夜の帳が下りると、冒険者養成学校は消灯時間になる。
消灯時間、即ち全ての灯が消え、生徒も含めてもう眠る時間という事である。
しかしその日、学生寮の一室には煌々と灯が灯っていた。
錬金術士エドワードの部屋である。
崩れ落ちそうな本の山の中で唸ったと思えば凄まじい勢いでページをめくり、また唸ったかと思えば次は頭を抱えつつペンを動かす。
「あー……」
エドは頭を掻くと、椅子から立ち上がり、大きく伸びをする。
「うまくいかねぇ」
そう呟いて首を振る。
しかそれでも、エドはペンを再び手に取る。幾つも書き連ねた文書と構築式。
ページの最上部に書かれた、世界浄化式と書かれた文字が不気味に輝きながらも。エドは、ペンを動かし続けていた。
朝。エドが寝不足の頭を振りつつ、マシュレニア学府の食堂に顔を出すと既にパーティ仲間達は集まっていた。
同級生のカガリとディモレア。そして後輩でランツレート生のパーネとダンテである。
「エド、アンタ遅いわよ」
「うるさい黙れ。遅くて悪いか」
ディモレアの言葉にそう返しつつ、エドが椅子に座るとパーネが小さく咳払いした。
「……エド先輩も来た事ですし、もう一度最初から言いますね。アイザ地下道を踏破しましょう」
「………なぁ、カガリ。パーネはいきなり何を言ってるんだ?」
あまりにも唐突すぎるその言葉に、エドは思わず隣りに座るカガリに視線を向ける。
「うむ。パーネがアイザ地下道を踏破したいと言っているのだ。私個人としては構わないのだが……」
「アタシは嫌。パーネにはまだ早すぎるわ」
「だよなぁ」
ディモレアの言葉に、エドは思わず頷く。
アイザ地下道。世界に迷宮は数多く存在するが、その中で未だにその先を見たものがいないと言われる地下道である。
マシュレニア学府側は安全が確保されていないという理由で生徒のアイザ地下道への進入は禁止している。だがしかし、本音としては誰かが踏破してほしいと願っているのである。
そこに何があるのかというのを理解しておけばその分だけ、安全上の問題で役に立つのだから。
もっとも、あくまでも踏破した人物がいないというのは公式記録であり、非公式記録にはいるかも知れないが。
「ああ、エド先輩も! 目の前に前人未到の領域があるんですよ!? 踏破して名前を残しましょう! ああ、パーネの名前が歴史書に乗る日も近いですよ!」
「お前の望みだけじゃないかパーネ。大体な、今のお前のレベルじゃアイザ地下道は無理だろうに」
パーネが自分の実力に対して自信があるのはエドも知っている。事実、同年代から見ればパーネのレベルは高い方だ。
しかし、それでも前人未到である以上、エドも何があるか解らない地下道にパーネと一緒に入ろうという気持ちは起こらない。何故なら。
「いいか、パーネ。俺がマシュレニアにいる間はお前の事をお前の母さんから見張ってろと言われてるんだ。俺の目の黒いウチは勝手な事はさせないぞ」
「エド先輩は私のお父さんですかっ!」
「無茶はやめろと言ってるんだ」
「むー……ダンテ君はアイザ地下道行ってみたいですよね? 行くよな?」
パーネはダンテの角を引っ張りながら同意を求める。勿論、角を引っ張られているダンテとしては逆らえない。
「はい、行きたいです。行きたいですパーネ先輩」
「ダンテ、あんたそんなのに屈する程弱い精神だったの?」
「ディモ姉、怖ぇ……」
「ビッグバムかますわよ? あたしは反対」
「俺もだ。珍しく意見が合うな、ディモレア」
そして、4人の視線はカガリに向けられる。五人いるなかで、2対2。あと一人。
「カガリ先輩はアイザ地下道行きたいですよね?」
「このパーネを止めてくれるか、カガリ」
「……むぅ。私個人としては行きたいのだが」
カガリが悩むように呟く。パーネはガッツポーズを決めるとすぐに口を開いた。
「はい、3対2で可決です! 行きましょう、アイザ地下道へ! 前人未到の地を制覇して私たちの名前を残しましょう!」
「…………」
どう転んでもカガリは賛成だとは言っていない。
しかし、何を言っても無駄だろうなとエドはため息をつくのだった。
アイザ地下道。
前人未到の領域。封鎖された扉。誰もいない場所。
「せいっ!」
封鎖された入り口をパーネがこじ開け、暗い地下道に外の光が少しだけ差し込んだ。
