迷宮での戦闘、学内における暴動による死者265名。内ロスト並びに蘇生拒否7名。  
宝箱の罠による行動不可、及びそれにともなう死者348名。内ロスト並びに蘇生拒否13名。  
その他行方不明者並びに失踪者、合計約9名(それぞれの被害件数は割合。別途資料参照のこと)。  
――パルタスク学園某年度資料より 死亡・ロストに関する年度内報告なり。  
 
 
学生寮の設備のひとつに、パーティー単位で使える倉庫がある。生徒手帳と卒業証書があれば、母校のそれは卒業後も使用可能だ。  
ゼイフェアから遠く離れた古巣、パルタスクの寮に帰って来た一行。荷物の鑑定もとうに終わり、後は倉庫に詰め込んで解散のはずだが。  
「……ねぇ〜、お腹空いたぁ。ゴハン食べようよぉ〜」  
いつまでも沈黙した空気に耐え切れず、ヒューマンがぽろりと不満を漏らす。それでも無反応なパーティーを前に、今度は呆れたような溜息。  
「もうこの話やめにしない?だって、しょうがないじゃん!今日だけで何回したぁ?」  
「そんな事言ってたら、ここ三日で何回だ」  
「そうね……10回強ってところかしら」  
普段から目付きの悪いディアボロスだが、今日は一段と眼光がきつい。ノームが告げた回数を聞くなり、けっと唸って明後日の方を向く。  
キャプテンのフェルパーは愛用の鬼徹を小脇に抱え、腕組みをしたまま眼を瞑ってしまい地蔵のごとく微動だにせず。  
彼らがこの一室に集合し、椅子と机に陣取ってはや三十分。重い装備から制服に着替え、だがそれ以外は何ひとつやっていない。  
「……〜ああッ!たく、それもこれもクラ坊!」  
痺れを切らして罵声を飛ばし、思い切りテーブルを叩き付け、バハムーンが椅子を倒して立ち上がった。  
先程まで貧乏ゆすりに忙しかった脚でそのままずかずかと床を踏みつけ、一直線にクラッズのもとへ。  
「そもそもオマエがいつも通りなら、今頃はみんなでメシ食ってんだぞ!わかってんのか!」  
「…………」  
上から指をさされ怒鳴られるクラッズは、返事を返さずうつむいたまま。天空の弓を背負ったままで、バハムーンにつむじを向けている。  
狩人を先行する彼以外には、盗賊検定の資格を持つものがいない。したがってアンロックを頼らない場合、罠外しの全てはクラッズの仕事だ。  
ところが何を間違ったか、最近の彼はスランプであった。ありったけの盗賊装備を揃えても、せいぜい三割前後の成功率。  
それが延々と続いているものだから、もはや迷宮の探索そのものが危惧されているに等しかった。  
「他にできる奴なんかいないのに、オマエがそんなんでどうするんだよ!今日なんかスタンガスにかかって、キャプテンが無事でなけりゃどうなったか!」  
バハムーンの小言がなおも続く。唇を一文字にきつく結んだまま、クラッズはだんまりを決め込む。  
「だいたい、反省会なんてシロートのやることだ!一年坊じゃあるまいし、こんなことでイチイチ長々と!」  
「…………うるさい」  
「ああ?うるさいだあ!?クラ坊、自分の立場が解って――」  
クラッズはバハムーンが言い終わるより早く、背中に手を伸ばし弓を構えると、弦をめいっぱい引き絞った。  
「うるっ、さあああいッ!」  
甲高い声で怒りを吐き出し、眼を見開いて弓の緊張を解き放つ。  
いつの間に、どこから取り出したのか、天空の矢が一本装填されていた。  
 
クラッズが自らの腕を握っている。放たれた矢はバハムーンの頭上を抜け、天井に換気口を作っていた。  
仮にも竜殺しを想定して錬金された天空の弓矢。距離や狙いどころを考えても、直撃すればまず即死だろう。  
「……身内に得物向けていいなんて、どこのどいつに教わった」  
鞘付きの刀で弓ごとクラッズの攻撃を弾き飛ばしたフェルパーは、のしかかるような口調で暴走を戒める。  
「今度オレの仲間に同じことしたら……問答無用でぶった斬るぜ」  
「……っ」  
