パルタクスに帰ると、ドワーフも少しは落ち着きを取り戻した。しかし、まだ思い出したように泣き出すことも多く、痛みが和らぐのは  
当分先の話になりそうだった。  
そんな彼女に、セレスティアはいつも付き添っていた。とはいえ、せっかく帰ってきているので外に出ることも多く、その際には  
色々な生徒と話をしたり、後輩の悩みを聞いたりと忙しい毎日を送っていた。  
話しかけてくる生徒も様々だ。単純に、壊滅したパーティの一員という興味から近づく者。卒業生筆頭という称号への敬意から近づく者。  
あるいは、悲劇に見舞われた相手への同情から近づく者。  
その全員と、セレスティアは真面目に話していた。元々、優しすぎる性格のせいで、パーティからあぶれたという経緯の持ち主である。  
話さなくてよさそうな相手とまで真面目に話す彼女に対し、個人的な同情を寄せる生徒も少なくない。  
この日の彼女は、学食で二人の生徒と夕飯を食べていた。  
「先輩は、友達に恵まれてる。その対応は正しいよ」  
茫洋とした口調で話すディアボロス。そんな彼に、セレスティアは少し引きつった笑顔で対応している。  
元々は、彼と直接的に知り合ったわけではない。後輩の同種族の中に、死んだ魚のような目をしている子がいたため、不安に思って  
話を聞いているうち、そのパーティの仲間と知り合ったのだ。何だか全員が幸せそうに見えたが、同種族の子だけはどんよりと  
しているのが印象的だった。  
「でも……きっと、わたくし達を想って、何かを隠しているのでしょうけれど……何か、彼女の気持ちが楽になるようなことがあるなら、  
話してあげたいです。それで、少しでもドワーフさんを楽にしてあげたい…」  
「そう思う気持ち、わからんではない。だがな、お前の先輩として忠告しておくが、下手な希望なら持たせるな」  
そう言うのは、バハムーンである。彼女のパーティは目立たないながら、実はかなり早くからゼイフェア地下道に進出していた。  
ただ、卒業生一行など、ここ最近は異常なまでに力を持つパーティが続出したため、目立っていないだけの話である。  
「ど、どうしてですか?少しでも、希望があった方が…」  
「絶望は、人を殺せない」  
ディアボロスが、何かを悟りきったかのような口調で呟いた。  
「絶望は闇みたいなもの。何も見えなければ、何も出来ない。例えば、死ぬことすら、ね」  
「そんな…!」  
セレスティアは何とか言い返そうとするが、バハムーンはその言葉に黙って頷いていた。  
「……そいつの言う通りだ。そして付け加えるなら、希望は人を狂わせる」  
「え!?」  
「知っているか?犬の首だけを出して、地中に埋める。当然、そのままなら犬はただ死ぬ。だが、目の前に餌を置いてやると、  
どうなると思う?」  
「そ、そんな残酷なこと…!」  
「そう、残酷なことだ。腹が減って、うまそうな飯が目の前にあるのに、食えない。そんな状況は、その犬の気を狂わせる。  
下手な希望を持たせるというのは、それと同じことだ」  
その言葉に、セレスティアはビクリと身を震わせた。  
 
「闇の中に、確たる光があるなら、僕達は自分を見失うことはない。完全な闇なら、何も見えないから逆に楽だ。だけど、ぼんやりした、  
どこから漏れるかわからない、頼りない光を目指して歩くのは、とても辛い。見たくもない、情けない自分の姿も曝け出されるし、ね。  
なまじ希望があるだけに、より辛い思いをした人を、僕は何人も知ってる」  
とても嫌いな種族ではあるが、彼の言葉はいちいち重く、後輩とはいえ、人生経験では彼の方が先輩のような気がしていた。  
「それから、そいつはドワーフだそうだな?あの種族は、確かに強い。だが、奴等の強さは、例えるなら曲がらない大木の強さだ。  
風にしなるような強さではない。ちょっとやそっとでは折れない代わり、一度耐えられないほどの風が吹けば、根元からへし折れるぞ」  
そう語るバハムーンの顔には、隠しきれない悲しみの色が浮かんでいた。  
「だが、折れてしまっても、それを側で支えてやる者がいれば、必ずまた立ち直る。いいな、お前は決して、そいつを突き放すな」  
「は……はい」  
静かながら、その言葉には有無を言わせない強さが篭っていた。セレスティアが頷くと同時に、バハムーンに一人のドワーフが歩み寄る。  
「姐御、ここにいたんだ。みんな、準備終わったよ」  
「ああ、わざわざご苦労。私も、じき戻る」  
「わかった。それじゃ、またあとで」  
来たときと同じように去っていくドワーフを、バハムーンはどことなく哀愁を帯びた目で見つめていた。その目をもう一度セレスティアに  
戻すと、バハムーンは静かに口を開いた。  
「仲間を失う辛さ、私にもよくわかる。だが、お前には酷な話だが、お前だけはその辛さに飲まれるな。でなければ、もう一人  
仲間を失うぞ」  
それだけ言うと、バハムーンは席を立った。そして食器を下げ、学食を出て行く。残されたディアボロスとセレスティアは、  
少し困ったようにお互いを見つめた。  
「……はは。僕のパーティには、先輩と同じ種族の人がいるから、少しは慣れてる。でも、先輩は話しづらそうだね」  
「え、ええ……その、まあ…」  
「バハムーン先輩はああ言ってたけど、少し付け加えよう。先輩がドワーフ先輩を支えてあげて、いつかドワーフ先輩が立ち直れたら、  
今度は先輩が、支えてもらえるようになるはずだよ。だから、今だけは悲しみに飲まれないように、気をつけて」  
最後に達観した笑みを向けると、ディアボロスも静かに席を立った。  
正直なところ、セレスティアは今まで少し、仲間に対して疑問を持っていた。ドワーフを自分一人に任せ、恐らくは何かしらの希望を  
探し求めているのだろうが、それが何なのか、またどういった希望なのかを知らされないことに、僅かな疑問を抱いていたのだ。  
しかし、それも今はっきりとわかった。今、ディアボロスやバハムーンが言ったことに、仲間達は気付いていたのだ。  
僅かな希望でも、今のドワーフなら縋りつく。恐らくは自分の身を捨ててまでも、そうすることは想像に難くない。  
セレスティアは一人、決意した。彼女が少しでも立ち直れるまで、自分はただ、彼女の側で支えて行こうと。  
みんなと戦っていた頃のように、裏方となり、自分自身の辛さも押し殺し、ただただ、彼女を支えて行こうと。  
 
