何回目かになる挑戦。流石は前人未到のアイザ地下道であり、エドやディモレアも何度か本気で命を落しかけた。
だが、その挑戦も今日で終わる。
エドワード、ディモレア、カガリ、ダンテ、パーネ。
五人が同時に最後の一歩を踏みだした時、その世界が目の前に広がった。
誰も見た事がない場所。
「………あ」
それは誰が零した言葉だったのだろうか。
誰の手も入らなかったその場所には、枯れ果てた林の元で咲き乱れる花の数々だった。
「お、おお……すげぇー……」
ダンテは声をあげつつ思わず駆け出し、パーネがそのすぐ後に続いた。そしてカガリも。
「すげぇ光景だな。これ、夢か?」
「夢じゃないわよ。けど……でも、あたし達、誰も歩いた事無い場所を歩いてるのよ」
エドの呟きにディモレアはそう答えつつ歩みだす。そう、それほどまでに、そこは感動的な風景だった。
遠く青空の下。
五人は、心ゆくまでその花畑を歩き回った。
しかし結局の所。
その前人未到の地を踏破したと名乗り出たのは、いなかった。
「あんな光景見てちゃ流石に他の人に見せたくはないな」
というダンテが欲を出したせいである。前人未到はいつまでも前人未到のままなのである。
そして、その日の夜。マシュレニア学府の、エドの部屋にはまだ灯が灯っていた。
「……………」
アイザ地下道で手に入れた、赤い球体を机に転がしつつ、やはり新たな構築式を練っていた。
学府にいる間は強引に隕石を呼んだりしてはいけないが、それでも式を作る事だけは出来る。
先日は一つしか呼び寄せる事は出来なかった。だが、もっと沢山の数を呼べるかも知れない。それだけを目指して、ただ試行錯誤を繰り返す。
「ふぅ……」
エドは息を吐くと、大きく伸びをして少し目を閉じる。
同時に、今朝見た光景――――前人未到の領域が脳裏に浮かんだ。
「……あそこ、広かったな」
誰もいない。誰も入った事が無い。誰にも邪魔をされない。
他の誰にも邪魔をされないのなら、あの場所を利用する事は出来ないだろうか。そう、世界の浄化の為に。
何せ誰も知らない場所なのだ。誰も気付く筈が無い。
「……よし」
エドは呟くと、荷物をそそくさとまとめた。
クレバスに落ちるという間抜けな事をした後、転移札と帰還札は常備するようになった。アイザ地下道をさっさと抜けてあの場所に到達するのは容易い事。
とにかくもう一度あの場所に急ごう、エドが部屋を出た、その時だった。
「あ」
「……お?」
廊下を歩いてきた、カガリと遭遇した。
「どうした、こんな時間に」
「ん? ああ、エドワード殿の部屋で灯がついていてな……少し、気になったのだ」
「ああ、そういう事か」
マシュレニア学府は男子寮と女子寮は向かい合わせになっている。お互いに灯がついてれば何をしているのかさえ解ってしまう事もある。但し女子寮は大抵カーテンが締め切られているが。
恐らく、カガリはエドの部屋を見に来たのだろう。
「もう、夜も遅いのに何をしているのだ? 明日も早い筈であろうに」
「まぁな……色々、やる事が終わらなくて」
「で、その支度はなんだ」
「ん? 出かける用意だ」
アイザ地下道に行って研究を続けるだけの、と言う前にカガリの両手がエドの肩を掴んでいた。
「もう寝る時間だろう」
「おいこら。俺は行かなきゃならんのだが」
「明日にするがいい」
半ば強引に押されるように部屋まで押し返される。
エドはため息をつきつつ、部屋へと戻る。
「どうしたんだ、いきなり」
「まぁ、な」
カガリと話す事はあまり無い。ディモレアとカガリはよく話してはいるが、カガリ自身が無口なのとエドが彼女と話す理由があまり無いという理由からだ。