未だに踏破したものがいないその地下道は不気味な静寂を保っていた。
「……こうしてみると、そこら辺の地下道と変わらないみたいだけど」
ダンテが中を覗き込みつつ呟く。もっとも、その言葉とは裏腹に顔つきは緊張していた。
もともと度胸があるようには見えないダンテなのでそれだけで済んでいる方が奇跡なのかも知れない。
「やれやれ……おいパーネ。言い出しっぺなんだから先に行けよ」
「はいはーい」
パーネは楽しそうに槍を一振りするとずんずん前へと進んでいく。罠の事をろくに考えもしていない。
カガリがそれに続き、ダンテとディモレアが渋々と言った感じに続く。最後尾はエドである。
「やれやれ……」
寝不足という最悪のコンディションで向かう前人未到のアイザ地下道。最悪と言っても過言ではない。
別にアイザ地下道という場所そのものが嫌いな訳ではない。冒険者養成学校に在籍している以上、未踏破の迷宮をその足で踏破するというのは光栄な事であり、エド個人としてはそれは多いに結構な事だ。
だがしかし、完全に安全が確保されていない状態で自分だけならまだしも、自分より格段にレベルの落ちるパーネやダンテを巻き込む事が嫌なだけである。
しかもよりによって、発案者がパーネだと言うのなら尚更だ。
しかし、とエドは思う。
寝不足である理由。世界を浄化する方法。
延々と考え続けても、答えは出ない。世の中に数多くある迷宮は徐々に踏破されつつあるとはいえ、迷宮の中に潜むモンスターは冒険者や隊商を襲い、悲劇を産み落とす。
モンスターだけが脅威ではない。宝箱に仕掛けられた罠、迷宮で起こった異変が外へと連なって起きる地震。
様々な要因が広まっていく呪い。疫病。火災。
この世界に起こる悲劇など、数を数えてみればキリがない。
異世界の軍団がこの世界を狙っていたりもするし、身勝手な開発から災害が起こる事もしばしばだ。
そう、だから。
「一度世界全部壊しちまえば、またゼロから再スタートになるもんな」
誰にも聞こえないように、そう呟いて苦笑する。
錬金術を以てして、全ての文明を破壊してもう一度ゼロからやり直す。そうすれば、少しはマシになるはずだ。
エドはそう思っている。だから、世界を壊す方法を延々と考えていたのだ。
「眠ぃ……」
「エド先輩、ちゃんと寝てます?」
いつの間にか隣りに来ていたダンテがエドにそう声をかける。
「うあ? ああ、ダンテか」
「どうしたんですか、先輩。凄い顔してますけど」
「ああ、まぁな……。眠いだけだ」
「そうですか……。何かあったんですか?」
「ん? ああ、そうだな……錬金術の可能性から考える未来って奴だ」
半分正解で、半分違う答えだ、とエドは思う。
もしも、世界を滅ぼす計画を考えてる、なんて告げたらダンテはどんな顔をするのだろうとエドは思った。
「エド先輩ってそういう所は真面目ですね。ディモ姉に少しは見習わせたい……あ痛ぁーッ!?」
「失礼ね。アタシだって考えてる所は考えてるわよ」
ダンテに拳骨を浴びせつつ、ディモレアが口を開く。
「ほう、それはなんだ?」
「魔法がどこまでいけるかって事をね。少なくとも、アタシ個人としては出来る限り誰かを助けたいとは思ってんのよ。折角学んでるんだしね」
「へぇ……」
意外である。普段攻撃魔法にかけてはそれこそ天下一級品で破壊と破壊と破壊しかしていないディモレアがである。
「新しい魔法作って病気の人とか助けたいとか思った事あったのよ……」
ディモレアの言葉にダンテが思わず顔を伏せる。思い当たる節でもあったのだろう。
「……けどよ。何にしたって限りってのはあるだろうがよ。魔法にしても、錬金術にしても」
「あら、エド。アンタ錬金術をどこまでも伸ばしたいとか言ってたじゃない。もう限界認めちゃうの?」
「いや、そうじゃねーけど」
錬金術にしても、魔法にしても、必ずしも誰かを救える訳ではない。
そう。いつか限界があると、エドは解っている。誰かに表立って言わなくても、それでも先の見えてる技術に限界があると思っている。
万能ではない。不可能な事もある。
だからだろう。
世界を一度壊して、もう一度さいしょからやり直させれば少しマシになるんじゃないかと思うようになったのは。
「………なーんてな」