癖の強い頭髪が若干盛り上がり、尻尾に至っては針山そのもの。モンスターにすらめったに披露しない、フェルパー特有の激昂状態。  
威嚇を通り越して完全に殺気立っているフェルパーに睨まれ、クラッズは我知らず生唾を飲み込む。  
今まさに喉元へ食らいつかんとするプレッシャーに、バハムーンはもちろん取り巻きも冷汗を垂らす。  
「はァ……気に入らねぇ。今日はもう止めだ」  
怒りだか諦めだかわからない調子でぼやきを吐き、フェルパーは鬼徹を引っ込めた。  
ひとつだけあるドアへ踵を向けつつ、背中越しに今後の予定を伝える。  
「明日は休みだ。一日使って頭冷やしな。明後日は同じ時間に集合だぞ」  
そこまで喋りながら扉の目前まで歩くと不意に立ち止まり、振り返ってバハムーンを一瞥した。  
「ああそう、今日の倉庫番だけどな。バハ子、お前がやれ」  
「はあ?」  
彼らにとっての倉庫番とは「倉庫整理の当番」であって「倉庫の番人」という意味ではない。  
「あたしは昨日やったばかりだぞ?ていうか、今日はクラ坊の当番だろ!」  
「本人がそんなんじゃあ、とても任せらんねぇ。それと、かんしゃく起こした罰だ」  
もうそれが当然だとばかりに、返事を待たずフェルパーは行ってしまう。  
ドアが閉まる乾いた音が響くと、ディアボロスが舌打ちしつつ立ちあがった。  
顔の筋肉が眉間にしわを造り、相当苛立っているようである。力任せにドアを開け広げ、肩がすくむほど乱雑に戸を閉める。  
「あ〜あ!まったくもう、やんなっちゃう」  
おおげさに溜息をついてみせると、悪態を突きヒューマンも席を立った。  
あんまり面倒なコトに巻き込まないでね。と言い残して廊下の先に消えてゆく。  
「……じゃあ、先にあがるから」  
この一分弱の間で最も静かに部屋を後にし、ノームがいなくなり二人だけが残った。  
普段ならクラッズを膝にのせて抱き締めなかなか放さないバハムーンだが、互いの間にこれほど剣呑な空気が流れたことは一度もない。  
どちらも視線を合せることなくその場に立ち止まって動かなかったが、たまりかねたバハムーンが唐突に叫んだ。  
「あー、くそっ!何だってんだよ、ったく!」  
怒声を撒き散らし早足でドアへ向かい、ディアボロスより大きな音を立てて走り去る。  
クラッズは声をかけることも追いかけることもできず、誰もいない倉庫に立ち尽くしていた。  
 
「ここ、空いてる?ちょっといいかしら」  
一悶着のあった翌日、賑わう食堂のテーブルに突っ伏してちびちびとジュースをすするクラッズに、聞き慣れたチームメイトの声が聞こえた。  
「あっれー、珍しいね。いつもの相方は?」  
「私が一人でいるのって、そんなに珍しい事でもないわよ」  
向いの椅子に腰かけたノームに、やや皮肉めいた挨拶をする。しかし、今はすっかり無気力なため、頭も声のトーンも上がらない。  
基本的に全身造り物であるノームは飲食の必要がない。それでも中には変わり物がいて、わざわざ消化器官や味覚を付けたりするとか。  
湯気が立ち上るコーヒーカップをクラッズの目前に置いた我が隊のノームは、おっとり電波系の「変わり物組」である。  
「部屋にこもっているかと思ったら、こんなところで暇を潰しているなんてね」  
「クラッズの性だよ。人混みのが落ち着くんだ」  
「ふうん。私は一人の方が好きだけど」  
ノームは皿ごとカップを手に取り、まだ熱いであろうコーヒーに口を付ける。特に火傷を気にしなくてもよいのだろう。  
「まあ、あなただけでも元気そうでよかったわ。だいぶ打ちのめされてるみたいよ、バハ子」  
いきなりの発言と情報が耳を強打し、僅かな飲料で激しくむせ込む。  
というか、このうなだれる自分の姿を見て、元気そうだと評価するとは。  
「げほ、げほっ、ごむはっ!な、なにさ、いきなり!」  
「彼女、昨日は一晩中倉庫に居座って、結局帰って来なかったんですって」  
