ザスキア氷河の西の空に、太陽が沈もうとしていた。  
 エド達がザスキアに辿り着いたのが昼下がり。パーネの行方が解らなくなって既に数時間が経つ。  
 このまま夜になって気温が下がれば、最悪取り返しのつかない事態にもなりかねない。何せ元々ザスキアに来る予定など無かったので防寒具など用意していなかったのだから。  
「いたか?」  
 ザスキアの中央部に戻ってきたエドは反対側を捜索していたであろうカガリに声をかけた。  
「いいや。そちらもいないようだな」  
 カガリの返事にエドは頷く。それから数分後、恐らく友人であろうランツレート生を何人か連れたダンテも姿を現した。  
「すいません、見つからなかったです」  
「悪いな、友達まで手伝わせちゃって」  
 エドの言葉に、ダンテは首を左右に振る。  
「これもレベル上げの一環だと思えば………でも、本当に何処行ったんでしょうね」  
 ちなみにディモレアも一応まだザスキア氷河にいる。ただし、探しているのは怪盗が隠したカラレスの書だが。  
 パーネの捜索などディモレアにとってはどうでもいいらしく、カガリとダンテに捜索を手伝うように言っただけである。  
「わからん。けど、パーネの奴は俺に黙ってふらふら出歩くような奴じゃないしなぁ」  
 ダンテの言葉にエドは考え込む。  
「しかし、そろそろ日も暮れるだろう。一年生をこれ以上駆り出す訳にも行かない」  
「そうだよなぁ……おい、ダンテ。お前らもうランツレートに戻れ。後は俺らでやるから」  
 カガリの言葉にエドは頷き、ダンテにそう声をかける。しかしダンテは首を左右に振った。  
「日が暮れた後が余計マズいじゃないですか……相当寒くなりますよ、ザスキアは」  
「だからだよ。一年坊主を凍死させちまったら責任取るの俺なんだぞ?」  
「そういう理由ですか」  
「そういう理由だよ。錬金術で暖は取れないんだから」  
 無から有を生み出せない錬金術士故の苦悩である。ダンテはため息をつくと、友人達に声をかける。  
「今日はこれで捜索切り上げて帰る事にするか……」  
 女子生徒はため息交じりに頷いたが、男子生徒は一斉に不満の声をあげた。  
「なんでだよダンテ! パーネ先輩放っておくのかよ!?」  
「そういう訳じゃないんだけど……」  
「そうだぞダンテ! 捜索を続けてパーネ先輩見つけたら寒さに凍えるパーネ先輩をあーんな事やこーんな事で温めて…」  
 鼻息を荒げながらそう叫ぶ男子生徒の言葉はカガリの強烈な拳骨で沈黙させられた。  
「ダンテ。とりあえずそいつら連れて帰れ」  
「はい! 帰らせて頂きます!」  
 エドの言葉に、ダンテは元気よく従ったのだった。  
 
 
「じゃあ、もう少し探してみるかな……」  
 ダンテをランツレート学院に返した後、エドは頭を掻きつつそう呟く。  
「うむ。では、私はこちらを」  
 カガリも頷き、お互いに反対方向へと進む。もう、日は沈んでおり、視界は悪くなっていた。  
「あー、クソ。何も見えねぇ。天然ダークゾーンだ」  
 ダークゾーン。  
 暗闇で視界を奪われ、文字通り一寸先も見えない。床にターンエリアがあろうものなら、方向感覚すら失う危険もある。  
 おまけにライトルの魔法を使っても見えないというオマケ付き。どうしようもない場所である。  
「見えん……」  
 エドは悪態をつくと、とりあえず近くに手を伸ばし、手探りで壁を探る。  
 迷宮で道に迷わない方法その1。  
 壁に手をついて壁伝いに進んでいけばそのうち出口に着く。  
 ただし、時々行き止まりに突き当たる事もあるが……。  
「お、あった。あった」  
 壁をどうにか探り当て、壁に手をついて進んでいく。パーネを探そうにも、道が解らないと意味がないだろうし。  
 