彼女達は何かこだわりがあるのか、ハイントに向かうまでの道のりは、すべて徒歩で移動していた。  
パルタクスからホルデア登山道を通り、フレイク地下道を抜け、トハス、ラークと進んでようやく、空への門に辿りつく。  
事実、彼女達にしてみれば、それは一種の儀式のようなものだった。かつて一人の仲間と共に、その道を進み、目標であった空への門に  
たどり着いた。そしてその旅が、彼女達を一流の冒険者へと成長させたのだ。同時に、それぞれ『女』としての経験をした旅でもある。  
その道筋を辿ることが、一つの儀式。思い出をなぞる行為そのものなのだ。  
地下道が、その合間の中継地点が、過去の旅を思い出させる。だが、この時はさらにもう一つ、それを思い起こさせるものがあった。  
「あいつ、化け物か…!?」  
そう呟いたのは、バハムーンである。そしてそれは、仲間全員が思ったことを代弁したに過ぎない。  
地下道に入って最初の戦闘。いきなりザ・ジャッチメントに遭遇したが、もはや彼女達の敵ではない。いつも通り、フェアリーが  
真っ先に魔法の詠唱を始めた。それで、戦闘が終わるはずだった。  
詠唱を続ける彼女の横から、一つの影が飛び出した。それに全員が気付いた瞬間、既にザ・ジャッチメントはチャクラムの直撃を受け、  
倒れていた。  
「ふう。こいつって、どうも怖いよねー。やっぱり、最初の頃にひどい目に遭ったせいかな、あはは」  
チャクラムを回収し、こともなげに笑うクラッズ。だが、一行は信じられない思いで彼を見ていた。なぜなら、入ったばかりで実力を  
うまく発揮できない彼が、彼より速いはずのフェアリーよりも先に、攻撃を終わらせていたのだ。  
その時は、まだ単なる偶然だと思えた。だが、先に進めば進むほど、彼の異常さは目立ち始めた。  
トハス辺りになれば、敵もかなり強くなる。前衛はフェルパー、バハムーン、エルフが務めていたが、生命力に劣るエルフはよく敵から  
狙われた。何度か攻撃を受け、手傷を負った彼女の前に、素早くクラッズが躍り出た。  
「エルフ、下がって。前はボクが引き受ける」  
「い、いえ、あなたよりも、わたくしの方が…!」  
「大丈夫。前に出るのは慣れてるんだ。それに、ボクだって男なんだから、女の子に守ってもらってばっかりじゃ、居心地悪いしね」  
どことなく、以前いた彼と似たような事を言われ、エルフは大人しく後ろに下がった。すると、クラッズはチャクラムをしまい、  
大事そうに背負っていたグングニルを掴んだ。  
そこからの活躍は凄まじかった。彼の槍は確実に敵を捉え、激しく振り回されているにも関わらず、槍はまるで彼の手に  
吸い付いているようだった。フェルパーやバハムーンでも、それほどの動きはできる自信がない。おまけに、敵の攻撃はすべてかわし、  
掠り傷一つ負う事はない。  
しかし、何よりもみんなを驚かせたのは、そんなことではない。  
フェルパーが仕留め損ねた魔人フーが、クラッズを狙った。当のクラッズは、その後ろにいたダークサイズを攻撃しており、  
それに気付いていない。  
「クラッズ、危ない!」  
「ん?」  
クラッズが振り返った瞬間、魔人フーはその強靭な腕を振り下ろした。その力は凄まじく、バハムーンの腕力をも上回る。  
そんな一撃がクラッズに振り下ろされ、当然誰もが彼の死を信じた。  
次の瞬間、目を見張ったのは仲間だけではない。攻撃した相手自身、信じられなかっただろう。  
クラッズは、それを正面から受け止めていた。槍をかざし、多少腕が震えてはいたものの、しっかりと攻撃を防いでいた。  
直後、クラッズは槍を傾け、相手の腕を受け流した。魔人フーが体勢を崩した瞬間、彼はその体に飛び乗り、後ろから首を貫いた。  
「あ、ありえません…!あんなの……あんなの、信じられないです…!」  
「でも、現実……だよね。この目で見ちゃったんだから」  
 
敵を全滅させると、クラッズは楽しそうな笑顔を浮かべながら口を開いた。  
「あ〜、びっくりした。心臓止まるかと思ったよー、あはは」  
「いや、あははじゃなくて……あんな力、その体のどこから出るの?少なくとも、私には到底、真似のできないことね」  
「でも、ボクなんか元のパーティの中じゃ、弱い方だったんだよー。魔法も使えないし、力もそんなにないし、武器も微妙だったしね」  
その言葉に、彼女達は一度崩され、また積み上げられた自信が、もう一度崩れたような思いだった。彼ほどの実力者が、彼本来の  
パーティの中では、弱い方だというのだ。つまり、それは彼が実力を発揮できる環境になった上で、なお及ばない者がいると  
いうことであり、しかもその実力者が、戦いの中でロストしたということなのだ。  
ポストハスの宿屋に着くと、話題は当然の如く彼の話になった。  
「『彼』の力は、時間をかければ到達できるというものでしたわ。でも、あのクラッズの力は……あれは、常識を超えてますわ」  
そう言いながら、エルフは首を振る。  
「そうね。私も、まさか足の速さで彼に負けるなんて思わなかったし……力でも、負けたわね」  
「早さなら、私の方がショックだよー。負けるなんて、普通ありえないのに…」  
「罠の解除も、すごかったですね。宝箱叩いただけで、ポイズンガスとスタンガスと悪魔の呪い判別しちゃったり」  
「あんな音、私には全て同じにしか聞こえん。あいつは一体どういう体をしてるんだ?」  
「あれは、装備品のおかげでもありますわ。それにしたって、飛び抜けた才能を持ってるのでしょうけれど」  
全員は、揃って息をついた。それは自信を失った辛さと、彼に対する憧れの混じったものだった。  
その中で、エルフは一人、微かに笑みを浮かべていた。それはどこか、艶っぽい色の混じった笑みだった。  
 
「ごめん。君の気持ちは嬉しいけど、ボク、好きな子がいるから」  
その日の深夜、クラッズの部屋から二人の声が響いていた。  
「何だか、これも聞いたことありますわね。……わたくしは師に恵まれる代わり、殿方との縁には、あまり恵まれませんのね…」  
つまらなそうな溜め息をついて、エルフはクラッズの隣に腰を下ろした。  
「わたくしを、ただ抱くこともできなくって?」  
「うん。別れ際にさ、浮気はしないって約束してるし。そうじゃなくっても、ボクはあの子のこと裏切れないもん」  
「はぁ……相手が恨めしいですわ。わたくしも一度くらい、それほどまで思われる相手になってみたいものですわね」  
一度不貞腐れたように寝転んで、エルフはまた体を起こした。  
「それにしても、あなたは本当にただのクラッズでして?あの力、あの速さ……どれも、常軌を逸していますわ」  
「ああ、それはね。ボク、何度か転生してるから」  
「転生?」  
「うーん、なんて言えばいいんだろ?生まれ変わりと似たようなものかな?ゼイフェアでやってもらえるんだけど、入学当時くらいの  
体に戻っちゃうけど、元の部分が少し強くなるんだ」  
「とても信じられないような話ですわね……でも、この目で見た以上、信じるしかなさそうですわ」  
とはいえ、やはり目の前の彼はただのクラッズにしか見えず、戦闘中に見せたあの姿は幻だったのではないかと思えてしまう。  
ともかくも、元々の目的であった告白は済ませたし、そのついでに彼の身体能力の秘密も聞けた。フラれたので満足はできないが、  
納得はできた。それから少しだけ話をして、エルフは自分の部屋へと戻って行った。  
彼女が帰ると、クラッズは溜め息をついてベッドに転がった。  
―――フェアリーは、今何してるかなぁ…。  
目を瞑れば、いつでもあの顔が思い浮かぶ。それと同時に、別れ際に感じた彼女の温もりが蘇る。  
その温もりを思い出しながら、クラッズは静かに眠りについた。  
 
