」
ギルガメシュが呟く。
「凄く昔の話だ。あまり人口は多くなくて小さい街に住んでいた。親も、姉も、妹もいて、普通の生活してた。俺が9歳までの時だ。
姉がいた。その街の近くにも、パルタクスみたいな学校があって、姉はそこで卒業する前に、同級生と結婚した。同級生って言っても、近所に住んでるバハムーンでな。
だから知らない仲じゃなかった。いつも一人で戦ってる、けれども、それでもそいつは強かった。俺が当時見てきた世界の中で、最強と言えばそいつを思い出した。
………俺が9歳の時に、そいつの弟が迷宮に迷い込んだ。俺が助けに行こうとして、止められた。姉も行こうとしたけれど、止められた。
その弟は帰ってきた。けれども、そいつだけは帰ってこなかった」
その日から、それが見てきた世界が、狂い始めてきた始まり。
「誰よりも強かった筈の、そいつが死んだ。皆、泣いていた。それを見ているのが凄く嫌だった。もし、俺があの時行っていればどうなっていたのだろうかと思うようになった。
もし、俺に力があればどうなっていたのだろうと思った。俺に力があるのなら」
力があるのなら、救えたかも知れない。
「だから家を飛びだした。大切なものを全部守れるだけの力が欲しかった。それが、本当の真実だった」
最強の称号も、誇りも、気が付いたらそれだけに執着していた。
だけど、本当は違う。
「だから戦い続けた。パルタクスに入っても、例えどれだけ傷つこうと、負けても立ち上がって、強くなるしかなかった」
もう失わない為に、この手で守れるもの全てを守る為に、戦い続けていた。
気が付いたら、守る為に力を手に入れるじゃなくて、力を手に入れる為に力を手に入れていた。
どこまでも、強くなる為に。
「最強であれば、負けないと思った。だからだ」
ギルガメシュはそこまで言うと、ため息をつく。
「どこで狂ったのか覚えてねぇ。昔の話だ」
そう、本当に。
「……………」
守りたいと願う事。失いたくないのは、誰もが一緒。
「先輩、俺はきっと……守りたいものが、出来すぎたのかも知れないですね」
約束を果たすと、決めたから。
「……好きにしろ」
「じゃあ、失礼します」
ディアボロスは背を向けると、ゆっくりと歩き出した。ギルガメシュをその場において。
「……とどめ、刺さないのか」
「……そこまでして、殺したくな」
ディアボロスがそう呟いた時だった。
その背中に、一本の矢が突き刺さっていた。
「え……?」
ディアボロスは振り返る。矢の飛んできた方向へ。
「………」
観戦していた、二年生のエルフが。手にしていた矢を、放っていた。
「お前……!」
ディアボロスの身体がもう一度倒れる。
ディープゾーンの中へ。
「ばっ……!」
慌てて立ち上がりかけたが、立ち上がりかけても、動かない。だってもう、倒れてしまったから。
「くそっ……!」
ギルガメシュは床に手をつくが、それでもその腕に力が入らなかった。
「……………す、すみません……」
「アホか、テメェは……!」
セレスティアが再びディープゾーンへと飛び込むと同時に、ギルガメシュは視線をエルフに向ける。
「……エルフ君?」
「信じられなくて……」
ヒューマンの問いに、エルフは弓を構えたまま呟く。
「最強が落ちるのを、俺は信じられなくて。だから、つい撃って……」
「他人の決闘に、テメェ如きが土足で入り込むんじゃねぇっ!」
「!?」
「負けは負けだ。素直に認めるっきゃねぇよ……それに」
何か変な感情まで、ふっ切れた気がして。
「負けたっつーのになんか変な気分だ」
ディアボロスを掴んでセレスティアが再び浮かび上がる。どうやらあの様子だと生きてはいるようだ。
「おい、そいつ生きてるか?」
「生きてますよ……って、ギルガメシュ君も大丈夫ですか?」
「無理だ」
あっさりとそう答えるギルガメシュに対して、セレスティアは笑う。
「もう……ともかく、二人とも手当てしないと……誰か聖術使える人は」
「はいはーい」
ヒューマンが駆け寄り、ディアボロスに取りかかる。セレスティアはセレスティアでギルガメシュに向かった。
「……そういえばギルガメシュ君、気になってたことがあって」
「……なんだ?」
「私を好きになった理由って、もしかして、一年生の時に出会った時、とか?」
「………なんだ、覚えてたのか」
「本当にそれが理由だったんですね……」
「まぁな………あいつに出し抜かれたカタチになったつーか……けど、俺らしくもなくいつまでもうだうだしてた俺が悪かったのかもな」
完全にバカした、とギルガメシュは呟く。
「幾ら最強だろうと欠点ぐらいあるさ」
「……それもまたギルガメシュ君らしいですね」
同時に笑った。
「……ギルガメシュ先輩、俺の彼女にそんなに笑いかけないでくださいよ勘違いしそうです」
「うるさい黙れ。先輩には敬語を使え」
ディアボロスの言葉にギルガメシュがそう返し、ヒューマンが笑う。
「もう治療の必要無いねー」
「あ、もうちょっとメタヒールかけて、お願いします」
戦いが終わった後。
つい先ほどまで殺伐していたというのに、和やかな空気だった。