ただ、こんな風に二人きりになるのは初めてでは無いが珍しいとは思う。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
人見知りするフェルパーという種族故か、カガリは何を話したらいいのか迷っているようだった。
「……俺、出掛けてもいいか」
「あ、待ってくれ……その……」
「なんだ?」
「エドワード殿は何を企んでいる?」
「………」
ディモレアから聞いたのか、と言いかけてエドはカガリの表情があまりにも悲壮な顔をしている事に気付いた。
普段落ち着きがあってエドとディモレアの喧嘩の仲裁に入る彼女が、である。
「何を企んでるって、どういう事だ?」
エドは搾り出すように声を出す。カガリが何故知ってるのか、という事は言わない。そうだとすれば言われた事が正しいと認めてるようなものだから。
「エド殿が、毎晩のように研究しているものだ。アイザ地下道に初めて入った夜から、エド殿はどこか変わってしまった」
「……………」
完全に突かれている。いや、知られている。
どうすればいい、とエドは内心焦る。下手にぶっちゃければ、カガリの事だ。何としてでも止めようとするだろう。
だが、止められても、やめる訳には行かない。もう決めた事だ。
「……答えてくれ。エド殿。何を考えているんだ」
「世界のやり直しだ」
「!」
「隕石を落して、世界の文明全部壊して、もう一度やり直させるんだ。どいつもこいつも、折角ある技術をまともに使おうとしねぇ。その為には、やり直しが必要だ」
エドの言葉に、カガリはただ黙っていた。
首を左右に何度か振り、「それはいけない」と呟きつつも、エドの次の言葉を待っている。
「それが出来そうなんだ。そして今日……あのアイザ地下道の先に辿り着いて、思ったんだ。あそこなら、出来るってな」
「エド殿……」
カガリは呟くと、そっとエドに近寄る。
「エド殿は、この世界が嫌なのか?」
「……あ? まぁ、そうでもなけりゃな……色々やらかしてきたしな。まぁ、技術をまともな事に使ってないなんて言えば、俺もだし」
「………」
「だから、俺は俺自身も隕石をぶつけなきゃなんねぇけどな」
そう考えてみたら、何となく自分が酷く情けない存在に見える。エドはそう思った。
でも、もう決めてしまった事だ。何せ。
「パーネの親がな。錬金術士だった」
ぽつりと呟く。
「だがそいつはトチ狂ってた。その全てを破壊と殺戮に突っ込んだ。錬金術を文字通り、それこそ超威力の攻撃方法として確立した」
エドが錬金術士を目指したのは、彼に教えられたから。
だがしかし、それがエドの目指す錬金術と違う事に、そんなに長い時間はかからなかった。
けれども、マシュレニア学府に入学して、色んな奴に出会っても。
あまり変わらなかったのだ。彼と。
それが主流で、エドのように創造する事が基本と考える人間の方が少数だったのだ。
破壊と創造。
錬金術に於ける中で、分けられる二つの理論。どちらが先か、という考え方で。
破壊に重きを置く者。
創造に重きを置く者。
エドは。
「………錬金術ってのは作る為のものさ。破壊の為じゃない。けど、どいつもこいつも破壊しか考えてない。なら、何も無い状態にしちまえば、皆作る事しかしなくなるんじゃないかなって思ってさ」
それが理由。
世界を壊す、たった一つの理由。
「だから、隕石を落すのか?」
「ああ」
全て壊す。そう、全部壊して。もう一度作り直す。
もう、誰も過ちを犯さぬように。
「……何の権利があってそんな事をする」
「……いけないか?」
「お前が裁くべきことではない、と私は思っている」
カガリの言葉が、冷たく響く。
「…………」
