卒業生筆頭である彼等のパーティがばらばらになったということは、母校であるパルタクスでは、あっという間に噂になっていた。  
ある者は驚き、ある者は嘆き、またある者は怒り、その反応は様々だった。  
この時も、一つのパーティがその噂話をしていた。  
「でも、たかだか一人ロストしたぐらいで、全員ばらばらになるなんてさ。覚悟が足りなかったんじゃないかと思うね、僕は」  
「でもな、フェアリー。俺は、その気持ちはわからないでもない。俺の元いたパーティは、その辛さから冒険することをやめたんだから」  
「う、う〜ん。そりゃあ、僕だって仲間がロストしたら辛いけど……でも、だからってばらばらになるなんてさ…」  
「聞けば、あいつらは入学からずっと一緒だったんだって話だ。仲間を見れば、そのロストした奴の顔がちらつくんだろう。俺だって、  
もしあのディアボロスがロストしたら…」  
そんな話を続けるヒューマンにフェアリー。その後ろに、当事者であるクラッズがいることにはまったく気付いていなかった。  
苦笑いしつつその場を通り過ぎ、学食に向かって歩く。仲間と一緒であれば即座に気付かれただろうが、幸か不幸か、今の彼は、  
ほとんどの生徒に気付かれなかった。  
そもそも、彼は他の仲間と比べ、かなり地味な存在だった。  
二本の刀を持ち、剣舞のように華麗な攻撃で敵を蹴散らすフェルパー。巨大な斧を担ぎ、ドラゴンすら一撃で切り倒すドワーフ。  
あらゆる魔術を操り、強力な魔法で敵を殲滅するノーム。超術と僧侶魔法を使い、優しい笑顔でみんなを癒すセレスティア。  
それに、主に弓矢と魔術を使いこなし、ありとあらゆる物を武具に練成するフェアリー。  
その中にあって、罠や鍵の解除が専門であるクラッズはひどく地味であった。一言で言えば、華がないのだ。戦力としてもさほど  
役に立たず、魔法も一切使えない。ムードメーカーとしての役割はあったが、クラッズという種族では珍しくもない。  
そんな彼が、一人で探索するのは辛いものがある。何しろ、目的のアイテムは相当に珍しい物である。となると、それなりに  
手強い地下道に挑まなければ、いつまで経っても目的を果たすことなどできない。だからといって、ハイントやトハスや  
ゼイフェア地下道に一人で行っては、今度は彼がロストしてしまう。恐らく、彼が何者であるかを明かせば、仲間など向こうから  
パーティを組もうと誘ってくるだろう。しかし、それはしたくない。しかも、目的の物が手に入れば、必然的にそのパーティからは  
抜けねばならない。他のパーティは他のパーティの事情があり、仲間は目的を果たすための道具ではないのだ。  
そんな都合のいい仲間が存在するとは思えない。だが、探さねば目的を果たせない。  
どうしようもない矛盾を抱えつつ、彼は十日目となる仲間探しのため、学食に向かうのだった。  
 
学食の一角に、深い深いため息が聞こえた。  
「ほんと……なかなか、いい仲間には出会えないものね…」  
そう言って頬杖をつくフェルパーの女の子。そんな彼女に、小さなフェアリーが答える。  
「しょうがないよー、盗賊学科は人気だし。でもさ、うちにはエルフがいるじゃない」  
「ああ、優秀な狩人だな。ポイズンガスと言って、スタンガスの箱を開けるぐらいにな」  
バハムーンのからかうような口調に、エルフは顔を真っ赤にする。  
「う、うるさいですわっ!花の花弁や香りならばともかく、葉に美しくないと文句を言われても、どうしようもありませんわ!」  
「そう考えると……『あの人』は、やっぱりすごかったんですね」  
セレスティアが言うと、全員の顔に影が差した。  
「あ、そうそう。それで思い出したんだけどさ」  
「ん?何を?」  
学食はだいぶ混んできている。彼女達の隣にも、席が見つからなかったらしいクラッズの男子が料理の乗ったトレイを置き、席に着いた。  
「あのさ、卒業生の人達の話、聞いた?」  
「ああ……あの、壊滅したってやつか」  