 しばらく進む。  
 直後、唐突に何かにぶつかった。  
「あだっ!?」  
「いったぁ!?」  
 どうやら人にぶつかったらしい。少なくともモンスターではないだろう。  
 ただ、人とはいえ迷宮を歩く人が必ずしも友好的とは限らない。ある程度警戒しつつ、エドは数歩後退する。  
「……いつつ。誰だ?」  
「そっちこそ誰よ?」  
「俺か? 俺はマシュレニア生だよ」  
「あたしもマシュレニア生よ」  
 どこかで聞き覚えのある声だな、と思いつつエドは「ぶつかって悪かった」と続ける。  
「そうね。こっちも悪かったわ」  
 お互いに頭を下げる。  
「ところで俺は人を探しているんだ。セレスティアの女の子を見なかったか?」  
「見てないわね。あたしはものを探してるの。魔道書を見なかった?」  
「見てないな」  
 しかし、何処かで聞き覚えのある声だなと思った。  
「しかしこうも視界が悪いと何も見えないな」  
「待って、今、灯りをつけるから。シャイガン!」  
 相手が空にシャイガンを打ち上げ、一瞬だけ視界が明るくなった。  
「あ」  
「げ」  
 その時、二人はお互いの姿を確認した。  
「なによ、チビのエドワードじゃない!」  
「誰がチビだ! 何してやがんだ、ディモレア!」  
 道理で聞き覚えのあるはずである。どうやらディモレアもまだ魔道書を見つけられないまま夜になったらしい。  
「その様子だと、あのセレスティア見つかってないのね」  
「うるさい! お前だって魔道書を見つけてねぇじゃねぇか」  
「ケッ! 後輩一人見つけられないような錬金術士じゃ、お先真っ暗ね」  
「何だとぉ!? 人命より魔道書を優先する魔導師の方が将来怖いわ!」  
「なんですってぇ! このチビ!」  
「黙れウシ!」  
 二人は暗闇の中で言い争いを始めるが、今度はカガリやダンテのように止める人間がいない為、それは悪口の応酬へと発展する。  
「この×××××で●●●●●の△△△△△!」  
「なんだと!? お前なんか◎◎◎◎◎で□□□□□の▼▼▼▼▼の癖に!」  
「◆◆◆◆◆! ×××××! ○○○○○!」  
「▽▽▽▽▽で◇◇◇◇◇なのに■■■■■の方が狂ってんだよ、ヴァーカ!」  
「アンタなんか●●●●●で▽▽▽▽▽の◆◆◆◆◆で死んじゃえばいいのよ!」  
 延々と続く罵詈雑言の応酬。しかし二人は止める気配を見せず、逆にヒートアップしていく。  
 そう、少なくともお互いに魔法と錬金術を発動させる直前までには。  
「丸焼きにしてやる」  
「肉塊にしてやる」  
 ディモレアは片手にビッグバム。  
 エドは片手に地面破壊を用意し、そして同時に―――――。  
 
 高威力の爆発と、地面破壊。  
 同時に直撃すれば、それは文字通り地面を崩壊させるには充分である。そして二人がいた場所も悪かった。  
 ザスキア氷河。  
 即ち、氷河の真上。  
 氷河の下は、文字通り巨大なクレバスになっていた。  
 
「どわぁあああああああっ!!!!」  
「きゃああああああああっ!!!!」  
 それも気付かずに地面破壊をすれば、クレバスへと落ちていくのも当然のエドとディモレアであった。  
 
 
「最悪だ…」  
「最悪だわね…」  
 エドとディモレアは同時に呟いた。  
 クレバスの深部、文字通り空が遠く見える場所に二人は折り重なるようにして倒れていた。  
「エド、あんたどきなさいよ」  
 ディモレアは真上にいるエドにそう言い放つが、エドは首を動かさずに口を開いた。  
「無茶言うな。足いっちまったらしくて動かねぇんだよ」  
「何よ……あたしも腕が動かないのよ……いつつ……」  
 エドが首を動かすと、確かにディモレアの右腕が変な方向に曲がっていた。  
 素人目に見ても骨折である。  
「お前、腕折れてるじゃねぇか! 大丈夫か? メタヒール使えメタヒール」  
「バカ言わないでよ……こんな状態でどうやって魔法使えっての?」  
 ディモレアの言葉に、エドは沈黙する。  
 魔法を使うにしてもそれなりの集中が必要である。うまく集中できない状況で魔法を使えば魔力の暴走にも繋がりかねない。  
「で、どうするんだよこれ……お前、魔法使えないんじゃテレポルも使えないってか?」  
 エドの言葉にディモレアは力なく頷いた。テレポルを使えなければ、クレバスからの脱出も難しい。  
「マジかよ、俺転移札なんてねぇぞ」  
「バカじゃないの」  
「じゃあお前持ってんのか?」  
「持ってるわけないじゃない」  
「使えねーな」  
「アンタもでしょーが」  
 二人で散々罵声を浴びせた後、黙り込む。  
 日はとうに暮れ、クレバスの中の気温も下がってくる。吹きさらしの外よりマシとはいえ、それでも寒い。  
「あー……何か燃やした方がいいな」  
「どうやって?」  
 エドの呟きにディモレアが返答。そりゃそうだ。魔法使えない・火種無し・そして何より燃やすもの無し。  
 どう足掻いても暖はとれません。  
「……おい」  
「何よ」  
「腕1本折れたぐらいで魔法使えないほどになるのか?」  
「バカ言いなさい」  
 ディモレアが視線を下に向け、エドも釣られて下へと向ける。  
 腕だけでなく、足もだったようだ。  
「アンタも足いってるから言わなかったけどね……」  
 そう言い放つディモレアの声も、先ほどには無かった疲れが混じっている。  
 寒さと痛み。二重の責め苦がディモレアの体力を奪っているようだった。  
「………おいおい、大丈夫かよ……」  
「わかんないわよ、そんなの……」  
 ディモレアはそう呟くと同時に、動く腕を使い、エドを強引に振り落とした。  
 少し離れた所にエドが転がったのを確認すると、ディモレアは目を少しだけ閉じた。  
「……まぁ、朝になれば少しは視界もマシになるから案外見つけてくれるんじゃない?」  
「朝までどうするんだよ」  
「寝るに決まってんでしょ、バカじゃないの?」  
 ディモレアの言葉にエドはむっとしたが流石にこれ以上先ほどの続きをしても意味がないと思ったのか、黙って目を閉じた。  
 寒さ。  
 深いクレバスの底で、二人はじっとしていた。  
 
