新入生を迎えたクロスティーニ学園。生徒達はクラス分けをされ、主にそのクラスの中でパーティを組み、冒険を始める。  
時には、クラスを超えてパーティを組むこともあり、あるいは特にパーティを組まず、一人で冒険をはじめる者もいる。いずれにしろ、  
既に新入生の大半はパーティを組んで冒険を始めており、まだパーティを組めていないという者は、ほとんどいない。  
彼女は、その少数派の一人だった。浅黒い肌に湾曲した角、そして赤い瞳を持つディアボロス。多くの種族から嫌われ、また彼女自身、  
戦士らしく無骨な性格であり、他の仲間のように、要領よくパーティに入ることが出来なかった。  
パーティを組まねば、危険は大きい。それでも組めない以上、一人で冒険を始めるしかないかと、彼女は思い始めている。  
いつも通り、夕食の時間をだいぶ過ぎた頃に学食へ行く。中に入ってみると、生徒はほとんどいない。一つ、四人組の座った  
テーブルが多少賑やかであるぐらいで、他にはぽつぽつと二人組や、勉強がてら飲み物を飲んでいる生徒ぐらいしか居ない。  
そんな人気のない学食の、さらに人の少ない場所を選んで座る。やはり、周囲に人がいない方が、彼女は落ち着けた。  
時間帯を外した学食は静かである。そんな中で、四人組の会話はひどく目立つ。  
「よく食べるねえ、二人とも」  
クラッズが感心したように呟く。それに、ヒューマンとドワーフが答えた。  
「そりゃあ、腹減ってるしな〜」  
「ご飯いっぱい食べないと、大きくなれないもんね」  
「それは身長の話かい。それともバストの話かい」  
そう返したノームに、クラッズがいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。  
「ノーム君、それセクハラって言うんじゃよ。あとで先生に言ってやろ」  
「オーケー、僕が悪かった。それは勘弁してくれ」  
そうは言いつつ、ノームはあまり反省していなさそうな、口元だけの笑みを浮かべている。そんな彼等を見ていると、少し羨ましい  
気がした。ああいった軽口を叩ける相手など、ディアボロスは今まで会ったことがない。  
だがすぐに、自分には関係ないことだと思い直し、ディアボロスは食事に集中する。サラダを食べ、ステーキにかぶりつき、二枚目の  
ステーキに手を付けた瞬間、不意に人の気配を感じ、顔を上げた。  
そこには、四人組の一人であるノームが立っていた。  
「食事中、失礼。食べながらでいいから、聞いてくれるかな」  
「……手短に頼む」  
相手を警戒するように、ディアボロスは目だけをノームに向けたまま、ステーキを口に運ぶ。  
「ならストレートに言おうか。まだ君が一人なんだったら、パーティの仲間にならないかい」  
「お前のか。他の奴等はなんと言っているんだ?」  
三人をちらりと一瞥し、ディアボロスは尋ねる。  
「世間一般の、君に対する評価と似たようなものだよ」  
「ずいぶん素直に答えるじゃないか。学科は?」  
「僕とドワーフが普通科、クラッズは人形遣いで、ヒューマンがレンジャー。今のパーティは、この四人だけでね」  
たった今耳にしたことを疑うように、ディアボロスは驚いたような顔でノームを見た。  
「普通科二人に、人形遣いにレンジャーだと?私は戦士学科だ、あまり歓迎はされないんじゃないのか」  
「人数が増える事に関しては、大歓迎だよ。それに今更、種族も学科も、選り好みなんかしてられない。君だって、まさか一人で  
冒険しようと考えてるわけじゃないだろう」  
「……その覚悟は、あるつもりだが」  
そうは言いつつも、やはりそうしたいというわけではなく、ディアボロスは困ったように視線を逸らした。  
 
「……まあ、そうだな。私としても、仲間は多い方がいい。誘いは受けると、仲間に伝えてくれ」  
「よし、話は決まったね。でも、それは僕じゃなくて、君が直接伝えてくれ」  
ノームの言葉に、ディアボロスは再開しようとした食事の手を止めた。  
「……は?」  
「君はもう仲間なんだ。こっちに来て、一緒に食べよう」  
そう言われると、ディアボロスは少し不機嫌そうな顔になった。  
「悪いが、それは断る。歓迎されないとわかっている相手と、わざわざ一緒に食事などしたくない」  
「他三人はそうでも、僕は大歓迎だ。それでも嫌かい」  
「……ノームという奴は、断りづらい状況を作る天才だな」  
呆れたように言って、ディアボロスは料理の乗ったトレイを持ち、席を立った。  
彼女が近づくと、ヒューマンとドワーフは少し表情を硬くし、クラッズはあからさまに嫌そうな顔をした。  
「明日から、一緒に来てくれることになったよ。自己紹介、よろしく」  
「……戦士学科所属だ。よろしく頼む」  
「ああ、うん……よろしくね」  
「ああ、よろしく…」  
が、クラッズだけは返事を返さず、ムスッとした顔でディアボロスを睨んでいた。ややあって、ようやく口を開く。  
「あたしは、正直あんまり歓迎しないよ。でも、贅沢は言えない立場じゃもんね」  
「ふん、何とでも言え。贅沢の言えない立場というのは、私も同じだ」  
「……やな奴!」  
吐き捨てるように言い、クラッズはぷいと横を向いた。  
「とにかく、明日から一緒に冒険するわけだから、みんな徐々にでも慣れてくれ」  
そう言うノームの口元には、この状況を楽しんでいるかのような笑みが浮かんでいた。そんな彼を見ながら、一行はそれぞれ、  
彼にいい様に遊ばれているような、なんとも微妙な気持ちを感じていた。  
ぎこちない挨拶と食事を終えると、五人はそれぞれの部屋に戻った。  
ディアボロスは荷物を置くと、ベッドにぼさっと倒れこんだ。そして、一つ大きく息をつく。  
―――仲間、か。  
今まで、そんなものができるとは、夢にも思わなかった。できることを願ってはいたが、どうしても自分からは距離を置いてしまい、  
また他の種族からもいい目では見られない。それで結局、一人旅を始める決意を固めていたが、どうやらそれは回避できたらしい。  
―――明日が、楽しみだな。  
そう思うと、自然に笑みがこぼれた。そうして明日からの日常に思いを馳せるうち、いつしかディアボロスは、すうすうと寝息を  
立て始めていた。  
 
翌日の探索は、地獄と言っても過言ではなかった。誰もヒールを使えず、一つのアクセサリを全員で使い回して回復し、おまけに戦力も  
あるとは言えない。素早い相手に対しては、ディアボロスがひたすらにブレスを吐き続け、何度も酸欠を起こしかけた。  
しかも、なまじヒールが使えないだけに、魔力が尽きたので学園に戻るということもなく、それこそ死者が出る一歩手前まで、彼等は  
戦い続けた。  
「ヒューマン、大丈夫かい」  
「し……死ぬかと思った…」  
「トカゲの像あってよかったねー」  
「とにかく、もう今日はおいしいもの食べて、さっさと寝ちゃお。あたしも何回か前に出たし、ちょっと疲れたよ〜」  
 
そんな彼等に、ディアボロスはぼそりと言った。  
「私は、先に帰って休ませてもらう」  
「ディナーはご一緒できないのかい」  
「ああ。もう寝たい」  
「勝手じゃな〜。ま、あたしはいいけど」  
「でも、少しぐらい食べなきゃ、体壊しちゃうよぉ」  
「……おにぎりぐらいなら部屋にある。じゃあ、また明日」  
それだけ言うと、ディアボロスは仲間から逃れるように、さっさと部屋に戻った。  
実際、もう今にも倒れそうなほどに、全身疲れ切っていた。彼等に言ったことは嘘ではない。  
しかし何より、その状態で、これ以上彼等といるのは限界だったのだ。ヒューマンとドワーフは少しぎこちない態度だし、クラッズは  
あからさまに自分を嫌っている。そんな相手と一緒では、心休まるわけがない。  
寮の部屋に戻ると、武器だけはそっと壁に立てかけ、荷物は無造作に床へと放り投げる。  
武器を振り回し、ブレスを吐きまくり、一日中戦い続けたおかげで、今日はだいぶ汗をかいていた。口には出さなかったものの、  
その汗が染み込んだ服を着ているのは、あまり気分がよくなかった。  
ドアに背を向けたまま、ディアボロスは戦士らしく豪快に制服を脱ぎ捨てた。上着とスカートを放り投げ、下着姿になると、何とも  
すっきりとした開放的な気分になる。やはり、部屋で一人になれたと思うと、気が楽である。  
大きな胸を包むブラジャーも外し、ベッドに放る。そして少し前かがみになり、ショーツに手をかけ、引き下ろす。  
その時、突然ガチャリとドアの開く音が聞こえ、ディアボロスはショーツを半分脱ぎかけたままの姿勢で振り返った。  
そこには、フェルパーの男子生徒が立っていた。何だかポヤーっとした表情で、ディアボロスを不思議そうに見ている。  
「……あれぇ?」  
のんびりした声で呟くと、彼は手に持った鍵を見、ドアの番号を見た。  
「間違えちゃった。ごめんね」  
そう言うと、彼は何事もなかったかのようにドアを閉めた。あまりに突然のことで、ディアボロスはしばらく思考が停止していたが、  
やがて状況を理解するにつれ、その顔が真っ赤に染まっていく。  
「な……な、な、なな、なっ…!」  
一瞬後、ディアボロスは大慌てでショーツを引き上げ、スカートを穿き直し、ブラジャーをつけずに上着を着ると、ボタンを互い違いに  
かけ直し、武器を持ってドアに飛びついた。そして廊下に出ると同時に、どこかのドアがパタンと閉まる音が聞こえた。  
もう、廊下はすっかり静寂に満ちていた。人の気配もなく、ドアが開く様子もない。  
ディアボロスは部屋に戻り、武器を再び壁に立てかけた。着直したばかりの服を脱ぎ、部屋着に着替える。  
「………」  
その顔は、まだ赤い。それどころか、その目には僅かに涙が浮かんですらいた。彼女はベッドに座ると、大きく息を吸い込んだ。  
「ちくしょーーーーっ!!!」  
沸き立つ怒りと恥ずかしさの入り混じった悲痛な叫びが、寮の中に響き渡った。  
 