「壊滅っていうか、一人がロストしちゃって、全員ばらばらになっちゃったらしいんだけどね」  
「ロスト繋がりで思い出したのね…」  
フェルパーが呆れた声を出すと、フェアリーはちょっと苦笑いを浮かべた。  
 
「でさ、その中の、盗賊やってるクラッズがさ、こっちに帰ってきてるんだって」  
「ふーん」  
全員が、ちらりと隣のクラッズを見た。その本人は特に気にする様子もなく、料理をおいしそうに頬張っている。  
「そんな人が仲間になってくれたらさ、心強いと思わない?」  
視線を戻して言うと、リーダーのフェルパーは少し眉を寄せた。  
「確かに、心強いけど……そう簡単にいくものじゃないと思うわ」  
「そうですわ。第一、わたくし達は、その方の顔も知らなくてよ」  
「うーん、私も顔は知らないんだけどさ。えっとね、武器はチャクラム使ってるんだって」  
「チャクラムね…」  
隣のクラッズを見つめる。荷物の中に、チャクラムらしきものが見えた。  
「でも、チャクラムなんてみんな使ってますよ。他に何かないんですか?」  
「え〜っとねえ。身長はこれくらいで、身軽そうで…」  
「クラッズの方はみんな、大体そんなものですわ」  
現に、隣のクラッズもちょうどそんな感じであった。  
「え、ええっと……あ、そうそう!その人ね、左手にケルトの腕輪はめてるんだって!そんなの、ここじゃほとんどいないし、絶対  
目立つよね!」  
「ケルトの腕輪ね……でも、いちいちそんなの確認して…」  
ちらりと、隣のクラッズの腕を見る。そこには、独特な装飾の施された腕輪がはまっていた。  
「って、いたーっ!?」  
「ごふっ!?」  
突然の大声に、クラッズは飲んでいた水を噴き出した。  
「ゲホッ!ゲホッ!び、びっくりしたなあ。いきなり大声出さないでよー」  
むせ返るクラッズに、フェルパーは取り繕うような笑顔を浮かべた。  
「あ、えっと、それはごめんなさい。でも、あの、失礼なんだけど……あなた、ここの卒業生の人じゃない?」  
「え?ああ、そうだよ」  
こともなげに答えるクラッズを見ると、フェルパーの中に幾つかの疑問が湧き上がった。  
「その……仲間が一人ロストして、それでばらばらになったそうね?」  
「うん……そうなるね」  
「でも、それは少しおかしくないかしら?ずっと一緒だった仲間なら、一緒にいて慰めてあげるのが筋じゃない?」  
「それは…」  
どうにも煮え切らない態度のクラッズに、ついバハムーンはイラついてしまう。  
「面倒には関わりたくないか?それともお前一人辛いがために、仲間を見捨てたか?」  
「バハムーン!」  
フェルパーが強い口調でたしなめるが、バハムーンはさらに口を開く。  
「それとも何か?お前にとって仲間とはその程度…」  
キッと、クラッズはバハムーンを睨みつけた。それはほんの一瞬のことだった。  
だが、その強い視線に、バハムーンはおろか、その場にいた全員が思わず口を閉じ、息を呑んだ。  
一瞬後には、クラッズは自嘲じみた笑みを浮かべていた。そこからは、先程のような強い視線を感じさせた者の気配は感じ取れない。  
「……ボク一人の辛さって所は、間違っては、いないのかもね。あんなに悲しんでるドワーフを見るのは、辛かったよ。見てるボクも、  
いたたまれなかった。だけど、だからって仲間を見捨てたりなんかしない」  
「で、ですけど、それならなぜ仲間の元から離れたんですの?萎れた花を見るのは辛くとも、それを支えようという気には…」  
「……ねえ。恋人をロストしたことってある?」  
 
その言葉に、全員の顔が強張った。  
「ロストしたフェルパーはさ、ドワーフと付き合ってたんだ。二人とも、すっごく仲が良くってさ。それを、なくしちゃったんだよ、  
ドワーフは。そんなの、慰めようなんてないよ」  
「そ、それはわかりますわ。でも…」  
「だから、決めたんだ。ボクは、フェルパーを取り戻す」  
「え?」  