新聞の記事を朗読するように淡々と話を続けるノーム。もう何度も見たガラス玉の双眸に、心臓まで見透かされているようである。  
「ああは言っても、あなたと喧嘩にまで発展した事が相当なショックだったみたいね。おまけに最後は攻撃までされる始末」  
「だってさ、みんな罠の識別と解除がどんなに難しいか、解ってないんだよ。普段からボクに頼りっぱなしのくせに」  
「そうまで言うならなおの事よ。いつでも頼ってきた人物が、役立たずなんて思いたくないもの」  
無表情なままノームの口調が強くなる。凍てつくような、刺すような眼差しが、二つある眼球から降り注ぐ。  
ひるんだクラッズの隙を突き、さらに厳しい言葉でたたみかける。  
「少しでいいから考えてみなさい。斬るべき人が斬り、癒すべき人が癒し、支えるべき人が支える。それが冒険者のパーティーってものでしょう?」  
「…………」  
「例えがちょっと残酷だけど、バハ子からブレスと刀を奪ったら役立たずよ。スランプなのはともかくとして、少しは無力を認めるべきだわ」  
反論はできなかった。というより、ここで言い返すと、どんな名文句でも屁理屈と化す予感がした。  
しかし、現時点で盗賊技能の増強はいよいよ限界である。かといって、基本学科に戻るのも癪に障る。  
だとすると、残った選択肢はひとつ。能力的にも非力にならず、且つ目的を確実に達する手段は、盗賊技能のある上級学科。  
「ねえノム子、転科願いの受付っていつまで?」  
「日没が門限だったかしら。受理されるには半日かかるけど」  
「ごめん、あとで返すから支払いよろしく!」  
伝票を押しつけ早口で喋る間にも、すでに足先が出入り口を向いていた。得体の知れない感情に急かされ、体力を惜しまず全力疾走。  
走り出す直前に背後から、わずかだがノームの声が聞き取れた。  
「がんばりなさい。これはあなたと、バハ子だけの問題でもないのよ」  
 
倉庫の壁にもたれかかって体育座りで考え込むうちに、バハムーンはいつの間にか眠ってしまっていた。  
気づいたころにはもう夜が明けて、朝食をとるような時間でもなかった。というかもとより食欲などなく、倉庫から超完熟みかんをくすねたきり。  
一日くすぶった気分でいた挙句、自室に戻ってベッドに身を投げ出し、時計を見ればもう日没。天井を見つめてぼんやりとまどろむ。  
結局、寮に開けた大穴は、募金による弁償という形で決着を見た。これはヒューマンに聴いた話だが、もっと大事なことを尋ねる勇気は出なかった。  
「……クラ坊」  
ふと、口をついてクラッズの名が出る。一日顔を見ていないだけなのに、もうずっと会っていない相手に思える。  
あんなに悪く言ってやるつもりはなかった。他の誰かに怒鳴らせるくらいなら、自分が言ってやろうと思った。  
いや、違う。あたしはうぬぼれてたんだ。クラ坊が相手ならなにをしても平気だと、変なところで油断していたのだ。  
今ならクラ坊に謝れる気がする。きちんと詫びを入れて頭を下げて、それでいつものクラ坊なら許してくれるはず。  
この際つまらないプライドなど気にしていられない。早く起き上がって、あいつを探さないと。  
「やっと見つけたよ。ここにいたんだ」  
「え?」  
それは鼓膜になじんだ声だった。甲高い少年の可愛らしい音程。いつも抱きついて放さない相手の声。  
どこから聞こえたのかを考えるより早く、バハムーンはベッドに押さえ付けられる。叩きつけるというほうが近く、突然の加重にバネが強く軋む。  
「うわっ!むむう!」  
続いて両手を掴まれ口を封じられる。いずれも凄まじい怪力を誇り、バハムーンの抵抗を意に介さない。  
襲撃者は六本の腕を持ち、全身を布に包んだ人形のようだった。ぼさぼさとたわしのような髪を生やし、顔には切れ目が走っている。  
上段の二本に両の腕を抑えられ、中段の腕二つがバハムーンの顔を覆い、下段の一対が脚をベッドに押しつける。  