地下道の中に、悪魔の娘の悲鳴が響き渡る。  
周囲には濃厚な血の臭い。切り刻まれたモンスターの残骸が散乱し、その中央で、悪魔の娘は男達に囲まれ、犯されていた。  
既に何度も陵辱され、彼女の体には乾いた精液がこびりつき、時折悲鳴を上げる以外では、もう泣き叫ぶことすらしなくなっている。  
彼女の肛門に突き入れていたヒューマンが一声呻き、腰を強く突き上げる。そうして彼女の腸内に精液を注ぎ込むと、軽く息をついて  
彼女から離れた。  
「ん、もう終わり?」  
「あ〜、もういい。飽きた」  
「そう?じゃ、他のみんなも終わりでいい?それなら僕、好きなようにするけど」  
クラッズらしく、笑顔でそう尋ねる。しかし、彼の笑みは、一般にクラッズという種族から連想されるような、無邪気なものとは  
一切無縁の、悪意に満ちた、実に邪悪な笑みだった。  
「好きにすればいい。僕ももう、興味はない」  
「よかったー。それじゃ、もう終わらせるね」  
満面の笑みで言うと、クラッズは腰から刀を抜いた。  
ドッ、と鈍い音。血飛沫が上がり、クラッズの顔が返り血で赤く染まる。  
腹に突き立てられた刀を、悪魔の娘は一瞬、驚いたように見つめた。そして次の瞬間、辺りに凄まじい悲鳴が響く。  
「あっははは!締まる締まる!もうちょっと、気持ちよくさせてよ……ね!」  
狂気に溢れた凄絶な笑みを浮かべ、クラッズは刀を強く握ると、彼女の腹をゆっくりと切り裂いた。悪魔の娘は凄まじい絶叫を上げ、  
必死に体を動かそうとするが、既に手足は切り落とされており、ただ身をよじるしか抵抗のしようはない。  
まるで解剖するかのように腹を切り裂くと、クラッズはそこに腕を突っ込む。そして腸を引きずり出すと、それを彼女の顔に  
べしゃりと押し付けた。  
絶叫が一際大きくなり、そして次の瞬間、彼女は動きを止めた。それと同時に、クラッズが低く呻いた。  
「んっく…!……く、はぁ!ふ〜〜〜、気持ちよかったぁ〜」  
まだ微かに痙攣する彼女からモノを引き抜くと、クラッズは晴れ晴れとした笑みを浮かべる。  
「てめえは、趣味悪りいんだよ。俺はさすがに、死体とやる気はしねえ」  
「バハムーンだってハマると思うけどなあ。ああすると、痛みと恐怖とで、ものすっごい締まるんだよ。君が首絞めてやるのと一緒だよ」  
さらりと非道な事を言ってのけるクラッズに、同じく人相の悪いディアボロスが声をかける。  
「だがクラッズ、最初に手足を落とすのはやめろ。俺は腕を捻り上げてやるのが好きなんだ」  
「相手が相手だから、しょうがないでしょ。にしても、今日はエルフは食いつき悪かったね」  
そう水を向けられると、ミスリルソードを磨いていたエルフは優しげな笑みを浮かべた。  
「緩かったからね。僕としてはやっぱり、ミカヅキっ娘が至上だった」  
「あっははは、斬り応えもいいからって言うんでしょ?」  
「ああ、あれは悪くなかった。何が起こったかわからないって顔。あの感触。ああいう、小さな子を斬るのは、独特の快感があるよ」  
「エルフ、お前もよくよく趣味悪りいな」  
「ヒューマンだって、キノコの精をオナホにして殺したんだし、君が言える台詞でもないと思うけどね〜」  
そんな会話を続ける男達の、すぐ近く。一人のフェアリーの女の子が、つまらなそうに装備の分解と練成を繰り返していた。  
目の前で行われた虐殺にも眉一つ動かさないその態度は、ある意味で男達よりも冷酷に映る。  
 
「あんたら、もう用事は終わり?なら、さっさとまた探索に移りたいんだけど?」  
「ちっ、うるせえ羽虫が」  
バハムーンが言うと、フェアリーは彼をギロリと睨みつけた。  
「何?羽虫ってあたしのこと?あんた、誰に口きいてんの?」  
フェアリーに睨まれ、バハムーンは渋々黙った。彼が大人しく従うその姿は、一種異様である。  
「おーおー、お姫様が怒ると怖いねえ。んじゃ、また探索に戻るかい」  
「はいはい。正直だるいけど、頑張ろっか」  
悪魔とてこれほどではないだろうと思われるほど、非道な男達。その中に、彼女のような存在がいること自体が異常だったが、  
その彼女が最も強い発言権を持っていることは、他の者の目からは、さらに異様に映るだろう。  
彼女の経歴は一切不明だった。パルタクスの生徒であることは間違いないのだが、彼女は自分から何も語ろうとはしない。  
ある日突然一行の前に現れ、仲間にしろと言い放った。当然、彼等は鼻で笑い、彼女を玩具にしようと攻撃を仕掛けた。  
だが、五人がかりの攻撃はすべてかわされ、彼女の放つ矢に全員が瀕死の重傷を負った。あそこで謝らなければ、恐らく全員、  
この場に生きていることはなかっただろう。  
以来、彼女はパーティに加入し、彼等と冒険を共にしている。卓越した技術を持つ錬金術師であるため、彼等としても彼女の存在は  
ありがたかった。というのも、以前仲間にいた司祭がロストしてしまったため、鑑定は店に頼らなければならなかったのだ。  
目的は一切不明ながら、利害は一致している。利害関係という、脆く、強靭な関係で、彼等は繋がっていた。  
再び探索に戻ろうと、それぞれが装備品を元通りに身につけ始める。そんな中、ヒューマンがそっとフェアリーに近づき、何事かを  
耳打ちした。フェアリーはそれに頷き、そっと手を出す。その手にさりげなく金を掴ませると、二人はすぐに離れた。  
それは一瞬のことで、他の誰も気付きはしなかった。  
やがて再び、一行は地下道を歩き出した。宝と金、そして、新たな犠牲者を見つけるために。  
 