全員の視線を受け、クラッズは一言一言、噛み締めるように続けた。  
「ロストした人も、生き返らせられる物がある。それを、ボクは何としても探し出す。絶対に……絶対に、フェルパーを取り戻す。  
フェルパーだけじゃない、ドワーフの笑顔も、そのために迷宮に残るノームも、セレスティアもフェアリーも、全部取り戻すんだ」  
彼の目は本気だった。その途方もない目的を、彼は本気で為すつもりなのだ。  
「……私、聞いたことあるよ。そのアイテムの話」  
司祭であるフェアリーが口を開いた。  
「でも、そんなの今まで見たなんて話も聞かないよ。私だって、知識としてあるとしか…」  
「絶対に見つかるって、信じてる。それで、フェルパーが戻ってくれば、全部元通りになるって、信じてる」  
しばらく、誰も言葉が出なかった。かける言葉を探すだけで精一杯だったのだ。  
やがて、フェルパーが口を開いた。  
「……その目的、私達に手伝わせてもらえないかしら?」  
「え?」  
「お、おいフェルパー…」  
言いかけるバハムーンに、フェルパーはどこか気だるい笑みを投げかけた。  
「みんな、まさか反対なんてしないでしょ?恋人を失う悲しみは、みんな知ってるものね」  
「むぅ…」  
「ほんとに、いいの?ボク、そのアイテムが見つかったら、また抜けることに…」  
「言ったでしょ?みんな、恋人を失う悲しみは知ってるわ。そんな思いするの、私達だけでたくさん。それに、私達ちょうど、  
盗賊の人探してたの。利害は一致してるわ」  
フェルパーが言うと、全員が悲しく、優しい笑みを浮かべた。どうやら本当に、全員が恋人を失う悲しみを知ってるようだった。  
「……ありがとう。それじゃあみんな、しばらくの間、よろしくね」  
「こちらこそ、歓迎するわ。しばらくの間、よろしくね」  
こうして、クラッズは彼女達と共に探索をすることとなった。  
恋人を失う悲しみを知る彼女達。誰とも知らぬ、その悲しみを共有する者。  
その苦しみを消し去るための冒険が、始まろうとしていた。  
 
ゼイフェアに行った卒業生とは別に、もう一つ、学園随一と噂されるパーティがある。  
問題児の集まりでもあり、素行の悪さは群を抜くが、単純なパーティとしての力だけであれば、あの卒業生をも凌ぐと言われるほどの  
パーティである。実際、アイザ地下道を最初に制覇したのは卒業生一行ではなく、彼等であった。卒業生の一行は、それからさらに  
一ヶ月ほどかかって、ようやくそれを達成した。  
当然、彼等も卒業生一行のことは気にしていた。直接的に関わり合うことはほとんどなかったが、それでもお互い、口には出さずとも  
ライバルのように思っていたのだ。  
そんなわけで、ゼイフェアの彼等がばらばらになったという噂は、すぐに彼等の耳に入った。  
「久しぶりに、背中が薄ら寒くなる話だ。いくら慣れたとはいえ、私達も気を抜けんな」  
リーダーのバハムーンが言う。今、彼等はアイザ地下道を一周し、飛竜でパルタクスへと帰るところであった。  
「もっとも、奴等が気を抜いたとも思えんが……しかし、ロストか…」  
「わたくし達は、そこまで弱くは、ありませんよ。超術士もいない、全員が魔法を使えるわけでもない彼等とは、わけが違います」  
セレスティアが嘲笑じみた笑顔を浮かべて言うと、エルフがそれに答える。  
「ならなおさら、恐ろしい話ですわ。つまり、魔法壁も使えない、個々が代わりになれない状態で、あのエンパスを倒すんですのよ。  
わたくし達が、同じ条件で戦ったら、一体何人が生きていられると思いまして?」  
そう言われると、セレスティアはつまらなそうに黙ってしまった。  
「んで、そのおかげで全員ばらばらになっちまったって話だろ?なんか、わかるなぁ。長く一緒にいりゃあ、その分思い出も  
共有するもんなあ。長く一緒だった分、一人いなくなったら、余計それが目立つからな」  
「私達は冒険者。それぐらいは当たり前。長く一緒にいられる方が、ほんとは普通じゃないのにね」  