翌朝、五人は学食で一緒に食事をしていた。せっかくだからとノームが誘ったのだが、この日のディアボロスはいつにも増して  
不機嫌そうだった。  
「なあ、お前……なんか、あったのか…?」  
ヒューマンが遠慮がちに尋ねると、ディアボロスはギロリと睨んだ。  
「……うるさい」  
「おお、怖…」  
「どうしたの〜?昨日はそんなに怖くなかったのに」  
「……やかましい」  
そっけなく答え、ディアボロスは朝食を詰め込むように掻き込み始める。ドワーフにも劣らぬ速度で食事を終えると、彼女は大きく  
息をついた。正直なところ、ディアボロスは、今日は冒険になど行ける気分ではなかった。夕べのことがどうしても頭にこびりついて、  
朝からひどく不快な気分である。思い出すとまた、怒りが蘇る。  
 
気を落ち着けるように、ディアボロスは大きな溜め息をつくと、水を一気に飲み干す。タンッと音を立てて、グラスをテーブルに  
置いた瞬間、一人の生徒が目に留まる。  
「……あいつは…!?」  
間違いなかった。大きな耳に、すらりとした尻尾。そしてあのポヤーッとした表情は、昨日部屋に入ってきた彼に間違いなかった。  
「貴様ぁ!!」  
その瞬間、ディアボロスは既に立ち上がっていた。驚く仲間を無視し、つかつかと足早に彼に近寄ると、突然その胸倉を掴み上げる。  
「わっ、あの、何…!?」  
「『何?』だと!?貴様、昨日は、よくもっ…!」  
ディアボロスが呻くように言うと、フェルパーは困ったような目で彼女を見る。周りの生徒は何事かと、遠巻きに二人を見つめている。  
「だから、ごめんってばぁ。間違えちゃっただけだよ」  
そう言う彼の表情は、相変わらずポヤーッとしたものである。それがますます、ディアボロスの怒りに火をつける。  
「間違えただけだぁ!?そんなことで、許されると思うか!?」  
「……謝ってるのに…」  
相変わらず、表情は変わっていない。が、そこでディアボロスは気付いた。  
顔の表情には、ほとんど変化などない。少し困った目をしている程度である。だが、尻尾は力なく垂れ下がり、耳はペッタリと後ろに  
寝ており、何より彼は僅かに震えていた。  
そんな彼を見ていると、何だか怒りも徐々に鎮まってしまった。どうにもボーっとした男だか、妙に憎めない。  
「……ふん。どうも毒気を抜かれる奴だな、お前は…」  
ディアボロスが手を放すと、フェルパーはホッと安堵の息をついた。  
「ディアボロス、どうしたんだい。君の不機嫌の原因と、何か関係があるのかい」  
そこに、ノームがやってきた。詳しい話などしたくなかったので、ディアボロスは慌てて言い繕う。  
「あ、あ、いや、まあな。昨日、部屋を間違えられて、ちょっとな…」  
フェルパーはさりげなくディアボロスから離れると、ノームの隣に隠れるようにして並んだ。  
「なるほど。プライベートな場所に入られるのは、気分のいいものじゃないからね。でも、彼も謝ってるんだし、許してあげれば  
いいじゃないか」  
「……ふん」  
ディアボロスがプイッと横を向くと、ノームは隣の彼に話しかける。  
「いきなり悪かったね。でも、女の子の部屋にいきなり入ったら、そりゃ誰でも怒る」  
「うん、ごめんね」  
素直に謝る彼は、改めて見るとさほど悪い感じはしなかった。  
「ところでいきなりだけど、君はパーティに入ってるのかい」  
「ううん、まだだよ」  
「よし、じゃあこれも何かの縁だ。僕達のパーティに来ないかい」  
「は!?」  
ノームとフェルパー以外の全員が、驚いて彼の方を見た。が、ノームはどうやら本気らしい。  
「あ、いいの?入れてくれるなら、嬉しいなぁ」  
「おい、ノーム!いくらなんでも、誰彼構わな過ぎ…!」  
「もう、一人でいるような貴重な人材は少ないんだ。この際、とにかく六人集める方が先決だろう」  
「ヒュマ君、もう無理無理。あいつはたぶん、言い出したら聞かない人でしょ?」  
「よくわかってるなあ……ま、いいよ。あいつの言うことも、一理ある…」  
「人見知りするんだよね、あの種族って。でも、あの子はそんなに嫌じゃないかな」  
 
話もまとまったようで、ノームは改めてフェルパーを見つめる。  
「話は決まりみたいだね。それじゃ、これからよろしく」  
「うん、よろしく」  
ディアボロスはまだ不機嫌そうだったが、やがて少し落ち着いた声でフェルパーに言った。  
「まあ、いい。部屋に入ったことは水に流してやる。だがな、お前はもう一つ、謝ることがあるんじゃないのか?」  
「ん〜?」  
そう言われ、フェルパーは耳をパタパタしながら考えていたが、やがて何かに気付いたらしく、耳がピンと立ち上がった。  
「あ、わかった」  
ディアボロスに向かって、フェルパーは頭を下げた。  
「お尻見ちゃって、ごめんなさい」  
パァン、と乾いた景気のいい音が、学生で賑わう朝の学食全体に響き渡った。  
 
初めの森の中で、一行は相変わらずモンスター退治に精を出していた。フェルパーは格闘家であったため、前衛は彼とディアボロスと  
ドワーフが務め、ヒューマンとノームとクラッズが後衛を務める。  
手数が増えたことで、少しは一行の負担も減っている。それでも、ノームは浅場で狩りをし、今日は学園に戻ろうと主張していた。  
だが、ディアボロスがそれに猛反対を示す。  
「まだ、僕達には奥に行くのは早いだろう。今日は戻るべきだよ」  
「嫌だ!絶対戻らないぞ!というか、しばらく学園には帰りたくないっ!」  
顔を真っ赤にし、涙目になりながら、ディアボロスはそう言って譲らない。朝の学食で、大勢の生徒に事件のことを聞かれたのが、  
恥ずかしくてたまらないのだ。  
「あの……ごめんね。だって、それ謝るんだと思ったから…」  
「だからって、内容まで素直に言う奴があるかぁっ!!……グス、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ…」  
「ごめんなさい…」  
フェルパーの頬は、未だに真っ赤な手形がついている。そんな二人に、他の仲間は笑いを隠せない。  
「ははは。フェルパー、お前なあ、そういう時は単に『ごめんなさい』でいいんだよ」  
ドワーフは遠慮がちに笑いながら、ディアボロスにそっと近づく。  
「うふふ。でも、よかったぁ。何だか、ディアボロスちゃんって近寄りがたい感じだったんだけど、やっぱり女の子だったんだねぇ」  
「う、うるさい!黙れ!」  
「がさつじゃけどね〜。人並みに恥ずかしいって感覚はあるのね。さすがに同情はするけどさ」  
結局、あまりに強硬な反対にノームが折れ、一行はジェラートタウンまで向かうこととなった。途中、電撃床を踏んだり、ダストの群れに  
出会ったりと苦戦しつつも、辛うじて全員無事にたどり着くことが出来た。  
「あー、きつかったぁ。あたし、電撃の踏んだときは、もうダメかと思ったよ」  
「せっかくここまでたどり着いたんだ。ディアボロスのこともあるし、しばらくはここに滞在して、鍛えることにしようか」  
「……そうしてもらえると助かる。ほんとに」  
「とにかく、今日はもう休もうぜ。疲れたよ」  
その言葉には、全員が賛成だった。一行は重い足を引きずり、宿屋にたどり着くとすぐ部屋を取り、食事もせずに寝てしまった。  
それから一週間ほど、一行はジェラートタウンに滞在し、モンスターとの戦いに明け暮れていた。その甲斐あって、一行はそれぞれに  
力をつけ、初めの森程度であれば、それほど苦戦しないくらいに成長していた。  
「やったぁ、ヒール覚えたよ!早く使いたいな!」  
ドワーフが弾んだ声で言うと、クラッズが少し意地悪そうな目をする。  
「でも、ドワちゃ〜ん?ヒール使うってことは、誰か早く怪我しろってことじゃよね〜?」  
「え?あっ、そ、そういうわけじゃ……ないんだけど、その……えっと…」  
「ははは、気持ちはわかるぜ。俺が怪我したら、その時は頼むよ」  
「うんっ!」  
ヒューマンの言葉に、ドワーフは目を輝かせている。そんな彼女を、クラッズとノームが笑いながら見ている。さらにその二人を、  
フェルパーとディアボロスがやや遠巻きに眺めている。  
 