その夜、ランツレートの寮に戻った一行は、それぞれの部屋へと帰って行った。  
夜も更け、日付も変わろうという頃、フェアリーの部屋の中には、独特の熱気が漂っていた。  
「んっ……んむ……んぅ…」  
ベッドの上では、フェアリーが一糸纏わぬ姿となり、ヒューマンのモノを必死に舐めていた。さらに、足ではクラッズのモノを挟み込み、  
やり辛そうに扱いている。  
「あーあ、また君と一緒だなんて思わなかったよ」  
「しょうがねえだろ。てぇか、お前はあれで十分満足したんじゃねえのかよ」  
「あれも悪くないけど、こう奉仕されるのも悪くないじゃん?でも、僕が足っていうのは…」  
「ん……ぷはっ!ちょっとあんたら、好き勝手言うのは構わないけど、文句言うなら帰ってもらうよ」  
フェアリーが睨むと、二人は揃って肩を竦めた。  
「俺は十分楽しんでるから、文句なんか言わねえよ」  
「ちぇ、文句は言わないけど、羨ましいよ」  
「しょうがないでしょ、あんたよりヒューマンの方がでかいんだから。足だけで済むあんたと違って、こっちは全身でやんなきゃ  
イかせらんないのよ」  
言いながら、フェアリーはヒューマンのモノを舐めつつ、手を使って扱いている。  
「それに、こっちは色つけてくれたしね」  
「あ、そういうこと……抜け目ないなぁ」  
「まあな……くっ、そろそろ出そうだ…!」  
「ベッド汚されちゃやだし、口に出させてあげる。出すの、もうちょっと待ってよ」  
フェアリーは大きく息を吸うと、鈴口にしっかりと口をつけ、強く扱き上げた。それとほぼ同時に、ヒューマンのモノがビクンと動き、  
口の中に生臭い液体が注ぎ込まれる。  
顔をしかめつつも、フェアリーは何とかそれを全て口の中に収め、唇を離す。そしてすぐにハンカチを手に取ると、汚い物でも  
入っていたかのように、ペッと勢い良く吐き出した。  
「……あのなあ…」  
「う、まだある……ペッ!ん、何よ?」  
「できれば、そう嫌そうに勢い良く吐き出さねえでくれねえかな……地味に凹むぜ…」  
「こんな不味いの、いつまでも口ん中入れとけるわけないでしょ、馬鹿じゃないの」  
「へいへい、お姫様には敵わねえぜ…」  
喋りつつも、フェアリーは一応クラッズのモノを両足で挟んでいる。が、あまり動きがないのでじれったくなったのか、クラッズは  
フェアリーの両足をしっかりと押さえ、自分で腰を動かしている。  
「う……僕ももう出そう…!このまま出していいかな?」  
「ふざけんな、ちょっと待ってよ。頼むから顔にはかけないでよね」  
フェアリーは慌てて顔の前に手をかざす。それと同時に、クラッズが勢いよく精を放った。  
既に何度か出していたにも拘らず、それは思いの外量があり、フェアリーの手と体はたちまちドロドロとした液体に覆われてしまった。  
「うわ……べったべた。ったく、よくこんな出るね」  
例によって、汚物を見るような目でそれを見ると、フェアリーは別のハンカチで念入りに体を拭き始める。  
「それじゃ、二人とも終わったんだから、さっさと帰ってよね。あたしもう寝るから」  
「十万払って、足コキだけって、ぼったくりだよね。しかも出したら嫌そうにされるしさ」  
「は?してやるだけありがたいと思えよ。グダグダ文句言うなら、灰にしてやってもいいんだけど?」  
「……わかった、わかったよ」  
「はっはっは、お姫様からしてもらえるだけで、満足しろってことだな」  
クラッズはそれでも不服そうだったが、フェアリーの機嫌を損ねるわけにはいかないため、それ以上は何も言えなかった。  
二人は元通りに服を着ると、すぐに部屋から出て行く。それを見届けてから、フェアリーは体を洗い、服を着てからベッドに入った。  
目を瞑ると、すぐに睡魔が襲ってくる。その心地良い眠気に身を任せ、彼女は静かに眠りについた。  
 
それからどれくらい経ったのか。フェアリーは微かな気配を感じ取り、目を開けた。  
目を横に滑らせる。鍵をかけたはずの部屋のドアが、僅かに開いていた。そしてそれが、静かに閉まる。  
飛び起きようとした瞬間、体の上に小さな影が飛び乗ってきた。  
「おはよう、『お姫様』」  
「……今度は何よ。人が寝てるところに、勝手に入ってきやがって」  
目の前のクラッズを睨みつけるが、彼は人を小馬鹿にしたような目つきで見下ろしている。  
「そりゃあねえ。今まで何回か金払ってしてもらってるけど、毎回足だの手だのでさ。一回ぐらい、ちゃんとヤらせてくれても  
いいんじゃないの?君、フェアリーの中じゃ大きめだし、僕ぐらいならできそうだけど」  
「ふざけんな。あたしはあんたらなんかに気安くヤらせるほど、安くないってのよ」  
フェアリーが言うと、クラッズはにやりと笑った。  
「そう言うと思ってた。でもさ、この状況でどうしようってわけ?忍者がどういうもんか、知らないわけじゃないでしょ?」  
「部屋に侵入した瞬間気付かれる程度の忍者なんて、怖くもないね」  
そう言ってフェアリーが嘲笑すると、クラッズの目がスッと細くなった。  
「生意気な口きくなよ。僕は殺した後でゆっくりやってもいいんだけど?」  
「へえ、あたしのこと殺せるつもり?それ、冗談なら笑えないけど、本気なら笑えるね」  
「試してみる?」  
「やってみなよ」  
フェアリーが言い終える前に、クラッズは彼女の首に貫き手を放った。ほぼ同時に、フェアリーは布団を跳ね上げ、相手の視界を遮る。  
僅かに、ベッドの沈み方が浅くなる。フェアリーがベッドから降りたことを察知すると、クラッズはおおよその位置を予測し、そこに  
手刀を放った。直後、指先に何かが掠ったが、確実な手応えではなかった。  
布団を跳ね除けようとした瞬間、不意に視界が開けた。直後、彼はその場に固まってしまう。  
視界の先では、フェアリーがカラクリ人形を従え、こちらを睨みつけていた。  
「こいつがどんなもんか、知らないわけじゃないでしょ?」  
先ほどの彼の口調を真似て、フェアリーは嘲笑する。  
「い、いつのまにそんなの…!?」  
「あんたら忍者は、その体自体が武器。でもね、あたしら錬金術師は、身の回りにあるもの全てが武器なのよ」  
見れば、先程まで視界を遮っていた布団はどこにもない。よくよく室内を見渡せば、机も椅子も何もかも、自分の部屋にある物とは  
材質が全て異なっている。  
「まさか、部屋に素材仕込んでるとはね…」  
「さあ、どうすんのよ、お強い忍者さん?こいつとあたしと、やりあってみる?それとも、尻尾巻いて逃げる?」  
「……ちっ!」  
クラッズは舌打ちすると、ベッドから軽々と跳躍し、フェアリーの頭上を越えてドアの前に着地した。  
「金さえ払えば、すぐ裸になるような女が、高いも安いもないだろうにさ!」  
「女と見りゃあモンスターだろうと襲う男が、どれだけ高いと思ってるのやら。挙句に、お仲間はサキュバスとヤッてロストした  
らしいじゃん?笑いに人生かけてるってんなら、相当お高い男共だけどねえ」  
痛烈な皮肉を返され、クラッズは歯噛みしつつ部屋を後にした。気配が遠ざかるのを確認してから、フェアリーは全身が萎むような  
溜め息をつき、ベッドに戻った。  
ベッドのマットには、深々と貫き手の突き刺さった跡が残っている。それを見ると、今更ながらに鳥肌が立った。もちろん、あんな  
男に負ける気はしないが、一歩間違えばここで首を刎ねられていたのだ。さっき彼の手刀が掠った羽も、僅かに切れてしまっている。  
カラクリ人形を分解し、神秘の布をさらに分解し、究極の布を布団に作り直す。ついでにマットの穴も塞ぐと、再びベッドに寝転がる。  
「……同じクラッズでも、大違い」  
ぽつりと、フェアリーは呟いた。  
「種族は同じでも、あんな奴のために、あいつを裏切れるわけないでしょ」  
フェアリーは静かに目を瞑った。彼の温もりを思い出し、そこでふと思考が止まる。  
―――ああ、でも一回だけ、裏切ったことあったっけな…。  
性格の悪い彼女でも、さすがに罪の意識を持つ出来事。だが、その背徳感ゆえに甘美な快感を伴う記憶。  
彼女の思考は、まだ全員が一緒だった頃へと遡っていく。それはたったの、二ヶ月前のことだった。  
 