「そいつはカラクリ人形さ。武器も仕込んであるから、抵抗はやめときなよ」  
「……!」  
今度は声の方向がはっきり解った。唯一自由な両目を動かし、目線を自分の横に向ける。  
遊士の服と上忍の袴に身を包み、黒ずきんで顔を隠していても、バハムーンはすぐ正体に気がついた。  
「ついさっき転科の手続きも済んでね。ボクは狩人から忍者になったんだ」  
「むぐっ、むううっ!」  
「何か言いたげだけど、聴いてあげないよ。ブレスとかされたら大変だからね」  
クラッズは右手を持ち上げたまま、軽やかにベッドへ乗りあがってくる。手元で人形を操っているのだろうか。  
そのままゆっくり左手を伸ばし、制服に着いたリボンをほどく。身体のラインをくすぐったくなぞり、上に着た制服に指先をかける。  
「昨日はジャマが入ったからね。これからボクは、ひどいことをするよ」  
くぐもった声でそう告げると、一息にバハムーンの上半身を剥ぎ取った。  
 
上衣が脱がされるのと同時に、豊満な果実が大きく波打った。  
バハムーンの弾力ある女性の象徴は、学生の平均をはるかに凌駕している。  
「んん!」  
「あはは、相変わらずおっきいね」  
適当にからかうと、クラッズはそれに掌を置いた。しばらく撫で回していたかと思えば、急に乱暴な手つきで揉みしだく。  
「っつ!うむうっ!」  
「スゴイや。思いっ切り掴むと、指が埋もれちゃうよ」  
「んっ、うんっ、んんっ!」  
乳房はこれでも急所のひとつである。指が食い込む勢いで鷲掴みにされては、握られた部分は痛むばかりだ。  
身をよじるほどの苦痛を受けても、押さえこまれた状態のバハムーンはほとんど身を任せるばかりである。  
「へへ……あっれ?乳首、起ってきてるね」  
徐々に硬化している突起にクラッズが注目する。先端が尖りつつあるそれを凝視され、一層バハムーンの顔が紅潮した。  
「はは〜ん。さては、犯されてるのに感じちゃってんだ〜?」  
「ん、んぐぅ……んむぅ!」  
またしてもバハムーンの身体が跳ねる。口元の覆いをずらしたクラッズが、桃色の先に舌を這わせたのだ。  
舐め取るような舌使いから、大口を開けてむしゃぶりつく。強烈な吸引と甘噛みとを繰り返し、バハムーンの乳首を捏ねくり回す。  
決して不快な感覚ではないのだが、これではレイプも同然である。巧みな前遊にも素直に悦べない。  
「はむっ、ちろちろ、じゅるる……あ〜、おいしい」  
「んぐ、んむうう!」  
「れろれろ、んじゅる……っぱあ。ふふふ、ホントにイイ身体してるよね」  
クラッズが上目使いでいたずらに笑う。もはや完全に悪人面だ。黒い影がかかったような、今までに見たこともない企んだ表情。  
その顔は未知の不安を与え、謎の恐怖心がバハムーンを包み込む。怯えや、寒気がいっぺんに襲いかかる。  
フィアズにかかったら、きっとこんな感じだ。困惑するバハムーンをよそに、クラッズの手先がスカートに伸びた。  
人形が強引に股を開かせ、はしたなく開脚した格好になった。小さな指が下着に侵入し、すでに湿った肉の芽をなぞる。  
「ん、ん〜!」  
「ほ〜ら、やっぱり。もうグチャグチャだ」  
言うが早いか、二本の指を挿入し激しく内部を掻きまわす。容赦のなさに悲鳴を上げそうだが、呻き声しか出てこない。  
「指だけでもうキッツキツだよ。たっぷり濡れてるし、イキそうなんでしょ?」  
「うんん、うむ、ん〜!」  
「ココ、イイんでしょ?オッパイといっしょにシテあげるよ。ほらほら、ボクの指でイッちゃいなよ!」  
「んぐ、ん、ん、んん〜〜っ!」  
手淫に耐え切れず絶頂し、身体が弓なりになって果てても、ろくに喘ぐことすらできなかった。  
細指の責めに潮を吹き、しばらく痙攣が止まらずにいた。  
 
「うわ〜、すっごい。ほら見て。ビチャビチャだよ」  
指を引き抜いてバハムーンに見せびらかし、わざとらしく粘着質な音を立てる。  