「楽しそうだねぇ」  
「そうだな。それより、もっとシャキッと出来ないのか、お前は。肩を並べる相手がそんなでは、とても安心できん」  
「大丈夫だよ。ちゃんと警戒はしてるもの」  
「……信用ならん」  
相変わらず、ディアボロスはフェルパーにきつく当たっている。本人がきっちりした性格であるため、このぼんやりした男がいまいち  
信用できないのだ。それに、以前裸を見られたこともあり、ついつい彼にはきつくなりがちである。  
「ところで、そろそろ学園に戻らないかい。何かカリキュラムがあるかもしれないし、それを見逃したら洒落にならない」  
ノームが言うと、ディアボロスは少し困った顔になった。  
「う……それは、確かに、まあ……そうだな、そろそろ、いいか」  
「久しぶりに、学食でご飯ー。何食べよっかなあ」  
そう言ってうっとりとした目をするドワーフに、クラッズが笑いかける。  
「ドワちゃんはやっぱり、真っ先にご飯が思いつくんじゃのう」  
「ご飯より、カリキュラムの心配するべきだと思うんだけどな」  
「カリキュラム……かりきゅら…………カニクリームコロッケあるかなー」  
「人の話を聞いてくれないか、そこのファズボール」  
そんなやり取りをする仲間を見つめ、ディアボロスは溜め息をついた。正直なところ、あまり気は進まないのだが、戻らないわけにも  
いかない。  
「学園、久しぶりだねぇ」  
「うるさい黙れ。お前は喋るな」  
「うん、わかった。ごめんね」  
「それじゃ、そろそろ行こうか。ディアボロス、フェルパー、前衛は頼むよ」  
今日辺り、クロスティーニが火事にでもならないかな、と、ディアボロスは本気で思っていた。  
 
日がやや傾き始めた頃、一行はようやく学園にたどり着いた。例によって、電撃床を何度か踏んだおかげで、ノームを除く全員が  
それなりに疲労している。  
「うっへぇ〜、疲れたぁ……ドワーフ、ヒールありがとな…」  
「ううん、いいよー。えへへ、初めてヒール使えて、嬉しかったな!」  
ドワーフは元々体力があり、踊るトカゲの像を優先的に持たせてもらえたため、学園に着く頃にはすっかり元気になっていた。  
「二回までは何とかなるけど、三回踏んだら、あたしの体力じゃ、あの世行きじゃね……ノーム君、助かったよ…」  
「クラッズちゃん、大丈夫?」  
「飛べない種族は大変だね。今度何か対策を考えよう」  
そんな彼等を、フェルパーとディアボロスはやはり、やや遠巻きに見つめている。  
「みんな、ご飯どうするの?」  
フェルパーが尋ねると、クラッズが疲れきった目で答える。  
「あたしはパス……も、寝たいわ…」  
「あ、じゃあ私は、クラッズちゃん部屋に送ってくるよー。クラッズちゃん、おんぶしてあげる」  
「恥ずかしいからいい……って言いたいところじゃけど、お願い…」  
クラッズを背負うと、ドワーフは仲間にニッコリと笑いかけた。  
「それじゃ、またあとでねー。……ふんふふんふ〜ん」  
ヒールを使えたので機嫌が良いらしく、ドワーフは鼻歌を歌いながら寮へと歩いて行った。それを見送ってから、  
今度はノームが口を開く。  
 
「僕は食事の前に、図書館で何か課題が出てないか見てこよう」  
「あ〜、それ俺も付き合うよ。ついでに、荷物部屋に置いてくるわ」  
「仕方ない。なら、私はこいつと先に行って、席でも取っておこう」  
「またあとでねぇ」  
非常に気は進まなかったが、席を取るには人数が多い方がいい。なるべくこの男のことを考えないようにしつつ、ディアボロスは  
学食に向かう。一方のフェルパーは、いつも通り能天気な雰囲気である。  
中に入ってみると、学食はまださほど混んではいなかった。早めに席を確保しようと、ディアボロスは適当な席に荷物を置き、  
料理を取りに行こうと歩き出した。  
その時、近くに座っていたセレスティアの生徒が、突然席を立った。ディアボロスは避けきれず、その生徒と体がぶつかる。  
「うあっと」  
「痛っ」  
二人はお互いに相手を見て、自分の最も苦手とする種族だとわかった瞬間、あからさまに嫌そうな顔をした。だが、黙っているのも  
気まずく、ディアボロスはぼそりと呟く。  
「悪かったな」  
そしてまた歩き出そうとしたところへ、セレスティアが声をかけた。  
「ごめんなさい、の一言も言えないんですか、あなたは」  
やはり面倒な事になったと、ディアボロスはうんざりした。かといって無視はできない。  
「だから、悪かったと言っている」  
「それが謝っているという態度ですか?まったく……これだから、ディアボロスという種族は嫌いです。傲慢で凶暴で、さすが、魔族の  
血筋というだけはありますよ。あなた方はわたくし達より、迷宮のモンスターといた方が、気が合うんじゃないですかね?」  
彼の言葉は、ひどく不快ではあった。しかし、それに対して腹を立てたところで、どうなるものでもない。むしろ、また誤解が  
深まるだけである。こういう手合いは無視するのが一番いいと思い、ディアボロスは何も答えなかった。  
が、一方的に言って歩き出そうとした彼の肩を、フェルパーががっしりと掴んだ。  
「謝れ」  
「は?」  
突然のことに、セレスティアもディアボロスも、何が起こっているのか理解できなかった。  
「彼女に、謝れ」  
その時、彼女は気付いた。彼の表情こそいつものように見えるが、その耳はべったりと後ろに寝ていて、尻尾は獲物に襲い掛かる直前の  
猫のように、ピクリピクリと震えている。  
「いきなり何を…?」  
「謝れ!!!」  
一際大声で怒鳴る彼の腕を、セレスティアは迷惑そうに振り払った。  
「一体、何を謝れというのですか?わたくしが言ったことに、何か間違いでも?とにかく、わたくしはこれ以上、あなた方と  
関わり合う気はありませんので、失礼させていただきますよ」  
そう言い、セレスティアは踵を返した。その瞬間、フェルパーの尻尾が普段の倍ほどに膨らんだ。  
「お、おいフェル…!」  
やばいと思い、ディアボロスが慌てて声をかけようとしたが、もう手遅れだった。  
「フギャアアアァァァオオオゥ!!!!」  
怒り狂った猫の叫び声が、学食中に響き渡った。  
 