幾度目かの転生を果たし、一行は失った力を戻すため、地下道での修行に励んでいた。以前と違い、別にカリキュラムなどではないため、  
一行の雰囲気は軽い。あちこちの地下道で戦い、時に圧勝し、時に苦戦し、そうして最初の頃の思い出をなぞるように戦っていた。  
その日も戦いを終え、一行は宿に入った。しかしすぐに寝たりはせず、最初はみんなで一つの部屋に集まり、トランプに興じていた。  
「ババ抜きも飽きたし、大富豪やらない?」  
「お、いいね!やるか!」  
フェルパーが乗り気な声を出すと、ノームがいつもの声で言う。  
「ルールはどうしますか。かなりのローカルルールがありますが」  
「え?ルールって、8切りと階段と…」  
「え?階段って何?ボクのとこは縛りと11下がりと…」  
「何だよそれ?縛りは知ってるけど、私のとこだとそれに激縛りってのがあって…」  
「激縛りって何よ?階段縛りのこと?それより、階段は何枚から?あたしの方だと階段は二枚からで、階段革命は五枚で…」  
「あの、それは後にしましょうよ。えーと、開始はスペードの3を持ってる人ですよね?」  
セレスティアが言うと、一行の議論はさらに白熱した。  
「え〜、俺のとこはダイヤだったな」  
「ボクもダイヤ。で、最初にそれ出さなきゃいけないんだよね」  
「そんなルールなかったぞ、私の方は。クラブの3持ってる人が最初で、ジョーカーに勝てるのがそれで…」  
「は?ハートの3が最初でジョーカーに勝てるのはスペードの3じゃないの?」  
「……本当に、各地でルールが全然違うんですね……収拾がつかなそうです…」  
結局、ノームが話をまとめ、開始はスペードの3から。ローカルルールは8切りのみ採用というものに落ち着いた。それを採用したのは、  
ノーム曰く、『切り札はあった方がゲームが面白いから』らしい。  
ババ抜きでは、ノームが異常な強さを誇っていたが、大富豪では運が絡むだけに、クラッズとフェアリーが非常に強かった。  
大抵はこの二人がトップを争ったが、ノームも持ち前の知恵でかなりの活躍を見せていた。手札があまり良くなくとも、  
絶妙な駆け引きで、幾度となくトップ争いの二人を脅かしていた。セレスティアも、常に手堅い展開で、トップは取れないまでも、  
いつも中間の順位を取っていた。  
最下位争いは、ほぼ毎回フェルパーとドワーフであった。致命的に運のないフェルパーに、絶望的に考えが足りないドワーフは、  
ある意味でとてもいいライバルだった。  
手札で最強のカードが10だとフェルパーが泣けば、考えなしにカードを出したドワーフが、残り二枚が3と5だと言って嘆く。  
ノームやセレスティアが不憫に思い、革命を起こせば、フェアリーがニヤニヤしながら革命返しを起こす。  
そんな展開が続いて、一度だけフェアリーがフェルパーと最下位争いをしたことがあった。  
「うーん、あたしは残り三枚か」  
手札を眺め、フェアリーが呟く。フェルパーは残りの一枚を握り締め、尻尾をパタパタ動かしつつ、フェアリーの一挙一動を  
じっくりと見ている。  
「う〜〜〜〜ん……ここはとりあえず〜……8捨てておこうかな」  
頭を抱えつつ、フェアリーは8を出し、そのままカードを切った。  
「次は……う〜ん…………悩むよねえ、こういう時ってさ…」  
「いいから早く出せって。出してみるまでわかんねえんだから」  
そわそわしているところを見ると、フェルパーの最後の手札はそこそこいい物らしかった。  
「う〜〜〜〜〜〜ん…………それじゃ、こっちを……うーん、そうだなあ、こっちを出しておこうかなあ」  
頭を抱えつつ、フェアリーはスッとカードを出した。  
そこには、8と書かれていた。  
「それで〜……これは当然切れるからぁ〜……残りを出して……っと、はい終わり」  
最後に出された4を見て、フェルパーはしばし固まっていた。  
 