同情的に言うディアボロスに向かって、ノームが無感情な声で言った。  
そんな中、ヒューマンだけは特に何も言わず、黙って寝転がっている。  
「おい、ヒューマン。疲れたのか?」  
「ん?ああ、心配はいらねえよ。ちょっとこの後、しなきゃいけねえことがあってさ」  
「ほう?それは、初耳ですね。退学届けでも、出しに行くので?」  
「んなわけねえだろ、馬鹿が」  
「じゃ、女にでも会いに行くのか?」  
「いや、それはないだろう」  
「彼に限っては、ないですわね」  
「ありえないと思う」  
「彼を好きになる女性がいたら、わたくしはその方の、目か頭を、疑いますね」  
「てめえら好き放題言ってんじゃねえ!ったく、これから回復してやんねえぞ」  
そんな話をしていると、飛竜が高度を下げ始めた。耳元で唸る風の音が小さくなり、やがて眼下に学園が見え始め、飛竜は地下道の  
入り口付近に着地した。背中から全員が降りると、飛竜はかき消すように消えうせる。  
「さて、それじゃ俺はさっきも言ったとおり、用事があるからここでな」  
「おう。何だか知らないが、明日に差し支えないようにな」  
他にも各々、好き勝手な言葉を吐いていたが、もうヒューマンはそれらを完全に無視して歩き出した。  
学食前を素通りし、中庭を通って寮に向かい、しかし建物の中には入らず、あまり人気のない建物裏に向かう。  
少し薄暗い、寮の大体の窓から死角になっているところまで来ると、辺りに高い声が響いた。  
 
「ちょっと、いつまで待たせんのよ。遅すぎにもほどがあるっての」  
「しょうがねえだろ、俺等はアイザ帰りなんだから。こっちの都合も考えろ」  
「知るかよ、そんなの。それよりあたしの都合考えてよね」  
「はっ、いい性格してるよ、てめえは」  
すっかり呆れ顔のヒューマン。そんな彼に、フェアリーは言葉ほど怒ってはいない顔を向ける。  
二人は、実はかなり前から接触を持っていた。フェアリーという種族柄、ヒューマンに対しては非常に大きな好意を持っているし、  
性格も似ているために話がしやすかったのだ。まして、パーティの中に善の思考を持つ仲間がいたため、彼と話していると何となく  
落ち着く感じがしていた。ヒューマンとしても、この小さな女友達は嫌いではないし、数少ない友人の一人でもあり、さらには自分の  
パーティとライバル関係にあるパーティの一員である。彼女と話をするのは、それなりに楽しいと思っていた。  
「まあいいや。あんただから許してあげる」  
「そりゃどうも」  
「それで、話なんだけどね。あんた、どっかいいパーティ、知らない?」  
「お前だって、あっちこっち行ったことはあるだろ?パーティぐらい、自分で探せねえのかよ」  
「あんたねえ、こっちには善人気取りのノームとセレスティアがいたのよ?んなパーティ、近寄りもしないっての。そんぐらい  
言わなくてもわかりなさいよ。ほんと、馬鹿なんだから」  
「ああ、ああ、はいはい、俺が悪かった。……で、お前の言う『いいパーティ』ってのは、繋がりが強くて浅い奴のことだよな?」  
ヒューマンが言うと、フェアリーはにやりと笑った。  
「そういうこと。よくわかってんじゃん。ただ、それなりの実力ないと困るよ」  
「そうだなー。この学校だと、俺等以上の奴いねえし……ランツレート……ああ、そうそう!ランツレートだ!」  
ポンと手を打ち、ヒューマンは声をあげた。  
「あそこにな、同じ学校の奴等も近寄らねえってのがいるんだ。あいつらに比べりゃ、俺等なんて可愛いもんだ。いつ退学食らっても  
おかしくねえような奴等なんだけど、実力があんまり飛び抜けてるんで、ならねえんだってよ。男六人でいるし、結構有名だから、  
探すには苦労しねえと思うぜ」  
「ふーん、楽しそうじゃん。わかった、ありがと」  
「あ、おい。ちょっと待てよ」  
「ん、何よ?もう話は終わりでしょ?さっさと帰りたいんだけど」  
「あのなあ、情報教えてやったんだから、少しは俺の話も聞けよ!」  