その頃、ノームとヒューマンは図書館での確認を終え、のんびりと学食に向かって歩いていた。  
「特に致命的なのはなさそうだったな〜。よかったよかった」  
「まったくだね。これで単位落とす羽目になったら、泣くに泣けない」  
「とにかく、飯だ飯。しっかり食って、明日から少しずつやってこう」  
そんな話をしつつ、二人は学食前までやってきた。その時、ヒューマンが訝るように中を見つめた。  
「ん?何か、中で騒いでねえか?」  
「言われてみれば。迷惑だな、学食で騒ぎなんて」  
その時、突然扉が開き、慌てた様子のディアボロスが飛び出してきた。彼女は二人を見ると、心の底からホッとした顔をする。  
「ああ、よかった!お前達、手伝ってくれ!」  
「え?何?どうしたんだよ?」  
「フェルパーが……フェルパーが、大変なんだ!」  
「フェルパーが!?」  
ヒューマンとノームは顔を見合わせると、急いで学食の中へと飛び込んだ。  
人ごみを掻き分け、泳ぐようにして、凄まじい喧騒の中心へと進んでいく。その中心では、数人の生徒が暴れていた。  
「てめえ、いい加減にしろよ!」  
ドワーフがフェルパーを後ろから羽交い絞めにし、そこにバハムーンが蹴りを入れた。フェルパーは一声呻くと、がっくりと首を落とす。  
「おい、セレスティア!お前はさっさと行け!」  
「く……わかってますよ。まったく……一体、何だって言うんですか…!」  
ボロボロになったセレスティアが、バサリと翼を開いた瞬間、フェルパーが顔を上げた。そして、先程蹴ってきたバハムーンを  
ギロリと睨む。  
バハムーンが思わず身構えた瞬間、フェルパーはドワーフの腕から抜け出し、走った。しかし、身構えるバハムーンは完全に無視し、  
股の間をするりと潜り抜けると、飛び立とうとしていたセレスティアに文字通り飛び掛った。  
翼を押さえ込み、地面に落ちる前に空中で体勢を入れ替える。地面に落ちるなり、フェルパーは彼の腰を抱え込み、両足を揃えると、  
目にも留まらぬ早さで彼の顔を蹴り始めた。  
「おっと、シックスナインの体勢からの見事な猫キック。まさに猫。これぞ本当のキャットファイト」  
「馬鹿な実況してんじゃねえよ!!いいから止めるぞ!!」  
「止めるのは二人に任せる。僕はその後の処理をしよう」  
ヒューマンとディアボロスは中心に飛び込み、再び殴られそうになっていたフェルパーを何とか救出する。相当に消耗していたらしく、  
フェルパーはディアボロスが肩を貸すと、ぐったりと体重を預けてきた。  
「おいおい、よくわかんねえけど、とにかくそっちもやめてくれ。こんなとこで騒ぎなんか起こしたくねえよ」  
「元はといえば、先に手を出したのはそっちだぞ。それでやめろなんて、よく言えたもんだな」  
「え?フェルパーが?」  
確認するようにディアボロスの顔を見ると、彼女は少し躊躇いつつも頷いた。  
「マジかよ……でも、なんでこいつが…?」  
「ヒューマン、後は僕が受け持つ。君は下がれ」  
そこへ、様子を見ていたノームが現れた。さすがにどの種族からも好かれるだけあって、彼が来るとその場の空気が少し軽くなった。  
「やあ、初めまして。僕はこの三人の仲間でね、少し事情を詳しく聞かせてもらえるかい」  
「ああ。そいつが、うちのセレスティアと揉めて、先に手を出してきたんだよ」  
「へえ。どう揉めたんだい」  
「あっつつ……わたくしはただ、そちらのディアボロスがぶつかってきて、謝りもしないので、少し叱っただけ…」  
「叱っただと!?」  
途端に、ディアボロスが気色ばんで叫んだ。  
 
「人のことを、魔族だ何だと罵るのが、叱るということか!?だから貴様のような…!」  
「ディアボロス、もういい。少し黙ってくれ」  
静かな口調ではあったが、ノームの言葉には有無を言わせぬ雰囲気があり、ディアボロスは渋々口を閉じた。  
「なるほど。大まかな状況は理解できた。……そうだな、別にどっちが悪いわけでもないね」  
「……は?」  
ノームの言葉に、その場にいた全員が首を傾げた。  
「なるほど。そっちのセレスティアからすれば、その言葉はただ、叱っただけだったんだろう。だが、うちのディアボロスはそうは  
思わなかったし、フェルパーもそうは思わなかった。その相違ゆえ、君等からすれば、フェルパーが仲間を襲うヒールで、君等自身が  
ベビーフェイスだ。誰が間違ってるわけでもない。逆に言えば、全員が間違ってるとも言えるけどね」  
「けど、先に手を上げたのは…!」  
「それから、君等が僕等より、そのセレスティアを理解してるのと同様、フェルパーのことは、仲間である僕等の方がよくわかってる。  
フェルパーはね、普通なら誰にだって手を上げる男じゃない。ぼんやりしてて、おっとりしてて、人畜無害って言葉がすごく似合う猫だ。  
それが、ここまでクレイジーになるほどのことを、君等はしたってわけだ。だから僕等からすれば、悪いのは全面的に君等だ」  
色々と言いたいことはあるのだが、ノームの言うことは頷けないわけではない。故に、どうしても言い返すことは出来なかった。  
「もし、君等がまだ許さないというなら、それはそれでいい。けどね、フェルパーは君等二人、ドワーフ君とバハムーン君には、  
まったくの無抵抗だったね。そんな相手を、容赦なく蹴れるような君等を許せるほど、僕は大人しくないぞ」  
少しずつ、ノームの表情が怒りに満ちたものに変わっていく。その迫力に、彼等は思わず後ずさった。  
「いいかい、今から僕が言うのは、君等にできる最大の譲歩だ。それが呑めないなら、あとは知らない」  
「な、何だよ…?」  
「……てめえら、さっさと失せやがれ」  
ひどくドスの利いた声で、ノームは言い放った。相手はまだ何か言いたそうだったが、やがて傷ついたセレスティアを連れて、学食を  
出て行った。それを見届けると、ノームは三人の方に振り返った。  
「よし、じゃあ僕等も逃げようか」  
「え、なんでだよ?」  
「今の騒ぎで、誰も先生を呼びに行ってないとは考えにくい。校内で喧嘩したのがばれたら、下手すれば退学だ」  
「あ〜、そりゃまずい。じゃ、逃げるか」  
話は即座にまとまり、四人は素早く学食を後にした。フェルパーはぐったりしているものの、歩けないほどではないらしい。  
「二人とも、すまない……私のせいで…」  
ディアボロスが言うと、ヒューマンは笑った。  
「いいっていいって。気にすんな」  
「喧嘩なんてよくあることだよ。それより、フェルパーのことは頼んでいいかい」  
「ああ、任せてくれ」  
ディアボロスは仲間と別れ、寮へと向かって歩き出す。フェルパーはだいぶ回復してきたらしく、もう肩を貸さなくても  
歩けるようだったが、ディアボロスはずっとフェルパーに肩を貸していた。  
部屋への道すがら、ディアボロスはぽつりと尋ねた。  
「フェルパー……あの時、なぜやり返さなかったんだ?」  
その質問に、フェルパーは不思議そうに首を傾げた。  
「だって、あの二人は仲間を助けるために、攻撃してきただけだもの。二人は悪くないよ」  
「お前、どれだけのお人よしだ…。それと、もう一つ。なぜ、私なんかのために、あんなことを…」  
「『なんか』なんて、言っちゃダメだよ。そりゃ、君はちょっと怖いし、近寄りがたいところはあるけど、大切な仲間だもの。  
あいつ、君のこと侮辱してさ、許せなかったんだ。でも……迷惑かけちゃったみたいで、ごめんね」  
 
それから、二人はずっと黙って歩き続けた。寮に着き、階段を上がり、一つの部屋の前で足を止める。フェルパーは鍵を取り出すと、  
念のため番号を確認してから、ようやく鍵を開ける。  
「ありがとね、送ってくれて」  
「いや……気にするな」  
「それじゃ、おやすみ」  
最後に屈託のない笑顔を向け、フェルパーはドアを閉めた。それを確認してから、ディアボロスも自分の部屋に戻る。  
いつものように、武器だけはそっと壁に立てかけ、荷物は床に放り投げると、ベッドに寝転がる。  
―――どうして、あの時止めなかったんだろう…。  
ふと、そんなことを考える。彼がセレスティアに殴りかかったとき、止めようと思えばいつでも止められたはずなのだ。しかし、  
ディアボロスはうろたえるばかりで、結局、止めることは出来なかった。  
目を瞑り、その時のことを思い返す。そして、これまでの記憶を振り返る。  
―――私のために怒ってくれた奴なんて……初めてだ…。  
彼ははっきりと、自分が仲間だと言い切った。そして、自分の代わりに喧嘩まで仕掛けた。  
そこまで考えて、ディアボロスはようやく気付いた。  
止めたくなかったのだ。彼は自分のために、本気で怒ってくれた。それが信じられず、また信じたくて、彼の姿を見ていたかったのだ。  
あんなに辛く当たったのに、あんなに彼を嫌ったのに、それでも彼は、自分のために本気で怒ってくれた。仲間だと言ってくれた。  
「……ごめんな、フェルパー…」  
思わず呟くと、涙が溢れてきた。だが、ディアボロスはそれを拭いもせず、ただただ落ちるに任せていた。  
嬉しかった。本当に仲間と呼べる相手に出会ったことが。そして、情けなかった。その仲間を、無駄に傷つけてしまった自分が。  
その夜、ディアボロスはずっと、一人で泣き続けていた。  
 