「私は、今、エドワード殿達と共に戦える事が、嬉しい。ディモレア殿もそうだ。ダンテ少年やパーネと一緒にいる事も。私は嬉しい」
カガリはそう呟いて言葉を続ける。
「だが、エドワード殿は……それが嫌なのか?」
「いいや。悪いとは思ってねぇさ。今の、この状況を」
そう、悪いとは思っていない。仲間、と言えば確実にそうだろう。
背中を預ける、共に切磋琢磨出来る、時に安心して話せる、そんな仲間。
嫌いではない。嫌いじゃない。一人じゃない。
「ならば、それでいいじゃないか。わざわざ壊すなんて事は、しなくてもいいだろうに。自分が見てきた世界だけで、この世界の全てを壊そうと思うな」
見えている範囲だけが世界じゃないのだから、とカガリは続ける。
そして、今までの時間だけが、見えてきた世界だけじゃないと。
「…………それにな、エドワード殿」
「なんだ?」
「私は、お前がそんな風に狂気に走ろうとするのを、見たいとは思わない」
少し恥ずかしそうにそう呟くカガリ。その時、エドはカガリがベッドの上にいる事に気付いた。
ベッドの上。
たしか浴衣、という名称だった筈の東の民俗衣装を纏ったカガリがエドの上に覆いかぶさってくるのに、長い時間はかからなかった。
歳の割りに体格の小さいエド。
「………こうして、エドワード殿を愛せるのが、私は幸せだと思っている。今の、まだ正気を保っているエドワード殿の」
耳元で、カガリの声が響いた。
自分より体格の大きい異性を抱く、というのはどんな感じなのだろう、とエドは思った。
お互いに接吻を交わし、そのまま口の中に舌を入れていく。
生温い感覚が舌越しに伝わる。何度も接吻を交わし、唇を放すと雫が糸を引いてこぼれ落ちた。
エドは片手でそれを拭うと、その手をカガリの秘部へと伸ばしていく。
単衣の民俗衣装はすぐにでもはだけてしまいそうで、実際エドが手を伸ばして少し動かすと、その下の下着が露になった。
「…………」
こうして見るとカガリも良い体格をしている、とエドは思う。
出る所は出っ張っているし、余分な肉もついていない。寝巻きが単衣というのも似合っている。
そして何よりも。
「なぁ、俺さ。フェルパーの尻尾って触ったこと無いんだけど……」
「にゃっ!? そ、その……尻尾はやめて欲しい」
「尻尾は駄目なのか」
「尻尾は駄目なのだ」
性的な意味ではなく生物学的な興味なのだが、とエドは言おうとは思ったが言わない事にして尻尾から視線をそらした。
覆いかぶさられたままのエドは視線を胸へと移す。
ディモレアのように大きくはない。だが、小さい訳でもないその乳房に触れ、少しだけ揉みしだく。
カガリが声をあげた時、エドは半ば強引に自分の手元まで抱き寄せると、更に強く揉んだ。
「っ……」
「なぁ、カガリ……お前は、さ」
「……なんだ……」
「お前は、俺の事、好きか?」
俺は、お前の事を、まだよく知らないと言いたくて、でも言えないエドは言葉を問いかける。
カガリは、無言のまま首を縦に振って肯定した。
エドはまだ、自分の気持ちが解ってないのに。なんでこうして、抱こうとしているのか。
「……俺は……」
誰が好きなのか、とか特に意識していなかったのに。何故か脳裏に浮かんだのは。
ライバル関係になった筈の魔導師だった。
「………」
もう訳が解らなくなり、エドはカガリの着衣に手をかけた。
「ぁぅっ……くぅっ……ぅぁぅ……」
その行為は続いていた。
接吻や愛撫を挟みながらも、エドはカガリの秘部にものを突き入れ、まだ射精には至っていないものの、カガリに絶頂を感じさせるには十分だった。
カガリも男性経験が無い訳ではないのか、処女では無かった。
しかしそれでも恍惚の表情でエドを受け入れ、エド自身からの気持ちがはっきりしていないにも関わらず、それでも受け入れていた。