「フェアリー、ひどいなあ。スパッと止め刺してあげなよ」  
「うっひひひ、こういうのが楽しいんでしょ。フェルパー、残念だったねぇ〜」  
フェルパーはどんよりした目で、フェアリーを見つめた。  
「悩む必要ねえじゃねえか……悩む必要ねえじゃねえか…!」  
「あ、ごめんねぇ〜、期待させちゃったんだねぇ〜。あたし、全然そんなつもりなくってさぁ〜」  
「嘘つくなああぁぁ!!!」  
直後、フェルパーはフェアリーを捕まえ、激しく肩を揺さぶった。  
「うわっ……ちょっ……や、やめっ…!」  
「ならせめて、期待させるなよおぉぉ!!さっさと止め刺せよおおぉぉ!!」  
「おいおい、フェルパー!落ち着け!そんなに怒るな!フェアリーが死ぬ!」  
「八回連続最下位で……やっと脱出できると思ったのに……そう思ったのに…!う、うぅぅ…!」  
フェルパーは本気で泣いていた。全員、そこまで真剣にやらなくても、と心の中で呆れ返っていた。  
「わ、わかったってば…!あたしが悪かったから……ごめんって…!あと、もう揺すらないで…!き、気持ち悪い…!」  
結局、この一件で大富豪はおしまいとなり、あとはフェルパーが落ち着いてから座談会となった。  
色々な話をし、やがて入学当初の話になってきたとき、クラッズが言った。  
「あのさ、みんな今だから言えるっていうの、あるよね?ボク達がパーティ組むことになった時さ、みんな最初どう思ったか、  
正直に話してみない?」  
「お、面白そうだなー。私もみんなの話、聞いてみたいな」  
「俺も俺も」  
「面白そうじゃん。あたしは大体何言われるか、想像つくけどさ」  
「いいですね。話してみましょうか」  
「では、誰から話しますか」  
「いつもフェルパーからが多いから、たまには後衛から回ってみない?つーわけで、あんたからよろしく」  
特に誰も反対しなかったので、順番はそれで決まった。  
「わかりました。では、僕からですね。僕は最初、誰とでも付き合っていける自信はありました。事実、フェルパーさんにドワーフさん、  
クラッズさんにセレスティアは、気の合う仲間だと思えました。しかし、そこで初めて、僕は性格が合わないことの辛さを知りました」  
フェアリーは苦笑いとも嘲笑とも取れない笑顔で、ノームの話を聞いている。  
「考えがまったく違い、全てにおいて正反対の行動をするフェアリーさんは、正直なところ苦手でした。ですが、他のみんなが  
いたおかげで、僕はこのパーティに居続けることが出来ました」  
「まるで、あたしがとんでもなく不快な存在みたいな言い草ね」  
「過去の話です。では、僕は以上です」  
フェアリーの非難をさらりとかわし、ノームはセレスティアに水を向けた。  
「じゃ、わたくしの番ですね。うーん、わたくしも、ノームさんに近いです。皆さんいい人で……でも、フェアリーさんだけは、  
本当に喧嘩が絶えなかったですね。どんなこともずばずば言っちゃって、いちいち皮肉とか言ってきて、本当に怒りたくなる人でした」  
「あんたらにその言葉、そのままお返しするよ」  
「それは、フェアリーさんの番で言ってください。では、わたくしもこれでおしまいです」  
次は当のフェアリーの番である。彼女は一度、全員の顔を見回した。  
「正直なところね、失敗したと思ったよ」  
第一声がそれで、ノームを除く全員が苦笑いを浮かべた。  
「偽善者野郎が二人もいて、やたらにあたしらを嫌う毛むくじゃらがいて、ほんっとに居心地悪かったね。でも、フェルパーと  
クラッズだけはよかったかな」  
そう言うと、フェアリーはクラッズの顔を眺め、そしてフェルパーの顔をしげしげと眺めた。  
「……そういえば、あたし最初の頃はフェルパーの方が好きだったなあ」  
「え!?」  
「はっ!?」  
 
思わぬ告白に、やはりノームを除く全員が目を丸くする。  
「だってほら、耳と尻尾以外、ヒューマンそっくりじゃん?」  
「お前の基準は何でもヒューマンかよ」  
「いいでしょー、ヒューマンは永遠の憧れなんだから!まあとにかく、そのあんたはドワーフとくっついちゃうし、クラッズも  
いい奴だったしで、こっちにしたけどさ。まあとにかく、あたしがここに留まってんのは、あんたら二人のおかげってとこね」  
「そういえば、あんたってフェルパーにぶん殴られても切れないよな…」  
ドワーフがそう呟くと、一行はそれぞれの記憶を思い返した。確かに、ししゃもで頭を殴られようと、肩を掴んで揺さぶられようと、  
激怒するようなことは一度もなかった。それどころか、さっきは彼に謝っている。  
「ああ、言われてみれば。ま、いいじゃん。次クラッズね」  
「え、それ流すとこ?まあいいや。そうだなー、ボクは全員、うまくやっていけると思ったかな。セレスティアとノームはいい人だし、  
ドワーフは話しやすかったしさ。フェアリーは、あの頃学科一緒だったしね。あ、でもフェルパーは、話しかけてもあんまり反応なくて、  
ちょっと苦手だったかも。笑いかけても、にこりともしなくってさ。辛かったのはそれくらいかなー。じゃ、次ドワーフで」  
「私か。私は、そうだなあ。フェアリーってのは、あんまり好きじゃなかったけど、あんたは言いたいことはっきり言うから、  
そこは気に入ってたな。つっても、やっぱりあんまり好きじゃなかったけど。フェルパーは、言うまでもないな」  
隣の彼を見つめ、ドワーフは楽しげに笑った。  
「男の癖にうじうじしててさ、頼りないわ見てて腹立つわ、肩を並べて戦うなんて想像も出来なかったなあ……あ、考えてみたら、  
私も最初の頃はクラッズの方が好きだったな」  
「ドワーフさんとフェアリーさん、好きな人が逆でもおかしくなかったってことなんですね」  
セレスティアが言うと、彼等は自分の恋人を見つめ、そして可能性の上での恋人を見つめた。  
「でもサイズがダメだね。あたし、フェルパーとなんかヤッたら死ぬわ」  
「いきなりそこに持ってくなよ」  
そう言うフェルパーの顔は、既に真っ赤になっている。  
「それにしても、クラッズさんって全員から好かれてたんですね」  
「話しやすいもんなー。じゃ、最後フェルパーな」  
フェルパーは頭をポリポリと掻き、少し話し辛そうに口を開いた。  
「俺、クラッズ苦手だった」  
「あれ…」  
セレスティアは、少し困った笑顔を浮かべた。  
「何つーのかな。初対面なのに、ずかずか人の領域に踏み込んでくるって言うか、馴れ馴れしいというか、厚かましいというか…」  
「あ、あはは……ボク、そんな風に思われてたんだ……ちょっとショック」  
「いやまあ、慣れればそれのおかげで話しやすいんだけど、俺みたいな人見知りにはそう映るってことな。あと、ドワーフは……ま、  
言うまでもないよな。いきなり怒鳴られたし、声でっかいし、すんげえ苦手だった。そういや、そんな時にはフェアリーがよく  
庇ってくれたっけな」  
「あー、そんなこともあったね。そりゃまあ、大切なヒューマン似の、数少ない仲良くなれそうな奴がいなくなっちゃ困るし」  
「それでも、あれは嬉しかったんだぜ。あとは、セレスティアとノームは付き合いやすかったな。人がいいし、必要以上に  
干渉してこないしさ。俺も、大体こんなところかな」  
全員が話し終わると、一行はそれぞれの顔を見回した。予想通りだった答えもあれば、意外な答えもあった。今でも耳に痛い言葉も  
あったし、そんなことを思われていたのかとショックだった言葉もある。  
だが、そういう事をはっきり言ったところで、もはやヒビが入るような関係ではない。それを考えると、よくもここまでになったと、  
それぞれ感慨深いものがあった。  
その後も少し話をし、そろそろ寝ようというところになって、またもクラッズが言った。  
「あのさ、たまにはくじ引きで部屋決めない?大体、男部屋と女部屋とか、カップル同士とかでいること多いからさ」  
「ん、それもそうだな。今日は二人部屋三つだから、面白いかもね」  
反対する者もいなかったので、話はまたも即座に決まった。手頃なくじがなかったので、トランプのJ、Q、Kを二枚ずつ抜き出し、  
それをよく切って一枚ずつ引く。  
 