学食での乱闘騒ぎがあってから、一週間が経過した。あの日以来、ディアボロスとフェルパーの関係は大きく変わっていた。  
以前なら、フェルパーが近寄るとすぐに牙を剥いた彼女だが、今は自分からフェルパーの近くに寄っていく。フェルパーもだいぶ  
パーティに馴染んできたらしく、以前よりさらにおっとりとした表情になっている。  
「ふぁ〜……眠いなあ」  
「いい天気だからな。だが警戒は怠るなよ?」  
「大丈夫だよー」  
「そうか。ならいいが、あまり私を不安にさせるな」  
そんな二人を見て、ヒューマンが笑いながら、そっとノームに囁く。  
「あいつら、最近いい雰囲気だよな」  
「そうだね。あれ以来、ずいぶん仲良くなったみたいだ」  
「フェルパーってのんびりしすぎてて、ちっと不安だったんだよな。前あいつと一緒の部屋になったときなんか、朝になっても  
起きねえわ、起こしてもまた寝るわ、挙句に着替えの最中に、靴下履きかけながら寝息立て始めやがってな〜。起きたら起きたで、  
いっつも頭の回りにシャボン玉飛んでそうな顔だしさ」  
「猫だから仕方ないよ。まあ、そういう意味では、ディアボロスはお似合いかもね」  
実際、二人はよく似合っていると言えた。少しのんびりしすぎのフェルパーに、やや硬すぎるディアボロスは、二人でいると実に  
ちょうどいい具合に納まっている。戦闘においても、ここ最近親しくなっている関係か、非常に息の合った戦い方をするように  
なっていた。前衛二人が活躍するおかげで、探索に費やせる時間もかなり伸びてきている。  
一日の大半を戦闘と探索に費やし、学園に帰れば夕食を食べて寝る。そして翌日には朝食を食べてから、再び探索に向かう、という  
日々が続き、一行は見る間に力をつけていった。  
一緒にいる時間が長くなれば、必然的に親睦も深まる。それまではディアボロスを蛇蝎の如く嫌っていたクラッズも、いつしか普通の  
友人並に接するようになり、フェルパーも、ドワーフが近くにいても、さほど緊張しなくなっている。もちろん、元から仲の良かった  
者同士は、さらに仲良くなっている。  
 
最初は、あくまでも仲間として大切な存在だった。しかし、ディアボロスはいつしか、フェルパーを友人と思うようになり、程なく  
親友になり、今ではそれ以上の関係を望み始めていた。この、実にのんびりしたお人よしの男が、いつからか愛しくてたまらなく  
なっていた。だが、フェルパーは猫の血が相当に濃いのか、意外と気まぐれな面もある。自分からディアボロスに話しかけることも  
あれば、時にそっけない素振りを見せもする。しかし、今のディアボロスにとっては、それすら愛らしく見えてしまう。  
「うわ、また回転床!まったく、この罠ってほんと嫌じゃよねえ……で、行き先どっちだっけ?」  
「え〜っと……あの木をさっきまで左手に見てたんだから〜…」  
そう言ってヒューマンが指を差すと、フェルパーは自分の前に突き出された指の匂いを、ふんふんと嗅ぎ始める。  
「……うん、行き先はあっちだな」  
ヒューマンが急に腕を動かすと、フェルパーはビクッと首をすくめた。  
「ところで今日辺り、帰ったらそろそろ何か依頼受けてみようか。もう他のみんなは、色々受けてるらしいからね」  
「そうじゃね〜。あたしらも、いつまでもだらだらしてられないか」  
「どんな依頼あるんだろうね?楽しみだなー」  
「そろそろ、忙しくなるってことだな?確かに、楽しみっちゃあ楽しみだな」  
楽しそうに話す仲間を見ながら、ディアボロスは少し憂鬱な気分になった。依頼を受け始めてしまったら、あまりのんびりはできない。  
恐らくは、それらをこなすのに勤しむこととなるだろう。寮でのんびり、などという生活は、しばらく出来ないのは明白だ。  
ちらりと、フェルパーを見る。彼は相変わらず眠そうな顔で、大きな欠伸をしている。  
「……そうだな、頑張るか」  
ぽつりと、ディアボロスは呟いた。だがそれは、仲間に向けた言葉ではなく、自分自身に向けての言葉だった。  
 
その日、一行は揃って学食で食事をし、図書館に出されている依頼についての相談をしていた。話自体はすぐにまとまり、まずは  
校長先生のお使いでも受けてみようという話になった。食事と話が終わると、そこで一応の解散となり、それぞれ好き勝手に  
過ごし始める。フェルパーは食器を片付けると、真っ直ぐに部屋へと向かう。その後を、ディアボロスはすぐに追いかけた。  
「おい、ちょっといいか?」  
フェルパーが部屋に入る直前に、ディアボロスは声をかけた。  
「ん?なぁに?」  
「いや、その、少し話でもしたいんだが、お前の部屋に行ってもいいか?」  
そう尋ねると、フェルパーは少し考えてから答える。  
「君の部屋でもいい?」  
「え?ああ、別に構わない」  
恐らく、自分一人の空間に入られるのが嫌なのだろう。つまり、彼にとって、自分はその程度の認識しかないということになる。  
そう思い、ディアボロスは一瞬がっかりしたが、逆に考えれば、一人になれる時間を割いてでも、わざわざ付き合ってくれるというのだ。  
ならば、自分もそれなりに思われているのだろうと、彼女は驚異的なプラス思考で気を取り直す。  
部屋に入ると、二人は向かい合って椅子に座った。が、話でも、とは誘ったものの、どんな話をすれば良いのか思いつかない。  
「………」  
「………」  
「……え〜、そうだな。今度から依頼を受ける事になるが、どう思う?」  
「え、どうって…?」  
「ああ、えっと、そうだよな……うまくいくと、思うか?」  
「うん、思ってるよ。だって、みんな強くなってきたし、僕達じゃどうにもできないようなこと、言われるわけないもの」  
一度話し始めると、少しずつ緊張も和らぎ、自然に言葉が流れ出る。主に学校や探索の話をし、仲間の話をし、無難な話題が  
出尽くしたところで、ふとディアボロスの言葉が止まる。  
 
「どうしたの?」  
「……なあ、フェルパー」  
視線を逸らしながら、ディアボロスが口を開く。  
「初めて会ったときのこと、覚えてるか?」  
「うん、覚えてるよ」  
「そ、そうか。なら、その…」  
喋りながら、ディアボロスの顔はどんどん赤く染まっていく。  
「あの時……どう、思った…?」  
その問いに、フェルパーは少し戸惑っているようだった。やはり、表情はいつもとあまり変わらないが、尻尾が落ち着きなく左右に  
振られている。  
「え、えっと……別に、その…」  
「何とも、思わなかったのか…?」  
「そ、そんな、僕は、その〜…」  
表情が変わらないまま、フェルパーの顔も赤く染まっていく。尻尾はますます落ち着きなく、鞭のようにぶんぶん振り回されている。  
「見たん……だよな?」  
「え、え……な、なんでそんなこと聞くの…?」  
「いいから答えろ!そ、それで、その……は、は、裸を、見て……何も、思わなかったのか!?」  
ディアボロスは顔を赤らめつつ、上目遣いでフェルパーを睨むように見つめる。やがて、フェルパーの尻尾が不意に止まり、  
彼はぼそりと答えた。  
「……きれい、だなって…」  
それを聞いた瞬間、自分から言えといった割に、ディアボロスの顔は真っ赤に染まった。それからしばらく、二人はうつむいたまま、  
しばらく黙り込んでいた。  
一秒が一時間にも感じられる長い沈黙が過ぎ、不意にディアボロスがフッと笑った。  
「きれい、か……はは、そうか…」  
「あ、あの!別に、そのっ、変な意味じゃ…!」  
「はは……よかったぁ…」  
溜め息混じりに言うと、ディアボロスは顔を上げた。その目が僅かに涙ぐんでいる事に気付き、フェルパーはますます慌てた。  
だが、とにかく何か言おうとした瞬間、ディアボロスが先に口を開いた。  
「じゃあ、お前は私を、女として見られるということだな?」  
「え……え?」  
「もし、本当に何も感じなかったと言われたら、どうしようかと……ふふ、お前も一応は、男なんだな」  
軽く涙を拭うと、ディアボロスは席を立ち、彼の前に立った。フェルパーの耳が、ぺたんと後ろに倒れる。  
「それなら、こうしたら、どうだ?」  
「な、何を……あ!?」  
ディアボロスはフェルパーの手を取ると、突然、自分の胸にぎゅっと押し付けた。途端に、フェルパーの尻尾がボッと膨らむ。  
「あ、あのっ、あのっ!」  
「……嫌か?」  
「あ、いや、そういうんじゃなくって……でも、その…!」  
顔を真っ赤にして慌てふためくフェルパー。その姿が、彼女の目には何とも可愛らしく映る。  
「男なら、興味ないわけではないだろう?それとも、私では嫌か?」  
「い、嫌じゃないけど……恥ずかしいよ…」  
「私だって恥ずかしいんだぞ、ほんとは。でも、お前になら、こうするのも悪くない」  
フェルパーは非常に困った顔をしつつも、振り払うのは失礼だと思っているらしく、そのままじっとしている。  
 