満足気に微笑むクラッズからしてみれば、してやったりといったところか。  
「あむ、んん……いいね。発情したメスの味だ。よっぽどムリヤリなプレイが好きなんだね」  
「…………」  
「さてと、今度はボクがシテもらう番だ。ここらで深呼吸ぐらいさせてあげるよ」  
クラッズが払うように右手を動かすと、人形が口元から腕をどけた。  
ようやく自由になった喉元に大量の空気がなだれ込み、呼吸すら不満足だった状態からひとまず解放されたことになる。  
それでも絶頂の余韻といまだにバハムーンの精神を縛る緊張感が、深呼吸を息苦しい過呼吸にしてしまう。  
「っは、げほっ、げほっ!はあ、はあ……」  
「あんまり休んでられないよ。すぐに喉の奥を塞いであげるからね」  
左手だけで器用に袴を脱ぎ、クラッズが下半身を露わにする。すでに充分な主張をしており、これからの行為は想像に容易い。  
「ほら、しっかりして。まだ本番もやってないんだから、バテるには早すぎるよ」  
「……どうして……なんだよ」  
「え?」  
ぽつぽつと話し始めたバハムーンの頬には、透明な水滴が縦に筋を描いていた。  
酸素の吸引さえ満足でないのに、嗚咽を漏らしながら喋り続ける。  
「あたしが嫌いになったなら、面と向かってそう言やいいだろ!パーティーから外されたって構わないし、いっそクラ坊に殺されるなら本望だ!」  
「な、なに……言ってるのさ」  
「わざわざこんなマネしなくったって、クラ坊はもうあたしを知ってるだろ?どうしちまったんだよ、クラ坊ぉ……」  
泣きじゃくったバハムーンの姿を見た者など、パーティーの誰一人としていないだろう。そもそもこんな痴態もクラッズしか知らない。  
普段は強気な彼女が号泣し、必死になって訴えている。クラッズに真性の強姦癖があったら、鳥肌が立つほど興奮する場面だろう。  
小さなレイパーは沈むように下を向き、小さな手を力の限り握り締めた。  
「そんなの……決まってるじゃんか」  
頬や顎の筋肉を力ませ苦虫を噛み潰したような顔をして、くっと面を上げクラッズが叫ぶ。  
「気持ちイイからに、決まってるじゃんか……バハ姐が好きだからに、決まってるじゃんか!」  
唇を震わせて絶叫すると、大粒の滴が眼尻から零れ落ちた。  
呆気にとられ半口を開けた間抜け面のバハムーンそっちのけで、クラッズは勝手に言葉を連ねる。  
「ボクだって、バハ姐大好きだから!ハブるとか殺すとか、そんな方法で仕返しなんてやれっこないよっ!」  
それにボクはもうバハ姐とシてるから、たいして思いつめることもないじゃん。ボクが思いついた報復なんて、こんなもんしかなかったんだよ。  
バハムーンよりも多くの涙を流し、より大きな声でクラッズは嘆いていた。  
 
「やっと……名前で呼んでくれたな」  
慌てて涙をぬぐうクラッズに、バハムーンが優しい声で呼びかけた。  
「クラ坊、思いっきり抱き締めてやる。だから、このおもちゃをどけてくれないか?」  
「あ……うん」  
恥ずかしいのか目線をそらしたまま、すっとクラッズの右手が上がる。とたんに文字通り糸が切れたように力無く人形が崩れ落ちた。  
バハムーンはそれを掴んで床に投げうち、諸手をあげてクラッズに跳びかかる。  
「この、大バカヤロー!」  
「う、うあっ、うわあああ!」  
「ああ、怖かったっ……マジでどうなるかと思ったじゃねえか、ったくこんちきしょう!」  
二人して涙腺が崩壊し、おいおいと喚きながらきつく抱き締め合う。  
本当に思い切り抱擁されたクラッズは背骨が折れる思いだったが、そんなことはもはやどうでもよかった。  
肌の弾力や温もり、何より愛する女性の香りに全身を包まれ、背中の痛みすら愛おしく感じたのだ。  
「あうっ、大好き!バハ姐大好きっ!」  
「ああ〜もう!愛してるぜ、クラ坊っ!」  
抱きあったまま大好きと愛を連呼し、戦争に出た恋人と再会を果たしたような騒ぎで泣き続けた。  