決して、二人は恋人同士ではない。
そんな関係で行為に及ぶというのもおかしな話ではある。しかも二人ともまだ学生だ。
「そろそろ、出る、か……」
「……う、ああ……」
「なぁ、外に、出すべき、か?」
「いや………中で、いい」
「………」
当たり前だがエドはカガリの周期など知らない。だが、カガリ本人が拒否してない以上、大丈夫なのだろう。
そう、その筈だ。
「……じゃ、行く、ぞ……」
エドがそれを吐き出そうとした時だった。
何処かで、盛大な音がした。
「!?」
二人が同時にベッドから跳ね起きると、部屋の扉が開き、一人の人影がゆっくりと顔を出した。
「……二人共、随分仲良しね」
「ディモレア殿? どうしたのだ……とと、の前に」
カガリが慌てて浴衣を羽織ると、ディモレアは着衣を脱いだままのエドに視線を向ける。
「アンタ、カガリを誘惑するような奴だったとは思ってなかったわよチビのエドワード……」
「待て、俺が誘った訳じゃないぞ」
少なくとも、カガリの方から持ちかけられた事で俺は違う、とエドは言いかけたがディモレアは指を突き付けた。
「アンタねぇ……なに? 世界を壊すとか言ってた癖に性欲はある訳? そんな事考えるぐらいなら性欲もくだらないものとか言いそうだったのに」
「バカ野郎。俺だって普通の男だぞ」
もっとも、今の状況で胸を張って言えるべき事ではないが。
エドがため息をついた時、ディモレアはカガリの腕を引っ張って立ち上がっていた。
「……まぁ、とにかくね。あたしが言いたいのはエド。アンタがもしあの事を実行に移そうとか考えるなら」
「アタシが力づくで止める」
それは一種の宣戦布告なのか、エドは一瞬だけ震えた。
「ああ、そうかい……」
「ま、あんなの見て実行に移すそうなんて思わないでしょうけどね」
ディモレアはそう言って笑うと、カガリの腕を引いてそのまま部屋を出ていく。
「バカか俺は」
エドは自分の頭を軽く小突いた。
世界を壊すのは、今も揺らいでいない。変わらない。エドの望みでもある。
けど、確かにカガリの言う通りに、エドが壊す必要は無いし壊す権利も無い。
「けどなぁ……今さら、なんだよなぁ」
今さらそれが出来そうな時になって、その為に色々と準備してきて、切っ掛けも掴めるって時に。
「何で躊躇させるような事をするかねあの連中は……」
ディモレアといいカガリといい、余計な所に鋭すぎだ。
「だーかーらー!」
エドは鞄を引っつかむと、深夜の外へと飛びだしていった。
ちなみに、叫び声をあげた為に起きてきたヴィーマ校長に廊下を走っている所を発見され、魔法をぶつけられてノックアウトする羽目になったのは言うまでもない。
「あれ? エド先輩、凄い顔をしていますね?」
翌日、エドが食堂に向かうと、ダンテが驚いた顔で彼を見た。
「あ? ああ、ダンテか……色々あってな」
「色々って、先輩駄目ですよ、タダでさえパーネ先輩の相手で疲れてるんでしょうし」
「お前がパーネの相手をしてくれりゃラクなんだが」
「嫌ですよ。苛められますから」
ダンテはエドの頼みをやんわりと拒否しつつも、椅子を引いてエドを座らせた後、お茶の用意を始めた。
「お茶です」
「どーも……おい、ダンテ。色々と聞きたい事があるんだが構わないか?」
「まぁ、構いませんけど……なんですか?」
ダンテが椅子に座り直すと同時に、エドは周囲に人がいない事を確認してから口を開いた。
「ディモレアの事だ」
「ディモ姉の? なんでまた?」
「……アイツは俺の事を気にかけてるみたいなんだが」
エドの言葉に、ダンテは「ああ」と頷く。
「ですね。先輩がいない時なんですけど、ディモ姉なにかとエド先輩の事を喋ってるからこれはもう惚れてるんじゃないかと」