「……どうだ?」  
「な……何が?」  
「私の胸だ」  
「……柔らかくって、気持ちいい…」  
「え?あ、そ、そう、か」  
意外と正直に答えられ、一度は戻ったディアボロスの顔が、また真っ赤に染まる。  
「で、でも、なんでいきなり、こんなこと…?」  
「それは、その、今度から、依頼を受け始めるだろう?そうなったら、こんなことをしてる余裕は、なくなるだろうと思って……なら、  
チャンスは今しかないと、思ったんだ」  
「………」  
「お前は、私のために、本気で怒ってくれた。私はお前に辛く当たったのに、それでも仲間と言ってくれて……初めてなんだ、  
お前のような奴は。それで、いつからか、お前のことが、私…」  
そこまで言ったとき、不意にフェルパーが立ち上がり、空いている腕でディアボロスをそっと抱き締めた。  
「っ!?」  
「それ以上は、言わなくっていいよ。そういうこと言うのって、恥ずかしいもの」  
「へ、変なところの気遣いはできるんだな…」  
「それで、その…」  
「ん?」  
「……これ以上、続けてもいいの?」  
その言葉に、ディアボロスの全身がかあっと熱くなった。そして、まだ握っている彼の手を、さらに強く握り締める。  
「……ああ」  
ふと見上げると、吐息が感じられるほどの距離に、フェルパーの顔がある。いつもの穏やかな瞳に見つめられ、ディアボロスの胸が  
ドクンと高鳴る。  
キスをするかと思い、ディアボロスは目を閉じかけた。が、押し付けていた手が、不意に胸をまさぐりだす。  
「んあっ!?な、い、いきなり……んんっ…!」  
思わず腕の力が緩んだ瞬間、フェルパーはするっと腕を抜き、ディアボロスの後ろに回りこむと、両手でじっくりと胸をまさぐる。  
指先に力を入れると、吸い込まれるように沈み込む。ゆっくりと捏ねるように手を動かせば、大きな胸が柔らかそうに形を崩す。  
初めて他人から受ける刺激に、ディアボロスは身を捩りつつ、抑えた吐息を漏らす。  
「んくっ……お、おい、待て…!うあっ……待て、待ってくれって…!」  
「……あ、ごめん。触るの、気持ちよくって…」  
申し訳なさそうに言うと、フェルパーはすぐに手を放した。ディアボロスは荒い息をつき、少し非難を含んだ眼差しでフェルパーを  
見つめる。  
「気に入ってもらえるのは嬉しいが……わ、私は、初めてなんだからな。もう少し、その、手順を踏んで欲しいな」  
それの意味するところを察し、フェルパーはそっと、彼女の顔を上げさせる。ディアボロスは嬉しそうに微笑むと、今度こそ目を閉じた。  
震える唇が、そっと触れる。躊躇いがちに、唇だけが何度も軽く触れ合い、やがて少しずつ強く触れるようになり、だんだんと大胆に  
なっていく。唇を触れ合わせるだけだったキスが、お互いの唇を吸うようになり、ほどなくして舌が触れ合う。  
その時、フェルパーがそっと唇を離した。ディアボロスは不満げな瞳で彼を見つめる。  
「もう、終わりなのか?」  
「あ、ううん。そうじゃないんだけど、僕のベロ、気をつけてね」  
「……?」  
「あんまり強く触っちゃうと、痛いから」  
そういう彼の舌には、白い棘がいっぱいに生えている。だが、ディアボロスはおかしそうに笑う。  
 
「大丈夫だ。少しぐらいの痛みなら、気にしない」  
「そう?でも、怪我しないでね」  
再び、二人は唇を重ねた。ディアボロスが積極的に舌を絡め、フェルパーは躊躇いがちにそれに応える。何度か、ジョリッと痛そうな  
音が響いたが、言葉通りディアボロスはほとんど気にしていない。それを受けて、最初は消極的だったフェルパーも、だんだんと  
自分から舌を絡め始めた。  
柔らかい唇。優しく触れる舌の感触。暖かい口内。初めて味わう感覚に、二人は夢中になっていた。いつしかお互いしっかりと抱き合い、  
目を閉じたまま、ひたすらにその快感を貪る。  
長い間、二人はそうしていた。が、やがてどちらからともなく、唇を離した。フェルパーは唇に残った彼女の温もりを味わうように、  
一度ぺろりと唇を舐め、ディアボロスはとろんとした目で彼を見つめる。  
「ベロ、大丈夫?」  
フェルパーが尋ねると、ディアボロスは子供のような笑顔を見せた。  
「うん、大丈夫だ。それに……ふふ、キスは一度してみたかったから、それが叶って嬉しいな」  
言ってから、ディアボロスは顔を赤らめつつ、さりげなく目を逸らした。  
「それで……その、もう少し、わがまま言っても、いいか?」  
「あ、うん。なぁに?」  
「その……む、胸、が、さっき、気持ちよかったから……また、その……今度は、直接…」  
「……うん、わかったよ」  
優しく言うと、フェルパーは彼女の服に手をかけた。本人はそっとやろうとしているらしいのだが、どうしてもその動作は性急になり、  
ボタンを飛ばしかねない勢いで脱がせにかかっている。だが、ディアボロスは文句一つ言わず、顔を赤らめて為すがままになっている。  
「あ、あと…」  
「ん?」  
「どうせなら、続きは、ベッドで…」  
「あ、そうだよね。ごめん」  
口調だけはのんびりした調子で言うと、フェルパーは彼女をひょいっと抱き上げた。  
「わっ!?」  
彼の思わぬ行動に、ディアボロスは思わず固まってしまう。元々屈強な体つきであり、どちらかといえば抱き上げる側の方が似合う  
彼女にとって、それは初めての経験だった。横抱きに抱えられ、フェルパーの優しい目で見つめられると、何だか自分が、いつの間にか  
か弱い女の子になってしまったような錯覚を覚える。  
優しくベッドに横たえられ、ディアボロスは不安げにフェルパーを見上げる。そんな彼女の頭を優しく撫でてやると、彼はゆっくりと  
ブラジャーに手をかけた。  
今まで触ったことがないらしく、それを外すまでには意外と長い時間がかかったが、ようやく背中側にホックがあることに気付き、  
何とか脱がせることに成功する。  
露わになった胸を隠すように、ディアボロスは恥ずかしげに身を捩る。そんな彼女よりさらに顔を赤くしつつも、フェルパーは彼女の胸に  
手を伸ばした。その手を、ディアボロスがそっと押さえる。  
「あの……こんなこと言うのは、恥ずかしいんだが……その、できれば、舐めてみて……ほしいな…」  
「え、いいの?あ、でも、痛いと思うんだけど…」  
「ふふ、それは大丈夫だ。気付かなかったか?さすがにバハムーンほどじゃないが、私達も皮膚は丈夫でな」  
言われてみれば、確かに彼女の肌は少し異質な感じであった。胸に触れたときも、何度か爪が立ってしまった気はしたのだが、  
肉に食い込んだ感触はなく、また彼女も痛がりはしなかった。  
「じゃあ、痛かったら、言ってね?」  
フェルパーは彼女に覆い被さるようにすると、そっと乳首を口に含んだ。  
 
「んっく…!」  
ピクンと、ディアボロスの体が跳ねる。少し顔をしかめてはいるが、痛みによるものではないらしい。  
慎重に、舌を這わせる。先端をザラリと舐め上げると、再びディアボロスの体が跳ねる。  
「んんっ……フェルパー、もっと強く…!」  
「う、うん」  
一瞬躊躇ったものの、フェルパーは強く吸い付き、さらにじっくりと舐め上げる。普通なら痛みに悲鳴を上げるところだろうが、  
ディアボロスはまったく違う反応を示してくる。  
「ふあっ……あぁ…!ザラザラして……気持ちいい…!」  
ディアボロス特有の強靭な皮膚の前では、彼の舌の棘など問題にならず、むしろそれによって快感がさらに高まっている。  
フェルパーが舐める度、ディアボロスは甘い吐息を漏らし、可愛らしく鼻を鳴らす。体が跳ね、身を捩り、時にフェルパーの腕を  
反射的に掴む。  
フェルパーとしても、それは非常にありがたい話だった。最初こそ、彼女を傷つけはしないかと遠慮していたフェルパーだが、やがて  
かなり強く胸を吸い始め、じっくりと味わうかのように、何の遠慮もなく舐め上げる。いつしか、彼は赤ん坊のように彼女の胸に  
吸い付き、また片手でもう片方の乳房をまさぐっている。  
次々に襲ってくる快感の合間に、ディアボロスはフェルパーを見つめる。  
好きな人が、自分の体に夢中になっている。その事実は、ディアボロスに胸がきゅんと締め付けられるような快感をもたらす。  
同時に、彼女の中に新たな欲望が生まれ始める。  
もっと、彼に気持ちよくなってもらいたい。もっと、彼を感じたい。彼と、一つになりたい。  
「あんっ……フェ、フェルパー…!」  
何とか、声をかける。だがその直前に、フェルパーは自分から唇を離した。  
「あの……僕、もう…」  
そう言うフェルパーの尻尾は、苛立たっているかのようにベッドをバンバンと叩いている。そして見れば、ズボンの前が明らかに  
盛り上がっている。気持ちは同じだったのだと思うと、ディアボロスは少し嬉しくなった。  
「ああ……私も、来てほしいと思ってたところだ…。あ、でも…!」  
スカートにかけられた手を慌てて押さえ、ディアボロスは恥ずかしそうに続ける。  
「お前の体……私も、直接触れたいな」  
「わかった。じゃ、僕も脱ぐよ」  
言うが早いか、フェルパーは豪快に上着を脱ぎ捨てた。その下から現れた体に、ディアボロスは少し見とれた。  
思ったより、遥かに体格がいい。とはいっても、戦士のように屈強な体つきというわけではなく、無駄のない引き締まった体つきである。  
女としてというより、同じ前衛として、彼の体はつい触れてみたくなるほどに魅力的だった。  
当のフェルパーは、そんなことなど露知らず、既にディアボロスのスカートを脱がせ、最後のショーツを脱がせにかかっている。  
口元に手を当て、全身を紅潮させながら、ディアボロスはフェルパーを不安げな目で見つめる。だが、フェルパーは彼女を気遣う余裕が  
ないらしく、ただじっと自分の手元を見ながら、ショーツをゆっくりと引き下ろしていく。  
僅かにつく、黒い染み。引き下げると、そこから透明な糸が引き、同時に『雌』の匂いが立ち込める。それに反応したのか、  
フェルパーは尻尾で一際強くベッドを叩くと、一気にショーツを引き下げた。  
とうとう一糸纏わぬ姿になり、ディアボロスはますます恥ずかしげに身を捩る。そこに、フェルパーが下を脱ぎ捨て、ゆっくりと  
のしかかる。  
「あの…!」  
「ん、なぁに?」  
「は、初めてなんだ……だから、その、優しくしてくれるか…?」  
「……うん、わかってるよ。僕も初めてだけど…」  
「そ、それと、できれば体を、くっつけてくれ……お前の温もりを、直接感じたい…」  
「うん、いいよ」  
フェルパーはそっと、ディアボロスと胸を重ねた。お互いに伝わる体温が、二人の緊張を少しだけ和らげる。  
 