このまま、綺麗なまま、流れてしまえば良いと思うのに。
直後だった。
「………ん」
それに最初に気付いたのはエルフだった。
「何か、変な音しません?」
何かが軋むような、そんな音。迷宮に潜り続けて初めて聞く音。
「変な音? ……そういやするな」
ディアボロスも呟く。
まるで、何かがはち切れる直前のような。崩れる一歩手前というか。
「何の音でしょうね?」
セレスティアが首を傾げる。
「さぁ?」
ヒューマンも首を傾げる。
「そういや、こんな音聞いた事あるな……そうだ、昔まだガキだった時に近所でお化け屋敷って騒がれた屋敷があって」
ギルガメシュが昔を振り返るように呟く。
「何か変な音がするなって思って。こんな音だった。そしたら、幼なじみの兄貴がすっ飛んできて早くここから出ろって言われて」
音はますます大きくなる。
だが、その場にいた五人はギルガメシュの話に夢中になっていた。
「そして、俺らが出て数分経った時に―――――屋敷が一気に崩壊したんだ。頑丈そうな屋敷が」
直後、文字通り崩壊が始まった。
「………マジでか」
ギルガメシュは思わず呟く。
ヒビ割れた天井。崩れ落ちる壁。
溢れ出して、通路へと流れ込む水に混じって流れ行く土砂。
始まる崩壊を、止められる術は無い。
「……逃げるぞ!」
五人が駆け出すと同時に、ゼイフェア地下道中央に、一斉に水が流れ込んできた。
一気に天井近くまで水没し、天井から崩れた土砂が頭上から降り注いでいた。
崩壊が終わった後、残されたのは破壊し尽くされた地下道だった。
パルタクス学園にそのニュースが飛び込んできた時、殆どの生徒は既に就寝中の時間だった。
「ゼイフェア地下道が水没したって本当ですか!?」
「おお、マクスター。来たか。どうやら本当らしい。姉さんが教えてくれた」
ユーノが頭を掻きつつそう呟き、他の教師陣も何故か浮かない顔だ。
「どうしました?」
「実はな……崩落に巻き込まれた生徒がいるらしい。ボストハスの宿屋の主人が崩壊前にゼイフェア地下道に入った生徒がいると」
「…………」
もしそうだとすると、それは大変だ。
「すぐに救援に行かないとマズいでしょう! 崩落ですよ!?」
「ああ。急いでくれ。ギルガメシュに頼んで……」
「あいつ今脱走中ですから何処にいるか……」
ユーノの言葉にマクスターは思わず固まる。
「……まさか」
いなくなったギルガメシュ。脱走したという話。そして今朝、偶然食堂で小耳に挟んだ。
ギルガメシュがゼイフェア地下道中央に行くという話をしていた。
「………とにかく、編成を急ぎます!」
マクスターは職員室を飛びだし、生徒会室に向かった。
親友を助け出さなくては行けない。例え何が起こっても、彼は、ギルガメシュは。
マクスターの親友であり続けるのだ。
五人の生徒が行方不明になったゼイフェア地下道崩落事故の原因は未だに解っていない。
事件を目撃したゼイフェア生によると二人の生徒による決闘の前後から地盤が緩んでいた、と話していたが地下道が崩落した以上真偽は定かではなく、何よりそのゼイフェア生も失踪を遂げている。
そしてパルタクス学園では、かつて学園最強と呼ばれた、行方不明の男子生徒の帰りを、少女は待っていた。
捜索が打ち切られても、彼女は彼の帰りを、ずっとパルタクスで待ち続けているのである。
彼がいた場所、そして彼が帰ると言った場所。
愛する少女が待つ場所に、彼が必ず戻ってくると信じて。
そして、1週間後。
この世界は、別世界からの侵攻を受け、戦争状態へと突入していく事になる。
そしてこの日より、闇の魔導師の天才と呼ばれたディモレアは歴史の表舞台から姿を消す事になる。
その消息も解らぬまま、異世界へと戻ったか下野したかは定かではない。ただ、時折ゼイフェア地下道近辺での目撃情報だけが残されている。
……『ディモレアさん家の決戦事情』 終幕
to be NEXT Episode…?
====存在しえない予告====
遡ること、二〇年前。
マシュレニア学府で学ぶ一人のディアボロスの少女がいた。
同じくマシュレニア学府で学ぶ一人のヒューマンの少年がいた。
魔導師として遥かな高みを目指した彼女。
錬金術士としての極限を目指した彼。
「この世界は酷いものだ。どいつもこいつも腐ってやがる」
「それでも、あたし達はこの世界に生きてる。エド、あたしはこの世界を信じる」
「ディモレア……!」
すれ違いそうでも、繋がっていた思いがそこにある。
「姉さん……俺は、無理な事は無理だって言うタイプなんだ。だから出きる事なら姉さんを止めたい」
「ダンテ、あんたの気持ちはよく解る。けどね、あたしを誰だと思ってるの?」
「……ディモ姉さんには敵わないさ」
彼女が生んだ奇跡こそが、従弟への標となるのか、それとも闇への誘いなのか。
「……エド先輩、どうかお幸せに。パーネは貴方と違う道を行きます」
例えどうなっても守りたい、大切なものってありますか?
ディモレアさん家シリーズ、Episode1血塗られた王の系譜
近日公開予定。