そんな事を言えば狂人扱いされるのがオチというものだ。だからエドは言わない。
そう。だから。この奥の中にしまっておくべきだ。
エドは、そう思っていた。
アイザ地下道は地下迷宮の中では、長い部類に入る。
長い地下迷宮は1日で踏破する事は難しく、中でキャンプをするなり一度外に出て宿屋に入るといった行動をとるのが普通だ。
そしてアイザ地下道は未だに踏破した人物がいない、即ちそれだけレベルが高いという事である。
「……ねぇ、今日はこの辺りにしない? 流石に疲れてきたわよ」
ディモレアが今日何回目か解らないリバイブルの魔法を迷宮の床で灰の山になっているパーネとダンテにかけつつ、口を開いた。
ちなみにアイザ地下道に入ってからパーネはバカみたいにモンスターに突っ込み、ダンテは罠の解除に失敗し続けるという理由で何度も死体になっている。
他の三人は無傷とは言わないがまだ余力は残っている。だがしかし、この調子でこのまま探索を続けるのは無理があるだろう。
「……確かにな。ディモレア殿の言う通りだ。エド殿はどう思う?」
「あ? カガリの意見に賛成だな」
エドは思考を現実に引き戻しつつ頷く。その頃になってようやく灰から元に戻ったパーネとダンテが立ち上がった。
「……今度は駄目かと思った」
「ダンテ。今日はもう引き揚げる事にしたわよ」
ダンテの呟きにディモレアがそう口を挟むとダンテは安心したようにため息をつく。
しかしパーネは懲りずに不満げな顔をしていた。
「まだ中央部にも到達していないのにもう引き揚げるんですか? エド先輩も何か言ってあげてください」
「誰のせいだと思ってんだ。とにかく、今日はこれで打ち切り。決定だ。俺とウシとカガリで意見が一致したんだ」
「誰がウシよ!」
エドの言葉にディモレアがビッグバムを放ち、エドはそれをひらりとよけて迷宮の壁に激突する。
爆音と共に、彼らの頭上に土埃が幾つか落ちてくる。
「………今日はもう戻った方がいいわね」
土埃を祓いつつ、ディモレアがそう呟く。
五人それぞれが今来た道を引き返すべく、くるりと背を向けた。
その時、エドはふと地下道の片隅に転がる、つい先ほどまでは無かった物体に気付いた。
「?」
ビッグバムによる崩落で土の中から転がり出てでも来たのだろうか。綺麗な球体を保っているそれを、エドは摘み上げる。
真っ赤に輝くその球体は、固体とも液体ともつかぬ、ぶよぶよした感覚を与えた。
「なんだ、これ……」
思わずそう呟く。固体、と呼ぶほど凝固していないが液体と呼べるような物体でも無い。綺麗な球体を保つその物体。
どういう存在なのか、エドにはさっぱり解らなかった。
「エド先輩?」
後を追ってこないエドを心配したのか、パーネが少し先で振り向いていた。
「ん? ああ、悪い今行く」
エドはそれをポケットに突っ込むと、慌てて駆け出した。
そのポケットの中にいれた物体が、彼を大きく変えるとは知らずに。
アイザ地下道の出入り口である空への門に宿屋は少ない。
入る冒険者自体が少ないのでそれだけで間に合ってしまうからである。
そしてその日、宿屋を訪れた客はエド達一行、即ち五人だけであり、宿屋側の好意で一人一人違う部屋に泊まる事になった。
計画の構築式を練るにしても、拾った謎の物体について考えるにしても一人の方が都合が良いのでエドとして喜ぶべき事態であろう。
もっとも、エドと同じ部屋で無い事をパーネは残念がっていたが。
「……さて、と」
エドはポケットからその赤い球体を取り出し、サイドテーブルに置いた。
「………で、これはいったい何なのだろうな?」
首を傾げつつ、つついてみる。ぶよぶよした不思議な感覚。しかし、力を加えなければ綺麗な球体を保っている。
そんな特性を持つ金属や宝石なんて見た事は無いし、記録上にも無いだろうから金属や宝石で無い事は確かだろう。
「うーん……」
掌で軽く転がしてみても、よく解らない。
「そもそも何の役に立つかも解らねぇよなぁ」
エドは苦笑すると、それをサイドテーブルの上に転がしたまま、いつものノートとペンをとりだした。
無数に書き連なれた構築式。しかしそれでも、上手く行かない事は解っている。
錬金術だけでなく、先日読んだカラレスの書に含まれていた魔術式も組み込んで複雑化したその構築式の目的は。