「じゃあ、いい?」  
「う、うん、きてくれ…」  
とは言ったものの、さすがに経験もない上に、入れる場所を見てもいないため、フェルパーはしばらく入れる場所を探して  
もぞもぞしていた。やがて、ようやくそれらしい場所を探り当て、腰をグッと突き出した。途端に、ディアボロスが大慌てで  
フェルパーの胸を押し返す。  
「ま、待て待て待て!!待ってくれ!!そ、そっちじゃない!!そこは違う!!」  
「え、あ、ごめんね。大丈夫?」  
何とか危機を回避でき、ディアボロスは心の底からホッとした溜め息をついた。  
「その……入れる場所は、もうちょっと上だ」  
「ん……この辺……かな…?」  
「いや、もう少し上……そこの……そう、そこだ」  
ようやく正しい場所にあてがうと、フェルパーは確認するようにディアボロスの顔を見つめる。ディアボロスはこくんと頷くと、  
ぎゅっと目を瞑った。  
少しだけ、腰を突き出す。僅かに先端が入り込むと、ディアボロスの体が強張り、呼吸が震えだす。  
そんな彼女を何とか落ち着かせようと、フェルパーは何とか彼女の体の下に腕を入れ、強く抱き締めた。それで安心したのか、少しだけ  
彼女の体から力が抜ける。それを見計らい、再び彼女の中に押し入って行く。  
「くっ、う…!んん……つっ…!」  
ぎゅっと歯を食い縛り、荒い息をつく彼女は苦しそうではあった。しかし、それ以上してやれることもわからず、またフェルパー自身、  
あまり余裕がない。  
やがて、少し引っかかるような感触に、フェルパーは一度動きを止めた。ディアボロスもそれを感じたらしく、苦しげに息をしつつ、  
何とか口を開いた。  
「そのまま……来て……くれ…」  
「……わかったよ」  
彼女の体を強く抱き締め、フェルパーはグッと腰を突き出した。  
「あぐっ!!っく、うぅ……あ…!」  
ディアボロスの口から抑えた悲鳴が漏れ、ぎゅっと閉じた眦から涙がこぼれる。同時に、フェルパーは自身のモノに、今までとは  
また違った、熱い液体が伝うのを感じた。  
「大……丈夫…?」  
不安げに尋ねると、ディアボロスは何とか目を開け、弱々しく微笑んだ。  
「だ……大丈夫、と、言いたいが……あまり、大丈夫じゃない……痛い…」  
「ごめんね。抜いた方がいい?」  
「いや、いい……痛いけど……抜かれるのは、嫌だ…」  
フェルパーとしては、痛いほどに締め付ける中の感触と、ずっと嗅がされている匂いのせいで、欲望のままに腰を動かしたくて  
たまらなかったのだが、ディアボロスの辛そうな顔が、その衝動を何とか押し止めている。  
「それ、に……嬉しいんだ……お前と、やっと、一つ……に……うあっつ…!」  
思った以上の痛がりように、フェルパーはいつもの表情のままで、実は非常に焦っていた。どうしようかと悩みに悩んで、フェルパーは  
ふと上半身を離した。  
「え……ど、どうして離れちゃうんだ…?」  
「だって、痛そうなんだもの。気持ちいいの、してあげるね」  
「気持ちいいのって……んあっ!?」  
ザラリと、胸の敏感な突起を舐める。突然の刺激に、ディアボロスは思わず身を震わせた。  
「フェルパー、そんな……うあ……んっ…!あつ…!」  
少し痛がることはあるものの、やはり快感が強いらしく、少しずつディアボロスの表情が和らぎ始める。それでも、フェルパーは  
まだ動かず、じっくりと胸を刺激する。  
 
乳首を口に含み、吸い上げながら舌で舐める。もう片方の乳房は優しく捏ねるように揉みしだき、指先で先端を弄る。  
「あんっ……やっ、フェル……ふあ…!」  
もうほとんど、ディアボロスは痛みを感じていないようだった。フェルパーは胸を刺激しつつ、そっと腰を動かしてみる。  
「んっ、うぅっ…!う……あん…!」  
さすがに少しは痛いらしいが、さっきよりはずっと痛みも少ないらしい。ディアボロスの反応を見ながら、フェルパーは少しずつ  
腰の動きを強めていく。  
「はぁ……くぅ…!フェル、パぁ…!」  
歯を食い縛り、苦痛と快感の狭間で、ディアボロスは必死にフェルパーに応えようとする。痛みを堪え、何とか腰を動かしてみたり、  
中をぎゅっと締め付けてみたり、できる範囲で必死に努力している。  
「うっく……ディアボロス、僕、もう…!」  
ただでさえ初めての経験で、しかもそんなお返しを受けては、フェルパーも長く持つはずがなかった。切羽詰った声で言うフェルパーに、  
ディアボロスは何とか笑みを見せる。  
「いい、ぞ……そのまま、中で……あく…!中で、出していいぞ…!」  
ディアボロスが言うと、フェルパーの動きが激しさを増した。それに伴い、苦痛も跳ね上がるが、ディアボロスは必死に歯を食い縛り、  
悲鳴を漏らさないように気をつける。  
「んん……うぐ、うぅ…!フェル、パー……キス、して…!」  
何とか言うと、フェルパーは荒々しくディアボロスの唇を奪った。それだけでなく、腕はさらにきつく体を抱き締め、尻尾がするりと  
太腿に巻きついてきた。全身で抱き締めてくれるフェルパーに、ディアボロスは今までにないほどの愛おしさを感じる。  
「も、もう出そう……く、うあっ!」  
搾り出すように言うと、フェルパーは一際強く腰を打ちつけた。それと同時に、彼のモノがビクンと跳ねた。  
「んあぁっ!!熱……い…!中で、動いて……何か、出てる…!」  
体の中で、彼のモノが何度も跳ねるのを感じ、その度に体の奥がジンと熱くなる。それが何度か繰り返され、少しずつ動きが弱まり、  
やがて動かなくなると、二人は同時に息をついた。  
「はぁ……はぁ……ディアボロス、大丈夫?」  
不安そうに尋ねると、ディアボロスは弱々しくも、嬉しそうな笑顔を浮かべた。  
「ああ……大丈夫だ…。少し、痛いけどな…」  
「とりあえず、抜くね」  
「……うん」  
少し名残惜しい気はしたが、それのせいで痛いのも事実である。ディアボロスが頷くと、フェルパーはすぐに彼女の中から引き抜いた。  
「あつ…!」  
「ごめんね、痛かったでしょ?」  
「でも、嬉しかったぞ。お前に抱いてもらえて、私は幸せだ」  
そう言うと、ディアボロスは自分からキスを仕掛けた。フェルパーは黙って、それに応える。  
舌を絡ませ、口内をなぞり、唇を吸う。一度唇を離し、舌先でじゃれ、再び唇を重ねる。  
しばらくそうやってキスを楽しんでから、二人は再び唇を離した。  
「なあ、フェルパー」  
「ん?」  
「その……ずっと、二人でいたいな」  
ディアボロスが、顔を赤らめながら言う。が、フェルパーは少し考え、答えた。  
 