結果、ノームとドワーフ、セレスティアとクラッズ、そしてフェルパーとフェアリーという部屋割りが出来上がった。  
「フェルパー、あの……ほんとにいいのか?」  
「フェアリー、フェルパーに変なことしちゃダメだよ?」  
さっきの話があったからか、ドワーフとクラッズは本気で心配そうだった。  
「何よー!あたしが誰彼構わず手ぇ出すとでも思ってるわけ!?」  
「平気だってば。何もしないから、安心しろって」  
フェルパーは気にする様子もなく笑い、フェアリーはクラッズに食って掛かる。さすがにそれ以上言うこともできず、二人は渋々  
納得した。結局、部屋割りはそれで確定し、皆それぞれの部屋へと向かった。  
部屋に入ると、フェアリーはベッドに飛び乗り、フェルパーはその隣に腰を下ろした。  
「ん〜、あんたと一緒の部屋って初めてだね」  
「そうだなー。そもそも、大体は一人部屋だしな」  
フェルパーを見上げながら、フェアリーは彼の膝の上に乗った。  
「やっぱ、クラッズと違ってでっかいね」  
「そりゃあ種族が違うからな。クラッズと同じくらいじゃ、問題だよ」  
「ほんとにね」  
フェアリーの目が、フェルパーの顔から胸へ、胸から腹へ、腹から腰へと下がっていき、そこで止まる。その気配を察知し、  
フェルパーの顔から笑いが消えた。  
「……ほんと、でっかいねえ」  
「お、おい、何考えてる!?」  
「そりゃ、ねえ?せっかく一緒になったのに、試してみない手はないでしょ?」  
「お前、さっきクラッズに何て言ったんだよ!?」  
「何よ、あんたもあたしが誰彼構わず手ぇ出すと思ってるわけ!?」  
「じゃあ今の台詞はなんだ!?」  
フェルパーが言うと、フェアリーは少し顔を赤くして顔を逸らした。  
「だからっ……さっきも言ったでしょ?あたし、あんたが好きだったのに…」  
「え……で、でも、その、ほら、それはもう昔の話…」  
「そうだね、ヒューマン似のあんたが好きだったのは昔の話。今は、ヒューマンと違ってたって、あんただから好き」  
「おまっ……本気で言ってるなそれ!?よせ、やめろ!俺にはドワーフがいるし、お前にもクラッズがいるだろ!?」  
「好きな人が一人じゃなきゃいけないなんて、誰が決めたのよー!?」  
話が平行線になることはすぐにわかった。直後、フェルパーはその場を飛びのき、懐に手を突っ込んだ。フェアリーが後ろに飛んだ瞬間、  
目の前をししゃもが通り過ぎる。  
「避けた!?お前、本気かよ!?」  
「あんた相手に、手なんか抜けないっての」  
その彼に向かって、フェアリーは魔法の詠唱を始めた。それを見たフェルパーも一瞬遅れて詠唱を始めるが、さすがにフェアリーの  
素早さには敵わなかった。  
「スリプズ!」  
途端に、フェルパーはぐらりとよろめき、膝に手をついた。そして、とろんとした目でフェアリーを見上げ、何か言おうと口を開くが、  
言葉が出る前に、その目がフッと閉じられた。  
 
ベッドに倒れたフェルパーを見て、フェアリーは軽く溜め息をついた。  
「ふー、危なかった。やっぱり強いなあ、こいつ」  
言いながら、フェアリーは彼を転がし、仰向けに寝かせる。さすがに魔法で眠らされただけあって、フェルパーは気付かずに安らかな  
寝息を立てている。  
そんな彼を期待に満ちた目で見つめつつ、フェアリーはズボンを脱がせにかかる。いつもクラッズを相手にしているため、その手際は  
非常にいい。尻尾に多少手間取ったものの、あっという間にベルトを外してズボンを下ろし、さらに下着に手をかける。  
一瞬溜めを作り、息を吸って、えいっとばかりに引き下ろす。  
「おお……やっぱりでっかいなあ」  
露わになったそこに、フェアリーはしばし見入っていた。どう見ても、クラッズのモノより、二周り以上は大きい。  
少し興奮気味に息をつき、そっと手を伸ばす。指先が触れると、フェルパーは微かに呻いた。しかし、起きる気配はない。  
優しく握り、少しずつ前後に動かす。最初は彼が起きないように、注意深く扱いていたが、だんだんとその動きは速くなる。  
それに従い、フェルパーのそこも反応を示し、徐々に大きく熱く屹立していく。  
「うわ……こんなになるんだ。すごい…」  
完全に大きくなったところで手を止め、フェアリーはそれをまじまじと見つめる。フェルパーは何だか寝苦しそうな顔になっているが、  
起きるような気配はない。  
いつも見ているものより、遥かに大きい。しかも、相手は他でもないフェルパーである。  
自然と、鼓動が速くなり、顔が紅潮する。それに、体の芯の部分が、じんと疼くような感覚。  
フェアリーはそっと、スカートに手をかけた。ショーツと一緒にそれを脱ぎ捨て、自身の秘部をそっと撫でる。  
「んっ…!」  
僅かながら、そこは既に湿り気を帯びている。指先の感覚を確かめると、彼女は何かを期待するような目で笑った。  
「できるかな…?」  
フェルパーの腰に跨り、モノを掴んで秘所に軽く押し当てる。少し足を開き、一度深呼吸すると、そこにグッと体重をかけてみた。  
が、すぐにフェアリーは顔をしかめ、腰を浮かせた。  
「いったたたた…!さすがに無理かぁ……そりゃ、これじゃ自分の足でも入らない限り、無理そうだしね…」  
入れることを諦め、フェアリーはがっかりした顔でフェルパーから離れる。とはいえ、その目には相変わらず、いたずらっぽい光が  
宿っている。  
フェルパーの足の間に入り込み、そっと跪く。そして彼のモノを掴み、抱き寄せるように掴むと、優しく舌を這わせた。  
途端に、それがビクンと震え、フェルパーが呻き声を上げる。慌ててスリプズをかけ直すと、フェルパーはまた安らかな寝息を  
立て始めた。  
ホッと息をつき、気を取り直して再びそれを舐め始める。  
彼女のそれは、普段クラッズにするよりも、遥かに丁寧だった。  
舌先で雁首をなぞり、先端に軽くキスをする。舌全体を使ってねっとりと舐め上げたかと思えば、舌先だけで突付くように舐める。  
さらに、先程汚してしまった部分についた自身の愛液を、丁寧に舐め取る。  
献身的で、愛情に溢れたその行為に、フェアリーは夢中になっていた。いつしか上着もはだけ、自身の体に擦り付けるようにして、  
彼のモノを扱き始めている。  
途中、何度もフェルパーは目を覚ましそうになった。その都度、フェアリーはスリプズをかけ直し、彼が起きないように細心の注意を  
払っていた。  
 