しばらくしてバハムーンの涙は引っ込んだが、依然としてクラッズは彼女の胸を濡らしている。  
「はあ〜……それにしたって、クラ坊」  
収拾がつかないクラッズの耳元に、眼を赤くしたバハムーンが囁く。  
「ぐす……なに?」  
「お前、忍者の才能はあっても、レイプの素質はからっきしだな」  
「えへへ……相手がバハ姐だからだよっ」  
軽口を挟んでにっと歯を見せるクラッズ。無垢な少年そのものの笑顔は、見慣れたいつものクラッズだった。  
つっかえていた不安が全て抜けおち安心しきったバハムーンは、頭を垂れ始めた彼の股間に手を触れた。  
「ひゃっ!ば、バハ姐!?」  
「ほんとにあたしのコト大好きなのか……こっちで教えてくれないか?」  
身を乗り出し若干眼を細めて誘惑する。クラッズは照れた顔で頷き、か細い声で生返事を返す。  
指先で上下にさすってやると、すぐに先程までのサイズを取り戻した。  
「ああ……バハ姐の指、気持ちイイ……」  
「どんどん硬くなってきてるな……さっきより大きくなってるんじゃないか?」  
「バハ姐、お願い……もう挿入れさせて……」  
「ん……いいぞ。めいっぱい、よくしてくれ」  
肉棒から手を放しベッドに横たわると、自らの指でバハムーンの秘部が開かれる。  
クラッズはそれに自身を押しあて、体重を乗せて一息に貫いた。  
たっぷりと湿り気を帯びたバハムーンが、クラッズを抵抗なく包み込んだ。  
 
「あはあっ!は、挿入った……っ」  
「バハ姐の、すごい……アソコがきゅうきゅう締めつけてくる……っ」  
繋がっただけで身悶えるクラッズ。一度は果てたバハムーンの蜜壺が、求めていたものを受け入れて歓喜している。  
熱い液体に満ちた内壁に締めつけられる感触をほとんど生殺しだった陰茎に与えられ、それだけで軽く達しそうになった。  
「はあぁ……たまんないよ、バハ姐ぇ……」  
「ああん、きて、クラ坊。もう、我慢できない」  
「う、うん……動くよ」  
股下に多少力を入れながら、ゆっくりと腰を動かし始める。  
何しろ辛抱がきくぎりぎりの快感なので、気を抜けばすぐに肝心なものも抜けてしまう。  
バハムーンを少しでも早めに導こうと、序盤からクラッズは激しい行為に及ぶ。  
「はんっ、ああっ!クラ坊、い、いきなり……ああんっ!」  
「はぁ、はっ、気持ちイイよバハ姐!グチャグチャでヌルヌルで、サイコーだよっ!」  
「く、クラ坊のも、硬くておっきくて……ふああっ!奥まで届いてるう!」  
「バハ姐!もっと、もっとやらしい声聴かせて!」  
淫らな言葉を撒き散らしながら、部屋中に甘い空気が充満していく。  
バハムーンはクラッズに抱きついて放さず、離ればなれだった両者の存在を確かめ合うように肌を擦り合わせる。  
「クラ坊、キスして!キスしてくれえっ!」  
だらしなく舌を晒しバハムーンが接吻を要求する。以前まぐわったときもそうだったが、山場でキスをするのが好みらしい。  
軽く頷いてクラッズもそれに応える。唇よりは舌を重ねる口付けで、くちゅくちゅと水っぽい音が耳に染み入る。  
十数秒と続いたディープ・キスの末に、クラッズの男根に限界が見えてきた。  
「んはっ、バハ姐、ボクもうイキそう!顔に、バハ姐の顔に射精したい!」  
「あっ、イイぞ、クラ坊!好きなところに、イキたいところにいっぱい射精してぇ!」  
「あーイク、ああーイクッ!バハ姐……うああっ!」  
最後にひと際強く腰を打ち付けると、爆ぜる寸前の自身を引き抜く。急いでバハムーンの口元にそれを運び、解放された咥内に亀頭を向けた。  
待ち構えていたように喉の奥までクラッズの分身を咥え込み、極限まで敏感になったそれを吸い出すが如く舐め上げる。  
「うはっ!ああぁ〜!すごっ、止まんない……バハ姐、それダメえ……っ」  
「ん……ちゅぽ。はあん、クラ坊のザーメンおいしい……」  