「ん〜、ずっとは嫌かなあ」  
「……何だって?」  
さすがに今聞いた言葉が信じられず、ディアボロスは思わず聞き返した。  
「だって、一人になれないなんて、嫌だもの。だから、ずっと一緒なのは嫌だよ」  
体を重ねたところで、自分はその程度でしかないのかと、ディアボロスは本気で悲しくなった。同時に、彼に対してどうしようもない  
ほどの怒りが湧き上がる。  
「……そうか、よくわかった。ふんっ、どうせお前は、私といたって面白くないんだよな!一人の方がいいんだろ!?わかった、  
もういいよ!ぐすん、私はもう帰る!」  
一方的に言うと、ディアボロスはベッドから降りようとした。が、立とうとした瞬間に凄まじい痛みに襲われ、よろめいてしまう。  
「ま、待って待って。落ち着いてよ。ここ、君の部屋だよ?僕の部屋じゃないよ」  
大慌てで、フェルパーが彼女の腕を掴んだ。だが、ディアボロスはその腕を振り払おうとする。  
「ああ、そうだった。お前の部屋のつもりだった。じゃあわかった、帰れ!さっさと帰れ!!帰れよ!!」  
「あの、だから落ち着いて。僕、君のこと嫌いなんじゃないよ」  
必死に振り払おうとする腕を押さえ、フェルパーはディアボロスを抱き上げた。  
「今更、言い訳でもするつもりか!?ぐす……お前は、一人の方がいいんだろ!?だったら、さっさと帰れよ!」  
「痛い痛い痛い。耳引っ張らないで。髪の毛も引っ張らないで。叩かないで」  
抱き上げたディアボロスに暴力を振るわれながらも、フェルパーは何とかディアボロスをベッドに戻し、ぎゅっとその体を抱き締める。  
「……何のつもり…!」  
「あのね、僕、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。僕にとってはさ、一人の時間って、すごく大切なんだよ」  
「だから、さっさと帰れって…!」  
「待ってって。君だって、部屋で一人になったら、落ち着くでしょ?そりゃ、気の合う友達だっていると思うけど、他の人と一緒だと、  
自分そのままではいられないよね?だから、自分そのままになれる時間って、すごく大切だと思うんだ」  
「………」  
「でも、だからって君のこと、大切じゃないってことじゃないよ。君って、僕と似てるところあると思うし、ちょっと怖いけど、  
今はもう、そうでもないし……すごく、すごく、大切だと思ってるんだよ」  
「……くすん……なら、なんであんなこと言ったんだ…」  
「だって、嘘は言えないもの。好きな人に嘘つくなんて、とてもひどいことだもの」  
フェルパーが言うと、ディアボロスは彼の顔をしばらく睨んでいたが、やがてちょっとだけ笑った。  
「……本当に、お前は憎めない奴だな…。でも、何でも正直ならいいってわけでもないぞ」  
「傷つけちゃったのは、ごめんね。でも、君ならわかってくれると思ったんだ」  
確かに、わからないわけではなかった。単に人見知りなのと、種族的に嫌われているという違いはあるが、ディアボロスも初めて会った  
相手には、とても心を許せず、どうしても自分から距離を取ってしまう。そのため、一人でいる方が落ち着くという意見には、  
少なからず同意は出来る。  
「でも、さ。僕、君となら、今日一日、ずっとこうしてたい。今日は、部屋に帰りたくないよ」  
「……ふふ」  
ディアボロスは静かに笑い、涙を拭った。  
「なら、最初からそう言ってくれ。私だって、今日はお前と、一緒にいたい」  
そう言うと、ディアボロスもフェルパーに抱きついた。フェルパーは彼女の体を抱き締め、尻尾を太腿に巻きつけた。  
最後にもう一度、二人はキスを交わした。おやすみと、仲直りの意味を兼ねた、優しいキスだった。  
しっかりと抱き合いながら、二人は目を瞑った。お互いの温もりが、とても心地良かった。  
 
学園の依頼を受けるようになって、早くも二週間が経った。今、一行は初めの森で、小休止を取っている。  
「……は〜。結局、やってることなんか、ほとんど変わってねえよなあ」  
ヒューマンが言うと、ノームは口元だけで笑った。  
「そりゃあ、ね。まさか、あんなに楽な依頼ばかりだなんて、思わなかったからねえ」  
「でもさ、どうしてあんなのばっかりなのかなー?」  
お下げを編み直しながら、ドワーフが不思議そうに言う。  
「あっはは。そりゃあさ、魔法使いのいないパーティなんて、あたしらくらいのもんじゃよ?」  
笑いながら答えるクラッズは、ドワーフのもう片方のお下げを編んでいる。  
「……それで、どうして簡単になるの?」  
「じゃからね、普通は魔法使いが生命線になるわけよ。つまり、魔力が切れたら、みんな少しぐらい余裕があっても、すぐ学園に  
帰っちゃうわけ」  
「ところが、僕等は元々そんなのいないからね。苦労はしたけど、体力が続く限り、狩りを続けてきたし、体力を持たせるコツも  
知ってる。何より、ライフラインになるほど重要な魔法使いがいない状態で、ここを突破しなきゃいけなかったんだから、そりゃ他の  
パーティより、格段に実力は上になるさ」  
「あ、そっかー。そういえば私、他の友達に『君のチーム強すぎ』って言われたなあ」  
「あははは。出だしは遅れちまったけど、駆け上がるのは早いみたいだな、俺達」  
そう言って、ヒューマンが笑う。  
「けど、この先これ以上きつくなるなら、魔法使いが一人ぐらいはほしいよな……転科、考えるかな…」  
「僕等としては、それは助かるね。できるのなら、お願いしたいよ」  
「……転科かぁ…」  
ドワーフが、遠い目で呟く。だが、その声はヒューマンとノームには聞こえなかった。  
その時、不意にヒューマンの声の調子が変わった。  
「……ところで、ノーム。期待するのって、悪いことじゃねえよな?」  
「ああ、そうだね。過度な期待をかけて余計なプレッシャーを与えるとかはともかく、期待することそれ自体に罪はない」  
「だよな。で、ボーっとした男に、しっかりした女の子がついたら、そりゃあ期待もするよな?これでこいつも、しっかりするんじゃ  
ねえかってさ」  
「ああ、ありがちな話ではあるね」  
「そうだよな、やっぱりそう思うよな…………けどよ、あれは一体何だっ!?」  
そう言って指差した先には、木陰で休むフェルパーとディアボロスがいた。  
「あと、俺小休止っつったよな!?がっつり休もうなんて言ってねえよな!?」  
「そうだね。僕の記憶でも、君は小休止って言ってる」  
「ああ、そうだ!俺は小休止っつった!!で、改めて問うが、あれは何だ!!!」  
二人は、さっきから会話に参加していない。それもそのはずで、二人の方からは時折安らかな寝息が聞こえてきているのだ。  
 
「くぅー……ゴロゴロゴロ……くぅー…」  
「すぅ……すぅ…」  
フェルパーはディアボロスの膝枕で、実に気持ちよさそうに眠っている。時折、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす辺り、相当に  
リラックスしていることがわかる。一方のディアボロスは、彼に膝枕をしつつ、自分もうつらうつらと船を漕いでおり、やはり  
安らかな寝息を立てている。  
「フェルパーはともかく、どうしてあいつまで寝てんだ!?どこに小休止で寝る奴がいるんだ!?あのしっかりしたディアボロスは  
どこに消えたんだ!!」  
「なかなか、人の心はままならないものさ。あの猫がしっかりするより先に、彼女にシャボン玉が移っただけの話だろう」  
そんな二人を見て、ヒューマン以外の全員がおかしそうに笑う。  
「うふふ。二人とも、気持ちよさそうに寝てるよねぇ〜」  
「羨ましいのぅ〜、あの二人……っと、かんせーい。いつもよりもっと細かくしてみたよ」  
「ありがとう〜。わ、これ面白い。何ていうの、これ?」  
「お、フィッシュボーンかい。なかなか面白い編み方知ってるじゃないか」  
「お前らぁー!!!お前らまでリラックスしてんじゃねえ!!そろそろ休憩も終わりだぞこらぁー!!」  
ヒューマンが叫ぶが、三人は完全に無視した。  
「そう焦るなって。どうせ依頼も出てないし、受けてもいないんだから。で、せっかくなら他の髪型も試すかい」  
「う〜ん、私は三つ編みが好きなんだけど、他のもいいかなあ?」  
「ハーフアップとかどう?あるいはサイドポニーとか」  
言うが早いか、クラッズは一度結んだ髪を解き、再び編み始めた。  
「おいこら、クラッズ!!またドワーフの髪弄りだすんじゃねえよ!!」  
「うるさい男じゃなーもー。女の子にお洒落するなっていうのは、死ねっていうのと同じことじゃよ?」  
「猫にしっかりしろって言うのも、あるいはそうかもね」  
「私達も、お昼寝にしちゃう?」  
「お前らあああぁぁぁ!!!」  
「ゴロゴロゴロ……くかー…」  
「……すぅ〜……くぅ〜…」  
軽く見えて真面目なヒューマン。人を食った態度のノーム。おっとりとしたドワーフ。明るく陽気なクラッズ。そして、のんびり屋の  
お人よしであるフェルパーに、『元』しっかり者のディアボロス。  
順風満帆とはいえない出だしで、彼等の冒険は始まった。だが、既に彼等のパーティは、大物となる片鱗を見せ始めていた。  
やがて大きくなるであろう彼等の、まだ目にも見えないような、小さな一歩だった。  
 

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