ちょうどその時、寮の二階をノームとディアボロスが歩いていた。ディアボロスが何気なく窓の外に目をやると、さっき別れた  
ヒューマンが、目立たないところでフェアリーの女の子と何やら話しているのが見えた。  
「お、おいおい!ノーム、あれ見ろよ!」  
「どうしたの。……あ、ヒューマン」  
「あいつ、本当に女と会ってたのか……びっくりだな。何話してるんだろう?」  
「フェアリーの方はわからないけど、ヒューマンは何言ってるかわかるよ。唇の動き、見えるから」  
「お前、変な隠し芸持ってるんだなあ…」  
見られているとは露知らず、二人は会話を続ける。  
 
「ちぇ、しょうがないなあ。それで、何?」  
「あのな……その、お前さえよければ、俺のとこに来ないか?」  
「あー、悪くはないかもね。だ・け・ど!あんたのとこのリーダー、バハムーンでしょ!?冗談じゃない、そんなのと一緒なんて、  
お断りだってのよ!」  
「そうか、残念だなあ。フラれちまったか、ははは」  
冗談めかして笑うと、フェアリーも愛想笑いのような笑みを浮かべた。  
「気持ちは嬉しいけどねー。それに、あんたらのパーティなら実力も申し分ないし、あんたも嫌いじゃないし。でもね、バハムーンだけは  
絶っっっっっ対に嫌。死んでもパーティ組むなんてごめんよ」  
「わかったわかった、もうこれ以上は誘わないって」  
そこまで聞いたところで、ディアボロスとノームは、気付かれないようにそっとしゃがみこみ、お互いの顔を見合わせた。  
「……間違い、ないのか?」  
「うん。間違いないよ」  
「……俺、今初めて、あいつに心から同情してる」  
「そう、優しいね」  
そう言うノームの顔は、いたずら心に満ちた笑顔が浮かんでいた。  
「どうしようか。リーダーに言おうか」  
「……うーん、いっそそうしようか。あいつ、凹んでそうだしな」  
話が決まると、二人はそっと、その場を離れて行った。もちろん、ヒューマンとフェアリーは彼等のことなど気付きもしない。  
「ああ、そうそう。あんた天使の涙とか持ってない?」  
「天使の涙?いや、持ってないな」  
「そう。まあ別にいいけど、もし手に入ったらとっといて。高く買うよ」  
「なんでそんなもん…?ま、いいか。高く買うってんなら、とっとくことにするよ」  
「よろしく。じゃ、あたしはもう行くから、ここでね」  
「ああ、元気でな」  
最後に手を降ると、フェアリーは飛んで行った。もう、しばらくは会うこともないだろう。そう考えると、どことなく寂しい気分になる。  
フェアリーが見えなくなるまで見送ってから、ヒューマンは寮に入った。すると、入ってすぐの場所に、なぜか仲間が待っていた。  
「ん?お前ら、どうしたんだ?」  
しかし、返事はない。よく見ると、セレスティアとノームは何とも楽しそうな笑顔を浮かべているのに対し、他の三人は何ともいえない  
微妙な表情を浮かべている。  
 
「お、おい。何だってんだよ?何か言えよ」  
ヒューマンが言うと、ディアボロスがおもむろに歩み寄り、いきなり肩をがっしりと掴んだ。  
「……気を落とすなよ」  
「は?」  
続けて、エルフが言葉を探しつつ声をかける。  
「その……辛い心の傷も、いつか埋めてくれる存在が、現れますわ。だから、気を確かに…」  
「え?え?あの、なんか重いこと言われてるんだけど……あの、だから、何?」  
バハムーンが、大きな溜め息をついた。そして、同情と呆れの入り混じった声で言う。  
「羽虫にまで嫌われてはショックだろうが、お前を嫌わない奴も必ずいる。気にするな。女など、星の数ほどいるものだ」  
「星に手は、届きませんがね」  
「こら、セレスティア!」  
「いや、だから、何なんだ!?バハムーンにまでなんか慰められてるし……ほんと、なんで!?俺に何があったんだ!?」  
「隠さなくてもいいよ。私、あなたの言ったこと、唇の動きで見てたから」  