 どれぐらいの時間が経っただろうか、エドは目を開くと、ディモレアはどうなったのかと思い、暗闇に目が慣れるのを待ってから口を開いた。  
「ディモレア?」  
 声をかける。微かな息遣いが聞こえるが、返事がない。  
「おい、ディモレア!?」  
 思わず声を荒げた時、返事が返ってきた。  
「叫ばなくてもわかるわよ……」  
 その弱々しい返事に、エドは足を引き摺り、腕だけでディモレアへと近寄る。  
 その腕に触れると、ぞっとする程冷たくなっている事に気付いた。  
「おい……冷たくなってやがるな、大丈夫……じゃないな」  
「放っといてよ……」  
 その声が徐々に小さくなっている。寒さにやられたのかどうか解らないが、ディモレアが危険な状態であるという事だけは解った。  
「クソ、どうすればいい……」  
 エドはまずはともかくディモレアの身体に近寄り、文字通りそのまま密着する。  
「ちょ、何すんのよ!?」  
 いきなり何をしでかすのか、とディモレアが言うより先にエドは「大声出すな」と言葉を続ける。  
「とにかく、体温でも少しはマシになるだろ、と思う」  
「………アンタねぇ」  
 エドの言葉にディモレアはため息をつくが、反論する力も無いのか、エドで暖をとるという方法を受け入れていた。  
 しかし、とエドは考え込む。  
 この寒さでは自分も寒さにやられてしまう場合がある。まぁ、熱を発生させるだけならどうすればよいのかと考えるにしても。  
 考えるにしても……。  
 若い男女。密着させている身体。大きく発達している二つの丘。むにむに。  
 エドも一応男子ではある。しかしモテない。  
 その理由の一つに小さい事がある……性格面が一番の理由の筈だが本人は背が低い事が一番と言い張るのでそれが一番の理由という事にする。  
 パーネの場合はあくまでも実家が近所同士の幼なじみのような関係なので、恋愛とかそういうイベントとは無縁の関係にある。  
 そしてディモレアの場合。見掛けだけなら大人気でそれなりにファンもいる。性格面に大きな問題ありだが。  
「…………ごくっ」  
 エドは、思わず息を飲んだ。  
「……な、なによ……」  
 間近でその音を聞いてしまったディモレアが息を飲む。しかし、それより先に。  
 
 エドは既に、ディモレアを押し倒していた。その唇を強引に塞いで。  
「―――――んんっ!? んむ、んむっ!」  
 無理矢理唇を奪われた、という現実を認識した直後はもう、ディモレアの頭は真っ白になっていた。  
 散々チビだなんだとからかってきた分、そんな力があるとは思ってもいなかった。けど。  
 
 その小さな体でも、寒さに凍える今には暖かすぎると思ったのは、気のせいではないだろうか。  
「……なに、すんのよいきなり……」  
「あ………す、すまんついっ!」  
 我に返ったのか、エドは慌ててディモレアから離れようとした。が。ディモレアは腕を掴んだ。  
「誰が離れろって言ったのよ」  
「……違うのか?」  
「………寒いじゃない」  
 エドがディモレアの横まで戻る。高すぎる闇に包まれた空。  
「………はぁ。本当に、なにかしらね」  
「なにがだよ?」  
 少し元気でも戻ったのか、ディモレアが口を開いた。  
「なんだかんだ言って、あんたと一緒にこんな一夜を過ごすなんて、思ってもなかったわ」  
「俺もだっつーの……魔道書探ししてるだけで良かったのによ」  
 気が付けばパーネが行方不明になっていて、パーネを探していたらディモレアともどもクレバスに落ちて。  
 まぁ、散々である。  
「……本当に、酷い目にあったわよ………けど、縁でもあるのかね」  
「何のだ?」  
 ディモレアの言葉に、エドは問いをぶつける。  
「あたし達よ。マシュレニアをもうすぐ卒業するけど……あんたも、あたしも結構なレベルにはなってる。でも、その間で何度か会ったわよね? 散々喧嘩してたけど」  
「ああ、してたな」  
 