体で擦り上げ、舌で丁寧に刺激する。小さな舌を鈴口に入れ、それをほじるように舐め、手では愛おしむように撫でる。  
「う……ううん…………うぅ…」  
フェルパーの顔が歪み、何かを堪えるような呻き声が上がる。同時に、掴んでいる彼のモノが、さらに硬くなった。  
「あ、出そうなんだ。全部、飲んであげる」  
聞こえていないと知りつつ言うと、フェアリーはさらに強く扱きつつ、先端部分を口に含んだ。  
同時に、彼のモノがビクンと脈打ち、熱い液体が勢いよく喉の奥にぶつかった。むせそうになりつつも何とか堪え、フェアリーは  
口の中に注ぎ込まれる精液の感触を味わっていた。  
―――う……こんなに多いなんて…。  
ただ、クラッズと比べると勢いもあり、一度に出る量も多く、口の中に溜めておけるのはそろそろ限界だった。もうこれ以上は  
無理だと思い、口を離そうとしたところで、ようやく勢いが衰え、そして止まった。  
頬が膨らむほどに注ぎ込まれ、正直なところ、フェアリーは非常に困っていた。だが、下手に吐き出すわけにもいかず、何よりこれは  
フェルパーが出したものなのだ。吐き捨てるなど、できるわけがない。  
大きく息をつくと、フェアリーは目を瞑った。ややあって、彼女の喉がごくり、ごくりと大きな音を立て、二度大きく動いた。  
「ん……ぷはっ!すごい量……それに、すっごく濃かったぁ…」  
蕩けそうな目でフェルパーを見つめ、フェアリーはうっとりと呟いた。  
「今の、あたしの中に出してもらえたら、すっごく気持ちよさそうなのに……ま、しょうがないか」  
ともかくも、この事があとでばれてはまずい。フェアリーはハンカチを濡らし、フェルパーのそこを丁寧に拭き、さらにタオルで  
水気を取り、ズボンを元通り穿かせ、自身もスカートを穿き直した。  
もう寝ようと思い、最後の駄目押しとしてフェルパーにスリプズをかけてから、フェアリーはふと考えた。  
「ま……これぐらいはいいよね」  
そう呟くと、フェアリーはまた上着をはだけ、フェルパーの服も同じようにはだけさせた。そして、安からな寝息を立てる彼の腹に、  
そっと胸を重ねる。  
「あったかい…」  
幸せそうに呟き、フェアリーは目を閉じた。が、すぐにまた目を開けると、彼の手を持ち上げ、自分を抱き締めさせるように、  
背中へと乗せた。  
「えへへ、ちょっとだけ恋人気分。……明日には醒める、夢だけどね」  
今度こそ、フェアリーは目を閉じた。肌に直接伝わる彼の温もりが、とても幸せだった。  
 
翌朝、フェルパーは飛び起きるなり、全身の匂いを嗅ぎ始めた。腕の匂いを嗅ぎ、足の匂いを嗅ぎ、しまいには股間にまで顔を近づけ、  
匂いを嗅ぎ始めたのにはフェアリーも驚いた。  
「うわ、さすが猫。体柔らかいねー。あんた、自分でフェラできるじゃん」  
「しねえよっ!大体お前は、なんでいつもそっちに話を持っていくんだ!?」  
「自分に正直だからね」  
「なるほど」  
妙に納得してから、フェルパーは怪訝そうな顔で、もう一度匂いを確かめる。  
「にしても、ほんとに何もしてねえのか?スリプズまで食らわせといて…」  
「何かして、ばれたら嫌じゃん。あんたならまだしも、ドワーフとかクラッズにばれたら、あたし殺されそうだし」  
「……まあ、上だけ裸で寝てたぐらいなら、怒られもしねえか…」  
結局、特に変な匂いがなかったために納得し、フェルパーはそれ以上何も言わなかった。  
部屋を出て、全員が集まると、ドワーフは真っ先にフェルパーの匂いを嗅ぎ始めた。  
「やっぱ、お前もそうくるか」  
フェルパーが笑いながら言うと、ドワーフはかなり真剣な目を向けた。  
「ほんっとに、何もなかったんだろうな!?おいフェアリー、ほんとに何もしてないよな!?」  
「だからしてないってば、しつこいなあ。ちょっと上で寝させてもらったけどさ」  
「……それぐらいなら、まあ、いっか」  
そうは言いつつ、やはり疑わしいらしく、ドワーフはしつこくフェルパーの匂いを嗅いでいた。そんな姿を見て、フェアリーは心の中で  
溜め息をついていた。  
―――やっぱ、似た者同士でお似合いだなあ。あたしよりは、ドワーフの方があいつには合う、か…。  
ちらりと、横目でクラッズを見る。  
「ねえフェアリー、ほんとに何にもしてないの?」  
「何よ、あんたまで疑うわけ?」  
「いや、その……フェアリーにしては、珍しいなってさ。絶対何かすると思ったのに」  
「あたしにはあんたがいるしねー」  
半ば自分に言い聞かせるように、フェアリーは言った。  
―――あたしとフェルパーよりは、あたしとクラッズの方が似合うし……やっぱり、こいつの方が何かとお似合いか!  
そう思うと、ようやくすっきりした。これまでは、フェルパーに対する恋心が燻っていたが、これでようやく踏ん切りがついた。  
それに、体格が違いすぎて何かと制約の多いフェルパーより、やはりクラッズ相手の方が付き合いやすい。  
「それより、あんたこそノームと何かなかったの〜?」  
「なっ!?ば、馬鹿言うな!どうして私がそんなこと!?」  
「だってね〜?あんただって、ノームは嫌いじゃないでしょ〜?」  
「その好きは違うだろ!!ぶん殴るぞてめえ!!」  
「やめろドワーフ」  
「フェアリーやめなって」  
いつもの光景。いつもの雰囲気。  
それは確かに、あの時までは普通にあるものだった。変わらないはずの日常。当たり前の風景。  
その日も、その次の日も、これからもずっと、続いていくものだと信じていた。  
 
―――ま、ばれてなきゃやってないのと同じだし、もう二ヶ月前の話だし、いいでしょ。時効時効。  
クラッズが同じことをしたら絶対に許さないであろうが、フェアリーは実に自分勝手にそう思っていた。  
半分眠りに落ちつつ、フェアリーは最後に思考を巡らせた。  
―――絶対、取り戻さなきゃ。どんなことしてでも。  
そう決意を固め、睡魔に身を委ねる。  
この時、悲愴かつ強固で、そして邪悪な決意が、はっきりと彼女の中で固まっていた。  
 

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