「え?」  
そう言われて、ヒューマンは自分とフェアリーの会話を思い出した。  
「……いつから聞いてたんだ?」  
「途中から。あなたがフェアリー誘うところまで」  
「その後は?」  
「フラれてた」  
そこでようやく、ヒューマンは状況を理解した。話の極一部の、しかも自分だけの言葉を聞かれた結果、大きな勘違いが生まれたのだ。  
「ち、違う!違うぞ!俺はな、断じてあいつを部屋に誘ったわけじゃ…!」  
「ヒューマン、もういい。もういいんだ。気持ちはわかるが、私達は仲間だ。手を差し伸べはしなくとも、お前から離れはしない」  
「だから違うってんだよ!!俺はあいつをパーティに…!」  
「既に六人いるのに、誘う道理も、ないでしょう?いい加減、下手な嘘はやめたら、どうですかね?」  
真実を語れば語るほど、泥沼に沈み込んでいく。どう足掻いても絶望という状況を、この時ヒューマンははっきりと感じた。  
「違う……違うんだ…。俺は……ただ…」  
「ふふ。フェアリーにまでフラれるなんて、逆にすごい」  
「……今日だけは本気で神に祈りてえ……こいつらに、真実を伝えてほしいってな…」  
結局、神頼みも功を奏さず、ヒューマンは『フェアリーにまでフラれた男』という屈辱的な烙印を押される羽目になってしまった。  
その一因を作ったフェアリーは、この日以来、パルタクスから姿を消した。そして、その後の行方は、パルタクスの誰も、知らなかった。  
 
まだ生徒などほとんどいないゼイフェア学園。がらんとした寮の一室に、微かな声と物音が響く。  
「ごめんね、セレスティア……つき合わせちゃって…」  
「ううん、いいんです。気にしないでください」  
相変わらず、暗い顔のドワーフ。常に一緒のセレスティアも、決して明るい表情ではない。  
「こっちの方がいいと思ったけど……ここは、誰もいないもんな…。あいつの匂いが……濃すぎるよ…」  
「………」  
たちまち溢れた涙を、しかしドワーフはすぐに振り払った。  
「帰るのも、久しぶりだな…。パルタクス、変わってないといいなあ」  
「しばらく、ゆっくり休みましょう。時間は、たっぷりありますから。それに、わたくしもついてますから」  
「……ありがとね、セレスティア」  
二人は学園を出ると、ゼイフェア地下道に入った。そして、魔法球に手をかざす。  
「帰る場所……か。魔法球で、ほんとに帰りたいところに、帰れればいいのになあ…」  
「………」  
セレスティアは無言で、ドワーフの体を翼で包んだ。翼の中で、微かにしゃくりあげる声が響いた。  
「帰って、ゆっくり休みましょう。ね、ドワーフさん」  
「……うん」  
 
やがて、パルタクスには卒業生が帰ってきているという噂が広まった。しかし、卒業生の中で見かけるのはセレスティアのみで、  
彼女の笑顔は確かに優しいが、どこか悲しげで、見ると胸が苦しくなるような笑顔だった。  
そのおかげか、二人が好奇の目に晒されることはなかった。それほどの悲しみを抱える者を、ただの好奇の目で見ることなど、  
まともな神経を持っていれば、とてもできないことだろう。  
ごく短期間だけ戻ったクラッズにフェアリー。悲しみを抱え、帰ってきたセレスティアにドワーフ。  
その全員に会えた幸運な者は、口を揃えて言う。『彼等は、心もばらばらになってしまった』と。  
確かに、周りから見ればそうとしか見えなかった。新たなパーティに入ったクラッズに、どこへともなく行方知れずになったフェアリー。  
未だ悲しみに沈むドワーフと、その彼女を支えるセレスティア。  
だが、彼等は知らない。彼等が、どれほど心を通わせているか。それ故に、どれほどの痛みを持って心を通わせずにいるか。  
それぞれがそれぞれの痛みを持ち、彼等は別の道を歩く。  
彼等全員にとってただ一つの、たどり着くべき場所へと向かって  
 

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