「ふあ……腰が抜けて……力入んないよ……」  
「んふふ……じゃあそのままじっとしてろよ。今夜一晩、抱き枕にしてやる!」  
満面の笑みで抱き締められるクラッズと、本気で夜明けまで自分の部屋から出すまいと目論むバハムーン。  
まだまだ二人の熱い夜は続くのだが、ここまでの一部始終を窓から覗き込み静かに立ち去る観察者の存在には、後にも先にも気付くことはなかった。  
 
 
「カン!……きゃー!リンシャンスッタン、清老頭!32000点オールぅ!」  
「ダブル約満……だと?」  
「はいはいチートチート」  
「……なんという神配牌」  
「あははっ、独り勝ちぃ〜!や〜ん、今晩何奢ってもらっちゃおっかな〜」  
フェルパーの故郷では「4人で遊ぶならコレ一択」なボードゲームをやっていた一行だが、最後はヒューマンの豪快な皆殺しに終わった。  
一撃で開始前の持ち点すら枯渇させる非常識な大当たりが、冗談半分でディアボロスが口にした「負けたヤツは晩飯奢り」を、さも贅沢な賞品にしてしまう。  
当の本人は慌てて懐の温度を確認し、ノームは軽く嘆息するのみ。しばらく渋い顔だったフェルパーも、負けを認めるとがっくりとうなだれた。  
「あら、お帰りなさい。どうだった?」  
背後の気配を機敏に感じ取り、ノームが窓の方へと振り返る。鍵を開けてやろうと歩み寄った先には、ウサギのような生物が一匹。  
召喚士が契約した使い魔は、必ずどこかに所有者のサインがある。魔兎獣の耳に描かれた眼が点のコミカルで愛らしい大蛇は、彼女直筆の目印だ。  
「……そう。お疲れ様」  
「なんて言ってた?」  
「官能的に仲直り出来たそうよ」  
それを聞くとフェルパーとディアボロスが笑い飛ばし、ヒューマンは手を叩き大袈裟に喜ぶ。  
任務を全うした魔兎獣を抱き抱え、膝に乗せて牌の並ぶテーブルの椅子に座る。召喚獣の言葉が解るのは、召喚士であるノームだけである。  
「ふう。それにしても、恐れ入ったわ。キャプテン、あなた本当に策士ね」  
「あん?」  
「最初からこうなるって解ってて、二人に喧嘩させたんでしょう?」  
「……まあな」  
謙遜気味に返事をするフェルパー。居合わせた二人も会話に参加する。  
「だよね〜。いくら罠にかかるからって、散々いっしょにやって来た手前、今更転科してくれなんて言えないもん」  
「それでもクラ坊とバハ子がケンカ始めるまで部屋にカンヅメって作戦は気に入らない。まったく、俺まで待ちくたびれたぞ」  
「御両人が人情家で、しかも恋仲だったから可能な作戦よね。あのテーブルでクラッズが走り出さなかったらと思うと、ぞっとしないわ」  
口ぐちに一連の作戦行動と、計画通りのエンディングに評価が出る。ある程度否定的な部分はどうあれ、全体的には満足の行く結果だ。  
立案者のフェルパーはしばし得意気な顔をしていた。キャプテンってすごいよね、とヒューマンから賛美の言葉が出ると、確信的な面持ちで答えた。  
「狐の妖術、尻尾の数まで。猫の妖術、歳の数まで」  
「え?な〜にそれ」  
「むか〜し昔の御先祖様が、一族に残した言葉だそうだ。かつてのフェルパーは歳をとるたびに、ひとを騙す力を増していったらしい」  
「一子相伝の猫騙し、ってか。それじゃあ上手く行くわけだわなぁ」  
「当然だろ。オレを誰だと思ってんだ」  
賄賂を受け取った悪代官か、一仕事終えたやくざ者を思わせる。半眼を開いて語る普段は中立のフェルパーは、悪党意外の何者にも見えない。  
「謀ってのは成功して当然だろ。お前らとは種族として他人を騙してきた年季が違うんだよ。阿呆どもが」  
いつも腰に差している鬼徹が、数倍怖ろしいもののように見えた。  
例の二人は翌朝まで顔を見せず、残った四人で食事に行くころには空高く月が昇っていた。  
 

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