流星の誘引である。
広い宇宙をかける箒星だが、地上まで落ちてくると時として惨事を引き起こす事になる。
小さな石が落ちてきたとしても、宇宙から地上まで落ちる星の落下速度は通常では考えられないほどであり、速度で上乗せされたその破壊力は石が大きくなれば大きいほど破壊力は増す。
そこでエドは、流星を大量に誘引する事で、世界の文明という文明を破壊する事を思いつく。
しかし問題はそこにある。
誘引出来たとしても、たった一つの流星を誘引するのに莫大な構築式が必要である事。
そして錬金術だけでなく魔術的な要素も必要である為、錬金術と魔術の同時発動という非常に困難な技術が要求される事。
更に、文明全てを破壊出来るだけの流星を誘引するにはそれを大量に行う必要があるのに、一度に大量に呼び寄せられないという事。
問題だらけである。
「うまくいかねぇ……」
錬金術を始めとする技術的な未来に不安を感じて始めてはいいが、技術的な問題にそれを妨害されるというのは本末転倒ではないだろうか。
エドはため息をつきつつ、そう思っていた。
「連射が効かないんじゃ折角壊してもすぐ直されちまいそうだしなぁ」
錬金術士は一人ではないのだから。
「でもな……このままだといけないとは思うんだよなぁ」
発展していく技術を、悪行に使う者など幾らでもいる。
盗賊に然り、悪魔に然り、奴隷商人に然り。
何でもありである。力があっても、それを正しい事に使わなければそれは悪行ではないだろうか。
しかし、その正しい事ですらも。
エドには、解らなくなりつつあったのだろうか。だから、エドはそんな事を考えているのか。
まるで子供だ、とエドは思った。
他人の技術の使い方が気に入らないから世界を壊してもう一度やり直すだなんて。
わがままな子供がかんしゃくを起こしたようなものだ。
正しい事云々、と考える前に。自分が正しい事をやっていないんじゃないだろうか。
そんな事を考えていた時、ふと摘み上げた赤い球体が、構築式の上へと落ちた。
バチリ、と錬金術が発動した直後の特有の錬成反応が生まれる。
「!?」
エド自身は手をつけていない。しかし、錬金術は現に発動している。
「なんだ、こりゃ!?」
構築式がノートから部屋全体へと広がり、膨大な力が周囲に放たれているのが解る。
そう、エドが立てた構築式通りに。
錬金術だけではない。魔術式も発動し、同じく力を放っている。
そう、たった一つの目的。
流星を呼び寄せるという、たった一つの目的に。
「うおおおおおおおおおおっ!!!!!」
エドが絶叫するより先に、エドの視界に飛び込んできたのは、夜空から雲を突き破って落ちてくる巨大な火球のような星だった。
「………!」
エドが気付いた時、視界に飛び込んできたのは崩れた屋根の隙間から見える夜空と、目の前の床に突き刺さる一抱えもある流星。
そして自分自身を取り囲むように貼られた小さな壁だった。
どうやら小さな壁が貼られていたお陰で流星の落下に巻き込まれずには済んだらしい。
「……これって……」
エドは、構築式の上で魔術も錬金術も発動していない。
なのに、発動した結果、流星は落ちてきた。
その理由は、この赤い謎の物体。
「…………………」
流星のすぐ近くに落ちていたその赤い球体を拾い上げる。
確かな力を感じる。つい先ほどまで気付く事の無かった、流星すら簡単に呼び寄せた、魔術と錬金術の同時発動すら容易に出来る。
見た事も無い。信じられない程の、この物体。
「……くっ………くっくっく………はははははははははは!」
エドは、思わず嗤った。
信じられないほどの力になりそうなものが、今、自分自身の掌の中にあるのだ。
この掌にあるそれが。
自分の考えを、一生を、世界を、左右できる存在。
「これさえあれば! これさえあれば……!」
「……で、いつまでバカ笑いしてんの、アンタは?」
エドが笑い声を続けた時、背後からディモレアの冷たい声が響いた。
「……なんだよ」
「何してんの? 宿屋の屋根に穴開けちゃったし」
ディモレアは部屋に入るなり、部屋の床に突き刺さったままの隕石に手を延ばし、その熱さに驚く。
「どうしたの、これ」
「落ちてきた」
「へぇ。で、この床に散らばってるの……なにこれ、錬成の構築式? と、思ったけど魔術式もあるみたいだけど?」