 目指している分野は違えど、それでも実力者同士の二人。  
 会う事は今まで確かに多かった。その度に散々喧嘩をしていた気がするが。でも。  
「でも、こんな風にあんたと二人だけってのは初めてよ」  
「……そうだな」  
 こんな風に、二人だけでどうしようもない状況にいるというのも。初めて。  
 けど。  
 今まで散々嫌っていたのに。  
 エドも、ディモレアも、すぐ側にいるという事に、悪くないと思っていた。  
「……ねぇ」  
「なんだ?」  
「朝になったら、助けぐらい来るわよね?」  
「だろうな。カガリが心配するだろうし」  
「その前にアンタはパーネちゃんの心配したら? 見つかってないんでしょ?」  
 ディモレアの言葉に、エドは思わず笑う。パーネとまったく馬が合わなかった癖に、よくもまぁそんな事が言えるものだ。  
「なによ、急に笑って」  
「いや……ただ、な」  
「ただなによ!」  
「なに。お前の言葉が意外だっただけだ」  
「なんですってぇー!!!」  
 この後、ディモレアは「あたしにだって優しい所ぐらいあるわよ!」と発言し、エドはエドで「そんなディモレアが何処にいるのか」と言い放った結果。  
 一晩中クレバスから響く悪口の応酬がたまたま通りがかった冒険者達の耳に届き、クレバスの奥から響く転落者の怨念が生んだ罵詈雑言というザスキア氷河の新たな怪談が生まれたという。  
 
 
「…………」  
 翌朝。ランツレート学院の食堂に朝食の訪れたダンテは目の前にいる存在を見て、思わず目を擦った。  
「あらあら、どうしたんですかダンテ君?」  
「いえ……パーネ先輩、あの?」  
 ザスキア氷河で行方不明になっていた筈のパーネが目の前にいるという事実。  
 昨日散々探していて、エドとカガリは捜索を続けたまま未だに帰ってきていないというのに、である。  
「あら、どうしたの?」  
「昨日、ザスキアからどちらに?」  
「え? ああ!」  
 パーネは鞄をごそごそと探ると、1冊の本を取りだした。  
「はい。これ返しますねダンテ君。昨日一晩中、寮の部屋でこれを読んでたんです」  
 ダンテの前に突き出された本。エドとディモレアが散々探していた魔道書、カラレスの書に間違いはなかった。  
「これは……! どうしたんですか、これ」  
「たまたまザスキアの通路を歩いていたら氷の中に埋まってたので……鎌で氷を砕いて取りだしたんですよ」  
「鎌で氷を砕いてって……」  
 ダンテはため息をついた後、ともかくカラレスの書を受け取った。  
「ところで先輩。エド先輩達が一晩中探してたの、知ってました?」  
「えっ?」  
 ダンテの言葉にパーネが驚いた時、保険委員が慌ただしく食堂を通りすぎていった。  
「ザスキアで凍って動けなくなってたマシュレニア生を発見した! とにかく解凍しなくちゃマズいぞー!」  
 保険委員が担いでいったのはエドと合流できず、パーネも見つからないまま一晩中ザスキアを探し回っていたカガリであった。  
「「カガリ先輩!?」」  
「大変だ! ザスキアにクレバスが発生して生徒が二人取り残されてるって!」  
「マシュレニアの上級生らしいぞ!」  
「骨が折れてて動けないらしい! とにかく救援を!」  
「おい、ダンテにパーネ! 何してんだよ、お前らの知り合いだぞ!」  
 ダンテとパーネは文字通り、保険委員に引っ張られ、ザスキアでの救出活動に立ちあった後、行方も告げずにいなくなった事をまずエドに怒鳴られ、  
 そして魔道書を発見してさっさと渡さなかった事をディモレアに殴られた。  
 ダンテは何の罪も無いのに二人にこってり絞られる羽目となったのだった。哀れである。  
 
 そしてこの日以来。  
 ディモレア、エド、カガリ、ダンテ、パーネの五人はマシュレニア・ランツレートの中で学校の枠を越えた優秀なパーティとしてその名をしらしめるようになる。  
 ただし、二人の機嫌が悪い時に彼らが通った後は草木1本も生えない状態になっていたという……。  
 
 

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