「ぶほっ!?」
いきなりストレートな発言である。
「…………ナプキン借りるぞ。惚れてるって……」
「ええ。だってディモ姉はあんな性格ですから彼氏の一つなんて出来る訳が無いし本人も元々は興味なさそうだったんですけどエド先輩とパーティ組むようになってからはもう。
エド先輩にぞっこんでしょうね、アレ。俺が保証します」
「……………」
幾ら何でもそれは初耳だった。
「……………今日、ディモレアと会ったか?」
「へ? まぁ、さっきまでそこにいましたけど……どうしてです?」
「何か俺の事で言ってなかったか?」
「いいえ? 特に……どうしたんですか?」
ダンテが不思議そうに首を傾げた時、エドは首を左右に振った。
「いや、何でもない……」
どうやら昨日エドがカガリと行為に及んでいた事そのものについてはディモレア本人としては何も言う気は無いのだろうか。
だが昨日、エドの企みを力づくでも止めると言っていたのは。
「……」
エドは、ディモレアの事を、どう思っているのか。
そしてディモレア自身は。
「…………なあ、ダンテ」
「なんですか?」
「俺がディモレアの事を好きだと言ったらどうなる?」
「へ? まぁ、俺個人としては大歓迎ですね。先輩ぐらいしか手綱を付けられる人いませんし。お似合いじゃないですか。魔導師と錬金術師。お互いに切磋琢磨出来て、伸ばせますし」
「それもそうか……」
「で、実際の所どうなんですか?」
ダンテが嬉々とした顔を向けて来る。
「……まぁ、嫌いじゃないな」
時々、腹が立ったりする事もあるけれど。
昨日、カガリに言われたように。共にいて、嫌な存在じゃない。共にいて、嬉しい存在だと思っている。
「………まぁ、いつまでも側にいられるかっつーとそうでもないと思うが」
「いればいいじゃないですか」
「……ダンテなぁ、そんな簡単に言うけど」
「簡単じゃないですか。魔導師にしても、錬金術師にしても、第一線で活躍する事だけが未来じゃないでしょう」
「研究者として生きろって事か?」
「ディモ姉だったら嬉々として選びますよ、その道は」
「……否定はできねぇな」
どこまでも追い求めるディモレアであるからに。
でも、破壊も大好きなディモレアも新しい魔法研究に取り組みたいと言っていたから。
「先輩が協力すれば最高の助っ人です」
「そ、そうか……」
魔法の研究も必要。
一つの技術を追い求める中でも、他の技術を取り入れる事もある。
そう、例えば隕石を呼び寄せる構築式にも。
魔術式が混じっていた。混ぜざるを得なかった。
「……そうだな。俺もだ」
エドはぽつりとそう呟いた。
そう、今さらだけど初めて気付いたのかも知れない。
この仲間達と、長くいたいという思いに。
ディモレアの部屋にダンテが訪ねてきたのはその日の夜だった。
「エド先輩が話したい事があるんだって」
そう呼びに来たダンテにとりあえず一発拳骨をかました後、ディモレアはエドの部屋に向かう事にした。
昨夜の話だとしたらどうしようか、とディモレアは思う。
ディモレア自身はエドとカガリが付き合う事には別に反対はしない。二人の意志であれば、それはそれでよいのだ。
でも、もしエドがカガリと恋人同士になったとしても、エドが世界を破壊する事を望むのなら、それは止めなければならない。何をしてでも。
自分の恋人が大罪人になるのは嫌だろう。カガリだってきっとそう思うに違いないだろうから。
「エド、入るわよ……何の用?」
とりあえずそう声をかけた後、返事を待たずに扉を開ける。
「よう、来たか」
部屋中に広げられた構築式の中で、ディモレアがそう口を開いた。
「……何の用? というより、これは何?」