ディモレアは隕石の下に落ちていて半分焼け焦げたノートを拾い上げ、ぱらぱらとめくりだす。
「勝手に見るな」
エドが取り換えそうと手を伸ばすがディモレアは返そうとしない。
ただ、ページをめくりながら、焼け焦げて読めないページがありながらも、その式の大体は理解しかけているのだろう。
「おい、それ以上読むな」
「……………」
エドの言葉に耳を貸さず、ディモレアはただページをめくり続ける。
「……アンタ、正気?」
そして、口をゆっくりと開いた。
「何がだ?」
「……流星を呼び寄せるだなんて。ただ、災厄振り撒いてるだけじゃない」
「だろうな」
普通の視点から見ればそうなるだろう。
「世界が全部ぶっ壊れるわよ。もし、流星が雨あられと降り注いだら。でも、アンタのこれ。まるでそれを狙ってるようじゃない」
ノートを振りつつ、ディモレアは言葉を続ける。
「ああ。世界全部ぶっ壊して、もう一度最初からやり直す事考えてる。それがいいと思ってる」
「だから、こんなの作ってたわけ? 毎晩毎晩?」
ディモレアの言葉にエドは頷く。ここまで知られているのであれば、覚悟を決めるしかない。
荷物の中から、愛用している剣をそっと抜き放った。勿論、ディモレアには見えないように。
「バカみたい。いいや、極限級のバカだわ。錬金術の可能性を無駄遣いしてるにも程があるわよ」
首を振りながらも、ディモレアは言葉を続ける。その全てを否定するかのように。
「どうしてそう思うんだ?」
「……壊した所で、どうしようっていうのよ。どうしてそこまでして壊したいのかって事」
「錬金術にしても魔術にしても、常に正しく使われてるとは限らないからな」
そう、人を救うべき技術が人を傷つける事に使われているのは。
そして人を救うべき技術にも、救えない人がいるのなら。
何の為に、やってきているのか解らなくなる。
「でも、世界を壊すってのは正しい方向じゃないわよ。矛盾してるじゃない」
「だろうな。でも、それが一番早い」
エドは呟く。
だって、今その手に。
それが実現出来るものがあるのだから。
「それに、アンタの技術、てか今の技術じゃ世界を壊せるほど器用にできてないでしょ。流星一つ呼ぶのにこんなにかかっちゃ」
「まぁ、そうだな……それだけの構築式を使って魔術と錬金術の同時発動を行って流星一つだ。壁一枚で防げる威力の、な」
自嘲するように笑う。そう、あくまでも現時点ではそれだけだ。だが。
「だけどなディモレア……それが実用に耐えうるレベルになったら、どうする?」
「実用にたえうるレベル?」
「ああ……連続して、無数の流星を呼べれば。同時に破壊出来るほどなら。世界も壊せる」
「バカ言わないでよ、そんなの夢物語だわ。今でもバカだけど」
ディモレアは笑いながら首を振ると、視線をエドに向ける。
エドの視線。
「………正気?」
「ああ」
「できるの?」
「ああ」
「……………」
世界を一つ壊そうとするほど思い詰めた錬金術士を哀れに思ったのか。
それとも、その狂気を止めたいと思ったのか。
はたまたただ単にうざかっただけなのか。
その時のディモレアの気持ちは、エドには解らない。
だがしかし、次にディモレアが口にした言葉は思い掛けないものだった。
「………ねぇ」
「なんだ?」
「アンタは世界を壊したいのなら、アタシは世界を壊さないで済む方法を考えるわよ」
エドの瞳を見ながら、ディモレアは言葉を続ける。
普段破壊しか考えていない。いや、破壊行為にかけてはそれこそ一流のディモレアが。世界を壊さないで済む方法を考えるという。
どうやって、とエドは問わない。
不可能だ、夢物語だ、ともエドは言わない。
自分自身がやってきたことですらも出来ない事である筈だったというのに。今、可能になってしまった。
だから、ディモレアの場合も。
あるいは。
「………なら、好きにしろよ。俺は構わねぇから」
エドは笑う。それが、どんな結果を招こうとも。
彼には解っていた。
ディモレアという存在が、どこまでも自分のライバルとなりうる存在であるという事を
「面白い話だぜ、たくよぉ……」
エドは口の中だけでそう呟いた。
ポケットの中で輝る、小さな赤い球体をそっと握りしめながら。