「今日一日で書いた式の山」
「……よくやるわね、アンタも」
ディモレアが式を踏まないように歩き、ベッドの上に腰掛けるとエドは少しだけ笑った。
「こんだけ書いてもな、世界一つ壊せそうに無いたぁ、ちっぽけな話だけどよ」
「あら、じゃ諦めるの?」
「諦める訳じゃねーけどな。でも、それよりな……」
エドは頭を掻きつつそう言葉を続ける。
「あのな。昨日、カガリと寝たっつーか寝そうになったんだが……その」
「別にそれはアンタとカガリの問題でしょ。アタシに言う事じゃないんじゃないの?」
「違う。そうじゃなくてだな……なぁ、ディモレア」
エドは咳払いをした後、ディモレアをじっと見る。
「お前はさぁ、魔導師としちゃ一流だと思うよ。日々、上達するために頑張ってるし。その力を、間違った方には使わないとも思う」
「そりゃそうよ。その為にやってるんだもん」
アンタとは違って、とディモレアは口に出さずに続ける。
出来ない事なんて無い筈だと、信じているから。
「だからこその頼みなんだ。お前にしか出来ない事だ」
「……アタシに? 何をしろっての?」
「俺を元に戻してくれ」
「……は?」
ディモレアはエドの言葉が理解できなかった。目をパチパチさせ、もう一度だけ聞き返す。
「だから、俺を、元に戻してくれ。お前みたいに、出来ない事なんて無いって思えるほど、その力を正しい方向に向けられるように」
「……………エド、アンタ自分が間違ってるって気付いたの?」
「いや、違う。間違ってるとは思っちゃいない。けど、自分に自信が無いのも事実なんだ。お前がいたから」
「お前がそうやって可能性を信じてるから。魔法とか錬金術とかそんなのは関係ない。お前が正しく力を使えるって胸張ってその為に頑張ってるとかいうから、
俺は自分に自信が無くなっちまったのさ……今、世界を壊そうとしてる自分がだ。お前の事しか考えられねぇんだよ」
「……………」
「俺の錬金術で、お前に出来ない事をやってやるから。お前は俺に出来ない事をやってくれるだけでいい。それだけでいいのさ。悪いようにはしない」
ついこの前。
エドは世界を壊そうと言っていた。
プライドが高い。ガンコで意地っ張り。
でも、それでも。
世界を裁く権利など、彼には無いとディモレアにも解る事をエドはやろうとしていた。
だが、それを。
間違っていると、エドは、認めたのだ。
ディモレアのお陰で。
「……………世界を、壊さないって約束出来る? あたしは、この世界で……」
「約束するさ。俺は、お前と生きていたいんだ」
「…………こんな時に言う台詞じゃないでしょ、それ。でも……あたしもよ」
ディモレアは、エドワードと共に行きたい。
他の誰でも無い。貴方だけしかいない。お前だけしかいない。
世界でたった一人だけ。望めるパートナーがそこにいる。
「間違っている使い方してる技術を正す方法なんて、全部壊すだけが方法じゃないだろうしな……ああは言ってたけど、方法なんて一つじゃねぇんだ」
「そうね……たった一つの冴えたやり方なんて本当は無いのかも知れないわ」
ディモレアの言葉にエドは少しだけ笑う。
「そうだな。可能性なんざ、一つだけじゃねぇんだ」
「そうよ。何をするにしても。何を為すにしても。アタシ達は、無数にある可能性の中から一つを選ぶしかないんだから」
そう、今この二人がいる事も。別の可能性では二人は殺し合っていたのかも知れない。
そもそも出会わなかったのかも知れない。
でも。今は。
この世界の事を考える、目の前にいる相手がいるから。
「……この世界を……アンタと一緒に救いましょう、エド……」
「ああ……」
だから一つだけ言える。
この世界を、必ず救ってみせると。